- 24.定義しよう!
どうしてだろう。
どうして……こうなったんだろう。
私はただ、取り戻したかっただけなのに。
いつもの世界を。
何気く享受していた、当たり前の世界を。
それだけ、なのに……。
『目覚めても、もう』
みゆきの言葉が頭の中で反響する。
嘘だ。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ!
『動く事も、喋る事も出来ないそうです』
言葉の刃が、私を切り裂いていく。
ゆっくりと鈍い痛みが全身を襲う。
私が求めた、平穏な日常。
それがもう戻ってくる事は……なかったんだ。
戻ってくるのは、苦痛と絶望の日々。
機械に繋がれ、同じ天井を見続ける一生。
そんなの生きてるって、言えるの?
肉の塊と、何が違うの?
それに……つかさ。
狭い病室の一室で、彼女は今……その命の灯を消そうとしている。
長い間隔で聞こえてくる音は彼女の命の音。
それが今にも、途切れそうで怖かった。
私は、ただ待つしか出来ない……『彼女』が現れるのを。
来る……絶対に、彼女は現れる。
私がそうだったように。
ゆたかちゃんがそうだったように。
そしてその時は……すぐにやってきた。
「あ……」
間抜けな声が、私から漏れた。
その姿は、天使と呼ばれるにふさわしいものだった。
まるで光に包まれたような、そんな光景。
そこに彼女は、現れた。
「しばらくですね……かがみ」
「……うん」
零れそうになった涙を必死に堪える。
今は、泣いてる場合じゃない。
そうだ、そんなのは全部……後にするって決めたんだ。
「お願い……つかさを、助けて」
「……」
声を振り絞る。
今のつかさは、私と……ゆたかちゃんと、同じ。
今にもその命の灯を、消そうとしている。
「出来るんでしょ? ……お願いっ!」
必死に懇願する。
いつか、天使は言った。
私には、生き続けるチャンスがあると。
それならつかさにだってある!
だけど……言葉を失った。
「……それは、できません」
彼女が首を横に振った。
視界が歪む。
世界が、歪む。
強烈な吐気が私を襲い、頭の中で何かが壊れていく。
今……何て?
「なっ……何でっ!?」
思わず叫んだ。
彼女にしか、聞こえない声。
それでも彼女は、私から眼を逸らさなかった。
「かがみ、彼女は自ら死を選んだんです……そしてそれは、罪」
その眼に、いつもの優しさはなかった。
悲しそうな眼で、私を見る。
「そんなの関係ないっ! つかさは、駄目。死んだら……駄目なの!」
我慢していたはずの涙が零れた。
自分で言って、矛盾を感じる。
分かってた。
だって、そうでしょ?
いくら生き返ったって、また同じ。
つかさはまた、絶望に飲まれ……自ら命を投げる。
それなら、今と同じだ。
また同じ事をずっと、繰り返すだけ。
「お願い……私、説得してみせるから! もう自分から死んだら駄目だって!」
「……」
ねぇ、どうしてそんな顔するの?
うんって言ってよ。
いつもみたいに……笑ってよ。
馬鹿みたいな、空気の読めない台詞でうんって言ってよ!
お願い……お願いっ!
「かがみ」
そして、その悲しそうな表情のまま彼女は言う。
私の全てを、絶望で包む言葉を。
「……もう、間に合わないんです」
それと同時だった。
長い機械音が響くのが。
つかさの生命を終える音が……響いたのは。
暖かい何かが……私を包んだのは。
包んでくれた天使の両腕に身を任せて、私は泣いた。
彼女の暖かさに包まれながら。
何処かで覚えのあるその感覚に、身を任せながら。
どうして……こうなったんだろう。
私はただ、取り戻したかっただけなのに。
いつもの世界を。
何気く享受していた、当たり前の世界を。
それだけ、なのに……。
『目覚めても、もう』
みゆきの言葉が頭の中で反響する。
嘘だ。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ!
『動く事も、喋る事も出来ないそうです』
言葉の刃が、私を切り裂いていく。
ゆっくりと鈍い痛みが全身を襲う。
私が求めた、平穏な日常。
それがもう戻ってくる事は……なかったんだ。
戻ってくるのは、苦痛と絶望の日々。
機械に繋がれ、同じ天井を見続ける一生。
そんなの生きてるって、言えるの?
肉の塊と、何が違うの?
それに……つかさ。
狭い病室の一室で、彼女は今……その命の灯を消そうとしている。
長い間隔で聞こえてくる音は彼女の命の音。
それが今にも、途切れそうで怖かった。
私は、ただ待つしか出来ない……『彼女』が現れるのを。
来る……絶対に、彼女は現れる。
私がそうだったように。
ゆたかちゃんがそうだったように。
そしてその時は……すぐにやってきた。
「あ……」
間抜けな声が、私から漏れた。
その姿は、天使と呼ばれるにふさわしいものだった。
まるで光に包まれたような、そんな光景。
そこに彼女は、現れた。
「しばらくですね……かがみ」
「……うん」
零れそうになった涙を必死に堪える。
今は、泣いてる場合じゃない。
そうだ、そんなのは全部……後にするって決めたんだ。
「お願い……つかさを、助けて」
「……」
声を振り絞る。
今のつかさは、私と……ゆたかちゃんと、同じ。
今にもその命の灯を、消そうとしている。
「出来るんでしょ? ……お願いっ!」
必死に懇願する。
いつか、天使は言った。
私には、生き続けるチャンスがあると。
それならつかさにだってある!
