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玄関で寝ちゃった3・前編 謎のバルサミコ酢泥酔事件

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匿名ユーザー

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 例えば誰かが世の中に絶望したとする。
 だがその誰かは、その心情を「この世は死屍累々だ!」とは表現しないだろう。
 悲惨な戦場跡が死屍累々なのを見てこの世に絶望する、ということならありえるが、しかし往々にして、「死屍累々」という言葉が相応しい状況というのは、非常に限られているのである。
 にも拘らず、柊家の玄関は死屍累々という言葉が相応しかった。死人が出たわけではないが、住民であるかがみにつかさ、そして泊り客であるこなたとみゆきが、いずれも酔っ払って倒れている。
 「みなさん……そんなところで寝ないでください……」
 ゆたかはヴィクトリアン・スタイルのメイド服に身を包み、呆然と四人の「お嬢様」たちを見下ろしていた。
 そう。
 こなた、かがみ、つかさ、みゆきは玄関で寝ちゃったのである。




 ゆたかはとりあえず、四人が生命の危機に晒されていないかどうか確認しなければならないと思った。でも、アルコールの過剰摂取による生命の危機って、どういうものなのだろう。
 「う~ん?」
 飲んだくれて絡んでくるゆいお姉ちゃん。
 飲んだくれて、いろんなものを持ち帰るゆいお姉ちゃん。
 飲んだくれても、車を運転しようとするゆいお姉ちゃん。
 飲んだくれても、きよたかお義兄ちゃんにメロメロなゆいお姉ちゃん。
 飲んだくれて、玄関で寝ちゃうゆいお姉ちゃん。
 飲んだくれても、本質的に何も変わらないゆいお姉ちゃん。
 「……あれぇ?」
 どんなに思い出そうとしても、それを経験的に説明してくれる記憶がなかった。最も身近なヨッパライは、どうやら参考にならないらしい。姉が飲んだくれた時の記憶が、どうしていとも簡単に蘇るのだろう? それはそれで不思議だった。
 ゆたかは、とりあえず四人の呼吸を調べてみた。特に荒いとか浅いとかいう点は見受けれない。次に四人を揺すり、同時にショック療法をも試してみた。
 「お姉ちゃん、玄関で寝たら背が縮んじゃうよ」
 「かがみ先輩、玄関で寝たら太りますよ」
 「つかさ先輩、玄関で寝たら頭が悪くなりますよ」
 「高良先輩、玄関で寝たらハブられますよ」
 四人とも目を覚まさなかったが、四人とも悪夢でも見ているかのようにうなされた。どうやらゆたかの声が届いているらしい。
 「……」
 そして軽く自己嫌悪に陥る。何で現実にはありえない、というか心にもない事を言ってしまったのだろう。
 ……ともあれ、四人とも命に別状はなさそうである。起きてくれない以上は玄関で寝てもらうしかない。
 ゆたかは四人のために布団を運びながら、どうしてこのような事になってしまったかを思い出してみることにした。




