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ゆに☆すた ~University☆Star~ えぴそーど5

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 もう夏休み最後の週になってしまった。今年の夏は勉強ばっかりしてた割りに短く感じる。
 電車のノイズと揺れに身を任せながら、広げた夏目漱石をつらつらと目で追ってた。
 ちょっと『私』とシンクロしそうになって、視線を窓の外に向け一息ついた。

 花火大会の時「どこかに行きたいな」なんて勝負。
 何とかギリギリで合格ラインに乗せることができた私のために、かがみが企画してくれた勉強合宿。
 もっとも、お宿の提供はみゆきさんで「別荘がありますからそちらではいかがでしょう」なんて言葉にビックリしたんだけど。

「……ふぅん、こなた、そこちがう」

 声の主は私の肩に寄りかかって寝ちゃったかがみだ。耳元でされるとものすごくこそばゆい。
 一瞬驚いて顔を向けたけど完全に寝ていて、ちょっとよだれが口の端に集まってる。
 普段はツンデレさんでも寝てるときは天使だよねー、なんて思いながらハンカチで拭いてあげた。

「本当によくお休みになられてますね」
「うーん、なんだか張り切って夜遅くまで休み明けテストの予想問題作ってたから……」
「そっか、ほんとに全部作っちゃったのかー」

 自然と三人とも小声になってしゃべってる。
 一昨日かがみの家の勉強会に行ったとき、「予想問題作るからみんなでやってみよう」なんて言ってたのを思い出した。
 凝りだすと止まらないかがみの事だから、相当いやらしい問題だろうなと想像できる。

「そういえば泉さん、いつから眼鏡を?」
「いつもかけてる訳じゃなくて、勉強かまじめな読書のとき専用。ちょっと乱視の補正が入ってるくらいかなあ」
「勉強専用ですか……?」

 みゆきさんがいぶかしげに聞いてくる。そういえばみゆきさんが眼鏡かけてるのを見るのは初めてかも。
 少しずり落ちてきてた眼鏡を指先でカッコつけながら上げて答える。
 アニメとかじゃ少しは絵になってるのかもしれないけど、私じゃあんまり絵にならない気もする。

「うーん……スイッチみたいなもの、かな。これかけてるときは勉強するときって感じで」
「泉さんなりの集中方法なのかもしれませんね。いつ買われたんですか?」
「これは中学のときかなー。文学少女にあこがれてる時期でさ」
「中学のときのなんだ、私それは始めて聞いたよ」
「つかさは勉強用って答えたらそのまま流したじゃん」

 微妙な形に顔がゆがんでる気がする。きちんと笑えてるといいんだけど。
 中学のことは全部まとめて母校において来たいくらい。そんなにいい思い出でもない気がするから。
 高校生活は輝いてる、だからそういうくすぶった事は思い返さなくてもいいさ、なんて気取ってみる。
 そんなことをしてるうち、車内放送のアナウンスが流れた。

「泉さん、かがみさんを起こしていただけますか?」
「らじゃ。つかさも降りる準備しなよー」
「うっ、うん」
「かがみんー、朝ー、朝だよー。朝ごはん食べて学校行くよー」

 ほっぺたをプニプニ突付きつつ、私の体に垂れてきてる片方のツインテールをくぃっと引っ張ってみる。
 気づいたのか、寝ぼけ眼で私を見てきた。怒られないのをいいことに、耳たぶを指で摘んでぐにぐにする。



「ん……? てゆーかあんた何してんのよ」
「かがみいじり?」
「やめんか。ふぁぅ……ねむ。降りるの?」
「そだよ。よくお休みでした」

 寝顔がかわいかったとかよだれが肩口についたとか要らないことは言わないことにする。
 んーっと席の上で伸びをしたかがみが、首を回しながら周りを見回して。
 もう窓の外は一面に広がる緑の森。ちょっと気分が高揚してきた。

「さて、皆の衆。いざ行かんアヴァロンへ」
「アヴァロンって確か所在不明の楽園でしょ。場所がわかってるところには相応しくない気がするけど?」
「じゃぁエリュシオン」
「それは死後の楽園だ。あんたは私達に死ねというか」

