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午後十時の電話~もうひとつのハッピーエンド~

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匿名ユーザー

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「……はい、楠です」
「もしもし、かがみー? 私ー」

 電話の向こうから聞こえたのは、いつもの声。
 高校以来ずっと続いてる、大切な友達。
 時は流れ、男性(ひと)と結ばれ、娘をもうけても。

 ――変わることのない、大事な友達。


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 午後十時の電話~もうひとつのハッピーエンド~ 
――――――――――――――――――――――――


「あー、一昨日ぶりね、こなた」
 受話器から流れてきたのは、いつもと変わらない、こなたの呑気な声。
 全身の余分な力がほぐれていくのを感じながら、窓際のロッキングチェアに腰を下ろす。
「今、電話いいかな? 旦那さん、今日出張だったよね?」
「まあね。そうでもなきゃ、こんな時間にのんびり電話してないわよ」
「みらちゃんはもう寝た?」
 傍らのベビーベッドで眠る愛娘の頬を、そっと指の腹で触れてみる。
「おかげ様で。ほんと、手のかからない子で助かるわ」
「かがみ似でよかったねぇ。これでつかさ似だったら、ものすっごい甘えん坊さんになったんだろけど」
「まあ、そもそもつかさに似るとは思いづらいけどね」
「それもそっか。双子っても二卵性だもんね」

 本当に、他愛のない話。
 他愛のない話かもしれないけど……

 どんな時にも、私を元気づけてくれた声。
 プレッシャーに押し潰されそうになった夜。
 現実に打ちひしがれた夜。
 主人とケンカした夜……

 ……そういえば、いつもこなたがいた。
 楽しい事は、お互いに話して笑い合った。
 つらい時はいつも、お互いがそばにいた。

 ……そう、かけがえのない、大切な親友。

「ところで、こんな時間にどうしたの?」
「んー、まあ、その」
 こなたにしては珍しく、言いよどむ。
「何よ、やけに歯切れ悪いわね……ひょっとして、ついに身を固める覚悟でも決めた?」
「うぉ!? かがみってひょっとしてエスパー!? あなたのハートにテレポート!?」
「……あー、ダルいからツッコまなくてもいいかー?」
「んむぅ。……まあ、ようやく作家稼業も軌道に乗ってきたし、そろそろいいかなー、って」
 こなたの言葉の端々に、『照れ』が見える。ちょっと新鮮。
「相手は誰よ? やっぱあの人?」
「そだよ。ってか、伏線もなしにここでいきなり他の人が登場するわけないじゃん」
「それもそっか。あんたってほんと、リアルで男っ気なかったもんね」
「いいんだよー。その分、彼とはずっと前からなにげにフラグ立ってたもんね」
「え? 担当さんって、去年の新連載の時からの付き合いじゃなかったの?」
「いやー、変に話が合うからさー、おかしいと思ってたんだけど……」
「ふんふん」
「ほら、私高校ん時、ネトゲやってたじゃん?」
「あー、何度かつき合わされたこともあったわね」
「実は彼、私の"嫁"だったんだよねー、あっちでの」

 ……はぁ? 何よそれ?

「はぁ? 何よそれ?」
 思っていたことが、そのまま口をついて出た。
「おまけに、知って驚く意外な事実!」
「まだ何かあるのか……」
「出身中学も同じでさ、しかも同級生でさ~」
「……ちょっと待て。まさか、前に言ってた『魔法使い志願の親友』って……」
「ご名答!ズバリ、彼でしたー!!」
 ……マジっすか。
「……なんか、出来すぎてて頭痛くなってきたわ」
「知った時は私もびっくりしたよー。ほんと、世間は狭いねえ」
「狭いにもほどがあるわよ。あんた達、知らずに幼なじみみたいなもんだった、ってことじゃないの」
「幼なじみとフラグが立つのは、泉家の伝統なのかもしれないね」
「なに他人事みたいに言ってんのよ、あんたは」
 電話の向こうで、すぅ、と息を吸い込む声が聞こえた。
「いやぁ、でもね。彼ってほんとにいい人なんだよ。真面目で気さくだし、将来のこともちゃんと考えてるし…」
 思いっきり力説。あー、今こいつ、思いっきり目をキラキラさせてんだろうな……
「はいはい、ごちそうさま。……まぁ、ゲーム内とは言え、"結婚"するからには相性はよかったんでしょうけどね」

