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こなたルート・Lucky 5ive Star

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
 脳味噌を掻き回すようなけたたましい目覚ましの音で俺は目を覚ました。口から意味の分からないうめき声
を漏らしながら、手を伸ばして目覚まし時計を一発ぶん殴る。それで睡眠を妨げる超音波は綺麗に消えて無く
なった。
 よし、それじゃおやすみ。
 というわけにはいかないのだった。俺はかろうじて、ぎりぎり最後の一線で理性を取り戻し、顔を上げた。
 あー、と呻いて大きくあくびをする。ついカッとなって暴行してしまった目覚まし時計は俺に抗議をするよ
うにうつ伏せに倒れていた。今は反省している。と思いながら起こして時間を確認すると、休日ではない、平
日にアラームが鳴る時間。そう、アラーム設定をカットしないで寝たのは俺だ。つまり、目覚ましがなったの
は俺がそうしたからだ。
 ああ、まったく。
 毛布を蹴り上げると、体を起こす。このままずっと寝ていたい気分だったが、そうもいかない。むしろ今日
引き籠もってしまえば、それで本当に終わりだろう。
 ああまったく、難儀なもんだ。
 少しぐらいヤサグレてても許されないだろうか。そんなことを考えながら着替えて、階下に降りる。いつも
通り洗面を済ませて、朝食を食べる。いつもの席。隣にこなたはいない。当たり前のことではあるけど。
 朝食を食べ終え、財布しか入っていない鞄を肩にかけて家を出る。車庫から自転車を引っ張り出して、サド
ルに座る。左手で右肩を押さえて、毒されてるな、と苦笑い。
 いい気なもんだ、と俺は思う。本番までの練習は今日と明日を残すだけ。舞台自体はまあ、通してなんとか
できるかなというところまでは来ているが、俺は今それよりも別のことに意識がいってしまっている。本当に
いい気なもんだ。きっとこうなるだろうから文化祭が終わるまでは動きたくなかったのに、結局この有様。
 なんとかなるか?
 なんとなするさ。そうしなきゃいけない。俺にとっても、たぶん、こなたにとっても。
 さあ、行こう。
 俺は地面を蹴って、自転車のペダルを踏み込んだ。


 もし街中でUMAでも発見したら、こんな目で見てしまうのではないか。そんな風に俺を見ている姿が、そ
こにはあった。家まで行ってやろうと思っていたのだけれど、途中の道で掴まえられたのは帰って好都合なの
かもしれなかった。さすがに女の子の家に上がり込むのは勇気がいる。いや、勇気とかそういうレベルの話じ
ゃないような気もするけど。
「よう」
 あ、固まってる。まあいいか、と思いながら俺は自転車の向きを変える。進行方向。コイツの向かう方向だ。
「ちょ、待って、昨日の今日だよ?」
「そうだな」
「なんでそんなふつーなの」
「と言われてもな。柊姉に引っ張ってこいって言われてるし」
「それだけ?」
 俺は肩を竦めて、笑って、その言葉には答えなかった。やっと回ってきた俺のターンだ、好きなようにやら
せてもらうさ。
 なあ、こなた。オマエがそうやってたみたいに、さ。
「もし、それだけだ、って言ったら?」
 俺がそう言うと、こなたは唇を尖らせて黙る。それが面白くてまた俺が笑うと、さらに不機嫌そうな顔にな
る。それがまた楽しい。無限ループのように回っていく感情。こなたは俺から目を逸らしたまま、自転車の後
ろに飛び乗った。俺の肩に手をかけて、後輪のステップに足をかけて。いつもの場所、いつもの重さ。
