*人物一覧
(人名、および組織・団体名・神名)
稗田阿礼 ひえだの あれ 天武天皇の舎人。記憶力がすぐれていたため、天皇から帝紀・旧辞の誦習を命ぜられ、太安万侶がこれを筆録して「古事記」3巻が成った。
太安万侶 おおの やすまろ ?-723 奈良時代の官人。民部卿。勅により、稗田阿礼の誦習した帝紀・旧辞を筆録して「古事記」3巻を撰進。1979年、奈良市の東郊から遺骨が墓誌銘と共に出土。
武田祐吉 たけだ ゆうきち 1886-1958 国文学者。東京都出身。小田原中学の教員を辞し、佐佐木信綱のもとで「校本万葉集」の編纂に参加。1926(昭和元)、国学院大学教授。「万葉集」を中心に上代文学の研究を進め、「万葉集全註釈」(1948-51)に結実させた。著書「上代国文学の研究」「古事記研究―帝紀攷」。「武田祐吉著作集」全8巻。(日本史)
大国主命 おおくにぬしの みこと 日本神話で、出雲国の主神。素戔嗚尊の子とも6世の孫ともいう。少彦名神と協力して天下を経営し、禁厭・医薬などの道を教え、国土を天孫瓊瓊杵尊に譲って杵築の地に隠退。今、出雲大社に祀る。大黒天と習合して民間信仰に浸透。大己貴神・国魂神・葦原醜男・八千矛神などの別名が伝えられるが、これらの名の地方神を古事記が「大国主神」として統合したもの。
ヤガミ姫 因幡の八上比売。古事記神話で、大穴牟遅神とその兄弟の八十神とに求婚され、大穴牟遅神の妻になった神。
赤貝姫 あかがいひめ 貝比売(きさがいひめ)。(p.38下)
蛤貝姫 はまぐりひめ/うむぎひめ (p.38下)
カムムスビの神 神産巣日神・神皇産霊神。記紀神話で天地開闢の際、天御中主神・高皇産霊神と共に高天原に出現したと伝える神。造化三神の一神。女神ともいう。かむみむすひのかみ。
オオヤ彦の神 大屋毘古の神。家宅六神のうち5番目に産まれた神。葺き終わった屋根を表す。災厄を司る大禍津日神と同神。大国主の神話に登場し、五十猛神の別名ともされる「大屋毘古神」とは別神とされる。
スサノオの命 素戔嗚尊・須佐之男命。
スセリ姫 須勢理毘売。古事記神話で須佐之男命の女。大国主命の苦難を助けて嫡妻となる。
アシハラシコオの命 葦原色許男の命。古事記で大国主命の別名。播磨風土記では天之日矛と国の占有争いをする神。
木の俣の神 きのまたのかみ 大穴牟遅神が因幡の八上比売に生ませた神。
御井の神 みいのかみ 木の俣の神の別名。
ヤチホコの神 八千矛の神。(「多くの矛の神」の意)古事記で、大国主命の異称。神語に歌われる。
ヌナカワ姫 沼河比売、沼名河比売。古事記で、高志国(新潟県)に住み八千矛神に求婚された神。
タギリ姫の命 たきりびめのみこと 多紀理毘売の命、田心姫命。天照大神と素戔嗚尊が誓約をしたときに生まれた宗像三女神の一神。宗像神社の祭神。多紀理毘売命。
アジスキタカヒコネの神 味耜高彦根神・阿遅�K高日子根神。日本神話で、大国主命の子。あじしきたかひこねのかみ。かものおおかみ。
タカ姫の命 たかひめのみこと 高比売の命。 → シタテル姫の命
シタテル姫の命 したてるひめ 下光比売命、下照媛・下照姫。(古くはシタデルヒメ)記紀神話で大国主命の女、味耜高日子根命の妹、天稚彦の妃。天稚彦が高皇産霊神に誅せられた時、その哀しみの声が天に達したという。
迦毛の大御神 かものおおみかみ 迦毛大御神。アジスキタカヒコネの神の別名。
カムヤタテ姫の命 神屋楯比売の命。
コトシロヌシの神 事代主神。日本神話で大国主命の子。国譲りの神に対して国土献上を父に勧め、青柴垣を作り隠退した。託宣の神ともいう。八重言代主神。
ヤシマムチの神 八島牟遲の神。
トリトリの神 鳥取の神。ヤシマムチの神の娘。
トリナルミの神 鳥鳴海の神。
ヒナテリヌカダビチオイコチニの神 日名照額田毘道男伊許知迩の神。
クニオシトミの神 国忍富の神。
