銀河共和国元老院議長、いや、いまや銀河帝国の皇帝となったシスの暗黒卿、ダース・
シディアスことパルパティーンは目の前で起こったことがにわかには信じられず、彼にし
ては珍しく呆けた表情を浮かべていた。

パルパティーンの新しい弟子ダース・ベイダーは死闘の末にジェダイマスターのオビ=
ワン・ケノービに敗れ、四肢と大部分の循環機能を失った。
瀕死のヴェーダー卿を回収し、長時間に渡る再生手術を施して機械人間として彼をどうに
か蘇らせた矢先にそれは起こった。
装甲服にヘルメットと黒マント、銀河中を恐怖させるべきダークサイドの化身として生まれ
変わったヴェーダー卿の肢体を拘束した手術台。
その手術台が水平から垂直に立ち上がる最中、突如として現れた光のゲートの中にベイ
ダー卿の姿が掻き消えたのだ。
主を失った手術台だけが、仰々しい機械音と共に空しくパルパティーンの前にそびえ立っ
た。



ヨーダやオビ=ワンら生き残ったジェダイの騎士の仕業かとも思ったが、いかに強力な
フォースの使い手であれ、彼とヴェーダー卿が共にありダークサイドが支配するこの場
所でこんなまねをするのは不可能なはずだ。
「…今の、なに?」
「サア…」
思わず発したパルパティーンの問いかけに、ベイダー卿の手術を担当した医療用ドロイド
が、自分の命が済んでの所で助かったことも知らずに首を傾げた。

遠い昔、遥か彼方の銀河で・・・




(なんでなんでなんで?なんでなのよ、もうッ!)
――ここは始祖ブリミルに愛された地ハルケギニア。歴史を誇るトリステイン王国の、これ
また由緒正しき魔法学院。
その敷地の外れの丘で、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは頭を抱
えていた。

「何これ…?」
「亜人?」
「こんなの初めて見るけど」
「ゼロのルイズ涙目wwwww」


『見てなさい、あんたち全員でも及ばないほど神聖で美しくそして強力な使い魔を呼び出
してみせるわ!』
昨日の大見得が頭の中でリフレインする。サモン・サーヴァントだけは得意だなんて、言
うんじゃなかった。
クラスメートのヒンシュクを買った大爆発の挙句、ルイズの目の前に姿を現したのは、地
面に大の字に横たわる黒ずくめの人影だったのだ。
「こここ、こんなのが神聖で美しくそして強力な…?」


「コーホー」


大きい。身の丈2メイルは優に超える。
体躯では他の亜人種には及ばないが、指先までみなぎる迫力は引けを取らない。
驚くほど精巧で光沢を放つ頭部はどこか人間の髑髏を思わせる禍々しさで、全身を覆う
皮膚は多少の熱量なら跳ね返しそうだ。
生意気にもメイジのような黒マントを羽織っている。
胸部に付属する謎の器官が絶えず光を発しているのが、なんとも言えず不気味だった。
そして全く狂うことのない一定のリズムで、くぐもった呼吸音がやけに大きく響き渡るのも
不快さをつのらせた。


「こ、これは…」
博学で鳴らすミスタ・コルベールも首を傾げていた。
当然だ。どんな文献にもこんな生物の記述はない。
人間なのか亜人なのか、それとも全く未知の生物なのか・・・


ベイダー卿ことアナキン・スカイウォーカーが目を覚ますと、かろうじて記憶のある手術
室とは全く違う風景が広がっていた。
生い茂る草の原と、薄い雲の浮かぶ抜けるような青空。
いつか滞在したナブーの景色にも似ている。
しばらく見ていなかった強い日差しが眩しくて、マスクの光学センサーごしに網膜が焼か
れる思いがした。


自分がどんな手術を受けたのかは概ね把握していた。
失った両手足の代わりをなす強力なサイバネの義肢。
溶岩に焼かれて呼吸の機能を喪失した皮膚と循環器系をカバーするべく、肺の代わりに
ボンベとマスクが取り付けられていた。
さっきから耳障りな「コーホー」という呼吸音が、実は自分のものであることに気づいたとき、
ベイダーもさすがに泣きたくなった。



フォースの使い手としては、何よりも生身の体をほとんど失ってしまったのが痛い。
フォースの意志を伝える媒介となるミディ・クロリアンの絶対数が激減してしまったからだ。
ジェダイを殲滅した後、皇帝をも倒して銀河を手中に収めるという野望が遠のいてしまっ
たことを、自信家のベイダーも認めざるをえなかった。
二人で銀河を支配するはずだったのに。

――ふたり?
――だれと?