だけど……言葉を失った。
「……それは、できません」
彼女が首を横に振った。
視界が歪む。
世界が、歪む。
強烈な吐気が私を襲い、頭の中で何かが壊れていく。
今……何て?
「なっ……何でっ!?」
思わず叫んだ。
彼女にしか、聞こえない声。
それでも彼女は、私から眼を逸らさなかった。
「かがみ、彼女は自ら死を選んだんです……そしてそれは、罪」
その眼に、いつもの優しさはなかった。
悲しそうな眼で、私を見る。
「そんなの関係ないっ! つかさは、駄目。死んだら……駄目なの!」
我慢していたはずの涙が零れた。
自分で言って、矛盾を感じる。
分かってた。
だって、そうでしょ?
いくら生き返ったって、また同じ。
つかさはまた、絶望に飲まれ……自ら命を投げる。
それなら、今と同じだ。
また同じ事をずっと、繰り返すだけ。
「お願い……私、説得してみせるから! もう自分から死んだら駄目だって!」
「……」
ねぇ、どうしてそんな顔するの?
うんって言ってよ。
いつもみたいに……笑ってよ。
馬鹿みたいな、空気の読めない台詞でうんって言ってよ!
お願い……お願いっ!
「かがみ」
そして、その悲しそうな表情のまま彼女は言う。
私の全てを、絶望で包む言葉を。
「……もう、間に合わないんです」
それと同時だった。
長い機械音が響くのが。
つかさの生命を終える音が……響いたのは。
暖かい何かが……私を包んだのは。
包んでくれた天使の両腕に身を任せて、私は泣いた。
彼女の暖かさに包まれながら。
何処かで覚えのあるその感覚に、身を任せながら。
狭い部屋の中で、皆のすすり泣く声がただ響く。
お父さんが泣いてるのを、初めて見た。
お母さんも泣いていた。
いのり姉さんも、まつり姉さんも。
皆が寄り添って……泣いていた。
その輪の中に、私は居ない。
もう……その輪の中に入ることもない。
つかさも同じだ。
その顔の、白い布の下にはきっと……笑顔が広がってる。
そんな淡い願いが叶うはずもなくて。
私はただ、皆の声に心を絞られていくだけ。
「私……ね」
今私は……暖かい両腕に包まれている。
母のそれにも似た感触に身を任せている今だけは、心を切り刻む痛みが和らいだ。
涙がよくもこれだけ出るものだと思った。
溢れ続ける涙が彼女の服を汚していく。
それでも彼女は、包んでくれた。
「生き返ってももう……駄目、なんだって」
その暖かさの中で、思わず漏らした。
これが彼女に漏らす初めての弱音だったのかもしれない。
「生き返っても、もう動けない……喋れない。そんなの、死んでるのと同じ」
彼女にどれだけ伝えても、今ある現実が変わるわけじゃない。
だけど、聞いてしまった。
その答えを求めて、聞いた。
「私、分かんない……生きてるって、どういう事なの?」
「……」
そんな機械の管に繋がれた体で、本当に生きてるって言える?
じゃあ死んでる?
分からない。
そんなの……答えなんて、あるの?
「……昔の、話です」
ようやく天使が口を開いた。
重なった体から聞こえる声が、私に響く。
そしてまるで子供に昔話を教えるように、ゆっくりと。
静かに語りだした。
「私は二人の少女に出会いました……そしてそのどちらもが、その答えを見つけました」
昔を懐かしむような言葉。
彼女にもそういう感覚があるのだろうかと、少し不思議だった。
「一人は希望の少女、どんな辛い運命に取り囲まれても……諦めることを決してしなかった少女」
天使は言う。
その少女を取り囲む運命は、凄惨なものだったと。
それでも少女は絶望の闇の中に、光を見つけたと。
「彼女は見つけました。生きるとは辛い運命に立ち向かう事……抗う事、戦う事だと」
そして……全ての絶望を、打ち破ったと。
「もう一人は絶望の少女、悲しい運命に壊れ……世界を壊そうとした少女」
その少女もまた、過酷な運命に覆われていたと天使は言う。
それは誰にも、どうしようも出来ない現実だったと。
「だけど彼女も見つけました……生きる事は、有限だと。有限が紡ぐ、無限だと」
その二人の少女……それが誰だかなんて、私には分からない。
だけど、少しその二人が羨ましかった。
その少女達は見つけたんだ。
生きることの、意味を。
「それが答えです……生きるという事、死ぬという事、それは人が身勝手に定義した概念でしかないんです」
生きる。
死ぬ。
それは、人が作った言葉でしかない。
言葉という概念。
それに囚われている以上それは、概念の枠を超えることはない。
「永遠の時間の中から見れば、人の言う生とは刹那……それでも人はそれを定義し、それ以外さえも定義する」
……。
少し、分かった気がする。
彼女の言葉の意味。
生きる事の……意味。
「前に言いましたね? 人は意識で人を殺す……その人が持つ、悪意で」
私だってそうだ。
誰かの意識で……誰かの悪意で、殺された。
「なぜなら人は、意識がある」
ううん、それが悪意かは分からない。
でも、何かの意思は確かに感じる。
何かの意思が、私を殺そうとした。
「だから人は生を定義出来る……人だけがそれを出来るんです」
少女たちは定義した。
立ち向かう事だと。
有限だと、無限だと。
「人にしか出来ない事、それが……人の生きている証だと私は思います」
天使が私に言う。
生きるいう事。
それは、生を定義すること。
……生きる意味を、見つけること。
ただ『生』とだけ定義するのもいいだろう。
ただの言葉として……受け入れるのも一つの道だろう。
それも定義の、一つなのだから。
「では、かがみ」
そして天使が、私に問いかける。
「貴方に出来ますか? 生の、定義が」
「……無理よ」
また零れた涙が、天使の服を濡らしていく。
それに気付いたのか、私を包む腕に力が入るのが分かる。
「私には、無理。その子たちみたいには……なれない」
私にはもう、何もない。
動ける自由も、喋れる自由も。
そんなの生きてなんかいない……死んでるのと、同じだ。
「いいえ、貴方にならきっと出来ます」
「……そんなのもう、意味なんかないじゃない!」
生を定義したから、何だって言うの?
