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黒い兎の神父さん/第一話」(2008/08/19 (火) 02:14:09) の最新版変更点

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*作者:柏陽煉斗 **タイトル:第一話/出会いは逃避行の中に ----  ときに。ふと私は思うことがある。  こう、運命ってのはなんでいいのと悪いのを纏めて運んでくるのか、と。  そんなことを考えている私。只今絶賛ピンチ中っ!  荒い息。飛び散る汗。全身が沸騰しそうに熱くなる感覚。 「はぁ、は――はぁっ……んぐ……」  そうは言っても別段色っぽい睦言なんかじゃない。ありえない。というか、彼氏がそもそもいない。  閑話休題。  そんな私が何故こんな苦しい思いをしているかって。それは走ってるからだ。  それも全速力。ああ、人間、恐怖の淵に追い込まれると限界を突破できるんだな、と他愛もないことを考えられるあたり、まだ余裕は残っているのかもしれない。 「って、んなわけないでしょっ……!あー、もう!なんで私がこんなことにーっ!」  誰に言うでもなく叫ぶ私。あ、やばい、今ので息切れた。  朝夕のバイトと、元からの運動好きで結構体力があるはずの私の身体もついに限界を迎えたか、よろめいてしまって。 「っ、きゃっ!」  間抜けなことに自分の足に引っかかって地面に倒れてしまう。 それもこれも叫んだからだ、私の馬鹿。  悔やみながらも起き上がろうと足に力を込める。が、しかし。 「つ……」  鋭痛。どうやら捻ってしまったらしい。今の状況ではこれ以上ないピンチだ……  後ろを振り返る。全力全開で駆け抜けたはずの道。そこには――  無数、とは言わないが、たくさんの人影。月明かりに照らされる落ち窪んだ容貌はとても不気味。  よろよろと足を引き釣りながら駆けているはずなのに、意外なほどに早く私に殺到してくる人影。  ただの女子高生一人相手にとんでもない人数で迫ってくるのだ。これは私じゃなくても怖いに違いない。  虚ろな瞳、どれもこれも似たような表情の群体がいつしか私の周りを覆い尽くす。 「ひっ……そ、それ以上、近づくなぁ!」  やばい。……凄く怖い。冷静な振りして考えてたけど、これだけ囲まれたら助からない。  もしかして、ここでなぶり殺しにされて――考えた瞬間、怖気に全身が震えだしてしまう。  がたがたと震えながら、腕を振り回し、必死に抵抗をしている……あまりにも情けなく弱々しい姿。  そんな私に一際近づくリーマン風の男。抵抗。その胸を重いカバンで思いっきりぶん殴る。  一瞬、よろ、とバランスを崩し。 「いやっ!?」  崩しながら、殴ったカバン、その腕をぎち、と冷たくおぞましい手指でつかんでくる男。 「や、だ……放して、放してよ……!」  最早、いつもの威勢を保てず恐怖にがたがたと震えてしまう私に顔を近づけてくる男。  もう、だめだ。冷たい息が喉元にふきかかる絶望的な感覚にぎゅ、と眼を閉じて―― 「――Pfeil」  ちょっと低めのテノールボイス。そんな状況でもないのに、あ、なんかいい声だ、なんて思ってしまって――  ――夜闇を駆け抜ける光の弾丸。否、矢。  声に薄く眼を開いた私の眼に映ったのは今しがた私に近づいてきていた男が横合いに倒れている姿。よく見ると、その胸には眩い光が突き立っている。  ざわり。影が揺れる。 「Gemetzel――」  響く、声。それは私から少し離れた路地。街灯の下。  闇の中、十字を切る法衣姿の少年がいた。ざわ、ざわざわ――無表情な人影達がその少年を一斉に見つめる。  そのまま、私から離れていく人影達。標的を少年に代え、歩み寄っていく。 「――Es ist Heiliger pfeil」  だが、しかし。掌を虚ろな人影達に向ける少年。直後何も無い空間から一斉に現われる光。  それは先ほど見た矢。その量は数十。近寄る人影ども一人に一本ずつ当てても更に余りある程度の量。  弾幕の如しそれが一斉に放たれ、十数の人影を地に平伏させていく。  地を、人影を打ち抜く花火みたいな光の舞。