◆登場人物紹介

・セレニティア・フロルーダ(♀):になし藩国摂政。普通の元気系少女だったはずが、なぜか元気を通り越して豪快な人間として扱われる。
・玲音(れいん ♂):変人。参謀だったり文族だったりAマホ公式SDだったり幅広く活躍するひと。でも変人。
・九重 千景(ここのえ ちかげ ♂):秘書官。でもあんまり働かない。微妙な関西訛り。筆者。
・芒(すすき ♂):吏族。になし藩国には珍しい常識人。
・瑠璃(♀):技族。マイペースなひと。犬好き。
・になし(♂):藩王。見た目は少女。女装は衣装係のひとの趣味。

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になし藩国文族の玲音がネコミミメイド服という奇矯な格好で何者かに殺害された!
シーズンオフ中、静まり返るになし藩国に渦巻く疑心暗鬼!
関係者が集まった食堂で、秘書官はおもむろに口を開く──「犯人はこの中にいます!!」


「というのがダイジェストなんですが」
そう締め括ったのが当の秘書官、九重千景である。
「何してるの?って聞いただけなのにいきなり何かと思ったよ…」
心の底からの呆れ顔で呟いたのはセレニティア・フロルーダ。通称セレナちゃん。
まぁ何があったのかは解ったけど、と言って眉を顰める。
「突っ込みどころが多すぎてどこから突っ込めばいいやら」
「頭の方からどうぞ」
場所は食堂、他にも芒と瑠璃の二人がいるがセレナちゃんの相手をしているのは九重のみであった。
芒は悲痛そうな顔で俯き、瑠璃は犬と遊んでいる。
「じゃあ最初から。玲音さん死んだの?」
「ネコミミメイド服はスルーですか」
「だってあれは私服じゃん」
「ミステリー的には異常な格好で死んでる事には何か意味が欲しい所ですが」
「いやいや、変態なだけでいつもどおりだから。正常だから」
「変態という時点で正常ではないという見方はどうでしょう」
「なんで異常性を強調したがるのかが解らないんだけど…」
セレナちゃん、意見を求めるように瑠璃の方を見た。
視線が絡む。5秒ほど経過。ようやく意図が伝わったのか口を開く瑠璃。
「あれも個性かなぁ、と」
このひとはちょっとおおらかすぎる、とその場にいた全員が思った。

「で、犯人はこの中にいるって根拠は?」
「ないですけど」
「……ないの?」
「ないとあかんですか?」
(……駄目だこいつ……あたしがなんとかしないと……)
「みんなの潔白はあたしが証明してみせる!」
「え、いや、うちがやりますよ」
「あたしが証明してみせる!」
二回言った。
「『あたしが』証明してみせる!!」
三回言った。しかもあたしが、がやたら強調されていた。

──こうしてセレナちゃんは調査に乗り出す事となった。
さて、まずは何からするべきだろうか。
関係者に事情聴取をするか。
現場を見に行くか。
九重に解ってる事を教えてもらうか。
『邪魔だから九重さんはついてこないでね』と言おうかともちょっと思ったが、こんなのでも何かの役には立つかもしれない。肉壁とか。
「うーん、現場を見に行っておこうかな」
「え、見に行くんですか?」
「……九重さんのリアクションはいちいちなにかこう、あたしの常識とずれがある気がするんだ」
「いやいやいや、その、ご婦人に見せるのはあれな感じですし」
セレナちゃん、珍しく女の子扱いされてちょっと嬉しそう。普段の扱われ方が伺える。
「って言われても見ない事にはよく解らないしさ。…そんなにひどいの?モツとかミソとかが展開されてるとか」
ぼかしたようであまり効果がない表現であった。
「モツもミソもちゃんと格納されてます」
「じゃあラヴクラフトが表現することを放棄するような死に様とか」
「そんな凄惨じゃないです。それにラヴやんは割と頻繁に表現することを放棄する気がします」
ラヴやんって。
このひとの言語感覚も大概着いて行き難いなぁ、と思いながら、どうするべきか──迷いはしたが行くしかないだろう。
後回しにすればするほど情報が手に入らなくなる可能性もあるのだ。
九重にそう告げると、決めたことにまで一々反論するつもりはないらしくおとなしく着いてきた。

