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あの日出逢った星空に(後)

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匿名ユーザー

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「ふー……、余は満足じゃ…………」
 七月七日、まだまだ暑い午後3時過ぎ。
 四肢を伸ばし、たるみきった格好で、こなたが満足げに呟いた。コップに入った冷たい麦茶を、ズズイッと喉に流し込んでいる。
 言葉通り先程までテンション高く騒いでいたこなたに対して、かがみは小さくため息をついた。

 5日ほど前にこなたが発言したとおりに、今日はお昼前から、かがみとつかさの誕生日会をしていたのだ。
 主要メンバーはかがみたちを入れて6人。こなたとみゆきに、ゆたかとみなみの4人が、柊家へとお祝いにやってきてくれていた。
 お昼は、こなたとみゆきが作ってくれたものを食べ、その後はこなたの企画したゲーム大会をしたり、母親とつかさが作ってくれたケーキを食べたりと(体重が心配だ)、ずっと騒ぎ続けていたところだった。
 今はようやく一息ついて、かがみも同じように麦茶を飲み込んだ。

「はあ……」
 もう一度ため息が出た。
「にしてもさー、かがみん」
「なに……?」
 さっきまでいろいろな物が置かれていたテーブルの向かい側で、こなたはかがみを見上げる。
 隣にはこなたの従妹のゆたかが座っていて、他の3人は台所で後片付けをしてくれている。
「なんか暗いよ?」
「……え?」
 言われてハッとする。もしかして顔に出てしまっていたのだろうか。

「はぁあ~……。せっかく私が機転を利かせて、こんな会を開いてあげたっていうのになー……。それじゃあまったく意味がないじゃないかぁ……」
「……ご、ごめん……」
 いたたまれなくなって、かがみは頬をかく。
「その、楽しくなかったわけじゃないわよ。十分面白かったし、すごく嬉しかったし……。ちゃんと元気だって出たんだから」
 それでも、暗く見えてしまっていたんだとしたら、申し訳なく思う。
 わざわざこんな事をしてもらったっていうのに……。

「いいんだよー、かがみん。所詮は私たちの力不足だったんだから。彼女のツンドラの如き心には、私たちの思いなんて何にも役には立ちはしなかったんだよ……」
「いや、……えっと……」
 視線が痛い。彼女の気遣いが届いていないわけが無いのだが、それでも落ち込んだ心はそう簡単に立ち上がれないときがあるのだ。
「あの……すみませんでした」
「え? あー……」
 ゆたかは、おろおろと二人のことを見比べたあと、申し訳なさそうにかがみに頭を下げた。
「いいんだよ、ゆーちゃん。あの雪の女王さまには何を言っても無駄なんだ。俺たちの熱いビートも届きゃしねえ……」
 俺たちにもっと、力があったならば……と、こなたは悔しそうに歯噛みする。
「あんたは励ましてくれるのか、けなしたいのかはっきりしろよ……」
 ついていけなくなってかがみは頭を抑えた。

 今日の天気は絶好、快晴、洗濯日和。暑い日ざしが目に染みる。
 夜も雨は降らないらしく、星空が綺麗に見えるかもしれないとのことだ。
「つかさもなんか元気なかったしねー」
「つかさが?」
 こなたの言葉に、かがみは驚く。
 昨日の夜あんなことがあったけれど、でも朝起きたときの彼女は、そんなそぶりは一つも見せてはいなかったはずだ。
 それともそんなことに気付かないほど、自分のことしか考えていなかったっていうのだろうか。

「ちょっとだけ、だけどさ。……なんかあったのん?」
 ほれ、話してみなさいな、とこなたは言う。ゆたかは隣でキョトンとしながら二人の様子を伺っていた。
「別に心配されるような事はなかったんだけど……」
 台所の方からみゆきの声が聞こえた。それに答えるように、つかさの声も。
「昨日言ってた事……、あの子に話したのよ」
「これからは容赦しないから、って?」
「まあ……」
 全然ニュアンスは違いますけど。
 だが、そこはあえて触れない。
「それで、ちょっとね……」
 水滴が付いて、濡れたコップを手に取って口をつける。
 冷たく冷えた水分が、喉を潤す。

 まだ、迷っていた。
 迷っているというより、……納得が出来ていないと言うんだろうか。
 自分でも、この気持ちが判らなかった。
 間違ってなかったはずだ。
 あの子のためにも、これでいいはずなんだ。
 なのに、こんなにも胸が苦しくなってしまう。

