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第二話~ 暴風魔術師誕生」(2010/05/05 (水) 23:29:59) の最新版変更点

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*作者:扇 **タイトル:蛇神と少女の幻想曲~第二話~ ----  ずるずる、と言う音が延々と続いていた。  音の主は満面の笑みで端を動かす三枚目風の男である。 「あ、メニューの端から端までもう一度追加で」  四人掛けのテーブルを埋め尽くすのは、空の蒸籠が作る巨大な塔と丼の山。  音の正体は月が蕎麦を啜る食事の音だった。 「・・・まだ食べ続けるなら、私は先に帰る」 「いやその、まだ腹六分目」 「さっきイタリアンを十分食べたよね?店の人が真っ青になって許しを請うくらい」 「ご、五百年ぶりの御飯でお腹が減っていまして」 「じゃあお一人でどうぞ、私はこのあんみつを食べたらお暇するから」 「店員さーん、今の注文キャンセルっ!」  渋々追加を断念する月だった。  だって仕方がない、硯梨の発言は何時だってセメント過ぎる。  まだ話さなければならない事が山のように有り、置き去りにされても困るのだ。 「うう、まだデザートに手を付けてないのにのぅ・・・」 「ここの甘味はメインの売り物より大人気、自信を持って勧められるお店だよ。むしろ蕎麦をこれだけ食べたのは君が初めてなんじゃ・・・」 「じ、次回はそっちを食べ尽くしてやるわーっ!」  こんなやりとり後に店を出たわけだが、いざ会計しようとしたところで珍事に遭遇する。  それは硯梨も初めて見る店主の姿。無愛想で有名な蕎麦打ち職人がレジに立っていた。 「・・・あんなに旨そうに俺の蕎麦を馬鹿食いしたのはあんたが初めてだ」 「む、お主が調理人か。中々の美味だったぞ、また足を運ぼうではないか」 「そうか、また必ず来いよ」 「うむ。蕎麦屋白杉・・・その名、心に留め置く事を約束しよう」  ぶっちゃけ硯梨はここの蕎麦がそれほど美味しいとは思わない。  それは一度食した客全ての総意であり、妥協して極普通の味が精一杯だろう。  そこで―――― 「月」 「?」 「ひょっとして、舌か頭がおかしい?」  店を出た少女はストレートに疑問を投げ掛ける。  少々言葉が攻撃的だが、この短期間で判ったのだ。  七夜月と名付けた人外を相手にする場合、遠慮をしない方が良い結果を生む事を。 「あのー硯梨さん、そんな美食倶楽部の主催みたいな事を言われても・・・」 「だって微妙な蕎麦を美味しそうにもりもり食べてたし」 「ああ、はっきり言おう。“料理”としては不味い。しかし“蕎麦”としては美味しかった。  余が昔食べた蕎麦はだね 蒸気で蒸したボロボロで味のないものだったわけでして」 「あ、下の下と中の下を比較したから大絶賛?」 「正解。昔に比べたら色々発展してるなーとしみじみ食べたのだよ」 「ふーん、歴史を感じさせる重みのある言葉だね」  さすが神様、人生経験は豊富らしい。 「長生きは伊達じゃないのだよ。それよりもさっきの話だが・・・」 「家にはもう飼い犬が居るし、きっと無理だと思う」 「え、ペット感覚?余は神様ですよ?祭られる存在ですよ!?」 「話を聞いて貰えるまでなら段取るから、後は頑張ってね♪」 「う、うわぁぁん!?」  四桁の人生経験もこの少女にかかっては全く役に立たない。  しかし何一つ思う通りに行かない月は、何でも自由に出来るが故の不自由さが心地よい。  口では泣き言を言いつつも、月は心底楽しそうな笑顔を浮かべるのだった。           <蛇神と少女の幻想曲~第二話~ 暴風魔術師誕生>             黒澄家は未だかつて無い緊張に襲われていた。  それもそのはずだろう。まだ高校生活の一年目の娘がいきなり年上の男を連れてきて、トドメとばかりに住まわせて欲しいと言ったのだから。  その上二次元に毒されたのか、男を妖怪の類と真顔で言うのだから救いが全く無い。  そしてそんな娘を見た父親は、信じられないといった表情を張り付かせ言う。 「学校で辛いことでも?」 「ん、特に無いかな。自分で言うのもアレだけど、私は結構教師受けの良い優等生だし」 「なら、その男に騙されて・・・とかでは?」 「それも違うと思う。お父さん、私の話を全く信じてないでしょ」 「お父さんは悲しいです。そもそも信じろという方が無理だ!お母さんも言ってあげなさい!」  しかし妻は錯乱した夫に対し、酷く冷静な様子である。  娘にどこか似た妙に若々しい硯梨の母は顎に手を当て何やら考え、自信を持って育ててきた娘に目を向けた。 「私は硯梨が嘘を付くような子とは思えません。貴方がそう言うのなら、そこの彼は妖怪さんなのでしょう。違って?」 「うん、月は自称神様と言い張る大きい蛇。この目で見たから間違いないもん」 「なら、証拠を見せなさい。百聞は一見にしかず・・・そうでしょう?」 「だってさ」  くすりと笑う硯梨は首を傾けて相棒の顔を眺め見る。  すると蛇神は任せろ、と頷くと母親へと向かって言った。 「よかろう。では、何をすればよいのだ?」 「そうねぇ、じゃあ神様らしく奇跡でも起こして貰おうかしら」  その言葉に月は黙考し、何やら案が浮かんだのか柏手を一つ打つ。 「では・・・見た目からソレっぽく始めよう。限定変化解除!」  一瞬ノイズのようなものが走ったと思うと、月の姿は人間サイズの蛇に変化。  硯梨が見た本来の姿に比べれば小さいが、それでも十分化け物サイズである。 『かなり圧縮したけど、コレが余の正体・・・OK?』 「あらびっくり、本当に爬虫類だったのね」 『うわーこの親にしてこの娘有りの反応!全く驚いてないのぅ!』 「あっちはそうでもないわよ?」  見れば父親こと睦十は真っ青になりながら月を見つめ、蛙のように硬直していた。 『父君の反応が普通では・・・・』 「あの人はいいから、何か見せてくれるのでしょ?早く、早く」 『り、了解。じゃあ派手で判りやすい火の玉でも出そうと思います』 「火事にしたら駄目よ」  硯梨母の注文に応えるべく最も得意かつ唯一無二の能力を慎重に起動。  空気中の分子運動を制御して加速し、生み出したのは熱量の塊だ。  具体的に言うならばソレは超圧縮された炎、触れれば鉄をも溶かす危険な代物である。 