天夜奇想譚 第七話~ 敗北と土の味


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作者:扇

タイトル:蛇神と少女の幻想曲~



『敵の座標位置不明。申し訳ありません、マスターの視認情報が頼りです』
「・・・一次領域に“天弓”を圧縮展開。移動の兆候を見つけ次第全力で打つよ」
『了解。マスターは大技の準備に専念を』
「・・・うん」

 ずきずきと疼く頭を片目を閉じて我慢。無理を承知で構えを崩さない硯梨は、劣勢挽回のチャンスが訪れそうも無い状況に辟易していた。

『負荷軽減に“アルゴスの百眼”を解除してはどうでしょう』
「彼らと違って気配を察知できない私達だよ?そんな事をしたら良い餌になっちゃうからダメ、絶対ダメ。それが自滅に繋がっても譲れない」
『了解、この場での判断はマスターが正しいと判断します』

 柔らかい土の地面に爪先を食い込ませ、ふらつく体を押さえ込む。
 近隣一帯に草木が生い茂る緑の世界、それは想定していた戦術を根底からひっくり返す最悪の敵だった。
 何故なら基本的に理路整然とした市街戦をベースフォーマットとして術式の開発を進めてきた硯梨である。
 都市と違いランダムに生える植物が作り出す無数の遮蔽物はそもそもの想定外であり、致命的なレベルの弱点を色濃く露出してしまっていた。

「早く・・・どうにかしない・・と・・・」

 中でも最大のネックが常駐前提の“アルゴスの百眼”のオーバーフローだった。
 擬似的な全周視界がもたらす圧倒的な情報は平時においては強みだが、風に揺れる葉、時折飛んでいく昆虫といった些細な存在にまで強制的に意識を向けることとなり、とてもではないが頭の処理限界を越えてしまう。
 それに加えて数種類の常駐術式の維持、状況に応じた攻撃術の詠唱を続ければ体にかかる負荷は増大していくばかり。
 先ず体が訴えた異変は頭痛。それを無視していると、今度は手足に力が入らなくなると言う致命的な事態にまで発展してしまった硯梨である。

『魔法陣展開準備完了。初手で見切られている感はありますが、範囲攻撃による薙ぎ払いが最前手と判断します』
「私の居場所は掴まれている前提で宣言するよ。これは実戦演習・・・でも私は加減をするつもり無いからね?それが例え森を焼くことになっても気にしないからっ!」

 これは挑発を兼ねた恫喝だ。動かせれば良し、例え無反応でも宣言通りに火力で蹂躙すれば結果オーライ。このままジリ貧の消耗戦を続けるよりは余程分のある賭である。

『“雷神槍”起動。但し、マスターの疲労による演算代行実施により威力減衰率16%と判断します。また、同理由によりワインダーモードの持続可能時間20%減』

 淡々と事実のみを告げる神無だが、発動できただけで御の字とすら思っていたりする。
 既にこの戦いが始まって一時間を経過。カートリッジ消費も半端ではなく、よくぞここまで持った方だ。
 しかし楽観的に見積もっても主人の残弾は後一発。出来ることならこれで決めて欲しい。

「・・・見つけた!」

 茂みを蒸発させた際に飛び出した人影を見逃さず、硯梨は手首の動きで光の槍と化した粒子砲を振り回す。
 殺った、そう安堵したのも束の間。手の甲に激痛が走り神無を取り落とさせられ、さらに足を刈りとる何者かの攻撃が続く。攻撃に集中し、周囲が見えなくなっていた隙を見抜かれた形だ。

「これで詰み。やはり口だけだったなお嬢ちゃん」

 薄ら笑いを張り付かせ、仰向けに倒された硯梨を踏みつけるのは同年代の少年だった。
 さすがの硯梨もこの期に及んでの抵抗はせず、唇を横一文字に閉めて敗北のポーズ。
 神無へ伸ばした手から力を抜き、しかし意思は折れていないと逢わせた眼からは逃げなかった。