アシナダカの神 葦那陀迦の神。またの名はヤガハエ姫。
ヤガハエ姫 八河江比売。
ツラミカノタケサハヤジヌミの神 連甕の多氣佐波夜遲奴美の神。
アメノミカヌシの神 天の甕主の神。
サキタマ姫 前玉比売。アメノミカヌシの神の娘。
ミカヌシ彦の神 甕主日子の神。
オカミの神 淤加美の神。
ヒナラシ姫 比那良志毘売。オカミの神の娘。
タヒリキシマミの神 多比理岐志麻美の神。
ヒイラギノソノハナマズミの神 比比羅木のその花麻豆美の神。
イクタマサキタマ姫の神 活玉前玉比売。
ミロナミの神 美呂浪の神。
シキヤマヌシの神 敷山主の神。
アオヌマヌオシ姫 青沼馬沼押比売。
ヌノオシトミトリナルミの神 布忍富鳥鳴海の神。
ワカヒルメの神 若昼女の神。
アメノヒバラオオシナドミの神 天の日腹大科度美の神。
アメノサギリの神 天の狭霧の神。
トオツマチネの神 遠津待根の神。
トオツヤマザキタラシの神 遠津山岬多良斯の神。
スクナビコナの神 少彦名神。日本神話で、高皇産霊神(古事記では神産巣日神)の子。体が小さくて敏捷、忍耐力に富み、大国主命と協力して国土の経営に当たり、医薬・禁厭などの法を創めたという。
オオアナムチの命 大穴牟遅命。大国主命の別名。大穴持命とも。
クエ彦 くえびこ 久延毘古。(「崩え彦」の意という)古事記に見える神の名。今の案山子のことという。
オオトシの神 おおとしのかみ 大歳神。穀物の守護神。
カムイクスビの神 神活須毘の神。
イノ姫 伊怒比売。カムイクスビの神の娘。
オオクニミタマの神 大国御魂の神。
カラの神 韓の神。(朝鮮から渡来した神の意か)守護神として宮内省に祀られていた神。大己貴・少彦名2神をさすという。
ソホリの神 曽富理の神。
シラヒの神 白日の神。
ヒジリの神 聖の神。
カグヨ姫 香用比売。
オオカグヤマトミの神 大香山戸臣の神。
ミトシの神 御年神・御歳神。素戔嗚尊の子である大年神の子。母は香用比売命。穀物の守護神。
アメシルカルミヅ姫 天知る迦流美豆比売。
オキツ彦の神 奧津日子の神。
オキツ姫の命 奧津比売の命。またの名はオオベ姫の神。竃の神。
オオベ姫の神 おおべひめのかみ 大戸比売の神。
オオヤマクイの神 大山咋の神。大年神の子。一名、山末之大主神。大津の日吉神社や京都松尾大社の祭神。
スエノオオヌシの神 末の大主の神。
ニワツヒの神 庭津日の神。
アスハの神 阿須波の神。
ハヒキの神 波比岐の神。
カグヤマトミの神 香山戸臣の神。
ハヤマトの神 羽山戸の神。山麓の土地を神格化した神か。
ニワノタカツヒの神 庭の高津日の神。
オオツチの神 大土の神。またの名はツチノミオヤの神。
ツチノミオヤの神 土の御祖の神。
オオゲツ姫の神 大気都比売の神。
ワカヤマクイの神 若山咋の神。
ワカトシの神 若年の神。
ワカサナメの神 若沙那売の神。女神。
ミヅマキの神 弥豆麻岐の神。
ナツノタカツヒの神 夏の高津日の神。またの名はナツノメの神。
ナツノメの神 夏の売の神。
アキ姫の神 秋毘売の神。
ククトシの神 久久年の神。
ククキワカムロツナネの神 久久紀若室葛根の神。
天若日子 あめわかひこ 天稚彦・天若日子。日本神話で、天津国玉神の子。天孫降臨に先だって出雲国に降ったが復命せず、問責の使者雉の鳴女を射殺、高皇産霊神にその矢を射返されて死んだという。
マサカアカツカチハヤヒアメノオシホミミの命 正勝吾勝勝速日天の忍穗耳の命。古事記では、アマテラスとスサノオとの誓約の際、スサノオがアマテラスの勾玉を譲り受けて生まれた五皇子の長男(日本書紀の一書では次男)で、物実の持ち主であるアマテラスの子としている。高木神の娘であるヨロヅハタトヨアキツシヒメとの間にアメノホアカリとニニギをもうけた。
タカミムスビの神 高皇産霊神・高御産巣日神・高御産日神・高御魂神。古事記で、天地開闢の時、高天原に出現したという神。天御中主神・神皇産霊神と共に造化三神の一神。天孫降臨の神勅を下す。鎮魂神として神祇官八神の一神。たかみむすびのかみ。別名、高木神。
オモイガネの神 思金神・思兼神。記紀神話で高皇産霊神の子。天照大神が天の岩戸に隠れた時、謀を設けて誘い出した、思慮のある神。思金命。
ホヒの神 天の菩卑の命 あまのほひのみこと 天穂日命。日本神話で、素戔嗚尊と天照大神の誓約の際に生まれた子。天孫降臨に先だち、出雲国に降り、大国主命祭祀の祭主となる。出雲国造らの祖とする。千家氏はその子孫という。
アマツクニダマの神 天津国玉の神。天若日子の父。
下照る姫 したてるひめ 下照媛・下照姫。(古くはシタデルヒメ)記紀神話で大国主命の女、味耜高日子根命の妹、天稚彦の妃。天稚彦が高皇産霊神に誅せられた時、その哀しみの声が天に達したという。
キジの名鳴女 ななきめ
天の探女 あまのさぐめ 日本神話で、天照大神の詔を受けて天稚彦を問責に降った雉を天稚彦に射殺させた女の名。後世の天邪鬼。
高木の神 たかぎのかみ タカミムスビの神の別名。
アジシキタカヒコネの神 あじすき- 阿遲志貴高日子根の神。味耜高彦根神。日本神話で、大国主命の子。あじしきたかひこねのかみ。かものおおかみ。
アメノオハバリの神 天の尾羽張の神。
天尾羽張 あまのおはばり 伊弉諾尊が迦具土神を斬った剣の名。伊都尾羽張。
タケミカヅチの神 武甕槌命・建御雷命 日本神話で、天尾羽張命の子。経津主命と共に天照大神の命を受けて出雲国に下り、大国主命を説いて国土を奉還させた。鹿島神宮はこの神を祀る。
アメノカクの神 天の迦久の神。
アメノトリフネの神 鳥之石楠船神。日本神話に登場する神であり、また、神が乗る船の名前。別名を天鳥船という。
タケミナカタの神 建御名方神。日本神話で、大国主命の子。国譲りの使者武甕槌命に抗するが敗れ、信濃国の諏訪に退いて服従を誓った。諏訪神社上社はこの神を祀る。
水戸の神 みなとのかみ ハヤアキツヒコの別名か。
クシヤタマの神 櫛八玉の神。
ニニギの命 瓊瓊杵尊・邇邇芸命。日本神話で天照大神の孫。天忍穂耳尊の子。天照大神の命によってこの国土を統治するために、高天原から日向国の高千穂峰に降り、大山祇神の女、木花之開耶姫を娶り、火闌降命・火明尊・彦火火出見尊を生んだ。天津彦彦火瓊瓊杵尊。
オシホミミの命 → アメノオシホミミ
アメノオシホミミ 天忍穂耳尊 日本神話で、瓊瓊杵尊の父神。素戔嗚尊と天照大神の誓約の際に生まれた神。正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊。
アメニギシクニニギシアマツヒコヒコホノニニギの命 → ニニギの命
ヨロヅハタトヨアキツシ姫の命 萬幡豊秋津師比売命、栲幡千千姫命。
アメノホアカリの命 天火明命。天照大神の子天忍穂耳命の子。尾張連の祖とする。
ヒコホノニニギの命 → ニニギの命
アメノウズメの命 天鈿女命・天宇受売命。日本神話で、天岩屋戸の前で踊って天照大神を慰め、また、天孫降臨に随従して天の八衢にいた猿田彦神を和らげて道案内させたという女神。鈿女命。猿女君の祖とする。
サルタ彦の神 猿田彦。(古くはサルダビコ)日本神話で、瓊瓊杵尊降臨の際、先頭に立って道案内し、のち伊勢国五十鈴川上に鎮座したという神。容貌魁偉で鼻長7咫、身長7尺余と伝える。俳優・衢の神ともいう。中世に至り、庚申の日にこの神を祀り、また、道祖神と結びつけた。
アメノコヤネの命 天児屋命・天児屋根命。日本神話で、興台産霊の子。天岩屋戸の前で、祝詞を奏して天照大神の出現を祈り、のち、天孫に従ってくだった五部神の一人で、その子孫は代々大和朝廷の祭祀をつかさどったという。中臣・藤原氏の祖神とする。
