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Black Heart

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匿名ユーザー

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「ほら、みなみちゃん、行こうっ」
「う、うん……」

 ある週末、その帰り道。駅のホームに二人の少女がいた。
 まもなく電車が来ることを表すランプが頭上で点滅している中、
二人の顔はまるで逆だった。

 小柄な方の少女、ゆたかは何かを楽しみにしているような──否、『今』楽しんでいる。
それも何か"危ない"事に対するスリルを。そんな愉悦が顔から全身から滲み出ている。
普段病気がちな姿など微塵も感じさせず、終始ニコニコと横を見上げる。
 そこには、頭一つ分程も違う長身の少女、みなみが、まるで茹で上げた蛸のように真赤になっていた。
みなみはこれから愛の告白か何かでもするように口を震わせ、足を震わせ、言葉を震わせていた。
彼女からは滲み出ているのは愉悦などではなく、汗。
手のひらにはじっとりと。背中からはダラダラと。そして太股からはねっとりと。

 但し、その中の一つはどうやら汗ではないようだ。

 電車がホームに滑り込み、開いたドアから何人もの人々が出て行く。
 一方入るのはゆたかを始めとする学校帰りの生徒。
二人の様子など何も気にかける事無く、列車内の定位置に皆が納まる。
ある者はドア付近に、ある者は真中に、ある者は座り待ちの為に座席を向いて。
 そんな中二人はドアに程近い座席の傍で立っていた。

「みなみちゃん、気分はどう?」
 ゆたかは弾んだリズムでみなみに問いかける。だがみなみは一言、
「だ、大丈夫……私は、大丈夫……」
と、うわ言のように繰り返すだけだった。
「みなみちゃん、ちゃんと正直に言わないとダメだよ?」
 あくまで軽く、まるで相手の苦痛を楽しむかのように、フラフラのみなみに語りかける。
そして自らのポケットに手を突っ込み、
「でもまぁ、大丈夫なら、『大丈夫だよね』?」
中に入っていた機械の目盛りを、ゆっくりと回した。

「んあぁぁっ!」
──否。本心からゆたかは楽しんでいた。みなみが頬を染める意味を。
そこから漏れ出る、みなみが搾り出す声の意味を。それは、苦痛を意味しない。
「も、もう、やめて、ゆたか……」
 それは、悦楽を意味していた。
「ダメだよみなみちゃん。私の言うこと、聞いてくれなきゃ……」
「お、おねがいぃっ……」
 ゆたかは何も答えない。その代り、まだ懐中に持つリモコンの目盛りを、「min」と書かれた所まで下げた。
途端、みなみの顔からは一旦緊張の色が消え失せ、逆にゆたかの顔に暗い影が差した。
荒い息を吐くみなみの疲れ果てた目に、その黒など見ることは叶わない。
「でも立っていられないくらいだと私も困っちゃうから。みなみちゃんの肩を担げるだけの力、私ないからね?」
 そうだね、とだけ同意を示し、言葉を紡がないみなみに対して、ゆたかは耳打ちした。
背中を曲げ苦しそうにしているみなみに、わざわざ背伸びする必要もない。

「それじゃ、『換えてきて』いいよ。ちゃんと言ったでしょ? "持ってきてね"って」
「も、持ってきたけど……ど、どこで──」
「やだなぁみなみちゃん、トイレ以外のどこでするの? ほら、あそこにあるから」

 指を差した先には、当然ながらトイレがあった。
ドアの取っ手に青い色があるのを見ると、誰も入っていないようだ。
「ほら、行っていいんだよ。それとも、また『強く』して欲しい?」
「だ、ダメっ……い、行ってくるよ、ゆたか……」
「行ってらっしゃい、みなみちゃん。あ、そうだ。ちゃんと『アレ』も換えてきてね。そうしないと意味がないから」
「わ、分かった……」

 力の入らない足取りでみなみはトイレへと向かった。周りの人々は、それが異変だと気付かない。


 閉じられた扉の外側では、波のない静かな日常があった。
だがその内側では、みなみが苦悶の声を上げかけて、そして飲み込んだ。
誰にも邪魔はされない。誰にも干渉はされない。扉一枚隔てればゆたかでさえも来ることはない。
一瞬の安堵と知りながらも、みなみはその束の間の安らぎを満喫するかのように、急いでショーツを降ろした。
途端、文字通りに押し隠され聞こえなかった振動音が響く。
布一枚の下には小さな卵の形をしたピンク色の物体──リモコン式のローターがあった。
ショーツ自体がローターを差し入れるのに丁度良いポケットを内蔵しており、
その中でぶるぶると震えるこの機械は、まるで全てが図られたかのように、その振動を止める。
 みなみはほぅと長い溜息を吐いて、ショーツへと向き直った。そしてみなみにとってこれからこそが地獄。何故なら──

