1.

 暗く長い廊下を抜けて一つの扉を空ける
そこには、広く、広く、広い部屋が文字通り広がっていた
壁は一面黒い無機質なコーティングをされており
向かった正面のみが一面のガラス張りになっている
調度品などほぼ無く、そのガラスの少し手前の位置
俺と正反に大きなデスクと革張りのチェアがあるだけだ
そして窓から入る月の光に三人の人物のシルエットが浮かぶ

 この部屋の主であり俺が会いにきた一人が
その社長の座るような黒くシックな椅子に座し
他二名は一人が従うように後ろに立って
もう一人はガラスに手を当て外界を見下ろしている
俺はその片方の見知った顔に少々驚きつつ
しかし口にも態度にも出さず目的の人物と話すため距離を詰める

「よぉハルヒ」
「キョン、なんか久しぶりの気がするわね、ほぼ毎日学校で顔を合わしてるのに
 二日酔いならぬ三日酔いの調子はどう?」
「おかげさまでお前の声が脳髄にガンガンとビートを刻んで聞こえるさ」

 俺の答えに腕を組んで椅子に体重をかけ
軋みと同時に意地の悪い、捻じ曲がった笑みを浮かべるハルヒ

「…ここに来てから、お前のその表情ばかり見てるな」
「へ?」

 俺は昔の、地面に足をつけ両手を広げて世界を照らす太陽を見上げて
まるで大輪の花のように、向日葵の様に笑うお前が好きだった

 だが今は、自らが高い場所に上り鋭く輝く月を背後に世界を見下ろして
まるで悪魔のように、凄惨で残酷な天使の様に笑うんだな

「今のお前は、正直好きになれないよ」
「そう、ならやっぱり私達は似たもの同士だわ」
「…」
「私はあんたのことが嫌いになれないもの」

 最初は、同属嫌悪に近かった
 次は、傷の舐め合いだった気がする
 いつかは、恋愛感情も抱いてた
 今は、どうなのだろうか?

「そんなことを話しに来たわけじゃないでしょう?」

 外を眺めていた一人が振り向きながら俺に笑いかけてくる
柔和な笑みが、しかし月の逆行で影になる

「どうもお久しぶりです」
「古泉、お前ドイツででかい組織ににスカウトされたとか言ってなかったか?」
「ここがそうですよ、この組織が世界にまたがる大企業でなくてなんだというんですか」

 ヘラヘラ笑いながら肩を竦める古泉
行動全てが芝居掛かっているこいつは、前から苦手だ

「知り合い?」
「わかってるだろ」
「全知全能じゃないわよ」

 だが、それになろうとしたのは誰で
いまもなろうとし続けてるのは誰だったか、俺は頭を悩ますつもりは無い

「まぁならいいわ紹介の手間が省けるわ
 でもこっちの人とは流石に知り合いじゃないでしょ?」

 ハルヒは親指で古泉とは反対側に居る一人の人物を指差す
それを自己紹介しろという風にとったのか、同時にその人は一歩前に出て会釈をする

「初めまして、森園生と申します」
「…あぁ、初めまして」

 俺も一応の礼儀として会釈を返す

「森さんはこの組織内で私の次に偉いナンバー2なんだからもう少し頭下げてもいいわよキョン」

 そうだったのか、なら一介のパイロットの俺
階級としてはたかが一尉の俺に自己紹介だろうと簡単に頭を下げてはいかんのではないか?
こいつらが階級的にどうなるのかは知らないけどよ
まぁいい、とりあえずは古泉だこいつがここに入ったのはいいとして
いつの間に日本に渡来してきやがったのか…

「ん、ドイツ?」

 近日同じ所から大々的に太平洋艦隊を利用して来日してきた奴が居た

「お前もあの船に乗ってたのか」
「ご察しのとおりです」

 あの場に居たということはあの戦闘に居合わせている筈だ
こいつがこの組織に関わっていてオーバー・ザ・レインボーに乗っていたというのが真実なら
戦闘時になぜこいつは俺達の前に姿を現さなかった?
表せられなかったのか? …怪しさ大爆発だなおい

