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in old days...夏の友

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匿名ユーザー

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どうして世の中って、納得いかないことばかりなんだろう。
例えばこれ、夏の友。
楽しい夏休みの唯一の障害であるこれを、誰が「友」なんて名付けたんだろう。
蝉の声響く中、滴となって落ちそうな汗を拭い、夏の友と闘う私。
そしてもう一つ、私が納得できないもの。
あれだけダメ人間なのに恵まれていて、しかもその自覚のない人間。
「ごめんください。そうくん居ますか?」
そう、うちのダメ兄貴だ。

「あ、ゆきちゃん。元気だった?」
玄関先で微笑む兄貴の幼馴染み、かなたさん。
大きな麦藁帽子に白いワンピース。私の憧れる長いサラサラした髪。
かなたさんが微笑むだけで、うちの玄関先がぱぁっと華やぐよう。
「あ、ごめんなさい。うちのダメ兄貴。朝っぱらから釣竿抱えてどっか行っちゃいました」
「えーっ、もう、そうくんったら。今日は勉強見てあげる約束だったのに」
うちの兄貴のことだ。
勉強が嫌で逃げ出したんだろう。
酷いことだ。せっかくかなたさんが勉強みてくれるっていうのに。
「あ、でもすぐ戻ってきますよ」
私の言葉に疑問符を浮かべるかなたさん。
ポケットから取り出したのは、兄貴お気に入りのルアー。
「兄貴の釣り道具からこっそりこれ隠しておきました。
 買ったばかりで使いたくて仕方ないみたいなんで、きっと取りに帰ってきますよ」
こんなこともあろうかと……だ。
朝からコソコソしてたから、絶対何かあると思った。
びっくりまなこで私の手のひらのルアーを見るかなたさん。
「それで、良かったらなんですけど、兄貴が帰ってくるまで私の勉強、
 見てくれませんか?」

かなたさんの教え方はとっても分かりやすい。
遅れ気味だった勉強の予定も、かなたさんに教えてもらいながらだとすいすい進む。
「えっと、ここがこうなるから……16……ですか?」
「正解。よくできました」
かなたさんに褒められると、ますますやる気が沸いてきちゃう。
「せっかくかなたさんが勉強教えてくれるのに、どうして逃げ出しちゃうかな。
 あの馬鹿兄貴は」
「ちょっと言い過ぎ……だけどもうちょっとやる気出してくれると
 嬉しいんだけどね、そうくんは」
困ったように笑うかなたさん。
こんなにも綺麗で、気が利いて、勉強も教えてくれるのに、一体どこが不満なん
だろう。
「あーあ、かなたさんが本当のお姉さんになってくれればいいのに」
そう言ったとたん。かなたさんの顔が急にゆでだこみたいに真っ赤になる。
あれ、私変なこと言ったっけ?
数秒考えて……その原因に思い当たった。
ははーん、なるほどね。
「ねぇ、かなたさん。どう思ってるんですか、実のところ」
「え、えと、そうくんはただの幼馴染みで、えっと……」
あ、誰とも言ってないのに自爆しちゃって。
兄貴、こんな美人に好かれちゃって、羨ましいぞ、この。
「それに、ダメなんだよ。私、私なんて……」
「どうしてですか?かなたさん綺麗だし、勉強もできるし……」
かなたさんは首を振る。
俯いたかなたさんの、悲しそうな目。
「私ね、病気だから。お医者さんに言われてるんだ。大人になるまで生きられるかも分からないって。
 今でもそうくんに迷惑かけてばかりなのに、ダメだよ。これ以上そうくんを縛れないよ……」
かなたさんはギュッと胸に手を当てる。
かなたさんが体が弱いのは知っていた。
でも、そんな、大人まで生きられないなんて。
うちの家系も何人かに一人、病気を抱えて産まれてくる。
うちの叔母さんも、若くして死んじゃった。
大人になるまで生きられないかもしれない。
それはどんなに辛いことなのか。
軽々しく、分かるなんていえない。
「ごめんなさい。私……」
俯いた私の頭に、ぽんとかなたさんの手が置かれる。
「ありがとう。ゆきちゃん。ゆきちゃんもそうくんのこと、大好きなんだよね」
あれ、え、えーっ。ちょっと、なんかでそんな話になってるの?
「ゆきちゃん、いつもそうくんの事見てるし、いつもそうくんの事気にかけてるし」
「そ、それは目を離してると兄貴は何しでかすか分かったもんじゃないし、
 そんな私お兄ちゃんのことなんて……」
うっ、間違えた。お兄ちゃんじゃなくて、兄貴、兄貴。
そうだ、兄貴は関係なくて、
「別に、私が好きなのはかなたさんで、お兄ちゃんは関係ないんです!!」
……空気が凍った。
あ、ああ、言っちゃった。
だ、だって、あんなこと言われたら……
でも、どうしよう。かなたさん、絶対引いてるよね。
だって女の子同人だよ。
絶対変に思ってるよ。
でも、好きなんだもん。
綺麗で、勉強ができて、優しくて、そんなかなたさんが、大好きなんだもん。
涙が溢れそうになる。
弁解しようとしても、声が出ない。
そんな私を、フワッと包み込むもの。
「ありがとう、ゆきちゃん。私もゆきちゃんのこと、大好きだよ」
ギュッと抱き締めてくれる、かなたさんの感触。
温かい体温と、伝わる鼓動。
「私もね、ゆきちゃんのこと、大好きだから。そうくんもみんな。だから、
 ずっと側にいたい、長く生きられなくても、最後まで」
かなたさんは、生きている。
たとえ、長く生きられないとしても、今この体に伝わってくる鼓動は本物。
だから、少しでも大切にしたい。
かなたさんと一緒にいられるその時を。
ガラガラ……と、玄関の開く音。
ビクッと抱き合った姿勢の私達は離れる。
「おーい、ゆき。お前また勝手に俺の釣り道具いじっただろ」
ふてぶてしい声。
襖を開けたうちの馬鹿兄貴は、そこで凍り付く。
「あ、えっと、かなた……さん?」
「おかえりなさい。そうくん。一体どこをほっつき歩いていたのかな」
「え、いやいや。誤解だって。俺はな、ちょっと気分転換に……」
「あー、そうなの。人がせっかく勉強教えてあげるっていうのに、そうなんだ……」
あの、かなたさん。後ろに黒いオーラ出てますよ。
「そうくん、今日という今日はみっちりやりますからね!!」
かなたさんにしっかりと油を絞られる馬鹿兄貴。
いい気味だ。とことんやっちゃってください。
二人の喧騒を後ろに、小さくため息をつく。
でもね、かなたさん。
かなたさんの"好き"と私の"好き"は、きっと違いますよ。
そんなことも、この空気じゃ言い出せない。
まったく全部、うちの馬鹿兄貴のせいだ。














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  • 珍しい視点で新鮮 -- 名無しさん (2009-11-09 00:36:42)

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