「ゆたか……ゆたか……もう、許して……」
 紅い顔を更に紅くしながら、ローターをハンカチで包み、一旦ポケットに入れる。
降ろしたショーツは汗ではない液体でぐちゅぐちゅに濡れており、みなみはこれを指定された袋にしまう。
その袋もまた透明な厚手のビニール製で、ファスナーで密封できるタイプのもの。
ショーツが袋に圧迫され、染み込んでいた粘液がゆっくりと重力に引かれて落ちる、
その様をみなみはどうすることもできず、呆然と見つめていた。やがてハッとしたように、袋を鞄の中へ突っ込む。
そこには同じ役割を持った袋がもう一つ。昼休みに「換えた」ショーツだった。
 みなみはまた、鞄から別な皿状のモノを取り出した。それはボタン型電池が一枚。
みなみはカタカタと震えながら、ポケットに再び手を入れ、ローターを取り出した。
名残惜しそうにハンカチとの間に銀糸を残して、ローターは裸の姿でみなみの目の前に立ちはだかった。
自らの手で電池を交換する恐怖、それ以上の羞恥、それに怯えながらみなみはゆっくりと電池蓋を開けた。
役目を終えた電池が鎮座している。みなみはそれを拾って鞄の中に放り込んだ。
──できるものなら、二度と見たくない……そんな思いを胸に、しかしそれは許されない。
今指先に摘んでいる新しい電池を、この機械めに埋め込まなければいけない。
震える指は収まっている物を取り出せても、物を収めるに難しい。みなみは苦心して、これをやってのけた。本当に、心が苦しかった。
 しかしそれが終っても、みなみに安息が訪れた訳ではない。
これを自らの手でショーツのポケットに入れなければいけないのだから。
 動こうとしない手を叱咤激励して、みなみは新しいショーツを鞄から取り出した。先程と同じ形状のビニール袋に入っている。
それを取り出すと今度はポケットに──丁度クリトリスを直撃する位置に──ローターを滑り込ませた。
「……」
 みなみは誰も居ないと頭では分かっていながら、その頭を左右に振って安全を確かめる。
そうして何も無いと分かるや、急いでトイレットペーパーをカラカラと回して大量に引き、
蜜壷から溢れショーツから染み出し、太股にまで到達した愛液を拭き取る。
だが許されるのはそこまで。肝心の秘唇には直に触ることはおろか何かで拭くこともできない。
それが「約束」だった。

──私、みなみちゃんとずっと一緒だよ。一緒にいるからね、一緒に……

 その約束の為に、あらゆる行為が始まった。保健室での一件を皮切りにして。
元々泉家の血が混じっており予見され得る未来の一つだったはずだが、
ひよりの出現も相まって、ゆたかは予定外の速さでメキメキとその頭角を表していった。
 元々ひよりの成年指定同人誌を誤って読んでしまったのが始まりだったはずが、ものの二週間で彼女の知識を追い抜いた。
通販を限界まで使い切って、こなたも持っていないような、更にはそうじそうさえも怪しい、
マニアック且つエロティシズム溢れるゲームを商業同人見境なくダウンロード購入した。
パッケージが見つかるのは不味い。しかしながらインストールフォルダ自体は階層の奥に隠せば誰も気付かない。
必死になって全てを吸収して行った──全ては愛するみなみの為に。
 その資金稼ぎの為に"内職"も始めた。幸いにして、"内職"の存在もまた誰にも知られていない。
何もかもが上手く運んだ。そして今も上手く運んでいる。

 ゆたかは微笑んだ。だがそれは友人に対する微笑ではなかった。
愛する人に対して独占を宣言する、全ての『他人』に敵対する歪んだ微笑だった。
 その笑みの先には、"こんなことおかしいよ、ゆたか……"と問いかけるような顔をした、
真赤なみなみが扉から姿を現していた。
 ゆたかはまた微笑む。その赤を見て。