 ナイルの源流を探した19世紀の探検家たちが、複数の水源と思しき湖に行きついたように、それには複数の要因と原因があるといってよいが、ひとつには土曜の昼下がり、こなたが取り次いだ、出版社の編集者からの、そうじろう宛ての電話に始まる。
 「はあ……」
 電話を終え、肩を落として自室へ向かおうとするそうじろう。
 「お父さん、どうしたの?」
 浮かない顔と冴えない表情をホイッパーでぐちゃぐちゃにかき混ぜたらおよそこんな感じだろうという状態のそうじろうに、こなたが聞く。
 「出版社から三行半?」
 「いや、そこまでいってないんだが……。今朝上げた原稿に、致命的な矛盾が見つかったとかで……」
 その原稿を上げるために徹夜続きだった彼は、電話を取り次いだこなたに起こされるまでずっと眠り続けていたのだが、まだ眠り足りなそうである。
 「これからホテルに缶詰にされて修正……というか辻褄合わせさ」
 頭を掻きながら笑ってみせるが、すぐに肩を落とし深い溜息を吐く。
 「悪いけどこなた、支度手伝ってもらえないか?」
 「私もこれから泊まり支度なんだけど……」
 こなたも浮かない顔になって答える。その手には何故かナース服……。
 「あちゃー……。かがみちゃんの家に行くの、今日だったか」
 「うん……。ゆーちゃん、一人になっちゃうね」
 宿題と受験勉強と……残り少ない高校生活の為に、こなたとみゆきが柊家に泊まりに行くのである。
 「泊まりを中止には……できないよな」
 「無理だね~。……一人で宿題を片付けるのは」
 「そっちかよ」
 もちろんそうじろうとしては、それがこなた一流の照れ隠しであるかもしれないという可能性には行き当たっていたが……まあ、これは両方だろう。
 「かがみちゃんたちに泊まりに来てもらうってのはダメか?」
 「お父さんがいないから、安心して呼べるところだけど……」
 こなたは至って真顔で答える。
 「手厳しいな……」
 「困った事に、かがみのとこも今夜はお父さんがいないんだよ。それどころかお母さんも、お姉さんたちも」
 「というと?」
 いのりは研修だか出張だがで遠出しており、ただお、みき、まつりはそれぞれ別口で酒の席に招待されているという。
 「三人とも、夜遅くはなるけどちゃんと帰る予定なんだって」
 「盛り上がり次第じゃ、泥酔、酩酊状態でか?」
 こなたのナース服の意味を理解したそうじろうが聞く。つまり出迎えて看護する人間が必要だということであり、それは多ければ多いほど良い。かがみはむしろそれを、泊まりに行きたいというこなたに対しての断りの理由にしようとしたのだが、こなたは逆にみゆきを引き込んで看護要員は多い方がいいとねじ込み、泊まりを実現させたのだ。
 「しょうがない。ゆーちゃんは、今夜はゆいちゃんのとこか実家に行ってもらうか」
 「あー……、ちょっと待って。ゆーちゃん」
 何か思いついたらしいこなたは、いたずらっ子っぽい笑みを閃かせて、ゆたかの部屋のドアを開く。急ぎかくかくしかじかを説明し、間髪を入れずに提案。
 「というわけで、ゆーちゃんも一緒に行こう!」
 ……やれやれ。
 もはや自分の出る幕ではないと悟ったそうじろうが、準備にかかるべく自室に退場した。