 妙なところに突っ込まれてちょっと戸惑ってしまった。
 単純に最近やったゲームからノリで言ってみただけだったのに。

「じゃあかがみだったら何ていうのさ!」
「そうね、約束の地なんかどう?」
「あの、泉さんかがみさん。ドアもう開きますよ?」

 妙な言い回しで遊んでたら、大急ぎで片付ける羽目になりましたとさ……。


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ゆに☆すた ~University☆Star~
えぴそーど5 それぞれのカタチ
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 例のテストををみんなで解きあってからしばらくして、自然にみゆきさんがつかさの先生をする感じになった。
 ――もちろん私はかがみにべったり。
 みゆきさんらしく声を気にしたみたいで、結構説明することも多いですし、班に分かれてやりましょうって提案してくる。
 そこまで気にすることもないかなって思ったけど、かがみもつかさも頷いたので分かれてまた勉強に没頭。

「こなたと二人きりかぁ……」

 問題に詰まってシャーペンの頭を噛みながら悩んでたら、かがみがいきなり独り言見たいな調子で声をかけてくる。
 波一つ無かった水面に広がる波紋のような違和感。
 視線を向けたら、天井を向いて物憂げな表情で息を軽く吐いてるかがみ。一瞬のうちに微妙な空気になる。

「な、急に何さ」
「別に何でもないんだけどね」
「急に言わなくてもいいんじゃない」

 かがみが私のほうを向いてくる。正直まだ色々心の準備ができてないから、焦りそうで慌てて言葉を繋いだ。
 なんだか心臓の心拍数が急に跳ね上がったみたい。どくん、どくんって耳に響いて来そうな感じがする。
 ――ちょっと、何でもないならびっくりさせないでよねー。

「ただね、あんたと一緒に勉強してると思うのよ、勉強ってこんなに奥が深いんだなーって」
「なんですか、それって私の勉強が浅いって事デスカ」
「そんなんじゃないって。同じように勉強しててもあんたの方が飲み込み良いのよね」
「そんなことないと思うのですが、かがみ様」

 だって私にこんなにすらすら説明してくるかがみのほうが、明らかに頭のデキがいいように思う。
 そりゃ一応秀才少女気取ってた時期はあるし、それに自信がないわけじゃない。
 ――でもね、かがみ。きっとかがみに教わるんじゃなきゃ、こんなにまじめに聞いたりしないし……わからない意味を理解しようと必死になったりもしないよ?

「かがみ様はやめい。まあ教えてる側としては嬉しいんだけど、同じ受験生としては羨ましいなって、ね」
「んー、毎日やってるからじゃない。継続は力なりって言うじゃん」
「それ言うなら私だって毎日やってるわよ……」

 うらやましいって言われると正直こそばゆい。
 正直に言えばわたしはかがみが好きだからこそ勉強するし、好きな人に勉強を教わってれば誰だって死ぬ気で勉強すると思う。
 大体今勉強しているところはずっと前にかがみが通り過ぎた駅で、私はいいとこ発車してすぐの急行列車。
 ――必死に追いかけてるけど、それこそ新幹線でも使わなきゃ追いつけない場所にかがみはいるんだよ?

「そういえばさ。話は変わるけど、前におじさんが泣きながら進学してくれって頼んだのよね?」
「うん、あのときのかがみの太ももは大変おいしゅうございました。料理記者暦四十五年、岸○子、なんてね」
「やかましい。でもおじさんからはこなたが行きたがってるように聞いたけど?」

 どうも雲行きが怪しい気がする。わざわざ手を止めてまでさっきの話をするとは思えないから、つまりこっちが確信っぽい気がする。
 大体さっきまで興味なさげにしてた顔が、いきなりニヤリって笑みにかわってるから。
 ――おとーさんめ、余計な事を。

「あー、進路について話してて、進学しよっかなーって言ったらおとーさん本気になっちゃってさ」
「それで私と同じ学校ってのは何と言うか……でもそうね、つかさとみゆきのは合わないもんね」

 かがみと同じ学校に行こうとしてる理由は、かがみが勝手に納得してくれた。
 みゆきさんが遥か上なのと、つかさが中間試験でよっぽどバカしない限り指定校枠の内定が出てるのが幸いしたかな。

 苦し紛れに口から飛び出した言葉。だけど、一応嘘じゃない。炊きつけてくれたのは間違いなくお父さんだ。
 ホイホイ罠に飛び込んで釣られてるのは私なのかもしれないけど、かがみと一緒に居られるのは私の中ですごく重要な『ご褒美』。
 でもそのことをかがみに言ったりなんかしない。伝えてどうにかなるくらいならぺたぺたしてられるこの関係が大事だから。