 ペダルを漕ぐと、一秒前の風景が後ろに流れていく。ロクに油も差していない車輪は、軋んだような声で抗
議する。まあ、今日でも帰ってきたら油差してやるからもうちょっと我慢しろ。そんなことを考えながら、自
転車は俺たちを運んでいく。
 こなたは黙り込んだままで、俺も喋らないままで、駐輪場に自転車を止め、二人で改札を潜る。電車に乗り、
いつもより空いている電車の中を歩き、空いている座席に座る。
「何怒ってんだ?」
「怒ってない」こなたはふうっと息を吐く。「怒ってるわけじゃないけど……」
「迷惑か?」
 こなたはその言葉に答えずに、小さく俯いた。肯定したようにも、否定したようにも見える。長い髪が、そ
の動きに合わせて小さく揺れた。サイドから流れた髪が、俺から見えないようにこなたの表情を隠す。まるで
髪までちゃんと本体の意志を汲んだような動きだった。
 糟日部駅に着くまでの、そう長くない時間、そのまま俺たちは電車に揺られていた。がたん、と揺れて、肩
がぶつかる。離れて、もう一回触れて、そして、その後はずっと触れたままだった。こなたは何も言わなくて、
俺も何も言わなかった。こなたの表情は相変わらず見えなかったし、俺もそっちに視線を向けたりはしかなっ
た。何故かそうした方がいいような気がした。
 不意に、こなたの方から感じる圧力が増す。何故かぐいぐいと押してくるこなたの肩を、やり過ぎないよう
にして押し返す。
「何だよ」
「べっつにー」
「ほほー」
「みのるが邪魔なだけだもん」
「はん、人の半分で十分だろ」
「……三分の二くらいだもん」
「五十歩百歩って諺知ってるか?」
「五十歩の人は五十歩目で踏みとどまったんだヨ」
「言ってろ」
 そんな小学生レベルの会話をしているうちに、いつのまにか降りる駅に到着する。耳障りなブレーキ音を立
てて電車が停止する直前に、こなたは立ち上がった。それと同時に、俺の右手も一緒に持ち上がる。なんだ、
と思ったら、俺の右手首が、こなたの左手に握られていた。
「……行こ」
 引きずられるように俺は電車の座席から立ち上がって、文字通りこなたに引きずられながら電車を降りた。
ホームに降りてちょうど三歩歩いたところで、こなたは俺の手首から手を離す。けれど、歩む速度はそのまま。
 こなたの掴んでいたところを、反対の手で軽く叩くと、俺はその小さな背中を追いかけて歩き出した。


「ええと、それでは、練習を始めましょう」
 集まったメンバーの前で、高良さんがそう宣言する。が、誰も動かない。動けないと言った方が正しいか。
いきなりそう言われてもどうしたもんだか。視界の端っこで誰かが、はあ、と嘆息した。そちらを見ると、柊
姉が左足を引きずりながら歩み出て、高良さんの隣に並び、俺たちの方に向き直った。
「はい、それじゃあ道具班はステージの準備ね。それできたらすぐ通しでやるから役者班は各自声出し。小道
具は小道具で、ちょっと押してるからどんどん進めて。はい動くっ」
 ぱん、と柊姉の手のひらが鳴る音で、みんなが動き出す。高良さんがリーダーなら柊姉は裏ボスって感じだ
な。そしてああいっておいて、口出ししちゃった、と少し後悔したようなそぶりを見せているあたりがなんと
も彼女らしい。そんなことを考えていたら、ぱしん、と頭を叩かれる。すぐ目の前に柊姉の顔があった。
「ボケっとしないの。主役なんだから、しっかりしてよね」
「もう一人の主役にも言ってやってくれ、それ」
「こなたの方がしっかりしてるんじゃない?」
 まさか。柊姉にそう認識されているなんてショックで倒れそうだ。この学校って屋上あったっけ?