 私の気持ちなんていらないはずなのに、これでいいんだと決めたはずなのに。
 何かがひっかかって、心を曇らせる。
 いいんだよ、これで。
 言い聞かせる。
 嘘をついてるわけじゃない。
 素直にあの子を想っているはずなんだ。
 何も間違ってなんかいないはずだよ……。
 なのにこんなにも、――不安が胸を、押しつぶす。

「……『昔はよかった、じゃなくて昔"も"よかった』……」
「え……?」
 いつのまにか下げていた顔を上げると、こなたがじっと見つめていた。
「あるマンガの受売りだよ。ちょっとニュアンス違うかもしれないけどね」
 言ってこなたは微笑む。
「あの頃はよかった、って思う日が来るかもしれないけどさ、……その未来にも、いいと思えることがあるんじゃないかな?」
「………」

 未来はわからない。
 今はこんなに苦しんでいても、明日には笑顔になっているかもしれなくて。
 今日のこの楽しかった時間を、いつか振り返る日が来たときも、その日にも同じくらいに楽しい事があるかもしれない。
「……それくらい、知ってるつーの」
 こなたの視線を受け返す。そして、彼女に向かって笑みを浮かべた。
「でも、まあ……、ありがと」
 こなたは満足そうに、にやりと笑った。ゆたかもほっと胸を撫で下ろしている。

 こなたでは無いけれど、“時に優しく時に残酷に、時間はすべてを変えていくもの”なんだ。
 だからいずれ、この気持ちも消えてくれるのだろう。
 この痛みも、薄らいでいくんだろう。
 これでよかったと、思えるんだよ。
 そう……、きっと時間が証明してくれる。
 コップに手を伸ばして、残っていた麦茶を飲み干した。
 だけど、

「………」

 だけど、本当にそうなんだろうか――。




       ♪




「まあそんなかがみも、私のプレゼントを受け取ったら、そんな考えはしていられなくなるだろうけどね」
 コップを手でくるくると回しながら、こなたが得意そうに言う。
「そういや、あんたのプレゼントは、いつになったら貰えるの?」
 みゆき達からは、すでにもうプレゼントを受け取っていたのだが、まだこなたからは貰っていなかった。
 なんでもとっておきだから、と言っていたのだけど、そろそろその正体が気になってきた。
 今は特にそれらしいものは持っていないのだが……。
「まあ、そんなにがっつかなくてもさ。ちゃんとプレゼントしてあげるから。――そろそろ来るはずなんだけど……」
 そう言いながら、こなたが時計を見上げて、

 ――ピンポーン

 と玄関のチャイムが鳴った。
「さすがお父さん……。お約束を忘れない男だよ」
「……お父さん?」
 言ってこなたは立ち上がり、玄関へと向かう。それにつられて、かがみもそのあとを追った。
 玄関先では、こなたの父親のそうじろうが両親と挨拶をしていた。

「お父さん、例のブツは無事かね!?」
「おうっ。必ず現場へと無事に届ける……。それがプロの運び屋ってもんだろぉ」
 お互い親指を立てながら、任務の完了を伝え合う泉親娘。
 相変わらず高いテンションですね、おじさん……。
「それじゃあ、かがみん。――見て腰を抜かしたりしないでね?」
 そう言ってこなたは、靴を履き玄関を飛び出す。
 騒ぎを聞きつけて、つかさが「どうしたの?」と玄関まで出てきた。
「なんかまた、こなたがするみたいなのよ……」
 はぁ、と何回目かのため息をついて、靴を履いて、つかさと一緒に玄関を出た。



 柊家の家の前には、こなたのところの車が止まっていた。
 小柄な身体をめいいっぱいに使って、こなたがトランクを持ち上げる。
 そして見えたのは。
「あ……」
 つかさが、声をあげた。
 視界に入ってきたのは緑色の物体だった。
 車の中を、助手席の方まで埋め尽くしているそれは――。
「……笹?」
 今度はかがみが声を上げた。圧巻されてというよりかは、半ば呆れかえって。
 それはいわゆる、「笹」だった。
 七月七日、七夕の日――今日という日に最も全国的に使われる物体。
 それが車の中に収まって、運ばれてきていた。
 ちなみに飾りつけもしっかりとされている。