「どうやら頭の回転数は以前より落ちてないようで、…少々困り気味ですね」
「ふん、まぁいい。今回はお前と探りあいをするつもりで来た訳じゃない」
「もちろんです、久方ぶりの邂逅の筈ですからね」

 もう一度肩をすくめ俺と話すために狭めた距離を再度取りガラスに寄りかかる
多分相当な分厚さを誇るガラスなのであろうとわかっていても
俺にはそんな恐ろしいことできないと思う

「ハルヒ」
「なによ? 修学旅行が明後日なのに仕度しなくていいわけ?
 あんたってずいぶん手際が良くなったのね、班長さん」
「この間のA-17の発令、N2爆雷の投下命令、――両方お前の指示だな?」

 ハルヒの言葉には耳を貸さずに間髪要れずに続ける
それに対してハルヒの態度は冷ややかを超えて冷淡であった

「当然よ、私の許可無くそんなことする奴が居たら頭を叩き割ってやるわ」
「…そうか」

 それだけ、それだけわかればいいんだ
嘘をつかれた訳でもなく、言い訳を紡ぐ訳でもなく
真実を隠す訳でもなく、御高説を垂れる訳でもなく

「ん? 班長?」
「あんたと私は同じ班よ、知らなかったの?」
「………そうか」

 俺は今度こそ背を向けて扉に向かって歩き出す
もう聞きたいことは聞いて言いたいことは言ったんだ
手際が良くない俺はとっとと残った修学旅行の作業を行わないといけないのだ
余計に神経使うことが増えたから胃痛薬でも入れとくか

「最後に一つ聞くわキョン」

 あと一歩で扉のセンサーが俺を感知して自動的に開くというところで
ハルヒの声が俺の動きを止める

「あんたはなんでエヴァに乗ってるの?
 複数存在する理由の中でなにが一番強い?」

 俺は、
 ・・・・
「今はまだ、お前との約束だ」
「…そう」

 俺は、部屋を出た

   2.

「おい、お前ら騒ぎすぎだぞ! お前らが暴れた所為で飛行機が墜落したらどうする!?」

 飛行機内部、離陸寸前というタイミング
俺は少々以上に人生の初フライトに神経質になっていた
飛んでるときはいいが、離陸と着陸が一番怖いというじゃないか

「あんたね、落ち着きなさいよ。エヴァでアクロバットやるのは平気で飛行機はダメってこと無いでしょ?
 そもそもあんたVTOL機とかはあれフライトじゃないの? なに? 小さいと平気な訳?」
「そんな矢継ぎ早に言うなよ、まるで責められてるみたいだ」

 こう戦闘機とかエヴァ用の貨物機とかと違って
運転してる人間も見えないし知らない奴だし、なんか漠然とした不安があるんだ
VTOL機は離着陸も静かでゆっくりだしさ、上下移動じゃん
飛行機って地面に特攻するように着陸するんだぜ? 怖いだろ普通

「なさけない男」
「情け深い男ではあるぞ」
「毛深い?」
「一部だけ取るんじゃない!」

 いきなりなんだそれ、俺はなんでいきなり自分の毛深さを誇ってるんだよ
知らないよそんな奴、友達になりたくない奴の上位認定だ

「あぁもう、あんたも十分うるさいわよ、黙れ馬鹿」

「団長さんはずいぶん口が悪いわよね、慎みってのを持ったら?」

「セカンドはもっと目上に対する態度を覚えなさい」

「ここではただのクラスメイトよ」

「なら副委員長に対する態度を覚えなさい」

「委員長さん、涼宮さんに委員長に対する口の聞き方を教えてあげてください」

「…え、あの、その」

「おい! そこでみなみにふるなよ」

 滅茶苦茶だった、どうにも柊とハルヒは馬が合わないというか反りが合わないらしい
確かに性格的に気が強い二人ではあるが…
というか基本的にこの班は全員個性が強い、俺が居ない間に組まれたらしいが
意図的というか恣意的というか、他の連中の悪意を感じるわけかただった