それを放つ少年の顔にかかっていた長い黒髪が一房ふわりと揺れ、整った彫りの深い顔が露になって。  その幻想的かつどこか運命的なシュチュエーションに。  こう、なんだ。私の乙女心が激しくスパークしはじめちゃった訳ですよ。  多分、真っ赤に染まっている顔で、少年を見つめる私。  それに気づいたのか否か。私の方にゆっくりと歩み寄ってくる少年。  どきどきが高まり、少し潤んだ眼――さっきのが怖くて泣いてた訳じゃないんだからね!――で、じいと見つめてしまう。  間近。先ほど私に襲い掛かろうとした男の横あたりに立つ少年。 「……あんた、無事か?」  無愛想な声。ちょっとだけ落胆しながら、軽く頷いて。――そういえばこの子、日本語喋れるんだ、と何故か嬉しくなりつつ。 「ならよかった。……ったく、統括組織のあの嬢ちゃんは、もっと周りのことに気を払えってんだ。これだから月谷のオヤジに俺が呼ばれたりする羽目に……」  独り言をぶつぶつと呟くどこか不機嫌そうな少年。なんかこう。見た目美人なのに、口調がいただけないというか、似合わないというか。そんな感じだ。 「え、えと。その、助けてくれてありがとう。」 「んぁ?ああ。まぁ、死ななくてよかったな。」  そっけない台詞。なんかこう。さっきからずたずたにされてく乙女心。もっとこう、心配してくれてもいいんじゃないってのは我侭な台詞なんだろうか。  少しどんよりしながら脱力。やっぱりさっきまでので緊張してたんだろうか。顔を落とし、ぐったりと座り込む。 「んで、立てるか?まさか腰抜けたってんじゃないだろうな?」 「そ、そんな訳じゃないわよっ!ただちょっと足が――」  ちょっと怒り気味の台詞は最後まで言うことができなかった。  座りこんだ私をそのまま抱き上げるようにしながら飛び出す少年。そして、先ほどまで私が居た其処を陥没させるぐじゅり、潰れた拳。  いつの間にやら蘇った、最初にやられて転がっていたはずの男が、手から骨やらぐじゅぐじゅになった肉やらを見せながら立っている。 「ちっ……ったく。式具無しじゃあまともに殺すのも難渋かよ。てかタフだな、おい。」  呆れたように肩をすくめ。またさっきの呪文みたいなものを呟き、虚空から光の矢を撃つ少年。あろうことかそれを腕で受け、更に見るに耐えない姿になる男。  一切の痛痒を感じていないかのように飛び掛ってくる男に舌打ちしながら少年はひょいひょい跳ねてよけ回る。 「ちぃ……重い荷物があると面倒だな……うおっ!」  少年が驚きの声を上げた理由は、その荷物からの攻撃。顎をがぃん、と拳で突き上げる。 「なんだよ、いきなり。」 「お、女の子に重いって言うなー!」 「……ああ、なるほど。」  なんで外見よくて中身こんなにだめだめなんだこの子は!  そんな暢気なやりとりの最中にもがんがん殴りかかってくる元気な男。 「しっかし、このままじゃきっちぃな……ってか、へばりそうだぜ……」  少年も疲れてきたのか、苦々しい声を出す。 「男なら根性で気張りなさいよ!」 「へばりそうになる原因から言われると疲れるんだぜ?」  顎に拳が伸びる。今度はかわされた。畜生。 「んーじゃ……ちょっとだけ我慢しててくれよ?びっくりするかもだが。」  不穏な台詞を吐いて――あろうことか。男に向かって体当たりを仕掛ける少年。  驚きに声も出せないままに、距離がほぼゼロになる。  振り上げられた男の拳。飛び込んだばかりで対応しきれない少年の、その顔面に向かって拳が振り下ろされる。  起こるであろう惨劇に、私はぎゅう、とまた眼を閉じる。 「Schltz――」  そして、数瞬後。硬いもの同士がぶつかりあう、痛々しい音が響く。  それは、決して、人間の肉がぶつかり合った音ではなくて。  うっすらと瞳を見開き、そして、見る。男の腕が光で出来た壁のようなものに突き立っている光景を。 「って、えええええ!?」 「おう、貫かれずにすんだか。僥倖僥倖。」  暢気に呟く少年は私の驚きなんか気にも止めずに、掌を男の心臓あたりに押し当てる。 「光、杭、んで心臓。弱くたって吸血の輩にゃあ、これが覿面だろう?」  直後、響く爆音。