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おとぎばなしみたいに (1)

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匿名ユーザー

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 よろよろと、隣で危なっかしく歩く人影。
 想いを交わし合った小高い丘を、ゆっくりと下りていく。
「……大丈夫?」
「あははっ、大丈夫だよ。ちょっと足元がぐらついてるだけだから」
 申し訳なさそうに笑いながら、私のことを見上げるゆたか。
 その小さな手は、私の手をぎゅっと握っていた。
「……なら、よかった」
「みなみちゃんが言ってくれたおかげで、調子の悪さも全部吹き飛んじゃった」
「…………」
 なんて嬉しいことを言ってくれるんだろう……顔が、すごく熱くなっていく。
 ゆたかは前からこういう風に直接思ったことを告げてくれるけど、その想いが倍以上に感じられる。
これも、私たち同士が想い合えたからなのだろうか。
「みなみちゃん、顔が真っ赤だよ?」
「ゆたかだって……」
 私のことをからかうように言うゆたかの顔も、ほんのりと赤くなっている。
「あははっ……なんだか、とっても幸せすぎて」
「……私も」
 昨日までの沈みそうな心がウソみたいに、ふわふわしている私の気持ち。
 ゆたかも同じみたいで、時々嬉しそうに頬を私の腕に寄せてくる。
 やがて、裏庭から校門近くの広場へと抜ける。ここまで来れば、昇降口まではもうすぐだ。
「……そういえば、ゆたかはお弁当持ってきたの?」
「うんっ。おかずはお姉ちゃんが作ったのをもらったけど、おにぎりは自分で握って持ってきたよ」
「そう……それじゃあ、あとでいっしょに食べよう」
「えっと、田村さんも呼んでいいよね?」
「……もちろん」
 私にとって、気持ちをしっかり気付かせてくれた恩人。だから、全然異存はない。
「それじゃあ、いつも通りみんなでお弁当だねっ」
「……うん」
 ゆたかと私の関係は変わったけど、それ以外は何も変わらない。
 いつも通りの日々の中で、少しずつ変わっていく日々を楽しんでいけばいいんだ。
 楽しそうなゆたかの笑顔を見ながら、これからのことに思いを馳せた。
 そして、手を繋いだまま昇降口に入って下駄箱に向かう。
「……ちょっと遅れたから、急ごうか」
「そうだねー」
 頷き合いながら、私たちは下駄箱の扉を開けた。
「……えっ?」
「どうしたの? みなみちゃん」
 固まる私の顔をのぞき込んで、それから下駄箱の中に視線を移すゆたか。
「……えっ?」
『それ』を見て、ゆたかも私と同じように絶句した。

 私の上履きの上には、一通の封筒。
 その封には、ご丁寧にハートマークのシールが貼ってあった……

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 おとぎばなしみたいに
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「み、みなみちゃん、これって……」
「……ら、ラブレター?」
 ハートのシールの色も、見事に赤。
 でも、どうしてこのタイミングでラブレターが……?
「……うー」
「っ?!」
 ゆ、ゆたかが涙目になって……しかも、ぷるぷる震えてる。
 突然こういうのを見たから、ショックを受けたのかもしれない。
「だ、大丈夫だよ、ゆたか。私の気持ちは、もう固まっているから」
「うー……だったらいいんだけど、でも……誰なんだろ……」
「……とりあえず、見ておこう?」
「そうだね」
 見ないで捨てるのは、やっぱり失礼にあたる。ちゃんと読んで、それから正式にお断りしよう。
 私はシールを剥がして封を開けると、中の手紙を取り出した。

『親愛なる岩崎みなみ様へ
 以前からお慕いしております。
 あなたに想いを告げたいので、次の紙に書いてある場所で待っています
                         あなたを見守ってる者より』

「……"あなたを見守ってる者"?」
 ちょっとへなへなになった文字で書かれた、短い文。
 でも、以前から慕われてるといってもゆたかや田村さんぐらいしか思いつかない。それに、
想いを告げたいって言われても……
「だ……大丈夫だよね? みなみちゃん」
 私の袖をくいくいと引っ張って見上げるゆたか。
 この子を裏切ることだけは、絶対にしたくない。
「……もちろんだよ。とりあえず、次の紙を見てみよう」
「……うん」
 ゆたかが頷くのを見て、私は次の紙をめくった。

『――なーんて、ウソだよーん。
 ずっとがんばってたみなみちゃんに私からプレゼントです。
 午後一番目の競技に出て、一番左に行ってみてね。
 きっと、いいことがあるはずだよ。
                       二人を見守ってる者より