「おぉー、あやの見ろよ! すっげーな!」
「みさちゃんが窓を塞いでるから見えないわ」

 いつものコンビ

「あの、二人とも落ち着いてください」
「ごめんね岩崎さん、ただ涼宮さんがちょっとね」
「…ふん」

 ど突き合いコンビ+委員長

「…頼むから席にちゃんと座ってくれ」

 そして俺
なんかこれいつものメンバーというか
他のクラスメートがこいつらの面倒を俺に丸投げしただけだろ
この面子の班長って、なに、この三日間で精神過労で倒れるぞこの野郎

「ほれ、騒いどらんとちゃんと座り。そろそろ離陸するから危ないで」

 黒井教諭がそれぞれのシートベルトのチェックやらなんやらをしに
巡回中、離陸直前と聞いて尚更ダウナーになる

「おら日下部! 人の話をちゃんと聞け、座れって言ってんやろ」
「うーっす!」

 誰だ一番騒がしくて能天気な子を窓際の席に置いたのは
目的地に着く前に疲れそうなテンションを維持しちまってるぞ

「…みなみが同じ班なのがせめてもの救いだよな」

 今回左隣の席に座ってる一番の常識人であるみなみに声をかける
自己主張することがあまりないが、この面子の所為で彼女は本当に普通人だ

「わたしには少し荷が重いですよ」

 いや、俺にも重いから、一杯一杯だからな
持つというより乗っかってるに近い、耐えるのが限界

「でも…」
「ん?」
「一緒に持てば少し軽いです」
「…そうだな、頼りにしてるぞみなみ」
「はい」


 こっちを向いて少しだけはにかむみなみ

「中々見ないその表情に胸キュンのキョンであった」
「なに勝手に独白に変なもん混ぜ込んでんだ日下部!」

 いや確かに可愛いとは思ったが、胸キュンは死語だ
チョベリバなみに死語だ

「いや、でもそんな表情だったってキュン!」
「俺のあだ名が一層可哀想なことになった!」

 最悪の呼び方だ、なんだキュンって
いっそ殺してくれ

「いいんちょもそう思うよな?」
「えっと…」

 そこでみなみにふってやるなよ
困ってるじゃん、俺と日下部の間を視線がうろちょろしてるぞ

「はいはい、くだらないラブコメやってなくていいから」
「やってないからな、勘違いもほどほどにな
 で、日下部も座れな、あとで文句言われるの俺だから」

 本人に言っても意味がないとみなされてるから俺に苦情が来る
言われるうちが華というがなら日下部はもう見放されてしまったのだろうか
…それも可哀想だな、うん


 機内アナウンスが離陸開始を告げる
流石に騒がしかった機内が一気に静まりかえり
ジェットエンジンの音が徐々に大きく聞こえてくる
ゆっくりと機体が前方に動き出し滑走路を進む
この辺りからまた機内がざわめく
体育館で全員が座ってる時に隣の奴と小さな声で喋ってる時位にぼそぼそと聞こえる
なんか、「いま静かになるまでに五分かかりました」とか先生が言って来る感じ

「いやいやいやいや」
「なにようるさいわね」
「いやいやいや、怖いって」
「羊でも数えてなさい」

 眠くなったらどうする
眠っていて気付かない間に死んじまうと悪霊になるんだぞ
知ってるのかよ、そこんとこ

 ぐいっと引っ張られるように加速してく機体
あぁ、やばい離陸するぞと思う、いや本当になんで怖いのかわからんけど

「離陸終わったわよ?」
「…そうか、やっぱり大した事無かったな」

 ははは、と乾いた笑いを上げる俺
いやまったく困ったもんだね、ははっ


「おぉ、あやの! 飛んでるぞ!」
「そうね、飛行機だもの」
「UNOやろうぜ!」

 前後の台詞に一貫性がない日下部だった
しかし横と前の席に座ってるこんな状況でどうやってやるんだ?
飛行機の座席って中学の時の新幹線のように回転するのか?
…それはないだろう

「じゃあババ抜き」
「それならなんとかなるか」

 全員にカードを配りさえすればいいんだからな
山札とかがなければあとはどうとでもなる
…捨てるカードはどうなる?

