1.


「作戦は午前零時丁度決行」

 長門は本を捲くる手を止めずに言う
目は本の上の活字の上を行き来しながら
しかし口は淡々と作戦概要を話す

 こなたから聞いた話によるとあの敵は空中要塞そのものらしく
一定距離内の邪魔なものをあの波動砲さながらの攻撃を消滅させているという
”破壊”でなく”消滅”というその言葉選びのチョイスがすでにその威力を物語っている
また威力偵察のための無人戦闘機が導き出したその一定距離の範囲は約半径30km
その結界とも言える範囲外には攻撃は届かないのかと言えばそうではなく
自走式の長距離砲を使用して範囲外からの攻撃を試みた際に
強力なA.T.フィールドを展開、攻撃をまるで輪ゴム鉄砲のようにあしらい
後にしっかり”消滅”させたらしい

 伝聞の情報のためいささか頼りない説明になってしまったが
しかし頼りないだけでこれは事実だ

 つまり結界内に入り接近戦に持ち込もうとすればアウト
しかし少し距離を置いた程度では相手の攻撃は届きこちらは届かない
あの攻撃が届かないほどに離れればこちらに攻撃手段は無い
「無敵要塞、しかも浮遊城かよ」というのが俺の感想

 RPG要素が多いことであるが
しかしたった一つだけ攻撃手段があるとこなたは言う
それがいま長門が読書の片手間にスケジュールを説明している
作戦、『ヤシマ作戦』(こなた命名)だった、個人的には与一がヒット



『ファースト並びにサードチルドレンは本日17時30分ケイジ集合
 18時00分エヴァンゲリオン初号機および零号機起動
 18時05分出動、同30分二子山仮説基地に到着
 以降は待機、明朝日付変更と同時に作戦決行』

 現在17時31分 ケイジ

「初号機とキョン君にはG形装備に初号機を換装した上で砲手を担当してもらい
 零号機と有希には防御担当をしてもらうわね」

 喜緑さんは眼鏡を片手で押さえながら書類を読み上げる
白衣が揺れる

「防御担当って…一体どうやって?」


 こなた提案の作戦は単純なことだった
相手の攻撃の届かない場所から攻撃するだけという俺が頭をよぎらせたものだった
ただ違うのは俺は攻撃手段が見つからず、こなたは他所から調達してきたこと
しかし万一のための防御担当ということだが
あの攻撃を一体どう防御しろというのか?
俺の疑問に喜緑さんは親指で後ろを指してひどく簡潔に述べた

「盾でよ」

 宇宙船の底に取っ手をつけて電磁コーティングした急造の盾
口にすると酷く適当で荒く乱暴であるが、しかしあの敵の攻撃に17秒持つとらしい
そして攻撃、敵のあの強力な攻撃すら届かないと計算された距離から攻撃できる武器を
こなたがどこから持ってきたのか?

 俺が始めてここにきたときに吹き飛ばされた地雷の持ち主だった
陽電子砲、ポジトロンライフルという名前のそれをこなたは超法規的機関の力を利用し
半強制的に徴発、エヴァ仕様に改造してこの作戦の攻撃に当てた
そして日本中の電力をかき集め敵のフィールドを超長距離からぶち抜いて
敵そのものを破壊することの出来るエネルギーを作り出す
大胆不敵電光石火とはこのこと

「陽電子は地球の重力や自転、周囲の磁場等が関係して直進しません
 だからその誤差を修正するのを忘れずに」
「まぁマークが重なった時に撃つっていういつもの形式でいいんですよね?」
「そうよ、ただ計算に多少の時間がかかるわけ。正確にはわからないけど3秒程度
 さらに充填、ヒューズの交換、冷却。一発撃つのに約21秒はかかるからそのつもりで」

 盾は17秒しか持たないって言ってたじゃないか
それで防げる内になるのか?
少なくとも、一発目を外したら二発目は時間的に不可能だ

「厳しいな」
「かなりね」

 二発目は考えないほうがいいのだろう
一発目に撃った陽電子の反応によって計算は更に時間がかかるし
そもそも一発目を外した場合、狙ってるのが都市上空の神人である
都市は俺の手によって壊滅しかねない

