第一章 続き



「いってぇ…」

 意識が吹っ飛んでから小一時間。

 さっき目が覚めた俺は、明美に命じられて紅茶を淹れている。

 ちょっとだけ不平を込めたことを言ったらものすごい勢いで睨まれた。

 俺に反論の余地がないのは自業自得なのだが。

 ただ、頬を殴られて歯が一本も折れなかった奇跡には感謝。

「早くしろ」

 リビングから憮然とした声が聞こえた。

 ちなみに、今の明美は自分で持ってきた部屋着を着ている。

 涼しそうな白のワンピースだ。

 着物とかじゃなくて正直安心した。

「へいへい」

 出来上がったエクセレントブレンド二杯分を持っていく。

 お茶受けにはいつもの甘さの控えたクッキーを出した。

「ほぅ…なかなかの味ではないか」

 意外にもエクセレントブレンドは明美の口に合ったようだ。

 椅子を持ってきて座り、もう一つのカップに口をつける。

 アップルティーのほのかな甘みと、ハーブティーの高級な香りが口の中に上品に広がった。

「それで、話とは?」

 明美が俺の言葉を促した。

 そう、自分の裸を見られて頭に血が上った明美をなんとかなだめて、リビングに呼んだのにはちゃんとした理由がある。

「頼みごとがある」

「なんだ、言ってみろ」

 心の中では、おそらく拒否されるだろうと思っていた。

 だけど、物は相談だ。

「どうにか、ジョヴァンニの壊滅を回避できないか?」

 いきなり同居を強制されたり、風呂場でばったり遭遇するなんてことがあって忘れかけていたが、彼女はもともとうちの連中をつぶすために海を越えてきたのだ。

 ジョヴァンニでは親父の次に高い戦闘能力を持つ俺でさえ、激闘の末負けているのである。

 ましてやうちの平が戦っても刃が立たないだろう。

 若頭としては、一応この事態を収拾しておきたい。

「ジョヴァンニは確かに名目上はマフィアって事で成り立ってるけど、三つのマフィアのうちでは一番司法の中に収まっているとは思うんだ。殺人は禁忌だし、強盗だってしたら重罰だ。俺達は、いわゆる一つの団体なんだよ」

 明美は、優雅な所作で紅茶を飲んでいる。

「俺達よりかは炎龐とかトゥオノのほうが司法を犯しているはずだ。それを考えた時、やっぱそっちを先に逮捕するべきじゃないか?」

「今回の任務は貴様達の壊滅だ。今は貴様らの様子を見ているが、その行動に他の二つのマフィアは関係ない」

「でもさ…」

 キッと明美がこちらを睨んできた。

 想定外の迫力にうっとうめく。

「貴様は自分たちがしてきたことに自覚がないのか?」

 明美の声は、あくまで鎮静だった。

「国際連合には、貴様達のいろいろな罪状が届いている。たとえば、去年3月に炎龐と行った銃撃戦では、貴様達側にも8人死者が出たそうだが、炎龐側の死者14人は確実に貴様達ジョヴァンニが仕留めたものだろう? 先ほど貴様は殺人は禁忌だと言ったが?」

「ぐっ…」

 ジョヴァンニのルールは、少し複雑だ。

 確かに、殺人は禁忌だ。一般人に対してのは。

 裏社会関係者が相手となると、話は逆転する。

 だが、果たしてそれを明美に言って理解が得られるだろうか。

「それに、先ほど一般人への手出しはできないといったみたいだが、もう忘れたのか。貴様がやったことなのにか?」

「……」

 心当たりは一つだけあった。それを思い出したことが、ぐさりと胸に刺さる。

 忘れるものか。あんな大事件。

 トゥオノのアジトがあるシチリア最大のビルの爆破事件は、2年経っても未だにイタリア国民、ひいては世界中の人々の記憶に新しい。

 大惨事だった。

 46階建ての真新しいビルは、その3秒間で消滅した。爆破した後、その破片はシチリア島周囲の海まで吹っ飛び、その音はイタリア本土まで聞こえたという。

 死者、1万3千人。
 トゥオノの人間を除いた一般だけでも、その数は7千人を超える。

 ジョヴァンニが起こした事件で最大の死者数。恐らく今以降もこのような事件は起きないだろう。

 そして、ジョヴァンニでも親父しか知らない真実。

 あの爆破事件で、母が死んだ。

 地下で夕飯の材料を買っている時に爆発が起き、大量の瓦礫に下敷きにされた。

 発見不可といって、俺達の元に遺骨すら届かなかった。

 俺は、絶望に心を折られた。母の突然の死は、そう簡単には受け入れられなかった。

 その点、親父は強かった。

 親父は、母が死んだと分かった瞬間にジョヴァンニの本部に行き、前組長を射殺した。そして、前組長の次に偉かった親父がそのまま組長になり、組長の次に上の地位である若頭に、俺を置いた。

