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プリンセス・ブライド(1)

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
 秋の朝の、糟日部駅前。
「みなみちゃん、おはようっ」
「……おはよう」
 スクールバスのバス停にたたずんでいると、ゆたかが駅の方からとてとてとやってきた。
「今日はちょっと涼しいね」
「うん……風邪をひかないようにしないと」
「もうすぐ衣替えだから、それまで気をつけようっと」
 いつものように、ほんわかとした笑顔を私に見せてくれるゆたか。
「……ちゃんと、あたたかくしたほうがいい」
「みなみちゃんも気をつけないとだめだよ?」
「……わかってるよ、ゆたか」
 そう言って、ゆたかに小さくうなずいてみせると、
「うんっ」
 ゆたかも、私に元気よくうなずいてくれた。

 いつも通り、私のことを慕ってくれるゆたか。
 そんなゆたかを見ていて……最近、ふと思うことがある。

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 プリンセス・ブライド
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 いつも、私といっしょにいてくれるゆたか。
 笑顔で、私を見上げてくれるゆたか。
 そんなゆたかを見ていると、とっても幸せになれる。

 青ざめた表情で、机にうずくまるゆたか。
 保健室のベッドで、穏やかな寝顔を見せるゆたか。
 そんなゆたかを見ていると、守ってあげなくちゃと思う。

 時には、逆に私のことを守ってくれたこともあった。
 私のかわりに、学級委員に立候補してくれたことも。

 心が冷たいと言われていた私を、ゆたかはそうしていつも慕ってくれる。

 だから、私は他の人に何を言われても平気だった。
 そんな言葉に立ち向かう勇気を、いつもゆたかがくれるから。

「今日の体育は、体育祭の練習かぁ」
「……大丈夫?」
「うんっ。今日は体調もいいから、ダンスも出来そうなんだ」
 確かに、顔色もいいし声は元気そのもの。
「気分が悪くなったときには、ちゃんとみなみちゃんに言うから」
「…………」
 ゆたかが見せる笑顔は、強がりじゃなくて約束。
 一度倒れて以来、ゆたかは気分が悪いときには私に言ってくれるようになった。

 学校では、いっしょにいるのが当たり前な私たち。
 家にいても、時々電話をくれたり、遊びに来てくれたりする。
 それは、友達として当たり前のことなのかもしれないけど……

