夏の日盛りの日を浴びた赤い百日紅(さるすべり)の花は、涼しさをのせた風になびいていた。
暑い一日、青い空には細切れに流れる雲が申し訳程度に浮かび、遙か彼方には、もくもくとそびえるように入道雲が、その身をどっしりと横たえている。
今年も盆の季節となり夏も半ば、日差しは鋭く燦々と降り注ぎ、残暑の候という季語に似つかわしくない猛暑が続いていた。
今年も盆の季節となり夏も半ば、日差しは鋭く燦々と降り注ぎ、残暑の候という季語に似つかわしくない猛暑が続いていた。
庭でジイジイと鳴くセミの声に耳を傾けながら、縁側から少し内側に入り影となった所に大の字になって横になっている。
風は時折、そっと吹き込む程度だが、毎年のこの頃は、こうしている時間が好きだった。
風は時折、そっと吹き込む程度だが、毎年のこの頃は、こうしている時間が好きだった。
まどろみでもなく、ぼんやりでもなく、ただ静かに夏を感じる時間。
こうして、和らいだ夏の空気を感じていると、まるで遠い場所の音までもが耳に届いてくるように思えた。
こうして、和らいだ夏の空気を感じていると、まるで遠い場所の音までもが耳に届いてくるように思えた。
耳を澄まして、夏の音を聞く。
汗に濡れた額を腕で拭い、尚、肌で夏の空気を感じる。
「お墓参りに、行こうか」
父親の声に、閉じていた目を開く。
耳に、まるで幻のように澄んで聞こえていた風の音が止んだ。
お墓へ続く階段の1つ1つを、しっかりと踏みしめていく。
夏、通い慣れた石段を見つめていると、不思議と子供の頃を思い出す。
覚えている限り、一番古い思い出は、幼稚園の頃。
石段を父親の手に引かれて登っていく。
途中で見た、大きな切り株を覚えている。
夏、通い慣れた石段を見つめていると、不思議と子供の頃を思い出す。
覚えている限り、一番古い思い出は、幼稚園の頃。
石段を父親の手に引かれて登っていく。
途中で見た、大きな切り株を覚えている。
沢山の墓石が並ぶ中、その墓石は静かに空を見上げようにして佇んでいた。
空を見上げると、澄み切った青空が山並みの向こう側まで続き、セミの声と、微かなざわめきが木々の間から溢れている。
寂々と立ち並ぶ墓石に、幾ばくかの賑わいが訪れる季節は、遠い場所へ旅立った故人への思いを伴って、泡沫(うたかた)の黄昏を思わせる。
そんな人々の気持ちを知ってか知らずか、この頃の空は決まって、まるでそこに道があるかのように、淡い一筋の雲を流してくれていた。
寂々と立ち並ぶ墓石に、幾ばくかの賑わいが訪れる季節は、遠い場所へ旅立った故人への思いを伴って、泡沫(うたかた)の黄昏を思わせる。
そんな人々の気持ちを知ってか知らずか、この頃の空は決まって、まるでそこに道があるかのように、淡い一筋の雲を流してくれていた。
この世を去った人々の霊魂が、彼岸を渡って来る5日間。
墓前で樺(かんば)を焚き、線香の束に火を灯す。
白い香りが立ちこめ、墓石を見つめる。
白い香りが立ちこめ、墓石を見つめる。
「さあ、かなたに、おかえりなさいだ」
父親の言葉に促されるまま、ゆっくりとしゃがみ込み、両手を胸の前で合わせる。
目を閉じると、セミの声が一段と強まり、眩しかった日差しが雲の間に隠れ、穏やかな風が体を包み込む。
空の遠方で、言葉が聞こえたような気がして顔を上げる。
一瞬、墓前に優しい微笑みが浮かんだように思ったが、きっと、それは幻ではなかったに違いない。
一瞬、墓前に優しい微笑みが浮かんだように思ったが、きっと、それは幻ではなかったに違いない。
つかの間の時、しかし、その一瞬は、彼女にとって微かな記憶にしかない、故人の面影を驚くほど鮮明に蘇らせる。
「お父さん」
白い香りの中、両手を合わせ終えた彼女は静かに言う。
「なんだ?」
「……ごめん、なんでもない」
恥ずかしそうに笑い、顔を伏せた。
セミの声が辺りを包み込み、線香の芳しい香りが流れていく。
暑い一日、青い空には細切れに流れる雲が申し訳程度に浮かび、遙か彼方には、もくもくとそびえるように入道雲が、その身をどっしりと横たえている。
今年も盆の季節となり夏も半ば、日差しは鋭く燦々と注ぐが、すべては優しさに包まれ、言葉無き言葉を存分に携え、しんとしている。
暑い一日、青い空には細切れに流れる雲が申し訳程度に浮かび、遙か彼方には、もくもくとそびえるように入道雲が、その身をどっしりと横たえている。
今年も盆の季節となり夏も半ば、日差しは鋭く燦々と注ぐが、すべては優しさに包まれ、言葉無き言葉を存分に携え、しんとしている。
「さて、戻って迎え火を焚こう」
立ち上がり、日頃とは異なり凛として唇を噛む父親の顔を見上げつつ、彼女は思う。
時が過ぎ去り、悲しみは癒えたけれど、想いは決して薄らぐことはない。
いつか、自分が成長し、悲しみを自分の一部とできるほどに心を強く持てたなら、あの時のことを尋ね、学ばせてもらおう。
時が過ぎ去り、悲しみは癒えたけれど、想いは決して薄らぐことはない。
いつか、自分が成長し、悲しみを自分の一部とできるほどに心を強く持てたなら、あの時のことを尋ね、学ばせてもらおう。
墓石を立ち去る三つの影は、穏やかな風に押されるようにして、帰路に着いた。