──そんな悲しい顔しちゃダメだよ、みなみちゃん。まだまだ始まったばかりなんだから……
   楽しい、愉しい思い出を、一緒に作ろうね……


 みなみがトイレから顔を出すと、そこはもう一駅通り過ぎていた。時間にして三分弱程度か。
先程のフラフラは少しばかり収まっているものの、まだまだ鮮烈な快感が残っているみなみに歩くのは辛い。
ゆたかはそんなみなみに黒を向けて──本人は"白"と思って──、語りかける。
「みなみちゃん、ちゃんと換えてきた?」
「う、うん……」
「ちゃんと"しまって"きた?」
「やったよ、ゆたか……だから、そんな目で見ないで……」
「……? どうしたの、みなみちゃん。"そんな目"って。私、普通だよ? それとも……」
 『それとも、私のこと嫌いになっちゃったの?』と言わんばかりの顔をして、ゆたかは制服のポケットへと手を伸ばす。
「やめてっ、ゆたか……」
「ダメ、みなみちゃんが私を『好き』っていうまで、離さない」
──心の底から、うん、底から。心の一番上まで全部、私のものになるまで──

 ゆたかはローターのスイッチを入れた。最初から「max」に程近い所まで目盛りを引き上げる。
「んんんんっ……!」
 みなみは口を真一文字に結んで、歯を食いしばり懸命に耐える。甲斐も無いことをして苦しさを紛らわせようとする。
下腹部を押さえてみたり、膝を深く曲げてみたり。その姿が、周りに不審に映りだす。
顔を上げたみなみはハッとすると、急いで立ち上がって何事も無かったかのような振る舞いをする。
だがその立ち上がりの際に致命的なミスを犯してしまった。
人々は興味なさげにそれぞれの行為に戻り、ある者は座席から立ち、ある者はドアに近づく。
駅が近づいてくる中で、みなみの性感も段々と限界に近づいてきた。

──なんということ。ショーツの中に潜む魔物がその鎌首をもたげて、
   みなみを守る唯一の防御陣、秘芯の包皮を剥き上げられてしまったのだ。

 元々休み時間は当然のこと授業中、学食、ホームルームに掃除と半日ずっとその突起だけを責められ続け、
既に包皮など半分めくり上がっていて役割を半分失っていたが、それでも半分は残っていた。
月曜日にこの責めが始まり、一週間にもなろうかという只今金曜日、みなみはある程度慣れたつもりでいた。
最初の日は「min」にしていても一分足らずで絶頂に達していたのだが、木曜日、金曜日つまり今日はそんなことは決してなかった。
鈍感になったのではなく、快感を長い間押し隠すことができるようになったのだ。
 だがそれこそがゆたかの思う壺。長時間に渡ってイきたくてもイかない、イけない。
そんなギリギリの状態を続けること。その中で現れる様々な顔を観て、愉悦を覚えるのがゆたかだった。
限界まで焦らして焦らして焦らし抜いて、そこから一気に突き上げていくのがゆたかの流儀。やり方。

 そしてみなみこそが、ゆたかが心中に隠し持っていたサディスティックな要素を完遂させる為の素体だった。
みなみこそが、ゆたかの苛烈な責めに耐えうるマゾヒスティックな要素を備えていた。
平たく言えば、相性は完全に一致していた。ゆたかが凸ならみなみは凹。何者も隙間に入ることはできない。
そう、ゆたかの従姉であるこなたも、双方の友人であるひよりでさえも。


 次の駅は改札が近い車両、即ち二人がいる場所から、
二人のことなど完全に頭から欠落した人々が急がしそうにホームへと降り立っていく。
そうして空いた席に、二人は座る。丁度みなみの隣には、20かそこらの大学生らしき青年が座っていた。
ゆたかは一旦目盛りを「min」にして、青年の様子を伺う。
 彼は文庫本を読むのに夢中で周りなど気にも掛けていない。
隣にみなみという美少女が座っても、一向にお構い無しだった。──だがゆたかは違った。
「ふーん……あなた、私の『みなみちゃん』に見向きもしないんだ、ふーん……」
 独占欲がある一方で、顕示欲もある。自己顕示ではなく、"手塩に掛けて"、"愛している"人を顕示する欲だ。
そんなゆたかを誰も止められるはずが無い。
 ゆたかは、手に持つリモコンの目盛りを丁度「min」と「max」の中間程度に持ってきた。
途端にみなみは今まで抑えられていた性感の花を開花させ、身悶え始めた。
突起への鋭い振動。もう守る存在はなく、直に快感が押し寄せてくる。
しかも津波のような急激さではなく、増水する川のようにじわりじわりと。


