天夜奇想譚

天夜奇想譚 -狼- Chapter8

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作者:飛崎 琥珀

タイトル:天夜奇想譚 -狼- Chapter8



本文

 人気がなくなった街を、息を切らせながら走る人影があった。
 右肩にA4サイズの物が入る大き目のショルダーバックを下げ、冬場には肌寒さを感じさせるミニスカートをはためかせている。
 しかし、走り続ける人影は、額に薄っすらと汗を浮かべ、ずれ落ちそうな眼鏡を左手で直しながら、整備された歩道の花壇を飛び越える。
「まったく。沙耶ったら突然飛び出すんですから………。こっちの気も知らないで………」
 人影―――烽火は悪態を吐きながらも足を止めない。
 パートナーの様な人外染みた体力もなければ、追跡用の足も今は隠れ家の駐輪場に置いて来てしまっている。
 こんな風に走らなければならないのは―――、
「本当に、全部、沙耶のせい、なんだから………」
 吐いてみても、肝心のパートナーはその場にはいない。
 いい加減、走り続けるのも限界に近い烽火は、ふと耳に飛び込んできた音に足を止めた。
『―――夏樹ちゃん!』
 聞きなれない声。
 だが、その名前には聞き覚えがあった。
 足を止めた烽火は、十字路の真ん中で声のした方を探す。
『―――夏樹ちゃん。やめて!』
「―――こっち?」
 切迫した声に、烽火が沙耶を追っていた方角から声を聞き取る。
 烽火の耳には鮮明にその声を拾っていたが、周囲には人影はない。
 それもそうだろう。その声は、およそ視認できる距離から届いている音ではないのだから。
 烽火は声のした方角から、続きの声を聞き取ろうとする。
 しかし、走り出して集中の乱れた烽火には、すでにその押し寄せる音の波から目的の音だけを拾うことは出来ない。
『おい、アンタ! 大丈夫なのか!?』
『いいから、お前はその腕をくっつけていろ………』
『警部。本部から非情警戒宣言が周囲一帯に張り巡らされています』
『ああ。こっちもほとんどが封鎖されている。おまけに、俺達末端刑事すら事情が知らされてない。―――なにか、起きてるな』
 人気がない分、僅かな音が風の流れる音、空き缶が転がる音―――街の寂しげな音に混ざって烽火の耳朶を犯していく。
 その不快感に、烽火は息切れとは違う吐き気で胸を押さえる。
(本当。どれだけ聞いてもなれない………)
 いい加減耳を塞ぎたくなる中、不意にすぐ傍で声を聞いた。
「待ってくださいよ、柚子さん!! ここは今、非常警戒態勢なんですよ!」
 曲がり角を曲がろうとしたところで、ふたつの人影に烽火は行く手を阻まれた。
「そんなことは分かっている。この機会を逃す手は―――っと」
