「柊、突破が増えてるぞ」

 空になったハンドガンの弾倉を取り替え、反対の腕でいまだに迫る敵をナイフで切り払う
胴を両断され空中に鮮血を散らす雑兵

「わかってるわよ、ただこいつら段々強くなってるわよ…」

 俺の前方、最前線で戦ってる紅い機体が黒い敵に圧され始めている
黒い波になって迫る敵を一閃、白い光が後方から飛んで群がっている敵をなぎ払う
長門のポジトロンライフルによる援護射撃
そして中途な位置に進撃してきた余った敵を俺がハンドガンとナイフで滅多にする

 前線で近接武器ソニックグレイブを掲げ敵を至近で切り刻み数を減らす弐号機

 その後ろで減少した敵を殲滅させるのが初号機で、俺
 武器は前述の通りのハンドガンにプログナイフ

 後方で確実にポジトロンライフル、スナイパーライフル等の武器を使い残った敵を全滅させるのが長門と零号機の役割

「あやの! 新しい弾倉をいくつか投げてくれ!」
「はい!」

 そして最後に零号機の斜め前方で補給と長門の補佐をするのがあやの
3号機の役割だった
投げられた弾倉を受け取り足元の踏ん張ればすぐ陥没するやわらかい地面に立てる
その際に出来る隙は長門がフォローしてくれるのだが…

「くそっ、数が多い」

 ナイフで斬首し、機体に降りかかる紫の血液に閉口しつつ
この状況に俺は危機感を感じずには居られなかった
先ほどまでは接近してきた敵を刻みつつも
前方からこちらに向かってくる途中の敵を撃つ余裕があったが
いまではすっかり銃は突破されて零号機に向かう敵をやっと撃破するために使用している
プラグの端に映る四本のバー、本部のコンピューターが弾き出す
各エヴァの損傷度を表すゲームのようなライフゲージ
柊のそれは相当に減りつつある

「あやの! お前も武器を持て!」

俺は言いながらナイフを振りおろし、手放す
敵を縦に蹂躙した後にナイフはさらにその奥の敵に深く突き刺さり貫通する
さらに腰のホルダーに掛かっているもう一丁のハンドガンを前方に投げる

「柊、武器を換装して後方に少し下がれ! ツートップで行く!」

 自分の足元に置いてあるカウンターソードをナイフの代わりに蹴り上げ
砂埃とともに眼前に飛ぶそれを右手で受け取り鞘から抜かずにそのまま最近の敵を殴りつける
鞘は砕け中から抜き身の鋭い刀が逆袈裟に敵を割る
少し出来た隙間から足を伸ばして人型をしただけの影のような敵達を蹴り飛ばし
左手に持ち替えた銃で残らず撃ち滅ぼす
俺と柊の間に居るような敵は長門とスナイパーライフルを装備したあやのが消す
おかげでできた一瞬の無敵の空間を跳躍して柊に並び敵を切り、刺し、撃つ
そして俺は三人の仲間に声をかける

「押し返すぞ!」

―――――

「なんなんだよこれ!?」

 俺は髪を拭くのも置いておき
第二実験室に乗り込んで声を荒げた
それに対し喜緑さんは愉快気に笑って俺達を出迎える

「残念ねぇ、やっと第二ステージクリアできたと思ったのに」

「作戦部長から言わせてもらうとだねぇ、キョンのやり方はいいんだけど
 ただし一度でも体制が揺らぐと一気に崩れるんだね、再慮の余地あり」
 二人の楽しそうな声と実験室のモニターに映る血文字のGAME OVERの文字が不愉快である

「なんなのよあのシミュレーター、敵が強すぎでしょ」

 最新式のシミュレーター、3号機の正式実戦配備と同時に
試行されたのがついこの間のことで俺達はこれを三度やらされているのだが
未だにクリアをしたことがない、喜緑さんドSなんだろうな

「あら、なにか言ったかしらキョン君、改造しちゃうわよ?」
「本気で勘弁してください喜緑さん、本当に」

 温和で柔和な笑みを崩さずに笑う彼女は怖い

「しっかしなんだね、あやのちんがまだ初心者であることを除いても君達四人でもダメか…」
「そうね、これは新しいチルドレンの訓練用にしようかと思ったけど難しそうね」

 ―結局、あの後緊張で残弾数の確認を怠ったあやのが戦闘中に弾切れを起こし
後方からの攻撃が薄くなった際に敵が後方に到達、そっちに気を奪われ俺と柊も余計に対処がキツくなり
長門が善戦したもののあやのともどもあえなく轟沈し
守るべき街を破壊されて俺達の負け、以前のシミュレーターのレベル7なんかが比べ物にならない難度だった
というか数が多いステージ1と2を合わせて合計千体は正直冒険しすぎだと思う ほぅ、とため息をつくのは柊