 「あんた、その格好は……」
 迎えるかがみにつかさ、先に到着していたみゆき、こなたについて来たゆたかも含めた5人の中で、ナース姿のこなたは一人異彩を放っていた。かがみの常識人に恥じないコメントに対し、こなたは自慢げにこう言ったのだった。
 「すぐそこで、おじさんとおばさんに会ってね」
 「ああ、さっき出かけたばかりだからね」
 「『お世話になります』って挨拶したら、『こちらこそ』だって」
 「二人とも分かってるじゃない……」
 大量発生するかもしれない泥酔・酩酊者の対処に泊り客まで動員するのだが、両者の利害は基本的に一致している。
 「ま、上がってよ」
 「言われなくても」
 当たり前のように靴を脱ぎ始めるこなたと、「お、お邪魔します」とおっかなびっくりなゆたか。五人揃って臨時の勉強部屋となる居間の前まで来たとき、思い出したようにこなたが言う。
 「あ、そうだ。かがみかつかさ、部屋貸してくんないかな。ゆーちゃんに着替えさせたいんだけど」
 「着替え……?」
 嫌な予感を感じたかがみが、顔を引き攣らせる。
 「ゆたかちゃんにコスプレさせる気か!?」
 「うん」
 こなたはしれっと答える。
 「秋葉腹以外だと、目立つからねえ」
 「あんたはどうなの?」
 「看護師なら街中でも見かけるでしょ。主に病院周辺限定だけど」
 「鷹宮神社は病院じゃないという事を、境内の主立った施設を案内しながら、小一時間みっちりと説教してやりたい心境だが、ゆたかちゃんに免じてやめとくわ」
 「可愛いってのは、それだけで人徳なんだねえ……」
 その可愛いゆたかをさらに可愛くするためにつかさの部屋で着替える事になり、案内するつかさ以外三人は居間に移り、まずは宿題を片付ける準備にかかる。今晩、こなた、みゆき、ゆたかの三人は、この部屋に借りた布団を敷いて寝る予定である。
 「紅茶でも淹れるね」
 戻って来たつかさがそう言って台所に向かおうとするが、あわててこなたが止めた。
 「気遣いは無用だよ。いや、せっかくゆーちゃんがいるのに、それは野暮というものだよ」
 そう言ってつかさの手を引き、居間の中に入れる。
 「そうなの?」
 「ゆーちゃんには、もし宿題とかがあったら、頼りになるお嬢様方に見てもらうことも出来るよ、って言ったんだけどね」
 「あんたはまず、自分に頼ってもらうという発想が必要だと思うけどな」
 「でもそれを提案したら、ちょうど今終ったところだって言ってね」
 「えらいじゃない」
 「そしたらゆーちゃん、健気にもお嬢様方の勉強を手伝いたいって言い出してね。もちろん教えることは出来ないんだけど、身の回りの世話なら、ってね」
 「えらいえらい。実に見上げたものね」
 「ならば形から入ろうかって思ったのだよ」
 それで「お嬢様方」か……。
 トン、トン、トン……。着替えを終えたゆたかが、階段を下る音がする。
 「ゆーちゃん、こっちだよ」
 「お姉ちゃん……」
 ゆたかの不安げな声が聞こえた。
 「はーい、こんなの出ましたけど」
 居間の戸をいっぱいまで開くと、そこには足首まで隠す黒いエプロンドレス―平たく言えば、ヴィクトリアン・スタイルのメイド服―を纏ったゆたかが立っていた。注目を浴び、赤面しながら、レースつきのヘッドドレスで飾った頭をおずおずと下げて言う。
 「え、っと……。お、お嬢様方、お勉強頑張ってくださいまし……。これでいい?」
 「いいよ、いいよ、ゆーちゃん」
 こなたはカメラマンのように言う。
 「でもゆーちゃんには、フレンチ・メイドの方が似合うかな」
 「どう違うのです?」
 何故か興味を持ったらしいみゆきが、近付いてよく観察しながら聞く。
 「フランスのメイド服はね、もっとスカートが短くて」
 縮めるべき部分を示すように、広げた手をゆたかの脚に合わせる。
 「上半身の露出も多くて、背中がバーンと開いてたり」
 空けるべき部分を示すように、ゆたかの背中に円を描く。
 「つまりまあ、色っぽいって事かな」
 「い、色っぽいのなんて無理だよ……」
 ゆたかは身を縮めて、首を振る。
 「フレンチとかハリウッド・メイドって、あざといところがあるから、ゆーちゃんみたいなピュアな娘が着た方が、かえってグッと来ると思うんだよねー」
