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危険な関係 第7話

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 7.


 晩秋の長い夜とて永遠には続かない。

 私は再び部屋に戻って、ベッドで眠っていたが、目が覚めると午前8時を回っていた。
 厚いカーテンを開けると、大きな窓からは眩い程に白い光が、私とつかさを鮮やかに照らしだす。
 眠気の残滓を振り払いたくて、あくびを一つしてから視線を落とす。
 ショートカットの少女は、微かな寝息を立てていた。
 食べてしまいたくなるような、ぷにぷにした柔らかい頬を、人差し指の先で数度つついていると、
有名なギャルゲの攻略キャラに似た少女は、むずがりながら身体を起こした。

「ふわー こなちゃんおはよう」
 あいかわらずのんびりした声をあげながら、とても眠たそうに瞼をこすっている。
「おはよー つかさ」
「今日は、こなちゃんの方が早いね」
 あくびをした後、ぬくぬくとした毛布の中に、もう一度もぐりこもうとする。
「つかさ、駄目だよ。朝ごはん食べにいこうよ」
「うう…… ねむいよう」
 夢の世界に片足を突っ込んでいる少女を、私は、強引に昼の世界に引っ張りあげた。

 着替えを済ませてから廊下に出ると、ちょうど同時に隣の部屋から出たかがみとゆーちゃんと鉢合わせる。
「おはよう。かがみ、ゆーちゃん」
「おはよう。お姉ちゃん。ゆたかちゃん」
「おはよ。こなた、つかさ」
「おはようございます。つかさ先輩、こなたお姉ちゃん」
 4人の挨拶が重ねられる。
 かがみとゆーちゃんの表情は、普段と変わらなかった。

 朝食はバイキング形式となっており、各々が、好みの料理をお皿に載せてからテーブルに戻る。
 眠気が残っていることもあり、会話は少ない。
 ナイフ、フォーク、または箸と、食器に触れた時に生じる乾いた音と、緩く落ち着いた旋律を辿るクラシック、
そして、少し離れて座っている客の談笑がノイズのように耳朶に届いているだけだ。

 食事も半ばが終わった頃、隣に座っているツインテールの同級生が口を開いた。
「ねえ。こなた」
「ん、なにかな。かがみ」
「今日の予定、決まっていなかったわよね」
 旅行2日目の予定は白紙になっている。
 思いつくまま、気の向くまま、自由に行動する為ではなくて、何も考えていなかっただけなのだが。


 さて、どうしようかな。
 今ひとつ動きの鈍い脳に稼動を命じて、おもむろに思考を開始した時、ゆーちゃんが提案した。
「もしよろしければ、清水寺に行きませんか。あっ、でも、みなさんは修学旅行で既に行かれているから
別のところの方がいいのでしょうか…… 」

「ゆたかちゃん。そんな事、気にしなくていいよ」
 つかさは、穏やかに微笑んで、ゆーちゃんの懸念をあっさりと打ち消した。
 彼女はひよりんと接している時もそうだけど、下級生と話している時はやけに積極的にみえる。
もしかしたら、教師に向いているのかもしれない。
「私は別にいいわよ。修学旅行の時はバタバタしていたしね。ゆっくりと見て回るのも悪くないわ」
 かがみも納得してくれた。二人が賛成ならば断る理由もないのだけど……
「ゆーちゃん。身体大丈夫? 長い上り坂を登らないといけないよ」

 私の懸念に対して、かがみとつかさが答えを示した。
「こなた。ゆっくり歩けば大丈夫じゃない? 」
「そうだよ、こなちゃん。のんびり行こうよ」
 ゆーちゃんのペースに皆が合わせてくれるのなら、問題はないだろう。
「気分が悪くなったら、遠慮せずにすぐに教えてね」
「うん。わかったよ。こなたお姉ちゃん」
 ゆーちゃんは元気よく答えてから、双子の姉妹に頭を下げた。
「ありがとうございます。先輩方」
「お礼なんていいわよ」
「この時期だと、綺麗な紅葉が見られるんじゃないかな。ゆたかちゃん」
 かがみは少しぶっきり棒な、つかさは穏やかな眼差しをゆーちゃんに向けていた。


