kairakunoza @ ウィキ

三角トレード 序章

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
 英国・リヴァプール産のカブトムシたちは、在りし日、「誰か助けて、誰でもいいってわけじゃないけど」と歌ったものだが、埼玉県が全国で5番目に人口の多い自治体であるにも拘らず、陵桜高校3-B、3-C、1-Dの名物たちを取り巻く状況はというとは、目下「人手不足」であった。
 まず、泉家。
 作家・泉そうじろうが、多分に実益を兼ねた取材旅行へ出かけてしまった。よって長女のこなたと、従妹のゆたかが二人で過ごす事になってしまった。
 次に岩崎家。あるいは高良家。
 岩崎氏は夫人を伴い、海外出張へと出かけた。なんでも、出張期間中に結婚記念日を迎える上、出張先が新婚旅行先と一致するため、公用が済み次第現地で休暇に入るのだという。両親の不在の間、みなみとチェリーは高良家に身を寄せると事になった。
 おまけに柊家。
 両親のただお・みき夫妻は国内旅行へと出かけてしまった。高名な神社の宮司として、神教・他宗教問わず、あらゆる宗教施設に関心を寄せていて、それらを視察するのが目的である。会社員の長女は出張に出かけている。岩崎家の場合と違い、国内であるが。大学生の次女はというと、授業の休講と休日がうまく繋がったとかで、友達と一緒に旅行に行っている。岩崎家と違い国内旅行で、しかも一緒に行く友達の実家に泊めてもらうという安普請ぶりであるが。
 というわけで、泉家、岩崎家、高良家、柊家合わせても、昼間家にいる大人がみゆきの母のゆかりだけという状況にあった。
 とはいえ、こなたは作家の父を持つ以上、そのような状況は慣れっこだったし、みなみは高良家にお泊りするくらいのことは初めてではないし、高良家としても岩崎家との浅からぬ近所付き合いは今に始まったことでもないので、日常に大きな変化はなく、かがみはといえば、いつになく静かな我が家で過ごすことを楽しんでいるようですらあったし、家事はつかさに任せておけばまず大過はない。というわけで人手不足、とりわけ大人不足はさして問題となるようなことでもなかったのである。
 金曜、こなたとみなみが風邪を患うまでは。




 「あの、泉さんは?」
 「あの、みなみちゃんは?」
 金曜の朝、スクールバスを待つ糟日部駅で顔を合わせる事になったみゆきとゆたかは、挨拶抜きで相手が一人であることを不審に思う言葉を、まるで稽古を重ねたベテラン俳優のように完璧にハモった。みゆきが先に答える。
 「みなみさんは風邪を引かれてしまいまして、今日は休む事にしました」
 「え、みなみちゃん大丈夫なんですか?」
 あまり晴れやかではなかったゆたかの表情が、さらに曇る。
 「熱が38度台でして、症状は軽いとはいえませんが、母が付きっ切りで看病してます」
 「ならば安心ですね」
 疑うことを知らない二人に、柊姉妹は顔を見合わせたのだが、つかさの反応も至って鈍かった。
 「それで、泉さんは?」
 「こなたお姉ちゃんも風邪なんです。熱は37度台なんですが……」
 「でも今、こなた家で一人なんでしょ」
 かがみが聞く。
 「はい、昼間はゆいお姉ちゃんがパトロールついでに見に来てくれる事になってます」
 「でも夜は?」
 「それが……今お義兄ちゃんが戻ってきてて」
 各家庭で大人が枯渇している折、成実家では逆に、単身赴任中のきよたかが本社に出張という形で埼玉に戻ってきていたのである。
 「お姉ちゃんは、お義兄ちゃんと一緒に看病しに来る言ってくれたんですが、こなたお姉ちゃんは頑固に断って……」
 「気持ちは分かるけど……」
 新婚早々、単身赴任に引き裂かれてしまった夫婦である。例え夫婦の愛の巣ではなくても、水入らずに水を差して、居心地がいいはずがない。
 「でも、ゆたかちゃんに何かあったら……」
 というつかさの懸念も無理はない。人並みの相手であればこんな心配はしないが、ゆたかは身長も健康も、よろしくない方に人並みはずれていた。こういう場合ばかりは、需要があればいいというものではない。
 昼休みになり、みゆきは話があるとして、ゆたかを3-Bの教室に呼んだ。いつもはこなたがいる場所に、今日はゆたかが座る。身長は大差がないとはいえ、何せ一年生。違和感は否めないのだが、みゆきが教室の後ろを半分を、かがみが前半分を威圧してZOC形成していたため、何ら問題はなかった。
 その席で、みゆきは提案する。
 「もしもの事態に備えて、私が泉さんのお宅に泊まりこむというのはいかがでしょう?」
 どの道こなたにノートのコピーを渡したり、宿題の内容を伝えたりしなければならないと思っていたので、そのついでにというわけである。
 「いいんですか?」
 「ええ、ご迷惑でなければ」
 「そんな……こっちこそ、高良先輩にご迷惑じゃないかと」
 ゆたかは赤面し、小さい体をさらに縮めて恐縮する。こなたの風邪は元々軽いものであるから、いうなればゆたかのためにそう提案しているようなものなのである。
 「どうかお気になさらずに」
 慈愛に満ちた笑顔を向けると、ゆたかは深々と頭を下げた。
 「ありがとうございます」
 だが、この提案に反対する者がいた。
 「わたしが行くわ」
 かがみである。
 かがみが言うには、2年の初めごろ、自分が風邪を引いた際にこなたに寝込みを襲われた(非性的な意味で)ので、今回はその仕返しをしたいのだという。
 「あ、あのときの事ですか……」
 みゆきはつかさのパジャマ姿とともに、見舞いに行った時のことを思い出した。
 「お気持ちは分かりますが、そうするとつかささんがお一人になってしまいますね」
 「うぅ……」
 一人の夜を想像したつかさが、唇を歪ませて震える。
 そこでみゆきが画期的な提案をした。
 「「「三角トレード?」」」
 三人は目をぱちくりさせてみゆきを見る。
 「工業製品とお茶とアヘンではありませんよ」
 「いや、アヘンがあったら捕まるし……」
 この場合、トレードは貿易ではなく選手の交換である。
 「メジャーリーグなどではたまに成立することがあるのですが、要するに3つの球団が関わる選手の交換のことです」

