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つかさ

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
 しとしと雨が降っている。
 つかさは学生鞄を頭の上に掲げ、小走りに駆けていく。天気予報では今日一日曇りとのことだったが、必ず当たるとは限らない。ましてやつかさの運の悪さは折り紙付きだ。電車を降りた途端、狙いすましたように降り出してきた。
 どうにか家の玄関に駆け込んだ時には、全身濡れ鼠になっていた。
「はぁ……」
 ため息を一つ。このまま家に上がることは出来ない。
「おかーさーん! タオル持ってきてー!」
 奥の方へ呼びかけるが、返事が無い。
「あ、そうか。今日は……」
 両親と長女のいのりは仕事で遠くへ出掛けているのだ。今日はだいぶ遅くなるとのことだった。次女のまつりも大学の講義があるので遅くなる。いつも一緒に帰ってくるかがみは、こなたとゲーマーズへ寄り道している。
 そんなわけで今、家にいるのはつかさ一人だ。
「しょうがないか……」
 濡れた格好のまま、お風呂場へ向かう。濡らした廊下は後で掃除しないといけない。
 びしょ濡れの制服を洗濯機へ放り込み、スイッチを入れる。体の方もベタベタして気持ち悪いので、軽くシャワーを浴びた。
 お風呂場から上がり、バスタオルを体に巻いて自分の部屋へ向かう。普段なら女の子がはしたないと怒られるが、今は一人だからその心配も無い。
 部屋着に着替えると、雑巾を持ってさっき濡らした廊下の掃除をする。終わった頃には、ちょうど洗濯機が止まっていた。制服を取り出し、そのまま乾燥機へ放り込む。
「そうだ。晩ご飯の支度もしないと……」
 お母さんから頼まれていたのだ。つかさは台所へ向かい、何を作れるか冷蔵庫の中身を吟味する。
「う~ん……」
 つかさは腕を組み、眉間に皺を寄せた。
 残念なことに、一家全員に十分な夕食を振る舞えるだけの食材が無い。買い物にいかなければ。だが外は雨。せっかくシャワーを浴びて着替えたのに、また濡れて汚れてしまう。
「……でも、頑張らなくちゃ」
 台所を任されたからには、半端な料理を家族の食卓に上げるわけにいくまい。自分に言い聞かせ、グッと握り拳を作って気合いを入れる。近所のスーパーまでだから、大きめの傘を差して行けばそんなに濡れないだろう。
 お父さんの大きな傘を借りて、つかさはいざ外へ出た。
 出て一分も経たないうちに、通りがかった車に水をはねられてびしょ濡れになった。
「うぅ……」
 泣きたくなるのを堪え、スーパーへ向かう。店に入った所で、見かねたパートの人がタオルを貸してくれた。日本の人情も、まだまだ捨てたものではないらしい。
 それはさておき、買い物だ。タイムサービスまではちょっと時間があるので、今日の夕飯に何を作ろうかじっくり思案する。
 ふと、通りかかった卵売り場で『特売』の文字が目についた。Lサイズの卵が一パック九十八円。安い。
「うん。オムライスにしよっと」
 残り二パックになっていた卵を全て買い物カゴに入れる。後ろにいたおばさんがちょっと恨めしげに睨んでいた気がするが、非情を以て黙殺する。主婦にとって夕飯の買い出しは戦場なのだ。狼は生きろ、豚は(ry
 オムライスと付け合わせのサラダに使う野菜。タイムサービスで割り引きされた鶏肉。それから仕事で疲れているだろうお父さんのために、ちょっと良いビールを一本。
 だいぶ重たくなった買い物カゴを持って、レジへ向かう。レジ打ちをしていたのが、さっきタオルを貸してくれた人だったので、会計のついでにもう一度お礼を言っておいた。
 帰りは水をはねられることもなく、無事に家へたどり着けた。
 濡れた服をもう一度着替え、エプロンを身に付け、早速夕飯の支度だ。お米を研ぎ、炊飯器のスイッチを入れる。
「そうだ、制服」
 洗濯した制服にアイロンを掛けなければ。しわしわのクチャクチャでは学校に着ていけない。ご飯が炊きあがるまで時間があるので、そっちの作業をする。
 乾燥機から取り出した制服を、居間でアイロン台に広げる。家事は得意なつかさだが、たまにポカをするのでこういう熱い物系統は要注意だ。服を焦がすのもだが、下手すると自分が焦げかねない。
 とりあえず、アイロン掛けはそつなく終えた。制服は自室へ持っていき、ハンガーに掛けておく。
 ご飯が炊けるまでに、オムライスの下ごしらえをしておく。
 玉葱・人参をみじん切りにして、油を引いたフライパンに入れてじっくり炒める。火が通った所で塩胡椒を振り、そこに鶏肉を加える。色が変わるまで焼いて、また塩胡椒で味を調える。
 木じゃくしでフライパンをかき混ぜるつかさの顔には、充実した笑みが浮いていた。数多くの家事スキルの中で、料理こそがつかさの真骨頂なのだ。