「自分とその周りだけでも一杯一杯なんだよ、お前らのことなんて背負えねぇぞ俺は」

 やりきれないが、しかしやらなくちゃならない
俺は足を突っ込んだ、もう抜けない
喜緑さんは腕の細い腕時計をみ、それから

「時間よ、二人とも準備して」

 いつも変わらない温和な笑顔を崩さずにそういった

 陽はとうに落ちきってる11時30分現在
電気を集めて停電してる街は完全な暗闇に包まれている
二機のエヴァと俺達が居るタラップだけがライトで無為に照らされて
まるで自分達がスポットライトをあてられて舞台に居る錯覚すら起こす
台本のないストーリーなんてありきたりで陳腐な言い回し俺は好きじゃないが
しかしいま演じてるものをなにと評するかと問われれば似たり寄ったりの言葉しか浮かばない

「長門、は、なんでエヴァに乗ってるんだ?」

 このまま暗闇を見ていると、下手すると無意識に立ち上がり
この数十メートルあるタラップから身を躍らせてしまいそうで
俺はなんとなく、ただ聞くタイミングがつかめないでいた質問を長門にしてみる

「怖いと、思わないのか?」

「わからない」

 怖いということがわからないのか
怖いかどうかがわからないのか
俺には判断しかねる答えだった

「あなたは怖い?」
「俺は、怖いよ」

 山を越えて向こう、街に鎮座する敵に恐れを抱き
またそれと正面切って戦うことの出来るエヴァに恐れを抱き
自分自身もまた戦わないといけないという状況に恐れを抱き

「俺は怖いものばっかりだ」
「怖いは、嫌?」
「嫌だな、痛いのも嫌だし、本当は戦うなんてしたくもないんだ」

 俺は戦いに慣れるのがなによりも一番怖い

 違うな、俺は戦いにはとっくに慣れてる
戦いに慣れ親しむのが怖いんだ

「…」
「ん?」

 長門は何か言いたげに
そして俺を珍しく興味を持ったような目で見ていた
べつに読心術をできるわけなんてないのに
俺は自分に毒づいて

「でも俺は自分の周りの人間を守りたいから」

 少し強引に話をまとめてかかる

「私は…」

 俺が自分のことを少しだけ語ったことに対する返答か
長門は迷いを見せて口篭った物の訥々と喋りだす

「私は、守りたいと思う気持ちがわからない」
「私は、怖いという感情がわからない」

 まるで読み聞かせの朗読のようなゆっくりとした速度で
長門は言葉を紡ぐ


「私には…”なにもない”」

 ピピピッ、とスーツの機能であるアラームがなる
零時五分前の合図だ

「作戦決行」

 ぼそっと呟いて立ち上がる長門
待機したままの零号機に乗り俺に振り返る

「あなたは大丈夫、私が守る」

 俺のはっきりとそういった長門の表情は
角度の問題か暗くて読むことができなかった
俺は、一拍置いて、プラグに乗り込んだ

   2.

「キョン、用意はいい?」
「問題ない」

 自分がいつも使ってるヘルメットのような
頭から顔の上半分までを覆う標準をあわす為のG型狙撃用ソケット
その隅に見える小刻みに変動する数字はことが順調に進んでることをあらわしている

「世界中の電力がいまキョンの腕の中にある。任せたよ」
「…あぁ」

 俺に任せとけ! なんて熱い台詞を吐けるほどに俺は今の状況を楽観視していない
山にうつ伏せになり長い砲身のポジトロンライフルは電力が集まり熱を発する
横に長門の零号機が中立ちになり盾を持っていつでも俺の前に飛び出せるように待機している
狙うは一点、敵の中心にあると思わしきあの紅球

『目標を中心に広範囲に高エネルギー反応!』

 発射可能まであと7秒
スピーカーから臨時発令所の声が聞こえる
…間に合うか?