「新しい技術を試さずにいられない技術者の性もわかるけどね
 こっちの身が持たないわよ本当」

「確かにより強い敵との戦いを想定するのは悪いことじゃないが…」

 俺は最後に食らった攻撃、その際に感じた幻痛の名残を抑えるために首をさする
首を跳ね飛ばされる感覚なんて、二度と味わいたくは無い

「まぁま、鍛錬を怠れば危険になるのは自分達だよ?」

 柏手を打ちながら憤慨する俺たちを諫めるこなた
それをジト目で眺めながら嘆息しながら柊は部屋をでていく
俺も適当に片手を上げてそれに続き、長門は無言で俺の隣に並ぶ
あやのだけが一礼してその場を去った―

「両腕を肩からごっそり持ってかれたのよ?」

 タンクトップでむき出しの肩を両手で自分を抱えるように摩りながら柊は言う

「ま、こなたのいうこともわかるがな」
「こうもり」
「なんとでも」

 冷房の効いた本部の廊下では寒々しくすらあるその服装で屹然と歩く柊他三名

「ファーストもあやのも結構やられてたじゃない」
「まぁ…ね」

 腹部を唐突に押さえるあやの
貫通した敵の腕部を回想してるのだろうか?

「いま何時?」
「あぁ…6時くらいだろ」

 いいながら腕時計を見れば
…まぁ大差ない時間だったので訂正はせずに置く

「あぁぁもう! 時間も食うし痛いし面倒だし!」
「叫ぶな」

 あと人の背中を八つ当たりに殴るな
迫りくる攻撃的な拳を払いながらエレベーターのボタンを押す

「なんか奢れ~」
「却下」

 やたらと絡んでくる柊
そんなに立腹してるのだろうか?
ならばあとで追いついてくる送迎役のこなたで晴らしてもらいたいものだ
「ならギリギリ間に合うかしら」

 なにかを思案するようにあごに手をあてる柊
チンと鳴るエレベーターの到着音にそのままの体勢で乗り込む姿は微妙にシュール

「なにがだ?」
「ドラマ」

 しかめっ面をさせて真剣に悩む姿につい聞くと
思ったよりも数段軽い返答が帰ってきて、俺は思わずため息をつく
その態度に気を悪くしたのか柊は俺の肩を勢いよくスイングして叩く
振りぬかれたその平手は俺の肩に熱い痛みを心地よい音とともにプレゼントしてくれた

「って…」
「あんたねぇ、傍からみたらどうでもよくても。毎週かかさず見てるものを逃したら
 自分に負けた気がするじゃない!」

「録画すればいいじゃないか」
「妥協はもっといや」
「さいですか」

どうにも柊の判断基準がわからない俺
エレベーターの扉と面する壁に取り付けられた鏡を眺めつつ首をかしげる

「ふふ、キョン君だってアニメとかは欠かさず見てるじゃない」
「まぁ…それはそうだが俺はリアルタイムに拘らんし」

 あやのも見てるのだろうか、返答は冷静に行ったが声のトーンが若干やや内角高め
とっさに振り向こうとしたのをとめると鏡ごしに素敵に不敵な笑みを浮かべていた

「ま、まぁそれなら急いだほうがいいか」
「そうねぇ」

 クスクスと変わらぬ笑いが末恐ろしい
そこにいる、しかし振り向けないというホラー映画さながらの心境である

「ドン」

 と突然言われて俺は寸前までのあやのとの無言の視線の死戦の影響か

「のわっ!?」

 情けない声を上げてビクッと擬音のでる勢いで肩をすくませた
…その声の出所は長門で、あえていつもよりも平坦な声色をだしてまで俺を驚かせたかったらしい
片時も離さない文庫サイズの小説をつらつら読みながら、顔を上げることなく
さきほどの行動にでたらしい
落ち着けばなにやら俺だけでなくその長門の行動に同じく目を丸くしてる柊とあやの
らしくない行動に俺とは別の意味で驚きを隠せないでいる