 P.S.エントリーは先生かクラスの委員長に言えばしてくれるからねー』

「……?」
 私たちを見守ってる者って、まさか――
「お、お姉ちゃんっ?!」
 やっぱり、泉先輩だったか。
「そうだよ、この文字ってお姉ちゃんの文字だよ……はぁ」
 ゆたかはため息をつくと、力が抜けたようにぺたりとその場に座り込んだ。
「ゆ……ゆたか?」
「だ、大丈夫。ほっとしちゃって、つい……もうっ、後で会ったらちゃんと怒っておかなきゃ!」
 確かに特徴的な文字だから、身近にいる人ほどわかりやすいと思うのだけど、こういうのを
仕掛けられたら確かに判断しにくいかなって思う。泉先輩ったら、本当に手の込んだ真似を……
「……そんなに怒らなくてもいい」
「でもー」
 ぷっくりと頬をふくらませながら、ぷんすかと怒るゆたか。
 その仕草が可愛らしくて、私はぽんとあたまに手を置いてから、
「泉先輩は、私たちのことを心配してくれていた」
「そうなの?」
「うん」
 ゆたかに手を差しのべて、ひょいっと立たせていっしょに歩き始めた。
 ああいうことを仕掛けはしたけど、その目が真剣だったのは確か。ゆたかと私のことを
思いやってくれたのでなければ、あんな瞳で見つめられたりはしないはずだもの。
「そっかー……だったら、いいかな」
 どこか釈然としないように首を傾げたけど、ゆたかはすぐに笑顔に戻って頷いた。
「でも、なんなんだろうね? 午後一番の競技って」
「……プログラムにはクエスチョンマークしか書かれていない」
 ジャージからプログラムを取り出してみたけど、改めて見てもそこだけがクエスチョン
マークだらけになっていて他には何も書かれていない。
「一番左っていうことは、トラックかレーンの競技だよね?」
「……そのはず。フィールド競技では、その判別がつきにくい」
「でも、実行委員会じゃないお姉ちゃんが知ってるっていうことは、上級生の人たちは
知って競技なのかな?」
「……かもしれない」
「そっかあ。でも、プレゼントっていうことはきっといいことだよね」
「……多分」
 だけど、どうしても引っかかることがある。
 どうしてわざわざ「一番左」と指定しているのか……それだけは、どうしてもよくわからない。
 ただ、明らかなのは、競技である以上『チームに点が入る』ということ。
「……先輩の薦めだから、出てみる」
 午後に出る競技はない私は、とりあえずエントリーすることを決めた。
「がんばってね、みなみちゃん!」
「……うんっ」
 ゆたかのおひさまのような笑顔を見て、自然と大きく頷く。
 やっぱり、ゆたかの笑顔は見ていてとっても心地良い。
「あっ……」
「……?」
 前のほうから、おろおろしたような声が聞こえてくる。
「あっ、田村さん」
 見ると、田村さんが不安そうな面持ちで教室の入口から顔を出していた。
「や、やあ。二人ともお帰り」
 笑おうとはしてるけど、どこか無理してるみたいで……
「……ただいま。それと――」
 多分、泉先輩としていたことで不安がっているんだろうと思った私は、
「ありがとう」
 そう言って、少しだけ笑ってみせた。
「えっ……? う、うんっ」
「私も、電話してきてくれてありがとう。心配かけちゃってごめんね?」
 事情は知らないゆたかだけど、ゆたかはゆたかなりに田村さんに世話になっていたみたい。
「い、いやぁ、やっぱり心配だったから、ね?」
 私たちの言葉で、田村さんの表情はようやく和らいでいった。
「……私たちは、大丈夫」
「えっ?」
 どこか驚いてるような田村さんを見て、
「……ね」
「うんっ」
 私が小さく頷くと、ゆたかもにっこりと田村さんに頷いてみせた。
 いつも、私たちのことを見守ってくれる田村さん。だから、彼女にはちゃんと言っておこう。
「よかったぁ……よかったよぉ」
 ほっとしたようにそう言うと、田村さんは私とゆたかの手を取ってからぎゅっと抱きついてきた。
 やっぱり、私たちのことを心配していたんだ。そう思うと、本当にありがたい。
「……これからも、よろしく」
「よろしくねっ、田村さん」
「うんっ!」
 顔を上げながら、田村さんが嬉しそうに頷く。
 わたしとゆたかの、大切な友達。そして……たぶん、それ以上に大切な人。
「それじゃ、教室に戻ろっか。早くお弁当食べないと、午後の部に間に合わないからね」
「……うん」
「うんっ」
 これからも、こうやって三人でいっしょに歩いていこうと思いながら……私たちは、
手を繋いで教室の中へと入っていった。