「……ほんっと、ノリが同じよね」
「心外だ」
 誰と同じなのか知りたくないからあえて聞かないけれど、とても心外だ。
 柊姉は何か疲れたようなため息を吐く。影のボスとしてはいろいろ気苦労があるんだろう。なかなか察して
あげることはできないが心と体の健康には気をつけて欲しいものだ。
「ツッコむのもダルいわ……」
 ふう、と彼女は息を吐く。
「大丈夫なのね?」
「今更だろ」
 今更ダメだっていったところでどうにもならないだろう。もうこんなところまで来てしまったんだ。「でき
る」って言うしかないじゃないか。
 それに。
「最後まで、やりたいんだ」
「そう」
 柊姉は「しょうがないわね」とでも言わんばかりの顔をして腰に手を当てる。
「やっぱり私のせいで巻き込まれたみたいなもんだから、一応気にはしてたの」
「前も言ったけど」両手を広げて、俺は言った。「気にしないでくれ。もう手遅れだ」
「手遅れ?」
「そう、手遅れ」
 意味が分からない、と柊姉は首を傾げる。手遅れなんだよ、と俺は思った。いつからなんてことはもう分か
らないけど、ここまできてしまったらもう手遅れなんだ。他の奴にこの場所を譲ってやる積もりなんて、もう
無いんだ。
 首を傾げている柊姉の視線が動く。俺から、俺を通り過ぎて、その後ろに。それを追いかけるようにして振
り向くと、そこにはこなたがいた。俺が振り向いたことに、なぜか少し驚いているようだった。
「こなた?」
「あ、かがみと話してたんだよね?」
 ごめん邪魔しちゃった? とこなたは自分の髪を触る。
「いや、もう終わった」
 そう言って柊姉に視線を向けると、急に振られてきょとんとはしていたが、とりあえず頷いてくれた。
「どうした?」
「ん、ちょっと台詞合わせて読みたいなって」
「わかった」
 それじゃ、と柊姉に向かって片手を上げる。彼女は俺に向かってにやりと笑うと、
「なるほど、手遅れなのね」
 と言った。何が、とは言わず、それだけを。まったくどうしようもないことに、その通りなんだ。いつの間
にこんなことになっちゃったんだろうな。本当に不思議でしょうがない。
「何が手遅れ?」
 こなたが俺を見上げてそう聞いてくるけれど、答えられるはずもない。俺は肩を竦めて黙秘権を行使し、柊
姉はにやにや笑いを消そうともしない。
「さぁな」
 柊姉のにやにや笑いはまあ客観的に見て魅力的であると言ってもいいような気がするのだけれど、それが向
けられている対象が自分だということを考えるといつまでも見ているのはさすがにしんどい。そんなわけで俺
はこなたの背中を押してさっさと退散することにした。
「なに? ねえ、手遅れってなんのこと?」
「気にしない気にしない。ハゲるぞ」
「みのるのハゲー」
「オマエは俺を怒らせた」
「きゃー」
 別に俺はハゲてるわけじゃないんだ。うん、本当に。でもさ、なんかそう言われると落ち着かないものがあ
るというか。生え際とか気にしてる訳じゃないんだ。家系的にも大丈夫だし。でもなんかムカつくのはもうY
染色体に組み込まれた本能というものなんじゃないだろうか。
「白石くん」
 狐のような身軽さでさっさと逃げていくこなたを追いかけようとした俺に、柊姉の声がかかる。走り出そう
とした姿勢のまま、俺は顔だけをそっちに向けた。
「こんど、詳しく聞かせてもらうからね?」
 満面の笑みでそんな恐ろしいことをおっしゃる彼女に、俺は曖昧な笑みで答えた。その時が来たら俺は全力
で逃げることにしよう。逃げ足にはそれなりに自信はあるんだ。いろいろ彼女にしゃべる役はこなたにやって
もらおう。なんだかあることないこと吹き込みそうな気はするが、現状の誤解以上のものにはきっとならない
だろう。
「ごめん、ちょっとどいてー!」
「うらー、待ちやがれー!」
 道具を準備したり台詞合わせをしていたりするみんなの間を縫ってご迷惑をかけまくりながら、結局柊姉が
キレて怒鳴りつけてくるまで、俺とこなたは体育館の中を走り回っていた。
 うん、あとでやっぱり怒られて二人で正座させられたのだって、きっと些細なことだ。
 でも高良さんの笑顔が怖かったから、今後は逆らわないようにしようと思う。
「こなちゃん、白石くん、こっちきてー」
 正座から解放されて、二人してパンチドランカーなボクサーのようによたよた歩いていると、そんな声に呼
ばれる。
「つかさ?」
 こなたが声のした向く。俺もそれにならってそっちを見た。そこには、じゃーん、とか自分で効果音をつけ
て、服を広げている柊妹がいる。