「あれは…」

 仕方なかった、といえば言い訳になる。前組長が一人で暴走し、勝手にあのビルを爆破させた責任は前組長ただ一人にあると俺は思っているが、世間の目からは「ジョヴァンニ」の犯行としてとらえられている。

「ふん…」

 その事実を、何故か明美は知っている様子だった。

 途端に表情が暗くなった俺を、怒るでもなく憐れむでもなく、ただ無表情に見下ろしていた。

「忘れるわけ…ねぇだろ…」

 あふれてきた涙をぐっとぬぐう。

 あれ以来、高い建物というのがトラウマになっている。

 見るだけならいいんだが、いざ入るとなるとその事件を思い出して吐き出してしまうのだ。

「…」

 ふいに明美は立ち上がり、リビングの隅のテーブルに向かった。

 そこにあるテーブルの上には、俺が飼っているハトがいる。

 明美は、ハト達を籠から出そうとしているのか。

「おい…」

 案の定明美が籠に手をかけたので、慌てて止めようとした。

 うちのハトは人見知りが激しい。

 見た目ばすごく可愛く見えるものなのだが、なついていない相手に触れられると思いっきりつついてくる。

 現に、エバがハトに触ろうとした時はものすごい勢いでつつかれた。

 だからそうならないように注意しようとしたのだが…

「よしよし」

 籠のふたを開け、中に淹れていた手が籠から出された時には、ハトが大人しく手の甲に乗っていた。

 羽を閉じ、かなり落ち着いたように座り込んでいる。

 その光景を見て、俺は唖然とした。

 初めてあいつらと顔を合わせて、あそこまでいうことを聞かせることができた奴はいない。

 そうこうしている間に、4匹のハトは全員明美の肩と手に乗っかってしまった。

「私も実は同じジュズカケバトを2匹飼っていてな。うむ、よく体調が管理されている」

 そんなことを言いながら明美はソファに再度腰を下ろした。

「まあ確かに、あの事件以来の2年間、貴様達ジョヴァンニが故意に一般者に手を出したなどというふざけた事件を起こしていないことは知っている」

 手の甲にハトを乗っけたまま左手を差し出してきた。

 どうやら、受け取れということらしい。

 人差し指を出すと、明美は満足そうな笑みを浮かべた。

「条件なら、一つだけある」

「本当か?」

 ジョヴァンニの壊滅を阻止できる選択肢があることを知り俺は興奮したが、明美は冷静だ。

「資料とお前の言葉から憶測する限り、貴様らは裏社会に通ずる人間以外を殺生することは許されていないのだろう?」

「あ、ああ」

「ならば、以後ジョヴァンニは私と協力し、トゥオノ及び炎龐の主要人物を逮捕し、二つのマフィアを解散させろ。そうすればジョヴァンニは国際連合と協定を結び、シチリア島一帯の治安維持を任されることになる」

 つまり、仕事は増えるが壊滅しない上にシチリア島を支配できる、一石二鳥の話である。

 すぐさま乗ったと言おうとした俺を、明美は左手で制した。

「ただ、これは私一人でも十二分に行える任務だ。もし貴様らは足手まといになるようだったら、私は容赦なく貴様らを見捨てる。それでも異存がないなら、先ほど言ったことを前提に置いて見逃してやってもいい」

「…」

 確かに、あれほどの実力を持っているなら一人でマフィア一つを潰すことなど、時間をかければ造作もないことなろう。

 それでも、明美は俺達にチャンスを与えてくれた。

 憐れんだのか。

「…親父と相談する」

 俺は、机の上の携帯を掴んで廊下に出た。



 親父は、どこまでも無責任だった。

 まあ、電話をかける前から期待はしていなかった。

 元々親父は運営とか固いことが大の苦手で、全部幹部に押し付けていた。

 その大半が若頭である俺に回って来たのだが。

 そんな親父でも、明美の提案にイエスかノーであるぐらいの答えは貰えると思っていた。

 でも、それは甘かった。

 ジョヴァンニの存亡に関わる話だってのに、返答が『テメェの好きなようにしろや』なのはどういうことだよ。

「はぁ…」

 ため息をついて、携帯を閉じる。

 パチン、という音が疲れた心に無駄に響いた。

(本当に親父は明美と連携できんのかな…)