「誰かに渡せばいいんじゃね? そうすれば闇のゲーム化することもないっしょ」
「あぁ確かにな」

 闇のゲーム、本来最後にJOKERのみが残るはずのババ抜きにおいて
誰かが間違えて二枚そろえずに出してしまうことによって起きるあまりのカード
決してそろうことなく延々と引き合うその姿は傍から見れば道化(JOKER)そのものという
悲しき血塗られ仕組まれたゲームなのだ
だがそれも確認者を作れば回避できる

「じゃあキョンがやれよ」
「はぁ? そこは言いだしっぺの法則の適応をだな」
「わたしだと見落とす可能性があるぞ」
「くっ!」

 自分の信用のなさを逆に利用するとは、あなどれない



「あ、なら私がやります」
「いいんちょ?」

 少し手を上げて言うみなみ
日下部は突然のみなみの珍しい行動に面食らったようだったが
すぐにかばんからトランプを取り出して手渡した
みなみを受け取ったそれを手際よくきってそれぞれに配り
まぁ適当な雰囲気でゲームが始まることになった

 飛行機でも酔うってことあるのかね?
エコノミー症候群なら聞いたことあるけどよ

   3.


「ついたわね、日本の南国に」
「あっという間だったな」

 まさしくあっというまだった気がする
ゲームに熱中しすぎたのだろうか

「琉球の中心地那覇か」

 当然俺達が住んでる第三より南な訳で
日光は景気よく降り注ぐし、太陽は破壊的なまでに元気だが
しかし湿度が低いお陰か不快指数の高い暑さじゃない

「サウナみたいなものよ、あれって気温というか室温は100℃に近いらしいわよ」
「湿度が高かったら全身に重症の火傷を負うな」

 だがじゃあ焼け石に水ぶっ掛けるのはどうなんだろう
めちゃくちゃ水蒸気じゃないか、湿度高いというかそのものだぞ

「だから場所によるんでしょうね、そういうのない場所は高いんじゃないの?」
「…そうか」

 そういや平然とハルヒと話してるな
先日あんなことを話したばかりだというのだが
場所というかそのステージの違いか

「とりあえずまずはホテルに行きましょうか」
「あぁ、荷物ももう行ってるらしいしな」


 白い一般的なそれより大き目のホテル
学校も無理をしたものだと感心しつつホテルにチェックインする

「403号室だそうです」
「鍵はみなみが受け取ったのか?」
「あ、はい、どうしますか」
「いや、みなみが持っててくれ」

 ざわざわと、がやがやと私服の高校生の集団があちこちに見える
本来平日の三日間を利用してるから他の客の姿は極端に少なく
いや貸切のようなのは悪くない、それに迷惑かける対象が少ないのは楽だ

「中学のときはホールの所に全員分の鞄がタグ付で置いてあったんだけどね」
「どうやら部屋に運んであるらしいな」

 まったくご苦労様なことだ
四階だの五階だのに百人近い人間の三泊分の荷物を運ぶとは
かなりの仕事量だったろうにな

「じゃあ早速部屋いこーぜ!」
「みさちゃん、多分そっちの階段じゃないと思うわ」

―――

「遅い」

 みなみが鍵を開けて部屋に入ると
なぜか既に長門が中で茶を啜っていた

「お前…いつの間に、ってかどうやって中に入ったんだよ!
 いま鍵開けたんだぞ!」
「あんた馬鹿? 鍵って中から閉められるのよ?」
「なっ! 知らなかったぁ!」

 ちっくしょう、大馬鹿かましたぞ俺…

「いや、それって結局解明できて無くないか!?」

 いま鍵が閉まってたのはいいとしてもだからどうやって入ったのか全然わかってないからそれ

「手品」
「手品ってたねあるもんだろ!?」
「ピッキング」
「夢も希望も無い真実!」

 知らないほうがよかった事実!