不意に、誰かがこちらをのぞきこんでいるのに気づいた。
桃色の髪に黒マント。白いシャツと短いスカートを身に着けた小柄な少女だった。
とりあえず彼の脅威にはならなさそうだ。
脳裡にかかった靄が急速に晴れていくのを感じた。
サイボーグならではの予備動作のない動きで、ベイダーはすばやく身を起こした。
光学センサーの受像範囲一杯に少女の驚いた顔が広がる。

「パドメはどこだ?」
地の底から響き渡る悪夢の如き声だった。


黒い人影が突如身を起こしたことに驚いたのは、一番そばに立っていたルイズだけでは
なかった。
その瞬間、興味津々といった風情で二人の周りを円状に囲んでいた魔法学院の生徒達も
一斉に飛びのいた。
メイジの常として、何人かは咄嗟に魔法の杖さえ構えていた。
青い髪と眼鏡が特徴の雪風のタバサもその一人だった。
「珍しいわね、タバサ。いっつもクールなあんたが反射的な行動するなんて」
隣で感心したように言う親友のキュルケに、タバサは視線さえ送らずに一言応じた。
「危険人物」



「あ、あんた、喋れるの?」
半身を起こした黒ずくめの人影と、上体を傾ける格好のルイズの視線はほぼ同じ高さ
だった。
その、全く表情の変化しない落ち窪んだ眼窩に見つめられて困惑しながらも、ルイズは
幾分安心していた。
喋れるということはかなりの高度な知性を具えた生命体だ。極めて稀ながら、そういった
幻獣が存在していることは確認されている。
少なくとも、この中の誰が召喚した使い魔にも引けを取らない希少種には違いない。
いつものように「ゼロのルイズ」と馬鹿にされるのは回避できるかもしれない。
この凶悪な姿は置いておいて、だが。



黒い人影はゆらりと立ち上がり、ルイズを見下ろした。
153サントしかないルイズと2メイルを越える彼とでは、大人と子供以上の差がある。
「パドメはどこだ?いや、まずここはどこだ?コルサントではないな?」
黒い巨人が繰り返した。口らしき部位はあるものの、そこを全く動かさずに発声している。
「ぱ、パドメって誰よ?ていうかそもそもあんた何者?」
圧倒的な存在感を示す人影相手にルイズがかろうじて退かずにいられたのは、貴族として
の矜持以上に、サモン・サーヴァントのゲートをくぐってやって来た者は使い魔であり、自分
はそのご主人様であるという意識のおかげだった。
だが、そんなルイズの甘い考えもあっさり打ち砕かれることになる。



「僕の質問に答えた方がいい。僕はシスの暗黒卿だ」
「死す?暗黒卿?…もしかしてあんたの二つ名?あんたメイジなの?」
「僕はダース・ベイダー。皇帝の弟子だ」
「ダース・ベイダーって名前なのね。皇帝って、ゲルマニアの?ほんとにメイジってわけ?」


メイジを使い魔にするだなんて、前代未聞すぎる。でもそれはそれで、途方もなく甘美な
響きを持っていた。人間が使い魔になるなんて見たことも聞いたこともないが、メイジを
使役するメイジ……悪くはない。少なくとも平民が使い魔になるよりずっといい。
ルイズの胸中を知ってかベイダー卿は威圧するかのように腕を組んだ。
「いい加減にした方がいいぞ。僕は皇帝ほど寛大ではない」
「あんたこそ、人間ならそのブサイクなマスクを取りなさいよ。ご主人様に失礼でしょ――」
ルイズがそう言い終るのとほぼ同時に、ベイダー卿の右手が真っ直ぐ前に差し出された。



「は、きゅ…」
うめくルイズ。
二人のやり取りに割って入れず、遠巻きに見守っていた生徒達はその光景に驚愕した。
黒い人影――ダース・ベイダーの右手が前に差し出されたかと思うと、触れられてもいない
のにルイズが自分の喉元を押さえ、顔を真っ青にして苦しみ始めたのだ。
さらに、レビテーションの魔法でもかけられたかのようにその両足が地面を離れ、バタバタと
無様に空を蹴る。
「先住魔法だ!」
悲鳴にも近い声が上がった。
何しろベイダー卿は杖すら持っていないのに、手振り一つでルイズをくびり殺そうとしてい
るのだ。



ルイズを救出しようと我に帰った何人かの生徒が呪文を唱え始めたところで、ベイダー
卿は右手を下ろした。
その途端喉を締め付ける不可視の力から解放され、柔らかい草地が支えを失ったルイ
ズの体を受け止めた。
「ゲホッ!ゲホゲホ、ゲホッ…!」
地面に転がり涙目で咳き込むルイズを、黒いマスクの陰に表情を覆い隠したベイダー卿
が冷ややかに見下ろした。
「言ったはずだ。僕を怒らせない方がいいと。あらためて聞くが、ここはどこだ?」
「トリステイン…魔法……学院…よ」
息も絶え絶えといった様子で、ルイズが答えた。