「・・・負けたよ」
「それだけか?」
「次は・・・負けないから」

 ぐっと歯を噛みしめ悔しさに身を焦がす少女は、本気でそう言ったつもりだった。
 しかしそれは負け惜しみにしか聞こえていないらしく、帰ってきたのは嘲笑である。
 硯梨を倒した少年に加え、戦いの終了を聞きつけて足を運んできた少年達。
 彼らは口々に緊張の糸が途切れて立ち上がれない魔女に言った。

「ははは、とんだお笑いぐさだ。聞いたか?根拠も無しの戯れ言を言ったぜコイツ」
「まぁまぁ、チャンバーが無ければ何も出来ないお子様相手を虐めるなよ。大人げないぜ」
「それもそうか。でも、噂に名高い“高遠”がこの程度・・・拍子抜けじゃないか?」
「親の七光りってのはそんなもんだって。権威が尾ひれをつけるんだろうさ」
「じゃあ、俺たちの時代到来だな。これなら簡単に名を残せそうだ。”共田”が主役の次代が来るんじゃね?」
「おいおい、あんまり笑うなよ。素人さん相手に可哀想じゃないか・・くくっ」
「さぁ、遊びは止めにして汗も流したいし戻ろうぜ。っと、黒澄さんだっけ?」
「?」
「退魔師を真似たママゴトじゃなく、デートとかなら今後も受け付けるよ」

 薄々は感じていたが、ここへ来て硯梨は悟る。
 最初から“敵”としてすら認識されていない。間違いなく所有術式と装備はこちらが優れていても、せいぜい赤子が刃物を持っている程度にしか見られていなかったようだ。
 しかし、例え何を言われようと言い返せない。恥の上塗りは本意ではない硯梨である。

「甘かった・・・のかな?」

 肩を叩き合って立ち去る勝者をぼんやりと見やり、思わず呟きが漏れる。 

『やや天狗になっていた感は否定できません。新戦術をぶっつけ本番で試す事が最大の敗因と判断します』
「・・・仮想テストだと問題なかったのに」
『ですがマスター、今回はまだ救いがあります。これは実力を計る序の口の模擬戦ですよ?一方的にフルボッコされても“いきなり本気を見せるのも大人げなかった”で通すことが可能ではないでしょうか。様は最終日に逆パターンを実施すれば良いと判断します』
「神無はポジティブだね。でも、確かに三日もあれば抱えたハンデも無くなってる筈。少し無理をしちゃって治りが遅いけど、万全に持って行ければ一方的に負けないと私も思う」
『前向き加減は主人に似たもので。それに弱体化前提のシュミレーション・・・こんなものだと私は予測していました。マスターの母上の要求が厳しすぎると判断します』
「・・・私は人と道具に恵まれてるって本当に思うよ」

 そう言いながら顔の汚れを腕で拭い、唇を舐める。
 付いた土の苦くじゃりじゃりとした酷い味を感じるが、吐き出さずにそのまま硯梨は飲み込んだ。
 これは無様な真似を見せてしまった教訓。相手を甘く見た挙げ句、逆に見下されて潰された苦い経験を忘れないために必要な儀式だ。

「残りのトレーニング時間で、新しく取った近接型のモーションパターンをチェックしよっか」
『了解。カス野郎のデータをベースに再構築開始。無意識下で再現出来るよう体を鍛える必要があると判断します』

 長時間の戦いの割に神経疲労はともかく硯梨の身体ダメージは微々たる物。逆を言えばそれだけ加減され遊ばれた訳ではあるが、簡単にリタイヤも許されないので有り難い。
 しかし、と立ち上がりスカートを叩いて汚れを落とす硯梨は思う。
 何故こんな事になったのか、それは到着早々の――――





<蛇神と少女の幻想曲~第七話~ 敗北と土の味>





 カタンカタンと揺れるローカル線に乗る硯梨は、半ばまで開けた車窓から吹き込んでくる緑の臭いを伴った暑中の熱い空気を受けていた。
 遠くまで見渡しても人の手はあまり入っておらず、せいぜい畑が精一杯。まだまだ自然の残された天夜市に済んでいる硯梨としても、久方ぶりに見る大自然が広がっている。

