天夜奇想譚 こちら白夜行! 第二話


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作者:えすぺらんさぁ

タイトル:こちら白夜行! 第二話





 少女、蔵野 明が襲い掛かってきてから数十分の応酬の後……青年、葵 恵は既に勝利を確信していた。

「小細工、だけか――!」

自分に向け、横薙ぎ縦薙ぎに振るわれる不可視の得物を、作り出した氷の剣―厳密に言えば、刃はないので鈍器なのだが―で捌く。そしてその相手へ、若干の手加減をし、だが素早く、叩きつける。

「っつ……!」

掠めた。僅かながらの血が氷剣の歪な表面にこびりつく。少女の足音が小気味いいテンポで離れていくのが分かる。追撃は――ない。

「とっとと帰れ。もうお前の負けだろこりゃ」

 蓋を開けてみれば何ということはない。少女の攻撃はただ見えないだけだ。足音は聞こえるし、気配を消す、などという器用なことの出来る性質でもない。最初のうちこそ戸惑いはするものの、凌げてしまえばそれまでだった。明の体躯は素人から一歩二歩出たところ程のものでしかない。つまり、それだけで相手を捻じ伏せられる力はない。

「ふ、ぅ……まともに戦うもんじゃないわ、やっぱ」

隠レ蓑の術式が切られる。傾いた月からの光が、少女の焦りを照らす。

既に息を荒げ、頬に、額にと汗が浮かぶ。方や十五の少女、方や華奢とはいえ、十七の青年。火を見るより明らかな体力差がそこには存在する。

蔵野明は、戦闘においての決定打を持たない。元より、対人にしろ、対異形にしろ、真っ向からの勝負を前提としていないからだ。辛うじてサングラスに仕込んだ式で動体視力を底上げし、相手の動きに対応する、それが限度。ナイフの扱いはともかく、体術などは一般人のそれと殆ど変わりない。

「白夜行の昼辻ね……噂にゃ聞いてたが、残念だな。夜中は昼行灯か?」

正直くだらない。少女はウンザリとした表情で駄洒落にも程遠いレッテルに反感を示したが、恵はそれに気付く様子も無い。

「まだ終わってないでしょーが。勝ち誇るなら倒してみなさいよ」

「威勢だけだな……女いたぶるような趣味もないし、何よりストライクゾーン外」

恵の言葉には、冗談の内に些細ながら苛立ちが見られ始めた。興醒めする。ここには既に彼の探していたモノはない。会うのは目の前の女含め、威勢だけのいい馬鹿どもだけか……と思うと、軽い脱力感と、湧き上がる虚無。青年は呟く。とっとと帰れ、殺意に繋がる前に。

「諦めろって、手加減して見逃せるのにも限度があるからな……」

だが、明は微笑む。馬鹿は死ななきゃ治らない。そんな言葉が恵の脳裏を過ぎる。次の一手で最後。まぁ死なない程度に、文字通り頭を冷やしてもらうか。恵は己の内に眠る『氷結』の才覚。それに魔力を通し、彼は懐に忍ばせた、本来の得物へと手をやる。

「……ラストワンチャンス?」
明が呟く。その口元は、楽しそうに笑みを零す。彼女もまた、懐へ手を伸ばす。己の切り札、勝利への確信――まずは右手で壁に刻んだ式へと―相手の御託が長い、と言うのは、まったくもっていいことだ―魔力を通過させる。軽い、割れ金を叩くような音と、光が走る。

 ――何も起こらない。

「いつの間に……なんだ、今のは」

「ルーン、の逆文字」

最後の抵抗を待っていた恵は、その手に握った得物を離す。少なからず生まれた興味が、彼の殺意を薄れさせる。

「術式ってのはようは魔力に方向性、嗜好性を持たせるフィルターでしょ?だから逆向きにしてみたら、ものによってはストレートに真逆な事象を引き起こせる。あんまりフクザツなのは手間かかって無理だけど」