フトダマの命 太玉命。日本神話で天照大神の岩戸ごもりの際に、天児屋根命と共に祭祀の事をつかさどった神。忌部氏の祖。五部神の一神。
イシコリドメの命 石凝姥命。記紀神話で、天糠戸神の子。天照大神が天の岩戸に隠れた時、鏡を作った神。鏡作部の遠祖とする。五部神の一神。
タマノオヤの命 玉祖命。古事記神話で、天岩屋戸の前で玉を作ったという神。五部神の一神。玉屋命。
タヂカラオの神 手力男命、天手力男命。天岩屋戸を開いて天照大神を出したという大力の神。天孫の降臨に従う。
アメノイワトワケの神 天石門別神。またの名はクシイワマドの神、またトヨイワマドの神といい、御門の神。
クシイワマドの神
トヨイワマドの神
トヨウケの神 豊宇気毘売・豊受姫。豊受大神。伊弉諾尊の孫、和久産巣日神の子。食物をつかさどる神。伊勢神宮の外宮の祭神。豊宇気毘売神。とゆうけのかみ。
猿女君 さるめのきみ 古代より朝廷の祭祀に携わってきた氏族の一つ。アメノウズメを始祖としている。
かがみつくり 鏡作り 大和政権で、鏡を作る技術を世襲していた品部。鏡作部。
アメノオシヒの命 天忍日命。天孫降臨の時、天久米命らと刀や弓矢を持って先駆したという神。大伴連の祖とする。
アマツクメの命 天久米命。天孫降臨の時、天忍日命らと刀や弓矢を持って先駆したという神。久米直らの祖とする。
大伴 おおとも 姓氏の一つ。古代の豪族。来目部・靫負部・佐伯部などを率いて大和政権に仕え、大連となるものがあった。のち伴氏。
木の花の咲くや姫 このはなのさくやびめ 木花之開耶姫・木花之佐久夜毘売。日本神話で、大山祇神の女。天孫瓊瓊杵尊の妃。火闌降命・彦火火出見尊・火明命の母。後世、富士山の神と見なされ、浅間神社に祀られる。
石長姫 いわながひめ
オオヤマツミ 大山祇神 山をつかさどる神。伊弉諾尊の子。
ホデリの命 火照命。瓊瓊杵尊の子。母は木花之開耶姫。弟の山幸彦と幸をかえ、屈服して俳人として宮門を守護。隼人の始祖と称される。火闌降命。海幸彦。
隼人 はやと ハヤヒトの約。古代の九州南部に住み、風俗習慣を異にして、しばしば大和の政権に反抗した人々。のち服属し、一部は宮門の守護や歌舞の演奏にあたった。はいと。はやと。
ホスセリの命 火須勢理命。
ホオリの命 火遠理命。(書紀の古訓ではホノヲリノミコト) 彦火火出見尊の別名。
アマツヒコヒコホホデミの命 → 彦火火出見尊
彦火火出見尊 ひこほほでみのみこと 記紀神話で瓊瓊杵尊の子。母は木花之開耶姫。海幸山幸神話で海宮に赴き海神の女と結婚。別名、火遠理命。山幸彦。
シオツチの神 塩土老翁。山幸彦が海幸彦から借りた釣針を失って困っていた時、舟で海神の宮へ渡した神。また、神武天皇東征の際、東方が統治に適した地であると奏した神。しおつつのおじ。塩椎神。
トヨタマ姫 豊玉毘売・豊玉姫。(古くはトヨタマビメ)海神、豊玉彦神の娘で、彦火火出見尊の妃。産屋の屋根を葺き終わらないうちに産気づき、八尋鰐の姿になっているのを夫神にのぞき見られ、恥じ怒って海へ去ったと伝える。その時生まれたのが��草葺不合尊という。
サヒモチの神 佐比持の神。
アマツヒコヒコナギサタケウガヤフキアエズの命 → ��草葺不合尊
��草葺不合尊 うがやふきあえずのみこと 記紀神話で、彦火火出見尊の子。母は豊玉姫。五瀬命・神日本磐余彦尊(神武天皇)の父。
イツセの命 五瀬命。��草葺不合尊の長子。神武天皇の兄。天皇と共に東征、長髄彦と戦って負傷、紀伊国の竈山で没したという。竈山神社に祀る。
イナヒの命 稲飯命。
ミケヌの命 御毛沼命。
ワカミケヌの命 若御毛沼命。神武天皇。別名、トヨミケヌの命、カムヤマトイワレ彦の命。
トヨミケヌの命 豊御毛沼命。
カムヤマトイワレ彦の命 神倭伊波礼毘古命。