1階にある食堂から、階段を上り3階の会議室へ。
道すがら九重に現状解ってる事を教えてもらうよう頼んでみた。
「ええですよ。うーんと、何から言えばええんですかね」
そう口にはしたものの、結局片っ端から言っていく事にしたらしい。
順番が多少前後した部分もあり、メモを取りながら改めて情報を整理すると以下の様な事が解った。

・死亡時刻は推定11時から13時20分くらい。(現時刻は14時)
・発見場所は会議室。一応簡単に封鎖はしている。
・第一発見者は九重。発見時刻は13時半。発見直後国内にいる全員に連絡を取り、瑠璃、芒と合流。それ以降は3人で食堂にいた。
・机に突っ伏したまま死んでおり、明らかに致死量の血溜まりがあったせいで死んでると解った。
・背中側には目立つ外傷はなし。触る訳にもいかないので胸側は調べていない。
・執務室には藩王になしが居る。仕事中。
・九重は今日、10時頃に城に来て13時半まで誰とも会わなかった。アリバイなし。

「そう言えば九重さんは本当に犯人がこの中にいるって思ってる?」
粗方の情報を聞き終えた後、思い出したようにセレナちゃんが問い詰めた。
藩の仲間を疑うような九重の言動に生理的嫌悪を抱いているらしい。
「いると思いますよ」
「でも動機がない気が──」
「セレナちゃんは」
言葉の途中で露骨に割り込まれ、口を噤む。
九重、滅多に人の目を見ない。会話してる時でもおおよそ相手の鼻か口の辺りを見ている事が多いが、この時は珍しく目があった。
「玲音さんが誰かに殺されるに足るようなことをしていた、と仰る」
動機がないから殺されるはずがない、というのは。
裏を返せば殺されたのは殺す動機があったからだ、という事だ。
「……そうは言ってないでしょ」
自分でもそう思ったのか、反論も弱々しい。
微妙に気まずい空気を払拭するように別の話題を持ち出した。
「ところで通報はしたんだよね?」
「通報?どこにです?」
首を傾げる九重。童顔なのでこういう仕草が不気味なまでに似合う男である。
「どこにって警察!」
「そんな近代法治国家じゃあるまいし警察なんてありませんよ」
「え、だって、街中に交番とかあるし制服着た人とかいるじゃん!」
「あれはコスプレです」
警察はないのにコスプレはあるらしい。おそるべしはてない国。
「というのはまぁ冗談で、シーズンオフ中なのでその辺の機能は凍結されてるのです」
試しに110番してみたが確かに不通だった。おそるべしはてない国。
「警察に夏休みってあるんだ……」
「ちなみに法官も勿論夏休みです」
改めて自分たち…というか自分がどうにかするしかない、と決意を固めたセレナちゃんである。

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会議室のドアには張り紙が張ってあった。
《死体在中・グロ注意 九重》
なんともいえない表情で張り紙を一瞥し、ドアノブに手をかけるセレナちゃん。
一呼吸置いて、意を決したかのようにノブを捻る。あとはもう勢いである。

いた。
12人掛けの長机の真ん中辺り、ネコミミメイド服の異形が。
その足元には夥しい量の血溜まりがあるが、窓が開け放たれているせいか血の臭いはほとんどしない。
「窓開けたのって九重さん?」
「そうですよ」
現場保存の観点からすれば褒められた事ではないのだろうが、素直に感謝しておいた。心の中で。
これだけの血が流れていて密閉された空間だったら、と考えるだけでも気分が悪くなった。
どうにも血の存在感が強く、覚悟して来たはずが一定以上近づけずにいる。
それでも──真相を知るためには近づくよりあるまい。
「……やっぱりやめません?顔色悪いですよ」
「やめません」
ごくり、と自分の飲み込んだ唾液の音が嫌に大きく聞こえたような気がした。
さして広くもない会議室の中、20メートルも歩けば目的地に辿り着くのだが踏み出そうとする足が重い。
それでも一歩ずつ進んでいき…玲音から3メートルほどの所で立ち止まった。
──これ以上進もうとするなら血溜まりに足を踏み入れる必要がある。