 先頭を走っていた女性が、烽火の姿に気づいて足を止めた。
 驚きを視線の端に薄っすらと浮かべながら、目の前の助成は鋭い眼差しを烽火に向ける。
「―――やっと、とまってくれたぁ。柚子さん、行くならパトカー借りましょうよ。―――柚子さん?」
 柚子と呼ばれる女性の後から出てきた、どこか頼りない顔を汗でびっしょりにした男が、冷たい視線で立っている上司に気づいた。
 膝に手をついて息を整える男は、柚子の陰から自分たちと同じように視線を向けて立ち止まっている烽火に気づいた。
「あれ、君。ここは現在立ち入り禁止だよ。―――早く家に」
「お前、何をそんなに急いでいる?」
 部下の言葉をたたっきり、柚子は鋭い刃のような声音で烽火に問いかけた。
 その一分の隙もない柚子に、烽火は額に冷や汗を浮かべる。
(面倒そうなのに出くわしてしまいました………)
「どうした? そんなに急いで何処に行くのかと聞いているのだが?」
「―――あなた達こそ、何者ですか?」
「僕達は―――」
「質問しているのはこちらだ。どうしても知りたいのならいってやるが、その場合、こちらの質問には絶対に答えてもらう必要性がでてくるぞ?」
 柚子の鋭い言葉に、烽火は口の端を歯で噛む。
「そうですか。ではこちらの質問は取り消しましょう。お互い急いでいるようですし………」
「話が早くて助かるな」
「あの、柚子さん?」
 部下の男は事情が掴めない様子で、柚子という女性を見ている。
「私は知り合いを追っているところです。早く合流しないといけないんですけど………」
「なるほど。ところで、ここに来るまでに変わったものを見なかったか?」
「―――変わったもの?」
 烽火は一瞬、心の中で身構える。
「見ていないのならいい。こいつも言っていたが、ここら辺はいま非常警戒体制だ。あんまりうろついていると警察にしょっ引かれるぞ」
「―――それは、あなたにということですね」
 ピシリ、と空気の割れる音が聞こえた気がした。
「運が良かったな、小娘。私は今警察手帳を持っていない。次にあったときは多々では済まさんぞ」
「そうですか。でももう二度と会うことはないと思いますけど」
 烽火は、柚子とすれ違う刹那に、二人にしか見えない火花を散らす。
「―――女性って、怖いなぁ」
「何をしている上島! 早く行くぞ!」
 二人から何時の間にか距離を置いていた男が、柚子に怒鳴られて後を追い始める。
 上島と呼ばれた男は、一度だけ烽火の方を見て立ち止まる。
「キミ。本当にいま危ないから。はやく家に帰るんだよ」
 そう言って烽火に笑みを向けると、早くしろ、と怒鳴る柚子の後を追いかけようとする。
 その後姿を見送った烽火は、ふと口を開く。
「なんだか、頼りない感じの人ですね………」
 口にしつつ、最後に見せた上島の顔が瞼の裏からなかなか離れなかった。