 チームAはBに選手を放出してCから選手を受け取る。
 チームBはCに選手を放出してAから選手を受け取る。
 チームCはAに選手を放出してBから選手を受け取る。

 かがみはピンと来たようだ。
 「泉家、高良家、柊家がそれぞれのチームに相当するってことね」
 「そうです。つまり……」

 まず、かがみが泉家に移動し、こなたの世話を引き継ぐ。
 それを受けて、ゆたかが高良家に移動する。
 最後に、みゆきが柊家に移動する。

 「私が高良先輩のお宅に、ですか?」
 ゆたかが目を見張る。
 「はい。その方が、みなみさんの回復も早いかと思うのですが」
 「はい、頑張ります!」
 三角トレードによって各々の要求が丸く収まり、誰にも異論はなかった。
 そこで四人は、各方面への調整に入った。
 まず、ゆたかがこなたに電話した。かがみ登場の奇襲効果を上げるため、表向きはみゆきが行く事にした。
 みゆきもゆかりに電話した。

 「ゆたかちゃんてどんな子? 男の子?」
 「女の子ですよ。みなみさんの親友です」
 「おっきい子? ちっちゃい子?」
 「小さくて可愛らしい方ですが、その事を気になさってるようなので―」
 「きゃー、楽しみ♪」
 「……」

 みゆきが連絡を終えると、つかさは夕食の希望を聞いた。
 「ゆきちゃん、夕飯は何がいい?」
 「ご馳走になれるのですか?」
 「うん、何でも作るよ」
 「そうですね……つかささんの作られるものなら何でも」
 「何でもかあ……何でもって言われると、却って迷うよね」
 「そうですね」
 「味噌煮込みうどんにする?」
 「味噌煮込みうどんですか、おいしそうですね」
 「肉じゃがにしようか?」
 「肉じゃがですか、おいしそうですね」
 「ハンバーグ焼こうかな」
 「ハンバーグですか、おいしそうですね」
 何あの会話、とでも言いたそうに、かがみとゆたかは苦笑していた。
 「そうだ、カレーにしよ」
 「カレーにしましょう。……おいしそうですね」
 柊家の献立が決まったようである。
 そしてつかさはみゆきの手を取り、小指に小指を絡めた。
 「おいしいカレー作って待ってるね」
 予期せぬ行動に、みゆきは頬を染める。それを見てつかさも赤くなったが、指を離そうとはしない。
 「はい……楽しみにしてます」
 はにかむようにみゆきは笑った。




 こうして泉家、高良家、柊家、それぞれの場所で、普段と違った顔ぶれによる、普段と違った日常が動き始めた。




























コメントフォーム

名前:
コメント:
  • 出だしは良さそうだな
    -- 名無しさん (2008-08-04 22:18:53)
  • wktk -- 名無しさん (2008-08-04 21:20:23)

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー