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第1.5話 ~その頃の姉(前編)~」(2010/03/29 (月) 00:57:40) の最新版変更点

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*作者:扇 **タイトル:王と騎士と魔法の剣 ----  灼熱の世界に乾いた風が吹いていた。  風は砂を運び、気紛れにその強弱を変えながら有象無象の区別無く猛威を振るう。  しかし、そんな自然の脅威をものともせずに動き回る者達がここに居た。  一つは朽ちた体に年季の入った包帯を巻きつける世界的にもメジャーな化け物の群れだ。  その数は10や20ではきかない。今この瞬間にも蟻が巣より這い出すかのようにその数を増し続けており、このまま放置するとミイラで大地が埋まりかねないだろう。  対し、それを阻止せんとする人間たちが残る二つ目の勢力である。 「このまま場当たり的な対処を続けても意味が無い。全員俺に続け、突破口を開くぞ!」  左手に盾、右手に剣を持つ男は焦りの色を隠さずに叫んでいた。  これは男に限った事ではないが、異形の軍団に立ち向かう彼らの装備はやけに古風である。  なにせ装備が近代風であっても西洋甲冑に剣や槍だ。何も知らない子供が見れば口を揃えるに違いない。“御伽噺に出てくる騎士達だ”と。 「個々の能力で上回っていようとも侮るな。足を止めれば餌食になる!」 「「了解」」  騎士たちが鏃となり、ミイラの壁を貫いていく。  斬って、薙いで、突いて、撃って、その一撃一撃に必殺の威力を乗せた刃の嵐が吹き荒れる度に目指すゴール地点への道を文字通り切り開いていくが、世の中思い通りには行かないものだ。  いくら鋭い 鏃を持っていても、矢とはいずれ止るのが常である。次第に速力を落とし、敵の密集地帯で足が止まってしまっていた。 「・・・脅威の度合いが低いと判断したのは誰だ?」 「未発見の遺跡じゃざらにある事だろ。それよりも問題にせにゃならんのは、割と絶体絶命という現実ではなかろうか?」 「偵察名目の一個小隊が正面きって敵う相手じゃないと納得した上での遅延策さ。むしろ他に手段があるなら教えてくれ。それに緊急連絡は入れた。今に増援が来るだろうよ」 「助けに来た時点で亡骸・・・なんて事にならないよう願いたい」  エジプト政府より新発見のピラミッドの依頼を受け、遠く欧州より調査に来て見ればこの様だ。  何があるか判らないのが魔術関連の常識とはいえ到着した時点でミイラ特盛は如何なものか。おまけに帰りの足は破壊されてしまい、逃げるに逃げられやしない。  だが、恨み言を漏らしていたところで状況は好転しない。会話中も剣を振るい続けるが、幾ら切り倒しても減るのはこちらの体力だけのような気がしてならなかった。  体力的な余裕はまだ大丈夫だ。しかし、精神的な疲労の蓄積が限界に近い。圧倒的な敵の数に対して孤立無援、しかもいくら倒してもきりがないという絶望感は予想以上の消耗を強いてくる。  だが、そんな窮地も終わりの時を迎える時が来た。 『次の通信まで一歩も動くな。忠告に従わない場合、身の安全を保障しない』  兜に仕込まれたインカムから待ち望んだ声が流れ出し、次の瞬間には飛行機雲を引きながら一機の輸送機が遠い空の向こうに姿を現していた。  だが、騎士たちの表情は複雑だ。  彼らは知っている。その機に搭載されている存在を。 『これより侵攻ルートの確保と、敵本拠への攻撃を開始する』  その証拠とばかりに高出力エンジン特有の高音域で響く金切り声が聞こえてくる。  音の発生源は輸送機より高速射出された黒い影だ。  影は騎士たちに近づくにつれその姿を変えていく。まず空気抵抗を減らし、カタパルトによって得られた初速を生かすため閉じられていた翼を展開して空力特性を向上。 次にバックパックに対となってマウントされている長砲が動き出し、前面に向かって照準を合わせ始めていた。 