 こなたのそういう反応を見て、私はちょっとばかり安心した。
 昔から、生活感のない方面でばっかり積極的で、この子ってばこの先どうするんだろう、って思ってたから……

「けどさ、」
 よいしょ、と座り直す。ロッキングチェアが、ゆらりと揺れる。
「ん? なに?」
「それだけ前から引っ張っておいて、結局結婚は四人のうちでどん尻だったわね、あんた」

 つかさは、大学在学中に今の夫と出会って、今では二児のお母さん。
 みゆきも、大学を出て二年後、誰でも知ってるあの会社の御曹司と結婚した。
 そしてつい一昨年、出遅れた私も、同じ法律事務所の仲間とゴールイン。一児をもうけて、今は育児休業中という身分。

 ……で、結局最後まで残ったのが、こなただった。

「いや、ほんっと結婚なんて予想外だったんだよ。中学卒業して疎遠になって、ネトゲ引退してからまた疎遠になってさ~」
「どんだけ腐れ縁なのよ。運命の神様とやらも、よっぽどムキになったみたいね」

 神社の娘でありながらなんだけど、神様なんて本当にいるのかしら? って、ずっと疑ってかかってた。
 ……けど、もしかしたら本当にいるのかもしれないわね。諦めの悪いキューピッドが。

「そもそも私、あんま男の人には興味なかったし、絶対結婚なんてしないだろうな~って自分でも思ってたし」
「思考パターンはまるっきり中年のオッサンだったもんね、あんた」
「あれあれー? 何気にヒドイこと言われてるよー?」
「だってあんた、みゆきにセクハラまがいのことばっか言ってたじゃないの」
「あ、あれは愛情表現だよぅ」
「あーはいはい、そういう事にしといたげるわ」
「ま、オッサンっぽいのは否定しないけどね」
「しないのかよ」

 背もたれに体を預けて、視線を窓の外へ向ける。
 高台に建つマンションの一室。大きなガラス窓の向こうには、薄い街明かり。
 遠くの鉄橋をわたって行く通勤電車が、まるでハーモニカみたいに見えた。

「でもね、私も女だったんだなー、って思うことがあってね。そしたらなんか、彼と一緒になってもいいかなー、って……」
 受話器の向こうで、こなたが身をよじって照れている光景が浮かぶ。
 こなたらしくないっちゃないんだけど、そこがこなたも女の子だったのね、と感じさせてくれて……なぜだか、こっちまで嬉しくなる。

「あんた、おかまいなしにノロケるなぁ。 ……って、最近妙に女らしくなってきたのはそれか!?」
 ……なんか気恥ずかしくて、私のほうから茶化しちゃったんだけど。
「うん。人間の身体ってすごいんだよ~」
「すごいって、何が?」
「ほら、私って背も低いし見た目も幼いけどさ、彼に抱かれたらちゃんと濡れt」
「ストーップ!危ない発言禁止ー! てか、ちょっとは恥じらい持てよっ!」

 こいつは……まったく、ほんとに。

「……でもさ、これでやっと、みんなで旦那のグチ言えるね」
「グチ前提かよ」
「わかってないなぁ、かがみは。グチも幸せの一部だよ?」
「はぁ……そんだけ割り切ってたら、倦怠期も来ないかもしれないわね」
「けど、かがみもつかさもみゆきさんも、旦那のグチって言わないよね」
「そうね。なんだかんだ言って恵まれてるのかもね、私たち」
「かがみの旦那さんなんて、婚約前から『かがみは俺の嫁!』とか公言してたし、結婚してからも溺愛だもんね~」

