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恋の後押し

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匿名ユーザー

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 (つかさ視点)


 秋が深まりゆく、ある日の夕方。
 田村さんから借りた同人誌を返しに1年D組の教室に入ると、小早川ゆたかちゃんが、
とても寂しそうに席に座っていた。
「こんにちは。ゆたかちゃん」
「つかさ先輩…… 」
 ゆたかちゃんは一瞬だけ、微かに笑顔をみせたけれども、すぐに物憂げな表情になってしまう。
「ひよりちゃんはもう帰った? 」
「え、あ、そうみたいです…… 」
 ゆたかちゃんは答えてくれたが、心ここにあらずという感じだ。
「そっか。ごめんね」
「いえ。お役にたてず、すみません」
 俯き加減で答えた彼女の声は、蚊の鳴くように小さい。
「どうしたの、ゆたかちゃん。体の具合が悪いの? 」
 私は心配になって尋ねた。ゆたかちゃんは体調を崩すことが多い。
「いえ。違います。ちょっと…… 」
 ゆたかちゃんは、助けを求めるように話し始めて、すぐに口ごもる。
「な、なんでもありません。なんでも」
 一旦は、口にしながら止められると、気になって仕方がない。

「あのね。ゆたかちゃん」
 私は、少し迷ったけれど、思い切って尋ねてみることにした。
「悩みがあるのだったら相談にのるよ」
「で、でも、ご迷惑ですし」
 ゆたかちゃんは人に遠慮をしすぎると思う。
「そんなに私って頼りない? そりゃ、こなちゃんや、お姉ちゃんと比べるとそうかもしれないけれど、
一応は三年生だよ」
 先輩面をしたい訳ではないけれど、可愛い後輩が悩んでいるのだから、力になりたい。
「確かに、悩みを解決できるとは約束できないけど…… 話すだけで気持ちが楽になると思う。
もし、ゆたかちゃんさえ良ければ、話してくれないかな」
 うつむき加減のゆたかちゃんの大きな瞳を見据えて、説得を試みる。

「そ、そうですね…… 」
 しばらく逡巡した後ではあるけれど、ゆたかちゃんは頷いてくれた。
「お願いですから、他の人には内緒にしてくださいね」
「うん。もちろんだよ」
 私の返事を聞いてから、ゆたかちゃんはゆっくりと口を開いた。
「実は、好きな人がいるんです」
 ゆたかちゃんの悩みは、誰もが経験するものではあるけれど、自分だけの答えを
見つけなくてはいけないものでもあった。


「そっかあ。ゆたかちゃんは恋をしたんだね」
 片想いは辛いけれど、恋をしている人は輝いて見える。
「ええ。話をするだけでどきどきして…… 胸が締め付けられるように痛くなるんです」
 ゆたかちゃんはとても辛そうな表情をみせながら、声を絞り出した。
「告白はしないの? 確かに怖いことかもしれないけれど…… 」
 私の言葉に、ゆたかちゃんは私の言葉を遮るようにして叫ぶ。
「普通の場合だったらできるんです! でも! 」

「ゆ、ゆたかちゃん」
 珍しく感情を露わにする、ゆたかちゃんに驚きながらも、疑問に思ったことをそのまま口に出す。
「ゆたかちゃん、『普通の場合』ってどういうこと? 」
「あっ…… 」
 彼女は口に手をあてて黙り込んだけれど、結局は打ち明けてくれた。
「私が好きになったひとは、女性です」
 泣きそうな顔をしているゆたかちゃんが、とても可哀想で愛しい。
 もし、自分が同じ性別の人が好きになっちゃったら、狼狽するのも無理はない。

 誰が相手なのかが凄く気になるが、流石に今のゆたかちゃんから聞き出すことは憚られる。
 しかし、おそらくは彼女のナイトである岩崎みなみちゃんなのだろう。
 傍から見ていれば、ゆたかちゃんとみなみちゃんは両想いとしか思えなかったから、
ここは後押しをしてあげた方が良いと思う。


「ねえ。ゆたかちゃん」
「は、はい」
 私は、後輩の小さな手を包み込むように覆ってから話し始めた。
「あのね。告白した相手が女の子であっても、ゆたかちゃんのことを嫌ったりしないと思うよ」
「で、でも、同性ですし…… 」
 彼女の不安を鎮めるように、笑顔を向けて言葉を続ける。
「だって、ゆたかちゃんって、凄く可愛らしくて魅力的だもん。もっと、自分に自信をもった方がいいよ」
「そうでしょうか? 」
 ゆたかちゃんは、自信なさげに問い返す。

「うん。ゆたかちゃんに想いを打ち明けられたら、男の子じゃなくても嬉しいと思うよ。それにね。
とても優しいゆたかちゃんが好きになった子が、相手を傷つけるようなことをするはずがないよ。
だから、例え結果が上手くいかなくなったとしても、気まずくなったりはしないはずだよ」
 一気に話し終えて、返事を待つことにする。

 無言の時間がずいぶんと過ぎて、下校を促すベルが鳴った頃。
「ありがとうございます…… 」
 お礼をいってくれたゆたかちゃんが、ようやく、本来の魅力あふれる笑顔をみせてくれる。
「私、すごく臆病でした。嫌われたらどうしようって、ずっと後ろ向きに考えていました。
だけど、逃げてばかりじゃ駄目なんですね」
 ゆたかちゃんは、大きく息を吸ってから言い切った。
「私、告白します」
 きっぱりと宣言したゆたかちゃんは、先程よりも、うんと大人びてみえる。
「うん。がんばって」
「はい。ありがとうございます。つかさ先輩」
 私は、満面の笑顔をみせてくれた彼女の手を、ぎゅっと握りしめた。

 すっかりと元気になったゆたかちゃんと別れてから、駅に向かってゆっくりと歩く。
 秋の短い太陽は、既に地平線の下に隠れており、あたりは黄昏から夜の領域に踏み出している。
 私は、瞬き始めた星の間を縫うように落ちていく大きな流れ星に願った。

 ゆたかちゃんの恋がうまくいきますように、と。

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ガラスの壁へ続く





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  • これがすべての始まりか… -- 薫風 (2008-11-20 02:24:47)

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