「あれが噂の最新型か。頼もしいが・・・・」 「・・・同じく噂の乗り手が支援を考えてくれればな」  ぼやく騎士たちの直上、鋭角的なフォルムの影は太陽を背にして減速から急静止。  一対の主翼と二対の補助翼から成る六翼と、機体の各所より黄金色の粒子を撒き散らしながら微細な姿勢制御を繰り返す。  左腕のハードポイントに盾、腰にマウントされるは身の丈に相応しい長剣。  右の手に無骨なガトリング砲を持つ所など、その姿を構成する格パーツを個別に見るとまったく別物かもしれない。  だが、全体像から受ける印象は騎士たちの装備にどこか通じる雰囲気を見る者に与えるだろう。  正式名称“R式魔導炉搭載型駆動鎧A-REION”。  この場の人間が等しく所属する組織“聖ラザロ騎士団”が保有する魔導と科学のハイブリッドたる人型機動兵器である。 「あの、彼らを助けないのでしょうか?」 「見捨てない。だが、俺に与えられた任務は君の試験監督だろ?この優先事項を間違えると多方面からお叱りが来る」 「・・・ひょっとして彼らも試験の一環では」 「そうだ。味方ユニットの生存率も当然考慮される。守る力を持つ者が騎士と呼ばれることを忘れてはいけない」 「なら、いつでもどうぞ。急いで大元を叩いてきます」 「宣言通り侵攻ルートだけは切り開く。これは手心ではなく、そのような状況設定と思って欲しい」 「了解」  狭いコックピットで淡々とした言葉を交わすのは一組の男女だった。  男は操縦の関係から薄手の装いだが、女は戦装束。装備こそ騎士たちと同様でも女の守りは彼らに比べて大きく見劣りしている。劣るといっても“質”ではなく“量”が、だが。  上半身は胸当てや篭手を帯びているものの、下半身に至ってはロングスカートの上に申し訳程度の装甲板が取り付けられているだけ。残る守りは見るからに頑丈そうな靴一足。  盾も持たず、剣も持たず、動きを阻害しない事を最重視した装いだ。 「願わくば対等の立場での再会を祈る」 「お任せを」  アレイオンの持つ火器が火を噴いたのは、女が恭しく一礼を行った次の瞬間だった。  背の二門が放つ粒子砲は巨大な三角錐を打ち抜き、両の手が固定する銃身が吐き出す劣化ウラン弾の雨は砂の大地に無数の穴を穿つ。  それは人のサイズでは持ち得ない圧倒的な破壊力だが、扱う技量も並ではない。  全身の動きを連動させ強力な反作用を逃がすと同時に照準を補正。なおも安定しない挙動を翼の一打ちで無理矢理押さえ込むと、即座に推進器を全始動。  ストップアンドゴーを地で行く急加速だ。だが、遮る物のない青の世界を疾駆しながらも攻撃の手は止めない。  小刻みにロールする四肢に逆らわずに、しかし狙い違わずミイラを砂へと返していく姿はさしずめ天の使いか。 「これより位階昇格試験の最終課題を開始する」  このまま破壊の限りを尽くすかに見えた巨兵だったが、突如攻撃の手を止めると大地へと降下。強力な推進器が起こす風が砂を巻き上げ視界を遮り機体より飛び出して行く人影を無言で援護する。  そして最後の餞別と小さなコンテナを打ち出すと、己の居場所はここではないと言わんばかりに空へと再上昇を開始するのだった。  すると活気づくのはミイラ達だ。押しとどめられていた軍団が支配領域を広げるべく活動を再開し、本能の命ずるままに歩みを早めていく。  しかし新たな邪魔が立ちはだかる。アレイオンが暴風なら、今度は一直線に突き抜けていく疾風か。  風の正体はアレイオンに運ばれてきた女だ。  足場の悪さを物ともせずに高く跳躍すると未だ空を舞うコンテナを右手でホールド。手元の操作で外装を強制排除し、納められていたゴルフバックのような形状を持つ中身を掴み取る。 「聖ラザロ騎士団所属、リーファ・エイル・エインセル・・・行きます」  着地と同時に名乗りをあげるが、当然のように反応があるはずもない。  まだ成人前のあどけない顔立ちを凛々しく引き締め、女と少女の狭間にいる騎士は回収した荷より剣を引き出して大きく一呼吸。  巻き上げられた砂漠の色に負けない金の髪が落ちきる前に砲弾のような突進を見せている。小回りを捨てた直進力を支えるのは、人の枠を越えた筋力と技が生み出す重い剣戟だ。  騎士たちが勢いを殺された事が嘘のように少女は前だけを見据える。  少女の狙いは固体名も持たない雑魚とは違う。狙うは大将首唯一つなのだ。 『おっと、照準システムに不具合発生』  囲みを突破し、いよいよピラミッドへ突入しようとした矢先である。  空から落雷のような一条の光が走る。それは上空で待機していたアレイオンの放った粒子の輝きだ。 『正規のルートで地下まで潜るのは大変だ。が、俺のミスで最短ルートが出来てね?偶然の産物なら利用しても減点されないよなぁ・・・っと、絞りすぎたか』  続いてもう一発。見れば最下層まで続くと思われる穴が穿たれ、寄り道のない特急ルートが生まれている。  少女は“いいのかなぁ”と苦笑しつつ本来あり得ない手助けに感謝。  一段飛ばしに巨石の階段を登り、なんの躊躇も無く暗闇へとその身を躍らせた。  やや斜めの入射角ながら、ほぼ自由落下の天然エレベータは途中で止まることを知らない。  そして数分後、加速を続ける少女の耳は落下音の変化を捉える。人よりも頑丈さに自信はあっても、この速度で石畳に落とされては色々と支障がありそうだ。 「これで残り7本」  故に抜き身のまま手に握られている剣を壁面へと突き刺した。  強靭に鍛えられた鋼が悲鳴を上げ、速度を殺す代価に凄まじい振動を伝えてくる。ここまでは予想通り。だが、頭だけの計算は上手くいかないものだ。  思いのほか金属疲労が激しかったらしく剣が根本より砕ける。 「2番、3番射出」  その言葉に応じるようにたすきがけで運んできたケースから二本の剣が空気圧で打ち出され、少女はそれを手馴れた様子で掴み取る。  一本では駄目だった。ならば今度は二刀流だ。  失敗を踏まえ、手首を柔らかく使い反動を軽減。相対的な負荷も二分割することできっちりと対応する。  その結果生まれるのは減速の二文字である。  火花を上げ、壁を切り裂きなら速度を殺す様はさながらピラミッドへの攻撃。  しかしそれも長くは続かない。最初に感じ取った通り終着点は間近なのだから。 「残り5本・・・」  役目を果たし使い物にならなくなった剣を捨て、辿り着いた最下層を見回した。  元より剣を消耗品と考えており、ストックを自在に引き出せるカスタムラックに詰めるだけ詰んでいる。最終的な戦いに3本は欲しいところなので、まだ余裕があると言えよう。  そう判断すると、周囲を見渡して状況把握開始。  どれほどの月日を過ごしてきたのか判らない淀み粘り着くような空気。  普通の人間なら視界を奪われる暗闇でも、少女の目は敵の姿をしっかりと捕らえている。 『神域へ踏み込む愚か者は何処か』  砕かれた石棺の真横に金細工で作られた鎮座する豪奢な椅子。  それに座りどっしりと構えるのは黄金のマスクを被る小柄な人影だ。 「人に仇成す古き王よ。この国の総意として滅んで頂きます」  失った剣を補充し、剣先を向ける少女に歴史を敬おうとする考えはない。  動き出さなければ貴重な文化遺産だとは思っても、加減や保護をするつもりは皆無なのである。 『我はネフェルカラーテレルの血脈にして――――』 「ご託は結構。経験則から言って、人型は首を落とせば黙るでしょう」  持ち前の瞬発力を活かした不意打ちに近い一撃。  しかし刃は届かない。足下に降り積もる砂が人型を取って盛り上がり手にした槍で必殺の一撃を受け止めている。  そしてその動きは止まらない。次々と立ち上がる砂の兵隊はさしずめ王を守る最後の砦か。  数がそれほど多くないのは、本来なら迷宮としての機能を付与された上層部に多くの罠や兵を配置していた為だろう。  が、作られた時点でこのような進入を想定しろという方が無理に違いない。 「外も内もこればかり。呪いも怖いですし、さっさと片づけないと」  一瞬だけ時計を見やり、これからが本気だとアピールするように目を細める。  全てを切り刻み、一分一秒でも早く地上に戻らねばならないのだ。  考えてみると、行きは良かったが帰りは地道に上るしかない。  焦って自滅するつもりはないが、削れる部分で余分な時間を稼ぐ必要がある。 『太陽神軍よ、その威を我に示せ』 「五月蠅いですよ。死人は死人らしくあの世へ帰ってください」  恐れず揺るがない少女は獲物を握る手に力を込めて、戦いへと意識を集中するのだった。            第1.5話「その頃の姉(前編)」            -フランス東部、ロワール渓谷-        やや曇りがちな天気の中、滑走路の上に降り立った輸送機より人と機材が次々に搬出されていく。  それは回収された騎士達であり甲冑に大なり小なりの欠損を抱えた少女だが、その最たる物は多くの作業員と重機により運ばれていくアレイオンだろう。  乗り手が不在たる全高約6mの鉄塊は強固な装甲を持ち合わせていてもデリケート。  下手に扱えば内部にどんな故障が起きるか判らず、運び手がそのまま整備を行う事を踏まえても慎重な作業が必須なのだ。  その上これは通常配備の機体に比べて機体価格の桁が一つ違う特注品だ。元々整備性の低い駆動鎧の中でも専用部品を数多く使用するアレイオンは整備泣かせの鬼子である。  扱いがどれほど丁重でも、それが当然の扱いと言えよう。そして搬送先は彼らの本拠地である古城の脇にそびえ立つ格納庫だ。 「いつもながら絵的におかしい光景だ」  歴史上の重要都市が点在し、世界遺産にも登録されるほどの名城がいくつも建造。現代迄時間を経ても300を越える古城が未だ健在する中世の香りが残る地域に堂々と大型の格納庫が鎮座し ロボットを初めとする近代兵器が当たり前の様に格納されていく。  すっかり見慣れたはずの自分がこうなのだから、余所より転属してきた人間の心中など察する以前の問題だ。  少なくともこの歪んだ景観を手放しで褒めた生き物を、人・人外を問わずに見たことがない。 「さて、移動中に纏めたレポートでも提出に行こう。落ちることはありないと思うが・・・万が一のパターンが発生したら大爆笑としか。  不合格なのにサプライズおめでとうパーティー開催って面白くね?結果を知らないフリして超笑顔で迎えたいもんだがどうよ」 「あっはっは、あの人って冗談通じないからカスタニア様だけで死んでください」 「冷てぇ・・・」 「これから某パイロットが騎乗した機体の整備でして。まだ防塵が確立されていないのに砂漠で飛び回ってくれやがりましてオーバーホールが必要に・・・  暗い夜道を一人で歩かないでください・・・くくっ」 「・・・後で差し入れ持ってくわ」 「まぁウチの隊長今週非番ですし、あの子のお祝いするなら呼んでください。仕事放棄して整備班総出で向かいます」 「すげぇ温度差を感じる」 「色々と難があっても可愛い女の子と整備泣かせの男の扱いを同等に出来るとでも?OK、寝言を言う前に病院へ行ってこい敬愛する隊長様」 「なぁ、隊の風紀緩くね?俺か?俺が悪いのか?」 「さて、仕事仕事。ガトリングは砲身が歪んでいるので廃棄。どのみち試作品だ、景気よくバらして本題に入るぞ!」 「「了解」」  発言は完全にスルー。 「答えるまでもないって事かよ!もう少し敬えよ!上司だぞ上司!おまけに上位役職の・・・って誰も聞いちゃいねぇ!?」  肩を落とし、言動はともかく仕事だけはきっちりとこなしていく部下達を見やるこの男。  アレイオンの操縦者にして城を中心とした近隣一帯を統治下に置く対魔集団“聖ラザロ騎士団”の一部隊を預かる組織でも上から数えて五指に入る上位者である。  名はヴィラ・カスタニア。金髪緑眼、ドイツの生まれを判りやすく体現したアスリート体系の若者だ。 「・・・一人でも仕込みを止めないけど、べ、別に寂しくないからな!」  気質は軽薄。人に絡むことをライフワークとするのだが、それを知る他者は揃ってこのような態度を取るので中々上手くいかない。  ヴィラは心境を写したような緞帳の空に見送られ、城内へと戻っていくのだった。 ---- [[一覧に戻る>小説一覧]]
