「とある日の吏族の皆さん」 月空
特に何かがあるわけでもないある日の事。
藩城では城勤めの吏族達が今日も働いていた。
「いややーもう帰りたい…」
九重千景はもう3日くらい家に帰っていない。いや、4日だったかもしれない。
仕事が溜まりにたまっていたのだった。
普通に仕事をしていたはずなのになんでこんな事になったんだろう。
「ああー…妖精か小人が現れてぱぱぱーっと仕事片付けてくれないかな…」
と非現実的な事を言いながら、月空は机に突っ伏した。
ここの所仕事しかしている気がしない。あれ、昨日なに食べたっけ。
それが美味しかった事は覚えてるんだけどな。
「お腹空いたぁ〜…」
芒はこれ以上積み上がりそうにないほど積まれた書類を前にぼけーっとしていた。
実際仕事はこの上から更に積みたいほどあり、ぼーっとするなら仕事をした方がいい事は明らかだ。
けど…。
「お腹空いたぁ〜…」
これで15回目だ…と隣の吏族は思った。
おかげでこっちまで腹が減ってきたような気になってくる。
と言うか、実際お腹は空いていた。
鍋が食いてえ。
と何処かの吏族がぽつりと言った。
鍋か。いいね。
噂に聞く鍋の国ではソックス鍋とか言う物があるらしいぞ。
なんだそりゃ!?摩訶不思議だな。
やっぱり豆腐と葱は必須だよね。
大根入れようぜ。ぜってーうめえって。
皆が皆、思い思いに鍋についての話をし始めた。
九重は机から離れ、コーヒー牛乳を飲んでいた。
仕事は勿論大量に残っていたが、ちょっと位休んでもバチはあたらんやろ。
むしろ休まんと無理やー。と思っていた。
コーヒー牛乳を飲み終え、戻りたくはない机に戻ろうかと背伸びをする。
そこに、向こうから芒が歩いてきた。会釈をする芒。
「芒さんもさぼりですか」
「九重さん。鍋の具材だと何が好きですか?」
「へ?鍋?」
「はい」
「なんですか突然」
「ちょっとさっき話題になったんです」
「はぁ。そうなんですか…鍋やったら、そうですねぇ…やっぱ葱やないですかねぇ」
「あ、やっぱりそうですよね!私も好きです。葱。共和国の鍋の国で取れる葱はとても美味しいらしいですよ」
「そりゃ一度は食べてみたいですなぁ」
と、ここまで話した所で月空がうなだれながら歩いてきた。
二人を見つけ、力なく会釈をする。私は疲れていますと全行動で表していた。
「…月空さんお疲れ様です」
「ああ…いえいえ。芒さんこそ」
「死なんといてくださいね」
「あははは…多分その前にぶっ倒れますから大丈夫です」
あまり笑えない話をしながら、三人はしばしの間ぼんやりしていた。
「…そういえば」
と、芒が口を開く。
「月空さんは鍋の具材だと何が好きですか?」
「鍋…鍋ですか」
「はい。さっきちょっと仲間内で話してまして」
「そうですねえ、私は鍋なら何でも。魚でも肉でも野菜でもどんと来いです」
「ああ、なんか月空さんらしいです。
さっき九重さんと鍋の国の葱は美味しいらしいと言う話しをしてたんですよ」
「ああー美味しいでしょうね。何せ鍋の国ですからね」
「ですねえ」
「噂では、鍋の国には眼鏡鍋なる物があるとか…」
「眼鏡って食ってええものなんですか」
「ううん…鍋の形が眼鏡に似てるとかそういう感じなんじゃないですかね」
他愛も無い雑談をしながら、月空はある事を考えていた。
「鍋…か…」
5分後…。
仕事に一区切りつけ、月空は台所にいた。
お供(と言うか勝手についてきた)にちよこ様を連れて。
何をするか。勿論…
「鍋を作るぞー!」
おー。と言いたげにちよこが相槌を打った。
「とりあえずある物をかき集めて…ああ、その前に鍋が何所にあるか…」
動き始めようとした月空は、入り口から覗く摂政セレナちゃんを見つけた。