神武天皇 じんむ てんのう 記紀伝承上の天皇。名は神日本磐余彦。伝承では、高天原から降臨した瓊瓊杵尊の曾孫。彦波瀲武��草葺不合尊の第4子で、母は玉依姫。日向国の高千穂宮を出、瀬戸内海を経て紀伊国に上陸、長髄彦らを平定して、辛酉の年(前660年)大和国畝傍の橿原宮で即位したという。日本書紀の紀年に従って、明治以降この年を紀元元年とした。畝傍山東北陵はその陵墓とする。
◇参照:Wikipedia、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)、『日本人名大事典』(平凡社)、『日本史広辞典』(山川出版社、1997.10)、『日本神名辞典 第二版』(神社新報社、1995.6)、『古事記・日本書紀』(福永武彦訳、河出書房新社、1988.1)。
*書籍
(書名、雑誌名、論文名、能・狂言・謡曲などの作品名)
古事記 こじき 現存する日本最古の歴史書。3巻。稗田阿礼が天武天皇の勅により誦習した帝紀および先代の旧辞を、太安万侶が元明天皇の勅により撰録して712年(和銅5)献上。
◇参照:Wikipedia、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)。
*難字、求めよ
夷振 ひなぶり 鄙振・夷振・夷曲。古代歌謡の曲名。宮廷に取り入れた大歌で、短歌形式または8〜9句。歌曲名はその一つの歌謡の歌詞から採ったもの。
神籬 ひもろぎ (古くは清音)往古、神霊が宿っていると考えた山・森・老木などの周囲に常磐木を植えめぐらし、玉垣で囲んで神聖を保ったところ。後には、室内・庭上に常磐木を立て、これを神の宿る所として神籬と呼んだ。現在、普通の形式は、下に荒薦を敷き、八脚案を置き、さらに枠を組んで中央に榊の枝を立て、木綿と垂とを取り付ける。ひぼろぎ。
つかみひしぐ つかんで押しつぶす。つかみつぶす。
燧臼 ひうちうす
燧杵 ひうちきね
浮洲 うきす 水面に浮いているように見える洲。
靫 ゆき/ゆぎ (平安時代までユキと清音)矢を入れて携帯する容器。木または革で作り、長方形の箱形の筒とし、令制では1個に矢50筋を入れた。平安時代以後、壺胡ィといい、公家の儀仗となる。箙。
千木 ちぎ 知木・鎮木。社殿の屋上、破風の先端が延びて交叉した2本の木。後世、破風と千木とは切り離されて、ただ棟上に取り付けた一種の装飾(置千木)となる。氷木。
領巾 ひれ 肩巾。(風にひらめくものの意) (1) 古代、波をおこしたり、害虫・毒蛇などをはらったりする呪力があると信じられた、布様のもの。(2) 奈良・平安時代に用いられた女子服飾具。首にかけ、左右へ長く垂らした布帛。別れを惜しむ時などにこれを振った。(3) 平安時代、鏡台の付属品として、鏡をぬぐうなどに用いた布。(4) 儀式の矛などにつける小さい旗。
カラスオウギ 烏扇。〔植〕ヒオウギの別称。
ヒオウギ 桧扇。アヤメ科の多年草。山野に自生し、高さ約1メートル。葉は広い剣状で密に互生し、桧扇を開いた形に似る。夏、濃色の斑点のある黄赤色の花を多数総状に開く。黒色の種子を「ぬばたま」または「うばたま」という。観賞用に栽培。カラスオウギ。漢名、射干。
比良夫貝 ひらぶがい 貝の名。未詳。古事記で、猿田彦を挟んでおぼれさせた貝。
徴る・債る はたる 徴収する。
献り たてまつり
窺見 のぞきみ
◇参照:Wikipedia、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)。
*後記(工作員日記)
パナソニックのコードレス・ヘアカット購入。四〇〇〇円。予備充電に14時間! ……まあ、それ以外は軽くて使いやすい。寒気の合間をねらって散髪。ひさびさに手にしもやけを作る。右手の薬指をのぞく四本。三週間ぐらいまいった。
二二日、「マガジン航」あて投稿メール。仲俣さんからすぐに返事あり。
*次週予告