「……で?」

「これは人払いのルーンの逆式。この場所を意識させる程度の力しかないけど」

そこで、と。明は懐より、短筒を取り出す。派手な彩を持ち、『爆裂』とか『炸裂』とか書かれたそれは疑う余地も無く、単なる打ち上げ花火だった。手馴れた様子でマッチを擦り、着火する。

「他の要因でこの場所に目を向けさせる、起爆剤さえあれば話は別」

「おま……馬鹿!やめっ……」

少女の微笑。高らかに上がる、耳を劈く炸裂音。そして真夜中の空には、存在を誇示する鮮やかな光が咲いた。








「うっは、ひでぇなぁ」

「ちょっと、どーやったらこうなるの?」

瞬く間に集まった野次馬達は、氷塊のごろごろ転がる戦闘の痕を眺め、感嘆の言葉を零す。
花火とルーン。それが人込みを作るのには、一分とかからなかった。姿を消した明を追う手段は無い。ちらほらと、無言のしかめ面で氷塊と、彼女の残したルーンとに交互に目を向けているのは、おそらくは退魔士の連中だろう。ひとたびこのように、異変が片鱗でも一般人の目にさらされれば、仕事は格段にやりづらくなる。おそらく、これも恵の仕業――下手をしたら、挑戦状とでも受け取っているのかもしれない。

 だが、そんな先のことなど気にかけるつもりは無い。恵は明の不可解な行動に再び、苛立ちを募らせ始めていた。

「結局、逃げやがったのか……」

散々強がって見せて、最後に、負けたわけじゃないと自己弁護するかのような、迷惑な逃走。獲物を逃がした悔しさも無くは無いが、自分から仕掛けてきて、掻き乱した挙句逃げやがったと言う根性が、彼の機嫌を大きく損ねた。

 だが不意に。

「誰が逃げたって?」

後頭部への鈍い痛みが、彼の意識を揺るがす。振り向くが、無論、その目にはただ人込みが映る。しかし、彼の目にはしっかりと、微笑む少女の表情が見えた気がした。

「っつ……!油断し……だっ!?」

二発目が飛ぶ。容赦なく、三発、四発、五、六……
 ――十数秒後。非力な少女の打撃は、彼が十五ほど数えられた程度のところで、やっと彼の意識を奪った。







 独特の香り、味気ない白い天井。ゆっくりと、やがて意識が戻ってくる。――後頭部の鈍痛引き連れて。

「あの女……」

恵はゆっくりと、ベッドの上の身を起こす。状況を脳内で追い、整理し始める。(かなり)殴られて意識を失った、そしてここは病院……状況整理は二秒と要らなかった。見たままの状況とも言う。

「つまり気絶したところで、あいつに通報されて病院入り……なさけねぇ」

「半分はずれ。倒れた恵ちゃんを通報したのは私だからね?」

「……嫌がらせに来たなら帰れよ」

「あら、お見舞いにきてあげたのに」

ベッドの傍ら、優雅に腰までの長さの、艶やかな濡れ羽色の黒髪を持つ麗人は、その純白といえども違わぬ細腕と、琥珀色の櫛でそれを梳かしながら、にこやかに微笑んだ。穏やかな立ち振舞いと、まるで人形のような、いや、それ以上に整えられた造形物のような美しく、均等の取れた肢体。どんな服を着せようが他に追随を許さぬだろう完全(ちなみに、今は白のワンピースである)。この世のものとは思いがたい、まさに絶世の美を前に、恵は大きくため息をついた。