血を見るくらい大した事じゃない、とセレナちゃんは思っていた。
敵の物は当然、味方の物もいくらでも見てきたのだから。
戦場で返り血を浴びる事も有れば、味方が流した血の河を踏み越えて撤退した事もある。
それでも、血の池の一歩手前で動けなくなっている。
これほど大量の血が玲音の中から出た物だという実感が沸かないのだった。
地に足がつかない状態、というのはこういう事か。とおぼろげに考えながらセレナちゃんは──結局それ以上足を進められなかった。
何かあると思ってそうしたわけでもなかったが、周囲を見渡すと、机の上にある物を発見した。
……髪の毛だ。しかも白色の。
いかにも怪しい遺留品である。勿論全く無関係の可能性もあるが。
とりあえず持っていたハンカチに包んで保存することにした。
死体の状況を入念に観察する事を諦めたセレナちゃんは、一旦会議室を出ることにした。
少し冷静になる必要がある。
そう判断したからであって別にびびったわけじゃないんだからねっ、とか心の中で呟きつつ。
「びびびびび」
九重が意味不明な擬音を発したのでとりあえず殴って黙らせた。

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一先ず現場検証が終わり──検証というほどの何かをした気もしないが。食堂へと戻ってきたセレナちゃんプラス1。
相変わらず沈痛な表情の芒と、犬で遊ぶのも飽きたのか備え付けのテレビをぼんやり見ている瑠璃がいる。
入り口からでは見えないが奥にはNPCの料理長もいるはずだ。
片っ端から事情聴取に当たっていく事にしよう。

”芒の証言”

「今日は8時頃城に来て執務室で藩王の仕事の手伝いをしていました。
 9時頃に休憩に入って偶然会った瑠璃さんと一緒に朝食を食べて、9時半にはまた執務室に戻りました。
 お昼は持ってきてくれる様に頼んでたんですけど、来なかったのでずっと仕事をしてました。
 13時半に九重さんから連絡を貰って…それからは九重さんと瑠璃さんと一緒にいました」

”瑠璃の証言”

「えーっと、朝ご飯を食べに来たから9時くらいかな。
 芒さんと会って、一緒にご飯食べて。
 食堂のお姉さんにケチャップないから買ってきてー、って言われて商店街まで行って買ってきて、
 食堂に行く途中で玲音さんとばったり会ったからケチャップ渡しておいてー、って頼んで。
 それが11時くらいだったような……時計とかそんな良く見ないからよく覚えてないけど。
 で、犬と遊んで、お昼食べて、また犬と遊んでたよ」

二人分つつがなく証言を取り終え……九重の行動もさっき聞いたからこれで3人分か。
食堂の奥、調理場に料理長の所へ向かう。
料理長、と言うよりは食堂のお姉さんである。
割烹着に三角巾、火の色の髪をポニーテールにした清潔感あふれる美人さん。
鼻から微妙にずり落ちそうな眼鏡がチャームポイント。
「あのー、ちょっと話聞きたいんですけど」
「ケチャップはまだですか?」
「いや、あの、ちょっとでいいんで…」
「ケチャップはまだですか?」
取り付く島もない。
「NPCは普段は割と会話パターン多いのですがクエスト受領モードになると反応が固定されるのです」
何の事だかさっぱりだがケチャップがないと話も出来ないらしいという事は解った。
NPCがPCに危害を加えるとは思えないが、何らかの情報が入手できる可能性もある。
念のためケチャップを取りに行って話を聞いた方がいいだろう。
そう判断して王城を出て商店街の雑貨屋を目指す。
城を中心に東と西に商店街があるが、距離的にはどちらも大差ない。
さして迷う事もなく西の商店街に行くことに決め、山の中の舗装された道を下り始める。