 バスに乗って20分ほど揺られてから、清水道という名のバス停で降りる。
 まだ午前中だけど、既に観光客で賑わっており、特に、修学旅行の最中と思われる、学生服姿の中高生が目立つ。
 清水寺に向かう坂道をゆっくりと登っていく。狭い道の両側に土産物を売る店が軒を連ねており、
品揃えが珍しいのか、ひっきりなしに歓声が聞こえてくる。
 私の隣にはかがみがおり、3メートル程前をゆーちゃんとつかさが談笑しながら歩いている。
 前を行く二人はとても楽しそうで、この旅行で距離が縮まったように思える。

「ねえ、かがみ」
「なに? 」
 怪訝そうな顔を浮かべている、頭一つ分ほど背が高いクラスメイトに尋ねた。
「やっぱり、ゆーちゃんのこと嫌い…… かな」

 かけがえのない親友と、妹みたいに大切にしている従姉妹だから、
かがみとゆーちゃんは仲良くして欲しいと心から思う。
 しかし、二人が対立しているという今の状況は、私の心を鉛のように重くしている。
 それも私の『存在』が原因だ。だからどうしていいのか分からない。
 ゲームだったら正解があるのに。

 私の質問に、かがみは、少し前を歩くゆーちゃんのリュックを眺めていたが、ぽつりと言葉を落とした。
「ゆたかちゃんのこと。嫌いとか好きとか、そういうレベルの話じゃないわ」
「どういうこと、かな? 」
 緊張で喉がカラカラに乾いてしまう。次の言葉を聞くのが何故かとても怖い。

「ゆたかちゃんと私は、同じものを求めているに過ぎない」
「そっか…… 」
 予想された答えだけど、知ったからと言って何ができるものでもない。
 私は無言のまま空を見上げることしかできない。


 晩秋を迎えた京都の空は、今日は澄み渡っている。
 雲はほとんど浮かんでおらず、ただ蒼い世界が果てしなくひろがっている。
 視線を戻す瞬間、一羽の黒い鳥が調和の取れた世界を引き裂くように飛んだ。

 ゆるゆると続く長い坂を上りきると、美しい朱色の仁礼門があらわれる。
 境内に入って更に少しだけ歩き、あまりにも有名な、清水の舞台に立つ。
 舞台から見える、山麓を彩る紅葉は息を呑むほどに美しい。

 しばらく景色を堪能した後、4人揃った写真を撮ってもらう為に、通りがかったの女性に声をかけた。
「えっ、写真? ええよ」
 どうやら地元の人らしいが、何故か見覚えがある。
「自分、昨日コミケに来てた人やろ」
「そうですけど…… 」
 確か、ひよりんの隣に座って売り子をしていた女性だ。
 やや伸ばした黒髪と、吸い込まれそうに大きい瞳が印象に残っている。

「即売会は土曜日だけですか? 」
「そやで。おかげさまで完売や! 」
 満開のソメイヨシノのような笑顔をみせてから、デジカメを受け取る。
「ほんなら、みんな並んでな。そこのテールの子も、リボンの子も、ちっこい子もな」
 ファインダーの一角に納まった私は、女性の合図で頬を緩める。
 果たして、私は上手く笑えているだろうか?

 写真をとってもらった後、私達は清水の舞台のすぐ傍にある、地主神社を訪れた。
 つかさは巫女らしく熱心に手を合わせている。
 私は、皆が仲良くなれますようにと心の中で呟いて、数秒だけ瞼を閉じた。