「……みなみちゃん? どうしたの?」
「?」
「ずっと、私の顔なんて見ちゃって」
「……な、なんでもない」

 何故なんだろう。
 ゆたかを見ていると、ときどきぼーっとしてしまうのは。



「やあ、みなみちゃんおはよー」
「みなみちゃん、ゆたかちゃん、おはよう」
「おはよう。二人とも、今日は早いのね」
 ぼーっとした頭を振り払っていると、泉先輩と柊先輩姉妹がバス停にやってきた。
「あっ、おはようございます」
「……おはようございます」
 ゆたかと二人して、ぺこりとあいさつ。
「あれっ? 今日はゆきちゃんはいっしょじゃないの?」
「……体育祭のクラス代表の件で、職員室に呼ばれていたらしくて」
「あー。大変だね、みゆきさんも」
「そう言ってないで、たまには手助けしてあげなさい」
「人には出来ることと出来ないことがあるもんなんだよ」
「威張ることじゃないっ!」
 いつも通り、にぎやかな先輩たち。
 こうして見ているだけでも、仲がいいんだとよくわかる。
 私も、ゆたかと田村さんとも、こんな関係になれたらと思う。
 ……でも、いいのかな。
 本当に、ゆたかとそんな関係で。
「そうだ、みなみちゃん」
 …………
「みなみちゃん?」
「っ?!」
 気付くと、泉先輩の顔が私の間近にあった。
「どしたのさ、ぼーっとして」
「い、いえ……」
 突然のことに驚いて、飛び退く私。
 だけど、それに構うことなく泉先輩は話しかけてきた。
「ほら、今日は体育でしょ? ゆーちゃんのこと、よろしく頼もうかなって」
「は……はいっ」
「大丈夫だよ。さっき、私と約束したんだから」
「いやー、姉代わりとしては、ここらへんきっちり筋を通さないとね。じゃないと、
ゆい姉さんに申し訳が立たないからさっ」
「そういうものなの?」
「そういうものなんです」
 小首を傾げながら見上げるゆたかに、泉先輩がうんうんとうなずいてみせる。
 やっぱり、泉先輩もゆたかのことが心配なんだろう。
 泉先輩、も……
「とゆーわけでみなみちゃん、ゆーちゃんをよろしく」
「最近、こなちゃんもすっかりお姉さんだね」
「私にとって、ゆい姉さんとかがみっていう身近な先輩がいるからねー」
「ちょっと、私が先輩なのっ?!」
「だってそーじゃん、かがみは私よりずっとお姉さんやってきたんだもん」
「だ、だからって、突然そんなこと言わなくても……」
「かがみってば照れちゃって。かーわいいっ」
 泉先輩はそう言いながら、かがみ先輩の背中にぎゅっと抱きついた。
「~っ……もう、こなたってば……」
 楽しそうにぶら下がる泉先輩に、顔を真っ赤にしながらされるがままになっているかがみ先輩。
 なんだかシュールだけど、見ていてほのぼのする。
「お姉ちゃんたち、仲良しさんだね」
「……本当、仲良し」
 泉先輩は、心を許した相手にじゃれつく猫みたいで、かがみ先輩は、そんな泉先輩を
しょうがないなという感じで見つめていた。
 二人のほのぼのとした雰囲気が、私たちにも伝わってくる。
「ゆーちゃんもやってみるといいよー、みなみちゃんに」
「っ?!」
「お、お姉ちゃんってばっ!」
 泉先輩の声に、私もゆたかも顔が真っ赤になる。
「冗談冗談。ほら、そろそろバスが来るみたいだから準備しよ、準備」
「もう、お姉ちゃんったら……ごめんね、みなみちゃん」
 頬をぷくっと膨らませながら、ゆたかが私に謝ってきた。


「う、ううん……別に、気にしてない」
 だけど、私の心臓はドキドキしたまま。
 ゆたかに首を振ってからも、全然治まってはくれない。

 先輩に言われた姿を、少し想像しただけなのに……

 *   *   *

 そんな心が治まったのは、授業が始まって少しした頃。
 ゆたかを見るたびにドキドキしていたけど、今はもう平気。やっぱり、恥ずかしかっただけなんだと思う。
「みなみちゃん、よろしくね」
「岩崎さん、よろしくー」
「……こちらこそ」
 あいさつしてきた二人は、上が体操着で下がジャージという姿。もちろん、私も同じ格好。
 校庭でグループを組んだ私たちは、体育祭の練習に挑むことになった。
「でも、創作ダンスかー。小学生の頃はやったけど、中学生の頃はやってなかったから久々だよ」
「見ていただけだけど、私の小学生はライディーンとかフラッシュダンスとかやってたなあ」
「えーっと……ライディーンって、超者? それとも勇者?」
「???」
「あっ、わからないならいいよ。わからないなら」
 首を傾げているゆたかに、焦っている感じで手のひらをひらひらと振る田村さん。
 ライディーンは、YMO……の、はず。
「岩崎さんは、どうだったのかな?」
「……私も、二人と同じような感じ」
「そっかあ。やっぱり、中学ってどこもそうなのかな?」
「だけど、今度のは難しそうなんだよねー……覚えられるか、ちょっと心配」
 授業前に配られたプリントを見ながら、田村さんが苦笑いする。
 確かに、側転やリボンダンスといったダイナミックな動きが要求されるダンスで、しかも
七分ぐらい踊り続けないといけない。
 特に激しい動きは、運動部のエース級がやることになっているみたいだけど……本当に、
ゆたかの体に耐えられるのかな。
「ゆたか……大丈夫?」
「うーん、できるだけやってみるよ」
「……今朝も言ったけど、無理は禁物」
「うんっ!」
 元気にうなずくゆたかの顔色を見ても、確かに大丈夫そう。
 私たちはプリントを見ながら、一つ一つ動きを確認し始めた。
「えーっと、最初はロボットダンスで……だんだん動きが激しくなっていくんだね」
「……曲の盛り上がりに合わせて、ジャンプや側転」
「高校のダンスってすごいんだねー。お姉ちゃんに聞いておけばよかった……」
 なんだか、話しているうちに気分が重くなっていく。
 他にも、走って向かいの人とすれ違ったり、ペアでダンスをしたり……これは、キツいどころじゃない。
「……あの、ゆたか」
「どうしたの? みなみちゃん」
 きょとんとしながら、私のことを見上げるゆたか。
「……本当に、できる?」
「できるところまで、挑戦してみたいな」
「……そう」
 そんなゆたかに、言えるわけがない。
『このダンスを踊るのは無理』だなんて……