*作者:扇 **タイトル:王と騎士と魔法の剣 ----  灼熱の世界に乾いた風が吹いていた。  風は砂を運び、気紛れにその強弱を変えながら有象無象の区別無く猛威を振るう。  しかし、そんな自然の脅威をものともせずに動き回る者達がここに居た。  一つは朽ちた体に年季の入った包帯を巻きつける世界的にもメジャーな化け物の群れだ。  その数は10や20ではきかない。今この瞬間にも蟻が巣より這い出すかのようにその数を増し続けており、このまま放置するとミイラで大地が埋まりかねないだろう。  対し、それを阻止せんとする人間たちが残る二つ目の勢力である。 「このまま場当たり的な対処を続けても意味が無い。全員俺に続け、突破口を開くぞ!」  左手に盾、右手に剣を持つ男は焦りの色を隠さずに叫んでいた。  これは男に限った事ではないが、異形の軍団に立ち向かう彼らの装備はやけに古風である。  なにせ装備が近代風であっても西洋甲冑に剣や槍だ。何も知らない子供が見れば口を揃えるに違いない。“御伽噺に出てくる騎士達だ”と。 「個々の能力で上回っていようとも侮るな。足を止めれば餌食になる!」 「「了解」」  騎士たちが鏃となり、ミイラの壁を貫いていく。  斬って、薙いで、突いて、撃って、その一撃一撃に必殺の威力を乗せた刃の嵐が吹き荒れる度に目指すゴール地点への道を文字通り切り開いていくが、世の中思い通りには行かないものだ。  いくら鋭い鏃を持っていても、矢とはいずれ止るのが常である。次第に速力を落とし、敵の密集地帯で足が止まってしまっていた。 「・・・脅威の度合いが低いと判断したのは誰だ?」 「未発見の遺跡じゃざらにある事だろ。それよりも問題にせにゃならんのは、割と絶体絶命という現実ではなかろうか?」 「偵察名目の一個小隊が正面きって敵う相手じゃないと納得した上での遅延策さ。むしろ他に手段があるなら教えてくれ。それに緊急連絡は入れた。今に増援が来るだろうよ」 「助けに来た時点で亡骸・・・なんて事にならないよう願いたい」  エジプト政府より新発見のピラミッドの依頼を受け、遠く仏蘭西より調査に来て見ればこの様だ。  何があるか判らないのが魔術関連の常識とはいえ到着した時点でミイラ特盛は如何なものか。おまけに帰りの足は破壊されてしまい、逃げるに逃げられやしない。  だが、恨み言を漏らしていたところで状況は好転しない。会話中も剣を振るい続けるが、幾ら切り倒しても減るのはこちらの体力だけのような気がしてならなかった。  体力的な余裕はまだ大丈夫だ。しかし、精神的な疲労の蓄積が限界に近い。圧倒的な敵の数に対して孤立無援、しかもいくら倒してもきりがないという絶望感は予想以上の消耗を強いてくる。  だが、そんな窮地も終わりの時を迎える時が来た。 『次の通信まで一歩も動くな。忠告に従わない場合、身の安全を保障しない』  兜に仕込まれたインカムから待ち望んだ声が流れ出し、次の瞬間には飛行機雲を引きながら一機の輸送機が遠い空の向こうに姿を現していた。  だが、騎士たちの表情は複雑だ。  彼らは知っている。その機に搭載されている存在を。 『これより侵攻ルートの確保と、敵本拠への攻撃を開始する』  その証拠とばかりに高出力エンジン特有の高音域で響く金切り声が聞こえてくる。  音の発生源は輸送機より高速射出された黒い影だ。  影は騎士たちに近づくにつれその姿を変えていく。まず空気抵抗を減らし、カタパルトによって得られた初速を生かすため閉じられていた翼を展開して空力特性を向上。  次にバックパックに対となってマウントされている長砲が動き出し、前面に向かって照準を合わせ始めていた。 「あれが噂の最新型か。頼もしいが・・・・」 「・・・同じく噂の乗り手が支援を考えてくれればな」  ぼやく騎士たちの直上、鋭角的なフォルムの影は太陽を背にして減速から急静止。  