『二重に空気の膜で覆っているので外部に熱は漏らしません。試したいなら何かを投げ込むことをお勧めとゆーか、直接触ったら駄目だよ。  肉どころか骨も残らず溶けるのです、はい」 「む、むぅ、ならば家長として俺が実験を・・・とりゃぁっ!」  ここが父親の威厳を取り戻すチャンスとでも思ったのだろう。  睦十はびくびくといった面持ちで、手頃に転がっていたゴルフボールを煌々と輝く火の玉へと投げ入れる。  すると結果は素人目にも判りやすいものだった。 「ぁ、一瞬で蒸発した」 「凄いわねぇ、お母さんも一寸ビックリ」  目を輝かせて拍手する母・・・雅美は初めて遭遇する異端の力をあっさり受け入れていた。  月の個人的感想を言わせて貰えば、この母子は頭の捻子が一本足りないような気がしてならない。 『まだ何か必要でかのー?何なら丁度近くを飛行中の旅客機でも撃墜でも?それとも雷の雨かね?』 「いえいえ、もう結構。いいでしょう、こんなに愉快な生き物なら大歓迎です。私が現役の頃に出会っていたらさぞかし楽しかったでしょうね」 『つまり?』 「二回に一部屋余ってます。其処を使いなさい」  意外にもあっさりOKが出ていた。  そこで月は人型に戻り、持参したトランクケースをテーブルに載せて言う。 「では、これを当面の家賃と生活費として納めさせて貰うよ」  広げたトランクにはギッシリと札束がつまっていた。  すべて新札、銀行の保証印が押された一万円札の束が、である。 「これは余が株取引で得た真っ当なお金。戸籍の捏造やらなにやら多少悪いこともしたがの、その辺は不問とゆーことで」 「ふーん、私の目を見て同じ台詞が言える?」 「も、勿論じゃよよよ?」  考えてみれば、外食やらなにやらで景気よく使っていた。  もしかすると途中で立ち寄った銀行でもこっそり襲ったのでは、と硯梨は勘ぐりじっと被告人の目を見つめる。  しかし目に濁りは見られず、狼狽えた口調とは裏腹に視線を背けようともしない。  そのため出された判決は肯定的な物だった。 「うん、無罪」 「いつの間に捌かれる立場に!?」 「気にしない気にしない。それじゃお母さん、月を部屋に案内してくるね」 「はいはい、行ってらっしゃいな。えーと、爬虫類さん」 「その呼び方は止めて頂きたく・・・・」 「知りません。この家に住む以上、私がルールです。いいですね?」 「り、了解であります奥方っ!」 「よろしい、では行きなさい蛇さん」  神様でも逆らえない存在が一人増えた瞬間である。 「・・・・現代の女は恐ろしいのぅ」  月はしょんぼりとうなだれつつも、手招きする硯梨の招きに応じて階段を上るのだった。  ちなみに階下では―――― 「お父さん、これで家のローンも完済ですね」 「母さんはそれでいいのか!?」 「何かご不満でも?」 「アリマセン」 「なら良し」  何処ぞの蛇と少女のやり取りを思わせる家族会議があったとか無かったとかは、また別の話。 -硯梨の部屋-  月にあてがわれた部屋の隣、そこは硯梨の部屋だった。  手に入れた自室は半ば荷物置き場であり、好みに合うよう改装するまでは一人で居ても暇なだけ。  そのため時間を潰すべく少女の部屋を訪れた月は物色するべくきょよきょろと見渡し・・・落胆した。 「ここが硯梨の部屋?何というか・・・・殺風景だのぅ」 「そう?必要な物は揃ってるよ?」 「ぬいぐるみは?ファンシーな小物は?女の子の部屋なのに何も無いっておかしくないかの!?」 「私は質実剛健が大好き。人の趣味はともかく、魔術適正の検査を宜しく」 「り、了解。と言っても実はこっそり済ませてあります。余は出来る子なのです!」 「で?」 「うう、穏やかな声なのに背筋が氷る。出来ればもっと優しく――――」 「・・・で?」 「はっ、問題ありません。細かい部分を無視すれば、硯梨には魔術を扱う資格が備わっています。お望み通り、一流の魔術師に育て上げますとも!」  握り拳を天井に突き上げ、無駄に熱の籠もった口調で月は言った。  ベッドに本棚、それに衣裳棚位しかない部屋の内装と同じく、主もまた無駄が嫌いらしい。  自然と敬語になってしまうが、ここで押し切らなければ何をされるかわからないのだ。 「じゃあ、そもそも魔術って何かから教えてくれるかな?」 「うむり。では、基礎中の基礎から。魔術とは無属性の魔力を抽出し、形にすることで始まります。生徒の硯梨君、OK?」 「はい、先生」 「では続けます。今の前提条件はいかなる魔術に置いても共通ですが、ここからは流派や術者の個性次第で千差万別。  なので、硯梨には余が好んで使う独自理論を授けようと思います」 「ふむふむ」  ベッドに腰掛けつつ、硯梨はノートに要所要所を書き込んでいく。  この辺りは性格なのだろう、一字一句を聞き逃さない真剣さである。 「例えば100と言う答えを出したいと思いました。硯梨ならどんな計算を?」 「んと、50×2?」 「他にも1+99、1+1を繰り返す等、色々じゃろ?」 「はい、数限りない選択肢があります」 「100が目指す効果、すなわち魔術。例えば“炎”とか“水”と言う属性を付与する度に計算式へ加算して、魔術を組み上げることが主題になります。  そして”炎”も”+1”や”×2”はたまた”√7”と固定された定数ではありません。つまり、千差万別とゆーこと。OK?」 「うん」 「そこで登場するのが“MCAL”。これは“Magic Cirkit Activation Language”の略称で、余が暇つぶしにと独自に作り上げた魔導言語だよ。  これを使えば努力次第でどんな魔術も思いのままっ・・・・と、大丈夫かの?」 「少し意味合いが違いかも知れないけど、魔術をプログラミングするって事?」  ここまでは問題ないらしい。故に月はステップを一つあげた。 「正解。使い手は硯梨が初になる新型魔術・・・それが余の授ける魔導制御理論。巷で使われている近代式の術式はコレに近いがの  MCALは完全なる上位言語だよ。そしてコレを選んだのには理由があってですね」  月は床に胡座をかいた姿勢から一心不乱に書き進める硯梨を上目遣いで見上げ、申し訳なさそうに言った。 「先ほどちょろっと言ったがの、硯梨は魔術師の素養を持っていても肝心の魔力容量が少ない。これは余の綿密な測定結果なので間違いはありません。  だから一般的な概念式を幾つも組み上げ、最後に複合させると言った複雑な工程は向かないのだよ。  