『はーいっ、ちゃんと三人一組になってるわね? 今から音楽を流すから、軽く合わせてみて』
 そうこうしているうちに、先生がスピーカーからダンス練習の指示を出してきた。
 ゆたかも大丈夫だって言っていたんだから、今はただ信じて踊ろう。
「それじゃあ、いこっか」
「うんっ」
「……うん」
 ゆたかに導かれて、私と田村さんがプリント通りに三角形の形に並ぶ。
 それからしばらくすると、先生が言ったとおりに重厚な音楽が流れてきた。
 まずは、それにのって足、手、首の順番で動かして……
 始めはゆったりとした動きで、ゆたかもついてきているみたい。
 まわりのみんなも、同じようにダンスを進めている。
 そうして安心しているうちに、音楽のテンポが上がって動きも早くなっていく。
「ゆたか……」
「大丈夫っ、だよっ」
 プリント通り、体を何度も翻しながら元気そうに言うゆたか。
 だけど、その顔にはもう幾筋も汗が流れている。こういう激しい運動には慣れていないみたいだから、
止めたほうがいいのかもしれないけど……
「んしょっ……えいっ」
 一生懸命踊る姿に、止めるのをためらってしまう。
 止めてしまえば、ゆたかの頑張りを無にしてしまう。
 止めなければ、ゆたかの体力が限界に近づいていく。
 どっちも、相反することで――
「えっと……っ?! きゃっ!」
「小早川さん?!」
「っ?!」
 体をまた翻した瞬間、突然ゆたかの体がぐらついた。
 しかも、後ろ向きに……このままだと、頭をぶつけるっ!
「ゆたかっ!!」
 私は急いで、宙をさまようゆたかの手をとって――
「きゃっ?!」
 一気に、自分のほうへと引き寄せた。
 ゆたかの小さな身体を、勢いよく受け止めると……
「あ、あはははは……し、失敗しちゃった……」
 力なく笑いながら、ゆたかは私のことを見上げていた。
「……無理は、禁物。そう、言ったはず」
「ご、ごめんね……? 出来るかと思ったんだけど……」
 そんなゆたかの額を、また汗が流れていく。
 しかも、顔色はさっきと違って蒼白で、息も荒くて……幾度も見てきた、貧血の症状だ。
「みなみちゃん……ごめんなさい」
「……保健室、行こう」
 そうすべきだと思って、私はそのままゆたかを抱きかかえて立ち上がった。
「小早川さん、大丈夫?」
「う、うん……ごめんね、田村さん」
 私の腕の中にすっぽり収まっているゆたかが、申し訳なさそうに田村さんに笑う。
「ううん。それより、早く保健室に行ったほうがいいよ。私が先生に言っておくから」
「……おねがい」
「ありがとう……」
 私は田村さんに頷いて、そのままゆたかを抱きかかえながら保健室に向かった。
 走らないように。だけど、できるだけ早く。
「ごめんね……こめんね……」
 今にも泣きそうな声で、ゆたかが謝ってくる。
 謝るようなことを、ゆたかがしたわけじゃないのに……
「大丈夫」
「……?」
「大丈夫……わかってるから」
 そんなゆたかを見ていられなくて……私は、できるだけ優しくそう言った。
「みなみちゃん……」
 ゆたかは、ただ私たちと踊りたかっただけ。
 いつも体育館の隅っこで見ているだけじゃなくて、いっしょに踊りたかったんだ。
「……大丈夫だよ、ゆたか」