          ◇
 夜の空間を、月光に照らされた刃が舞う。
「―――!!」
 翻した手にした刃で、沙耶はそれを迎え撃つようにはじき返した。
 刃は抵抗なくはじき返され、すぐに次の一撃が沙耶を襲う。
 機械染みたその動きに、沙耶はじりじりと足を後退させていた。
 右手には獲物を持ち、左腕に気を失った優希を抱えた状態に、沙耶は思った動きを出来ないでいたのだ。
 しかし、そんなことを気にしない相手は、所々に出てくる沙耶の隙を突くように、鋭利な刃となった腕の爪を振り下ろしてくる。
 刃は沙耶の首を狙い、出遅れた足に振り下ろされ、時に身動きの取れない優希を狙う。
 その動きに感情はなく、沙耶たちに攻撃を仕掛ける夏輝の目は、黒くにごった沼のように光がなかった。
「―――殺す」
 ぼそりと呟く夏輝は、後方への跳躍で距離をとった沙耶に、まるで忍び寄るように肉薄する。
「―――くっ!」
 完全に回避の姿勢を失った沙耶に、夏輝は爪で攻めると見せかけて、くるりと体を捻ると鋭い回し蹴りを沙耶の腹筋へと叩きこんだ。
 ドス、という鈍い音が公園に広がり、沙耶の足が地面から離れると、5メートルの距離を後ろへと飛ばされる。
 それでも倒れることなく足から着地した沙耶は、抱えた優希をかばうように膝を突いて動きを止める。
 その動きに、夏輝は休むまもなく追撃を加える。
 その一方的な攻防を、離れたところで見つめる人影があった。
 薄い金色の髪を、こちらまで来る戦いの余波に乗せ、黒いマントに包んだ体を街頭の上に置いている。
 自分の手駒がまともに動けない相手を甚振る光景に、男は恍惚に似た笑みを浮かべていた。
「そうだ、夏輝。そのまま相手を痛めつけていけ。抵抗できなくなるまで追い詰め、そして最後に止めをさせ」
 男の言葉に、沙耶は男の方を見る。
 先ほどから、その男の独特な臭いに、沙耶の内の獣が拘束を引きちぎろうと暴れている。
 目の前の夏輝ではなく、沙耶の本能がこの光景を楽しげに見ている男を殺せと叫んでいた。
 しかし、目の前の夏輝から攻撃をかわし続けるのが、沙耶には精一杯だった。
 退却しようにも夏輝の攻撃は鋭く、沙耶に後退も反撃も許さない。
 逃げ遅れた右腕に、夏輝の爪が掠めていった。
 耐刃用の処置を施した服が、紙でも切るようにあっさりと切断され、片手で剣を握っていた腕を斬る。
 膨張していた筋を切断し、盛大に血が噴出した。
「いいぞ。その調子だ夏輝」
 男の言葉にも、夏輝は反応を示すことなく攻撃を続ける。
 洗脳されていることは明らかな夏輝は、その感情の見えない瞳で沙耶の急所を次々と狙っていく。
 この場を切り抜ける術を探す沙耶は、焦るばかりだ。
 気を失った優希の横顔に視線が入り、その苦しげな表情にさらに気ばかりが急く。
 夏輝の大降りの一撃を、横っ飛びで交わす。
 沙耶がいなくなった後を夏樹が飛び込み、後ろにあった木を切り裂く。
 人の体ぐらいはある木の幹を、あっさりと切断した爪が翻るように沙耶へと追撃する。
 大きな音を立てて崩れ落ちる木を背に、夏輝は肉薄する。
 喉下を狙う爪に、沙耶は剣をぶつけて激鉄を起こす。
 オレンジ色の火花を散らしてシリンダーが回転すると、刃から紅蓮の炎が沸きあがった。
 刃を伝う炎が、己の刃をぶつける夏輝の腕へと張っていく。
 その炎に腕を焼かれながらも、夏輝は攻撃の手を弱めるどころか、炎と共に沙耶へと飛び込んだ。
「ぐっ………」
 炎をまとった夏輝の爪が、沙耶のわき腹を抉る。
 出中から地面に落ちる沙耶は、衝突する寸前に地面を蹴り、距離をとりながら地面の上を転がった。
 その瞬間に、抱えていた優希を手放してしまう。
 無防備に地面を転がる優希に、沙耶はあわてて体を起こした。
 その瞬間、腹部を襲う痛みに顔をしかめながらも、体を起こす。
 沙耶を狙う夏輝だが、沙耶の腕から離れた優希を、立ち上がった夏輝は捕らえていた。
 その無感情の瞳から、微かに殺意の色を見た沙耶は、あわてて優希に前に立ちふさがろうとする。
 しかし、気づけば手放しているものが優希だけではないことに、沙耶は自分の右手を見て気づいた。
 ゆらりと体を崩しながら優希へと向かう夏輝に、沙耶は崩れ落ちそうな膝を押さえて立ち上がる。
 このままでは、優希が殺される。
 湧き上がる怖れに、沙耶は砕かんばかりの力で顎に力を入れる。
 体の緊張を解いた沙耶は、不意に晴れ渡った瞳で目の前を見据えた。
「これしか、ないか………」
 決意の言葉を口にして、沙耶は傷ついた腹部から手を離した。
 前髪に隠された眼を大きく見開き腹に力を入れようとして―――、
 沙耶が動き出す直前。夏輝と優希の間に一本の槍が打ち込まれた。
「―――!?」
「ん?」
 突然の乱入に笑みを消した男が、槍の飛んできた方向を向く。
 目の前に突き立った槍に、夏輝もまた動きを止めた。
「やっと見つけました。―――さあ、大人しく私の縛につきなさい、アルディゲント!!」
 其処に、黒き甲冑をまとった、女性の姿があった。

