さめとあざらし・南極編 (作:謎の人)
あざらし、という生き物がいる。
脇と尾っぽにヒレを生やしたりしているくせに、なぜか陸にも住めたりするという、半端な感じの生き物だ。
あいつ等は結構身体付きがでかく、ケンカも意外に強かったりするらしい。
しかしまあいくら強いといったところで、あいつ等は、しょせんどこまでも半端者。
超的な嗅覚と機動力を持つ、僕らサメ類の敵じゃあない。
——でも最近、僕らの縄張りには『ニンゲン』とかいう変なあざらしが出てきているらしい。
のろまな餌のくせにハンターである僕らを、狩ったりイジめたりしているらしい。
僕の友達も少し前、——何とか、逃げ出してはこれたみたいだけど——ニンゲンが作った『プール』とかいう場所で見世物にされたとか言っていた。
でも友達には悪いけど、僕は正直、この話を完全には信じていない。
どんなに小細工を弄したところであざらしがサメを捕まえられるだけの機動力を得られるとは思わないし、それに第一、僕はそいつらを見たことはない。
誰が何を言おうとも、自分の目で見たモノだけが真実——これはサメである僕が持つ、鮫生哲学の一つなのだ。
「——侮って足元を掬われるほど、間抜けな負け方というものはないぞ?」
そんな哲学を持つ僕の話を、頭から否定するペンギンがいる。
茶色い変な頭飾り、茶色い変な身体飾り、口元には何だか変な白いの——いまは、何も身に着けていないようだけど——とにかく変な物を纏うことを好む、ハードボイルドなペンギンだ。
サメはペンギンも食べたりするけど、僕はこいつを食べる気にはなれない。
こいつは僕がどれだけ頑張って襲いかかっても、そのことごとくをかわしてしまうし——いまも浮いてるだけに見えて、スキなんか一分もありはしないし——それにこいつはペンギンのくせに、色々なことを知っているのだ。
哲学、戦術、ハードボイルド。
——ただのサメだった僕がこれらの知識を身に付けることができたのは、すべてこいつのおかげなのである。
「でも師匠、何かを何かと定義するのは、他人じゃなく自分自身なんでしょ? ——他人が定義したものを自分のほんとうと思い込むなんて、それこそ間抜けなんじゃない?」
「友の言葉を、偽物と定義してどうする」
こいつはケンカも強いけど、頭の方も物凄く切れる。
それはわかっているのだが、間抜けと言われるとやっぱりムカつく。
なので僕はこいつのケチに反論してみたりしたのだが、やっぱりそれはムダだった。
「……あ」
「友は、友というだけで価値がある。お前が格好良く生きたいのならば、このことは絶対に忘れないことだ」
バカとかアホとか言ったところで、あいつは僕の友達だ。
友達が誰にも信じられていない、というのは何だかわからないけど何となくさびしい。
けれど、とりあえず『僕だけは信じている』ということがわかっていれば——あいつがどう思うか、まではわからないけれど——僕は、何だかわからないけど嬉しい。
だから、僕は納得する。
「うん」
「——ふっ」
ありゃ、何だかわからないけど笑われた?
「なぁに?」
「何でもない」
ウソだ、やっぱり笑ってる。
「ふうん」
ま、良いか。
「——で、話はそれで終わりなのか?」
「うん」
僕がうなずくと、こいつは何でかくちばしを開けた。
「……そうか」
「あれ、あった」
そういえば、あった。
いま思いついただけかもしれないけど、とにかく頭の中にはあった。
「そうか」
「うん——もしニンゲンの話が本当だったら、僕たちはとても困っちゃうねぇ」
そうだ、そうだ。
たぶん、僕はこんな話をしたかったんだろう。
矛盾とかはしてないし、きっとこれで大丈夫なはず。
「困ったことになったとしたら、お前は一体どうするつもりだ?」
うん、こいつもおかしいというような顔はしてない。
こいつがおかしいと思ってないなら、たぶん大丈夫なはずだ。
「んー、そりゃあもちろん戦うよ」
「殺すのか?」
「だって、ニンゲンはもともと餌でしょ?」
あざらしは僕らサメの餌、僕も友達も皆大好き。
だからニンゲンを殺してしまえば、皆も護れてごちそうも食べれて、ついでに僕も幸せになれる。
——一石二鳥どころか、一石三鳥というやつじゃないか。
「そうか」
「変なこと聞くなぁ」
ハードボイルドな男というのは、好きなやつを幸せにしてやらなくちゃあならない。
そう言っていたのは、こいつのくせに。
「まあ話を聞く限り、ニンゲンは、たぶんお前より何倍も強い……戦うならば、気をつけることだな」
「……ええ、そうなの?」
自分で話していて、まったく気づけなかった。
「そうだ」
「うーん、そっかぁ……でも、友達がいじめられるのはいやだしなぁ……?」
……ん?