一対の主翼と二対の補助翼から成る六翼を稼働させ、機体の各所より黄金色の粒子を撒き散らしながら微細な姿勢制御を繰り返す。  左腕のハードポイントに盾、腰にマウントされるは身の丈に相応しい長剣。  右の手に無骨なガトリング砲を持つ所など、その姿を構成する格パーツを個別に見るとまったく別物かもしれない。  だが、全体像から受ける印象は騎士たちの装備にどこか通じる雰囲気を見る者に与えるだろう。     正式名称“R式魔導炉搭載型駆動鎧A-REION”。    この場の人間が等しく所属する組織“聖ラザロ騎士団”が保有する魔導と科学のハイブリッドたる人型機動兵器である。 「あの、彼らを助けないのでしょうか?」 「見捨てない。だが、俺に与えられた任務は君の試験監督だろ?この優先事項を間違えると多方面からお叱りが来る」 「・・・ひょっとして彼らも試験の一環では」 「そうだ。味方ユニットの生存率も当然考慮される。守る力を持つ者が騎士と呼ばれることを忘れてはいけない」 「なら、いつでもどうぞ。急いで大元を叩いてきます」 「宣言通り侵攻ルートだけは切り開く。これは手心ではなく、そのような状況設定と思って欲しい」 「了解」  狭いコックピットで淡々とした言葉を交わすのは一組の男女だった。  男は操縦の関係から薄手の装いだが、女は戦装束。装備こそ騎士たちと同様でも女の守りは彼らに比べて大きく見劣りしている。劣るといっても“質”ではなく“量”が、だが。  上半身は胸当てや篭手を帯びているものの、下半身に至ってはロングスカートの上に申し訳程度の装甲板が取り付けられているだけ。残る守りは見るからに頑丈そうな靴一足。  盾も持たず、剣も持たず、動きを阻害しない事を最重視した装いだ。 「願わくば対等の立場での再会を祈る」 「お任せを」  アレイオンの持つ火器が火を噴いたのは、女が恭しく一礼を行った次の瞬間だった。  背の二門が放つ粒子砲は巨大な三角錐を打ち抜き、両の手が固定する銃身が吐き出す劣化ウラン弾の雨は砂の大地に無数の穴を穿つ。  それは人のサイズでは持ち得ない圧倒的な破壊力だが、扱う技量も並ではない。  全身の動きを連動させ強力な反作用を逃がすと同時に照準を補正。なおも安定しない挙動を翼の一打ちで無理矢理押さえ込むと、即座に推進器を全始動。  ストップアンドゴーを地で行く急加速だ。だが、遮る物のない青の世界を疾駆しながらも攻撃の手は止めない。  小刻みにロールする四肢に逆らわずに、しかし狙い違わずミイラを砂へと返していく姿はさしずめ天の使いか。 「これより位階昇格試験の最終課題を開始する」  このまま破壊の限りを尽くすかに見えた巨兵だったが、突如攻撃の手を止めると大地へと降下。強力な推進器が起こす風が砂を巻き上げ視界を遮り機体より飛び出して行く人影を無言で援護する。  そして最後の餞別と小さなコンテナを打ち出すと、己の居場所はここではないと言わんばかりに空へと再上昇を開始するのだった。  すると活気づくのはミイラ達だ。押しとどめられていた軍団が支配領域を広げるべく活動を再開し、本能の命ずるままに歩みを早めていく。  しかし新たな邪魔が立ちはだかる。アレイオンが暴風なら、今度は一直線に突き抜けていく疾風か。  風の正体はアレイオンに運ばれてきた女だ。  足場の悪さを物ともせずに高く跳躍すると未だ空を舞うコンテナを右手でホールド。手元の操作で外装を強制排除し、納められていたゴルフバックのような形状を持つ中身を掴み取る。 「聖ラザロ騎士団所属、リーファ・エイル・エインセル・・・行きます」  着地と同時に名乗りをあげるが、当然のように反応があるはずもない。  まだ成人前のあどけない顔立ちを凛々しく引き締め、女と少女の狭間にいる騎士は回収した荷より剣を引き出して大きく一呼吸。  巻き上げられた砂漠の色に負けない金の髪が落ちきる前に砲弾のような突進を見せている。小回りを捨てた直進力を支えるのは、人の枠を越えた筋力と技が生み出す重い剣戟だ。  