なんかにやにやしてる。気まずい顔をする月空。
「あ、あーお疲れ様です」
「まだ仕事中じゃないの?」
「腹が減っては戦は出来ぬと、古来より人に伝わっています。それは今この時を指すのです」
「何作るの?」
「鍋です」
「月空くん」
「はい」
「出来たら教えてね」
「…はい」
セレナちゃんはどこかに歩いていった。お鍋お鍋ー♪とか歌ってる。
なんだ、食べたかっただけか…とほっとする月空。
30分後…。
何所から聞いてきたのか、食堂には腹を空かした吏族達が集まっていた。
鍋だってよー。
ちょうど腹へってたんだよねー。
なんか眼鏡が入ってるらしいです。
闇鍋かよ。
と好き勝手な事を話している。
まるで鍋パーティーだなと思いながら、
「というかね、君達ちょっと手伝ってくれてもいいんじゃないかな。
ねえ。月空さん一人で作ってるわけだよ。仕事で疲れてるのにさー」
と月空は集まった腹減りどもに言った。
腹減ったー。
動きたくねー。
あ、じゃあ私手伝いますー。
など様々な反応があって、準備はちゃくちゃくと進んでいった。
「お、やってるねー」
との声に、場に居た吏族全員がげえっ!と言う様な顔をした。
せ、セレナちゃん!…(ここから小声)さま。
いやあの、サボってるわけじゃないんですよ!
俺達腹が減ってて仕事も手に付かないんです!
仕事はちゃんとこの後しますから今はお見逃しをー!
お鍋を食べるんですが、眼鏡が入ってるそうですよ。
などの悲鳴にも似た懇願その他が飛ぶ中、セレナちゃんはちゃっかり席を確保していた。
…なんだ、怒られるんじゃないのか。
とその場に居た全員が思った。
「今セレナちゃんさまって言った人後でちょっと付き合ってねー」
…地獄耳かっ…と、該当者は思った。
20分後…。
集まった腹減り達は俺の葱を取るなだの、大根が入ってるっておでんですかだの、
眼鏡が入ってないですだの言い合いながら好き好きに鍋をつついていた。
月空はその輪に加わる前に、ちよこ様用鍋を作っていた。合間を見てつまみ食いをしながら。
「つまみ食いって美味しいですよね、ちよこ様。ヌル様もつまみ食いが好きだと仰っていました」
ちよこは尻尾をぴょこぴょこ振りながら、自分の食べ物が来るのを待っている。
「そう言えば…すき焼きを食べた時に次は鍋が食べたいって言ったような気がするな」
あれは確か戦争の準備をしていた頃だった。
戦時中の事は正直思い出したくないが、それでも今日まで生きてきて、鍋が食べられた。
「…次は何にしようかな。カレーかなあ。カレーがいいな。100人分くらい作ってみんなで…
嫌いな人はどうしようかな」
何時来るかわからない、来ないかもしれない時の事を考えながらつまみ食いをした。
40分後…。
綺麗さっぱりと言う言葉がぴったりと当てはまるほど、用意していた食材はなくなった。
「ああー…いいですねえ鍋。美味しかったです」満足そうな芒。
「私は、何時か鍋の国に行って鍋食うんだ…」と死亡フラグの様な事をつぶやく月空。
「いい休憩になったし、ついでに今日の分の仕事はここまでーなんて事にならんですかね」
セレナちゃんを意識して言う九重。
何とはなしに、セレナちゃんに吏族の視線が集まった。
「ふー、美味しかったね。んじゃみんな、片付けと残業よろしくっ」
さわやかに言って去っていくセレナちゃん。そりゃそうだよなあとうなだれる吏族達。
ちゃんちゃん。と書かれたフリップを持って画面(?)下から出てくるちよこ様。
終わり。
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最終更新:2008年06月01日 18:31