そんなのを見つけたから、何だって言うの?
今更そんなの、意味がない。
誰も帰らない……現実は、変わらない。
私は死んでる。
もう、死んでるんだ!!!
「……かがみ」
私の嘆く声を、彼女の声が止める。
そして抱きしめていた両腕が、離れた。
まだずっと、抱きしめて欲しかった。
でも、そんな言葉を言えるはずもなくて。
涙をただ、堪えることしか出来なかった。
「全てを諦めるのも、貴方の自由……その術を、貴方は知っているはずです」
私の心の靄を、天使が見抜く。
そう……私は選ぶことが出来る。
私は、朧な存在。
こなたという存在が繋いでいるだけの、惨めな存在。
このままずっとこの場所に居れば……私は消える。
本当に……死ぬことが出来る。
「それが貴方の選んだ道なら、私はそれを受け入れます」
天使の言葉が私の心を締め上げられていく。
彼女は私を助けてくれた。
零れ落ちる命を……拾い上げてくれた。
なのに私はそれを、裏切ろうとしている。
「ですがもし、立ち向かうことを決めたなら……もう一度」
彼女の手が、私に伸びた。
彼女と視線が合う。
その顔は……笑顔だった。
「もう一度、笑ってください」
彼女の指が、私の涙を拭う。
「私は笑っている貴方が好きです。その笑顔を見るためなら、永遠の輪廻の道すらも耐えられる。幾億の破滅の道さえも、共に歩ける」
「えっ……?」
その言葉の意味が分からず、狼狽する。
だけどその戸惑いが伝わったのか、天使の手が私から離れた。
残った暖かさが、名残惜しかった。
「ゆたかの下に戻ります……願わくばもう一度、会えることを」
最後にその言葉を残して、天使は消えた。
お父さんが泣いてるのを、初めて見た。
お母さんも泣いていた。
いのり姉さんも、まつり姉さんも。
皆が寄り添って……泣いていた。
その輪の中に、私は居ない。
もう……その輪の中に入ることもない。
つかさも同じだ。
その顔の、白い布の下にはきっと……笑顔が広がってる。
そんな淡い願いが叶うはずもなくて。
私はただ、皆の声に心を絞られていくだけ。
「私……ね」
今私は……暖かい両腕に包まれている。
母のそれにも似た感触に身を任せている今だけは、心を切り刻む痛みが和らいだ。
涙がよくもこれだけ出るものだと思った。
溢れ続ける涙が彼女の服を汚していく。
それでも彼女は、包んでくれた。
「生き返ってももう……駄目、なんだって」
その暖かさの中で、思わず漏らした。
これが彼女に漏らす初めての弱音だったのかもしれない。
「生き返っても、もう動けない……喋れない。そんなの、死んでるのと同じ」
彼女にどれだけ伝えても、今ある現実が変わるわけじゃない。
だけど、聞いてしまった。
その答えを求めて、聞いた。
「私、分かんない……生きてるって、どういう事なの?」
「……」
そんな機械の管に繋がれた体で、本当に生きてるって言える?
じゃあ死んでる?
分からない。
そんなの……答えなんて、あるの?
