作者:グリム
タイトル:狩猟者―狼煙/Cat box― 1/2
七つの村の七つの墓場から土を持って参れ。
その土を人の血によって捏ねよ。
こうした土を三年かけて三千の足にて踏ませる。
その土にて九寸のヒトカタを千作り、鍋にて煮るがいい。
さすれば、一つ、浮かび上がらん。
「ホトケは何人だ?」
「二人――ですね。たぶん」
頼り無さそうな男――部下の上島泰斗(ウエジマ タイト)は頼りなさげにそう答えた。まぁそうだろう。現場の写真を見て考える。現場は世辞にもきれいとは言えないようなアパートの一室。室内はどす黒い血で彩られている。被害者と思しきモノは衣服の切れ端と色んなものの欠片だ。
無論、その“欠片”には被害者の身体部分も含まれる。
恐らく人間業ではない。
「異形か……そうでなければ退魔士、か」
それ以外ならば殺人のために、わざわざ相手の体に爆弾を埋め込むようなクレイジーだろう。
「柚子さん、何か言いましたか?」
「名前で呼ぶな」
馴れ馴れしいので一刀両断しておく。
うなだれているようだが、とりあえず無視しておこう。現場写真をしまい、今度は資料を目に通す。太田唯、行方不明。可能性で一番高いのは、彼女が汚染によって異形化、養父である相沢を殺して逃走、と言う筋書きだ。或いは……整った顔立ちの少女だ。襲撃者に拉致されてねぐらで犯される。これも前例が無いわけではない。
異形だろうと退魔士だろうとこの手の事件では拉致後に犯してから殺す、と言うことは少なくない。
……しかし、あいつらと同じ年頃の少女がそういう被害にあったかも知れないと思うと、無性に腹が立つ。
「あのー、柚子さん? 顔、怖いですよー?」
「……誰の顔が怖いって? それとまた名前で呼んだな」
ホルスターに収まったエアーウェイトの銃口を向けて黙らせる。青くなって、なんでもありませんはい、とか言ってまたうなだれた。海晴もそうだが、最近の男は根性無いんじゃないか?
銃をしまって廊下を歩く。上島もその後に続く。
そして扉を開けた。天夜市警にある異形対策本部の部屋だ。異形対策、と銘打ってあるが、こちらでは退魔士の事件も取り扱っている。過ぎたる力は人だろうと異形だろうと関係ないということだろう。
室内には誰も居ない。まぁ、基本皆出回りでデスクワークなんてあってないようなものだ。
「上島、コーヒーでいいな」
「あ、はいっ。淹れてくれるんですか!?」
「その代わりここ数日の事件をパソコンでピックアップしろ。コーヒー淹れるまでにな」
一瞬、上島の表情が堅くなる。
「えっと、ここ数日って?」
「市内で起きた二週間以内の全て。異形の関わってるっぽいのなら軽犯罪も含めろ。コーヒーを淹れるまでにだからな?」
「い、いえすミス……」
なぜか分からないが、上島はうなだれつつパソコンを起動させた。やはり根性無しなのだろうか。そんな事を考えながらインスタントコーヒーを作る。豆もあるのだが、こっちの方が簡単でいい。棚を漁って砂糖をあるだけ取り出す。
……こんなもんでいいだろう。
カップを二つと砂糖をコートのポケットに突っ込んで持っていく。
上島は物凄い勢いでキーを叩いていた。私にはとてもできない真似だ。私はパソコンとは相性が悪いらしい、海晴にはパソコンに触れるなとも言われた。だが言うのも癪だから署の人間には秘密にしている。
パソコンの横にカップを置く。
「集まったか?」
「無理言わないでくださいよぉ……こんな短時間じゃ三日分が限度ですぅ……」
上島がピックアップした事件は三日の内に起こった異形がらみの事件だ。