 敵はその正八面体の身体を質量保存の法則を超えて形状を変化させる
立方体になり、周囲に針を伸ばすうにの様な球体になり
やがて上下二つに分かれて小さな正八面体が一つの頂点を合せ浮かぶ
その中心が白く淡く輝き、ゆっくりと光度を増す

「発射!」
「あたれぇぇぇ!」

 声と同時に逆三角の形をしたマークと
三角形の頂点から中心まで線を描いたような逆Y字が重なり電子音が鳴る

 俺は重い引き金を引き、強い衝撃が肩と顎にぶつかり後ろに跳ね上がりそうになる
が、そのおかげで見えてしまった
敵が完全に同時でレーザーを撃った所為でその二つの攻撃は
お互いに干渉し合いお互いを引き寄せて反発して、軌道はズレにズレて
まったく関係ない位置に着弾して火を吹き上げる
不幸中の幸いか、都市内に着弾することはなかった

「しまった!」

『第二射急いで!』

 声に反応して撃鉄を起こしヒューズを新しいのに入れ替える
同時にライフルに籠もっていた熱気が湯気となって周囲に散る

『再充電開始!』

『銃身冷却開始! 全冷却システム出力最大へ』

『第七次最終接続、全エネルギー再度ポジトロンスナイパーライフルへ』

『目標内部に再度高エネルギー反応!』

 敵はさらにその身体を地面に繋がった一部を除いて
形状を変化させる、溶けるように、溶けるように
そして宝石のような形状になる、宝石のもっともありがちなカット
上部が平たく下部が細くなり鋭く尖る形状
その尖った部位をこちらに向けて、尖った部分がゆっくりと均等に七つに開く
まるで口のように、まるで花が開くように開放された部分に先ほどと同じように光が集まっていく

「再計算はまだか!?」
『あと19秒!』

 なら間に合うか?
盾は17秒、現在19秒-α
ぎりぎりではあるが先に撃たれてもなんとか二射目が撃てる

 バッと零号機が盾を構えて初号機の前に出てくる
そして盾にぶつかり弾ける敵の陽電子砲

「長門!」

 通信は繋がってるはずだが、しかし返事は無い
返答する余裕がないのだろう

 その間にも盾はみるみる内に溶けていく

「くそっ! あれじゃ17秒も絶対に持たないぞ!」
『敵の攻撃の出力が計算を遥かに上回ってるの!』

 盾が手抜きだって訳じゃないってことか…
まだか……残りの数秒が長い
敵の攻撃が誤差修正の計算に影響を及ぼしてるのか
予定以上にかかりマークがやっとのこと重なる

「いけぇぇ!」

 二度目の引き金を引く、零号機の横をとおり敵の攻撃の残滓を切り裂いて
陽電子は空中要塞へ一直線へ向かい、貫通する
敵は甲高い叫びのような音を立て宝石の形を壊し、元の正八面体に戻る
その中心には、太い穴があいて向こう側が見えていた

「まだだ!」

 敵の攻撃がやみ、長門の零号機は崩れる
盾は完全に消滅してしまい、零号機の表面も溶けている
だが、仲間を振り返るのは敵を殲滅してからだ
だから今はまだ”その時じゃない”

 敵の中心に空いた穴からは無傷の紅球が半分顔を出してるのが見えた
俺は初号機を立ち上げ、ライフルを投げ捨てて山を走り下る
黒板を引っかくようなひたすらに高い叫びをあげ続ける神人

「うるせぇ! ソプラノ歌手にでもなってろ!」

 耳を鋭く刺す声に痛みすら覚えつつ
俺は一気に敵まで距離をつめる
 ゆっくりとであるが修復しつつある貫通した穴
俺はそれをこじ開ける様に無理やりフィールドを中和して右の腕を穴にねじり込み
そのまま地面に穴を開けてジオフロントの直上に接近してたそれを蹴りで叩き折り
本体を地面に叩き伏せる

「見つけた!」

 硬い球体をつかんだ感覚を得、俺はそれを力任せに引っこ抜く
神人は一層高い声をあげてそしてその後に完全に沈黙した
右手に残る完全な状態の紅球は過去の二体の物のように黒ずむことなく
紅いほのかな輝きを保っている