「あんたって冗談通じないのね」
「え、冗談だったか今の」

 いや、まぁ普通はそうとるよな
だけど他に解釈の仕様も無かったしさ

「窓から入ったんじゃないの?」
「いや、もっと危険だからそれ」

 出来るだろうけど、長門ならできるだろうけどさ

「まぁいいわ、私にもお茶淹れて頂戴有希」
「わかった」

 ポットからお湯を入れて茶を入れる長門
他の連中も別段普通に中に入り自分の荷物を確認してる
…俺だけがおかいしのか?
変人の国では常識人こそが変人か

「この後どうするんだっけ?」

 スケジュールをまったく把握してないことがばれる日下部の発言だった
俺は一応せめて班長として頭に入れた今日の予定を仕方なく告げる

「今日は比較的自由行動だな7時に夕食があるからそれまでに集合すれば自由
 明日は班毎に組んだスケジュールで市内を回り
 水族館やら美術館やらを覗く、後日レポートの提出があるから気をつけろよ?
 で、明後日は午前が自由で午後3時に飛行機で帰還って感じか」

 ということで今はまだ正午程度、慣れない飛行機や
ホテルまでの移動があったにしてもまだまだテンションがあがりゆくところである
市内探索をしてもいいし、沖縄の海も見に行きたいものだ

「泳いでいいのかな?」
「自由時間内で遊泳していい範囲ならいいんじゃないか?」

 知らんけど、一応自由とついてるんだ
女神の松明の名の下に好きに泳ぎ回るがいい
俺は見るだけでいい、いや、花火をやるのもいいかもしれない
絶対持ってきてる奴いるだろうし、そこらで売ってるだろう

「なら暗くなったら花火やろうぜ!」
「酷く身近にいたなぁ…」

 まぁいい、手間が省けるさ
それにこういうところはなんでも高いのがセオリーになってる
缶ジュース200円は馬鹿にしてるだろ
あとロングビーチ内のマクドナルドとかケンタとか
足元見やがって、見たと同時に砂浜の砂で目潰ししてくれる

「でもあんまり遅くまで外でれないんじゃないの?」
「確かに花火が綺麗な夜になることにはホテル内に居ないとまずいだろ」

 消灯10時って近頃の高校生を舐めてるだろ
その時間からが遊び時だ、補導されるけど

「ならベランダでやったらどうだ?」
「…見つかったら怒られるんじゃ」
「いや、でもどうにかなるんじゃないか?」

 カーテン閉めて全員外に出てればばれないだろ、多分
折角目の前に花火があるんだ、やらないのもあれだろう
健全な高校生として間違ってるぜ

「もう、花火の話はあとでいいじゃない、いまは昼にしかできないことをやりましょ」

 あやのが少し怒ったように眉を寄せて言う

「そうだな、昼飯もまだだしな」
「なんか沖縄ならでわの物食べたいわね」
「チャンプルー系?」
「そういうの、ゴーヤとかヤンバルクイナとか」

 天然記念物級の珍しい鳥を食う柊だった
イリオモテヤマネコも食っちまうんだろうか?