 「ではこれは、英国スタイルのものなのですか?」
 なおも興味津々なみゆきが聞いてくる。かがみは、「雇う気か」と呟いた。
 「甘いな、みゆきさん。イギリスはイギリスでも、スコットランドやウェールズにも、それぞれ独自のスタイルのメイド服があるのだよ」
 それどころか、時代によって、国によって、地域によって、都市によってそれぞれメイド服にも独自のスタイルがある場合があり、名門の中には、雇い人にその家独自の衣装を押し着せた例もあるのだとこなたは熱く語った。
 「まあ、そうなのですか」
 「うん。もっともドイツなんかは、ゆーちゃんが着ているようなのが広まったらしいんだけどね」
 「それは、英国とハノーファー公国(後に王国)が、同君連合を結んでいる事と関係があるかもしれませんね」
 「あ~、なんか世界史でやった気もするね、それ」
 寝ていたことを半ば白状しながら、こなたが呟く。
 「ハノーファーは女性君主を認めないサリカ法をとっているため、ヴィクトリア女王の即位と共に同君連合は解消しますが、代わりにハノーファー国王となったのは、英国の王族貴族でもあるカンバーランド公ですし、そうでなくても、百年以上に渡る同君連合によって、英国文化が流入する下地は整っていたのではないでしょうか」
 「ふーん、なるほど。さすがみゆきさんだ」
 よく分からないけど分かりましたという感じで、こなたは顎に手を当てる。
 「英国とハノーファーを地理的に隔てているオランダやベルギーのメイド服について調べれば、何か発見があるかもしれませんね。そしてフランスで独自のメイド服が生まれたのは、共和制を選択した事と―」
 放っておくとオランダだかベルギーだかフランスだか、あるいは間を取ってルクセンブルクにでも飛んで行きそうなので、かがみが止めに入る。
 「それより、目の前のメイドさんが手持ち無沙汰みたいよ」
 「何でもお言い付けください、お嬢様」
 ゆたかは所在投げに皆を見渡した。見かけによらずノリがいいな……とこなたは思った。
 「それとも、オランダとベルギーのメイド服の調査でも言いつける? みゆきお嬢様?」
 「し、失礼しました」
 みゆきは卓につく。
 「紅茶をお願い、ゆたかちゃん。お茶菓子は目立つところに置いてあるから、適当に見繕って」
 女主人の風格でかがみが言う。
 「私も紅茶で」
 第二志望の服飾デザイン畑に進んだら、ベルギーやオランダのメイド服について調べなければならなくなるかもしれないという事に、この時は全く思い至っていないつかさが言いつける。
 「私も紅茶をお願いします」
とみゆき。
 「私はコーヒーで」
 飲み物も一人異彩を放つこなた。
 「かしこまりました、お嬢様」
 ゆたかは一礼し退出した。
 こうして始まったゆたかの「ご奉仕」。紅茶を運び、コーヒーを運び、お茶菓子を運び、卓上に発生した消しゴムかすやお茶菓子のかすを掃除し、夕食も作るつもりだったので、つかさに示された料理本のページを熱心に読んで予習し……。傍目に見れば扱き使われているようにも見えただろうが、お嬢様方の大学合格を切に願うゆたかである。こういった「後方支援」は望むところですらあった。
 夕食、入浴もつつがなく済み……。
 「二人はそのまま寝る気?」
 髪が乾ききってなかったため、ナース帽やヘッドドレスこそ外していたが、こなたとゆたかは入浴前と同じくナース服とメイド服を着たままだった。
 「いや、まだこれを着てそれらしいことしてないし。むしろこれからでしょ」
 まるでこれこそ、TPOをわきまえた服装だといわんばかりのこなたである。
 「そうね……」
 納得しがたいものを感じながら、かがみは時計を見る。間もなく日付が変わろうとしていた。
 「いまさらだけど、三人とも酒癖悪かったりはしないよね?」
 「まあ……」
 視線を戻し、かがみが考える顔になる。
 「お父さんに関しては完全にないかな。お酒が入ると、輪にかけてポヤンとする感じ。お母さんも、17歳として扱えば平気」
 「お酒が入ったときだけ未成年として扱うんだ……」
 「問題はまつ―」