『ちょ、ちょっとキョン君!』

 喜緑さんからふいに通信が入る
やけに焦ったような初めて聞く声色で、次にウインドウが開きやはり焦った様子の喜緑さんがうつる

『そのコア壊さないように回収して欲しいの! すごい研究材料よ!』

 俺は右手の紅球をつかむ力を強める
それを見て取った喜緑さんがさらに焦ったように俺を捲し上げる

『あのね? えっと、気に障った?
 ほら、その、敵の知るのは兵法の基本で
 お願いだから壊さないで!』

 喜緑さんがだだっこだった
やべぇ可愛い

『えみりさん! そんな場合じゃないでしょ!』

 こなたの叱責を食らった
いや、実際は俺は食らってないのだが考えてたことを垂れ流しにしてれば
確実に俺のほうが怒鳴られていた

 だが実際そんな場合じゃない
俺は紅球を手近な武装ビルの前に置いて山に駆け戻る

「喜緑さんコアそこに置いときましたから!」
『ありがとうキョン君!』
『だから!』

 山の山頂に横になる零号機
人間ならばケロイド状態になる火傷
溶けた機体から蒸気が吹き出ている

 俺は初号機で零号機のプラグが入ってるところを覆う部品を引き剥がす
同時にエントリープラグが強制射出されて中からLCLが吐き出される
それを確認して俺は初号機から降りてプラグに駆け寄る

「長門!」

 加熱したハッチがスーツ越しに手のひらを焼く
この中に長門がいると思うと焦りが強くなる
ハッチのバーが一周し開くと中からも熱い水蒸気が上がる
ホールドされたコクピットがずれ長門のぐったりした体が横たわってるのが見える

「おい! 大丈夫か!?」
「…」
「長門!」

 声を二度三度かけると長門はゆっくりと身体を起こす
頭を振って額に手をあててからこちらを向いて

「問題ない、…が」
「どうした!?」
「眼鏡が壊れてしまった」

 LCLに熱で歪んだ眼鏡が静かに沈んでいた

「無いほうが可愛いと思うぞ」
「…そう、あなた」
「なんだ? やっぱり怪我してるか?」
「私はしてない、でもあなたはしてる」

 長門はゆっくりと身を乗り出してハッチに手を掛けてる俺に顔を寄せる

「泣いてるのは、痛いから?」

 長門は俺の頬に人差し指をあてがい
そっと俺の顔を撫で、そして離れていく長門の指

「濡れてる」
「LCL…だろ?」
「違う、だって、あなたは辛い顔をしてる
 どこか痛い?」

 長門は首をかしげ、眼鏡がない所為で俺の顔が見えないのか
さらに顔を近づけて問う、息が俺の首にかかる距離

「心が、痛かった、かな」
「心?」

 精神的面で薄弱、人間強度
俺は、他人に協調する

「長門があの攻撃を食らって、もしかしたら死ぬかもしれないと思ったら。痛かった」
「なんで?」
「長門が好きだからだよ、大切だから、辛いんだ」

 俺は長門の腕を引っ張ってプラグの外に連れ出し
そして月と星だけしか光の無い街に向かって山を下っていく

「それにさ、長門になにもないなんて、そんなことないんだよ」
「なぜ? なぜそんなこと…」
「少なくとも俺が居る、俺はお前を感じて思っている
 それはなにもないことか?」

 長門は立ち止まりかぶりを振って答える

「違う」

「だからなにもないなんて言っちゃダメだ。それは…」

 それは俺だけの言葉だ、なにもないってのは俺のことだ
だからその立ち位置は誰にも譲れない

「あなたは、とても感情が豊かね」

 長門は立ち止まったまま俺の顔に手を伸ばして
また触れてきて、そして少しだけ羨ましそうに言う

「その逆は言われたことがあるけどな」
「笑い方を、教えて欲しい」

 それは逆を返せば笑うことを知らないということ
ならば教えてやる、俺は長門がないなら与えてやる

「いいとも」
「どうやって私は笑えばいい?」


「長門、その表情が、笑ってるって言うんだ」

 満月より少し欠けていて月を背景にして
薄く微笑む長門は、多分、俺がいままでみた光景で、一番美しいものだった

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最終更新:2009年06月01日 03:22