「…びっくりさせるな」
「つい」

 ついで心臓を麻痺させようとするんじゃないよこの子は
お母さん心配だよ

「だれがお母さんよ」
「しらね」
チンという軽い音が再び、そして開く分厚い扉

「やふー! 追いついた追いついた、……どしたの?」
「いや…」

 元気よく入ってきたこなたに俺は残念ながら書ける言葉が浮かばなかった

―――――

「いまー」
「ただいま」

 いって家に入るのは俺とこなたのみ
あやのは最初柊が移動したことでズレて、暫定的に空いてるこっちの部屋を使うといってたのだが

『付き合い始めたばかりのドキドキなカップル、しかも高校生を同じ屋根の下に置くわけにはいかない!』

という柊の至極まともな発言により中止、あやのは向こうの家の部屋に自らの居住スペースを作ることになった

 これにこなたは当初ぶーぶー言っていた(理由としてはあくまでもここが本陣の家であってあっちは増収部分だからだそうだ)
しかし保護者という名目を持つ彼女もしばしば長時間仕事で家をあけることを柊はやはり指摘して

(『あんたよく家にいないし朝に帰ってくることあるじゃない! あんたが仕事してる間にキョン達のほうが大人になるわよ!』)

こなたも渋々(台詞を聞いてからは意外と必死に)承諾した

 そのため現在はたった二名で構成されていて
隣の柊、長門スペースのほうが人口が高くなってしまった
実際の生活はほぼ9割がたを彼女らもこっちですごしているがそれでも由々しきことである
(柊に言わせれば俺とあやのが一緒の家のほうが由々しき事態なのだろうが)

「ふわぁ……」

 自室に入った瞬間にあくびがでた
このままベットに倒れこんでしまえばそれで明日まで寝れそうな気がしたが
実際にやると確実に変な時間に目が覚めてしまうのでやめておく

「それにそうでなくても飯作らないといけないからな……ふわぁ」

 さらにでるあくびで後ろによろける
と丁度膝の裏にベットの端が来てボスッと座り込む
スプリングが軋む音を立てて座ったところが凹む
そしていかんと思いつつもそのまま後ろに伸びながら倒れる
壁際に置かれたベット、向こう側の壁に手の甲を叩きつけてしまいながら
白いシーツに体を埋める

「やっべ、すごい上まぶたと下まぶたが仲良しだ」

 不覚だった
本当に寝るつもりはなかったんだ
ただ睡魔という悪魔が俺の肩を引くんだ
なんて起きて早々自分に対しての言い訳をしているのは午前三時
とんでもなく嫌な時間帯だ

「まいった…学校行くあたりの時間に眠くなるぞこれは」

 後頭部をかきながら、渇きを訴える体にしたがって
俺はゆっくり身を起こして水出しの麦茶のいっぱいでも飲みに台所に出る
しかしこんな時間まで寝かしとくとは…
正直油断した理由の一つにもし寝ても腹が減れば起こしにくるだろうという計算があったのだが

「あいつらも寝た…、いやそれはないだろ」

 四人も同時に布団に倒れてつい寝てしまったなんてことはないだろう…
俺は首を振りながらたどり着いた冷蔵庫を開けて冷蔵庫内のオレンジ灯に照らされる

「麦茶むぎちゃ、むっぎむぎー」

 独り言が加速していると自覚しながらもとめる気配はない
どうにもこれは俺の癖という感じだ、自分でキチンと認識してる癖
悪いとは思わない、俺は俺であって―みたいなトートロジーを並べて悦に入る人間ではないが
しかし俺のキャラ付けに一役買ってるのでやはりこの癖は手放せない一種の俺の武器だ 水出し麦茶の需要の高さはこの気候の所為でずいぶんとあがっている
それはまぁ、水だと味気ない、一々ジュース類を買うと高くつくという二つの点からくる
あとは、それ抜きにしても茶というのは日本人の心というものをそこはかとなくくすぐる気がする

「ん?」

 百円均一で買った水色のポットに入った麦茶に手を伸ばしたときに
ふと、ラップに包まれた皿が目に入った
というより目に入るように真中に置いてある
それが俺の分の夕飯だということにすぐに気付く

『お疲れ』
『たまには休みなさい』
『チンして食べること』
『私がみんなに提案したんだけど、感動した? 感動した?』

 そんな書置きを読みながら俺は皿を取り出した状態で
冷蔵庫の扉も閉めないでそのまま立ち尽くしてた「あいつら…」

 後頭部を掻き毟りながら、とりあえずと麦茶を煽り
そして皿をレンジに入れて暖め、食器棚から茶碗を取り出す
がこっと少し音を立ててジャーを引き出して蓋を開ける

「……あいつら」

 俺はパタンと蓋を閉めなおす
チンッと小気味いい音を立てるレンジがいまは恨めしかった―

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最終更新:2009年02月04日 13:15