手順や工程が増えれば増える程ロスが増える・・・これは神様にだって避けられない真理なのです」 「そうなんだ。でも、資格があるだけで私は御の字。それに月の言いぐさだと、教えてくれる魔法なら大丈夫なんでしょ?」 「その通り。魔導制御理論では無駄を極力抑える数式的解釈が根っこにある為、従来よりもロスが遙かに小さい。  さらに言えば装弾機構をベースに運用することで用いて魔力の外部供給も可能となるわけだ。どーよ!」  聞けば聞くほど優れた技術体系だと思うが、硯梨は問題点に気づいて口を挟む。  なにせこれから習得する事である。疑問を残して後に苦労をしたくない。 「となると、便利さの代償に概念式の丸暗記が必要とか?暗記は嫌いじゃないけど、あまり多いと苦しいかも」 「そこはそれ、技術の進歩は素晴らしい。昔と違って対抗策があるのだよ。とゆーことで今は深く考えずにお勉強を。  わしの教える魔術は才能も大事だけども、学習量がダイレクトに実力に反映されるのです。  この辺り、普通の近代式が小学校レベルに感じられるほど難しいのがネックとも言えるかの」 「ん、了解です先生」 「こーゆーときは素直だのぅ・・・・じゃあ、基礎行文から――――」  教師役の月は、異常に従順な生徒に苦笑いを一つ。  出来る限り判りやすく、しかし手は抜かない密度の濃い授業を続けるのだった。 -そして一週間後-  学校が終わると最短で月の元へ帰り、夜遅くまで魔術鍛錬に時間を費やす毎日。  今では実技も踏まえ、すっかり魔術師らしくなってきた硯梨は今日も今日とて師にマンツーマンの講義を受けていた。 「この術式は誘導属性を付与した拡散する雷撃です。間違いは何処でしょう」 「18行目の魔法陣展開で属性変換ミス。それと・・・あ、収束方式が非効率の二点?」 「正解。なんとゆーか、短期間なのに物覚えと応用力高いのぅ・・・」 「だって無味乾燥な学校の勉強と違って面白いもん。何より自分が必要として覚える実践学習だよ?  これはゲームをするために覚えるルールだと私は思うし、時間を忘れちゃうほど楽しいの♪」  月は教え子の優秀さに驚きを隠せなかった。  本人はゲーム感覚らしく理解できて当然と言い張るが、実用レベルに達する迄何年かかるか判らないと予測していたのだ。  理論体系に基づいており基礎を理解できれば誰にでも出来るとは謳うが、如何せん才能が物を言う世界である。  凡人が努力を重ねてもフェルマーの定理を解けないように、資質がなければ何一つ理解することが出来ない分野をいとも簡単に理解するその頭脳。  本人は無自覚のようだが、見たこともない才覚すらも内に秘めているようで何とも末恐ろしい。 せめて人並みの魔力があれば、と本当に惜しいと思う月だった。  しかし飲み込みが早いのは結構だが、おかげで教える側の準備に余裕がない。感覚で扱っている物を理屈に置き換えて説明するのは骨が折れるのだ。  が、そこは自称神様だ。お気に入りの娘の為にと帳尻をキッチリ合わせていたりする。 「硯梨、実は今のが卒業試験でした。合格です、これからは単なる応用と閃きが全てです」 「そ、そうなんだ。意外と簡単で驚いちゃった」 「君はさらっと言うがの・・・魔術と言う未知のジャンルにも関わらずこの学習速度は異常としか思えん。  あれですよ、頭脳だけなら余の知る歴代魔術師の中でも五指に入るね。ぶっちゃけると天才です」 「あはは、照れちゃうから煽てるのは止めようね?」 「いやいやマジですよ?惜しむらくは魔力保有量くらい?天は二分を与えないと言うかもしれません・・・がっ!」 「が?」 「天は天でも、ここに二分を与える神様が居るのです!」 「”自称”であって、私はさっぱりも信じてないけどね♪」 「硯梨のための発言をスルーしてその御言葉!?な、泣きませんよ?余は・・・余は神様だから泣きませんよ!?」  勝者、可愛らしい笑顔でピュアハートをえぐった少女様。  情けも容赦も悪意すら無い天然の刃、それは恐ろしく鋭い武器だった。  なにせ敗者たる大人は言葉とは裏腹に決壊寸前のダムのような涙を堪え、脱兎の勢いで逃げていったのだから。 「・・・・私、何か間違ったこと言った?」  誰に問うでもなく呟き本気で悩む硯梨だったが、それも長くは続かない。  思考を邪魔するのは部屋の扉が奏でる一定のリズム。音の正体は結局硯梨の部屋に戻ってきた月が律儀にノックする音だった。  そして次に”入るぞー”と声が聞こえ、現れるはすっかり立ち直った様子の自称神様である。  ただしその手には出て行った時と違い、一降りの杖が抱えられている。 「仕切り直して余のターンっ!何はともあれ卒業の証を授けます。欠点を潰し、強力に術者をサポートする天下無双の――――」 「・・・その悪趣味な杖は何?」  ターンは移っても、力の差は歴然だ。  あっさり言葉を遮るのは上位者の低い声だった。 「悪趣味とは失礼な。これぞ老舗メーカーのチャンバーシステム搭載杖をベースに、全ての部品を素材から見直した最高の一品。  さらに世界初、術式の展開プロセスを記憶領域に保持する機能を搭載し、その上で使用者の負担を軽減させる魔導演算回路を搭載!  魔力の外部供給も装弾数6発を誇る魔力弾頭を――――」  しかし、怯むことなくノリノリの月は身振り手振を交えて杖の解説を続ける。  が、硯梨には不満があるらしい。思ったことは即実行、再度言葉を途中で止めるべく枕を投げつけていた。 「凄いのは判ったから、その少女趣味全開の形について説明をね?」  硯梨が指摘したのは杖のデザインだった。  色合いが白やピンクなのは百歩譲ってまだ許せる。しかし、しかしだ、ハートマークや星形のオプションは体が受け付けない。 「だって魔法少女ですよ?やっぱりこーゆーファンシーなデザ・・・・イ・・・ンを?」 「却下」 「え、この形に納めるためにユニットの小型化とか血の滲むよーな苦労をですね?久方ぶりに手を借りた仲間の罵倒も堪えてですね?」 「燃えないゴミに捨てられたいかな?」 「う、ううっ、じゃあどんな風にすれば?」 「えーと色は黒系か、塗装無しの鋼色とかで纏めて・・・形状は全面的に見直しだよ?  機能を優先したシンプルイズベスト。余計な装飾は全て取り外した杖に、ね。じゃないと突き返す」 「ど、どーしてもダメ?」 