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426名前:名無しさん@秘密の花園[sage] 投稿日:2007/05/01(火) 14:16:28ID:1OKs8sgo
(五月の恋人たち)

 太陽が南中線を過ぎて程無い頃、同じくらいの背の二人の少女達が、駅前の通りを
歩いていく。
 今日はGWのまっただ中。天気も見事な五月晴れということで、すれ違う人が多い。
 滝野智はショートカットに帽子、Tシャツにジーンズという、動きやすい格好、
一方、春日歩はワンピースに麦わら帽子という、少し大人しめで清楚な雰囲気を
漂わせている。

 二人が談笑しながら、駅に程近い、お店を通りかかった時――
『本日開店1周年記念につき、カップル様限定に、大型パフェをプレゼント! 』
 という広告が、出入り口の隣に備え付けられた看板に書かれていた。
「おおっ、大阪、これ見て」
 プレゼントという言葉に惹かれたのか、智は看板の後ろにあるショーウインドーを
幸せそうな表情で見つめる。

 大阪と呼ばれる少女も看板を覗きこむが、残念そうに首を振った。
「でも、カップルじゃないとあかんねん」
「だって、私たちカップルじゃん」
 何の衒いもなく言い放った。

427名前:名無しさん@秘密の花園[sage] 投稿日:2007/05/01(火) 14:18:12ID:1OKs8sgo
 二人が同じ大学に入り、共同でワンルームマンションを借りて、同じ部屋で生活し、
夏には恋人同士となった。それから、既に一年近くが経過している。
「あかん。あかん。普通カップルってゆーたら、男女のカップルやでー 」
 普段ぼんやりしていながら、奇妙なところで冷静な少女に、智はぷうっと頬を
膨らました。

「わ、分かってるって 」
 言いながらも、未練たらたらで物欲しげにパフェの模型を見ている少女を
眺めながら、大阪は、腕組みをして考え込んだ。
「ほんでも、あのパフェは惜しいなあ。そや! 」
 恋人の顔をじっーと見つめて、うんうんと頷く。
「どしたの? 」
 智は、不思議そうに尋ねた。
 少女の全身をじっくりと眺めてから、大阪ははっきりとした口調で言った。
「ともちゃんが、男役をやればええねん」

428名前:名無しさん@秘密の花園[sage] 投稿日:2007/05/01(火) 14:19:39ID:1OKs8sgo
「えー 」
 智の口から不満そうな声があがる。
「何で、私が男役やらないといけないんだよー 」
 しかし、大阪はのんびりとした微笑を崩さず、
「ともちゃん。無料のパフェ、食べたくないのん? 」
と、子悪魔めいた表情で尋ねる。

「うぐっ」
 クラスメイトであった高校時代もふくめて、丸四年も親密に付き合えば、お互いの
性格なんかは知り尽くされている。
 GWの前半にマジカルランドに遊びに出かけ、懐具合がいささか寂しい彼女に
とって、あの豪華なパフェが無料というのは、かなり美味しい話だ。
 定価は1800円とかなり高額なだけに、余計無視することにためらいを覚える。

「だったら、大阪が男役やれば…… 無理か」
 言いかけて瞬時にあきらめる。ワンピース姿の男子なんて想像するだけで恐ろしい。
 一方の、智はパンツルックでショートカット、おまけに帽子付き。なんとかごまかせ
ない事もなさそうだ。

「よっしゃあ。ともちゃんの演技力をみせてやるっ」
「流石や。女の鏡やでー 」
 いささか怪しげな造語で褒められたが、智は上機嫌に宣言した。
「今から大阪の彼氏になるから 」
「はや」

 帽子を深くかぶりなおして、胸をぐんと張り、彼女役になった大阪の掌を握り
締めて、店内に足を踏み入れた。

429名前:名無しさん@秘密の花園[sage] 投稿日:2007/05/01(火) 14:21:03ID:1OKs8sgo
 重々しい木製のドアを開けると、からんころんと、いささか古めかしい呼び鈴が
彼女達を出迎える。落ち着いた雰囲気の店内を見渡すと、ほとんどの席がカップルで
埋まっている。