「魔法?迷信の一種か。ずいぶんと未開の部族のようだな。星系と惑星の名は?」
「何…よ、それ…?」
「自分たちが何という名の星に住んでいるかも知らないのか。では、この土地の名は?」
「トリステイン王国…ハルケギニア…」
質問の意図が掴めず、ルイズは怯えながらベイダー卿が満足しそうな答えを挙げるしか
なかった。
どうして自分がこんな辺境の惑星にいるのか、機械化手術完了後に光に包まれた時の
あのハイパースペース・ドライブに似た感覚はなんだったのか、いくつも疑問は残ったが、
とりあえずは一刻も早くコルサントの皇帝のもとに帰還し、パドメの無事を確認せねば
ならない。
ベイダー卿も彼なりに焦っていた。

「最後に尋ねるとしよう。宇宙港はどこに――」
その瞬間、フォースが警告を発するのをダース・ベイダーは確かに感じた。
だが、それが何に対してであったのか理解する間もなく、その巨体は突然襲ってきた衝撃に
宙を舞っていた。



全身を覆う装甲服は彼の肉体を完璧に保護していたものの、マスクの中に収められた
生身の頭脳は振動に揺れに揺れた。
(これが魔法…だというのか……?)
薄れゆく視界の隅に、自分の身長より長大な杖を構えた小柄な少女の姿が映じた。


「エアハンマー」
タバサが放った空気の塊に吹き飛ばされ、ベイダー卿はあっけなく意識を手放していた。


「ミス・ヴァリエール、最後の最後にとんだ大物を持ってきたもんですなぁ」
緊張の糸が切れ地面にへたり込むルイズの脇に立ち、どこか呑気に聞こえる口調で
コルベールは額の汗を拭っていた。
「ほんとよ、ルイズ。タバサがなんとかしてくれなかったら、あんたってばどうなってたことか…。
でもタバサ、なんでもっと強力な呪文で止めを刺さなかったの?」
キュルケが大多数の生徒の疑問を代弁した。
それも当然。ベイダーが先住魔法を使った時、彼らは幼い頃から刻み付けられたエルフの
恐怖を思い出し、命の危険を感じていたのだ。
現に今なお、地面に横たわるベイダーに向かって致命傷となる呪文を唱えようとしている
生徒もいる。
だが、そんなどこか非難の混入した生徒達の視線を真っ向から受け止めて、タバサは涼やかな
声でポツリと漏らした。
「メイジにとって使い魔は一生の問題」


そう、メイジにとって使い魔は生涯のパートナーであり、分身とも言える存在である。
コントラクト・サーヴァントの儀式すら終えていない使い魔を抹殺する権利を、同じメイジの
誰が有すると言うのか。
炎蛇のコルベールもそう考えたからこそ、ギリギリの状況になるまでベイダーに対して
攻撃を加えることを控えていたのである。
「それではミス・ヴァリエール、コントラクト・サーヴァントの儀式を」
「ええッ!これと!?」
ようやく動悸の収まったらしいルイズは、早くも新たな危機に直面することになった。


ルイズはベイダーの胸の上に馬乗りになるような姿勢で、彼の頭部を観察していた。
一体この生物、どこが唇だというのか。
気絶していてなお規則正しい呼吸音は、一応普通の人間で言えば口に当たるべき箇所から
聞こえてきている。
だけど先ほどわずかながら言葉を交わしたとき、その部位が全く動いてさえいなかったことは
確認済みだ。

いや、ちょっと待て。
こいつも人間か亜人の類なのだとしたら、この鉄化面も武装した騎士たちと同じような防具なのかもしれない。
これ、どうにかして外せないのだろうか…?


「ねぇ、ギーシュ」
ルイズは土のドットメイジたる男子学生の方に頭をめぐらせた。
「なんだい?僕のモンモランシー」
「錬金で、剣か何か刃物を…」
「ああ、僕の可憐なモンモランシー。そうだね、君の言うとおりだ。君のロビンは僕の
ヴェルダンデに劣らず可愛いね」
「…やっぱいいわ」
会話が成立してさえいなかった。ギーシュは最近付き合い始めた「洪水の」モンモランシー
とのおしゃべりに夢中なようだ。
(ま、ギーシュの錬金で作った刃物が、何で出来ているのかよくわからないこいつに歯が
立つとも思えないしね)
ルイズはだめもとで、このマスク(?)の口吻部で試してみることにした。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。
この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
詠唱が終わり、ルイズはコーホー、コーホー騒がしいベイダーのマスクに唇に近づけた。

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最終更新:2008年05月01日 04:25