第一に、月明学園で発生した都市伝説。これはアヤメが討伐した例の都市伝説のことだろう。今回の事件に関係あるとは思えないが、機関側の退魔士の報告が気になる。事件現場付近にその都市伝説を助長する“天夜”を謳う者の存在。それを名乗る人間は少なからず居るのだが、引っかかるものがある。
コーヒーに砂糖を流し込む。スティックで二桁ほど。適当にまぜっこむ。
第二に……またこれも月明学園。クラスが一つ丸々謎の昏睡。救急車を呼ぶ騒ぎになる。未解決だが、退魔士の術の暴走とか大方そんなものだろうか。無関係。
第三……小等部の石鹸盗難事件? 確かにへんちくりんな事件だが今回は殺しだ。無関係。
甘いコーヒーを口に運ぶ。
国道に穴が開いた、か。直接的関係ある事件とは思えない。やはり一番怪しいのは旧市街地に起きてる謎の失踪事件か。今回の事件だけ死体を残しているところを見ると、なんらかの問題が起きたか……手口を変えたのか。まぁ確実に関係あるわけではないのかもしれない。
ざりざりと砂糖の感触を舌で感じながら、ディスプレイを眺める。
「退魔士がらみとなると、あっちに回すことになるな」
「えーっと、裁定者でしたっけ」
上島の言葉で真っ先に浮かんだのはあのいけ好かないジジイの顔だ。
「あんな奴等に手ぇ借りるなんて冗談じゃないがな。規則なら仕方ない、か」
「でもそっちの調査は俺らだけじゃぁ……」
「その辺、魔力だとかファンタジー設定みたいな調査は向こうさんに任せる。次までに適当な退魔士を寄越すだろうしな」
退魔士なんざ皆どこか壊れた人間だが、そんな人間の力を借りないと調査できない。個人的には物凄く嫌なのだが、私も上島も……と言うか市警の人間は異形の存在に関係があり、“見えない”か“魔力を汲めない”連中ばかりだ。異形退治だろうと退魔士の逮捕だろうと、統括から退魔士を回してもらうしかない。
上島もコーヒーを飲んでピックアップした事件を読み始める。
……む、こいつも一端にブラック飲んでやがる。
「こーしてみると、一般の事件が霞んでると言うか……なんですね」
「あっち絡みの事件は人の生き死にに関わる事が多いからな。怪物相手なんだから仕方ないだろ」
息を吐く。
時計を見ると、もう正午前だった。
「上島、昼食を摂れ。十三時に統括の方に出向く」
「え、統括の方って?」
「統括の資料室で類似する事件がここ五十年以内にないか調べるんだよ。あっちには市外の資料も揃ってる」
言い捨てて、部屋を出る。
急がなければ。
――猫達が待ってる。
「柚子さんが、猫好き、ねぇ」
購買で買ったのであろうジャムパンを齧りながら、樫月がしみじみと呟く。
そう、あんな性格の姉貴だが、猫が大好きなのだ。毎日決まった時間にキャットフードと缶詰と猫用のミルクを持って野良猫に餌をやっているのだ。ちなみに本人は隠しているつもりらしいが、細々した置物や、携帯のストラップとかがやけに可愛らしい猫だったりしてるわけだから、ある程度観察眼のある人間にはバレバレである。
弁当の玉子焼きを口に運ぶ……ふむ、タマネギを刻んで炒めたのを混ぜたが、結構いける。
――現在、四時間目が終わって昼休み。教室の人間はまばら。大抵は好きな場所で食事を摂っているか学食である。しかし昼休みに入った途端に校庭でボール遊びしている連中もいる。窓際の席でそれを眺めながら弁当をつつく。
「あ、そのから揚げくれ」
「冷食だし、冷めて固いぞ」
「海晴はわかってねぇなぁ、肉なんだよ、肉」
分かりたくもないわ。言い放ちながらジャムパンの入っていたビニールの上にから揚げを置く。樫月はそれを素手で掴んでそのまま口に運び、さらに残り少なくなったジャムパンを全部口に放り込んだ。