第三巻 第三二号
現代語訳『古事記』(三)中巻(前編)
武田祐吉(訳)
第三巻 第三二号は、
三月五日(土)発行予定です。
定価:200円
T-Time マガジン 週刊ミルクティー* 第三巻 第三一号
現代語訳『古事記』(二)武田祐吉(訳)
発行:二〇一一年二月二六日(土)
編集:しだひろし/PoorBook G3'99
http://www33.atwiki.jp/asterisk99/
出版:*99 出版
〒994-0024 山形県天童市鎌田2丁目1−21
アパートメント山口A−202
販売:DL-MARKET
※ T-Timeは(株)ボイジャーの商標・製品です。
T-Time マガジン 週刊ミルクティー**99 出版
第二巻
第一号 奇巌城(一)モーリス・ルブラン 月末最終号:無料
第二号 奇巌城(二)モーリス・ルブラン 定価:200円
第三号 美し姫と怪獣 / 長ぐつをはいた猫 定価:200円
第四号 毒と迷信 / 若水の話 / 麻薬・自殺・宗教 定価:200円
第五号 空襲警報 / 水の女 / 支流 定価:200円
第六号 新羅人の武士的精神について 池内宏 月末最終号:無料
第七号 新羅の花郎について 池内宏 定価:200円
第八号 震災日誌 / 震災後記 喜田貞吉 定価:200円
第九号 セロ弾きのゴーシュ / なめとこ山の熊 宮沢賢治 定価:200円
第十号 風の又三郎 宮沢賢治 月末最終号:無料
第一一号 能久親王事跡(一)森 林太郎 定価:200円
第一二号 能久親王事跡(二)森 林太郎 定価:200円
第一三号 能久親王事跡(三)森 林太郎 定価:200円
第一四号 能久親王事跡(四)森 林太郎 定価:200円
第一七号 赤毛連盟 コナン・ドイル 定価:200円
第一八号 ボヘミアの醜聞 コナン・ドイル 定価:200円
第一九号 グロリア・スコット号 コナン・ドイル 月末最終号:無料
第二〇号 暗号舞踏人の謎 コナン・ドイル 定価:200円
第二一号 蝦夷とコロボックルとの異同を論ず 喜田貞吉 定価:200円
第二二号 コロポックル説の誤謬を論ず 上・下 河野常吉 定価:200円
第二三号 慶長年間の朝日連峰通路について 佐藤栄太 月末最終号:無料
第二四号 まれびとの歴史/「とこよ」と「まれびと」と 折口信夫 定価:200円
第二五号 払田柵跡について二、三の考察/山形県本楯発見の柵跡について 喜田貞吉 定価:200円
第二六号 日本天変地異記 田中貢太郎 定価:200円
第二七号 種山ヶ原/イギリス海岸 宮沢賢治 定価:200円
第二八号 翁の発生/鬼の話 折口信夫
月末最終号:無料
第二九号 生物の歴史(一)石川千代松
定価:200円
第三〇号 生物の歴史(二)石川千代松
定価:200円
第三一号 生物の歴史(三)石川千代松
定価:200円
第三二号 生物の歴史(四)石川千代松
月末最終号:無料
第三三号 特集 ひなまつり
定価:200円
雛 芥川龍之介
雛がたり 泉鏡花
ひなまつりの話 折口信夫
第三四号 特集 ひなまつり
定価:200円
人形の話 折口信夫
偶人信仰の民俗化並びに伝説化せる道 折口信夫
第三五号 右大臣実朝(一)太宰治
定価:200円
第三六号 右大臣実朝(二)太宰治 月末最終号:無料
第三七号 右大臣実朝(三)太宰治 定価:200円
第三八号 清河八郎(一)大川周明 定価:200円
第三九号 清河八郎(二)大川周明
定価:200円
第四〇号 清河八郎(三)大川周明
月末最終号:無料
第四一号 清河八郎(四)大川周明
定価:200円
第四二号 清河八郎(五)大川周明
定価:200円
第四三号 清河八郎(六)大川周明
定価:200円
第四四号 道鏡皇胤論について 喜田貞吉
定価:200円
第四五号 火葬と大蔵/人身御供と人柱 喜田貞吉