 仕事に責任感を持つ明美と、放置プレイの親父。

 性格が真反対なのは一目瞭然だ。

 一歩目を踏み外した感覚に不安を覚える。

「どうだったか?」

 意気消沈したままリビングに戻ると、明美がハトと戯れたまま、こちらには目もくれずに聞いてきた。

 少しむかっと来たが、明美の手に遊ばれているハトの顔が気持ちよさそうだったのを見ると、そんな気持ちも萎えてくる。

「投げやがった」

 椅子にどかっと腰を降ろして憮然と答えた。

「投げた、というと?」

 そこでようやく明美がこっちを向いた。

「俺に一任する方向性でいくらしい。どうしろっつうんだよ、ったく」

「ああ、そういうことか」

「仮にもジョヴァンニの頭だろ。少しは発言に責任持てっつの…」

 思い出したら頭痛がしてきた…

 昔からあんな性格だから、直そうにも直せない。

「じゃあ、貴様が今決めろ」

「そうだなぁ…」

 明美に協力しなかった時のメリットとデメリットを考える。

 メリットは、せいぜい俺が明美にいいように扱われないくらいだ。

 デメリットは、まず明美に俺達が狙われる。さらにかなりの確率で壊滅させられる。

 ……

「ただ、もし貴様が今ここで私の誘いを拒否したら一瞬のうちに斬り捨てるが」

 明美の脅しを流すほど俺は熟考していた。俺の様子を見て明美も真剣な表情を浮かべた。

 確かに、明美と協力した方がこれからだらだらと三勢力で争うよりかは、犠牲者数と時間という点で見ればかなりマシである。

 俺もさっさとこんな中国の三国志みたいなことをやめたいからな。

 親父も判断を俺に一任したのだから、その誘いに乗るのが賢明なのだろう。

 だが、不安材料がないといえば大ウソになる。

 明美の提案を飲んだとして、どうせジョヴァンニ側から出てくる人間はいないであろうという予測が、この逡巡の原因である。

 ジョヴァンニは、全ての事を上の人間が決めつける階級システムは導入していない。

『手前でまいた種は手前で集めろ。他人に迷惑はかけるな』

 親父が組長になってうるさく言ってきたことがそれだ。

 恐らく、2年前の爆破事件で前組長がメンバーを巻き込んだことを踏まえたのだろう。

 だから、親父に手伝ってくれと言っても絶対に手伝わないだろう。


 それに、親父の配下である暴力団メンバーを勝手に借りていくこともできない。

「どうするんだ?」

 焦らされている明美が苛々した口調で急かす。

 だが…

(パートナーがこいつだしなぁ…)

 俺の目の前で不機嫌そうに足を組んでいるこの女は、戦力的な人数で言えば20人には相当する。

 下手な連中20人集めるよりは、邪魔にならずに済む。

 なんだかんだいって、こいつを味方にできるのは心底安心できるものだ。

 逆に、断ったらこの超人が俺達の敵に回るのだ。

 もしそうなったとして、俺達がこいつを負かすことができるだろうか。

 答など、火を見るより明らかだ。

「そうだな…よしっ」

 俺は膝をパンッ、っと叩いて立ち上がった。

 そして、明美に手を差し伸べる。

「足手まといになることは確実だと思うが、精一杯頑張るよ。よろしく」

「ふっ、殊勝な心がけだ」

 そういった時の獣の様な豪快な笑みは、これ以上なく頼りになった。



 だが、そう簡単に安心できない理由が一つあった。

「一応聞いてみるけどさぁ…」

「なんだ? 言ってみろ。但し」

 明美の眼の色が変わった。

「破廉恥なことを言ってみろ。戦力としては当てにしているが、素行などかけらも信頼してないからな」

「朝は悪かったよ…それに、そんなこといわねぇっての」

 自然にため息が出てしまう。

 俺どれだけ疑われてるんだよ。

「じゃあなんだ?」

「どうやって他の二つを潰すのさ?」

 それは、恐らく熾烈な戦いになるだろうという予感。

 どう考えても、二つのマフィアを敵に回してたった二人で戦うことに、苦戦が待ち受けてないと予測できるわけがない。いくらその二人の能力が高くとも、数の暴力にはさすがに負ける。 

