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川本良平

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だれでも歓迎! 編集

川本良平


  • キャッチングが不安定。ポロポロこぼしすぎ。…ヨネ
  • 俊足強打だが、三振しすぎ。…ヨネ
  • …コアラのバーカ!
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    V
  _, ,_
( ・∀・)
( ∪ ∪
と__)__)旦~

  • 2004年のドラフト4巡目で指名を受け、松岡、浩康、上原、丸山とともに入団。
  • 亜細亜大では2年上に現・中日の小山捕手がいたため、2年まではファーストと外野を主に守っていた。2年生の時には内野手として日米大学野球選手権大会代表にも選ばれている。
  • 愛称はコアラ。見た目より。
  • 福川、米野らと、どんぐりーずの一員として正捕手を虎視眈々と狙う。
  • 捕手には珍しく俊足。

  • 2005年は1軍で春季キャンプを勝ち取る。開幕は戸田軍からだが4月に登録1軍にも登録。出場機会もなくあっけなく戸田へ逆戻り。戸田軍ではでは早くから起用され、フレッシュオールスターにも捕手として内定していたが左手首を故障して、出場辞退。
    結局8月には手首の手術を決断し、残りのシーズンはリハビリに当てることで初年度を終えた。
  • 2006年は故障明けを理由に戸田軍スタートも、戸田軍で正捕手の座を掴んだ。
  • 2007年も戸田軍でスタート。シーズンも半ばを終えた7月には、打率・打点・本塁打・盗塁・得点の5部門でチームトップの成績を残したことが評価され1軍昇格。福川の自打球によるケガもあり7月7日の巨人戦で1軍初出場、初スタメンを果たし、プロ初安打がHR。
    守りでは9月13日に石川のプロ初完封、23日に石井(一)の日本で7年ぶりの完封、25日に石川が2度目の完封勝利などを演出し、走っては盗塁成功率100%と一躍正捕手争いに名乗りを上げた。
    ちなみに7月19日には、2年前に辞退したフレッシュオールスターに5番ファーストで出場を果たしてもいる。
    この年1軍の成績は51試合出場、打率.208・7HR・19打点・盗塁6と大活躍だったが38三振はちょっと…。
  • 期待された2008年は3年ぶりの1軍での春季キャンプでの始動となったが、肉離れを起こし戸田生活。9月に福川が試合中に故障し登録抹消を受け、1軍昇格。その後は正捕手として出場した。
    この年1軍の成績は65試合出場、打率.253・2HR・21打点・50三振・盗塁はなし。

  • 以上の経歴を見ると、明らかにスペ体質。
  • リード面の特徴は攻撃的なところ。積極的に内角を攻めるところにある。
  • しかしヨネの言うとおりキャッチングと2塁への送球が課題。2008年のシーズン終盤では、ほぼフリーパス状態であった。打撃では三振が多いのも大いに気になる。やくせん民は飯原とあわせて「三振ズ」と呼ぶことも。
  • 捕手は同じどんぐりーずの一員、福川とヨネ、他に衣川、水野、育成枠の小山田のほかに、2008年のドラフトで交渉権を獲得した福井商の中村、パナソニックの新田が新たに加わる見込みであり、まさに捕手戦国時代に突入する。
    前出の課題とスペ体質を克服し、2009年は正捕手の座を射止めるか要注目である。
  • 結局大方の予想通り相川の壁は厚く、ベンチを温める日々が続いたが、シーズン終盤に相川が離脱すると、代わってマスクを被るようになり、阪神とのCS争い最終直接対決2連戦でともに試合を決定付けるバッティングを見せるなど見事相川の穴を埋めた。
  • CSでも活躍が期待され、その期待に応えるようにHRを放つなど活躍を見せたが、最後の第3戦を前にA型インフルエンザに罹患するという不運に見舞われ不完全燃焼でシーズンを終えた。来年こそは体調を整え最後まで戦い抜いて欲しいものである。
  • なんて言ってたらいきなりキャンプで離脱と言う事態に…。開幕には間に合ったものの、先行き不安と言うかなんと言うか…。
  • バーイ(^_^メ)



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