「こうしていると、ちょっとした夏の一人旅・・・うん、いつかお金を貯めてやってみよう」

 飲み残したお茶を一息に飲み込み、列車が大きくカーブした事で視界に入った駅らしき建物を何気なく見やる。
 昔から視力は一般レベルなのに、集中すれば何故だか普通じゃない距離でもはっきりと視認できるから不思議だ。
 少しだけ目に力を入れ、建物が睨んだとおりの駅だと判断した硯梨は足下のトランクケースに手を伸ばす。本当はもっと軽い旅行バックを使いたかったのだが、多めに用意したカートリッジの山は危険物。頑強な金属素材でなければ輸送に不安が残るので仕方がない。

『おや、到着のようですね。新術式開発はこの辺りで中断が適切かと』
「そうだね。先輩から盗んだアレも手品レベルだけど再現可能になったし、十分な暇つぶしは出来た・・・かな。あ、一応神無は“高性能なチャンバースタッフ”で押し通すから、これからしばらく頭の中だけで会話だよ、忘れないでね?」
『了解。マスターの母上の命とあれば仕方がありません』
「あはは、神無もお母さんに絶対服従・・・って降りないと」

 アナウンスに促され、駆け足で列車を降りる。
 他に乗る人間が居なくとも終着点ではないらしく、殆ど間をおかずにたった一両の列車は進んでいった。
 本当に田舎に来た、それが硯梨の素直な感想だった。
 木造の昭和を感じさせるおんぼろな造りに加え、駅員も常駐しない無人駅。
 レトロな雰囲気は好ましいけれど、文字通り何も無いもの悲しい風情も同居している。
 これからどうしたものか。バスの時刻表も見えず、タクシーの姿も見受けられない。一応住所は聞いているが、まさか歩き前提だろうか?
 触れるとギシギシ危ない音を立てるベンチに腰を下ろし、取り出した麦わら帽子を頭に載せた硯梨は空を仰いでしばし休憩と割り切り目を閉じた。
 考えてみればゆっくりと歩きも悪くない。この手に魔法が宿る限り、熊が出ようと暴漢が彷徨いていても怖くはないのだ。
 もう少しこうしてから動こう、そう判断した矢先だった。

『振動検知。車が一台向かってきます』

 神無の警告に硯梨はゆっくりと目を開ける。
 仮にも公共の機関なのだから、人がやってくる事は当然だ。
 しかし出発前に見た時刻表を思い出してみると、次の便はもう無い筈。
 つまり――――

「黒澄硯梨さん、で間違いないだろうか?」

 予想通り目の前で止まった車から降りてきたのは一人の男。
 痩せ型だがシャツを押し上げる筋肉質で、眼光も鋭い歴戦の勇士を思わせる青年である。
 見るからに強者を前にして“はい”と返事をしつつ術式を編み出す硯梨だが、それはさすがに杞憂だったようだ。

「俺は神原高次。合同訓練の責任者をやっている者だ」
「えっと高次さん?ひょっとしてお母さんの電話の相手の方ですか?」
「・・・」
「あれ、違います?」
「正解・・・ではあるが、ど、どこまで話を聞いている?」
「えーとですね、遠縁の親戚で昔可愛がった弟分と聞きましたけど?」
「そうか・・・少し安心したよ。とりあえず乗ってくれ。君は中途参加で無理矢理ねじ込まれたから、他の若手はこの瞬間も鍛錬に励んでいる訳だ。キリの良いタイミングで混ざって貰う為にも急ぐ必要がある」
「はい、判りました」