「ダメ」  別に死ぬことはないのだが、この一週間一切眠らずに杖を開発していた月の努力はばっさり切り捨てられていた。  何というか全力を尽くして高機能化を進めた結果、余剰スペースの無いカツカツ設計が恨めしい。  どう再設計するにしても、これではまた相当な苦労確定だ。  「はぁ、なら卒業は延期。コレがないと硯梨は並以下の魔法使いで、さすがの余とて不安なのです」 「うん、判った。なら時間も出来たし、この間隙を利用して戦闘用の術式を幾つか組み上げちゃうよ」 「うわーい、この娘ってば殺る気満々だのっ!」 「だって魔術師って敵を倒す職業なんでしょ?」 「魔術師ってのも退魔師ジャンルだから・・・間違っちゃーいないのじゃが・・・」 「戦うからには必勝、出し惜しみ無しの一撃必殺を常に全力で心がけるよ。うん、デビュー戦が楽しみ♪」 「・・・・無謀をサポートできる機能の追加・・・考えんと。あやつと・・・連絡つくかのぅ」  一緒に居て飽きなくていいが、何とも愉快な娘である。  味方にしていてこの惨状。少なくとも敵には回したくないと真剣に思う月だった。 「ふーむ、では記憶媒体を置いていこう。満足できる式が組めたらどんどん登録するのだ。ちなみに使い方は至って簡単。  何せ現代の最先端をブッチギリ。オーパーツ的技術で組み上げたから、さも当然のように生体リンクを採用しているからの」 「?」 「え、えーとですね、これは硯梨の思考を感知する杖のコアユニットです。完全自動で様々な処理を代行する  PCで言う所のCPUとHDを一緒にしたよーな機械で判るかの?今は入力のみじゃけど、本体に組み込めば出力も思いのままだよ」 「本当に月ってさ、ファンタジー世界の生き物かと思ったら容赦なく科学寄りだよね。何か間違ってない?」  基本的に理屈に基づいた言論の多い月は、例え魔術を使用する時であっても神秘を切り捨てている。  炎を生み出してみれば電子レンジの応用と言い、何者をも通さぬ障壁を展開した場合も大気を超圧縮と言う。  これでは妖怪の類と言うよりは、どこぞの研究期間から逃げ出した実験動物の方がしっくり来るのではなかろうか。 「いやいや、魔術も科学も突き詰めればいかに効率よく物理法則をねじ曲げるかに尽きる。例えばテレビ、デジタル信号を受け取って映像を  映し出すと言われても実際よく判らないじゃろ?行き過ぎた科学は魔術であり、理解できない科学は魔術なのだよ」 「そうかもね。うん、納得。色々とダメダメな月だけど、人に物を教える才能は凄いって素直に思うよ、私は」 「あの、それって褒めてるのでしょーか!?」 「多分」 「・・・・」 「む、無言になられても困るよ・・・・私、何か悪いこと言った?」 「・・・・無自覚の悪意が一番タチが悪いと余は思います」  一応の抵抗を試みる月だが、この程度で考え直す相手ではないようだ。  ジト目の圧を物ともせず、天然娘はベットに潜り込んでいく。 「せっかく月が用意してくれた道具、無駄にしないよ。明日には結果を出せるように術式の構築に集中するね」 「え、余の視線はスルー?と、それはつまり明日までに仕上げろと?」 「外装をちょこちょこーっと弄るだけなら時間は必要ないんじゃ?」 「おま・・・今時そこいらの玩具だってそんな単純には――――」 「だって神様でしょ?まさか無理とは言わないと思うんだ」  都合の良いときだけ神様扱いは止めて頂きたい。  これは殺し文句だ。否、と首を横に振ればそこで神様扱い終了である。  本来なら二つあるはずの選択肢は、この時点で一つしか残されていなかったりする。 「せ、せめて学校から戻ってくるまでの猶予を頂きたいっ!」  返事は柔らかな笑顔と一本だけ立てられた人差し指だ。  深読みしすぎかもしれないが、暗に”男に二言は無いよね?嘘ついたら折檻タイムだよ?”と言われているような気がしてならない。 「硯梨って忙しいはず!余も一分一秒が惜しいデンジャーな感じです。明日の再開を楽しみにしとるよ、じゃっ!」  限られた製造時間を無駄には出来ない。プライドと存亡を賭けた、創造神としての戦いが始まった月だった。  そして残された硯梨もまた効率よく時間を使用するべく目を閉じ、ベッドに横たわるリラックスした体勢で宣言通りの魔術構築を始める。 (肉弾戦での勝率はゼロと想定、アウトレンジからのを狙撃を主軸に据え・・・・)  脳裏に浮かび上がる処理ウインドウを直感的に使いこなし、硯梨は一人前の魔術師になるべく術式を練り直していく。  成る程、このサポート能力は素晴らしい。手書きで記述すると半日がかりのマルチスペル構築がテスト込みでサクサク進む。  欲しい情報を一瞬で呼び出せ、一度関与した式の追加・修正も当然容易。何というか、もう手放せない。    (プランBの一部を弄って距離による威力減衰を概念で補助。高威力射撃のリソースを確保しつつ、接敵されない対抗策も考えないと)  三次元的な戦いをイメージし、思案するのは戦闘スタイルだ。   しかし硯梨は一般的な魔術師の戦い方が判らない。  森で出会った退魔師とやらは刀と拳銃を持っていたが、月が瞬殺したためアテにはならないのである。  故に行き着く先は趣味のゲーム情報。例えば天夜奇想譚では敵の射程範囲外から一方的に攻撃できるスタイルを確立している。  これは最も愛するSTGにも通じる戦術で有り、鍛えていない華奢な体との相性も良いはずだ。 (そっか、連射の効く誘導弾を構築すれば問題はクリア。倒し切れればそれで良し、威力不足でも時間は稼げる)  その発想は間違いではない、間違いではないのだが、何処までも独自路線へと突き進んでいる事実を硯梨は知らない。   (魔力消費量の最適化は・・・・っと、もう朝?)  気がつけばカーテン越しの外が明るい。白んだ空が朝の訪れを告げ、夜の終わりを五感に訴えてくる。  すっかり徹夜してしまった硯梨だが、それは隣も同じらしい。  偶然聞こえてきたのは月の声だ。それも”ふわぁ、結局フレームから作り直しかい。まだまだやらにゃーならんことが山積みだぜぃ・・・”  と、術式が八割方の完成を見せた少女とは違う愚痴がである。 「・・・・ごめんね、今度ちゃんと埋め合わせするから」  思わず手を併せて拝む硯梨だった。 「さて、私は登校の準備。今日は帰宅後のお楽しみもあるし、頑張っていこう!」  いつもは鳴る目覚ましのスイッチを切り、うーんと軽く一伸び。  最低限必要な要素を満たし、晴れて退魔士・・・と言うよりは何か違う存在になった硯梨の新しい一日が始まるのだった。 ---- [[一覧に戻る>小説一覧]]