「わ、これ衣装?」
「そうだよー。できたんだよー」
「おお、つかさすごい!」
 飛ぶようにしてこなたが柊妹に駆け寄り、いくつかある衣装を次々に手にとっては眺める。俺もせめて自分
が着なければならないもの位はチェックしておこうと、二人の傍に歩み寄る。明らかに女性物は違うとして、
残っているのはなんか襟元にフリルついたシャツ。まさかこれを着ろというのか。
「あ、いいね」俺が手にしたものを見て、こなたが言う。「これ着て、アレやってよ。『異議あり!』って」
 検事の方か。そういえばこんなのついている服インナーに着てたような気がする。こなたの方はいろいろく
っつけたドレス風の服。ワンピースでも改造したんだろうか。
「うん、私の昔のだけどね」
 柊妹が言う。まあ、ジュリエットの体格を考えたら十分だろう。俺のそんな思考を読んだのか、こなたは頬
を膨らませる。
「成長してるもん」
 はいはい、と流して、俺は衣装の中に紛れた一つの小道具に気付く。む、これは。
「お?」
 それを手に取った俺を、こなたが覗き込む。やっぱり反応したか。
「これは」
「アレか」
「アレだね」
「やっぱりアレか」
 アイコンタクトと単語トークで意思疎通をする俺たちを、柊妹が目を丸くしてみている。
 まあ要するに、俺が手に取ったのは、おそらく仮面舞踏会のシーンで使うであろう、仮面だったのだ。そし
て仮面といえばアレだ。そう、アレしかない。
 真夜中の一等星のように、こなたの瞳が輝く。


 メリハリというのは大切だと思う。いくら休日だからといって一日中ごろごろしていると本当に何も残さず
に休日が終わってしまうのと同じように、物事には緩急が必要である。一日中ごろごろしているよりは、ちょ
っとでも外に出て何かをした方が、一日は充実したものになる。それと同じことで、練習の中にもちょっとし
た潤いが必要だと思うんだ。
「……だからってそんなアドリブはいらないのよっ!」
 俺の屁理屈を一蹴して、すぱん、と頭を丸めた台本で叩く柊姉。違うんだ、台詞を全部トミノ語にアレンジ
したのはこなたの仕業なんだ。俺は言われるままに従っただけなんだ。
「私がんばったヨ!」
「無駄な方向に頑張りすぎだ!」
 ちなみにここにいるメンバーには大受けだったことは強調しておこう。なにしろラストシーンは「それはエ
ゴだよ!」「ユニヴァァァァス!」とかいいながらロミオとジュリエットが戦う超展開だ。そりゃオルファン
だって宇宙に飛び立って石ころ一つガンダムで押し返してみせるさ。エンドクレジットには超監督泉こなたの
名前が必要だな。
 練習後の余興としてはなかなかだった。むしろこっちを気にしすぎて本当の練習がいつの間にか終わってい
たような感じだ。まあその結果俺とこなたは本日二度目の正座を強いられているわけではある。
「かがみー、足痺れた」
「反省しなさい」
「はんせー」
「同じく、反省」
 右手を伸ばして、項垂れて、反省のポーズ。古いな。
「あんたらはほんっとにもう……!」
 ぎりぎりと台本を絞りながら、呻くように声を出す柊姉。ちなみに高良さんは練習終了の報告に職員室へ行っ
ていて不在だ。だからこそ決行したとも言えるけど。
 まあいいじゃん柊ー。面白かったよ? 明日リハーサルできるし、大丈夫だって。劇自体はちゃんとできて
たじゃん。つうか、本番おまけでこれやらね? それとなく周囲からのフォローが入って、俺はうんうんと頷く。
やっぱり俺たちのやったことは間違いじゃなかった。でも本番でやるのは勘弁な。
「本番、本当に頼むわよ?」
「間違ったらアドリブで」
「するなっ!」
 とりあえずツッコミを入れてから、はあ、と大きなため息を吐く柊姉。
「ほんっとに、手遅れなのね」
「まあな」
「言っとくけど、褒めてないから」
「ありがとう」
「褒めてないっ」
 言うだけ言って、柊姉はくるりと振り返り、声を上げる。
「じゃ、今日は終わるよ。もうすぐみゆきも戻ってくるから、片付けしちゃおう」
 おー、とばらばらな返事が上がり、ぱたぱたとみんなが後片付けに走っていく。俺たちはどうしたらいいん
だろう。ひょっとしてこのまま正座か。ひょっとしなくてもそうなのか。そう思いながら柊姉を見ると、俺の
視線を鼻で笑い飛ばしてさっさと遠ざかっていく。自主的に反省を形で表せってことか。
「面白かったー」
 隣で同じように正座されられているこなたは、本当にそう思っている声で、言った。俺もまったくもって同
感だ。
「みんなノリノリだったネ」