 ゆるやかな坂を下りると、山の麓から流れ落ちている、糸のように細い三筋の滝が見えてくる。
 まわりには多くの観光客が、並んで順番を待っている。
「こなちゃん、音羽の滝だね。並ぼうよ? 」
 ガイドブックをにらめっこしていた、つかさが私の手をひいた。
 10分ほど待ってから、ひしゃくを伸ばして、流れ落ちる水を受け止める。
 汲んだ水を唇につけようとした時、隣にいたゆーちゃんと至近で視線が交錯した。
「こなた…… おねえちゃん? 」
 唐突に鼓動が速まる。
 見慣れているはずのゆーちゃんの顔が、急に大人びていたように見えてしまう。
「な、なんでもないよ。ゆーちゃん」
「?」
 ゆーちゃんは、不思議そうに首をかしげてから、可愛らしい唇を水にひたした。


 私達は、清水寺を出て京都駅まで戻り、14時2分に発車するのぞみ242号に乗車した。
 少しずつ加速していく新幹線の、シートに身を沈めて京の街並みに別れを告げる。
(結局、何もおこらなかったな…… )
 隣に座るゆーちゃんと、真正面に座るかがみを交互に眺めながら、誰にも聞こえないような声で囁いた。

 私は、二人には仲良くして欲しいと願いつつも、心の奥底では曖昧な状況を壊して欲しいという
矛盾した願望を持っている。
 また、旅行という非日常な空間が、淀んだ事態を打開してくれるという根拠のない期待を、
心の何処かに潜ましていたことも否定できない。
 しかし、八百万の神々は、私の身勝手な願いは聞いてくれなかったようだ。

 細かい振動に身体を預けながら、私は瞼を閉じて、ゆーちゃんとかがみのことを考える。

 まずは、ゆーちゃん。
 私は、ゆーちゃんとケンカをしたことがない。
 ゆーちゃんは自分を強く出張するタイプではないし、そもそも身体が非常に弱かった。
 私は、ゆーちゃんをいつも護る立場だった。
 高校に入って、かなり元気になったのは喜ばしいことだけど、
私への恋心を打ち明けられた事には戸惑うしかなかった。
 確かに、ゆーちゃんは、私にとって非の打ち所のない萌えっ子だ。
 ゆーちゃんを嫌う事は絶対にありえない。ケンカすることも今まではなく、おそらく今後もないだろう。
 だからこそ、ゆーちゃんに対して恋心を抱きにくいのかもしれない。
 『喧嘩するほど仲が良い』という言葉は、一面の真理を付いているように思える。

 そして、かがみん。
 かがみとは、つかさに便乗して宿題を写させてくれたことが縁になった。
 かがみは、絵に描いたようなツンデレだ。
 突っ込みが多くて、怒りっぽいところもあるけれど、本当はとても優しい。
 また、自分をきちんと持っていて、間違っていることに対しては妥協をしない。
 私のような趣味をもっている事にも、本当の意味での偏見をもっていない。
 それでも、恋人にするかといえば迷う…… というか困る。
 かがみとは大切な親友というポジションが一番似合うような気がする。
 じゃれあってかがみに抱きつくことはあるけど、その先の事は想像しにくい。
 かがみの身体を抱くなんてことを考えただけで、猛烈に恥ずかしくなる。

 私は、どうすればいい? 
 曖昧な態度をいつまでも取ることは許されない。
 しかし、どちらを選べなんて言われても…… 答えを出せそうにない。
 迷路のような思考を続けることに、甚だしい疲労を感じて、私は脳の回転をとめる。
 まもなく、強い眠気に襲われて視界が暗転した。


……
…………

 暗闇の奥から声が聞こえる。
 耳を澄ませてみると、よく知った声だ。
「こなたお姉ちゃんは私のものです」
「なんでアンタがこなたのモノになるのよ! 」
 いきなり修羅場に出くわす。訳が分からない。
 混乱しながら、それでも争いを止めようとするけど、二人は聞く耳を持たない。

「どうして、私の邪魔をするんですか! 」
「あんた達の関係が異常すぎるからよ! 」
 かがみが形の良い眉をしかめながら、激しい口調で責める。
「はっきり言っておかしいわ。女の子同士なのに、いつもベタベタして。こなたがいい迷惑よ」
「どうしてそんな酷い事がいえるんですか。かがみ先輩に何が分かるというのですか? 」
 ゆーちゃんも、ひるまずに激しくやり返す。