「……これが……、プレゼント……?」
 振り返って、得意げなこなたに聞く。
「うんっ」
 すんごい笑顔だった。
「かがみたちの御両親にも、庭に設置していいか許可は取ってあるから、大丈夫だよ?」
 そして用意周到。
「短冊もここに用意して奉る。ささ、皆のもの、いざお願い事を吊るそうではないか!」
 どこから取り出したのか、短冊を決闘者顔負けに手に持ち、こなたが叫ぶ。
 泉父は車から笹を運び出し始めていた。
 つかさは隣で、目を丸くしながら笹の葉を見つめていた。
「かがみー?」
 どうよ、としたり顔で、こなたはかがみの顔を覗き込む。
 かがみは額に手を当てて、頭をゆっくりと振った。
「ったく……、どっから突っ込んでいいのやら……」
 そう言いながら顔を上げたかがみは、それでも笑みを浮かべていた。




       ♪




「――お前の夢は、なんだ?」
 その声にかがみが振り返ると、そこには、まるで黒ゴーグルとコートを纏っていそうな人物のポーズをとりながら、手を銃の形にしているこなたがいた。
「……わたしの夢は、わたしが居て…………。…………ってなぁ…………」
 もはやノリ突っ込みもめんどくさくて、かがみは元の作業に戻った。
 あれから泉父によって庭に笹が設置されている間に、全員で短冊にお願い事を書く事になったわけで。
 そして、インドア派の泉父が夏の暑さに殉職したのを見届けた後、こうして笹の葉に短冊を吊るしていたところだった。
 笹の全長は車体に納まるくらいだから、それほど大きくはなく、せいぜい2~3mといったところだろう。
 さすがにてっぺんには、脚立でも使わないと届かないが、こうして庭に置くにはちょうどいいサイズかもしれない。

「……よしっ」
 たこ糸をしっかりと結び、短冊を笹の葉に吊るした。
 こんなものが出てきたというのに、みゆきたちがあんまり驚いていないと思ったら、全体に付けられている飾りは、かがみたち以外でやったのだという。
 にしても、こんなことを思いつくなんて相変わらずぶっ飛んでいるというかなんというか……。
 しかもあの短期間でここまでするとは。
 でもなんだかそれが、場違いに嬉しかった。

「ちょっと、かがみん……。せっかくかがみの好きなラノベネタを振ってあげたっていうのに……、そんなんじゃダメだよー」
 放置されたのがイヤだったらしく、こなたは頬を膨らませる。
「よしっ、それじゃあ、テイク2! ねえ、あなたの夢をきか」
 こなたの言葉が途中で遮られる。
「ひはっいよ、くぁぐぁみんみん……」
 さっきまで膨らませていた頬を両方から引っ張った。こなたの顔がなんか変な形になる。
 というか、こいつのことだから、どうせアニメかマンガの方だろ……。
 むにむにといじり倒した後、こなたを解放する。「痛いよ……」と言いながら、こなたは塞がった両手を頬に当てる。

「……あんた、それ全部吊るすのか?」
 もう一枚、短冊を吊るそうと作業に戻ろうとして、こなたの手に抱えられた短冊に目をやる。
 器用に脚立を設置するこなたは、10枚ぐらい短冊を手に持っていた。
「うん。どうせこんなときぐらいしか、人様になんかして貰える事なんてないしねー。遠慮はしてらんのです」
 そう言いながら、短冊を吊るし始める。
 庭先から見える部屋の中では、つかさとゆたかが、お願い事を必死に考えていた。
 ちなみにみゆきはもう吊るし終わり、みなみはゆたかに付き添っている。

「それで、かがみはなんて書いたの?」
 一つずつ短冊を吊るしながら、こなたがかがみに聞く。
「ん? えっとね」
「お嫁さん?」
「違うわよ」
 糸を結び終え、手を下ろす。
「全員無事に進学できますように、っていうのと……」
 夏の太陽が、そろそろ低くなり始めていた。
 少し風が出ている。
 ザザァ……と笹の葉が揺らめいた。
「あと……、……つかさが夢を叶えられますようにってね」
「……ふーん……」
 こなたは特に、かがみのほうに視線を向けるわけでもなく、黙々と短冊を吊るし続けている。

「ねえ、かがみ」
「なに?」
「そうやって、私たちのことを思ってくれるのはいいんだけどさー……。――かがみ自身はどうなの?」
「……え?」
「自分がどうなりたいとか、どうしたいとかさー、……かがみ自身がこうありたいってことは無いの?」
 こなたは手を止めると、脚立から降りる。
 そしてそれを担ぎ、かがみの後ろを通って反対側に運び、またのぼり始めた。そしてもう一度、短冊を吊るす作業を再開する。