「……昔の、話です」
ようやく天使が口を開いた。
重なった体から聞こえる声が、私に響く。
そしてまるで子供に昔話を教えるように、ゆっくりと。
静かに語りだした。
「私は二人の少女に出会いました……そしてそのどちらもが、その答えを見つけました」
昔を懐かしむような言葉。
彼女にもそういう感覚があるのだろうかと、少し不思議だった。
「一人は希望の少女、どんな辛い運命に取り囲まれても……諦めることを決してしなかった少女」
天使は言う。
その少女を取り囲む運命は、凄惨なものだったと。
それでも少女は絶望の闇の中に、光を見つけたと。
「彼女は見つけました。生きるとは辛い運命に立ち向かう事……抗う事、戦う事だと」
そして……全ての絶望を、打ち破ったと。
「もう一人は絶望の少女、悲しい運命に壊れ……世界を壊そうとした少女」
その少女もまた、過酷な運命に覆われていたと天使は言う。
それは誰にも、どうしようも出来ない現実だったと。
「だけど彼女も見つけました……生きる事は、有限だと。有限が紡ぐ、無限だと」
その二人の少女……それが誰だかなんて、私には分からない。
だけど、少しその二人が羨ましかった。
その少女達は見つけたんだ。
生きることの、意味を。
「それが答えです……生きるという事、死ぬという事、それは人が身勝手に定義した概念でしかないんです」
生きる。
死ぬ。
それは、人が作った言葉でしかない。
言葉という概念。
それに囚われている以上それは、概念の枠を超えることはない。
「永遠の時間の中から見れば、人の言う生とは刹那……それでも人はそれを定義し、それ以外さえも定義する」
……。
少し、分かった気がする。
彼女の言葉の意味。
生きる事の……意味。
「前に言いましたね? 人は意識で人を殺す……その人が持つ、悪意で」
私だってそうだ。
誰かの意識で……誰かの悪意で、殺された。
「なぜなら人は、意識がある」
ううん、それが悪意かは分からない。
でも、何かの意思は確かに感じる。
何かの意思が、私を殺そうとした。
「だから人は生を定義出来る……人だけがそれを出来るんです」
少女たちは定義した。
立ち向かう事だと。
有限だと、無限だと。
「人にしか出来ない事、それが……人の生きている証だと私は思います」
天使が私に言う。
生きるいう事。
それは、生を定義すること。
……生きる意味を、見つけること。
ただ『生』とだけ定義するのもいいだろう。
ただの言葉として……受け入れるのも一つの道だろう。
それも定義の、一つなのだから。
「では、かがみ」
そして天使が、私に問いかける。
「貴方に出来ますか? 生の、定義が」
「……無理よ」
また零れた涙が、天使の服を濡らしていく。
それに気付いたのか、私を包む腕に力が入るのが分かる。
「私には、無理。その子たちみたいには……なれない」
私にはもう、何もない。
動ける自由も、喋れる自由も。
そんなの生きてなんかいない……死んでるのと、同じだ。
「いいえ、貴方にならきっと出来ます」
「……そんなのもう、意味なんかないじゃない!」
生を定義したから、何だって言うの?
そんなのを見つけたから、何だって言うの?
今更そんなの、意味がない。
誰も帰らない……現実は、変わらない。
私は死んでる。
もう、死んでるんだ!!!
「……かがみ」
私の嘆く声を、彼女の声が止める。
そして抱きしめていた両腕が、離れた。
まだずっと、抱きしめて欲しかった。
でも、そんな言葉を言えるはずもなくて。
涙をただ、堪えることしか出来なかった。
「全てを諦めるのも、貴方の自由……その術を、貴方は知っているはずです」
私の心の靄を、天使が見抜く。
そう……私は選ぶことが出来る。
私は、朧な存在。
こなたという存在が繋いでいるだけの、惨めな存在。
このままずっとこの場所に居れば……私は消える。
本当に……死ぬことが出来る。
「それが貴方の選んだ道なら、私はそれを受け入れます」
天使の言葉が私の心を締め上げられていく。
彼女は私を助けてくれた。
零れ落ちる命を……拾い上げてくれた。
なのに私はそれを、裏切ろうとしている。
「ですがもし、立ち向かうことを決めたなら……もう一度」
彼女の手が、私に伸びた。
彼女と視線が合う。
その顔は……笑顔だった。
「もう一度、笑ってください」
彼女の指が、私の涙を拭う。
「私は笑っている貴方が好きです。その笑顔を見るためなら、永遠の輪廻の道すらも耐えられる。幾億の破滅の道さえも、共に歩ける」
「えっ……?」
その言葉の意味が分からず、狼狽する。
だけどその戸惑いが伝わったのか、天使の手が私から離れた。
残った暖かさが、名残惜しかった。
「ゆたかの下に戻ります……願わくばもう一度、会えることを」
最後にその言葉を残して、天使は消えた。
病院の外はもう、暗闇が支配していた。
その暗闇に溶けて消えることが、私には出来る。
誰にも見えない私。
誰にも触れられない私。
誰も私に……気付く人はいない。
気を抜いたらすぐにでもまた、涙が零れそうだった。
天使は言う。
生きる意味は、自分で定義しろって。
……。
やっぱり、無理だよ。
天使の言う、少女達みたいにはなれない。
立ち上がれない……立ち向かえない。
有限だなんて、割り切れない。
その葛藤に耐え切れず、外に出た。
皆の傍で、皆の嗚咽を聞くのが耐えられなかった。
それで……逃げた。
私は卑怯者だ。
卑怯で……臆病な人間なんだ。
つかさはもう、居ない。
世界中のどこにも……居ない。
今なら分かる、つかさの気持ちが。
私たちは双子……まるでその半身が抉られたような虚無感。
この絶望につかさは、負けたんだ。
そして私も。
ごめんね、お父さんお母さん。
いのり姉さん、まつり姉さん。
親不孝でごめんね、皆より先でごめんね。
でももう私は……耐えられない。
もう、嫌だよ。
もう全部が……。
「え……」
その時、だ。
涙が溢れる視界に、何かが入った。
病院の入口の、植え込み。
その暗闇に……座る人影。
それと目が合って、思わず声を上げる。
「……こなたっ!?」
私の声が届き、それが顔を上げる。
そして不機嫌そうに、ベンチから立ち上がる。
「……遅すぎ」
「あ、あんた何でっ!?」
皆が泣く部屋に、こなたの姿はなかった。
だから、成美さんがきっと連れて帰ったんだと思ってた。
なのに……ここに居る。
「ほら、帰ろ」
「ま、待って。何であんた居るのよ……!」
踵を返したこなたが足を止める。
だけど、振り向かない。
「いいじゃん、別に……どうでも」
「よくないわよっ!」
まさか……待ってたの? 私を。
ずっと、ここで? ……一人で?