「……うん」
 私の言葉に、ゆたかが小さくうなずく。
 そして、私の肩に頬を寄せると、笑顔を浮かべて目を閉じた。
 初めて間近で見る、ゆたかの顔。
 それは……まるで、眠り姫みたいで……
「っ……?!」
 朝にした想像と、今のゆたかの顔が重なっていく。
 抱きつかれているのと、抱き上げてるのと違いはあるけど……こうやって、間近にいるなんて。
 ……だめだ、だめだだめだ。こんな邪なことを考えてちゃ。早く、ゆたかを保健室に連れて行かないと。
 頭を軽く振って、私はひたすら保健室を目指した。
 胸の高鳴りを、強引に抑えつけて……
「……失礼します」
「あら、岩崎さん……って、小早川さん、どうしたの?」
 保健室のドアを開けると、私たちの姿を見た天原先生がぱたぱたと駆け寄ってきた。
「……創作ダンスの途中に、貧血になったみたいで」
「確かに、顔色があまり良くないですね。岩崎さん、小早川さんをベッドに寝かせてくれます?」
「はい」
 私は頷いて、カーテンが開け放ってあるベッドにゆたかを寝かせた。それから、備え付けの
清潔なタオルで額の汗をそっとぬぐう。
「ちょっと失礼しますね」
 天原先生は手早く白衣を着ると、ゆたかの額、首、頬に手を当てた。
「……どうなんです?」
「急激に運動して、ちょっと身体がびっくりしたみたいですね。軽度の貧血でしょう」
「……そうですか」
 よかった、そんなに重い症状じゃなくて……
「きっと、安心して気が抜けたんだと思いますよ。しばらくしたら、目を覚ますはずです」
「ありがとう……ございます」
「いえいえ。それより、どうします? 授業に戻りますか?」
「……えっと」
 先生に言われて、保健室にある時計を見やる。
 授業が始まって、まだ半分ぐらいだけど……
「……目が覚めるまで、側にいます」
 さっきのゆたかを見ていて、一人にはしておきたくなかったから。
「そのほうが、目が覚めたときに安心するかもしれませんね」
「すいません……」
「気にしなくて大丈夫ですよ。先生には、私から言っておきます」
 優しく微笑みながら、先生がゆたかにそっと毛布をかける。
 これであったかくすれば、血の巡りも良くなるかな。
「それでは、私はお仕事がありますから。何かあったら呼んでくださいね」
「……はい」
 私が頷くと、先生はカーテンを閉めて外へと出て行った。
「……ふう」
 一息ついて、備え付けの椅子に腰掛ける。
 その途端に、さっきまでの慌ただしさが嘘のように静まりかえる。
「…………」
 聞こえるのは、鉛筆を走らせる外からのささやかな音。
 あとは、私の息の音と……
「すう……すう……」
 小さな、ゆたかの息の音。
 倒れたときの息の荒さが嘘みたいな、穏やかな寝息。油断は禁物だけど、このままならきっと大丈夫だろう。
 あどけないゆたかの寝顔が、そう確信させてくれる。
「んっ……」
 寝返りを打とうとするように、身体をよじるゆたか。そのとき、ぶらんと右手がベッドから外れた。
 その右手をとって、両手で優しく包み込む。
「……大丈夫、大丈夫だから」
 それから、耳元でそう小さくささやきかけた。
 ひんやりとしたその手が、少しでもあったかくなってほしい。
 目が覚めたとき、またあの笑顔を見せてほしい。
 そう思いながら、私はしばらくゆたかの寝顔を見つめていた。