「そゆこと、受験科目も手ごろだし、文学も読んでみるとそれなりに楽しいし」
「あ、そういえば電車でなんか読んでたわね。ラノベとか読むようになった?」
「んーむしろお父さんオススメの文芸な小説とかかな。あのひと一応プロだけあって見る目は確かだし」

 いままでの私になかった引き出しが増えただけで、ホントに嬉しそうにしてくれるかがみが好き。
 ただ正直、これ以上突っ込まれたら隠し通す自信はあんまりない。かがみは矛盾があると鋭くつついてくる。
 毎日のように勉強を教えに来てくれるおかげで、最近の密度は今までよりも濃ゆいから……ボロをあちこちにおいてきてる気がする。

「なんだぁ、ラノベとかの話できるかと思ったのに」
「余裕できたら読むつもりだよ。アニメの原作だったら問題なく読めるだろうしね」
「それにしても、一応プロとかおじさんが聞いたら泣くぞ」
「そだね」
「そだねって……」

 正直、最初は文字に慣れるためにラノベを読んでみようと思ったりもした。かがみと一緒の話ができるかもしれないから。
 私の趣味にばっかり合わせて会話してるくらいなら、共通の話題が合ってもいいと思う。
 ――でもさすがに試験にラノベ出る訳じゃないしね。
 だから、実際に読むのは受験が終わった後にする事にしたんだ。受かった後にゆっくり過ごせるネタがあってもいいと思う。

「あ、もうこんな時間だ」
「え? ああそうね。そろそろ食事の準備を始める時間、か」
「だね」
「それじゃノート貸して、食事の前に答え合わせしとくから」
「ほい」

 いつものやりとり。なんだかそれに安堵を感じてる私が居る。
 ノートをかがみに渡して、かばんの中からエプロンを引っ張り出して部屋の出口へ。
 そうそう、最近はかがみも私ん家で夕食を食べていく事が多くなった。家庭教師してくれてるんだし、簡単な感謝の気持ちとしてご馳走してる。
 実は量だけじゃなくて、こっそり材料の質まで上がったことはまだばれてない。

「あ、こなちゃん。勉強はもういいの?」
「うん、みゆきさんは」

 キッチンに顔を出したら、先回りしてキッチンで材料とボウルなんかを準備し始めてるつかさがいた。
 リビング周りを見渡してみたけど、みゆきさんの姿がないから聞いてみる。

「みゆきさんはご近所さんに挨拶に行ってくるってー」
「なんだかなー、私らは行かなくてもいいのかねー」
「そう言ったんだけど、『両親の昔話ばかりなので疲れると思いますよ』って……」

 確かに大人の世間話はあんまり長時間相手したいものじゃないと思う。向こうからしたら私たちの話もそうなんだろうけど。
 それを一人で引き受けようなんて、みゆきさんは相変わらずいい人だった。
 ――あれ? うちのおとーさんってばそゆ話はあんまりしないし、基本おっきな弟だよねぇ。
 浮かんだ呟きは、いいお父さんって事だよネってことで戸棚にしまうことにする。何となく、深く考えてはいけない気がしたから。
「それじゃ、サクサクと始めますか」
「うん」

 まずは野菜を洗ったりしながら下ごしらえ。流石につかさは調理系志望なんていうだけあって、基本はきちんと押さえてくる。
 ジャガイモの芽を器用に包丁の根でコジるのを見ながら、調理実習のときにかがみがピーラーですら苦労してたのを思い出した。

「ねぇ、こなちゃん。ちょっといいかな」
「ん、どしたの?」
「最近お姉ちゃんと一緒にいる事多いよね」

 切り刻み始めた野菜ももう三分の一位かな、なんてところでつかさが話し掛けてきた。
 なんだか声の調子がいつもと違う気はしたけど、あえて知らない振りをしてニンジンをいちょう切りにしながら答える。
 ――やっぱりそっちですか。気づかれたかな……。
 手元が狂わないように気を配りつつ、クールこなた勉強版を思い出して答えた。

「そう?」
「うん、何かいつもお昼前にこなちゃんの家行ったりしてさ」
「確かに最近一緒に勉強する機会が多いような……」
「わかってるんだ、お姉ちゃんと同じ学校行くから勉強してるって聞いてるし」

 さっきまでハイペースで動いていたつかさの手が今は止まってる。
 つかさの声がとんがってるのがわかった。ニンジンのいちょう切りを終わらせて、包丁をまな板の上にコトン、と置いたら少しは余裕ができる。
 ――うん、これはきっと私のせいなんだろうな。