 その通りだった。その場のノリで俺たち以外の役者も乗ってきてくれたから盛り上がったのだ。みんなトミ
ノ好きなんだな。それが何より驚きだ。
「なんか俺、もう本番終わったような気がする」
「ああ、わかるわかる。萌え尽きたぜ真っ白によ、ってカンジだよネ」
「なんか漢字違くないか?」
「合ってるよ?」
「そうか」
 それならいいけど。あんまり不用意に『萌え』って言うもんじゃないような気がするからな。いや、特に意
味はないんだけど。
「さて」
 足を崩して、俺は立ち上がる。ほとんど感覚がなくなってる。きっつい痺れが来そうだ。
「あれ?」
「片付け手伝ってこよう。たぶん、それでいいだろ」
「そうかな」
「いいんじゃないか?」
「そうだネ」
 それじゃあ、と立ち上がろうしたこなたが体育館の床にころんと転がる。髪の毛が増えるわかめのように地
面の上で波打っていた。ぽかん、と俺はそれを見ている。
「……どうした」
「足痺れて、立てない……」
 情けない声で、こなたはそう言った。笑って俺が手を差し出すと、その手に掴まって、こなたはよろよろと
立ち上がった。


 帰り道。
 駅で反対側に乗る高良さんと別れ、電車の乗り換えで柊姉妹と別れ、結局俺はこなたと帰ることになる。ま
あ、いつも通りといえばいつも通りだ。みんなといるときは全然普通だった、むしろいつもよりもテンション
高いくらいだったこなたは、今は口数も少なくなって、どこか不満げに唇を尖らせている。
 どうした、とは俺は聞かなかった。俺の感じていることが正確なのかどうかなんて分からなかったけれど、
今は黙っておくのがいいと思った。二人で電車を降りて、改札をくぐり、駅から出る。昼下がりの日射しはま
だまだ夏の名残を残していて、地面に伸びる影すら暑そうに喘いでいるように見えた。
 俺は自転車を、駅の駐輪場から引っ張ってくる。こなたはそんな俺をじっと見て、その後視線を逸らすと、
歩き出した。
 今ここで俺が自転車に乗ったまま、こなたを追い越していったらどうなるんだろう、と一瞬だけ思った。こ
なたの背中を見ながらそんなことを思った。そして、その背中は、俺がそうすることを最初っから想定してい
ない背中だった。
 俺は口元に苦笑いを貼り付けると、自転車を押してこなたの後を追う。少し駆け足で隣に並ぶと、そのまま
速さを揃えて歩いていく。
「今日は、なんか、なし崩し的に普通にしちゃってたけど」
 足音だけが響く。俺のスニーカーがアスファルトの上を滑る音。こなたのローファーがアスファルトを叩く
音。時期を少し間違えた蝉が断末魔のように無く声。
「……なんで、いつも通りなの?」
 その言葉を、俺は危うく聞き漏らしてしまうところだった。ああ、と吐息のように言葉を吐く。
「今更変えられないだろ」
「その気があれば、簡単じゃない?」
「そうかもな」
「でも、そうしないんだ?」
「そうだな」
「怒ってるんじゃ、ないの?」
「俺は」こなたが足を止めたから、俺も足を止める。「こなたが何を言いたいのかわからないな」
「私も」こなたは言った。「みのるがどうしたいのかよくわかんない」
「そうか」
「そうだよ」
 簡単なことなのにな。そんなの、簡単にわかっても良さそうなものなんだけど。
 ただ、オマエがやったことの逆をやってるだけなんだ、って。
 そんなの、ちょっと考えたら簡単に分かりそうなものなのにな。
「なあ、今度のルールはどうする?」
「ルール?」
「ほら、前のは俺がこなたに好きだって言ったら終わりだっただろう? 次のルールも決めないとな」
「え、あれ、終わった、ん、じゃ?」
「ばーか」
 エンディングを迎えて、二人は幸せになりました、もしくはバッドなエンドを迎えました。はい終わり。と
はいかないんだよ。わかれ。選択肢を間違えました、はい終わり、なんてことはないんだよ。いい加減理解しろ。
 それよりも何よりも。
「勝手に終わらせるな」
 俺の言葉が終わってから、深呼吸三回分ほど時間が流れる。
「う」
 こなたは目を逸らして黙り込む。俺はこなたから目を逸らさなかった。不思議と俺の感情曲線はフラットの
状態を保っていた。変に高揚してもいなければ、言葉を忘れるほどに意識が白んでいるわけでもない。まして、
目の前の現実に悲嘆しているわけでもない。どうしてだろう。こなたを見ながら、俺はその原因を考えている。
 だってそうだろう? 俺はもうとっくに、自分の意志は伝えてあるんだ。選ぶのはこなただ。こういう考え
方ってずるいのだろうか?