槍の如くなった光が男の背中から突き出して――  その肉体が砂のようになって消滅していく。見ると、他の倒れ伏した人影も姿を消し去っている。 「この魂に哀れみを。アーメン。」  そう言いながら、私を抱えながら片手で十字を切る少年の顔は、本当の神父のようで。  やっぱり、外面だけは格好いいな、と不覚にも赤面してしまったのであった。 「……あー、やっと終わった。」  そんな乙女な気分をぶち壊すかったるそうな台詞。  私を地面に降ろして……って、そういえば、今までこう、横抱きにされていたんだよな、とか、結構鍛えてるのかなとか思考に顔を上気させる私の横で大あくびする少年。 「統括組織の嬢ちゃんもそろそろ本丸潰した頃だろうし、ひとまず任務終了ってとこかねぇ……」  何か呟いた後、改めて私を見てくる少年。何故か悪戯っぽい顔になって―― 「で、今度こそ腰抜けたのか?」 「だから、違うって言ってるでしょー!」  アッパー。今度はあの壁みたいなのを張られた。畜生。 「悪い悪い。んで、痛めたのは足だったか?」  そう言って、捻った右足をさすられる。痛みに僅かに顔をゆがめてしまうのは止められなくて。 「――Es ist Heiliger wind」  また、呪文。当てられていた掌がぽぅ、と光を漏らして。靴ごと引っ張られた足を暖かく包み込んでくれる。なんか気持ちいいかも。  はふ、と息をついている間に、光は小さくなっていき…… 「ほい、これで大丈夫だろ?」  ぐりぐりと少し乱暴めに足を捻られる。それに抗議しようとして…… 「痛くない……」  不思議なことに、捻挫したことによる痛みや腫れがすっかり引いてしまっている。 「ならよし。んじゃ、気をつけて帰れよ。」 「……へ?」  そう言って立ち上がって歩き出していく少年。その様子に唖然として固まってしまう私。  しばらくして漸く正気に戻った頃には、すでに視界から消え去った法衣。  重いって言ったことを反省させるとか、怪我どうやって治したのかとか、女を一人でこんな場所に置いてくのかとか、色々あったけど、何より。 「……名前くらい教えていきなさいよ、あの馬鹿男ー!」  夜闇を切り裂くは私の叫び声――  結局、帰り着く頃には日が変わっていて。  親に怒られ、姉に冷やかされ、冷えたご飯を暖めて食べ、そして、風呂に入り眠りにつく。  眠りにつくはずだったのだが、事件への興奮と、少年への愚痴だのなんだの考えていたら結局夜を明かしてしまい。  最悪のコンディションで今ここ――学校の席、ホームルーム直前の時間に至る。  昨夜の少年にも負けない大欠伸。慌てて口を閉じて、ぐったりと机に身を預ける。  隣の女生徒が何か話しかけてくるようだが聞こえない。私は今眠いんだ。  断片断片で聞こえた他愛も無い話――昨夜羽織とか言う同級生が行方不明になったとか、転入生が来るとか――をBGMに本格的な眠りにつこうとする私。 「ほら皆、静かにしてー 朝の連絡を済ませないといけないからね。」  年若い男の声――担任の外国語教師だ――を聞いて、どうにか身を起こす。  行方不明事件について他いくつかの注意を述べた後、ふと、面白そうな笑顔になる。 「さて、最後に一点。転入生を紹介します。」  あがるどよめき。私も驚いた、というか冬まっさかりなこの時期に転校? 「ほら、入ってください。」  そして、扉が開かれる。こつこつと足音低く入ってくるのは、黒い長髪、白い容貌。女っぽくも見えるが、強いまなざしに彫りの深い顔。  先ほどの驚きが嘘のような、更なる驚き。紅くなる頬に高鳴る心臓は昨日の焼き直しか。  そこにいたのはまさしく昨夜の法衣姿の少年であった。  教室から黄色めな声が飛ぶところを見ると、こう、なんかどす黒いものが沸き立ってくる気がするが今の私は気にしない。少年の顔をじぃ、と見つめていると、ふと、少年がこちらに気づいたか顔を向けてくる。 「さて、自己紹介をしてください。」  少年は、私に一瞬かったるそうな苦笑いを見せると、黒板に向き直り。  瀬布 黒兎  4文字を綺麗に書ききって。 「クロトとでも呼んでくれ。んじゃ、よろしく。」  まったく顔に似合わない気だるげな声でそう言い放ったのであった。 ---- ←戻る [[→進む>黒い兎の神父さん/第二話]] [[目次に戻る>黒い兎の神父さん]] [[小説一覧に戻る>小説一覧]]