「馬鹿じゃないの!? 何時出てくるかもしれないのに!」
「出てきたじゃん、それでいいよ」
「だから……良くないっ!」
だって、出てくるかなんて分からなかったはず。
私がまだ、泣き叫んでいたら。
未練がましく、家族の傍に居たら。
次に出てくるのは明日だったかも……明後日だったかもしれないのに。
それでも、待ってたの?
私を……もう死んでる、私を。
「だってかがみ、言ったじゃん」
「えっ……」
ようやく振り向いたこなたが、私を見る。
視線が合い、鼓動が揺れる。
「一緒に居なきゃ……消えちゃうんでしょ?」
その眼には少し、涙。
そして伝わってくる……彼女の、不安な気持ちが。
「ゆい姉さんに無理矢理帰されたけど、我慢出来なかった……かがみが居なくなるの、嫌だもん」
私の存在は、こなたに依存している。
こなたが居なければ、感覚を感じることさえ出来ない。
そしてずっと離れれば……消える。
そんな虚ろな存在が、私なんだ。
「中には入れてもらえなかったけど……ここならかがみの気持ち、伝わってきたからさ」
だからこなたは、ここに居た。
私の近くに。私の傍に。私のために。
私が……消えないように。
「何よ、それ」
思わず、零れた。
言葉が……涙が。
「何よそれ何よそれっ何よそれっ!!」
暗闇に私の声が響く。
誰にも聞こえない……こなたにしか聞こえない、声が。
「聞いたでしょ? 生き返っても一緒なの、死んでるのと一緒……だったら一緒、今と一緒! 消えたって……一緒! なら……」
ただの肉の塊。
意識があるだけの、木偶。
そう言った。
つかさがそう……言った。
「ならもう……殺してよ」
声を絞る。
もう嫌だ。
誰かが私を殺したなんて、どうでもいい。
全部が、どうでもいい。
ここが終わり。
私という、終わり。
これが私の、死の定義。
生きる事を止めた時。
絶望を受け入れられない時……人は死ぬ。
つかさもそうだ。
だから、私も……そう。
「言ったよね……私はそんな事、思ってない」
「嘘っ! だって、喋れない! 動けない……何も、出来ない!」
何も出来ない。
何も、伝えなれない!
そんなの……そんなのっ!!!
「『生きてる』よ」
「……っ!」
こなたの言葉が、私を貫いた。
暖かい言葉は……天使のそれを、思い出させる。
「動けなくたって、喋れなくたって……かがみは生きてる。死んでなんかない」
涙が、零れた。
つかさは言った。
私はもう、死んでるって。
みゆきだって一緒だ。
いくら言葉で取り繕ったって、零す涙がそれを認めた。
だけどこなたは、違う。
私を見て、言う。
私は……『生きてる』って。
「かがみは逃げてるだけだよ、辛い現実から目を逸らして……死を受け入れるほうが楽だと思ってるだけ」
「……!」
その言葉が私を切り裂く。
それが図星だったから。
心を、見抜かれたから。
だから私は……叫んだ。
「あんただって……あんただって、一緒じゃない!」
そうだ。
私は逃げようとしてる。
つかさの死を、受け入れたくないから。
私を襲う絶望を、受け入れられないから。
つかさだって、そう。
彼女は受け入れられなかった。
私の死を……私の居ない、世界を。
だから自ら、命を投げた。
だからもう……居ない。
ううん、きっと会える。
私が消えたらきっと……会えるよ。
だから、私は……。
「そうだよ」
こなたの声が、聞こえた。
その言葉に一瞬、言葉の詰まった頭の中が真っ白になる。
こなたの心の闇が、私にも広がる。
「私は逃げてた……お母さんが死んで、全部が嫌になった。一人だけの世界に、逃げてた」
彼女も、同じだった。
私やつかさと、同じ。
母を失った現実を、受け入れられなかった。
そして孤独な世界で……生きていた。
たった一人だけの、惨めな空間。
「そこに居ればね、どんなに寒くても暗くても……乱されなかった、誰も私の心を傷つけなかった」
悲しみに、彼女は心を閉ざした。
全てを拒絶して、深淵にその身を投げた。
幽閉された空間。
他人の居ない、空間。
だから誰も失うことはない。
だから、悲しむこともない。
「でもね、ある日……突然声がしたの。本当に突然」
「……声?」
「うん、声……熊の人形持った変な人の、声」
思い出したかのように、こなたの顔が緩んだ。
「その声が聞こえた日から、私は変われた……かがみが居たから、向き合えたんだ」
ゆっくりと、こなたは変わっていった。
お父さんにも心を開いた。
「かがみはたまたま私だったって言ったよね……でも、私は違うよ」
そして、そのまま笑った。
その暖かさが、私を包んでいく。
「私は偶然なんて信じない。かがみとの出会いはきっと……必然。だから、私が変われたのも……必然」
説明が難しいや、と照れ笑いを見せるこなた。
そんな事、考えたこともなかった。
だって私たちが出会えたのは、偶然だ。
天使の悪戯な……気まぐれ。
私たちが巡り合う事なんか、なかったんだ。
「そして教わった。とても大切なこと……かがみが、教えてくれた」
