kairakunoza @ ウィキ

KISSは少しだけ背伸びして

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匿名ユーザー

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 こんな時期に転校なんて、とは本当によくも言ったものだ。
 着慣れない制服に袖を通し、自転車をひたすら漕いで学校へ。
 どうやら遅刻せずに済みそうだ………俺がそう安心した、その時だった―――――。

 盛大な金属音と共に、最高速度28km/mを記録していた自転車のチェーンが切れ、一気に減速。
 ブレーキを掛けて急停止、だが足をつくには遅すぎて、俺は地面に転ぶ羽目になった。
「いっでぇ!」
 どうやら今日は厄日らしい。俺って悲惨。

 そんな俺の元へ、2人の人影が近寄ってきた。
「大丈夫? 随分盛大な音立てて転んだけど」
「どこも、怪我してない? 大丈夫なの?」
 髪形は違えど、髪の色は一緒。片方は勝ち気そうなツインテール。もう片方はボンヤリとしてそうな顔だ。
「あ、ああ……大丈夫。怪我してない」
 俺がそう答えると、2人は「良かった」という風に顔を綻ばせた。
「怪我無くて良かったぁ……」
「怪我は無いからいいとしても……自転車、これだね……」
 ツインテールの方が俺の自転車を指さした。はうぁ、愛車のチャリ助6号のチェーンがブチ切れている。
「うぉぉ、俺のチャリ助6号!」
「って………なんて名前付けとるんかい!」
 む、そんな突っ込みは無いだろう。俺の愛車だぞ。
「あはは……お姉ちゃん、そんな事言っちゃ雷斗君かわいそうだよ」
 ツインテールの方は姉で、もう片方は妹。あれ?どうして俺の名前を?
「自転車に書いてあるからそれ見たんだよ、篠崎雷斗君」
 む、それは失念していた。ところで、貴方は?
「私は柊つかさ。こっちは私のお姉ちゃんの……」
「柊かがみよ。よろしくね」
 つかさとかがみ、と。脳内でメモしとこ。
「……ところで、学校はいいの? 時間ヤバくない?」
「「あ」」
 2人は慌てて気付いたのか、俺を「早く早く」と急かし始めた。
 別に慌てなくても学校は逃げないがそれでも急がない事には始まらない。
 まぁ、もっとも俺は転校初日だけどな……。



「どうにか間に合ったねぇ………」
 かがみがため息をつき、つかさも荒い息を吐いた。
「うん、ホントだよぉ……雷斗君、自転車押してるのに割と早いし……」
「まぁ、色々あって鍛えられたんだよ」
 俺がそう答えると、かがみが急に顔を上げた。
「ところであんた、クラスは?」
「ああ、俺、今日からここに転校してきたから……今から職員室行くんだよ」
「じゃ、学年だけでも」
「俺? 俺は1年生」
 俺の返答に、かがみもつかさも急に停止した。あれ?俺、なんか悪い事言ったかなぁ?
「じゃ、後輩だったんだ……」
「ホントだよぉ……自然だったからつい……」
 後輩って……まさか……この2人は俺より年上!?
 慌てて学年章を見てみると、2人のつけているものは3年生を表していた。
「す、すんません柊先輩! もろタメ口利いてスミマセン!」
 なんてこったい。ついつい自然で話したからだろうか。
 まぁ、同年代の女子とあまり話した事が無かったからかも知れないけれど。女の子の年って解りにくい……。
「あはは、いいっていいって。私は気にしないよ」
「そうよ雷斗君。学校にいれば、会う事もあるだろうし」
 かがみさんとつかささんとはそこで別れ、俺は職員室へと向かった。
 この学校にも慣れないといけないなと思いつつ、少しだけ俺は2人の事を思いだした。
「(でも、頼れる先輩って………いいかもな……って、いかんいかん。何を考えているんだ俺は)」
 そう、俺にはちゃんと心に決めた人がいるのだ。そう、ちゃんと俺には……。

 職員室に辿り着き、担任の先生と少しだけ話した。
 割と明るい人だったので、どうやら落ち着いた学校生活が過ごせそうだ。
「ところで、俺のクラスって?」
「1年D組。ちゃんと覚えといて」
 1年D組、と。クラスの場所も忘れないようにしないとな。
 俺はそんな事を考えつつ、担任の先生の後に続いて教室へと入った。
「だ・か・ら・何でパティは解ってくれないッスかぁ~!!!」
 教室に入った瞬間、少女の叫び声が耳に飛び込んできた。
「Non Non! ひよりコソ、解ってないデスよぉ~!!!」
 どうやら口論が発生しているらしい………元気が良いのはいい事だけど、何だかなぁ……。
 口論の原因は……と、俺が視線を机の上に送るとそこにはちょっと男子には困る物体が幾つかあった。
 簡単に言えば腐女子が好きな本だよ、そう、男同士で禁則事項してる奴。それが原因か。
「ああ…………神よこの迷える子羊にどうすれば良いんだと……」
 パティと呼ばれた少女相手に舌戦を展開していた眼鏡の少女は俺の方を見てそう呟いた。
 待て、そこで何故俺を見る!?
「あ、あんた誰」
 転校生ですが何か。
 後、1つ言うけど人の趣味は人それぞれだから自分の趣味を押し付けさえしなければ後は独自の世界を築くのは素晴らしい
事だと思うぜ。
「あ、なる程」