「どうした?」
「いや、何か変な声が聞こえた気がしたんだけど……」
せいやっ、せいやっ、っていうような……
「ふむ」
「……ま、良いや」
別に、大したことじゃあないだろう。
「そうか」
「うん。——あ、そうだ。師匠、そんなことより、いまから僕にケンカのやり方を教えてくれない?」
「ケンカ?」
「うん。ニンゲンが僕より何倍も強いっていうなら、僕は少しでも強くならなくちゃだし」
誰かより弱いことは恥ではないが、そこで強くなるのを諦めるのは恥。
——これは、こいつが教えてくれたことの一つだ。
「——別に俺に頼らなくても、お前は十分強いだろう」
「さっき、僕はニンゲンより弱いって言ったじゃない」
「お前は、弱いが強いんだ」
……え?
「何それ?」
「それがわかれば、お前は誰よりも強くなる」
僕は思わず聞いてしまったが、こいつの返事はにべもなく。
「……うーん、良くわからないよ」
「わからなければ、考えろ。——いくら、サメ語に変換しているとはいえ——戦術や哲学の概念をあっさりと理解できたお前のような規格外なら、がんばれば簡単にたどり着けるはずだ」
「うーん、そうなのかな……」
コツさえ掴めば、わりと簡単に使えるようになると思うんだけどなぁ、戦術。
「ふっ——ちょうどいいところに、あざらしが何匹か来たようだ」
「……え?」
こいつ——いつの間にか、陸のほうへと上がっていた——がそんな事を言ったので、僕は思わず海の方を向く。
そこには、誰もいない。
「師匠、誰もいないじゃない——」
せいやっ、せいやっ
えいほっ、えいほっ
——いや、聞こえてくる。
さっき気のせいだと思ったはずの、変な鳴き声が、聞こえてくる——!
「少し、離れた方がいいぞ」
「し、ししょ——!?」
師匠。
と、言ういとまもあらばこそ。
——気がついたときには、僕は大波に巻き込まれ——
*
「……す、すごい」
——いきなりという感じでやってきた、大波に何メートルも吹っ飛ばされて。
僕が戻ってきた先では、ものすごいものが始まっていた。
「ハーッ!」
「フーンッ!」
異様に長く太い二股の尾びれで二足歩行を敢行している、めちゃくちゃごつい二匹のあざらし。
「——ふっ!」
そいつらの正面で構えを取っている、こいつことハードボイルドなペンギン。
「おりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!」
「ぬりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!」
「——連撃——甘い!」
彼らが、戦いを始めていたのだ。
「セイ殿! ファイ殿! 今こそ漢の技を、我らお供しますぞー!?」
あ、なんかまたあざらしが出てきた。
あ、でも凍っちゃった。
「うおー!!はいてない国人の根性、いまこそ見せてやるッッッッッ!」
あ、今度は凍らないやつが出てきた。
胸ビレの先っちょを石みたいに丸めて、あいつらの戦いに乱入して行ってる。
「うおおお外さむい。海戻ろう」
あ、よく見るとまだ一匹いた。
凍ったやつより賢いらしく、海の方へと戻っていく。
「……うーん」
なんか、いまならあっさりかみつけそうだな。
まあ良いか、とりあえずいまはあっちの方を見よう。
「「「やるな、ペンギン——しかしっ!」」」
あ、吹き飛ばされてる。
あいつら、尾ビレの片っ方を『くりっ』と途中で曲げて回して——へぇ、あんな使い方もあるんだ、尾ビレ。
「ふっ、俺たちの勝ちだぜ!」
「ああ、俺たちの勝ちだな」
「ですね、僕たちの勝ちです!」
こいつ——いや、あいつを地面へ沈めた三匹のあざらし共は、何だか笑いながら勝ち誇っている。
あいつはクレーターの中心に身体を埋もれさせたまま、ぴくりとも動く様子を見せない。
——何だろう。
何だかわからないけれど、何となく、むかつく。
「……ふっ」
あ、起きた。
何となくむかついたので、僕が海に戻ったやつに八つ当たりで牙を向けようとしたその時——あいつは、口などぬぐいつつ起き上がりやがった。