*作者:扇 **タイトル:蛇神と少女の幻想曲~第二話~ ----  ずるずる、と言う音が延々と続いていた。  音の主は満面の笑みで箸を動かす三枚目風の男である。 「あ、メニューの端から端までもう一度追加で」  四人掛けのテーブルを埋め尽くすのは、空の蒸籠が作る巨大な塔と丼の山。  音の正体は月が蕎麦を啜る食事の音だった。 「・・・まだ食べ続けるなら、私は先に帰る」 「いやその、まだ腹六分目」 「さっきイタリアンを十分食べたよね?店の人が真っ青になって許しを請うくらい」 「ご、五百年ぶりの御飯でお腹が減っていまして」 「じゃあお一人でどうぞ、私はこのあんみつを食べたらお暇するから」 「店員さーん、今の注文キャンセルっ!」  渋々追加を断念する月だった。  だって仕方がない、硯梨の発言は何時だってセメント過ぎる。  まだ話さなければならない事が山のように有り、置き去りにされても困るのだ。 「うう、まだデザートに手を付けてないのにのぅ・・・」 「ここの甘味はメインの売り物より大人気、自信を持って勧められるお店だよ。むしろ蕎麦をこれだけ食べたのは君が初めてなんじゃ・・・」 「じ、次回はそっちを食べ尽くしてやるわーっ!」  こんなやりとり後に店を出たわけだが、いざ会計しようとしたところで珍事に遭遇する。  それは硯梨も初めて見る店主の姿。無愛想で有名な蕎麦打ち職人がレジに立っていた。 「・・・あんなに旨そうに俺の蕎麦を馬鹿食いしたのはあんたが初めてだ」 「む、お主が調理人か。中々の美味だったぞ、また足を運ぼうではないか」 「そうか、また必ず来いよ」 「うむ。蕎麦屋白杉・・・その名、心に留め置く事を約束しよう」  ぶっちゃけ硯梨はここの蕎麦がそれほど美味しいとは思わない。  それは一度食した客全ての総意であり、妥協して極普通の味が精一杯だろう。  そこで―――― 「月」 「?」 「ひょっとして、舌か頭がおかしい?」  ふらりと入った蕎麦屋を出た少女はストレートに疑問を投げ掛ける。  少々言葉が攻撃的だが、この短期間で判ったのだ。  この人外を相手にする場合、遠慮をしない方が良い結果を生む事を。 「あのー硯梨さん、そんな美食倶楽部の主催みたいな事を言われても・・・」 「だって微妙な蕎麦を美味しそうにもりもり食べてたし」 「ああ、はっきり言おう。“料理”としては不味い。しかし“蕎麦”としては美味かった。余が昔食べた蕎麦はだね 蒸気で蒸したボロボロで味のないものだったわけでして」 「あ、下の下と中の下を比較したから大絶賛?」 「正解。昔に比べたら色々発展してるなーとしみじみ食べたのだよ」 「ふーん、歴史を感じさせる重みのある言葉だね」  さすが神様、人生経験は豊富らしい。 「長生きは伊達じゃないのだよ。それよりもさっきの話だが・・・」 「家にはもう飼い犬が居るし、きっと無理だと思う」 「え、ペット感覚?余は神様ですよ?祭られる存在ですよ!?」 「話を聞いて貰えるまでなら段取るから、後は頑張ってね♪」 「う、うわぁぁん!?」  四桁の人生経験もこの少女にかかっては全く役に立たない。  しかし何一つ思う通りに行かない月だが、何でも自由に出来るが故の不自由さが心地よい。  口では泣き言を言いつつも、月は心底楽しそうな笑顔を浮かべるのだった。           <蛇神と少女の幻想曲~第二話~ 暴風魔術師誕生>             黒澄家は未だかつて無い緊張に襲われていた。  それもそのはずだろう。まだ高校生活の一年目の娘がいきなり年上の男を連れてきて、トドメとばかりに住まわせて欲しいと言ったのだから。  その上二次元に毒されたのか、男を妖怪の類と真顔で言うのだから救いが全く無い。  そしてそんな娘を見た父親は、信じられないといった表情を張り付かせ言う。 「学校で辛いことでも?」 「ん、特に無いかな。自分で言うのもアレだけど、私は結構教師受けの良い優等生だし」 「なら、その男に騙されて・・・とかでは?」 「それも違うと思う。お父さん、私の話を全く信じてないでしょ」 「お父さんは悲しいです。そもそも信じろという方が無理だ!お母さんも言ってあげなさい!」  しかし妻は錯乱した夫に対し、酷く冷静な様子である。  娘によく似た妙に若々しい硯梨の母は顎に手を当て何やら考え、自信を持って育ててきた娘に目を向けた。 「私は硯梨が嘘を付くような子とは思えません。貴方がそう言うのなら、そこの彼は妖怪さんなのでしょう。違って?」 「うん、月は自称神様と言い張る大きい蛇。この目で見たから間違いないもん」 「なら、証拠を見せなさい。百聞は一見にしかず・・・そうでしょう?」 「だってさ」  くすりと笑う硯梨は首を傾けて相棒の顔を眺め見る。  すると蛇神は任せろ、と頷くと母親へと向かって言った。 「よかろう。では、何をすればよいのだ?」 「そうねぇ、じゃあ神様らしく奇跡でも起こして貰おうかしら」  その言葉に月は黙考し、何やら案が浮かんだのか柏手を一つ打つ。 「では・・・見た目からソレっぽく始めよう。限定変化解除!」  一瞬ノイズのようなものが走ったと思うと、月の姿は人間サイズの蛇に変化。  硯梨が見た本来の姿に比べれば小さいが、それでも十分化け物サイズである。 『かなり圧縮したけど、コレが余の正体・・・OK?』 「あらびっくり、本当に爬虫類だったのね」 『うわーこの親にしてこの娘有りの反応!全く驚いてないのぅ!』 「あっちはそうでもないわよ?」  見れば父親こと睦十は真っ青になりながら月を見つめ、蛙のように硬直していた。 『父君の反応が普通では・・・・』 「あの人はいいから、何か見せてくれるのでしょ?早く、早く」 『り、了解。じゃあ派手で判りやすい火の玉でも出そうと思います』 「火事にしたら駄目よ」  硯梨母の注文に応えるべく最も得意かつ唯一無二の能力を慎重に起動。  空気中の分子運動を制御して加速し、生み出したのは熱量の塊だ。  具体的に言うならばソレは超圧縮された炎、触れれば鉄をも溶かす危険な代物である。 『二重に空気の膜で覆っているので外部に熱は漏らしません。試したいなら何かを投げ込むことをお勧めとゆーか、直接触ると肉どころか骨も残らず溶けるのです」 「む、むぅ、ならば家長として俺が実験を・・・とりゃぁっ!」  