*作者:柏陽煉斗 **タイトル:第一話/出会いは逃避行の中に ----  ときに。ふと私は思うことがある。  こう、運命ってのはなんでいいのと悪いのを纏めて運んでくるのか、と。  そんなことを考えている私。只今絶賛ピンチ中っ!  荒い息。飛び散る汗。全身が沸騰しそうに熱くなる感覚。 「はぁ、は――はぁっ……んぐ……」  そうは言っても別段色っぽい睦言なんかじゃない。ありえない。というか、彼氏がそもそもいない。  閑話休題。  そんな私が何故こんな苦しい思いをしているかって。それは走ってるからだ。  それも全速力。ああ、人間、恐怖の淵に追い込まれると限界を突破できるんだな、と他愛もないことを考えられるあたり、まだ余裕は残っているのかもしれない。 「って、んなわけないでしょっ……!あー、もう!なんで私がこんなことにーっ!」  誰に言うでもなく叫ぶ私。あ、やばい、今ので息切れた。  朝夕のバイトと、元からの運動好きで結構体力があるはずの私の身体もついに限界を迎えたか、よろめいてしまって。 「っ、きゃっ!」  間抜けなことに自分の足に引っかかって地面に倒れてしまう。 それもこれも叫んだからだ、私の馬鹿。  悔やみながらも起き上がろうと足に力を込める。が、しかし。 「つ……」  鋭痛。どうやら捻ってしまったらしい。今の状況ではこれ以上ないピンチだ……  後ろを振り返る。全力全開で駆け抜けたはずの道。そこには――  無数、とは言わないが、たくさんの人影。月明かりに照らされる落ち窪んだ容貌はとても不気味。  よろよろと足を引き釣りながら駆けているはずなのに、意外なほどに早く私に殺到してくる人影。  ただの女子高生一人相手にとんでもない人数で迫ってくるのだ。これは私じゃなくても怖いに違いない。  虚ろな瞳、どれもこれも似たような表情の群体がいつしか私の周りを覆い尽くす。 「ひっ……そ、それ以上、近づくなぁ!」  やばい。……凄く怖い。冷静な振りして考えてたけど、これだけ囲まれたら助からない。  もしかして、ここでなぶり殺しにされて――考えた瞬間、怖気に全身が震えだしてしまう。  がたがたと震えながら、腕を振り回し、必死に抵抗をしている……あまりにも情けなく弱々しい姿。  そんな私に一際近づくリーマン風の男。抵抗。その胸を重いカバンで思いっきりぶん殴る。  一瞬、よろ、とバランスを崩し。 「いやっ!?」  崩しながら、殴ったカバン、その腕をぎち、と冷たくおぞましい手指でつかんでくる男。 「や、だ……放して、放してよ……!」  最早、いつもの威勢を保てず恐怖にがたがたと震えてしまう私に顔を近づけてくる男。  もう、だめだ。冷たい息が喉元にふきかかる絶望的な感覚にぎゅ、と眼を閉じて―― 「――Pfeil」  ちょっと低めのテノールボイス。そんな状況でもないのに、あ、なんかいい声だ、なんて思ってしまって――  ――夜闇を駆け抜ける光の弾丸。否、矢。  声に薄く眼を開いた私の眼に映ったのは今しがた私に近づいてきていた男が横合いに倒れている姿。よく見ると、その胸には眩い光が突き立っている。  ざわり。影が揺れる。 「Gemetzel――」  響く、声。それは私から少し離れた路地。街灯の下。  闇の中、十字を切る法衣姿の少年がいた。ざわ、ざわざわ――無表情な人影達がその少年を一斉に見つめる。  そのまま、私から離れていく人影達。標的を少年に代え、歩み寄っていく。 「――Es ist Heiliger pfeil」  だが、しかし。掌を虚ろな人影達に向ける少年。直後何も無い空間から一斉に現われる光。  それは先ほど見た矢。その量は数十。近寄る人影ども一人に一本ずつ当てても更に余りある程度の量。  弾幕の如しそれが一斉に放たれ、十数の人影を地に平伏させていく。  地を、人影を打ち抜く花火みたいな光の舞。それを放つ少年の顔にかかっていた長い黒髪が一房ふわりと揺れ、整った彫りの深い顔が露になって。  その幻想的かつどこか運命的なシュチュエーションに。  こう、なんだ。私の乙女心が激しくスパークしはじめちゃった訳ですよ。  