「——な、何、アレを喰らって起き上がった!?」
勝ちを確信していたんだろう、露骨にびっくりした様子の三匹目。
「ははは、さすがだぜ!」
「ああ、そうでなくてはな!」
三匹目と同じように勝ちを確信してた様子だったはずなのだが、なぜか嬉しそうな一匹目と二匹目。
「ふっ——おい、お前」
あいつはよろりと起き上がると、再び構えを取り始めた。
——取り始めたあと、何だか僕の名前を呼んだ。
「ん?」
「こいつらは、ニンゲンの中でも特に強いニンゲンたちだ。——この戦い、しっかり目に焼き付けておけよ」
そんな事を、言ってくるあいつ。
「うん、わかったよ」
三匹がかりとはいえ、こいつらは、僕が何回挑んでも足元にかすらせることしかできないあいつと互角——いや、もしくは互角以上に戦っている。
こいつらが強いというのは、僕でも、わかる。
よし、しっかり見学しよう——
「……ん?」
と。
そこで僕は、素っ頓狂な声を上げた四匹目だか五匹目——そーいえばあいつ、サメ語は超音波の領域だから、他の種族には聞き取れない、みたいなことを言ってたっけ——と、目が合った。
(こんちは)
僕は、あいさつ代わりに胸ビレを上げる。
「……ほ、ほおじろざめ?」
でも、こいつはあいさつを返そうとはしない。
——ていうか、何だかおびえているような感じだ。
(——何だよ、むかつくな)
むかついたので口を開けたら、何だかよけいにびくっとされた。
「う、うわぁ!」
逃げ出しはじめる、四匹目だか五匹めだか。
「あ、こら、焼き付けておけと言っただろう!」
しょーがないじゃん、むかついたんだし。
僕はあいつにそれだけ言い残すと、四匹目だか五匹目だかを追いかけていった。
*
「——あ、終わったんだね」
四匹めだか五匹めだかが陸に逃げ、追いかけっこが僕の負けで終わってしまったころ。
あいつとあざらしどもの戦いも、何だかいつの間にか終わっていた。
「ああ、終わった」
殺されていないところを見るに、あいつは負けはしなかったらしい。
でも勝てもしなかったことがむかついているのか、何だか微妙に怒っている。
「機嫌悪いね」
「バカ弟子が、言いつけを守ろうとしなかったからな」
なるほど。
バカ弟子というのが誰かはわからないけれど、言いつけを守らないのは良くない。
「ははははは、良い戦いだったぜペンギン!」
「ああ、良い戦いだったぞペンギン!」
と、そこにあざらしが乱入してきた。
あいつの肩を二匹で持ち上げ、何だか楽しそうにしている。
「ま、まじにいるよ、ジョーズ……」
おびえた声を出しているのは、二匹と一緒に戦っていたやつ。
凍りついたやつを背中に抱え、何だかとっても重そうだ。
「で、でしょ? ……つーか、何で南極にジョーズがいるんだよ……」
同じような声を出しているのは、さっきの四匹目だか五匹目。
また口を開けてやったら、なんだか三匹目までおびえた。
「——俺はこいつらと一緒に行くことにしたが、お前はどうする?」
と。
そこで、あいつが、いきなりそんなことを言ってきた。
「え?」
「少し、用事が出来てな。俺は、ニホンというところに行かなければならない」
僕は少しだけ驚いたけれど、あいつの顔は変わらない。
「また、帰ってくる?」
「ああ、たぶん三日後くらいには帰ってくると思う」
「そっか。じゃあ良いや、僕はここで仲間を守るよ」
僕がそう言うと、あいつは何だかまた笑いやがった。
「ふっ——そうか、そうだな」
「……あ。そうか、こいつら、師匠の友達になったんなら、食べることはできないわけか……」
ま、良いか。
あいつ——いや、こいつの友達なら、たぶん悪いやつじゃあないだろうし。
「ふ、じゃあな」
「うん、じゃあね!」
僕はこいつに手を振ったあと、仲間たちのいるところへと戻っていった。
——僕の一日というのは、まあ、いつもだいたいこんなような感じ。
*
最終更新:2007年06月15日 01:48