ここが父親の威厳を取り戻すチャンスとでも思ったのだろう。  睦十はびくびくといった面持ちで、手頃に転がっていたゴルフボールを煌々と輝く火の玉へと投げ入れる。  すると結果は素人目にも判りやすいものだった。 「ぁ、一瞬で蒸発した」 「凄いわねぇ、お母さんも一寸ビックリ」  目を輝かせて拍手する母・・・雅美は初めて遭遇する異端の力をあっさり受け入れていた。  月の個人的感想を言わせて貰えば、この母子は頭の捻子が一本足りないような気がしてならない。 『まだ何か必要かのー?丁度近くを飛行中の旅客機でも撃墜でも?それとも雷の雨を所望かね?』 「いえいえ、もう結構。いいでしょう、こんなに愉快な生き物なら大歓迎です。私が現役の頃に出会っていたらさぞかし楽しかったでしょうね」 『つまり?』 「二回に一部屋余ってます。其処を使いなさい」  意外にもあっさりOKが出ていた。何やら不穏当な発言が混じっていた気もするが、細かいことを気にしない化け物は軽くスルー。  そこで月は人型に戻り、持参したトランクケースをテーブルに載せて言う。 「では、これを当面の家賃と生活費として納めさせて貰うよ」  広げたトランクにはギッシリと札束がつまっていた。  すべて新札、銀行の保証印が押された一万円札の束が、である。 「これは余が手慰みに稼いだ真っ当な金。戸籍の捏造やらなにやら多少悪いこともしたがの、その辺は不問とゆーことで」 「ふーん、私の目を見て同じ台詞が言える?」 「も、勿論じゃよよよ?」  考えてみれば、外食やらなにやらで景気よく使っていた。  もしかすると途中で立ち寄った銀行でもこっそり襲ったのでは、と硯梨は勘ぐりじっと被告人の目を見つめる。  しかし目に濁りは見られず、狼狽えた口調とは裏腹に視線を背けようともしない。  そのため出された判決は肯定的な物だった。 「うん、無罪」 「いつの間に捌かれる立場に!?」 「気にしない気にしない。それじゃお母さん、月を部屋に案内してくるね」 「はいはい、行ってらっしゃいな。えーと、爬虫類さん」 「その呼び方は止めて頂きたく・・・・」 「知りません。この家に住む以上、私がルール。文句があるなら捻り潰します・・・いいですね?」 「り、了解であります奥方っ!」 「よろしい、では行きなさい蛇さん」  神様でも逆らえない存在が一人増えた瞬間である。 「・・・・現代の女は恐ろしいのぅ」  月はしょんぼりとうなだれつつも、手招きする硯梨の招きに応じて階段を上るのだった。  ちなみに階下では―――― 「お父さん、これで家のローンも完済ですね」 「母さんはそれでいいのか!?」 「何かご不満でも?」 「アリマセン」 「なら良し」  何処ぞの蛇と少女のやり取りを思わせる家族会議があったとか無かったとかは、また別の話。 -硯梨の部屋-  月にあてがわれた部屋の隣、そこは硯梨の部屋だった。  手に入れた自室は半ば荷物置き場であり、好みに合うよう改装するまでは一人で居ても暇なだけ。  そのため時間を潰すべく少女の部屋を訪れた月は物色するべくきょよきょろと見渡し・・・落胆した。 「ここが硯梨の部屋?何というか・・・・殺風景だのぅ」 「そう?必要な物は揃ってるよ?」 「ぬいぐるみは?ファンシーな小物は?女の子の部屋なのに何も無いっておかしくないかの!?」 「私は質実剛健が大好き。人の趣味はともかく、魔術適正の検査を宜しく」 「り、了解。と言っても実はこっそり済ませてあります。余は出来る子なのです!」 「で?」 「うう、穏やかな声なのに背筋が氷る。出来ればもっと優しく――――」 「・・・で?」 「はっ、問題ありません。細かい部分を無視すれば、硯梨には魔術を扱う資格が備わっています。お望み通り、一流の魔術師に育て上げますとも!」  握り拳を天井に突き上げ、無駄に熱の籠もった口調で月は言った。  ベッドに本棚、それに衣裳棚位しかない部屋の内装と同じく、主もまた無駄が嫌いらしい。  自然と敬語になってしまうが、ここで押し切らなければ何をされるかわからないのだ。 「じゃあ、そもそも魔術って何かから教えてくれるかな?」 「うむり。では、基礎中の基礎から。魔術とは無属性の魔力を抽出し、形にすることで始まります。生徒の硯梨君、OK?」 「はい、先生」 「では続けます。今の前提条件はいかなる魔術に置いても共通ですが、ここからは流派や術者の個性次第で千差万別。なので、硯梨には余が好んで使う独自理論を授けようと思います」 「ふむふむ」  ベッドに腰掛けつつ、硯梨はノートに要所要所を書き込んでいく。  この辺りは性格なのだろう、一字一句を聞き逃さない真剣さである。 「例えば100と言う答えを出したいと思いました。硯梨ならどんな計算を?」 「んと、50×2?」 「他にも1+99、1+1を繰り返す等、色々じゃろ?」 「はい、数限りない選択肢があります」 「100が目指す効果、すなわち魔術。例えば“炎”とか“水”と言う属性を付与する度に計算式へ加算して、魔術を組み上げることが主題になります。そして”炎”も”+1”や”×2”はたまた”√7”と固定された定数ではありません。つまり、千差万別とゆーこと。OK?」 「うん」 「そこで登場するのが“MCAL”。これは“Magic Cirkit Activation Language”の略称で、余が暇つぶしにと独自に作り上げた魔導言語だよ。これを使えば努力次第でどんな魔術も思いのままっ・・・・と、大丈夫かの?」 「少し意味合いが違いかも知れないけど、魔術をプログラミングするって事?」  ここまでは問題ないらしい。故に月はステップを一つあげた。 「正解。使い手は硯梨が初になる新型魔術・・・それが余の授ける術。巷で使われている近代式の術式はコレに近いがの、MCALは完全なる上位言語だよ。そしてコレを選んだのには理由がありまして」  月は床に胡座をかいた姿勢から一心不乱に書き進める硯梨を上目遣いで見上げ、申し訳なさそうに言った。 「先ほどちょろっと言ったがの、硯梨は魔術師の素養を持っていても燃料となる肝心の魔力が少ない。これは余の綿密な測定結果なので間違いはありません。だから一般的な概念式を幾つも組み上げ、最後に複合させると言った複雑な工程は向かないのだよ。手順や工程が増えれば増える程ロスが増える・・・これは神様にだって避けられない真理なのです」 「そうなんだ。