 過去の歴史でも、力で侵攻したものは瞬時に滅びるのは定石だ。

 たとえそれが正義の味方であっても、だ。

 当然、頭を使わなければ、この先生き残っていくのは難しいだろう。

 それに、連中は年々やることが小賢しくなっている。

 迂闊に手を出せば、それこそ悲惨なことになりかねない。

 だが、その不安はさらに深まることとなった。

「…?」

 明美は、目をぱちくりさせて俺を見つめてる。

「俺?なんか変なこと言った?」

 不安になったので聞いてみると、明美は手を顎に当てうーん、と唸った。

 まさか、と思ったが、念のために確認する。

「お前、無策ってわけじゃないだろうな?」

「うっ」

 図星。

「べ、別に無策というわけではない!」

「ほう、じゃあなんだ。言ってみろ」

「くっ…」

 またしても唸って考え込んでしまった。

 こいつはただの馬鹿なのか?

 不安、というよりはもう呆れしか俺には残っていない。

「一応聞いておくが、まさか乗り込んで暴れてどうにかなると思ってないだろうな?」

「なっ、そ、そんなことはない!」

 こんな慌てているということは、そう思っていたということの裏返しだろう。

 赤面しながら必死に否定する明美を見て、俺は天を仰いだ。

(馬鹿だったよ、こいつ…)

 いくら強くても、相手はシチリアで生き残っているマフィアだ。

 どう考えても一筋縄でいく相手じゃない。

 だというのに、こいつは突っ込めば何とかなると思っていたらしい。

 っつか、なんで色仕掛けができてこういう単純な策略が思いつかねぇんだよ…

「あのなぁ…」

「うるさい! 私を馬鹿にしてるだろ!」

「馬鹿にしたわけじゃねぇよ。呆れただけだ」

「な、何を…!」

 怒気を振りまいてソファから立ち上がった明美を手で制す。

「いいか、少し落ち着いて考えろて見ろよ」

「そういうお前は何か考えているのか!?」

 当然考えていないので、少し頭の中で作戦を立ててみる。

「やはり貴様だって考えていないでは…」

 一瞬の沈黙をどう勘違いしたかは知らないが、明美がここぞとばかりに突っ掛かってきた。

「少し待てって。炎龐は金で動くんだから金でつればいくらでも罠に引っ掛かる。勿論炎龐も何回も相手の罠に引っ掛かって痛い目見てるから、少しは耐性はついてる。でも、まあ頭ひねった罠仕掛けりゃドボンだな」

「…」

「トゥオノの場合、ありゃただのヤクザ集団だ。挑発すればいくらでも乗ってくる。ただ、最近あんな烏合の衆でも階級と役職を決めていったみたいで、今じゃ参謀役に近い仕事をしているやつがいるって聞いた。一筋縄じゃいかねぇな」

「…」

「だが、うまく罠を仕掛けてカモフラージュさせれば、どっちも衝動で行動しているマフィアだからすぐに引っ掛かかるだろうさ。それこそ面白いぐらい――――ん? どうした?」

 明美が口をあけて固まっているのを見て話を止める。

 すると、明美はただ一言、ポツリと

「すごいな、おまえ…」

 と、心底感心したように洩らしたのだから、この先を思って俺はため息をつかざるを得なかった。

「これくらいの作戦立てないで連中には勝てねぇぞ」

「いや、しかし私は…」

 と、テレビの横に立てかけてあった日本刀をちらりと見た。

「私はこの日本刀があるからこれからも頑張って行けるんだー、とでもいいたいわけか、お前は」

 明美の目がギラリと光り、こちらを睨みつけてきた。

「…そんなことはない」

「いや、お前。態度にそうですって書いてあるから」

 何言ってるんだ貴様、みたいな雰囲気で睨まれても困るんですが。

「まあ、正直連中に罠を張るだけ時間の無駄さ」

 俺はカップに残っていた紅茶を一気に飲み干した。

 大分ぬるくなってしまっていたが、まあ仕方がない。

「何故そう思う」

「連中は、俺達が何かをせずともすぐに事件を起こすだろうさ。今回お前が逮捕したってのは炎龐が事件を起こしたみたいだが、実は炎龐はニュースで取り上げられるような事件をこの3日間で2つも起こしている。トゥオノ、ジョヴァンニとあわせてみれば3日間の間に4回事件が起きてる。まあ、うちが起こしたのはトゥオノの奴との銃撃戦だけどな」