          ◇
 エルディナ・アルヴィロイド・シャーレンは街頭から飛び降りると、自分が投げつけた槍の前へと着地した。
 夏輝に退治する形を取りながら、地面に突き刺さった槍を引き抜くと、突然の登場に戸惑いを見せる黒衣の青年―――沙耶へと視線を向ける。
 合流するべく道を進んでいた最中に出会った合流者に言われたとおり来て見れば、状況は切迫していた。
 聞いていた特長通りの相手が沙耶であると確信したエルディナは、視線を夏輝に向けながら口を開いた。
「統括から派遣された傭兵―――沙耶ですね。まだ動けますか?」
 エルディナの言葉に、沙耶は瞬時に理解する。
「ラザロの騎士、か………」
「遅くなってすみません。この場は私が引き継ぎます。その傷では戦いは無理でしょう。早く後ろの彼女を連れて非難してください」
 エルディナの言葉に一瞬喉を詰まらせてた沙耶だったが、すぐに表情を元に戻すと、すばやく優希の下に駆け寄る。
 優希を抱きかかえて後ろへと下がる沙耶を見送ると、エルディナは眼前の敵へと槍を構えた。
「やっと見つけました。こんな場所で何をしているのかは知りませんが、ラザロからあなたの拘束及び処罰の命が出ています。おとなしくしなさい、アルディゲント」
 街頭に立つ男へと鋭い視線を向けるエルディナに、アルディゲントは夜風に響き渡る声で笑った。
「はっはっは………。追ってが来るだろうとは思っていたが。まさか、エインセルの懐刀がやってくるとはな」
 アルディゲントは笑みを消すと、街頭から飛び降りる。
 まるで中を舞う羽のようにゆっくりと地面に降り立つと、エルディナへと歩き出す。
 爪を収めた夏輝は、そのままアルディゲントの下へと下がる。
「貴様が来たところで既に遅い。私の計画は既に成っているのだからな………」
「それも、ここであなたを捕らえれば全て消し去ることが出来ます」
 エルディナの言葉に、アルディゲントは鼻で笑う。
「その考えが既に甘いのだよ。エインセルの言うことだけを聞いている貴様には、一生分からんだろうがな」
 その言葉に、エルディナは眉間にしわを寄せた。
「これ以上話すことはない。あなたを拘束します」
 穂先をアルディゲントに向けたエルディナは、突の姿勢を取る。その前に立ちふさがった夏輝は、エルディナが動き出す前にエルディナへと肉薄した。
 槍という性質上、もっともその力を発揮する距離は中距離。
 エルディナの槍は一本の鉄で刃先から石突まで作られた鉄の塊であり、漆黒に塗りつぶされた刃先は月光の光すら吸い込んでいた。
 闇にまぎれる刃。
 それを察したのか、夏輝はエルディナが槍を振るうよりも早く、接近戦へと距離を縮めた。
 しかし、厳然へと接近する夏輝に驚く様子もなく、エルディナは穂先を打ち上げるように振り上げた。
 黒い風となって迫る刃を、夏輝はもぐりこむように避ける。その先に見える無防備なエルディナの正面に、銀色に覆われた腕を振りぬいた。
「―――!!」
 驚いたのは、腹部へと衝撃を受けた夏輝だった。
 振りぬかれた槍は、そのまま弧を描くようにエルディナの下へと帰ったかと思うと、隙を突いて襲い掛かる夏輝のわき腹へと、槍の石突が食い込んでいた。
「―――ゴホッ!」
 完全の動きを止めた夏輝が、口から血を吐く。
 内臓に確実なダメージを与えた一撃に、夏輝は糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
「3発………か」
 後ろで事の様子を見ていた沙耶は、受けた本人にすら視認できなかったエルディナの技を見切っていた。
 石突で3発。穂先をかわした夏輝の腹へと入れていた。
 それも、みぞおちと急所となる腹部2箇所を突いた、正確な攻撃。
 沙耶は、目の前に現れたラザロの騎士の実力に、戦慄した。
「さすがは漆黒の槍騎士。《感染者》の小娘程度ではどうにもならないか………」
 結果に対し、驚いた様子もなくアルディゲントは答える。
「次はあなたです」
「それは遠慮しておこう。そろそろ時間でもある………」
 ゆっくりと後ろへと浮かび上がるアルディゲントに、エルディナは追撃しようと槍を構えた。
 しかし、それを阻むように銀弧の刃がエルディナを襲った。
「―――なに!?」
 不意を撃たれたエルディナは、背後へ飛ぶと、崩れ落ちた夏輝の前に白い影が降り立った。
 涼しげにエルディナへと視線を向けるその影は、倒れいる夏輝を拾い上げると、戦う素振りすら見せずに後ろへと後退する。
「遅かったな、ナッシュ。守備はどうだね?」
「問題ない。何時でも次に進める………」
 それは結構、とアルディゲントは表情に笑みを浮かべた。
「まちなさい、アルディゲント!!」
 叫ぶエルディナに構うことなく、アルディゲントとナッシュたちが影の中へと消えていく。
「憶えておけ。私の復讐はこの地より始まる。この地で起きることは始まりにすぎないのだ。いずれは貴様ら全てを滅ぼしつくしてやる」
 闇の中に響き渡る高笑いの中、沙耶は腕の中に眠る優希の顔を覗き込んだ。
 眉間に皺を寄せ、苦しげな優希の表情まま、優希はすでにいない友の名を口にしていた。
「―――夏輝、ちゃん

 To be contimued.






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