多分、真っ赤に染まっている顔で、少年を見つめる私。  それに気づいたのか否か。私の方にゆっくりと歩み寄ってくる少年。  どきどきが高まり、少し潤んだ眼――さっきのが怖くて泣いてた訳じゃないんだからね!――で、じいと見つめてしまう。  間近。先ほど私に襲い掛かろうとした男の横あたりに立つ少年。 「……あんた、無事か?」  無愛想な声。ちょっとだけ落胆しながら、軽く頷いて。――そういえばこの子、日本語喋れるんだ、と何故か嬉しくなりつつ。 「ならよかった。……ったく、統括組織のあの嬢ちゃんは、もっと周りのことに気を払えってんだ。これだから月ヶ谷のオヤジに俺が呼ばれたりする羽目に……」  独り言をぶつぶつと呟くどこか不機嫌そうな少年。なんかこう。見た目美人なのに、口調がいただけないというか、似合わないというか。そんな感じだ。 「え、えと。その、助けてくれてありがとう」 「んぁ?ああ。まぁ、死ななくてよかったな」  そっけない台詞。なんかこう。さっきからずたずたにされてく乙女心。もっとこう、心配してくれてもいいんじゃないってのは我侭な台詞なんだろうか。  少しどんよりしながら脱力。やっぱりさっきまでので緊張してたんだろうか。顔を落とし、ぐったりと座り込む。 「んで、立てるか?まさか腰抜けたってんじゃないだろうな?」 「そ、そんな訳じゃないわよっ!ただちょっと足が――」  ちょっと怒り気味の台詞は最後まで言うことができなかった。  座りこんだ私をそのまま抱き上げるようにしながら飛び出す少年。そして、先ほどまで私が居た其処を陥没させるぐじゅり、潰れた拳。  いつの間にやら蘇った、最初にやられて転がっていたはずの男が、手から骨やらぐじゅぐじゅになった肉やらを見せながら立っている。 「ちっ……ったく。式具無しじゃあまともに殺すのも難渋かよ。てかタフだな、おい」  呆れたように肩をすくめ。またさっきの呪文みたいなものを呟き、虚空から光の矢を撃つ少年。あろうことかそれを腕で受け、更に見るに耐えない姿になる男。  一切の痛痒を感じていないかのように飛び掛ってくる男に舌打ちしながら少年はひょいひょい跳ねてよけ回る。 「ちぃ……重い荷物があると面倒だな……うおっ!」  少年が驚きの声を上げた理由は、その荷物とやらから――即ち私からの攻撃。顎をがぃん、と拳で突き上げる。 「なんだよ、いきなり」 「お、女の子に重いって言うなー!」 「……ああ、なるほど」  なんで外見よくて中身こんなにだめだめなんだこの子は!  そんな暢気なやりとりの最中にもがんがん殴りかかってくる元気な男。 「しっかし、このままじゃきっちぃな……ってか、へばりそうだぜ……」  少年も疲れてきたのか、苦々しい声を出す。 「男なら根性で気張りなさいよ!」 「へばりそうになる原因から言われると疲れるんだぜ?」  顎に拳が伸びる。今度はかわされた。畜生。 「んーじゃ……ちょっとだけ我慢しててくれよ?びっくりするかもだが」  不穏な台詞を吐いて――あろうことか。男に向かって体当たりを仕掛ける少年。  驚きに声も出せないままに、距離がほぼゼロになる。  振り上げられた男の拳。飛び込んだばかりで対応しきれない少年の、その顔面に向かって拳が振り下ろされる。  起こるであろう惨劇に、私はぎゅう、とまた眼を閉じる。 「Schltz――」  そして、数瞬後。硬いもの同士がぶつかりあう、痛々しい音が響く。  それは、決して、人間の肉がぶつかり合った音ではなくて。  うっすらと瞳を見開き、そして、見る。男のぼろぼろになった腕が光で出来た壁のようなものに突き立っている光景を。 「って、えええええ!?」 「おう、貫かれずにすんだか。僥倖僥倖」  暢気に呟く少年は私の驚きなんか気にも止めずに、掌を男の心臓あたりに押し当てる。 「光、杭、んで心臓。弱くたって吸血の輩にゃあ、これが覿面だろう?」  直後、響く爆音。槍の如くなった光が男の背中から突き出して――  その肉体が砂のようになって消滅していく。見ると、他の倒れ伏した人影も姿を消し去っている。 「この魂に哀れみを。アーメン」  そう言いながら、私を抱えながら片手で十字を切る少年の顔は、本当の神父のようで。  