 やがて、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
 そうか……もう、お昼休みになるんだ。
 遠くから聞こえるざわめきに、今の時間をふと思い出す。だけど、まだお腹はすいてないし、今はそれどころじゃない。
 ゆたかをこのままにして、教室には行けないし……
「失礼します」
 そんな思案に暮れていると、保健室のドアの音といっしょに聞き慣れた声が響いた。
「あら、田村さん」
 ……田村さんも、ここに来たんだ。
「小早川さんだったら、そこのベッドで寝ていますよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
 外からそんなやりとりが聞こえてすぐ、田村さんがカーテンの隙間からそっと入ってきた。
 私が小さく頷くと、田村さんも小さく頷いて私のそばへとやってくる。
「小早川さん……調子、どうかな?」
「……今は、大丈夫みたい」
 小声で尋ねてくる田村さんに、私も小声で返す。
「そうみたいだね」
 ゆたかの寝顔をのぞきこんだ田村さんは、うんうんと安心したみたいに頷いた。
「田村さん……お昼は?」
「えっ? ああ、そんなのはあと、あと。岩崎さんに任せっぱなしにしちゃったからね」
「……そんなこと、ない」
 先生に伝えてくれただけでもありがたいのに、真っ先にここに来てくれたんだから。
「ところで岩崎さん、その手は?」
「……?」
 田村さんが指さした先には、ゆたかの右手を包み込んでいる私の手があった。
「ああ……手を握っていれば、ゆたかも楽になるかと思って」
「ほうっ?!」
 ……なんで、そこで顔が真っ赤になるのかな。というか、大声厳禁。
「そ、そっかー。小早川さんを想って……」
「それと……目が覚めたとき、安心するかなって」
「はうっ!」
「……大声は、ダメ」
「あ、ご、ごめんごめん」
 私がちょっと睨むと、田村さんは手をパタパタ振って凄い勢いで謝りだした。
「あらあら、にぎやかですね」
「……天原先生」
 そんなやりとりをしているうちに、天原先生がカーテンの中へと入ってきた。
「ずいぶん顔色も良くなりましたね。午後の授業は……起きたら、本人に聞きますか」
「……そのほうが、いいかと」
「ですねー」
 天原先生の言葉に、私も田村さんもこくりと頷く。
「ところで、先ほどの声は?」
「いえ、岩崎さんが小早川さんの手を握ってて、ほほえましいなーと」
「手を? あらあら、確かにほほえましいですね」
 私とゆたかの手を見て、にっこりと笑う先生。
「そういえば、二人が入ってきたときもどこかほほえましかったですね」
「……?」
「お姫様抱っこで、保健室まで運ぶだなんて」
「ひょえっ?!」
 お姫……様……?
「……っ?!??!?!?!」
 一瞬、天原先生の言葉がわからなくて……思い出した瞬間に、頭が爆発しそうになる。
 そうだ、私はゆたかを抱っこして……でも、あれは仕方のないことで……
「まるで、王子様とお姫様みたいでしたよ」
「た、確かに、そう言われてみると、そんな格好だったよーな」
「…………」
 そんな、王子様とお姫様だなんてっ!
 頭をぶんぶん振るけど、頭の中の想像は全然消えてくれない。
 確かに、小さな頃はそういう絵本をよく読んだけど……私が、王子様だなんて!
「う……う~ん……」
 心臓がバクバク言ってる間に、ゆたかが軽く身じろぎをして目を開ける。


「ゆ……ゆたか?」
「みなみちゃん……田村さん、天原先生……」
 慌てて顔をのぞきこむと、ゆたかは申し訳なさそうに苦笑いした。
「ごめんね……わがまま言って、迷惑をかけちゃったね」
「ううん……そんなこと、ない」
「大丈夫だよ、心配しなくても」
「もう少し休んでいれば、起きられそうですね」
 安心させるように、私たちは口々にゆたかに話しかけた。
「……みなみちゃん」
「……?」
「ずっと、手を握ってくれてたの……?」
 ゆたかは横になると、私が包んでいた手に左手を重ねた。
「手がぽかぽかしてて、目が覚めたときもほっとしたから……」
「……楽になるかなって思って」
「うん……ありがとう」
「っ?!」
 にっこりと、目を潤ませながら笑うゆたか。
「とっても安心したよー」
 少し潤んだ目で私を見上げるその姿は、とても儚げで――
「……う、うん」
 見ているだけで、さっき以上に心が高鳴っていく。
「あらあら、二人は仲良しさんですね」
「二人とも、お互い好きすぎだよー」
「だって、私はみなみちゃんが大好きだもん」
 大好き……?
「ゆたか……」
 ゆたかが、私を好き……?
「みなみちゃんは、大切な友達だから。もちろん、田村さんも大好きだよー」
「いやあ、ありがとありがと。というか、ふたりともお熱いねー」
「???」
 ああ、そういうことか。
 友達として、私が好き……
 ……どうして、落ち込む必要があるんだろう。
 いつものように、ゆたかが好意を向けてくれているのに。