 ゴン


 まつりの酒癖について言及しようとしたかがみを遮ったのは、うとうとしていたつかさが、額を卓にぶつける音だった。持ち前の集中力を発揮し、周りがまったく見えてなかったみゆきが「ひっ」と言って正座状態のまま飛び上がる。
 「ね、寝てないよ?」
 「眠いのね、つかさ……」
 「え、えへへ……」
 「つかささんにとっては、もうお休みになる時間ですね」
 したたか打ち付けた膝を崩しながら、みゆきが言った。
 「寝ていいわよ。四人いれば何とかなるし」
 「う、うん……。ごめんね、みんな」
 恥ずかしさも手伝ってか、妙にしゃきっとした感じでつかさが退出していく。
 「あの……寝室までお送りした方がいいでしょうか?」
 メイドが板につき始めたゆたかが聞くと、
 「うーん、大丈夫だと思うけど……」
 かがみが真剣に検討するので、こなたとみゆきは思わず顔を見合わせてしまった。
 「こういうのは一人っ子の家にはないよね」
 「いえ、私は母が無事に寝室にたどり着けるよう送ることが……」
 「あるんかい……」
 このような会話が展開されたため、つかさが階段を上がる足音は誰も聞いておらず、事実上がってなかった事に誰も気付かなかった。
 かがみとみゆきは勉強を再開し、程なくこなたも渋々と加わる。ゆたかも卓から少し離れたところの座布団に腰を下ろし、もし退屈ならこれ読んでみない、とかがみから薦められたライトノベルを開く。
 カリカリとペンを動かす音と、時々ページをめくる音。
 最低限の音だけとなった世界の、その静寂に限りなく近いものを破ったのは、あらかじめ想定されていた泥酔者が玄関を開ける音ではなく、想定外の泥酔者が居間の戸を開ける音だった。