「甘えきって、こなたが困っていることが分からないの! 」
 かがみの針だらけの言葉に、大きな衝撃を受ける。
「かがみ先輩よりずっとマシです」
「どういうことよ! 」
「かがみ先輩って、本当はこなたお姉ちゃんの事が好きで好きでたまらないくせに、
自分の気持ちを外に出せないんですね。いわゆる、ツンデレっていうんですか? とっても可哀想ですね」
 ゆーちゃんの口からも信じられないよう言葉が飛び出した。


「なっ…… 」
 あまりにも容赦がない攻撃に、かがみは言葉を喪う。
 闘争相手がひるんだ隙に、ゆーちゃんが容赦なく追い討ちをかける。
「私は、誰よりもお姉ちゃんが好きなんです。だから、私の身体を捧げました」
 うわっ、ゆーちゃん、カミングアウトしちゃ駄目だよ!
「うそ! 嘘に決まっているわ! 」
「本当ですよ。嘘だと思ったら、こなたお姉ちゃんに聞いたらどうですか? 」
 優位に立ったゆーちゃんが、小さな胸を張りながら微笑む。

「ね。こなたお姉ちゃん」
 いきなり話を振らないで!
 かがみは信じれらないといった様子で、私の顔をまじまじと見つめてくる。
「ごめん…… かがみ」
 しかし、無言の強烈な圧力を感じたのか、『私』はあっさり肯定してしまう。
(ちょっ、待っ)

「う、うそ。こなた…… 」
 呆然となったかがみが、半ば上の空で呟く。
 ゆーちゃんが、私の腕にぎゅっと抱きついて言い放った。
「好きって言葉も素直に言えないかがみ先輩に、こなたお姉ちゃんを渡せません! 」

 あからさまな挑発だ。かがみが爆発するかと震えたが、寸前のところで踏みとどまった。
 しかし、失いかけた闘志には火がついたようで、反撃の矢が放たれる。
「『こんな場所』で、身体を捧げたなんて、はしたない事を言う女の子は、こなたにはふさわしくないわ。
 どれだけこなたに迷惑をかければ済むのかしらね。この甘えん坊さんは」
 歯軋りするゆーちゃんを傲然と見下ろして、冷笑を浮かべてみせる。
 ほとんど悪の女幹部そのものだよ。かがみ。

「でも、今更隠しても仕方ないわね」
 かがみはため息をついて、急に私を睨む。
「こなた。はっきり決めてもらいましょうか? 私とゆたかちゃんどっちを取るの? 」


 ゆーちゃんも私を見上げて、小動物のようなつぶらな瞳を潤ませる。
「お姉ちゃん。私を捨てないで」
「こなた、私よね。私を選ぶわよね」

 この状況で、何をいえと? 
 ギャルゲの優柔不断な主人公と全く一緒だ。
 傍から見たら羨ましいぞ、このヤロウというところだけど、当事者にとってはひたすら困る。
 ゆーちゃんを取れば高校で一番の親友を失うし、かがみを選べば大好きな従姉妹を悲しませてしまう。
 背筋に冷や汗がつたう。
 前門の虎、校門の狼とはこのことだ。本当にどちらかを選ばなければいけないの?
そもそも女同士なんだよ?

 物凄い圧力がかかり、恐怖に駆られて後ろに下がるが、すぐにぶつかってしまう。

「いや、やだよ」
 何度も首を振って逃れようとするけど、かがみとゆーちゃんは許してくれない。
 最終決断を迫って、容赦なく詰め寄ってくる。

「やだ…… 嫌―― 」
 私は声を限りに叫び、視界が再び闇に覆われる。

……
…………

「お姉ちゃん! こなたお姉ちゃん! 」
「しっかりしなさい。こなた! 」
「こなちゃん、起きて! 」
 少しずつ暗闇に閉ざされていた視界が回復する。
 ゆーちゃんと、かがみと、つかさがとても心配そうに私を見つめていた。


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危険な関係 第8話へ続く





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