 明美は相槌を打たない。続けろということか。

「だから、罠を張っている暇があるならニュースを聞いていた方が確実に連中が姿を現すのさ。それから推測して連中を待ち伏せすれば一網打尽って訳」

 明美は信じていないようだ。

「マジだって。俺も何回も連中に襲撃されているからな。なんか盗まれた時とかそうやって取り返してるぜ」

「いや、違う。それが聞きたいんじゃない」

「じゃあなんなのさ」

「そう簡単に連中が事件を起こすものなのか?」

「試してみる?」

 テーブルに置いてあったテレビのリモコンを取って、電源をつけた。

 時計を見れば、時刻は夜の9時になっていた。国民放送でニュース番組があるはず。

 ポチっとな。

 『1』のボタンを押すと、画面はパッとニュースキャスターの姿を映し出した。

 急にテレビがついたことに驚いたか、一匹のハトがバタバタっと明美の腕から飛んだ。

「こら、セレウディヌス。飛んでないでこっちに来い」

 俺はその飛んだハト―――――セレウディヌスに向かって指を一回鳴らすと、セレウディヌスはそれを聞いて大人しく俺の腕にとまった。

「ほう、指を鳴らせば己の元に帰せるよう躾けたのか」

「なんだかんだいって重宝してるぜ」


 すると、明美も手の甲に乗っけていたハトを部屋に話した。

 ハトは部屋の中をせわしなく飛び回っている。

「さて…」

 パチン、ときれいな音が部屋に響いた。

 すると、それを聞いたハトがばさばさと明美の甲に戻っていった。

 懐くだけでなく、言うこともきくのか。明美から何か懐きやすいオーラが出てるのだろうか。

「ほぉ、なかなかに興味深い」

「1年かけて仕込んだんだ。なかなか骨が折れたぜ」

「よしよし、よく戻ってきたな。えーっと…」

「ストラディウスだ」

「ストラディウス…随分大層な名前をつけるではないか」
 そう言って明美はストラディウスの頭を爪でカリカリと書いた。

 あのやろ、気持ちよさそうな顔しやがって。羨ましい…

 明美とストラディウスを十分見た後、ニュースキャスターの姿が大きく映し出された画面に再び目を戻す。

 だが、ニュースキャスターの口から伝えられたことは、帝王高校にかなり近いデバートでファッションショップの大会が大きく開かれたことしか報道されておらず、炎龐とトゥオノのことには一切触れていなかった。

「ま、さすがに一日に二つ事件が起きるってことはないか」

 そうして俺がテレビの電源を消そうとした時、

「いや、ちょっと待て」

 急に明美に止められる。

「?」

 明美は、そのファッション大セールの様子が中継しているところをガン見している。それこそ、テレビの画面に穴があくほどに。

 もしかして、

「お前、ファッションに興味あるのか?」

 ちょっと聞いてみると、

「ん? あ、ああ。実は母がファッションデザイナーでな。その関係でかなりファッションには明るいと自負している」

 あっさりと肯定された。

 母親がファッションデザイナーで、祖父は日本の総理大臣か…かっこいいなぁ。そういう家族。

 俺なんか父親は暴力団組長、母親はとっくに他界したよ。

「はぁ…」

 深いため息が自然に出てしまった。

 でも、ファッション通って、確か梅花もそうだったな。このデパートの催事は前に聞いたことがある。

 どうせ、あいつは喜んであれに行くんだろなぁ…

 同じ趣味を持つ者同士、明美と梅花は近いうちに友達になりそうだ。

 あれ? ということは…

「あの大荷物って全部服?」

「ん? あの大荷物、とは?」

 明美の怪訝な顔で俺ははっとした。

 いけねっ。つい口が滑った。

 そう思った時にはもう遅い。

 まさか部屋に置いてあるボストンバッグとは言えない。言ってしまえば俺が明美の部屋をのぞいたと公言してしまう様なものだ。

 事実、始めはきょとんとしていた明美の表情が、だんだん怪しいものを見るようなそれになって来た。

「まさか…」

「の、覗いてませんよっ!」

「私はまだ何も言ってないのだが…」

 うわああ…なんか睨まれるよりジト目で見つめられる方が精神的なダメージがっ!