「ヤママヤー」
「ん?」
「イリオモテヤマネコの呼び方」

 沖縄の言葉だろうか、うちなんちゅとかシーサーやいにーびとか
ここは本当に日本とは思えない言葉で正直独語や英語より俺には難解だ

「西表島にも確か行けるわよね?」
「まぁな、コースに入れてる連中もいただろう」

 その代わりそれだけで明日の自由時間をかなり使ってしまうので
数まわるのは厳しくなる、そのため俺達は西表島はスルー
興味はあるがしかしどこもかしこも知らない場所なのだから
一々金も時間もかけて離れた小島に行く必要もないだろうと思うし

「じゃあ少しあたりをうろついてみましょうか」
「だな、土産屋とかもよさげなの見つけておかないと三日目になって適当なもの買うのも嫌だしな」

 こなたや喜緑さん達に渡す土産とか色々あるのだ
結構人数がいるから被らない様に変なものにならないように慎重に選ぶ必要がある
特にこなたは何度も土産を頼むと懇願していたからな
適当にするのはこちらの心情的にも嫌だし、あとからこなたに文句言われるのも嫌だ

 まったくあげる側なのに文句言われる心配をする羽目になるとは
もっと楽しい理由で吟味したいものだ

「ってか柊や長門とかも土産頼まれてたろ? ハルヒは?」
「私は部下連中には一通りあげるつもりよ
 森さんとか古泉君とか、オペレーターの子とか、こなたや江美里にも」

 …こなた、みんなから貰うのかよ
ちょっとその辺抑えとけよ自分を

「土産代も馬鹿にならんな」
「私達は家族に買ってけばいいだけだけどね」
「いんや、仕事で人間関係が増えると大変ですなぁ」

 お前達も二年後には社会人だということを忘れるなよ
大学行ったら行ったでやっぱり高校までとは比べ物にならない人間関係の構築をせなければならんというし

「まぁいいじゃんか、土産をやろうと思える人が多いのは悪いことじゃないべ?」
「……確かにな」

 ここにくる少し前の俺ならば、確かに土産なんかやる奴一人足りとて居なかっただろうしな
家族や友達や同僚や、そういうのが増えたのは確かに喜ばしいことか

   4.

 さー、と火薬と火花が流れる音と
それにあわせて緑や赤や千差万別な色とりどりの光が周囲に舞う

「すっかり子供ね」

 少し離れたところで、ハルヒはおかしそうに笑う
俺はハルヒと手持ち花火を振り回す連中の中間の位置でバケツを守護してる

「いいんじゃないか? たまにはこういうのも」
「なら、あんたもやればいいじゃない」

 たくさんあるんだからなくなるには時間かかるわよ? と
そう俺に言って顎で花火の山を示すハルヒ

「遠慮しとくよ」
「あらなに? ビビリなわけ?」

 花火を怖がるとか、子供じゃないんだからと
言おうとして、子供という言葉が表す範囲に少し戸惑う
先ほど子供だからはしゃぐと言って、次に子供だから怖がるといって

「まぁ、天邪鬼で矛盾することも平気でやってのけるのが子供だからな」
「あんたも天邪鬼よね」

 そうだろうか? そうなのかも知れない
けれど今は俺が天邪鬼かどうかは幸いにして考える必要の無い場面だった

「キョン、これ面白いぞ!」

 日下部が一つ、カラフルに色が変わる花火を持ってやってくる
どうにも思考能力が幼稚らしくその七色の火花が思いっきり俺にふりかかる

「あつっ! 半袖にそれは危険極まりない!」
「あっ、わりぃなキョン」

 わりぃ、じゃねぇよ! 失敗失敗みたいに舌出すな馬鹿
いいから早く花火をどっかに向けろ、じゃないとバケツを頭から逆さに被せるぞ

「ほら、も少しあんたも考えたら?」
「あ、あぁ、でも終わっちゃったぞ?」
「終わるまで俺に火花をかけ続けたということでもあるな」

 あとで風呂に入りなおしたいものだが
しかし入浴時間が決まってたりするからな
隠れて行くのは面倒だな、見つかったとき色々

「ハルヒももう少し早く日下部を止めてくれよ」
「あら、なに勘違いしてるか知らないけど、私はあんたに言ったのよ?
 日下部が馬鹿なのはわかってるんだから自分が動きなさいよね間抜け」