 青年は訝しがった。バイブ音がいつまでも続くのだ。これでは小説を読めないじゃないか……
無論のこと自分の携帯ではない。周囲は携帯を手に持っている者も多く、懐中やポケットの中に持っている者も多い。
何にせよ、車内の雑音ではない、規則正しい列車のガタゴトでもない。
鋭く人工的で耳に障る音──当然、持ち主に気付かせる為バイブ音は元々ある程度そういうものだが──
そんな音はどこから来るのだろうか? 一体誰の携帯が発信源なのだろうか? 気になって集中力が散ってしまったじゃないか……
 彼が隣を見ると、長身の少女がいた。背丈は自分程もあるだろう。だが体型はスレンダーで大柄さを感じさせない。
だが、彼が最初に思ったのは"そんなこと"ではなかった。『バイブ音の源はここだ』と直感したのだった。
何がその直感を呼んだかは、うずくまっているみなみにも、見せ付けているゆたかにも、当然分かる訳もない。
本人でさえも、完全に過去の記憶と合致させていた訳ではない。
 ただ、紅潮した頬、震える足、バイブ音。全ての視覚と聴覚、それから無意識の嗅覚によって、疑惑を抱かせていた。
ただ、この少女が身体の何処かに振動物を隠している、『変態』であることは分かった。『痴女』かも知れない。
 それは三割方当たっていた。確かにこんなことをしている時点で、どう言い繕おうが『変態』である。
だがそれ以上の不思議を何も知らない青年に、そこから先を類推する等というのは無理もいいところだった。

 みなみは"ゆたかの愛する人"であり、"ゆたかに愛される人"であり、"ゆたかを愛している人"であった。
そして、それだけだった。ゆたかに"愛"を注がれる"人形"。ゆたかは差し詰め"道化師"。
一方的で捻じ曲がった愛は、どこまでも深く、奈落へと堕ちていく。

 まさか恥ずかしい場所にローターを隠しているなどとはバレないだろうと高を括り、
それが綺麗さっぱり当て外れな今、みなみは秘芯への振動に懸命に耐えていた。
身体を前に屈ませればそれは即ち地獄への片道切符。ローターがクリトリスへと押し付けられ無限絶頂に陥る。
かといって後ろに逸らせれば必然、ショーツが後ろへと引っ張られる。
そうなっても今度は秘裂深くにローターが押し込められるだけ。にっちもさっちもいかない。
とにかく、座席に座ると何かしら押し付けられて振動が強まるのだ。しかし座った今無為に立ち上がることも気が引ける。
寧ろ腰が引けて立ち上がれるかも分からない。みなみは必死になって、スカートを座席へと押し付ける。その奥が見られないように。
 だがそれは墓穴だった。早くもじゅくじゅくと音を立てそうなショーツから、スカートの方へと染みが移行し始めてきたのだ。
小さな染みがポツンと一つ乗ると、後は少しずつ広がっていく。
幸いにして言うほど大きな染みでもない。ある程度広がったところで、その拡大は阻止された。

 それでも、青年が確信を抱くには十分だった。チラチラと盗み見るうちに、段々と広がっていく透明な色。
青年は記憶を蘇らせる──確か、電車が走っている時にドアが開いた。それは多分、トイレのドアだろう。
あの時トイレに行ったのはこの少女ではなかっただろうか。
だとしたら、今までの、何の異常も無い日常の中で失禁することは有り得ない。
 つまりこれは……認める事自体が最早異常だが……愛液、なのではないか……?