「ほらこれ、お見舞いのフルーツ」

絶世の美は、既にバナナ以外が皮と芯に化けた、籠入りの元・フルーツ盛り合わせを差し出し、とても楽しそうに微笑んだ。

 美女……安倍 桜花は、見舞いと言う名の嫌がらせにやってきた。それが恵の見解で、確信だった。

「で?一般の退魔士に負けた“末席の裁定者”を笑いにでも来たか」

「最低の裁定者だもんね、恵ちゃん?」

「帰れよ、用がねぇなら」

「堅いこと言わない。で?視察はどうだったの恵ちゃん」

恵のため息は尽きない。つくづく女運の悪い……などと小声で悪態を突きつつも、すぐに表情を凛と正し、『裁定者』たる威厳をやや取り戻す。

「縄張り関係は大分荒れてるな。多分白夜行の支配時代からのギャップだろうけど」

恵は報告を始める。

十数年前。天夜という街はひとつの組織に牛耳られていた。白夜行――起源は戦国、忍の血という記録もある。

後継者は代々術式を受け継ぐ。その術式は光……とはいえ、光の術式自体はそう珍しいものでもない。粒子としての光を活用した武器や、レーザー兵器も、式具には存在する。

白夜行の光は、暗殺や工作に特化した光。彼女の使って見せた光学迷彩、『天狗ノ隠レ蓑』や、光による空気中の物質の変容による毒。視覚からの作用による暗示や洗脳。細かいものを含めれば限はないが、記録に残っている代表的なものだけでも、これだけ存在する。

 しかし、先代―おそらくは彼女、蔵野明の祖父に当たるであろう蔵野藤吾の死後、間も無く解体。その血縁の者はすべてが失踪したとされ、傘下の者達は別の組織へと、瞬く間に散っていった。

「あの女も後継者だろ。もう白夜行自体は見る影もないって感じだが、あの能力は健在」

「しぶといわぁ。てっきり先代死亡で家系ごとくたばったと思ってたのに」

にこやかに、楽しそうに物騒な事を口走る桜花を差し置き、恵は続ける。

 存在自体が確認されたのも、つい最近。組織内・汎用情報部担当出版の『月間、式具礼装』の通信購入で見つかるという、なんとも馬鹿らしい発見ではあるが、消失としてランクに名前すら残っていなかったかつての暴君『白夜行』の存在の片鱗を発見。その危険性を確認するため、彼は二週間ほどの潜伏業務を行っていた事になる。

「こっちで目立った異常は起きてないし、ほっといてもいいだろあいつ。というか、異常が常だしここは」

「でも、恵みちゃんはしばらく彼女の観察がお仕事なのでーす」

は?という表情を向ける恵の視線を遮るように、桜花は一枚のA4用紙をかざした。

『葵 恵を正式に白夜行の社員として認めます……ついでに、白夜行を組織、ランク両の下としてここに認めます』

そこにはしっかりと、恵の拇印と、御丁寧に統括組織最高指令の公式認定印まで捺されている。つまり、拘束力抜群、お偉方お墨付きの書類……ということに、なってしまう。

「……待て。この書類は?」

「負けたんでしょ恵ちゃん。約束は守らないとね?」

「大体なんでその約束知ってんだよ」

「細かいこといにしない。約束は守るでしょ?」

「というかこの書類用意したのお前だろ、これ最高印じゃねぇか!しかも鉄製!?桶屋なにやってんだよ桶屋!?グルになって無駄に力の大きい書類にしたてやがって!」

「あの子との約束でしょ?や・く・そ・く~♪」

恵の指摘程度では、彼女の笑顔とエゴの城壁はビクともしない。恵は諦めと敗北を示すように一際大きなため息をついた。このまま無謀に攻め立てようものなら、胃潰瘍患って延長入院になりかねない。彼の経験上、それは文字通り、冗談ではない話である。

「それじゃこれ、住所と地図と……あの子への郵便物。ちゃぁんと届けてね?」

「……お前は?」

「私は組織の最高権力者。とっても忙しいの。これから柚子ちゃんいじりに行ったり、柚子ちゃんからかいに行ったり、スイーツ堪能しに行ったり、柚子ちゃんいじめに行ったり」

「そーかい、行ってこいよとっとと……」

もはや突っ込む気力はない。恵は面識のない柚子という人物に同情を覚えつつも、彼女を見送ることしかできなかった。

「さて……廃ビル三階?これは住所とは言わねぇ……地図って、四角と矢印書いてあるだけじゃねぇかこれ……」

超簡素な住所と地図を手にうなだれる恵の後頭部に、既に痛みはなかった。それよりも激しい頭痛が、彼の頭を渦巻いていた――


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