……ん。この冷食はいつもと違うメーカーだけど、前のよりも美味しいな。今度からこっちに――いや、値段はこっちのが高かったし、微妙か。財布と相談しながら、余裕があるときにこっちを買う事にしよう。
「にしても、良いよな、柚子さん」
こいつの頭は大丈夫かな。
この前の鍋パーティ以来、ずっとこんな感じだ。今は居ないけど、穂積さんが居たらいたで何か複雑な顔するし。まぁ親睦が深められたなら……結果オーライ、ってところだろうか。
「そーいや海晴、今年のクリスマスイヴどうすんの?」
「十二月入ったばっかだろ、まだまだ先じゃないか」
しかし樫月は僕の目の前で、チッチッチ、と人差指を振った。正直、ウゼェ。
「予定だよ予定。まぁお前の事だから柚子さんとーとか、特になし、ってとこだろ? せっかくの高校生生活だぜ?」
無視して白米を口に運ぶ。
「姫月さんとラブホでってどうよ。性夜ってな!」
「んぶっ!」
「きたねぇ!?」
盛大に米粒を樫月の顔面に吹き付けてしまった。ついでに喉が詰まったので樫月のミネラルウォーターを拝借した。
落ち着いて、まず。
樫月の鳩尾目掛けて正拳突き。
「がぼぉ」
「食事中に下ネタ紛い飛ばすな。しかも何でアヤメなんだよ、ってのと、聖夜は翌日だ。あとうざい」
言いたいことを全部まくし立てて、ミネラルウォーターで喉を潤す。弁当はあらかた食い終わったが、まだデザート用のリンゴが残っている。口に運ぶが、やはり水気がなくなって余り美味しくない。取り合えず水で流し込む。
弁当箱を空にして樫月の方を見ると、椅子から転げ落ちてのたうっていた。
「いっつぅー……お前って武道派じゃねーのにやけに慣れてないか?」
「そりゃ、中学からお前殴ってるから。そっちの慣れだろ」
「なるほどな」
と言う会話の後、樫月は何事も無かったかのように椅子に腰掛けた。
たまに異形じゃないかと疑うのだが、“ベニイシ”を使って確かめた結果、異形ではないということが分かった。となると、正真正銘の変人なのだろう。樫月はペットボトルを手に取り、中身が空の事に気付く。僕の方を少し睨んだが、諦めたように息を吐いた。
会話が途切れる。
外を見ると、十人に満たない生徒がボールで遊んでいた。寒くないのだろうか。
「で、姫月さんと進展無いのか?」
「……進展、て」
「幼馴染だろ? クラスじゃ狙ってる奴も居るし、姫月さん、実際何度か告白もされてるんだぜ」
「あー……」
その話は何度か聞いたことがある。全てアヤメ本人からだ。
全部振ってやったそうだが、一人だけ強引に迫った奴が居たらしい。アヤメを押し倒そうとして……
言うまい、と言うか言うまでもないだろう。
その彼は今のところ病院から帰って来ない。
「見た目はいいからね」
「余裕か、それは姫月さんはお前以外になびかねぇって言う余裕なのか?」
なんか樫月が切れた。鬱陶しいので額にチョップを振り下ろした。額を押さえて悶絶する樫月を無視。弁当箱を片付けて机の中にしまいこんだ。他の連中も食事を終えて昼休みを満喫しているのか、ガヤガヤと騒がしくなってくる。
樫月が立ち上がる。
「んじゃ、俺はパソコン室いってくら」
ジャムパンの包装ビニールを握り、その場を立ち去っていく樫月。
なにをしようか。
そう考えながら、僕の足は自然と屋上へ向かった。
「時枷。識別番号はイの二八番」
「――照合確認しました。こちらの鍵をどうぞ」
メガネを掛けた受付嬢から鍵を受け取る。相変わらず妙に凝ったアンティーク品だ。しかし参ったな、上島のやつが識別コードを持っていないとは。