「いらっしゃいませ。お客様」
 本来の意味での給仕姿の女性が、大きなひだ付きのエプロンの裾を摘みながら
お辞儀をする。
「2名様ですね。ただいまご案内いたします」
 微笑んだまま彼女は、2階の窓際の席まで案内する。上の階もほぼ満席で
かなりの盛況だ。
「みんなあのパフェが目当てなんやろかー 」

「そうだな」
 席に着いた彼女達に、店員はメニューを渡しながら言った。
「ご注文がお決まりになられる頃に伺います」
 優雅な礼とともに去ろうとするが、大阪は、早速呼び止める。
「あのー すみません」
「はい」
 ゆるいウエーブのかかった、温和な感じの店員が、微笑を浮かべたまま答える。
「カップル用の無料パフェって、まだあるのですか? 」
 大阪の直線的な質問に、智はどきりとした。ここが勝負どころだ。
 智が声を出すと流石に女性である事がばれてしまうので、帽子を深くかぶりながら、
少しだけ視線を落とす。

430名前:名無しさん@秘密の花園[sage] 投稿日:2007/05/01(火) 14:23:57ID:1OKs8sgo
「ええ。ございます! 」
 朗らかに言うと、彼女はエプロンのポケットから一枚の用紙を取り出し、机の上に
丁寧に置いた。
「カップルパフェをご注文された方には、こちらの用紙にお名前のご記入をお願い
しております」

 ちょっとした心理的なプレッシャーだな。と、智は思う。
 なりすましの小心者の偽カップルだったら、この時点で撤退を試みるかもしれない。
「わかりましたー 」
 しかし、大阪は意外と度胸が据わっており、普段と全く同じ口調で受け取ると、
春日歩、滝野智とさらさらと書いて渡す。
「かすがあゆむ様と、たきの…… とも様」でよろしいですか? 」
「そやで」
「ありがとうございます」
 優雅にお辞儀をして、店員は離れていった。

431名前:名無しさん@秘密の花園[sage] 投稿日:2007/05/01(火) 14:26:03ID:1OKs8sgo
 彼女の姿が完全に見えなくなってから、智は大きくため息をついた。
「あー なんか疲れたよ」
「智ちゃん。ホンマにお疲れ様や」

 大阪は、両手をあごにつけながら微笑んだ。
「私は何もしてないけどな。でも案外上手くいったね」
「智ちゃんは、宝塚いっても通用するかもしれへんで」
「こらっ 私は男っぽくなんかないぞー 」
 軽く怒って見せた後、尋ねる。
「大阪にいた時、宝塚いったことあんの? 」

「あー 残念やけどあらへん」
「そんなら、今度行ってみない? なんか面白そう」
 わくわくした表情をおもてに出して提案する。
「そやなー 私もトップスターに憧れた事もあるねん」
「大阪には無理だなー 」
「えー それはひどいで」
 他愛の無い会話をしていると、先程と同じ店員がお盆の上に盛大なパフェを
持参してきた。

432名前:名無しさん@秘密の花園[sage] 投稿日:2007/05/01(火) 14:27:33ID:1OKs8sgo
「お待たせいたしました」
 大型パフェを目の前にして、ふたりは歓声をあげた。
 重量感のある大きなガラスの中は、チョコクリームがたっぷりと入っており、
上には大きなバニラアイスが乗っている。更に数々の果物 ―― オレンジ、梨、
メロン、リンゴ、さくらんぼ、キュウイが乗っかり、最上段には板チョコが突き
立てられている。

「うわー、大阪、みてみて」
 板チョコをのぞくと、描かれたハートマークの中に、ローマ字で『 Tomo & Ayumu 』
と書かれている。
「うわー ちょっと『きざ』やねん」
「かなり古いぞ、大阪。でもちょっと嬉しいな」