「私……が?」
私の中に、こなたの言葉が溶けていく。
そしてこなたが、言葉を紡いだ。
「生きるってね……大切な人と、時間を重ねる事だと思うんだ」
「……っ」
言葉を、失った。
こなたの言葉が私を包んでくれたから。
「大切な人と同じ時間を重ねて……想いを伝え合って、信じあう。私はかがみと時間を重ねてる。それが……凄く嬉しい」
それに、とこなたは付け加えて私を見る。
その吸い込まれそうな瞳に、動悸が速くなる。
「かがみにも居るはずだよ……まだ、時間を重ねたい人が」
頭の中に、顔が浮かんだ。
それは沢山の人たち。
お父さんに、お母さん。
いのり姉さん……まつり姉さん。
学校の皆に、先生たち。
まだまだ、他にも沢山……居る。
その中には……こなただって。
「私はまだ、かがみと一緒に居たい……そんな姿じゃなくて、ちゃんと」
希望の少女は言った。
生きることは、立ち向かう事だと。
絶望の少女は言った。
生きることは、有限だと。
こなたは言った。
生きることは、時間を重ねることだと。
天使は言った。
生きることは、それを定義することだと。
……じゃあ、私は?
私にとって生きるって、何なの?
「だから一緒に受け入れよう……悲しみも、苦痛も。少しずつ、始めていこうよ」
「あ……」
こなたの言葉が脳まで届き、感覚を弛緩させる。
そうだ……分かった。
喋れない私、動けない私。
それを私は死と定義した……死んでるのと、同じだと。
何も出来ないから、死んでる?
何かをしてれば、生きてる?
動けないから? 喋れないから?
動けるから? 喋れるから?
そんなの、違ったんだ。
生きるということ。
それは……辛い現実を受け入れること。
今を受け入れなければ……それは死んでるのと、一緒なんだ。
それが私の、生きる定義。
私の生きる……意味。
「ねぇ……こなた」
彼女の名前を呼ぶ。
それと一緒に、暖かい何かが胸の奥から溢れてくる。
この柔らかな感情もきっと……必然、なのかな。
……きっと、そうなんだろうな。
「生き返っても、支えてくれる? 私を……何もない、私を」
「うん、もちろんっ」
こなたが笑う。
精一杯の笑顔で。
「私が、私にとってのかがみになる。嫌ってぐらい一緒に居てあげるよっ。今までのお返し……仕返しにねっ!」
その笑顔に私は、笑顔で返そう。
それが天使との……約束だ。
まだ悲しみは、心を縛り上げる。
つかさの居ない世界を、体が拒む。
でも、駄目なんだ。
希望の少女は教えてくれた。
絶望の少女は教えてくれた。
こなたは教えてくれた。
天使は教えてくれた。
絶望から逃げたら駄目……立ち向かわなきゃ、駄目。
私は向き合ってみせる。
この絶望と、この体と……この、有限の世界と。
少しずつ、ほんの僅かでも少しずつ……。
全てと向き合って、受け入れてみせる。
そして大切な人と一緒に……時間を重ねよう。
例えそこに、何もなくてもいいんだ。
動けなくても、喋れなくても。
そこから、全てを受け入れて……始めよう。
言葉も感覚も、何もない世界から。
何もない体から。
こなたと一緒に。
私の大切な人たちと、一緒に。
その暗闇に溶けて消えることが、私には出来る。
誰にも見えない私。
誰にも触れられない私。
誰も私に……気付く人はいない。
気を抜いたらすぐにでもまた、涙が零れそうだった。
天使は言う。
生きる意味は、自分で定義しろって。
……。
やっぱり、無理だよ。
天使の言う、少女達みたいにはなれない。
立ち上がれない……立ち向かえない。
有限だなんて、割り切れない。
その葛藤に耐え切れず、外に出た。
皆の傍で、皆の嗚咽を聞くのが耐えられなかった。
それで……逃げた。
私は卑怯者だ。
卑怯で……臆病な人間なんだ。
つかさはもう、居ない。
世界中のどこにも……居ない。
今なら分かる、つかさの気持ちが。
私たちは双子……まるでその半身が抉られたような虚無感。
この絶望につかさは、負けたんだ。
そして私も。
ごめんね、お父さんお母さん。
いのり姉さん、まつり姉さん。
親不孝でごめんね、皆より先でごめんね。
でももう私は……耐えられない。
もう、嫌だよ。
もう全部が……。
「え……」
その時、だ。
涙が溢れる視界に、何かが入った。
病院の入口の、植え込み。
その暗闇に……座る人影。
それと目が合って、思わず声を上げる。
「……こなたっ!?」
私の声が届き、それが顔を上げる。
そして不機嫌そうに、ベンチから立ち上がる。
「……遅すぎ」
「あ、あんた何でっ!?」
皆が泣く部屋に、こなたの姿はなかった。
だから、成美さんがきっと連れて帰ったんだと思ってた。
なのに……ここに居る。
「ほら、帰ろ」
「ま、待って。何であんた居るのよ……!」
踵を返したこなたが足を止める。
だけど、振り向かない。
「いいじゃん、別に……どうでも」
「よくないわよっ!」
まさか……待ってたの? 私を。
ずっと、ここで? ……一人で?