 反応を見る限り、嘘は言っていないようだ。
 そう判断した硯梨は警戒を解き、素直に助手席へと乗り込む。
 そして目的の一つを果たすべく運転手に問いを投げかけた。

「すいません」
「ん?」
「実はお母さん、昔の事を話してくれません。どんな風だったか教えてくれませんか?」
「・・・しょうがない。色々と酷い目にあったが、おかげで今の俺があるとも言える。着くまで軽く話をしようか。むしろ無下に断ると後が怖い・・・・」
「・・・弟分というか、のびた君ポジション?」
「否定出来ないのがまた。そうだなぁ、その言い方なら君のお母さん・・・雅美さんは秘密道具使い放題のジャイアンだった。強く、どこまでも強く、やりたいように生きる奔放な人ってのが皆の共通見解だったんじゃないかな。正直、歳も離れていたけど憧れたよ。綺麗で理不尽に無敵で・・・実際、さばさばとした性格で人気もあったんだよ?」
「そんなに強かったんですか?」
「強い、容赦なく強い。君の一族は弓に特化した代償として近接に弱いってが定説だったのに、雅美さんは短刀を使った刀術も得意というインチキっぷり。射って、斬るしか出来ないって本人は笑ってたけど、シンプルが一番怖いって実例だったと思う」

 高次は懐かしむようにして苦笑。

「ちなみに君は雅美さんによく似ているよ」
「そうなんですか・・・」
「果たして外見が同じなら、能力も同じなのかな?当事者だった頃は病院送りにされたり面白半分で的にされたりと散々だったけど、見る側に回った今では対岸の火事は好ましい。盛大にやってくれて構わない」
「私としては比較されるプレッシャーが・・・どっちにしろ全力で頑張りますけど」
「それでこそあの人の娘だ・・・っと一つ忠告をしておこうか。おそらく知らないだろうけど、君は形式上“高遠”の人間扱いされる事になっている。」
「それ、確かお母さんの旧姓ですよね」
「正解。俺の家“神原”、君の“高遠”はそこそこ名の知れた退魔師の一族で、コレに“共田”を加えて俗称御三家。もっとも雅美さんが家を継がずに一般人に嫁いでしまったから、他と違って一子相伝の高遠はあって無いような事になってしまった訳だ」
「はい」
「これで判っただろ?最強を謳われ、権利を捨てても正当な後継者の娘が君。例え普通の家庭に生まれても人は“黒澄”ではなく“高遠”としか見ない。大変だよ、本当に」

 どうして与り知らぬ所で評価が鰻登りになっているのだろう。
 既に敗北を味わった駆け出しに、過度の期待を持たれても困る。

「でも今回って・・・只の訓練ですよね?それも腕の未熟な若者を鍛える為の。私は未熟です、だからこそ強くなる為にここへ来ました。他の人もそうじゃないんですか?家は関係ないからこそ合同の訓練では?」
「名目上はね。でも、実際は各家の代理戦争の一面もあるわけだ。次代がどれだけの能力を秘めているか、どれだけ他よりも底辺が揃っているか一目で判るだろ?」
「どの業界も権力闘争が絶え無いって事ですか」
「特にうちらは無駄に名門を誇る一派だから、自分達の一族こそ頂点と皆が思っている。つくづくエリート意識って厄介だよ・・・もっとも俺自身も昔はそのきらいがあったから笑えない。雅美さんにプライド含めて粉々に砕かれなければと思うとぞっとする」

 母は本当に凄かったらしいが、人の人生観すら変える力をどうやって身につけたのか想像も出来ない。
 果たして自分は同等のレベルにまで辿り着けるのだろうか?
 珍しく弱気な硯梨は神無に泣き言を漏らそうとするが、タイミング悪く車が停止。
 どんよりとした気分のまま荷物を下ろしてみれば、そこにはひなびた温泉宿が一軒。
 ここが当座の宿らしく、車も数台留まっている。