「でも、どうやって食べればええんやろう」
 メッセージ入りの板チョコは1枚しかない。せっかくのチョコを割ってしまうのは、
少し躊躇われる。

433名前:名無しさん@秘密の花園[sage] 投稿日:2007/05/01(火) 14:28:48ID:1OKs8sgo
「そうだ。一緒に食べよう」
 智は指を上にあげて、脳裏に閃いた言葉を口にした。

「それって、めっちゃ恥ずかしいで? 」
 大阪は頬を赤らめて周囲を見渡した。しかし、近くにいる客は自分達の話に
熱中していて、周りをみている様子はない。
「でも、誰もみてへんのといっしょやな 」
「そうだろ」
 智は、板チョコの端を摘み上げた。

「私こっち側だから、大阪は逆ねー 」
「なんか、ポッキーゲームみたいやな 」
 大阪が呟き、智がくわえた板チョコの逆側に唇を付ける。
(うわー 大阪が目の前だ)
 普段、みなれているはずの少女も、真っ昼間からドアップで見つめられると、
なんだか凄く照れくさい気分に襲われる。

434名前:名無しさん@秘密の花園[sage] 投稿日:2007/05/01(火) 14:30:20ID:1OKs8sgo
「んん…… 」
 小さくえづきながらゆっくりと距離を近づける。
(すごく恥ずかしい…… )
 大阪との距離が縮まるにつれて、脈拍が急上昇する。
(ともちゃん。これはやばいねんで)

 それでも、少しずつチョコレートは削られて、お互いの距離が3センチを切ると、
流石に大阪も、緊張と戸惑いで動けなくなる。
 ちらりと周囲をみると、いくつかのカップルがこちらの方を向いている。
(これは羞恥プレイやねん)
 あんまり時間がをかけると、もっと注目を集めてしまうことになりそうだ。
 大阪は決意を固めて、思い切って唇を動かした。同時に智も前に動かし、二人の
唇が合わさった。

(柔らかい)
 人目のつかない所では、慣れているはずのキスでも、場所が違うとこうまで
興奮するのかと思いながら、大阪の張りの良い唇の感触を、味わっていたが、
流石にあまりの恥ずかしさに、十秒ほどしかもたずに唇を離して、顔を両手で隠した。

「大阪、これって恥ずかしすぎるよ」
 周囲に座っているカップルの幾つかは、「彼女たち」の行為に気づいていて、妙に
生暖かい視線が集中していた。口付けが終わった後も、羞恥心は中々おさまらず、
お互いの顔をまともに見ることができない。
「私もや…… 」
 大阪は、首筋まで真っ赤になりながら、意味も無くハンカチを拡げたり、閉じたり
している。

435名前:名無しさん@秘密の花園[sage] 投稿日:2007/05/01(火) 14:31:48ID:1OKs8sgo
「ま、まあ。後は普通に食おうぜ! 」
 それでも、なんとか羞恥心を振り切った智が言うと、二人はジャンボサイズと
呼んでもさしつかえないほどの、大きな山を崩し始めた。

「おなかぽんぽんやー 」
 小一時間程パフェと格闘した後、大阪は、可愛らしい声で自分のほとんど
でっぱっていないお腹を叩く。
「大阪、4分の1も食べてないぞ」
「ごめんなあ、ともちゃん」
 素直に謝られると、これ以上は追求できない。仕方ないなーと呟き、残りのパフェを
頑張って口に入れていく。

「ふー ようやく食べた! 」
 ようやく、全てを片づけた智は、膨れたおなかを押さえながら、満足そうに息を吐いた。
「ともちゃん。ほんまにお疲れ様やー 」
 曇りの無い笑顔でねぎらわれると、苦闘の跡(といっても、ジャンボパフェを制覇
しただけだが)も、あっさり消えてしまうようで、笑ってしまう。

436名前:名無しさん@秘密の花園[sage] 投稿日:2007/05/01(火) 14:35:10ID:1OKs8sgo
 雑談を再開して暫く経った後 ――
「なあなあ、ともちゃんてやー 私のどこが好きなん? 」
 白いワンピースに包まれた少女が、こくんと首を傾けながら何気ない調子で尋ねた。
「そりゃ。おまえ、なんていうか 」
 真正面から言われると、何だか、とてもむず痒い気持ちになってしまう。
「守ってあげなきゃと思うわけよ。危なっかしいからな」
「そうなん? だいぶしっかりしてきたと思うねんけどなー 」
「いやいや。まだまだだね」
「ほんなら、ずっとこの先も守ってくれるん? 」