 酷い言われようだった、だがしかし俺がその場に固定されてる訳じゃないんだから
確かに俺が逃亡すればよかったのは歴然たる事実だ

「本当にあんたって馬鹿ね、相当の馬鹿よ
 降りかかる火の粉を払い除けもせず甘受してるなんて生物としての危機管理にかけてるわ
 ただちょっと身を捻れば逃げられるというのにそんなことも考え付かないなんて
 もしかしてあんたってマゾヒストの気があるんじゃないの?
 だったら私がこうやってあんたに説教してるのもあんたは喜んでるのね、おぞましいわね」

「お前の口から出る言葉はまるで花火だな!」
「なに? 華々しく儚い?」
「人に向けちゃいけないって言ってんだよ!」
「おぉ、キョンいま上手いこと言ったな!」
「お前はもうあっちで花火やっててくれ!」

 正直花火をやってないのに汗をかいてきた
水の入ったバケツに足を突っ込んで見るか?
試しに俺は指を突っ込んでみる、まだ花火は投下されてないから綺麗です

「…温いな」
「あんたなにやってんの?」
「わからない」

 なんだかこうしなくちゃいけない気がしたんだ
そろそろそんな時期だと、そう思ったんだ

「…これ」

 ふと自分自身の謎めいた行動に頭を抱えてる俺の元に
長門がなにやら珍しい小走りで近づいてきた

「あぁ、線香花火な」
「…」
「やってみるか?」
「…」

 小さく頷く長門、しかし線香花火とは
期待を裏切らないチョイスである、本当に

「どれ貸してみろ、このままじゃなくてほどかないとダメだぞ」

 一度十本の束で火をつけたこともあるが
大変な目にあいました、でかい火球ができてあっというまに落ちた
残ったのは虚しさのみという

「…」
「ほら」

 二箇所をとめてるテープを剥がしてうち一本を長門に渡す
俺はポケットからライターを取り出して火をつける
これは結構危ないんだけどな、花火から逃げようとして斜めにすると
ライターの炎に指をあぶられるという二重の罠

「…」
「あぁ違う違う、火をつけるのは反対だ」

 ありがちなミスを犯しかける長門
へろへろしてる方が持ち手なのだ線香花火は
わざわざ俺が間違えないように渡したにも関わらず向きを入れ替えやがって

「…」

 ちりちりと、ぱちぱちと、はらはらと、ぱらぱらと

ゆっくり火花を散らして大きくなっていく紅い玉

 ちらちらと、ぱたぱたと、きらきらと、さらさらと

俺とハルヒの更にあいだで
華々しく明るく開く火の花から離れて一人
長門が静かに黒い瞳に火球を映す

「…綺麗」
「そうだな」

 ぽつり呟いて反対の手で花火に指を伸ばす長門

「触るなよ?」
「…………わかってる」

 本当に純粋で、少し無知な長門に自然と笑みがこぼれた

「…いや、本当に触るなよ?」
「………わかってる」

 少しだけ残念そうに指をようやく引っ込める長門
ケラケラとそのやりとりを見て笑うハルヒ

「んだよ?」
「あんた達って親子?」

 肩をすくめてヘラヘラとシニカルに笑うハルヒに
答えず長門に目を戻す、火球から飛び散る火花は相当少なくなり
そろそろ落ちるだろうと俺が思うと同時に静かに音も無く儚く地面についた

「もう一つやるか?」
「…やる」

 名残惜しそうに先の無くなった線香花火を見る長門に
先ほどバラした線香花火を手渡す

「…ってかなんか煙いな」

 風に流れてやってくる煙が一気に量を増した気がする
俺は長門から目を離して…なんだあれ?