「……人のことを考えるのもいいけどさ。……たまには自分の“願い”も考えてみたら?」
 ――自分の……?
 視界の端で、さっき吊るした自分の短冊が揺れていた。
「もう少しぐらい自分に素直になったって、バチは当たんないと思うけどね……」
「………」
 それからこなたは、何も言わずに短冊を吊るし続けた。さっきの以外にも隠し持っていたらしく、今ではほとんど彼女の短冊で笹が埋まっていた。
「まあ、そう簡単に素直になれないところが、ツンデレだと思うけどね」
「……ツンデレ言うな」
 全部吊るし終え、こなたは脚立から降り立つ。
 一汗かいたー、と額を拭っていた。

「お姉ちゃーん。その脚立使える?」
 ようやく書き終わったのか、ゆたかが庭に下りてきて、こなたに聞いた。
 後ろには、一緒にみなみも付いてきている。
「よし、ゆーちゃん。どうせだから、一番上のほうに飾ろうか」
「え……?」
「一番上のほうが叶う気がするって誰かが言っていた! 大丈夫、ゆーちゃんなら出来る!!」
 そう言いながら、こなたはゆたかを強制的に脚立に登らせる。でもゆたかはこなたの無茶なフリに戸惑っている。というか、危ないぞ……。

「……代わりにやろうか?」
 見るに見かねたのか、みなみがゆたかに助け舟を出した。彼女の身長なら十分頂上まで届くだろう。
 一人テンションの高いこなたに振り回されるゆたか達の姿を見ながら、かがみはそっとため息をついた。
 そこへつかさが、かがみの横へとやってきた。
「……書けた?」
「うん」
 つかさはそう言って笑顔を浮かべる。
「………」
 確かにかすかだけど、元気が無いように感じるのは錯覚だろうか。
 つかさは「吊るしてくるね」と言って、こなたたちとは逆のほうへと向かった。
 ――私自身の、願いね……。
 目の前では、みなみが頂上を征服したのを見て、こなたが親指を立てて賞賛していた。




       ♪




「だいぶ飾り終わったねー?」
 つかさが、笹を見上げて嬉しそうに言った。
 折り紙などで作られた飾りを纏い、さっき書いた短冊を吊るした笹は、なかなかにさまになっていた。
 全員庭まで出てきて、完成した姿を見つめる。

「よしっ! じゃあお父さん、最後のあれを!!」
 突然こなたが叫んだ。と、同時に部屋の中から泉父が飛び出してきた。
「あれ、……だな?」
「いえーす……」
 二人の目が、キラーンと光った気がした。
「まだなんかあるのか?」
 そうじろうが車の方へ何かを取りに行くのを見送りながら、胡散臭そうな目でこなたのことを見る。
 みゆきたちも顔を見合わせているから、彼女達も知らない事なんだろう。

「ねえ二人とも。今日は楽しかった?」
 首をかしげながらこなたが、かがみとつかさに訊いた。
「うんっ、すっごく楽しかったよ。ありがとう、こなちゃん」
 つかさは言葉通り、満面の笑みを浮かべて言った。
「そうね、こなたにしてはいい思い付きだったんじゃないのかしら」
 かがみも同じように笑みを浮かべる。
 さっきは暗い顔をしてしまったかもしれないけれど、でも本当に嬉しかったと思う。
 高校生最後の年に、すごくいい思い出ができた。

「そっか、よかった……」
 目を細めながら、こなたは呟いた。
「じゃあ、それならさ――」
 泉父が庭まで戻ってきた。
 その手には、というか肩には――大きなカメラを担いでいた。
 顔に浮かんだ笑みを、いつものあの笑みに変えながらこなたは言う。


「思い出は、形にして残さないとね!」





       ♪





「それじゃあ、今日の主役は真ん中にー」
「お、おい。わかってるから、そんな押すなっつーの」
 笹の葉をバックに、6人で並ぶ。こなたがそれぞれの位置を指揮して声を上げた。
「……なんかいいね、こういうの」
 つかさがニコニコとしながらかがみに言う。
「まあ、そうね」
 かがみも笑みを浮かべてそう返す。
 二人が真ん中に座り、こなたがその後ろに立つ。右側の、かがみの方にゆたかとみなみが並び、つかさの脇にみゆきがたたずむ。
「おしっ。――お父さん、お願ーい!」
 位置取りに納得したようで、こなたが前で準備をしている父親に叫んで言う。
「よーし。それじゃあ撮りますよー」
 泉父がカメラを覗き込む。
「――かがみ、つかさ」
「なに?」
「……?」
 二人で、そろってこなたを見上げる。
「あらためて……、――お誕生日おめでとう」

 そう言って、こなたがそっと微笑んだ。





       ♪





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