文 ハイネケン


”バカ侵入との警報に接し、治安部隊はただちに出動これを撃滅せんとす。本日天気晴朗なれどもバカばっか”
”になし藩国の風評名誉この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ”

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それはほんのちょっとだけ昔のお話。
リン・オーマがニューワールドから撤退し、人々が束の間の平和を噛み締めていた時。
まさかもまさか、一足飛びに宇宙戦争の時代へと突入するとは誰も思っていなかった、そんな頃。

になし藩国学園区、パイロット科学生寮の屋上で、一人の少女と一匹の犬がのんびりとお昼寝を楽しんでいた。
少女の名前はハイネケン。
長身痩躯、三つ編み眼鏡、好きなものは文学とスーパーロボット。
パイロットにして風紀委員会、下っ端法官にしてぽちの騎士という肩書きだけは立派な、怠け者の文士である。
犬の名前はちよこ。
大の猫好き、伏見藩国の王犬ヌル様をライバル視、つぶらな瞳は底知れず。
最近ぽち姫にマスコット役を取られてションボリ気味の、になし藩国の王犬である。
そんな一人と一匹は屋上にビニールシートを広げ、布団を敷き、枕を据えて横になっている。
快晴無風、陽射し穏やか、絶好のお昼寝日和と言われれば確かにそうである。
しかし、いくら久し振りの休日だからといってお年頃の女の子が街に遊びにも行かずこんなことしているのは流石にどうなのか。
まあ、本人達は至って幸せそうな寝顔なのだが。

そして丁度太陽が真上に来た頃、即ち正午頃。
階段を駆け上がる騒々しい足音が一人分。
速度と重い足音からいって、騎士であろうかと思われる。

「あ、いたいた!ハイネさーん!起きて起きて起きてー!」

果たしてそれは、予想通りに騎士であった。
平均的な身長、背中まである髪、ほわほわとした天然系の雰囲気。
護民官にしてぽちの騎士、おまけにヤガミ妖精な女騎士、瑠璃である。
随分慌てて走ってきたようだが、いったい何があったというのだろうか。

「…ん、ふぁーあ…なんですか瑠璃さん、わざわざこんなところまで」
「わふ、ふわ〜ぁ…ウゥ」

ちよこ様もつられて起き出す。ちょっと不機嫌な御様子。

「お昼寝の邪魔しちゃったのはごめん!だけど、騎士団とパイロット隊に緊急招集かかったんです!」
「了解、すぐ行きます!え、でも何でですか?」
「国境に侵入者!それ以外は詳細不明です!」
「まさか!敵なんて何処にいたっていうんですか!?」

いぶかしみながらもハイネケンは走り出す。
目指すはブリーフィングルーム。
二つに増えた足音が、屋上から急速に遠ざかっていった。

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さて、時系列はブリーフィングをすっ飛ばして作戦行動中。
藩国西部の市街地に部隊は展開していた。
自慢のチャリオットで道を駆ける、藩国騎士団エプロンナイツ。
新型機のテストだとばかりに出撃したI=D部隊。
影の薄さを払拭すべく意気込む理力建築士部隊。
なんとになし藩国の全戦力を注ぎ込んだ、大規模作戦である。

「再度説明する!侵入者は五名、藩国南西部の警戒網に掛かったのが最初の発見。ビルからビルへ屋上を高速で飛び移って移動中!」

全体指揮を取るのは藩王になし。
相変わらずツインテールがピョコピョコ跳ねて非常に可愛らしい。

「理力建築士部隊はトラップ仕掛けて追い込め!騎士団は数で包囲!I=D部隊は突撃指示を待て!…ちっ、何で敵の姿を目視で捉えられないのよ!」

現場で部隊を率いるのは摂政Arebことセレナ。
見た目ちっちゃいけど年齢不詳、になし藩国にこの人ありと言われる女傑である。

「連中、いったい何者なんでしょうか?やっぱり根源種族の残党ですか?」
「んー、根源種族って雑魚はもっと多いし、強いのは空飛びますし、多分別口では?」
「うーむ、ただの人間とは思えない動きだがねぇ、どうなってんだこれ」