 *   *   *

「午後最初の競技、ですか?」
「……はい」
 冷却シートを用意している天原先生に、私はこくんと頷く。
「それがですねー、一年生の方々にはヒミツだというのが陵桜の伝統なんですよー」
「……ヒミツ、ですか」
「そうなんです。ご期待に添えずすいません……はいっ、できましたよ」
「ふぁ~……」
「よかったね、小早川さん」
 天原先生がゆたかのおでこに冷却シートを貼ると、ゆたかが幸せそうに目をつむる。
可愛らしいそんな表情を、私と田村さんは微笑ましく見ていた。
 お弁当を食べ終わった私たちは、ゆたかの容態がまだ心配ということもあって、救護
テントにお邪魔して予防措置をとってもらうことにした。
 天原先生はそういう事情を知っているから、すぐに措置してもらえて助かる。
「でも珍しいっスね、ヒミツの競技だなんて」
「一年に一度のお楽しみ競技ですからね」
 お楽しみ競技……ということは、何か楽しい競技なのだろうか。
「おーす。ふゆき、エントリーしてきたぞ」
「桜庭先生……もう、せめて先生って言ってくださいって言ってるじゃないですかー」
 声がしたほうを振り向くと、ジャージ姿の桜庭先生が救護テントの中に入ってきていた。
「そんな堅苦しいことはナシだナシ。とゆーことで、また今年も頼むな」
「エントリーって、先生も何か競技に出るんですか?」
「ああ、午後イチの競技にな」
 午後イチに、ということは……
「……先生も、私と同じ競技ですか」
「なんだ、岩崎も出るのか」
「あれっ? でも、桜庭先生と私たちって同じチームですよね?」
 確かに、言われてみれば先生は3年C組の担任だから、私たちと同じチームのはずなのだけど。
「この競技は1チームから2組まではエントリーできるからな。とは言っても、競技の
性質もあってあまりエントリーはされないんだが」
「え、エントリーされないって、とっても過酷なんですか?」
「過酷だとかそういうのは一切無い。もしそうだったら、私は最初からエントリーしない」
「あー、確かに桜庭先生だとそんな感じが――」
「……田村、体育祭明け一発目のアニ研を楽しみにしていろよ」
「や、ヤブヘビっスか?!」
 いつもつむっている桜庭先生の目から、鋭い視線が田村さんに投げつけられる。『雉も
鳴かずば撃たれまい』というのは、まさにこういうことだろうか。
「まあ、それはそれとして……岩崎もきっと楽しめる競技だ。というより、こんなときに
しかできないようなことをやる、というのがその競技のコンセプトだからな」
「……はあ」
 なんというか、アトラクション的な競技なのだろうか。教師まで出るということは、
他の競技には無かったはずだから。
『間もなく、午後の競技が始まります。午後最初の競技に出る方は、入場門までお集まり下さい』
 そうこうしているうちに、校庭にそんな放送が流れてきた。
「……そろそろ、時間ですね」
 ジャージの上を脱ぎながら、私は椅子から立ち上がった。
「だな」
 同じように、桜庭先生もジャージの上を脱いで空いてる椅子にひっかけた。
「みなみちゃん、がんばってね! 桜庭先生も、がんばってくださいね!」
「ここから応援してるっスよー」
「楽しみにしてますからねー」
 みんなの見送りを受けて、私と桜庭先生は救護テントをあとにした。
 リレーの時とは違って、今はあんまり緊張していない。桜庭先生の言葉もあったからかも
しれないけど……出る以上は、ちゃんといい成績を出せるようにしよう。
「岩崎」
「……な、なんですか?」
 突然桜庭先生に名前を呼ばれて、思わず私の体が震えた。
「いい顔をしているな」
「……はあ」
「昨日とは見違えるようだ」
 あっ……
「……ありがとうございます」
「うむ。午前はナイスランだったぞ」
 昨日、私はそれだけ思い詰めていたのかもしれない。
 迷惑ばっかりかけて……本当、私は支えられているんだな。
「この競技は、お前の好きにやるといい。ある意味、お前にとってご褒美みたいなものだ」
「……ご褒美、ですか?」
「ああ。まあ、気楽に行け、気楽に」
「……はい」
 全然力が入ってない先生の言葉に、私も気が楽になっていく。
 ガチガチになるよりは、ずっといいかもしれない。そう考えているうちに、私たちは
入場門までやってきていた。



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