「俺以外の上は割とガチガチの選民思想だから、困ったら俺を頼るように。と言うか、ちゃんと面倒見るように言われてるからさ・・・何かあれば俺の身に不幸が訪れる訳で。まぁ、打算抜きに親戚の姪っ子一人くらい助けるのが普通だと俺は思う」
「さすがに知人ゼロは心細いので、頼りにさせて貰います」
「・・・雅美さんと違って素直でいい子だなぁ。あの人なら“ちょっかいを出してくれるなら好都合。二度と逆らえないように全殺すから大丈夫”とか言い出しかねない・・・・いや、むしろ言ったなぁ。おかげで仲間を潰されて逆恨みした連中が徒党組んで襲った挙げ句、全員天井の染みを数える羽目になったっけ・・・」
「・・・真似しようかな」
「悪いトコは真似しなくて結構!いいかい、君は“黒澄硯梨”であって“高遠雅美”じゃない。全てを踏襲しても、決して同じ人間にはなれないよ。俺は“黒澄硯梨”って子の能力に期待してる。判ったかい?」

 その一言で救われた気がする。
 そうだ、母は目標であって同じ道を歩く存在ではないと理解していた。
 何より黒澄硯梨の本質は、自分の信じた道を唯我独尊で行く頑固な人間だ。
 いかに偉大でも、他人の影に怯えて方向転換するような軟弱さを持ち合わせていない。
 それが何だ。簡単に心を揺るがせ、安易な逃げに走るとは何事か。
 初めての一人旅、それも右も左も判らない土地で会ったこともない親族と顔を合わせるプレッシャー。そんなレベルの揺らぎに負けて弱気を見せてしまった。
 自分は心身共にまだ子供と自虐的になるが、逆説的には成長の伸びしろが残されていることにも繋がるだろう。
 足りない物が一つ判った気する硯梨だった。

「・・・そっか、お母さんの言ってた“教えたことを思い出せ”って意味がやっと判った気がする。“折れず曲がらない自分”の確立って難しいんだね」
「はい?」
「いえ、独り言です。えっと、高次さん。きっとお母さんを知る人は“高遠の硯梨”と言うフィルターを通して私を見るでしょう。でも、どんな形であれ“黒澄の硯梨”を必ず認識させようと思います」
「その意気だ。おそらく、それこそが君に与えられた課題。雅美さんらしい言葉は軽いけど込められた意味は深い難解な課題だよ。ま、頑張れ姪」
「はい、正確には違いますけど親近感を込めて叔父さんと呼ばせて貰います!」

 育てられた相手が同じだと、根っこの部分に共通した意識が産まれるらしい。
 出会って間もない硯梨と高次だが、互いに信頼感を確立出来るから不思議だ。
 気が付けば当然のように荷を持ち先導する叔父の姿。
 その後ろを着いていくと、案内されたのは宿の見た目に相応しい安っぽい内装の和室だ。

「普通は複数人で一部屋を宛がわれるが、生憎ウチの弟が参加拒否していてね。馬鹿の席を奪って一人部屋だ。短い間でも好きに使って構わない」
「はい」
「それじゃあ一戦交える準備が出来たら俺の部屋に来なさい。もうじき山での訓練が終わり休憩を挟む事になっているから、紹介の為にも案内する。と、部屋は隣な」
「じゃあ五分ください。直ぐ行きます」
「判った。繰り返すがフル装備で、何があっても対処できるように」

 念を押され、硯梨も顔を引き締める。
 元より装備は一つ。全ての機能を兼ねるが故に、手放してしまっては何も出来ない相棒の準備は万端だ。
 折り畳み運んできた神無を本来の杖へと組み替え、防護と取り出し易さを折衷したベルトポーチにカートリッジを詰め込んだマガジンを詰め込んでいく。
 最後にポーチを腰に巻き、神無へと確認を促す。

「最終チェック実施」
『全てオールグリーン。問題ありません』

 うん、と頷く少女は部屋を出るとそのまま隣の扉をノック。五分も必要なかったと思いながら、部屋の主人を待つ。

「聞いてはいたが・・・本当にチャンバー使いなのか」
「何か問題でも?」
「無いが・・・どうせ変えようがない事実。今に俺の言いたいことが判るさ」
「そうですか、私は相棒と全力を出すだけです」

 そして案内されたのは会議でも出来そうな大部屋だった。
 いくつも置かれたホワイトボードに刀の技法が書かれていたり、床に散らばったノートには術式についての解釈がメモされていたりと、合宿の様相が見て取れるから面白い。
 しかし肝心の人の姿は四人で、とても集合時間とは思えなかった。