「馬鹿じゃないの!? 何時出てくるかもしれないのに!」
「出てきたじゃん、それでいいよ」
「だから……良くないっ!」
だって、出てくるかなんて分からなかったはず。
私がまだ、泣き叫んでいたら。
未練がましく、家族の傍に居たら。
次に出てくるのは明日だったかも……明後日だったかもしれないのに。
それでも、待ってたの?
私を……もう死んでる、私を。
「だってかがみ、言ったじゃん」
「えっ……」
ようやく振り向いたこなたが、私を見る。
視線が合い、鼓動が揺れる。
「一緒に居なきゃ……消えちゃうんでしょ?」
その眼には少し、涙。
そして伝わってくる……彼女の、不安な気持ちが。
「ゆい姉さんに無理矢理帰されたけど、我慢出来なかった……かがみが居なくなるの、嫌だもん」
私の存在は、こなたに依存している。
こなたが居なければ、感覚を感じることさえ出来ない。
そしてずっと離れれば……消える。
そんな虚ろな存在が、私なんだ。
「中には入れてもらえなかったけど……ここならかがみの気持ち、伝わってきたからさ」
だからこなたは、ここに居た。
私の近くに。私の傍に。私のために。
私が……消えないように。
「何よ、それ」
思わず、零れた。
言葉が……涙が。
「何よそれ何よそれっ何よそれっ!!」
暗闇に私の声が響く。
誰にも聞こえない……こなたにしか聞こえない、声が。
「聞いたでしょ? 生き返っても一緒なの、死んでるのと一緒……だったら一緒、今と一緒! 消えたって……一緒! なら……」
ただの肉の塊。
意識があるだけの、木偶。
そう言った。
つかさがそう……言った。
「ならもう……殺してよ」
声を絞る。
もう嫌だ。
誰かが私を殺したなんて、どうでもいい。
全部が、どうでもいい。
ここが終わり。
私という、終わり。
これが私の、死の定義。
生きる事を止めた時。
絶望を受け入れられない時……人は死ぬ。
つかさもそうだ。
だから、私も……そう。
「言ったよね……私はそんな事、思ってない」
「嘘っ! だって、喋れない! 動けない……何も、出来ない!」
何も出来ない。
何も、伝えなれない!
そんなの……そんなのっ!!!
「『生きてる』よ」
「……っ!」
こなたの言葉が、私を貫いた。
暖かい言葉は……天使のそれを、思い出させる。
「動けなくたって、喋れなくたって……かがみは生きてる。死んでなんかない」
涙が、零れた。
つかさは言った。
私はもう、死んでるって。
みゆきだって一緒だ。
いくら言葉で取り繕ったって、零す涙がそれを認めた。
だけどこなたは、違う。
私を見て、言う。
私は……『生きてる』って。
「かがみは逃げてるだけだよ、辛い現実から目を逸らして……死を受け入れるほうが楽だと思ってるだけ」
「……!」
その言葉が私を切り裂く。
それが図星だったから。
心を、見抜かれたから。
だから私は……叫んだ。
「あんただって……あんただって、一緒じゃない!」
そうだ。
私は逃げようとしてる。
つかさの死を、受け入れたくないから。
私を襲う絶望を、受け入れられないから。
つかさだって、そう。
彼女は受け入れられなかった。
私の死を……私の居ない、世界を。
だから自ら、命を投げた。
だからもう……居ない。
ううん、きっと会える。
私が消えたらきっと……会えるよ。
だから、私は……。
「そうだよ」
こなたの声が、聞こえた。
その言葉に一瞬、言葉の詰まった頭の中が真っ白になる。
こなたの心の闇が、私にも広がる。
「私は逃げてた……お母さんが死んで、全部が嫌になった。一人だけの世界に、逃げてた」
彼女も、同じだった。
私やつかさと、同じ。
母を失った現実を、受け入れられなかった。
そして孤独な世界で……生きていた。
たった一人だけの、惨めな空間。
「そこに居ればね、どんなに寒くても暗くても……乱されなかった、誰も私の心を傷つけなかった」
悲しみに、彼女は心を閉ざした。
全てを拒絶して、深淵にその身を投げた。
幽閉された空間。
他人の居ない、空間。
だから誰も失うことはない。
だから、悲しむこともない。
「でもね、ある日……突然声がしたの。本当に突然」
「……声?」
「うん、声……熊の人形持った変な人の、声」
思い出したかのように、こなたの顔が緩んだ。
「その声が聞こえた日から、私は変われた……かがみが居たから、向き合えたんだ」
ゆっくりと、こなたは変わっていった。
お父さんにも心を開いた。
「かがみはたまたま私だったって言ったよね……でも、私は違うよ」
そして、そのまま笑った。
その暖かさが、私を包んでいく。
「私は偶然なんて信じない。かがみとの出会いはきっと……必然。だから、私が変われたのも……必然」