やっぱり、外面だけは格好いいな、と不覚にも赤面してしまったのであった。 「……あー、やっと終わった」  そんな乙女な気分をぶち壊すかったるそうな台詞。  私を地面に降ろして……って、そういえば、今までこう、横抱きにされていたんだよな、とか、結構鍛えてるのかなとか思考に顔を上気させる私の横で大あくびする少年。 「統括組織の嬢ちゃんもそろそろ本丸潰した頃だろうし、ひとまず任務終了ってとこかねぇ……」  何か呟いた後、改めて私を見てくる少年。何故か悪戯っぽい顔になって―― 「で、今度こそ腰抜けたのか?」 「だから、違うって言ってるでしょー!」  アッパー。今度はあの壁みたいなのを張られた。畜生。 「悪い悪い。んで、痛めたのは足だったか?」  そう言って、捻った右足をさすられる。痛みに僅かに顔をゆがめてしまうのは止められなくて。 「――Es ist Heiliger wind」  また、呪文。当てられていた掌がぽぅ、と光を漏らして。靴ごと引っ張られた足を暖かく包み込んでくれる。なんか気持ちいいかも。  はふ、と息をついている間に、光は小さくなっていき…… 「ほい、これで大丈夫だろ?」  ぐりぐりと少し乱暴めに足を捻られる。それに抗議しようとして…… 「痛くない……」  不思議なことに、捻挫したことによる痛みや腫れがすっかり引いてしまっている。 「ならよし。んじゃ、気をつけて帰れよ」 「……へ?」  そう言って立ち上がって歩き出していく少年。その様子に唖然として固まってしまう私。  しばらくして漸く正気に戻った頃には、すでに視界から消え去った法衣。  重いって言ったことを反省させるとか、怪我どうやって治したのかとか、女を一人でこんな場所に置いてくのかとか、色々あったけど、何より。 「……名前くらい教えていきなさいよ、あの馬鹿男ー!」  夜闇を切り裂くは私の叫び声――  結局、帰り着く頃には日が変わっていて。  親に怒られ、姉に冷やかされ、冷えたご飯を暖めて食べ、そして、風呂に入り眠りにつく。  眠りにつくはずだったのだが、事件への興奮と、少年への愚痴だのなんだの考えていたら結局夜を明かしてしまい。  最悪のコンディションで今ここ――学校の席、ホームルーム直前の時間に至る。  昨夜の少年にも負けない大欠伸。慌てて口を閉じて、ぐったりと机に身を預ける。  隣の女生徒が何か話しかけてくるようだが聞こえない。私は今眠いんだ。  断片断片で聞こえた他愛も無い話――昨夜、羽織とか言う同級生が行方不明になったとか、転入生が来るとか――をBGMに本格的な眠りにつこうとする私。 「ほら皆、静かにしてー 朝の連絡を済ませないといけないからね」  年若い男の声――担任の外国語教師だ――を聞いて、どうにか身を起こす。  行方不明事件について他いくつかの注意を述べた後、ふと、面白そうな笑顔になる。 「さて、最後に一点。転入生を紹介します」  あがるどよめき。私も驚いた、というか冬まっさかりなこの時期に転校? 「ほら、入ってください」  そして、扉が開かれる。こつこつと足音低く入ってくるのは、黒い長髪、白い容貌。女っぽくも見えるが、強いまなざしに彫りの深い顔。  先ほどの驚きが嘘のような、更なる驚き。紅くなる頬に高鳴る心臓は昨日の焼き直しか。  そこにいたのはまさしく昨夜の法衣姿の少年であった。  教室から黄色めな声が飛ぶところを見ると、こう、なんかどす黒いものが沸き立ってくる気がするが今の私は気にしない。少年の顔をじぃ、と見つめていると、ふと、少年がこちらに気づいたか顔を向けてくる。 「さて、自己紹介をしてください」  少年は、私に一瞬かったるそうな苦笑いを見せると、黒板に向き直り。  瀬布 黒兎  4文字を綺麗に書ききって。 「クロトとでも呼んでくれ。んじゃ、よろしく」  まったく顔に似合わない気だるげな声でそう言い放ったのであった。 ---- ←戻る [[→進む>黒い兎の神父さん/第二話]] [[目次に戻る>黒い兎の神父さん]] [[小説一覧に戻る>小説一覧]]

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