そして、新型機A74ケント・A75ダンボールによるI=D部隊。
上から順にハイネケン、玲音、若月宋一郎の台詞だ。
戦災復興中のになし藩国へふらりとやってきてから二ヶ月半、ぺーぺーの新米だったハイネケンもようやく先輩達の後を追いかけられるようになっていた。
もっとも、連戦の中を流されるまま戦って、運良く生き残れただけの話であり、本人曰く「私には努力と根性が足りない」とのことなのだが。

そう、実のところハイネケンは内心ちょっとだけ焦っていた。
学業方面が段々と本格化し訓練に殆ど時間が取れておらず、文士の仕事もごくたまにしか手伝えない。
現在の自分の評価がどうなっているのかは判らないが、ここらで一発何かやっておかないと自分自身の気持ちが落ち着かないのである。
そういう意味では、不謹慎だが今回の侵入者騒動は手柄を立てるチャンスだった。
相手が何者なのかは関係ない、不法侵入するなら悪だ、そう、今の私は悪をぶっ飛ばすなんとやらだ、とそんな物騒なことを考えているのである。
まあそんな感じでハイネケンが微妙にテンションを上げていると、通信機から次々と声が響いた。

「今ですわっ!騎士団総員、包囲網狭めなさい!」
「トラップ反応ありー!目標、ビルの屋上で足止めたよー!」
「I=D部隊!出番だ行け行け!」
「さて諸君、行こうではないか」
「帝國軍パイロットの腕の見せ所ですね」

心臓がドクンと大きく鳴り響く。

「了解、ハイネケン、行きます!」

機体を、前へと飛び出させた。

三機のケントが空を飛ぶ。目標補足は一瞬のこと。
北、南東、南西からビルの屋上を包囲し、呼びかけを行う。

「君達は完全に包囲された!大人しく投降せよ、侵入…者…?」
「………ゑ?アレ?」

目視確認、一瞬思考が硬直する。
そこにいたのは五人の人間。
いや、人間のような何か。
本能のような何かが、奴らを人間と認識させないのか。
そう、ビルの屋上に威風堂々と立っているのは。

「勇敢なる翼、ソックスホーク!」
「広大なる翼、ソックスイーグル!」
「深遠なる翼、ソックスフクロウ!」
「美麗なる翼、ソックスクジャク!」
「ハゲってゆーな!ソックスコンドル!」

『五人揃ってソックスハンターズ鳥の旅団!プリンセスぽちの靴下を頂くため、只今参上!』

七つの世界に悪名轟く、ソックスハンター共だった。

「殲滅せよ!」

全ての火力と剣が、叩き込まれた。

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翌朝。
一晩中続いた追いかけっこも、最後の一人を捕縛することでようやく終わった。
部隊全員疲労困憊、ぶっ倒れて鼻血を出している者までいる。

「あー、朝日が目に痛いですね…」

ハイネケンも、機体から降りて座り込んでいた。
飲まず食わずの徹夜戦闘など流石に初めての経験である。
しかも以前冗談で言っていた、ぽちの靴下防衛などというギャグマンガの様な状況であった。

と、そこに走り寄る小さな足音。
ちよこ様である。
口に、なにやら手紙をくわえていた。

『布団、冷える前に取り込んでおいたよ。by寮母さん』

大きく息をつき、安堵する。

「あー、布団のことすっかり忘れてました。助かりましたー」
「ちよこ様もありがとー」
「わふわふ」

もはや指揮官にも指示を出す気力は残っていないらしく、周囲は自然解散の流れとなっていた。
軍隊にあるまじきことだが、まあ、たまにはこんなのもありなのかもしれない。

「…帰って寝ます」

そう呟くと、ハイネケンはふらふらと朝靄の中に消えていった。
夏草や 兵どもが 夢の跡

「わふわふん?」

今は春だって?どーでもえーやん。

おしまい。
最終更新:2007年05月18日 17:05