 だいたい、今日のあれを『普通』と言っちゃう時点でもう終わってるんだよ。気づけ。客観的に見て今日の
あれのどこが『普通にしてた』んだ。それこそ普通に考えるなら、どこからどう見ても、
 俺は小さく頭を振った。
「うー……」
 こなたは小さく、おなじみのうめき声のようなうーを呟きながら、顔を上げて俺を見る。どうしようもなく
不満そうだ。ふくれっ面、というのはまさにこう、という感じの顔。
 一歩。距離が詰まる。
 俺はこなたを見下ろす。
 こなたは俺を見上げる。
「そっか」こなたはふにゃ、と表情を崩す。「いつの間にか、私が攻略されちゃってたわけだ」
「ずっと狙ってたんだ」俺は笑いながら、言った。
「専用ルートだネ」うんうん、とこなたは頷く。「いつ共通ルートが終わったんだろ」
「そんなもん最初からなかったんじゃないか?」
「いやー、まさか、自分が恋愛シミュのヒロインになるとは」
「女性向けだったら主人公だな」
「確かにネ」
 こなたは笑うと、くるりと体を回転させる。翻った彼女の髪が一瞬俺の視界を覆って、それが通り過ぎた後、
こなたは自転車に手をかけていた。俺はその要求を飲み、自転車に跨る。地面を蹴ると、両肩にささやかな重
さ。
 軋むような悲鳴を上げながら車輪は回る。家に着いたら油差してやらないとな、と俺は思い出す。
「まあ、私たち風に言うなら、」
「言うなら?」
「愛だよね、愛!」
「意味わかんねえ」
 愛とか言うな。
「考えるんじゃない、感じるんだヨ、みのる!」
「知るか」
「それが愛なんだヨ」
 ふもっふ。ふもふも。ふもっふ。前にもやったな、これ。二番煎じはダメだよな。
「こんなこと言うとアレかもしれないけど、たぶん、みのるって趣味悪いよ?」
「お互い様だろ、それ」
「そうかな」
「そんなもんだろ」
 自慢じゃないけどモテたことなんかないしな。好きな子は昔はいたけど、自分からあんまり関わっていけな
かったし。付き合うなんてそれこそ夢のまた夢、という感じだ。
「ねえ」
「ん?」
「悪くないよ」
「そうか?」
「うん、すっごく、悪くない。悪くない気分」
 その言葉に、俺は苦笑。それ俺のうつってるだろ。でも、そういうのだって悪くない。
 自転車はやっぱり、俺の家をあっさりと通り過ぎて加速する。
「なんだろう」
「何が?」
「よくわかんない」
「それはわかんないな」
「うん、わかんないね!」
 あはは、と後ろで笑い声が聞こえる。俺も笑い出したくなる。けらけら笑いながら自転車二人乗りで走って
いく二人組。正気を疑われそうな光景だな、と思う。
 よく分からない。よく分からないけど、分からないままでいようと思う。そのうち分かるさ、なんてしたり
顔で誰かが囁く。そんなことだって、たぶん悪くはないんだ。
 こなたの家が見えてきて、俺はスピードを緩めた。自転車はゆっくりと運動エネルギーを落としていき、そ
れがゼロになったところで前進を止める。
 俺の肩に置いた手を支点にして、こなたは自転車のステップから飛び降りる。とん、と着地して、その一瞬
後に髪の毛とスカートがふわりと降りた。
「ね、新しいルール考えた」
「言ってみろ」
「今度はね」こなたは両手を空に放り投げる。「みのるが、私に好きって言わせるの!」
「それ、そっちから提案するってなんかおかしくないか」
「気にしない気にしない」
「ちょっとはしろ」
「そう簡単に言ってあげないよ?」
 いや人の話をもうちょっと聞こうよ。くるくる回るの止めようよ。
「はねーはねー」
 その元ネタわかんないし。てか、それもきわどいな。
「ん、これダメだったか」
 ちょっと落ち着きなさい。置いてけぼりは良くないですよ?