死火山の中腹にある王城から商店街までは片道20分ほど。
10分もせずに山岳部分は途切れ、右手にテーマパークが見えてくる。
さらに5分ほど歩き続けると今度は左手に商店街の入り口が現れる。
普段は観光客や地元の人間で賑わっているのだが、今は人影はない。
さながらゴーストタウンと化した中を目当ての雑貨屋に向かって歩みを進める。
雑貨屋の中も予想通りと言うべきか誰もおらず、仕方がないので代金相当の小銭を置いてケチャップを拝借していく事にした。

買ってきたケチャップを渡すと料理長はにっこり笑って礼を言い、さっそく料理にとりかかり始めた。
「あー、忙しそうな所すいませんがちょっと聞きたい事が」
「なんでしょう?」
セレナちゃん、料理長が今日一日何をしていたのか聞こうとして止めた。
食堂にずっといたに決まっている。役割が与えられているNPCは基本的にその場所から動かない。
「えーっと、誰か普段見かけないような人を見たりとかしませんでした?」
右手でフライパンを器用に操りながら、左手を頬に当てて少し考え込む料理長。
「そういえば伏見藩王がいらっしゃっています。11時17分と13時38分に会話を少々。ログが必要ですか?」
「伏見さん、が……?すいませんログ出して下さい」
「かしこまりました。手が離せないので差し当たり音声にて再現させていただきます」

「11時17分の会話です」

『やぁやぁおつかれさまです』
『これは伏見藩王。勿体無いお言葉です』
『いやーやっぱりメイドもいいけど割烹着もいいなー』
『恐縮です。何か召し上がられますか?』
『今はちょっとお昼には早いかな。また後でお願いします』
『はい、是非に』

「続いて13時38分の会話です」

『こ、この辺に人気がないところはありませんか!』
『今は人気がないところの方が多いとは思いますが……そうですね、格納庫などは滅多に人の出入りがないかと』
『ありがとう!』
『あの、お昼はいかが……行ってしまわれました』

「以上です」
「露骨に怪しいわね……」
というか怪しすぎた。疑ってくれと言わんばかりの挙動である。
一礼して調理場を後にする。
先にになしのいる執務室に向かってもいいが──距離的には格納庫の方が近い。
こういう時は近いほうから行くもんよね、と口の中だけで呟きながらセレナちゃんは格納庫へ向かった。

/*/
王城に設置されたI=D格納庫は、元々非常時の防衛用I=Dを置いておくためだけの物であり、小規模な物だった。
それが通勤にI=Dを使う馬鹿が一人現れた途端、楽をしたがる人間が続出。
国の共有財産であるところのI=D、申請をすればわりかしすんなり貸与届は通るのが裏目に出た。
通勤に使われたI=Dを野晒しで置いておくわけにもいかず格納庫を増設してしまったのが更なる過ちであった。
結果新型が増える度に馬鹿も増え、その度に格納庫が増設。おかげで上から見るとかなりいびつな形状をしている。
まさしくはてない国人の場当たり的思考を体現したかのような場所だ。

こんな人気のない場所にいるくらいだから隠れているのだろう、と思いきやあっけなく伏見と遭遇。
瞬間的に逃げの体勢に入った伏見の足元めがけて40kg程度の肉塊が地面を滑るように投げつけられる。
狙い違わず命中。もんどりうって倒れる伏見。
ちなみに肉塊の名は九重と言う。
勿論投げたのはセレナちゃんであった。
「なんで逃げるんですかー?」
「なんとなくむごい目に逢いそうだったから!」
「逃げようとするからですよ」
「酷いパラドックスだ…」
一番むごい目に逢っているのは九重な気がしなくもない。
いきなり投げつけられて受身も取れずに目を回している。骨が2、3本折れてもおかしくはない状況だ。
「で、なんでこんな所に居るんですか」
「玲音さんが死んでるって聞いて…俺は露骨に怪しいからちょっと隠れていろと。自分が犯人を見つけるから。って言われて」
なぜか正座でそう答えた。怒られている気分なのかもしれない。
「誰に?」
「九重さんに」
意外と言えば意外な人間の名前が出てきて反射的に九重を見るセレナちゃん。
当の九重は未だに目覚める気配もなくうんうん唸っている。
「ちょっと今日一日なにしてたか詳しく教えてもらえません?」