 チキンライス完成。あとは卵をふんわり焼いてこれを包めば、オムライスの出来上がり。サラダもボウルいっぱいに作っておいた。これは各自で小皿に取ってもらう。
 しかし夕飯は出来たのだが、まだ誰も家に帰ってきていない。
「お姉ちゃん遅いな……」
 出来上がったチキンライスにはラップを掛けておく。後で人数分だけチンして、卵を焼けばいい。
「……はぁ」
 することがなくなって、居間で一人息をつく。
 テレビをつけてみたが、面白い番組は無かった。すぐに切る。
「…………はぁ」
 誰もいない家が、こんなにも静かなものだと今さら気が付いた。耳に聞こえるのは、壁掛け時計のチクタク音と、外からの雨音だけ。電気を点けているはずなのに、妙に周りが薄暗く感じる。
 どこよりも慣れているはずの家が、どうして一人だとこんなにも心細い空間になるのだろう。
(……もしかして、このまま誰も帰ってこないんじゃ)
 うっかりそんなことを考えてしまい、慌てて首を振る。怖いことを思い浮かべたらさらに不安になって、また怖いことを……と悪循環だ。
「お姉ちゃん、早く帰ってこないかな……」
 本当に遅い。ふと気が付くと、外から聞こえる雨音はさっきよりも強くなっていた。土砂降りと言っていいぐらいだ。
「あっ……」
 気が付いた。かがみも傘を持っていなかったのだ。この大雨に、駅で立ち往生しているのかもしれない。
 本当にそうなら電話を寄越すだろうが、この時のつかさは一人でいる心細さからか、とにかく動きたかった。すぐに立ち上がるや、玄関に走っていった。
 買い物に行った時より、雨の勢いはずっと増していた。日はもう暮れて、視界も悪い。
 それでもつかさは右手に傘を差し、左手にかがみの傘を握って外へ飛び出した。
 水滴の膜がアスファルトを覆っている。水たまりを踏むたび泥がはねるが、つかさは気にせず、息せき切って駆けていく。
 長靴の中まで水が入って気持ち悪かったが、そんなことより早くかがみに会いたかった。
「きゃっ……!?」
 濡れた路面に足を滑らせ、転んだ。浅い水たまりに突っ込んでしまう。
「う……ぐす……」
 顔についた泥を手の甲で拭いながら、涙がにじんだ。痛いよりも悲しかった。家で待っておけばよかったと、そうは思わなかった。
 自分でも馬鹿だと分かっている。ただ家で留守番しているだけなのに、どうしてそれが耐えられないのか。甘ったれていると自覚しても、誰かが――かがみが傍にいないと不安なのだ。
 雨の中、膝をついたままベソをかいているつかさの傍を、傘を差した誰かが横切っていく。怪訝な視線を僅かに投げただけで。
 涙なのか雨なのか分からないが、とにかく顔についた水を拭って、つかさは立った。
「つかさ?」
「あ……お姉ちゃん」
 目の前にかがみがいた。濡れ鼠になって、驚いた目をしてつかさを見ていた。
「どうしたのよ? こんな雨の中で……」
 心配そうに駆け寄ってくるかがみ。その手が肩に触れた途端、つかさの堪えていたものが決壊した。
「う……うわぁ~ん、お姉ちゃ~ん!」
「ちょっ、どうしたのよつかさ!? 何かあったの?」
 いきなり大声で泣き出したつかさに、かがみはおろおろするばかりだった。