「寂しい?」
「そういうことではない」
 決してそういうことではないのだ。別に元ネタが知りたいわけではないんだ。ほら、信じなさい。
「はいはい、ポニテ萌えでフラグ回収王のみのるくん」
 うん、アレだ。上手く言えないんだけど、そのネタはたぶんアウトだ。
「悪いけど、俺の萌えポイントはロングのストレートなんだ」
「お?」
「お?」
 ち。失言だった。取り消すから嬉しそうににやにや笑うのは止めなさい。ものすっごくいたたまれなくなる
から。よし、今日はもう帰ろう。それじゃまた明日な。
 そう言って自転車の向きを変えようとした俺を、ちょいちょいとこなたが手招きして呼び止める。自転車か
ら降りるのもめんどくさかったので、顔だけをこなたの方に寄せた。
「なんだ?」
「明日、リハーサルだよね」
「確かそうだったな」
「じゃ、リハーサルの、予行演習」
「なんの、」
 視界がすべてこなたの顔で埋め尽くされ、俺は言葉を失った。失ったというのはつまり、俺の名誉のために
詳しくは描写しないが物理的な意味で口が使えない状態にされていたということだ。目の前のこなたの瞳の真
ん中に、星のような小さな光あった。こなたの瞳に映っている間抜けな顔をした俺の中にもその星が写ってい
た。
「――――」
 こなたがゆっくりと、離れていく。風の音かと錯覚するような小さな声が俺の鼓膜を震わせた。
 俺から離れたこなたは、感触を確かめでもするように自分の唇に触れると、表情を緩めて、「じゃ、明日ね!」
と言って俺の返事も聞かずに家の中に駆け込んでいた。
 突然の成り行きに思考を停止させたまましばらく呆然としていた俺は、頭が回り出すのと比例して、おかし
くて笑い出したくなった。
 やられた。
 肩を竦めて、空を仰ぐ。
 昼間の空に星でも見えないかな、なんてことを考える。
 こなたが小さく残していった言葉のことを考える。
 さて、これで新しいルールを考えないといけなくなった。さっきのは反則みたいなものだから、今度こそ本
当に俺のターンだ。せいぜいこなたが困るようなルールでも考えてやろう。
 俺はペダルを体重をかけて押し込むと、のんびりと帰路を辿り始めた。とりあえず、キスするときは目を閉
じるもんだということぐらいは、明日会ったときに伝えてやろうと、俺は思った。





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コメント:
  • この作品が大好きです! -- 名無しさん (2008-12-31 19:58:09)
  • 下の方で誰かが書いてたけど、このシナリオでゲーム化されないかな。 -- 名無しさん (2008-05-04 21:23:30)
  • この作品が一番好きです -- 名無しさん (2008-03-23 22:55:22)
  • というかこれ、このままゲームに引用しちゃっていいんじゃね? -- 名無しさん (2008-01-21 23:07:27)
  • これで呼び方がセバスチャンならwww -- 名無しさん (2007-10-03 03:34:28)
  • これは…GJ!
    続きが読みたくて仕方がない -- 名無し (2007-09-04 16:47:43)
  • 続きが見たいなぁ…と思っちゃいました
    作者さんGJ -- ぽん (2007-08-08 22:14:24)
  • 久しぶりに頑張らせていただきました -- 白石 (2007-08-01 01:33:57)
  • こなた×白石ってかなり少ないんですよね
    何でだろ? -- 名無し (2007-07-31 05:01:08)
  • 終わりですか?
    続き、当然あると思ってましたがw

    >それこそ普通に考えるなら、どこからどう見ても、
    ここ、なんか表現が変です。 -- 名無しさん (2007-07-25 20:06:30)
  • GJ
    白石が
    こなたがかわいい -- るー (2007-07-23 00:02:03)

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