”伏見の証言”

「今日は9時すぎにになし卿と罰金の件で相談に来て。
 話自体は10分くらいで終わったかな。
 それからちょっと書庫に寄らせて貰って、ぶらぶらしてたら玲音さんと会ったんですよ。
 何かイベントをやるとかで、手伝って欲しいって言われました。自分は準備があるから昼頃会議室まで来て欲しい、って
 それで昼まで時間を潰して会議室に行ったら九重さんと会って…後はさっき言ったとおり」

「会議室の中には入ってないんですか?」
伏見、こくこく頷く。正座で。
──なにか、矛盾が、ある、気が、した。
ひとたびその矛盾に気付いた途端。
全ての事象が縺れた糸をほどくかのように、するすると一本の連続した流れに構築される感覚を覚えた。

まるで──そう考えるように誘導されているような。

「あの……急に黙られると恐いんですが」
少し、考えをまとめたい。
後で呼びますんで伏見さんはここから動かないで下さいね、と言い置いて、まだ気絶したままの九重の首ねっこをひっつかむと格納庫を後にした。

/*/
おそらく最後のポイントだろう。執務室へやってきた。
セレナちゃんの中ではほとんど推理が形になっているものの、まだピースが足りない気がする。
あるいは──ピースが足りないという事が解るピースが必要なのだ。
そんな取り留めも無い事を考えながら執務室のドアをくぐると、になしがほくほく顔でオムライスを頬張っていた。
昼食が遅れたお詫びかいつもそうなのかかなり特大のオムライスで、ご丁寧にケチャップでになしの似顔絵が描いてある。
オムライスを嬉しそうに食べるとか子供か、と思ったりもしたが余程お腹が空いてたんだなぁ、と好意的に解釈をしておいた。
食べるのに忙しそうなになしを前に聞き込みを始める事にする。

になし、今日はずっとここにいたが…とそこまで言って口を噤む。
「そういえばトイレに行ったときに玲音を見たな。なにやらケチャップを持って会議室の方に歩いていったが」
ケチャップなぞ何に使うやら。そう呟いてまたオムライスの山を崩し始める。

それ以外の情報は特にはなさそうだ。
になしも最早言うことはないとばかりに一心不乱にオムライスを貪っている。
どうにも釈然としないもやもや感を残しながら振り返ると、執務室のすみっこに備え付けられた一台の端末が目に入った。
ふと思いついて端末をいじり始めるセレナちゃん。
それこそがになし藩国そのもの。セレナちゃんが見ているおおよそ全ての物はこの端末の中に用意された情報を元に構築されている。
平たく言うとこのページ(
http://www.emerald.rm.st/ninashi/index2.html)の大元のhtmlだとかbbsだとかcgiだとかが詰まっているのだと思えばいい。
そんなものを見てどうしようかと言うと、入国管理──要するにアクセスログを見ているのだった。
これを見れば今どこに誰が居るのかが解る。一応厳重に管理してあるので藩王か摂政クラスの権限がないと変更はおろか閲覧も出来ないはずだ。
事件現場と思われる会議室周りのアクセスログを調べてみたが、やはり今日会議室に入った人間は玲音と九重しかいないようだ。
これで──必要なピースは全て揃った。
「藩王、今から解決編ですけど来ます?」
「……大して興味もないが行くだけ行こう。こういうのは様式美だからな。食べ終わるまでしばし待て」
もうオムライスは残り少ない。今から全員に召集をかければ丁度いいだろう。
「じゃあ食べ終わったら会議室に来てくださいね」