 バンッ


 勢いよく開けられた襖が柱に当たって跳ね返り、室内の四人は反射的に顔を上げる。強盗でも押し入ったのだろうかという考えが、ある意味最悪の形で杞憂に終わる。そこに立っていたのは、両手に小ぶりな黒瓶をぶら下げるように持ち、赤い顔、空ろな表情のつかさだった。
 「……」
 「……」
 「……」
 「……」
 横断歩道を渡る老人のようにゆっくりとした足取りでこなたに近付くと、つかさは呆然として三角形に開いていたこなたの口に、その黒光りする瓶を咥えさせた。
 「ん゛、ん゛ん゛~~~~~~ッ」
 瓶は容赦なく傾けられ、壊れかけのエンジンのような声を上げたこなたは、うっかり中身を飲んでしまった。


 ぼとっ


 これはゆたかが、手にしていた本を畳に落とす音。それが合図となったかのように、かがみとみゆきが我に帰る。
 「つかさ!」
 「つかささん!」
 かがみは瓶を乱暴に引き抜き、みゆきはやんわりと肩を掴んでつかさをこなたから引き剥がす。


 ぼと……


 これは引き抜いた瓶が畳みに落ちる音。もう中身がないようで、畳の上に転がっても中身はこぼれてこなかった。
 「は、はぁぁ~~~」
 口から喉から、やがて腹から、全身に染み渡る熱い感触に耐えかねて、こなたが情けない声を出して畳の上に倒れる。
 「お姉ちゃん!」
 ゆたかが駆け寄り、座っていた座布団をこなたの頭の下に当てる。
 「お姉ちゃん、大丈夫?」
 心配して顔を覗き込むゆたかに、こなたは妙にズレた答えを返す。
 「黒光りするものを、無理矢理口になんて……」
 「う、うん……?」
 「つかさ……やらしい娘!」
 こなたはガクッと目を閉じるが、口元に変な笑みを浮かべて、むしろ自分に降りかかった災難を楽しんでいるようですらあった。
 怒れるかがみのターン。
 「ちょっとつかさ、あんた何やってんのよ!?」
 「バルサミコ酢~」
 ターン終了。みゆきの胸に抱かれて、つかさの言動は全く要領を得ない。瓶を握っていない方の手を、「あ~ら、いやですわ、奥様」の動作でカクカク動かしている。即座に追求を諦めざるを得ない。
 だからみゆきの頭には、とりあえず事態を把握しようという思考が働いたらしい。
 「これは、ビールでしょうか……?」
と、つかさの手に握られたもう一本の瓶に顔を寄せようとする。
 「うん。確かまつり姉さんが変わったのを買ってき―みゆき、危ない!」
 かがみが警告を発した時には、すでに事は決していた。つかさは肩越しに、瓶をみゆきの口に咥えさせた。そしてそのままリクライニングシートを倒すような動作でみゆきに体重をかけ、押し倒してしまう。
 「みゆき!!」
 助けようとするかがみの足を、こなたが掴んだ。うつ伏せに倒れたかがみの背中にこなたが張り付き、お前がやっていた格闘技はレスリングか、と突っ込みたくなるほどがっちりとホールドした。
 「かがみんも一緒に気持ちよくなろーよぉ」
 見るとすでに撃沈されたみゆきが、胸をさすりながら身悶えしていた。
 「あ、ああ……体が、体が熱いですぅ」
 かがみの視界に影が差す。見上げるとそこには、黒瓶を手にしたつかさが聳え立っていた。
 「お姉ちゃんも、バルサミコ酢~」
 言いたい事、突っ込みたい事がたくさんあった。瓶の中身がバルサミコ酢だったらどんなにいいかとも思った。だがかがみはそれらの誘惑に抗し、人道的にもっとも好ましいと思われる行動を取った。
 「ゆたかちゃん、逃げてぇ~!!」
 後ろ髪引かれる思いで、ゆたかは廊下に出る。彼女は迷わずトイレに向った。外部に助けを求める事も出来るが、未成年の飲酒となれば、ことによると警察沙汰である。それが原因で、卒業できなくなってしまうかもしれない。
 電気もつけずに中に飛び込む。鍵をかける時、かがみの断末魔を聞いたような気がした。そのままドアに体をつけ、呼吸を整えようと務める。追っ手はかからなかったはずだが、籠城戦の備えがあるわけではない。トイレに籠城戦の備えがあっても困るが。
 耳を澄まして、嵐が過ぎ去るのを待つ。13日の金曜日的恐怖映画なら、ドアを突き破ったチェーンソーの刃と対面するのにおあつらえ向きの場面だろうか。つかさならむしろバルサミコ酢の瓶か、訳もなく切れ味の増したリボンあたりが似合うかもしれない。
 恐怖の震えが寒さによる震えに変わるのを目安に、ゆたかはなるべく音を立てないようにしてトイレを出た。再び逃げ込めるようドアを開けたまま、気配を殺して居間に近付いていく。衣擦れの音の多いメイド服が恨めしいが、脱ぐわけにもいかない。
 襖は開いたままだったので、中を覗き込む。倒れている人影が……四人。逃げられる体勢まま呼びかける。
 「かがみ先輩……」
 「うぃ~……」
 典型的なヨッパライか、フランス人のように答える。
 「みゆき~、生きてる?」
 「はい、なんとか……」
 もう胸をさすってないみゆきが、至って日本的に答える。つかさとこなたはすでにスースーと、憎たらしいくらい安らかな顔で寝息を立てていた。
 「どうしましょう?」
 目をしょぼつかせながらみゆきが問う。自分たちがどうするかであり、人事不省(自分で自分の身の振り方を決められない)状態のつかさとこなたをどうするか、でもある。
 「とてもじゃないけど、勉強を続けるって気分じゃないわ」
 「そうですね……」
 もし今レントゲンを撮って、脳が味噌汁化していたと診断されても納得できそうだった。
 「……なら、寝るしかないんじゃない」
 かがみは墓場から蘇るように立ち上がり(ゾンビ的な意味で)、こなたを抱えて居間を出て行く。
 「……小早川さん、布団を敷いておいていただけますか?」
 みゆきはそう言い置いて、自分もつかさを抱えて続く。
 居間の隅に用意されていた布団の一枚目を敷いた時、ゆたかはあることに気付いた。かがみ先輩は、お姉ちゃんをどこに運ぶつもりなのかな?
 みゆきも同じ事に気付いたらしい。
 「かがみさん……。泉さんは居間で寝るのでは?」
 「あ……私としたことが。こなたを自分の部屋に運んで、何をするつもりだったのやら」
 かがみは回頭し、居間に戻ろうとする。だが柊家の廊下は、人ひとりを抱えた者同士がすれ違うには少し狭すぎた。抱えられたこなたとつかさが接触し、抱えたかがみとみゆきはバランスを崩す。酔いも手伝って揺れながら曲がりながら、玄関のほうへと迷走し二組は転倒。義務やら人道やらを無視して言うなら、ゆたかはその音が聞越えない振りをして、敷いたばかりの布団で寝てしまった方が幸福だったはずである。なぜなら、最後の力を絶好調振り絞り中だったかがみとみゆきは、力尽きてそのまま寝てしまったのである。




 ゆたかが絶望している。
 「みなさん……そんなところで寝ないでください……」
 こなた、かがみ、つかさ、みゆきは玄関で寝ちゃったのである。


 つづく






















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  • つかさwwwww恐ろしい娘!wwwww -- 名無しさん (2010-04-09 20:29:24)
  • 作者どのに「玄関の人」の名を贈りたく思います。 -- 名無しさん (2009-01-31 10:07:25)
  • 玄関で寝ちゃったシリーズ
    好きです
    続き待ってます。 -- 無垢無垢 (2009-01-31 07:15:33)
  • 4つある。




    『ハブられますよ』ヒドスwwwwwww


    粗相をはたらいたゆたメイドを乗馬鞭でしつける女主人かがみ、ちょっぴり嬉しそうなゆたメイド、という図が浮かんだ俺はおかしい


    なぜみゆきは苦しそうだと胸をさするのでしょうか?
    胸を?
    胸を?
    胸を?
    宗夫?


    頭に味噌は詰まっていても味噌汁は出来ません! -- 名無しさん (2009-01-30 03:38:24)

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