説明が難しいや、と照れ笑いを見せるこなた。
そんな事、考えたこともなかった。
だって私たちが出会えたのは、偶然だ。
天使の悪戯な……気まぐれ。
私たちが巡り合う事なんか、なかったんだ。
「そして教わった。とても大切なこと……かがみが、教えてくれた」
「私……が?」
私の中に、こなたの言葉が溶けていく。
そしてこなたが、言葉を紡いだ。
「生きるってね……大切な人と、時間を重ねる事だと思うんだ」
「……っ」
言葉を、失った。
こなたの言葉が私を包んでくれたから。
「大切な人と同じ時間を重ねて……想いを伝え合って、信じあう。私はかがみと時間を重ねてる。それが……凄く嬉しい」
それに、とこなたは付け加えて私を見る。
その吸い込まれそうな瞳に、動悸が速くなる。
「かがみにも居るはずだよ……まだ、時間を重ねたい人が」
頭の中に、顔が浮かんだ。
それは沢山の人たち。
お父さんに、お母さん。
いのり姉さん……まつり姉さん。
学校の皆に、先生たち。
まだまだ、他にも沢山……居る。
その中には……こなただって。
「私はまだ、かがみと一緒に居たい……そんな姿じゃなくて、ちゃんと」
希望の少女は言った。
生きることは、立ち向かう事だと。
絶望の少女は言った。
生きることは、有限だと。
こなたは言った。
生きることは、時間を重ねることだと。
天使は言った。
生きることは、それを定義することだと。
……じゃあ、私は?
私にとって生きるって、何なの?
「だから一緒に受け入れよう……悲しみも、苦痛も。少しずつ、始めていこうよ」
「あ……」
こなたの言葉が脳まで届き、感覚を弛緩させる。
そうだ……分かった。
喋れない私、動けない私。
それを私は死と定義した……死んでるのと、同じだと。
何も出来ないから、死んでる?
何かをしてれば、生きてる?
動けないから? 喋れないから?
動けるから? 喋れるから?
そんなの、違ったんだ。
生きるということ。
それは……辛い現実を受け入れること。
今を受け入れなければ……それは死んでるのと、一緒なんだ。
それが私の、生きる定義。
私の生きる……意味。
「ねぇ……こなた」
彼女の名前を呼ぶ。
それと一緒に、暖かい何かが胸の奥から溢れてくる。
この柔らかな感情もきっと……必然、なのかな。
……きっと、そうなんだろうな。
「生き返っても、支えてくれる? 私を……何もない、私を」
「うん、もちろんっ」
こなたが笑う。
精一杯の笑顔で。
「私が、私にとってのかがみになる。嫌ってぐらい一緒に居てあげるよっ。今までのお返し……仕返しにねっ!」
その笑顔に私は、笑顔で返そう。
それが天使との……約束だ。
まだ悲しみは、心を縛り上げる。
つかさの居ない世界を、体が拒む。
でも、駄目なんだ。
希望の少女は教えてくれた。
絶望の少女は教えてくれた。
こなたは教えてくれた。
天使は教えてくれた。
絶望から逃げたら駄目……立ち向かわなきゃ、駄目。
私は向き合ってみせる。
この絶望と、この体と……この、有限の世界と。
少しずつ、ほんの僅かでも少しずつ……。
全てと向き合って、受け入れてみせる。
そして大切な人と一緒に……時間を重ねよう。
例えそこに、何もなくてもいいんだ。
動けなくても、喋れなくても。
そこから、全てを受け入れて……始めよう。
言葉も感覚も、何もない世界から。
何もない体から。
こなたと一緒に。
私の大切な人たちと、一緒に。
……0から、始めよう。
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- 鳥肌がやばい
-- 名無しさん (2008-03-25 11:47:52) - このエピソードが一番泣ける・・・ここ辺りは読み返すと最後の伏線がちらほらあって二度楽しめました -- 名無しさん (2008-03-25 01:22:29)
- (既存キャラを踏襲しているとはいえ)上手くいじれば立派な中編ラノベとして売れるアイディアなのになんて太っ腹なんだぶーわさん…
走らせた書き出し+時系列通り+視点の限定+主人公(+周囲キャラ)の変化などなど基本に忠実なうえ構成も上手い。
とうとう主題の0から始まった二人のこれからのクライマックスとさらなるどんでん返しに期待してます。 -- 名無しさん (2008-02-01 11:55:20) - 深い・・・
続きも期待してます -- 名無しさん (2008-01-31 22:44:14) - えっ、これで終わりなのか? -- アッキー (2008-01-31 21:31:16)
- なんでだろう…胸が痛む… -- 名無しさん (2008-01-31 20:32:33)