騎士たちが勢いを殺された事が嘘のように少女は前だけを見据える。  少女の狙いは固体名も持たない雑魚とは違う。狙うは大将首唯一つなのだ。 『おっと、照準システムに不具合発生』  囲みを突破し、いよいよピラミッドへ突入しようとした矢先である。  空から落雷のような一条の光が走る。それは上空で待機していたアレイオンの放った粒子の輝きだ。 『正規のルートで地下まで潜るのは大変だ。が、俺のミスで最短ルートが出来てね?偶然の産物なら利用しても減点されないよなぁ・・・っと、絞りすぎたか』  続いてもう一発。見れば最下層まで続くと思われる穴が穿たれ、寄り道のない特急ルートが生まれている。  少女は“いいのかなぁ”と苦笑しつつ本来あり得ない手助けに感謝。  一段飛ばしに巨石の階段を登り、なんの躊躇も無く暗闇へとその身を躍らせた。  やや斜めの入射角ながら、ほぼ自由落下の天然エレベータは途中で止まることを知らない。  そして数分後、加速を続ける少女の耳は落下音の変化を捉える。人よりも頑丈さに自信はあっても、この速度で石畳に落とされては色々と支障がありそうだ。 「これで残り7本」  故に抜き身のまま手に握られている剣を壁面へと突き刺した。  強靭に鍛えられた鋼が悲鳴を上げ、速度を殺す代価に凄まじい振動を伝えてくる。ここまでは予想通り。だが、頭だけの計算は上手くいかないものだ。  思いのほか金属疲労が激しかったらしく剣が根本より砕ける。 「2番、3番射出」  その言葉に応じるようにたすきがけで運んできたケースから二本の剣が空気圧で打ち出され、少女はそれを手馴れた様子で掴み取る。  一本では駄目だった。ならば今度は二刀流だ。  失敗を踏まえ、手首を柔らかく使い反動を軽減。相対的な負荷も二分割することできっちりと対応する。  その結果生まれるのは減速の二文字である。  火花を上げ、壁を切り裂きなら速度を殺す様はさながらピラミッドへの攻撃。  しかしそれも長くは続かない。最初に感じ取った通り終着点は間近なのだから。 「残り5本・・・」  役目を果たし使い物にならなくなった剣を捨て、辿り着いた最下層を見回した。  元より剣を消耗品と考えており、ストックを自在に引き出せるカスタムラックに詰めるだけ詰んでいる。最終的な戦いに3本は欲しいところなので、まだ余裕があると言えよう。  そう判断すると、周囲を見渡して状況把握開始。  どれほどの月日を過ごしてきたのか判らない淀み粘り着くような空気。  普通の人間なら視界を奪われる暗闇でも、少女の目は敵の姿をしっかりと捕らえている。 『神域へ踏み込む愚か者は何処か』  砕かれた石棺の真横に金細工で作られた鎮座する豪奢な椅子。  それに座りどっしりと構えるのは黄金のマスクを被る小柄な人影だ。 「人に仇成す古き王よ。この国の総意として滅んで頂きます」  失った剣を補充し、剣先を向ける少女に歴史を敬おうとする考えはない。  動き出さなければ貴重な文化遺産だとは思っても、加減や保護をするつもりは皆無なのである。 『我はネフェルカラーテレルの血脈にして――――』 「ご託は結構。経験則から言って、人型は首を落とせば黙るでしょう」  持ち前の瞬発力を活かした不意打ちに近い一撃。  しかし刃は届かない。足下に降り積もる砂が人型を取って盛り上がり手にした槍で必殺の一撃を受け止めている。  そしてその動きは止まらない。次々と立ち上がる砂の兵隊はさしずめ王を守る最後の砦か。  数がそれほど多くないのは、本来なら迷宮としての機能を付与された上層部に多くの罠や兵を配置していた為だろう。  が、作られた時点でこのような進入を想定しろという方が無理に違いない。 「外も内もこればかり。呪いも怖いですし、さっさと片づけないと」  一瞬だけ時計を見やり、これからが本気だとアピールするように目を細める。  全てを切り刻み、一分一秒でも早く地上に戻らねばならないのだ。  考えてみると、行きは良かったが帰りは地道に上るしかない。  焦って自滅するつもりはないが、削れる部分で余分な時間を稼ぐ必要がある。 