 智は、さりげなく重大な事を恋人に聞かれて、戸惑ってしまう。
 確かに半ば自由人として、のんびりしている大学生の間はこのままでいいだろう。
 でもそれからは? 社会人になっても彼女と一緒にいられるのだろうか?
 何も言えずに動けない智に、大阪は少しだけ寂しそうな口調でやんわりといった。

「ごめんなー ともちゃん。変な事ゆーてもーて」
「それは、いいんだけど」
 更に少しだけ考えた後、智はゆっくりと口を開いた。

437名前:名無しさん@秘密の花園[sage] 投稿日:2007/05/01(火) 14:36:30ID:1OKs8sgo
「ごめんね、卒業したらどうなるか分からないよ。でもさ、大学にいる間は大阪を
愛する事を誓うよ」

「ほんま? 」
 大阪の顔に喜色が広がる。彼女も現状認識ができない程、お子様ではない。
決してあなどってはいけない存在なのだ。
「うん。あと三年間、大阪が悲しめば私も哀しむ。大阪が喜べば一緒に歓ぶ。そして、
大阪が危機に陥る事があれば全力で助ける」
 智はきっぱりといった。

 大阪も、智といつかは離れ離れになることは直感的に知っている。この国は同性
同士という形の愛情には拒絶的な反応を示されることが、多い事は分かっていた。

「ほんなら、私も誓うでー 在学中はともちゃんを全力で支えてあげるで。ほんで、
ともちゃんが辛いとは一緒に泣くし、ともちゃんが楽しいときは、いっしょにわろて
あげるねん」
 大阪もゆっくりとした口調で断言し、混じり気のない笑顔を恋人に向けた。

438名前:名無しさん@秘密の花園[sage] 投稿日:2007/05/01(火) 14:37:46ID:1OKs8sgo
 暫くお互いの瞳を見つめあった後で、智は微笑を浮かべて言った。
「そろそろ出よっか」
 腕時計を眺めると、既に三時を回っていた。
「そやな」
 二人は立ち上がった。大阪は、半透明の伝票入れの中から、紙製の封筒を摘み
上げる。
 表面には板チョコと同じように、しかし漢字で、「春日歩様 滝野智様」
と書かれている。
「なんやろう? 」
「無料パフェの証明書みたいなものじゃないかな」

 案の定、一階に下りてレジの店員に呈示すると、あっさりと通してくれた。
「ありがとうございました。またのお越しを」
 朗らかな女性店員の声が、彼女たちの後を追うように届いた。
「ええ。お店やったなー 」
「そだな」
「また、行ってみてもええかもしれん」
「今度は無料じゃないけどな」
「そやな 」

439名前:名無しさん@秘密の花園[sage] 投稿日:2007/05/01(火) 14:40:14ID:1OKs8sgo
 太陽がだいぶ西に傾いたとはいえ、陽の長い五月では十分に明るい。爽やかな風が
頬を撫でて、黒髪を心地よく揺らす。
「そや。この封筒の中に何か入っていると思うで」
 唐突に言ってから立ち止まり、薄桃色のポシェットからカードを取り出して、
封を開ける。
 中には「弊店をご利用いただきましてありがとうございます」という定型的な
挨拶文の下の余白に、手書きのペンで『お幸せに。かわいいお嬢様方へ』と
書かれていた。

「あちゃー 思いっきりばれてたんだな」
 智は力なくうなだれた。
「あはは。店員さんに…… 一本とられてもた…… あはははっ」
 大阪の方は、よっぽど可笑しかったのか肩を震わせながら、お腹を押さえて
路上にしゃがみこんでしまっている。
 笑いを止めることができない、恋人の姿に苦笑しながら、智は背中を軽く
さすってあげることに決めた。

(終わり)