でも、資格があるだけで私は御の字。それに月の言いぐさだと、教えてくれる魔法なら大丈夫なんでしょ?」 「その通り。魔導制御理論では無駄を極力抑える数式的解釈が根っこにある為、従来よりもロスが遙かに小さい。さらに言えば装弾機構をベースに運用することで用いて魔力の外部供給も可能となるわけだ。どーよ!」  聞けば聞くほど優れた技術体系だと思うが、硯梨は問題点に気づいて口を挟む。  なにせこれから習得する事である。疑問を残して後に苦労をしたくない。 「となると、便利さの代償に概念式の丸暗記が必要とか?暗記は嫌いじゃないけど、あまり多いと苦しいかも」 「そこはそれ、技術の進歩は素晴らしい。昔と違って対抗策があるのだよ。とゆーことで今は深く考えずにお勉強を。余の教える魔術は才能も大事だけども、学習量がダイレクトに実力に反映されるのです。この辺り、普通の近代式が小学校レベルに感じられるほど難しいのがネックとも言えるかの」 「ん、了解です先生」 「こーゆーときは素直だのぅ・・・・じゃあ、基礎行文から――――」  教師役の月は、異常に従順な生徒に苦笑いを一つ。  出来る限り判りやすく、しかし手は抜かない密度の濃い授業を続けるのだった。 -1週間後-  学校が終わると最短で月の元へ帰り、夜遅くまで魔術鍛錬に時間を費やす毎日。  今では実技も踏まえ、すっかり魔術師らしくなってきた硯梨は今日も今日とてマンツーマンの講義を受けていた。 「この術式は誘導属性を付与した拡散する雷撃です。間違いは何処でしょう」 「18行目の魔法陣展開で属性変換ミス。それと・・・あ、収束方式が非効率の二点?」 「正解。なんとゆーか、短期間なのに物覚えと応用力高いのぅ・・・」 「だって無味乾燥な学校の勉強と違って面白いもん。何より自分が必要として覚える実践学習だよ?これはゲームをするために覚えるルールだと私は思うし、時間を忘れちゃうほど楽しいの♪」  月は教え子の優秀さに驚きを隠せなかった。  本人はゲーム感覚らしく理解できて当然と言い張るが、実用レベルに達する迄何年かかるか判らないと予測していたのだ。  理論体系に基づいており基礎を理解できれば誰にでも出来るとは謳うが、如何せん才能が物を言う世界である。  凡人が努力を重ねてもフェルマーの定理を解けないように、資質がなければ何一つ理解することが出来ない分野をいとも簡単に理解するその頭脳。  本人は無自覚のようだが、見たこともない才覚すらも内に秘めているようで何とも末恐ろしい。 せめて人並みの魔力があれば、と本当に惜しいと思う月だった。  しかし飲み込みが早いのは結構だが、おかげで教える側の準備に余裕がない。感覚で扱っている物を理屈に置き換えて説明するのは骨が折れるのだ。  が、そこは自称神様だ。お気に入りの娘の為にと帳尻をキッチリ合わせていたりする。 「実は今のが卒業試験でした。合格です、これからは単なる応用と閃きが全てです」 「そ、そうなんだ。意外と簡単で驚いちゃった」 「君はさらっと言うがの・・・魔術と言う未知のジャンルにも関わらずこの学習速度は異常としか思えん。あれですよ、頭脳だけなら余の知る歴代魔術師の中でも五指に入るね。ぶっちゃけると天才です」 「あはは、照れちゃうから煽てるのは止めようね?」 「いやいやマジですよ?惜しむらくは魔力保有量くらい?天は二分を与えないと言うかもしれません・・・がっ!」 「が?」 「天は天でも、ここに二分を与える神様が居るのです!」 「”自称”であって、私はさっぱりも信じてないけどね」 「硯梨のための発言をスルーしてその御言葉!?な、泣きませんよ?余は・・・余は神様だから泣きませんよ!?」  勝者、可愛らしい笑顔でピュアハートをえぐった少女様。  情けも容赦も悪意すら無い天然の刃、それは恐ろしく鋭い武器だった。  なにせ敗者たる大人は言葉とは裏腹に決壊寸前のダムのような涙を堪え、脱兎の勢いで逃げていったのだから。 「・・・・私、何か間違ったこと言った?」  誰に問うでもなく呟き本気で悩む硯梨だったが、それも長くは続かない。  思考を邪魔するのは部屋の扉が奏でる一定のリズム。音の正体は結局硯梨の部屋に戻ってきた月が律儀にノックする音だった。  そして次に”入るぞー”と声が聞こえ、現れるはすっかり立ち直った様子の自称神様である。  ただしその手には出て行った時と違い、一降りの杖が抱えられている。 「仕切り直して余のターンっ!何はともあれ卒業の証を授けます。欠点を潰し、強力に術者をサポートする天下無双の――――」 「・・・その悪趣味な杖は何?」  ターンは移っても、力の差は歴然だ。  あっさり言葉を遮るのは上位者の低い声だった。 「悪趣味とは失礼な。これぞ老舗メーカーのチャンバーシステム搭載杖をベースに、全ての部品を素材から見直した最高の一品。さらに世界初、術式の展開プロセスを記憶領域に保持する機能を搭載し、その上で使用者の負担を軽減させる魔導演算回路を搭載!魔力の外部供給も装弾数6発を誇る魔力弾頭を――――」  しかし、怯むことなくノリノリの月は身振り手振を交えて杖の解説を続ける。  が、硯梨には不満があるらしい。思ったことは即実行、再度言葉を途中で止めるべく枕を投げつけていた。 「凄いのは判ったから、その少女趣味全開の形について説明をね?」  硯梨が指摘したのは杖のデザインだった。  色合いが白やピンクなのは百歩譲ってまだ許せる。しかし、しかしだ、ハートマークや星形のオプションは体が受け付けない。 「だって魔法少女ですよ?やっぱりこーゆーファンシーなデザ・・・・イ・・・ンを?」 「却下」 「え、この形に納めるためにユニットの小型化とか血の滲むよーな苦労をですね?久方ぶりに手を借りた仲間の罵倒も堪えてですね?」 「燃えないゴミに捨てられたいかな?」 「う、ううっ、じゃあどんな風にすれば?」 「えーと色は黒系か、塗装無しの鋼色とかで纏めて・・・形状は全面的に見直しだよ?機能を優先したシンプルイズベスト。余計な装飾は全て取り外した杖に、ね。じゃないと突き返す」 「ど、どーしてもダメ?」 「ダメ」  別に死ぬことはないのだが、この一週間一切眠らずに杖を開発していた月の努力はばっさり切り捨てられていた。  何というか全力を尽くして高機能化を進めた結果、余剰スペースの無いカツカツ設計が恨めしい。  