 果たして予想は当たっていた。みなみの突起をひたすらに責め抜きコリコリに尖らせているのは、
他ならぬローターそのものであり、その振動が青年には聞こえていた。
スカートに染み込んだ、少しだけ周囲より濃いその色は、青年に見えていた。
 溢れ出た愛液が太股を伝って下側のスカートに到達しようとした頃、僅かに性が匂いたった。
ゆたかにははっきりと、青年にはぼんやりと。そして二人は真逆の反応を示した。
二人はみなみを見る。一人は歪曲した微笑で。もう一人はギョッとして驚きを隠せずに。
「お、おい、大じょ……」
 その瞬間鋭い視線を感じ、肩の向こうを見やるとそこにはゆたかがいた。
 ゆたかと青年は見つめあった。見つめ合って、そしてゆたかは微笑む。
5歳も下で25cmも低い少女の投げかける無言の品評と無言の圧力は、青年を虜にした。
何がどうなっているかまるで分からない、そんな表情を浮かべた青年に、ゆたかは教える。

──この女性[ひと]はね、私の一番大切な人なんだ。私が世界一大好きな人なんだ。
   だから、皆にも見て欲しいんだ。私の大好きな人。でもね……
──私から盗っていったら、絶対に許さないから……


 この一目で、青年は全てを悟った。目の前に鎮座する少女の狂気を。
隣の、長身のこの少女に声を掛けようものならば、ましてや触ったりしようものなら、死ぬ。
夜道の何処で後ろから何をされるか分からない。この二人から出て行くものはあっても入っては行けない。
これは偶像なのだと、青年は思った。想い、見つめる事ができるが、しかしそれだけ。
その頂にある美しさには、何者も触れられないのだと。近づくこともできないのだと──近づく? 今、俺は……

 次の駅が近いことを示すアナウンスが鳴った。青年はやおら立ち上がり、ほうほうの体で抜けた腰を無理矢理動かして、
二人の少女からなるべく遠いドアを選んで、そこに寄り掛かった。バイブ音も、立ち込めていた淫霧も消えていた。
数十年ぶりに太陽を拝んだ地下牢が流刑者の如く、人生で最大の感謝を捧げながら、駅のホームに降り立った。
そして漂ういつもの香り。見慣れ住み慣れた地元。やっと彼は現実に戻ってきたのだ。


 やっと開いた世界は実は、背後にゆたかとみなみを従えていた。
何といわれようとここが二人のホームグラウンド。先々の駅で降りる道理はない。
 数メートル先には先程の青年がいたが、ゆたかは一度突き落とした青年[おとこ]の影を追う気は元より無い。
またそれ以前にみなみの身体も限界だった。
犬のように垂らした舌からは滴り落ちそうな唾液が見え隠れし、
太股に流れる淫液も、電車の中で溜まり溜まった分、一気にダラリとソックスまで到達していた。
気付けば今日みなみは一度も絶頂を味わっていない。その中で、ゆたかはリモコンのスイッチを切った。
 愛液の生産は一時的に止まり、それ故にショーツに冷たさが混じる。
みなみにとって一番辛いのは、ある意味でこの局面だった。正直、気持ちが悪く具合が悪い。
丁度、雨の中ずぶ濡れになった後、中途半端に降り止んで生温く張り付いた衣服のように──生温く張り付いている点では同じだが。

「行こう、みなみちゃん」
「う、うん……」
 乗る前の駅と全く同じ台詞を残して、しかし状況は全く違うまま、二人は歩き始めた。世界の堅牢、泉家へと向かって。
あそこまで行けば、最早誰も邪魔されない二人の聖域なのだから。


 歩いている途中は流石にローターが振動することは無い。歩けなくても困るからだ。……というのは無論建前。
実際は、快楽慣れして鈍感になられても困るという方面での策略だった。万が一バレた時の保険も無い。
電車の中ならトイレに駆け込めば何とでもなるし、事実トイレがある車両にしか乗らなかった。
施設内なら何とかなっても、路上ではそうも行かない。
倒れられて救急車など呼ばれた日には最悪だ。どうなるか想像したくも無い。

 結局のところ、全てを計算に入れた罠の下、みなみは羽を伸ばしていた。否、このタイミングで伸ばすしかなかった。
他にローターが完全に無言でいる時間といえば睡眠と登校時くらいのもの。それも朝起きて駅に着けば終わる。
そもそも出かける前にショーツに機械を取り付けなければいけない辺りに、羞恥と憂鬱とがこみ上げてくるのだ。
 だが、憂鬱の方は幻想と化してきていた。羞恥の方は、ゆたかがみなみに抱かせる感情として必然。
そして段々、自分が快楽に身を任せ、羞恥こそに悦びを見出している自分がいることを。
そんな心が無意識の海から昇ってくることの方を、幻想と信じていたのだった。



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