/*/
緊急の国内放送で全員を会議室に呼び出した。
距離的に近い執務室にいたになし、次いで芒と瑠璃と連れ立って現れる。
やや遅れて伏見登場。
「全員揃ったわね」
この場には6人──と玲音の死体がいることになる。
瑠璃などは別に気にした風もなく椅子に座っているが、芒や伏見は露骨にそちらの方へ視線を向けないようにしていた。
「じゃあ最初にタイムテーブルの確認からします」
あんまり意味はないんだけど。と小声で呟いてから備え付けのホワイトボードに各々の行動を書き連ねていく。
「ちなみに時間は全部その辺、ってだけで厳密には気にしなくてもいいから」

・8時:芒、になし出勤。
・9時:芒、瑠璃、食堂で朝食。
・9時10分:伏見、になしと会談。
・9時30分:芒、執務室に戻る。
・10時:九重、出勤。
・10時:瑠璃、商店街に向かう。
・11時:瑠璃、玲音にケチャップ渡す。
・11時10分:伏見、玲音と会う。
・11時10分:になし、玲音を見かける。
・13時30分:九重、死体発見。伏見と会う。芒と瑠璃を食堂に集める。
・14時:調査開始。

「大体こんな感じね。どっか間違ってる?」
念のため確認を取ったが全員が首を横に振った。
さて、ここからが本題だ──。
「最初に気になったのは……九重さんの発言の違和感ね」
九重が口を開きかけたが視線で威嚇して黙らせる。
「今日何をしてたか聞いたとき、『13時半まで誰とも会わなかった』って言った。でも実際は伏見さんと会ってる」
会ったんだよね?と確認を取ると、観念したのかしおらしく頷いた。
「今国には6人居て、食堂で4人しかいないのに『犯人はこの中にいる』なんて断言するってことは、その場限りの適当か……」
「犯人がもう解ってたって事?」
「まぁ、そうね。解ってたってよりは、解ってて庇ったって方がしっくり来るかな。
 そこに居た4人のうちに犯人が居たならそれは事実を言ってるだけだし、そこに居ない人が犯人なら目晦ましにはなる。
 後は適当に証拠を探して、探したけど良く解りませんでしたーとか言えばそれなりに丸く収まる。
 この場に居ない伏見さんの存在を隠したかった。それは──犯人がその人か、その人に証言されたらまずい事があるか、のどっちかだと思う」
瑠璃の疑問を肯定しながら、スカートのポケットからハンカチを──ハンカチに包まれた白髪を取り出した。
「さて、この髪の毛。会議室に落ちてたんだけど」
全員が伏見を見た。
伏見以外ははてない国人なので髪は赤い。伏見だけが北国人なので白い頭髪をしている。
「これらの事実から導き出される結論は──」
緊張の一瞬である。
「……実はこれだけじゃ決め手がなかったりして」
本当に一瞬だけだった。
「考えられるパターンはいくつかあるわね。九重さんが犯人で伏見さんに見られた何かを知られたくなかったから存在を隠蔽した。
 あるいは、伏見さんが犯人で九重さんはそれを庇っている。どっちもそれなりの説得力はあるけど問題もある」
「問題とはなんだ」
これまで沈黙を保っていたになしが口を開いた。いかにもどうでもよさそうに。
「アクセスログが。伏見さんは会議室に入ってない。でも髪の毛があった。そもそも会議室には玲音さんと九重さんしか入ってない。
 これだけだと九重さんしか犯行を行えないように聞こえるけど、やったって証拠もない。やってないって証拠もあんまりないけど。
 それに、髪の毛は何のために用意されたのか解らない。
 無理に意味をつけるなら二人は共犯で、別の場所で殺して会議室まで運んできた。
 中に入って椅子に座らせたのは九重さん。髪の毛は運ぶ時死体にくっついたのがたまたま落ちた。
 結局全ては推測で──髪の毛に意味なんてないのかもしれないけどね」
あるいは──犯人を一人に絞らせないための仕掛けなのか。と付け足すように呟く。
「……セレナちゃんは犯人解ったんじゃないんですか?」
「いや、解ってるんだけど。こういうのは話の持って行き方で説得力が全然違うから。当てずっぽうとか大雑把とか言われたくないし。
 とりあえず今は『犯行が行われたという決定的な証拠がない』ってだけ理解してくれればいいよ」
何か言いたげに芒が玲音の死体を見たが、例によって黙殺した。
「玲音さんの異常な行動を追っていけばまぁその辺の謎は解けるはず」
「あのひとはいつも変です」
「まぁそうなんだけど、基本的に物の考え方は筋が通ってるというか、合理的というか。
 ただその筋が人から見たら意味不明なだけなんだよねー。
 あのメイド服だってジェントルラット亡命の時の勝負服だからこれは僕の誇りなのですとかなんとか言ってたし。
 意味はあるのよ。理解されがたいだけで」
じゃあ、今回の行動には何の意味があったのか?
「そもそも──瑠璃さんに渡されたケチャップを玲音さんは料理長に渡してない。
 あまつさえそれを持って会議室に向かっている。
 伏見さんにはイベントをやるから手伝って欲しいと言っていた」
ひとつひとつ確認するように言いながら玲音の死体の方へ歩いていくセレナちゃん。
躊躇せず血溜まりに足を踏み入れて真横に立ち──
「余禄がない分こっちからのアプローチの方が解り易かったかなぁ」
無造作に手を上げ──振り下ろした。玲音の脳天目掛けて。
それを目視できた者はその場にいなかっただろう。ただ、全員が、何が起きたかによって何があったのかを理解した。