さっきの少女たちの口論に介入(?)した事が切っ掛けで、俺はその子とその友人達と次の休み時間迄には仲良くなっていた。
 まず、口論していた片方で、眼鏡をかけた少女は田村ひよりというらしい。趣味はさっきのを見たので多いに解った。
 口論していた相手の外人っぽい女の子は本当に外人でパトリシアという名前だがパティと呼ばれてるのでそれで通っている。
 2人の側にいたペアの小さな子は小早川ゆたか。正直な話、目線を合わせるのが大変だ。身長差とは怖いもの。
 そしてもう片方の背の高い無口な女の子は岩崎みなみ。一見クールかと思えば、単に口下手なだけらしい。でも、悪くない。
 女の子ばかり4人と仲良くなるとは転校初日から随分と好印象じゃないだろうか。
「いやー、雷斗君はぶっちゃけどんなのに萌えるっスか?」
 ひよりさん、そういうのは男子に向かってダイレクトに聞くものでは無い気がします。
「エエ? 私は気になりマスね」
 まさか、パティは日本語をアニメとか漫画で覚えたクチ? あながち間違いじゃないけどさ。
「うーん……萌えっていうか好みのタイプは………」
 もっとも、俺の脳裏に出て来るのはあの人しかいない訳だが。
「明るい人、かな? 明るい人だと、何か楽しい気分になって来るじゃない?」
 俺がそう言った時、ゆたかちゃんとみなみさんが少しだけ俯きかけた。ヤバい、フォローしないと!
「あ、べ、別にそれは好みの人であってな。別に恋人にしたいとかそういうんじゃなくて、なんつーか、そのッ!」
「雷斗君って面白いっスねー。青臭さが萌えっスよ」
「いや、だからひよりさん、俺も萌え要員なのかよ!?」
 そうだとしたら世の中の人間の大多数が萌え要員になるってーの。

 昼休み、ひよりさん曰く頼れる先輩、ゆたかちゃん曰くお姉ちゃん、を紹介したいというので3年エリアに移動する事になった。
「雷斗君が好きな明るい人も結構いるっスよー」
 ひよりさん、いつまでも俺をからかわないでくれって。ゆたかちゃんが困ってるぞ。
「まぁまぁ、いいじゃないっスか。先輩、こんにちはっス」
 ひよりさんがそう口を開くと、教室の真ん中辺りで弁当を食べていた1団が振り向いた。
「おう、ひよりん。来たかい」
「今日は多いのね、って……あ、今朝の」
「あ、かがみさんにつかささん」
 どうやらかがみさんやつかささんはこのクラスなのか。
 しかし、ひよりさんやゆたかちゃんが紹介したいのは柊先輩達ではなく……。
「あ、君が転校生か。や、どもども、私は泉こなた」
「あ、どうも。篠崎雷斗です、よろしくお願いします」
 俺がそう言ってこなた先輩や他の人にも改めて挨拶をした時だった。

 その時、気付く筈が無かった。
 その人の接近に。

「おぅ、高良いるかぁ? この前の……」
 扉が勢い良く開き、教室の中に入ろうとしたその声の主は。
 俺を見て、ゆっくりと……。


 ゆっくりと………口を開いた。
「………あんた、もしかして、ライトか?」
 俺の事を、その名で呼ぶ人は俺の人生の中で1人しかいなかった。
「……ななこさん、ですよね?」
 俺も、そう返答した。
 その場にいた誰もが、黙り込んで、俺とななこさんのやり取りに注目していた。
「……何であんたが此処におるん?」
「転校してきたからです」
 少しだけ、声が震えた。
 話したい事なんて山ほどある筈なのに。ずっとずっと、会いたいと願っていた筈なのに。
「………また今度な……」
「……ななこさん?」
 ななこさんは踵を返すと、そのまま行ってしまった。
 俺が何て言えば良いか解らず、困っているとこなた先輩のみならず、他の誰もが俺に注目していた。
「…………あんた、ななこ先生と何かあったの?」
 こなた先輩が口を開いた。
 思わず、自分の顔色が真っ青になったのを感じた。そりゃそうだ。
 言えない。言えないよ。俺の初恋の人があの人だなんて言えない。
 あの人が大好きだった人は俺じゃなかったけれど、それでも俺に近い人だったなんて言えない。
 そして今でも……俺は……。
「追い掛ければ、間に合うかもよ?」
 こなた先輩が更に口を開いた。そう、追い掛ければ、まだ間に合う。だけど―――――。
「………………」
 後悔したくない、という気持ちと。嫌われたくない、という気持ちが。
 混ざり合って、どうしようもなく。
 俺は、頭を抱える事しか出来なかった。

 生徒達が見ているというのに、随分と間抜けな事をしたと思った。
 でも、それ位驚いていたのは事実だ。
「……何やっとんのや、うち……」
 転校生があったとは知ってた。だけど、まさか彼とは思わなかった。

 彼はきっと忘れてない。彼の大切な家族を、自分の不注意が奪った事を、忘れてない。
 あんなに祝福してくれたのに。あんなに懐いてくれたのに。
 どうして、自分は………彼だけには、優しくなれないのだろうか。
「………神様がいるとしたら、エラい意地悪やな……」
 自分の呟きなのに、悪態をつきたくなった。どうしようもない程に。












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  • 深い内容!!gj -- 名無しさん (2008-06-18 22:20:05)

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