「……うん、そだよ」
「でもね、わたし、でもね……」

 向き直ったら、つかさの肩が震えてた。うつむいて何かを必死に我慢してるみたいで。
 正直、いきなりこんな風になるなんて思ってなかった私は、「どしたのさ?」ってできる限り優しい声で問いかけてみた。
 でも返事はなくて……つかさは崩れるように膝をついて手で顔を覆っちゃう。

 どうしたらいいんだろうって立ちすくんでたら、つかさの手の隙間からぽろぽろと水玉が落ちてった。
 声もなくただ涙を落とす姿を見ていたら、ものすごく申し訳ない気がして。
 そんなつかさをおなかの辺りに収めて、ふるえるつかさの頭を……大丈夫だよってキモチで優しく撫でた。

 どれくらい経ったんだろう。長かったような気もするし短かったような気もする。
 つかさがこうなった訳は思い当たる節がありすぎた。
 わかるのは私がキモチに気づいてから起きた何か、なんだろうねってことくらい。

「わたしね、高校は凄く頑張って入ったんだ」
「うん」
「そして、これ以上ついていけないって事くらい自分でもわかってるの」
「うん」
「でも……それでもね。お姉ちゃんと離れ離れになりたくないって思うの、おかしいかな?」

 ――ああ、なるほど。そういう事か。かがみが私にべったりなんで、寂しいんだ。
 ぽそぽそか細い声で呟くつかさを撫でながら、ようやくつかさが取り乱した理由が理解できた。
 でも、私もかがみとは離れたくないし、それで諦められるならそれでいいと思う。

 つかさには姉妹って絆はちゃんとあって、友達な私とは違うんだから。
 だから、自分でもこんな話をするのは卑怯だと思うけど。
 国文科志望の詭弁の力を、少しだけ。

「ねぇ、私は? みゆきさんとは、どう?」

 つかさの気持ちを左右する一言。
 わかってる。
 つかさはこの言葉に素直に頷くしかできない事も。
 ――ごめんね、つかさ。ごめん。卑怯なのは分かってる。

「もちろん一緒にいたいよ」
「そだね、私も同じ気持ちなんだ」
「うん」
「でもね、みゆきさんはみゆきさんのやりたい事があって、つかさにはつかさのやりたい事がある。多分かがみにも」
「うん……」
「私は……まだやりたい事はわからないけど、やれる事はやっておきたいって、そう思ってる」

 そう、望む事はみんな違っている。
 だから、たとえ卑怯だと罵られようと望みは叶えたい。

「大丈夫、みんな友達なんだから。会いたいと思ったらみんなでまた会えるよ。つかさが友達じゃないって思ってるんだったら話は別だけど?」
「そんな事ない、こなちゃんもゆきちゃんも大好きだよ」
「かがみなんて家族でしょ、一番近くにいるのはいつでもつかさなんだからさ」
「……うん、そうだね。ありがと、こなちゃん」

 私のおなかから身を離したつかさの笑顔を見て、私の中の黒い物が呟いた。
 つかさはずるいよねって。
 かがみとずっと一緒にいたとしてもそれは自然な事。滅多な事がない限りは必ずどこかで繋がってる。

「何かすごく偉そうに言ってるけど、私が進路を決められなかったのだってそれもあったからだし」
「え、そうなの?」
「居心地いい場所ってあるじゃん、みんなでワイワイやってるここが私にとってそういうトコだもん。いつまでもここに居たいっていうか、時間よ止まれってやつかな」
「その感じわかるわかる」
「だからね、目の前の事を頑張っていこうよ、精一杯ね」

 心のもやを払うように……正直な自分の気持ちを、少し隠しながら伝えた。これも私の中では真実なんだから。
 こうやってみんなで遊ぶのだって、私にとっては大切な時間。私にとって本当の意味じゃ初めてかもしれない三人の友達。
 失ったら、またあの頃の私に戻ってしまう事くらいは理解してる。

「それはそうと……」
「どうしたの、こなちゃん」
「そろそろ料理を始めないと。結構いい時間になっちゃってるよ」
「そうだね、まずは……目の前の野菜を片付けちゃわないとね」

 下ごしらえの段階より手前で放置されてる野菜たちをみながら、少し、笑った。
 ――機嫌直してくれて、よかった。
 そんなこんなで、急いで分担作業をする私達だった。

 しばらくしてちょっとぐったりしたみゆきさんが帰ってきた。かがみもすでにテーブルで料理を待ってる。

「遅いよ、つかさが付いててもアンタは遅れるのね」
「いやーちょっと色々ありまして……」

 かがみに言い訳をしながら、料理をテーブルに運んでいく。やっぱり少し手をかけて作った晩御飯。
 後は学校のお昼と同じように色々な事を話しながら食べた。
 夏休み前と同じようなゆったりした空気は、私の大切な時間だなって改めて強く感じる。