「あの……起きてるって解ってるならもう少し弱めに叩いて頂けませんでしょうか」
「無駄に周囲を騒がせた罰ね」
玲音が起き上がって後頭部を手で抑えていた。
「……え……初めから死んでなかったってことです?」
長めの沈黙を最初に破ったのは芒だった。
まぁ、要するに、そういうことなのだった。
「そもそも、九重さんが連続殺人の可能性を考慮したと思えなかった。
 その時点で八百長を疑うべきだったのかもしれないけど……まぁ今更何言っても後付けかなぁ」
「イベントってこれの事っすか!」
「いやー、僕が計画したのよりは相当大掛かりになりましたけど」
「まぁその辺は九重さんの所為ね。
 本当は伏見さんが第一発見者で、ついでに段取りとかもあらかじめ教えるつもりだったんじゃない?
 全員を会議室に集めてその場で推理ごっこさせて1時間くらいでオチがつくような」
ご明察です。今日のセレナちゃんは賢く見えますなぁ。とか余計な事を言ってまた殴られる玲音。
「あ、これ、ケチャップだ」
いつの間にか瑠璃が床の血溜まりに指をつけて臭いを嗅いだり舐めたりしていた。
「臭いを飛ばすのと粘性下げるために水に薄めて片栗粉で微妙なとろみつけて……大変だったんですよ」
「自業自得じゃない」
「久しぶりに集まった皆さんにスリルとサスペンスを提供したかったのですよ」
「あたしが伏見さんか九重さんを疑うように仕向けるとか趣味が悪いっての」
「それは九重さんの仕込みとセレナちゃんが首を突っ込んだからであって僕に言われてもなんとも」
「『みんなの潔白はあたしが証明してみせる!(キリッ)』とか真顔で言ってて腹がよじれそうでした」
「ああ、見たかった……結局美味しい所は全部九重さんに持っていかれたじゃないですか。僕は会議室で1時間以上うずくまってただけですよ…」
「あんたら……ちょっとは反省しなさいよ」
まぁ実際死なれるよりはマシかなぁ、と思うとあんまりきつい事は言えないセレナちゃんであった。

/了/

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最終更新:2008年01月29日 00:01