 電話線を伝わってくる、こなたのニヤニヤ笑い。
「ちょ、恥ずかしいからそういうのはやめて……くれ」

「ところでさ、こなた」
「んぁ、何?」
「あんた、その……子供とか、作る気あるの?」
「あるよー、もちろんあるよ~」
「ふぅん……」
「また、なんでそんな事聞くのカナ?カナ?」
「二度言うな。……まぁ、大した意味はないわよ」

 ……本当は、あるんだけどね。

「……あぁ、そっか。わかった」
「?」
「大丈夫だよ、かがみん」
 こなたの口調が、すっと優しい声色に変わる。
「な、何がよ?」
「そのために、小さい頃から体力作らされてきたんだなって思うしね」

 ……やっぱ、見抜かれてたか。この子には敵わないなぁ。

 女性にとって、出産は人生の一大事。
 自らの体力を削って、大事な子供を産み落とす行為。
 母体が小さかったり、体力がなかったりすれば、命に関わることだってある。

 ……その結果、こなたのお母さんは……

「ああ、うん、そうね。……ごめん」
「心配してくれてありがとね、かがみ」
 受話器の向こうで、くすっと笑う声がした。

「ま、お父さんに老後の『萌え』を供給したげるのも、親孝行の一環ですよ」
「あんたはまた……でさ、子供が産まれたら、なんて名前つけるの?」
「また気が早いねぇ。……決まってるじゃん、『かがみ』ってつけr」
「却下」
「うぉ、申請と同時に却下ですか」
 当たり前だ、バカモン。

「まあ、冗談はさておき」
 そこで一呼吸置いて、こなたは言った。
「……やっぱり、『かなた』かなぁ」
 遠くを見るような表情が、まるで目の前にいるかのように脳裏に浮かんだ。
「こなた、それって……」
「男の子でも女の子でもいけるし、それに……」
 ――あの人の分まで――
「それに、お母さんの分まで生きてほしいから、ね」
「ん、そうね……そうよね」

 こなた、あんた、ほんと強いわ。
 産まれてくるかなたちゃんには、めいっぱい愛情注いであげなさいよ。
 あんたのお母さんが、あんたに注いであげたかっただろう分まで……ね。

「でもさ、お母さんが私の子供になって帰ってきたら、萌え泣けるよね~」
「萌え泣ける、ってあんた……いくつになっても、その萌え思考は変わんないわね」

 しんみりした空気を読まなかったのか、それとも、空気を変えようとしてわざと言ったのか。
 ……きっと、後者なんだろうな。

「……でも、そういうのも素敵かもね」
「ん」

 本当に、おめでと。
 幸せになんなさいよ、こなた……

「……ところで、式はどうすんのよ?」
「うん、神式にしようかなって。かがみんトコで」
「って、実家(うち)かよっ」
「だめ?」
「いや、歓迎するけどさ~……うちは古い神社だから、結構多いのよね。半年ぐらい先まで予約埋まってるんじゃないかしら」
「えぇ~? 心の友よ、そこをなんとか~~」
「だーめ。神様の前ではみんな平等。特別扱いはナシよ」
「おや、リアリストなかがみ様らしからぬお言葉」
「あんた、一体私をどーいう目で見てるんだ?」


窓の外には、中秋の名月。
少し冷たくなった風が私の髪をあおり、薄(すすき)の穂を揺らして抜けていった。

積もる話は尽きないままに。
今夜も、夜は静かに更けて行く……


― fin.―













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  • 現実的に考えてみたら、これが普通なんだよな、うん。
    でも、この2人は、このような現実的通常の流れにおいても、
    最高のパートナーだと、思うわけですよ。 -- 名無しさん (2009-09-27 04:30:19)
  • この話は、これはこれで!
    間違いなくハッピーエンドですね。
    うるっときました。 -- 名無しさん (2009-09-27 02:24:28)

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