「おい、そこの共田チーム。これからミーティングの時間じゃないのか?」
「いえ、前半の予定が早く片づいてしまったので、前倒しのカリキュラム消化となっています。今は右の山で交代制の実戦訓練中でして、我々は順番待ちですよ」
「そうか、次の集合は夕食まで無いか・・・」
「ですね。ところで、そこの子は誰です?見た顔じゃないですけど・・・」
「急遽参加の決まった高遠の縁者で硯梨君だ。ひのふのみのよの・・・確か実戦形式は五人での乱戦だったよな?」
「ええ、共田から三人、神原から一人に、人数あわせで師範の誰かが入ると聞いてます」
「硯梨君、いきなりだがやってみないか?聞けば君は手合わせ経験が無いと聞いている。遅かれ早かれ潜る道だ、良い機会じゃないかな?」

 急に話を振られ硯梨は首を傾げても、話を聞いて居ないわけではない。
 勿論と頷き、叔父の隣に足を動かした。
 どうやら某剣士との一戦は伝わっていないようだが、些細なことだろう。
 見れば居並ぶ相手は同年代の少年達だ。経験を積むには手頃な相手に思える。

「神原師範、“高遠”で俺たちと同じくらいって事は・・・まさか当代最強と呼ばれたあの人の?」
「娘だそうな」
「・・・正直ネームバリューで勝てる気がしないと思いましたけど、高遠の子は何でチャンバーなんて持ってるんですか?噂の弓は何処に?」
「詳しくは聞いていない。しかし、アレが彼女の主装備らしい」

 するとその言葉が契機になったように少年達の表情が変わる。
 揃って共通するのは笑いがこみ上げてくるのを押さえようとする様である。

「くくっ、神原師範に確認しますけど、本当に俺達の中に入れるんですね?あんな術式覚え立てのガキくらいしか使わない玩具に頼るお嬢さんを構ってやれと?」
「そうだ」
「馬鹿、師範の言葉を読めって。“ちゃんと加減してやれよ”って意味が見え見えだろ」
「それもそうか。みんな、これは対象を無傷で無力化する訓練だって忘れるなよ?お嬢様のお遊戯の相手を務めるだけ光栄なんだからな!」

 高次がやはりこうなるかと頭を押さえ、どうしたものかと悩んでいる時だった。
 一瞬で形成された術式が気圧変化を発生。変化を代償に、周囲から奪った空気は少年達をいとも簡単に吹き飛ばしていた。

「“ちゃんと加減”してあげたよ。お嬢様のお遊戯で足下をすくわれて情けないとは思わないかな?うん、確かに私に釣り合わないね。分不相応な相手でごめん」

 売られた喧嘩は借金をしてでも買うのが黒澄家のルールだ。
 故に硯梨としては当然の返礼だったのだが――――

「よしコラ表に出ろ。師範、左の山の訓練区画の使用許可を」
「・・・これも血か。使って良し」
「許可も得た・・・行くぞ。ハンデはどれくらい欲しいよお嬢様?」
「全員纏めてかかってくれば?死なない程度に加減してあげるよ?」
「・・・潰してやる」

 初めて感じる殺意。考えてみれば異形相手の戦いでは保護者同伴、修慈との一戦でも何処か甘さの残る空気が漂っていた。
 硯梨は異形よりも人が怖い。人は弱いからこそ手段を選ばない強さを持っているから。

「絶対、負けない」

 売り言葉に買い言葉。手段を選ばない事にかけてはトップクラスの魔女は、力強く拳を突き出すのだった。





 とまぁ、こんな具合に始まった私闘は硯梨の敗北で結末を迎える事になっている。
 開始直後の奇襲で一人を撃破したものの、その後は完膚無きまでに負けた。
 しかし得られた物は大きい。故に硯梨は繰り返す“次は負けない”と。
 それは負け惜しみではない宣言だ。
 昨日より今日、今日より明日。少女は歩みを止めない誓いを胸に抱いて立ち止まらない。


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