「おい、お前らなにやってんだ!?」
「キョン! 袋が燃えたぜ!」
「いいから消せ! 焦げ跡がついたらどうするんだ!」

 あくまでもホテルの広いテラスだということを忘れてはならない
しかも修学旅行中の隠れてやってる火遊びだということも
こいつらはなんだ、停学の一つも食らいたい年頃なのだろうか
バケツを持ってきてすっかり煤けた水を少しかける
一気にひっくり返して燃えカスが広がったら余計に片付けに手間が掛かるので慎重に

「おまえら…柊やみなみもいんのになにやってんだよ」
「いやぁ、面目ないわ」
「本当に跡形もねぇよ」

 どうやら白いタイルが黒く煤でやられることも無く
一応ゴミをきちんと片付ければばれないレベルだ

「とりあえず汚い水は流して周囲に灰が残らないように
 ゴミはビニール袋三重にして明日にでも捨てること」
「う~っす」
「だるそうに返事すんな!」

 まったくどいつもこいつも俺にお母さん的発言をさせるんじゃねぇよ

「長門、線香花火も終了だ。片付けに入るぞ」
「ん」

 聞き分けがいいのは長門だけか?
というか、見るとすでに線香花火をやりきっていた
って、線香花火の火が下に落ちればそれは当然…

「うわぁぁぁ!」

 なんてこった! タイルがそれこそ焦げる!
俺としたことが! なんてこった、これは言い訳が聞かない!

「うっさいわね、あんたが一番うるさいんじゃない?」
「いやだって線香花火…」
「あんたと違って私はその辺の手際はいいのよ」

 袋に入ってる厚めの型紙が下に引いてあった
しっかりばっちり、あら素敵!

「あぁ、それはそれはよかった、まったくお母さん寿命が縮まったよ」
「あんたって、ちょくちょく自分でネタ挟むわね」

 どうでもいいけど、っと吐き捨てるように言われてしまった
いや、だってそうでもしないと焦った自分が恥ずかしいじゃないか

「班長、片付け終了しました!」
「汚れた水を流してバケツの洗浄も終了したわ」
「はいはい、あとは空気入れ替えて匂い消せば大丈夫か」

 目が煙でしょぼしょぼする

「でも思ったより虫寄ってこなかったわね」
「花火の煙は虫除けにもなるからな」

 部屋に戻って窓を網戸にして開け放す
布団は既に敷いてあるがにおいついてないだろうな

「今何時だー?」
「えっと、十時ちょっとすぎた頃ね」
「ならトランプ麻雀やろうぜ!」

 布団の上にトランプを広げて次の遊びを提案する日下部
正直見てるだけで疲れた俺としてはちょっとばかしハードなのだが

「保護者が先にねちゃダメでしょう?」

 とハルヒが横になって欠伸をしながらそう言った所為で
結局付き合う羽目になった、なんで修学旅行の夜ってこんなに無駄に夜更かししたがるのだろう
眠いのに

「…眠い」

 なにが悲しくて眠い目擦ってトランプ麻雀なんだよ?
頭が回んなくて負けが続くぞこの野郎
ノーレートじゃなかったらかなりの損失を被ってる

「ストレートで上がり! ツモのリーチの一発!」
「あー、はいはい四点か? なら柊だけ二点払いな俺とみなみは一点」

 ハルヒとあやのは既に就寝、現在午前1時
家でのんびりしてるならともかく心身ともに疲れた俺は早く寝たいんだが
ただでさえ早寝早起きの習慣がこなたと柊の所為でしっかり身についてるというのに

「眠い、ぞ」
「キョンさっきからそればっかだな!」
「むしろ俺としてはこの状況に憤りを感じる所だよ
 俺に大声を上げる場面じゃ決して無いということを明言するぞ」

 俺が可哀想だ

「長門、タッチだ。ルールは大体わかったろ?」
「問題ない」

 ルールを知らないという理由で感染していた長門と急遽抗体
…眠気で頭がまわらん所為で文章がちょっとあやふやだった

「初心者でも手加減しねーぞ!」
「…」

 あとは勝手にやってくれと言った感じで俺は布団に横になる
明日も一日こんな面倒に付き合うと思うとそれだけで倦怠感が襲ってくる

「長門なら手加減しなくても十分いい勝負するだろうさ」

 俺はそれだけ言い残して眠るように死んだ
じゃなくて死んだように眠った

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最終更新:2008年07月07日 12:26