「一人で留守番も出来ないなんて、小さい子供じゃないんだから……」
 並んで歩きながら事情を聞いたかがみは、呆れ顔で呟いた。
「ごめんね、お姉ちゃん……」
「別に怒ってないわよ。わざわざ迎えに来てくれたんだしね。ありがとう」
 雨の中を走っていたかがみは、今はつかさの持ってきてくれた傘を差している。しかし既に二人ともずぶ濡れだった。
「早く帰らないとね。このままじゃ二人とも風邪引いちゃうわ」
「あはは……なんかもう、ここまで濡れるとかえって平気だけどね。むしろ気持ちいいかも」
 さっきまであんなに心細かったのに、かがみが隣にいるだけでこんな冗談も出てくる。
「そんなこと言って、明日熱出して倒れたりしないでよ」
「うん。……ところでお姉ちゃん、かなり遅かったけど何かあったの?」
「それがさー。帰る途中でこなたが財布無くしたのに気付いてね」
「ええっ! 大丈夫だったの?」
「お店で会計の後うっかり落としたらしくて、店員さんが拾って預かっててくれたの。にしてもこなたってば、中の現金よりもポイントの入ったカードのことばっか心配しててさ――」
 かがみは普段と変わらぬ調子で話し、つかさもそれにいつも通り相づちを打つ。土砂降りだった雨は、いつしか優しいものに変わっていた。



(おまけ)
 夕食の後、二人は食後のお茶を飲みながらまったりしている。
「ねえ、つかさ。覚えてる? 幼稚園の時にさ――」
 不意にかがみが昔話を始めた。
「二人きりで留守番してたことがあったじゃない」
「うん。何となくだけど、覚えてる」
「あの時のつかさ、お母さんがいなくて寂しくって大泣きしてさ。大変だったんだから」
「そ、そうだったね……何か私、その頃から変わってないのかも……」
 今日の一件ではそれが証明されている。つかさは苦笑いして頬をかいた。
「……でもね、本当はあの時、私も心細くて泣きそうだったんだ」
「え……」
 かがみの意外な言葉に、つかさは目を丸くする。
「なのにつかさがわんわん泣くもんだから、こっちは泣くに泣けなくてさ……」
「お姉ちゃん……」
 かがみは自嘲のような苦笑のような、複雑な笑みを浮かべる。
「やっぱり双子だからかな……私も、寂しいの苦手だから、今日のつかさの気持ち、何となく分かるわ。今さらだけど、帰るの遅くなってごめんね」
「いいよ、そんなの……」
 謝るかがみに、つかさは俯いて首を振る。当たり前のことに今さら気が付いた。

 つかさが寂しい時はかがみも寂しい。つかさが悲しい時はかがみも悲しい。テレパシーなどなくても、二人は根っこの部分で似たもの同士なのだ。
 ただ、かがみはお姉さんだから。責任とプライドで耐えてきた。そんなことが、今まで何度あっただろう。
 思い返すにつれ、つかさはかがみに申し訳なく思った。同時に、深く感謝もした。

「……お姉ちゃん」
「ん?」
「私も、いつかお姉ちゃんみたいになれるよう頑張るね」
「な、何よ急に? そんなこと改まって言うなんて」
「えへへ……」


おわり



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  • 癒されました -- 名無しさん (2009-12-02 02:20:59)
  • オレモダ -- 名無しさん (2009-11-30 14:25:50)
  • 自分も同意見であります↓ -- 名無しさん (2009-11-30 13:24:06)
  • おらもだ↓ -- 名無しさん (2009-11-29 16:16:03)
  • ↓うむ、同意見だ -- 名無しさん (2009-02-12 20:19:23)
  • こういうほのぼの話いいな -- 名無しさん (2009-02-12 13:23:16)

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