統括機関の資料室は、統括の機関に所属する退魔士の他に、異形の事件を調査する警察や、また一部の人間達が利用する事が出来る。しかし退魔士でない場合はめんどい手続きを経て、識別コードを取得しなければ閲覧権は与えられない。
市警の人間は大体手続きをしているはずだが、上島のやつはやっていなかったらしい。今やらせている。上島が統括機関から出ることができるのは翌日の朝日よりも遅いだろうが自業自得だ。
「ここ五十年そこらで起きた天夜外の殺人事件の資料はどこにある?」
「そちらの四番の資料棚になります」
指差した棚をザッと見てみる。箱のような本がずらりと並んでいて、背表紙にはタイトルではなく、事件の種類と年号が書かれていた。その中から、十年前の冬の事件を適当に選び、抜き出す。
……この頃一番酷かった事件は、外来種の異形。つまり、諸外国から来た真祖の襲撃事件になる。処理はできたものの、一般人にいくらか被害が出ていた。もしかしたら、掃討から逃れた異形がこちらに流れてきたのではないか。そう思ったが、どうやら違うらしい。諸外国から流れてきた異形は、人を食料としている。生き残りだとすれば、あんな風にバラバラにする事はないだろう。
五十年前。外の組織の抗争が一番激しい時期だ。見せしめとして惨い殺され方をされた事もあるらしい。だが、今回の被害者は一般人だ。見せしめのとして殺すなら、相手を間違っているような気がする。
分かっている被害者は相沢、それなりに金持ちで会社を持ってる。そしてもう一人はガードマンの男。退魔士に関わっていたのかは現在調査中だが……微妙なところだ。
「天夜内の事件はどこに?」
「一番から三番の棚になります」
受付嬢の指差した棚に歩み寄り、五十年前の資料を手に取る。
――快楽殺人の天狗、修憐。何人をも行方不明にして、殺害方法も不明。しかも当人も行方不明。だが殺し方が明らかに違うので、可能性としてはかなり低いだろう。
十年前の資料を手に取り、ふと、妙なものを見つけた。
「……ん?」
携帯を取り出す。
「申し訳ありませんが、資料室内での携帯のご利用はご遠慮頂けないでしょうか」
「ああ、すまん」
仕方ないので、一旦受付嬢に鍵を返し、資料室から出る。そして上島にコール。
「もしもし、あー、上島か?」
『もしもし!? あ、柚子さん? 資料探し終わったんですか、だったらこっちを手伝って――』
「今回の事件資料、持ってるだろ。被害のあった住所言ってみろ」
少しの間があって上島が答える。どうやら見間違えではなかったらしい。
『で、柚子さん、終わったら手続きを――』
電話を切る。もしそうだとすると、この事件はまた別物と言うわけだ。
資料室に戻る。
「鍵を」
「識別コードの方をお願いします」
融通が利かないな……、そう思いながらまた鍵を受け取る。そして先ほどの資料を開き、先ほどの住所と比較。合致した。
……十年前の事件。同じ場所で異形による殺人事件が起き、一度部屋が改装されている。太田枝理――行方不明になっている娘の母親が異形化、父親を殺害。しかしまた“なんらかの要因”があり、母親の枝理もその場で死亡したとなっている。
太田唯には、異形の可能性がある。
加えて術式まで用いた捜査網の中で太田唯が見つかっていないという事は、その異形を手引きしている者――退魔士がいる。
異形を利用して、何かをしようとしている。
資料室を出て、短縮に登録している、一番掛けたくない場所にコールした。
『はい、こちら統括本部』
電話口からは、女性のものと思われるマイク音声。統括機関の白い部屋で聞くのと同じ声だ。
「時枷柚子だ。――安倍桜花を出せ」