 どこかもやもやとした気持ちを心に秘めて、私はそのままお昼休みを過ごすことになった……


 *  *  *


 がたごとと、揺れながら走るスクールバス。
 外に広がるのは田園風景。バスの中にいるのは、私とゆたか、田村さんだけ。
「♪~」
 その中で、ゆたかは私の手を握って嬉しそうに笑っていた。
「……そんなに、手を握るのが気に入った?」
「うんっ。みなみちゃんの手、ぽっかぽかしてて気持ちいいんだもん」
「……そう」
 あれから少し休んだゆたかは、すっかり元気になった。
 最初は無理してるのかと思ったけど、元通りの顔色を見てそれは心配しすぎだとわかった。
「もうさー、小早川さんも田村さんもほほえましすぎるよ」
「そうかな?」
「手を握り合って、にこにこ笑ったりあたたかく見つめてたり……おいしいネタすぎ……
いやいや、とってもほほえましいって」
「田村さんも、みなみちゃんの手を握ってみる?」
「いやいや、二人のお邪魔はやめときますよー」
「邪魔なんかじゃないのにー」
 ゆたかの言葉に、手をひらひらと振る田村さん。その頬は、なんだか赤く染まっていた。
 もしも、私の手でゆたかが元気になったのなら……それは、とっても嬉しいこと。
 この笑顔が見られるなら、私はいつでも手を握ってあげたい。
「でも、残念だなぁ……体育祭、先生からストップがかかっちゃった」
「ありゃりゃ、ダメだったんだ」


「ダンス以外の種目、全部埋まってちゃってたから」
「……まだ、来年も再来年もある」
 あんなに踊りたがっていたのに、出られないのは残念だけど……これで、学校生活が
終わりっていうわけじゃない。
「うーん……そうだよね。来年は、ちゃんと出られるようにがんばろっと。そういえば、
みなみちゃんと田村さんは何に出るか決まったの?」
「私は……ダンスと、午前最後のチーム対抗スウェーデンリレー」
「あー、あのランナーごとに距離が増えていくリレーかあ。でも、1年生から出るのって珍しいよね」
「……400mのタイムがよかったからって。長距離のほうになりそう」
「そうなんだー。めいっぱい応援するからね、みなみちゃん」
「……うん」
 ゆたかの笑顔に、力強くうなずいてみせる。
 きっと、その笑顔を思い出せばがんばれるから。
「私は障害物走なんだよねー。アメ食いもあるらしいし、顔が真っ白になりそうだよ」
「あー、あれってやっぱりそうなっちゃうよね」
「……助清」
「『犬神家ー!』とか言って客席に突っ込んで、勝負を捨てるのもアリかなー……いや、
そんなことやったら会場ドン引きだろうからやめとこ」
 私の言葉に、一人宙を見つめたり頭をふるふる振ったりする田村さん。もしかしたら、
その光景を想像したのかもしれない。
「応援してるからねっ、田村さん」
「小早川さんの笑顔があれば百人力だよ。ねっ、岩崎さん」
「うん……っ?!」
 何気なく頷いたけど、まるで心を見透かされたかのような言葉に、心臓がドクンとさざめく。
 確かに、ゆたかの笑顔は私も大好きだけど……いきなり、話を振られても……
「どうしたの? みなみちゃん」
「い、いや……なんでもない」
 慌ててそう言って、首をぶんぶんと振る。
 いつもはしないことだけど、こうでもしないと胸の鼓動はおさまりそうもない。
「ふむ……ま、いっか」
 何故か、納得するようにうなずく田村さん。よかった、これ以上追求されなくて……
 ……って、追求? 私が、何を追求されたらいけないんだろう。
 突然湧き出てきた考えに、落ち着きかけた頭の中がまた混乱していく。
「とりあえず、まずは目の前の体育祭をがんばるってことで。そろそろ駅に着きそうだから、
また明日だねー」
「うんっ。みなみちゃん、そろそろ降りるころだよ」
「……えっ?」
 言われて外を見ると、バスはロータリーをぐるっと回って駅の前につこうとしていた。
「ほら、行こう?」
 ゆたかは立ち上がって、にっこり笑いながら私の手を引っ張った。
「う……うん」
 それにつられて、私もゆっくり立ち上がる。
「いつもしてもらってるから、お返し」
「……そう」
 いつもは、私がしていることなのに……反対にされるのはなんだか不思議で、とても気持ちいい。
「ううん、今日はみなみちゃんにいっぱいお世話になったから。私には、こんなことしかできないけどね」
「ううん……」
 手を握ってくれてるだけでも十分すぎるのに、そんなお礼まで言われるなんて……
『はーい、着いたよー』
 運転手の人が、マイクで私たちに到着したことを告げる。
 いつの間にか、ドアまで開いてたんだ……
「あっ、ありがとうございます」
「お疲れさまですー」
「……ご苦労様です」
 口々に言いながら、私たちはぞろぞろとバスを降りた。
 その間も、ゆたかの右手は私の左手を握ったまま。
「はいっ、みなみちゃん。気をつけてね」
「……うん」
 先に降りていたゆたかに頷いて、ゆっくりとバスを降りる。