どう再設計するにしても、これではまた相当な苦労確定だ。  「はぁ、なら卒業は延期。コレがないと硯梨は並以下の魔法使いで、さすがの余とて不安なのです」 「うん、判った。なら時間も出来たし、この間を利用して戦闘用の術式を幾つか組み上げちゃうよ」 「うわーい、この娘ってば殺る気満々だのっ!」 「だって魔術師って敵を倒す職業なんでしょ?」 「魔術師ってのも退魔師ジャンルだから・・・間違っちゃーいないのじゃが・・・」 「戦うからには必勝、出し惜しみ無しの一撃必殺を常に全力で心がけるよ。うん、デビュー戦が楽しみ♪」 「・・・・無謀をサポートできる機能の追加を考えんと。あやつと・・・連絡つくかのぅ」  一緒に居て飽きなくていいが、何とも愉快な娘である。  味方にしていてこの惨状。少なくとも敵には回したくないと真剣に思う月だった。 「ふーむ、では記憶媒体を置いていこう。満足できる式が組めたらどんどん登録するのだ。ちなみに使い方は至って簡単。何せ現代の最先端をブッチギリ。オーパーツ的技術で組み上げ、さも当然のように生体リンクを採用しているからの」 「?」 「え、えーとですね、これは硯梨の思考を感知する杖のコアユニットです。完全自動で様々な処理を代行するPCで言う所のCPUとHDを一緒にしたよーな機械で判るかの?今は入力のみじゃけど、本体に組み込めば出力も思いのままだよ」 「本当に月ってさ、ファンタジー世界の生き物かと思ったら容赦なく科学寄りだよね。何か間違ってない?」  基本的に理屈に基づいた言論の多い月は、例え魔術を使用する時であっても神秘を切り捨てている。  炎を生み出してみれば電子レンジの応用と言い、何者をも通さぬ障壁を展開した場合も大気を超圧縮と言う。  これでは妖怪の類と言うよりは、どこぞの研究期間から逃げ出した実験動物の方がしっくり来るのではなかろうか。 「いやいや、魔術も科学も突き詰めればいかに効率よく物理法則をねじ曲げるかに尽きる。例えばテレビ、デジタル信号を受け取って映像を映し出すと言われても実際よく判らないじゃろ?行き過ぎた科学は魔術であり、理解できない科学は魔術なのだよ」 「そうかもね。うん、納得。色々とダメダメな月だけど、人に物を教える才能は凄いって素直に思うよ、私は」 「あの、それって褒めてるのでしょーか!?」 「多分」 「・・・・」 「む、無言になられても困るよ・・・・私、何か悪いこと言った?」 「・・・・無自覚の悪意が一番タチが悪いと余は思います」  一応の抵抗を試みる月だが、この程度で考え直す相手ではないようだ。  ジト目の圧を物ともせず、天然娘はベットに潜り込んでいく。 「せっかく月が用意してくれた道具、無駄にしないよ。明日には結果を出せるように術式の構築に集中するね」 「え、余の視線はスルー?と、それはつまり明日までに仕上げろと?」 「外装をちょこちょこーっと弄るだけなら時間は必要ないんじゃ?」 「おま・・・今時そこいらの玩具だってそんな単純には――――」 「だって神様でしょ?まさか無理とは言わないと思うんだ」  都合の良いときだけ神様扱いは止めて頂きたい。  これは殺し文句だ。否、と首を横に振ればそこで神様扱い終了である。  本来なら二つあるはずの選択肢は、この時点で一つしか残されていなかったりする。 「せ、せめて学校から戻ってくるまでの猶予を頂きたいっ!」  返事は柔らかな笑顔と一本だけ立てられた人差し指だ。  深読みしすぎかもしれないが、暗に”男に二言は無いよね?嘘ついたら折檻タイムだよ?”と言われているような気がしてならない。 「硯梨って忙しいはず!余も一分一秒が惜しいデンジャーな感じです。明日の再開を楽しみにしとるよ、じゃっ!」  限られた製造時間を無駄には出来ない。プライドと存亡を賭けた戦いが始まった瞬間だった。  そして残された硯梨もまた効率よく時間を使用するべく目を閉じ、ベッドに横たわるリラックスした体勢で宣言通りの魔術構築を始める。 (肉弾戦での勝率はゼロと想定、アウトレンジからのを狙撃を主軸に据え・・・・)  脳裏に浮かび上がる処理ウインドウを直感的に使いこなし、硯梨は一人前の魔術師になるべく術式を練り直していく。  成る程、このサポート能力は素晴らしい。手書きで記述すると半日がかりのマルチスペル構築がテスト込みでサクサク進む。  欲しい情報を一瞬で呼び出せ、一度関与した式の追加・修正も当然容易。何というか、もう手放せない。    (プランBの一部を弄って距離による威力減衰を概念で補助。高威力射撃のリソースを確保しつつ、接敵されない対抗策も考えないと)  三次元的な戦いをイメージし、思案するのは戦闘スタイルだ。   しかし硯梨は一般的な魔術師の戦い方が判らない。  森で出会った退魔師とやらは刀と拳銃を持っていたが、月が瞬殺したためアテにはならないのである。  故に行き着く先は趣味のゲーム情報。例えば天夜奇想譚では敵の射程範囲外から一方的に攻撃できるスタイルを確立している。  これは最も愛するSTGにも通じる戦術で有り、鍛えていない華奢な体との相性も良いはずだ。 (そっか、連射の効く誘導弾を構築すれば問題はクリア。倒し切れればそれで良し、威力不足でも時間は稼げる)  その発想は間違いではない、間違いではないのだが、何処までも独自路線へと突き進んでいる事実を硯梨は知らない。   (魔力消費量の最適化は・・・・っと、もう朝?)  気がつけばカーテン越しの外が明るい。白んだ空が朝の訪れを告げ、夜の終わりを五感に訴えてくる。  すっかり徹夜してしまった硯梨だが、それは隣も同じらしい。  偶然聞こえてきたのは月の声だ。それも”ふわぁ、結局フレームから作り直しかい。まだまだやらにゃーならんことが山積みだぜぃ・・・”  と、術式が八割方の完成を見せた少女とは違う愚痴がである。 「・・・・ごめんね、今度ちゃんと埋め合わせするから」  思わず手を併せて拝む硯梨だった。 「さて、私は登校の準備。今日は帰宅後のお楽しみもあるし、頑張っていこう!」  いつもは鳴る目覚ましのスイッチを切り、うーんと軽く一伸び。  最低限必要な要素を満たし、晴れて退魔士・・・と言うよりは何か違う存在になった硯梨の新しい一日が始まるのだった。 ---- [[一覧に戻る>小説一覧]]

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