『ただいま入ってきたニュースです。シチリア島南西部において青年4人が何者かに暴力をされたようです』

「あーーーっ!」

 ニュースが次の話題に移ったところで、明美が唐突に大声を上げた。

「な、どうしたんだよ」

「今のデパートの名前聞きそびれたではないか! あれがどこで催されているか知らなければ行けなかろう!」

「行く気だったのかよ」

 っつか、あまり大声出すな。ハト達がビビる。

「あれだけ大きければ行きたくなるだろう。セオリーのワンピースやアーメンのジャケットもかなり気になるところだ」

「あ、いや…」

 ファッションなんて全く知らない俺にそんな話を振らないでください。お願いします。

『暴力を受けた4人は、いずれも暴力団「ジョヴァンニ」のメンバーで…』

「え?」

 俺を殴ろうと拳を振りかぶったところで、明美が止まった。

「ジョヴァンニ、だって?」

 明美の手首をがっちり握って動きを止めていた俺も、さっと首をテレビへ向ける。

 テレビには、恐らくうちの連中が暴力を受けた現場であろう場所が映し出されている。

「いったい何があったんだ?」

 俺は明美をソファに座らせ、いよいよテレビに向き直った。

 明美はと言えば、こんな早く事件が起きてしまっていいのだろうか、といいたけな表情で硬直している。

 まあ、気持ちはわからんでもないがな。やはり少し不安だ。うちのメンバーが暴力をふるわれたというのは気持ちのいい話ではない。

『4人は「トゥオノのメンバーに暴力を受けた」とそろって話しているとのことです』

「トゥオノ? 珍しいな…」

 トゥオノは金で動く暴力団だ。誰かの依頼を受ける代わりに依頼料もせしめとるというのが連中の手口だ。

 それは裏返せばトゥオノは誰かに雇われたということなのだが、「ジョヴァンニの連中をボコボコにしてくれ」という依頼をする人間はあまりいない。

 というか、ジョヴァンニと接点を持つ人間が少ないのだ。

 まず考えられるのは暴力団関係者。

 だが、トゥオノは当事者だしうちは被害者側。どちらも第三者にはなり得ない。

 ならば、炎龐が雇ったのだろうか?

 いや、それも珍妙な話だ。

 第一、炎龐程の実力があるならわざわざトゥオノを雇わなくとも十分俺達を襲撃できる戦力を持っている。

 それに、10日前に俺が炎龐の連中に喧嘩をふっかけられたばかりだ。

 そう考えると、やはり俺達に何か恨みを持った人間が、しかし戦力を持たないからトゥオノに依頼し、暴力を振った、というところだろうか。

『逮捕されたトゥオノ幹部、ラスティア容疑者は「彼らからジョヴァンニ若頭の居場所を聞こうとした。反抗したから殴った」と容疑を認めています』

 次に体が止まったのは、俺だった。

「やったな。貴様を餌にしていれば、いずれ連中が襲いにくるぞ」

 金縛りから解かれた明美は、心底うれしそうに言った。

 そりゃそうだ。作戦会議したそばから手掛かりがつかめたのだから。

 だが、俺は強烈な違和感を感じていた。

 トゥオノは、俺の居場所を知っているはずだ。校内でトゥオノに襲撃されたのは実に3週間前。理由など知る由もないが、少なくとも俺が帝王高校にいることぐらいは知っているはずだ。

 それをわざわざ他のジョヴァンニメンバーに聞く理由がない。

 前に襲撃していた連中の記憶が飛ぶほどにボコボコにした記憶はないのだが、だとしても俺が帝王高校に入学した話はかなり有名なはず。

 笑い話にされてるってところがかなり気に食わないんだけどな。

 それより、うちの連中は俺の居場所をしゃべったのだろうか? もしトゥオノが俺の居場所を忘れたのだとしたら好都合極まりなかったのだが…

「とりあえず、アジトの在り処程度は聞いておきたいものだ」

 明美は俺を囮にする気で満々だ。

「勘弁してくれよ…」

 俺は、大きくため息をついてテーブルに突っ伏した。

 だが、凹んでいる暇もない。後で護身用の武器を確認しておかなければ…

「だが、滑稽だな。ニュースで取り扱われるほどだものな、お前も」

「傍迷惑なだけだっつの…」

 先が思いやられる…

 すっかりやる気になった明美を見て、そんなことをチラッと思ったのだった。








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最終更新:2010年12月28日 16:37