「ありがとう、ゆたか」
「どういたしまして」
 そう言って、お互いくすっと笑い合う。
「ふぉぉぉぉ……」
 そんなゆたかの後ろで、何故か悶絶している田村さん……大丈夫なのかな。
「それじゃあ、ここまでかな」
「……えっ?」
 ゆたかはそっと私の手を離すと、自分のカバンに手を入れて定期入れを取り出した。
 そっか……ここでお別れなのはさみしいけれど、そろそろ帰らなきゃ。
 私も、ゆたかにならうようにしてカバンから定期入れを取り出した。
 田村さんも取り出したのを確認して、自動改札を通る私たち。そのまま階段を昇って、
それぞれの乗り場への降り口の前で立ち止まって……
「みなみちゃんと田村さんは、向こうのほうだよね」
「そうだねー」
 下りホームへの階段前。そこで、今日はゆたかとお別れになる。
「今日は本当にありがとう。みなみちゃん、田村さん」
「……気にしないで」
「どんまいどんまい」
「うんっ。じゃあ、また明日ね!」
 ゆたかは手を振ると、ぱたぱたと階段を下りていった。
「ここまで元気なら、明日も大丈夫そうだね」
「……うん」
 田村さんの言葉に、私はこくんと頷く。
 ゆたかには、いつも元気であってほしいから。
「それじゃあ、私たちも帰ろっか」
 もう一度頷いて、私たちは上りホームへの階段を下りていった。
 手にはまだ、ゆたかが握ってくれていたぬくもり。それが、心までぽかぽかにしてくれる。
 このぬくもりは、ずっと大切にしよう。
 私はそう思いながら、田村さんといっしょに階段を下りた。
「あっ、岩崎さん」
「……?」
「ほらほら、向こうのホーム」
「……ゆたか?」
 田村さんに言われて下りのホームを見ると、ラッシュ前のまばらな人影の中にちょこんと
ゆたかが立っていた。
 笑顔で、私たちに手を振りながら。
「やっほー」
 田村さんも、笑顔でゆたかに手を振る。
 ゆたかが振っていた手は、さっきまで私の手を握っていたのとは違う左手。
 右手は、胸の前できゅっと握られたままで……
「あっ……」
 慈しむかのようなその仕草を見た瞬間、私の左手のぬくもりが強くよみがえる。
 だから、私もその手をきゅっと握りしめて……
「また、明日……」
 右手で、そっと手を振り返した。

 そんなゆたかの仕草が、私は好き。
 私たちを想ってくれるゆたかも、好き。
 だけど……それ以上のことが、心に浮かんでくる。

 一人の女の子として、ゆたかのことが好きになっていくと。

 友達としてだけじゃ、だめなの?
 今までどおりのほうが、いいかもしれないのに?
 自問自答してみても、答えは出てこない。
 私にしかわからないはずのことなのに……

 穏やかになりかけていた心を、迷いのしずくが波立たせる。
 そんな気持ちを抱えたまま、私たちの間を滑り込んできた電車が遮った。
















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  • 途中のひよりんの発言 田村じゃなくて岩崎じゃないとか思ったり 手を繋いでるのがほほえましいってやつ  -- 名無しさん (2007-09-29 18:54:44)

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