『太陽神軍よ、その威を我に示せ』 「五月蠅いですよ。死人は死人らしくあの世へ帰ってください」  恐れず揺るがない少女は獲物を握る手に力を込めて、戦いへと意識を集中するのだった。            第1.5話「その頃の姉(前編)」            -フランス東部、ロワール渓谷-        やや曇りがちな天気の中、滑走路の上に降り立った輸送機より人と機材が次々に搬出されていく。  それは回収された騎士達であり甲冑に大なり小なりの欠損を抱えた少女だが、その最たる物は多くの作業員と重機により運ばれていくアレイオンだろう。  乗り手が不在たる全高約10mの鉄塊は強固な装甲を持ち合わせていてもデリケート。  下手に扱えば内部にどんな故障が起きるか判らず、運び手がそのまま整備を行う事を踏まえても慎重な作業が必須なのだ。  その上これは通常配備の機体に比べて機体価格の桁が一つ違う特注品だ。元々整備性の低い駆動鎧の中でも専用部品を数多く使用するアレイオンは整備泣かせの鬼子である。  扱いがどれほど丁重でも、それが当然の扱いと言えよう。そして搬送先は彼らの本拠地である古城の脇にそびえ立つ格納庫だ。 「いつもながら絵的におかしい光景だ」  歴史上の重要都市が点在し、世界遺産にも登録されるほどの名城がいくつも建造済み。現代迄時間を経ても300を越える古城が未だ健在する中世の香りが残る地域に堂々と大型の格納庫が鎮座し、ロボットを初めとする近代兵器が当たり前の様に格納されていく。  すっかり見慣れたはずの自分がこうなのだから、余所より転属してきた人間の心中など察する以前の問題だ。  少なくともこの歪んだ景観を手放しで褒めた生き物を、人・人外を問わずに見たことがない。 「さて、移動中に纏めたレポートでも提出に行こう。落ちることはありないと思うが・・・万が一のパターンが発生したら大爆笑としか。不合格なのにサプライズおめでとうパーティー開催って面白くね?結果を知らないフリして超笑顔で迎えたいもんだがどうよ」 「あっはっは、あの人って冗談通じないからカスタニア様だけで死んでください」 「冷てぇ・・・」 「これから某パイロットが騎乗した機体の整備でして。まだ防塵が確立されていないのに砂漠で飛び回ってくれやがりましてオーバーホールが必要に・・・暗い夜道を一人で歩かないでください・・・くくっ」 「・・・後で差し入れ持ってくわ」 「まぁウチの隊長今週非番ですし、あの子のお祝いするなら呼んでください。仕事放棄して整備班総出で向かいます」 「すげぇ温度差を感じる」 「色々と難があっても可愛い女の子と、整備泣かせの男の扱いを同等に出来るとでも?OK、寝言を言う前に病院へ行ってこい敬愛する隊長様」 「なぁ、隊の風紀緩くね?俺か?俺が悪いのか?」 「さて、仕事仕事。ガトリングは砲身が歪んでいるので廃棄。どのみち試作品だ、景気よくバらして本題に入るぞ!」 「「了解」」  発言は完全にスルー。 「答えるまでもないって事かよ!もう少し敬えよ!上司だぞ上司・・・って誰も聞いちゃいねぇ!?」  肩を落とし、言動はともかく仕事だけはきっちりとこなしていく部下達を見やるこの男。  アレイオンの操縦者にして城を中心とした近隣一帯を統治下に置く対魔集団“聖ラザロ騎士団”の一部隊を預かる組織でも上から数えて五指に入る上位者である。  名はヴィラ・カスタニア。金髪緑眼、ドイツの生まれを判りやすく体現したアスリート体系の若者だ。 「・・・一人でも仕込みを止めないけど、べ、別に寂しくないからな!」  気質は軽薄。人に絡むことをライフワークとするのだが、それを知る他者は揃ってこのような態度を取るので中々上手くいかない。  ヴィラは心境を写したような緞帳の空に見送られ、城内へと戻っていくのだった。 ---- [[一覧に戻る>小説一覧]]

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