「おやすみ、つかさ」
「うん、こなちゃんおやすみー」

 つかさと洗い物を終えて部屋へ戻ったら、もうなんだか疲れ果ててそのままベッドに倒れこんだ。
 まぶたを閉じたら今日の自分がプレイバックされていく。
 ――やっちゃったな……
 つかさに言った言葉が頭の中に響いて、何となく嫌な気持ち。

 二人きり、なんて言ったかがみの呆けた顔が浮かんできた。
 ――あの言葉は卑怯だよ。
 何と勘違いしたのかを考えているうちに、私の意識は薄れていった。


 §


「……なちゃん、こなちゃん」
「ん、あ」

 誰かに揺さぶられている。まだ体は起きてないのに揺り戻されるのはあんまり気分がよくないよ……。
 だるい体を無理やり起こして目を開いてみたら、つかさがいた。
 ――ああ、もう朝か。

「あのね、こなちゃん。驚かないでね」
「んー、どしたの」
「今日の朝ご飯……お姉ちゃんが作ったって」
「いっ!」

 一気に目が覚めた。
 昨日の夕食の残り物……は、残りが出ないようにきれいに片付けてあるはず、冷凍食品も買ってない。
 一体かがみは何作ったんだろう。調理実習の悲劇を思い出すと背筋が冷えていくのが判った。

「おはよー、こなた」
「か、かがみサン、食事当番じゃありませんヨネ?」
「何もしないっていうのも悪いし、さすがの私でもトースト位焼けるわよ」

 急いでリビングに行ったんだけど、もう全てが終わった後みたい。
 トーストを焼いたとおっしゃっておられるかがみ様には大変申し訳ないのだけど、テーブルにあるのはどう見ても別の何か。
 お皿に盛られた円形の黄色い何か、多分卵……だと思う。

「これはこれは、前衛的な卵焼きですネ」
「何言ってんのよ、目玉焼きじゃない」

 どう見ても黄色い。しかし、かがみはこれを目玉焼きと呼ぶ。
 頭の中にあるイメージと実物とを照らし合わせても、形しか一致しない。

「目玉はドチラデスカ?」
「多分……この辺りじゃないのかな」
「さすがつかさ、よくわかってるじゃない」

 つかさが指差したのは円の中心よりやや右側……たしかに浮き上がってる部分がある。
 かがみは『ほれ見た事か』チックな妙に自信ありげなポーズで頷いてる。
 ――いやー、それはちょっと厳しいんじゃないカナ、かな?

「みなさん、おはようございます」
「おはよ、みゆき」
「おはー」
「ゆきちゃん、おはよ」

 みゆきさんがリビングにやってきた。
 やはりその視線はテーブルの上にある黄色いモノに注がれている。
 ――そりゃそうだよね……。

「あらあら、朝食は卵焼きですか」
「……えっと、目玉焼きなんだけどね」

 かがみの声が弱々しくなってきた。肩も少し落ち始めてるし、心なしかツインテールまで元気無さげに見えてくる。
 現在卵焼きが二人、目玉焼きが二人で、賛同者は身内。
 正直どう贔屓目にみても、これは目玉焼きじゃない。たぶん固まる前にいじくりすぎたんだと思うけど……。

「と、とりあえず食べちゃおうよ」

 かがみを取り巻いている重い空気を感じたからなのかも知れない。
 つかさがトースターからトーストを持ってきて中央に置いた。一緒に置かれてる銀色の大型牛乳入れがリゾートっぽい。
 ちなみに例のブツは、ヘンに甘辛かった。かがみが作ったものじゃなかったら私は作り直してたと思う。
 たぶん塩コショウを振るとき、塩を砂糖と間違えたんだと思うけど……。よく焦げなかったなあなんて感想をもつ一品でしたとさ。

 こんな風に、私達の勉強会は過ぎてった。
 みゆきさんにも勉強を教わったり、気分転換に森を探検したりして。
 私と――たぶんほかの三人もきっと――思い出に残る夏だった。

 高校最後の夏。そして……始まりの夏が終わってく。


【Finale / えぴそーど5 それぞれのカタチ】




















  • 卵焼きw w w -- 名無しさん (2010-04-15 14:19:03)
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