月末最終号:無料
第四六号 手長と足長/くぐつ名義考 喜田貞吉
定価:200円
第四七号 「日本民族」とは何ぞや/本州における蝦夷の末路 喜田貞吉
定価:200円
第四八号 若草物語(一)L. M. オルコット
定価:200円
第四九号 若草物語(二)L. M. オルコット
月末最終号:無料
第五〇号 若草物語(三)L. M. オルコット
定価:200円
第五一号 若草物語(四)L. M. オルコット
定価:200円
第五二号 若草物語(五)L. M. オルコット
定価:200円
第五三号 二人の女歌人/東北の家 片山広子
定価:200円
第三巻 第一号 星と空の話(一)山本一清
月末最終号:無料
一、星座(せいざ)の星
二、月(つき)
(略)殊にこの「ベガ」は、わが日本や支那では「七夕」の祭りにちなむ「織(お)り女(ひめ)」ですから、誰でも皆、幼い時からおなじみの星です。「七夕」の祭りとは、毎年旧暦七月七日の夜に「織り女」と「牽牛(ひこぼし)〔彦星〕」とが「天の川」を渡って会合するという伝説の祭りですが、その「天の川」は「こと」星座のすぐ東側を南北に流れていますし、また、「牽牛」は「天の川」の向かい岸(東岸)に白く輝いています。「牽牛」とその周囲の星々を、星座では「わし」の星座といい、「牽牛」を昔のアラビア人たちは、「アルタイル」と呼びました。「アルタイル」の南と北とに一つずつ小さい星が光っています。あれは「わし」の両翼を拡げている姿なのです。ところが「ベガ」の付近を見ますと、その東側に小さい星が二つ集まっています。昔の人はこれを見て、一羽の鳥が両翼をたたんで地に舞いくだる姿だと思いました。それで、「こと」をまた「舞いくだる鳥」と呼びました。
「こと」の東隣り「天の川」の中に、「はくちょう」という星座があります。このあたりは大星や小星が非常に多くて、天が白い布のように光に満ちています。
第三巻 第二号 星と空の話(二)山本一清
定価:200円
三、太陽
四、日食と月食
五、水星
六、金星
七、火星
八、木星
太陽の黒点というものは誠におもしろいものです。黒点の一つ一つは、太陽の大きさにくらべると小さい点々のように見えますが、じつはみな、いずれもなかなか大きいものであって、(略)最も大きいのは地球の十倍以上のものがときどき現われます。そして同じ黒点を毎日見ていますと、毎日すこしずつ西の方へ流れていって、ついに太陽の西の端(はし)でかくれてしまいますが、二週間ばかりすると、こんどは東の端から現われてきます。こんなにして、黒点の位置が規則正しく変わるのは、太陽全体が、黒点を乗せたまま、自転しているからなのです。太陽は、こうして、約二十五日間に一回、自転をします。(略)
太陽の黒点からは、あらゆる気体の熱風とともに、いろいろなものを四方へ散らしますが、そのうちで最も強く地球に影響をあたえるものは電子が放射されることです。あらゆる電流の原因である電子が太陽黒点から放射されて、わが地球に達しますと、地球では、北極や南極付近に、美しいオーロラ(極光(きょっこう))が現われたり、「磁気嵐(じきあらし)」といって、磁石の針が狂い出して盛んに左右にふれたりします。また、この太陽黒点からやってくる電波や熱波や電子などのために、地球上では、気温や気圧の変動がおこったり、天気が狂ったりすることもあります。(略)
太陽の表面に、いつも同じ黒点が長い間見えているのではありません。一つ一つの黒点はずいぶん短命なものです。なかには一日か二日ぐらいで消えるのがありますし、普通のものは一、二週間ぐらいの寿命のものです。特に大きいものは二、三か月も、七、八か月も長く見えるのがありますけれど、一年以上長く見えるということはほとんどありません。
しかし、黒点は、一つのものがまったく消えない前に、他の黒点が二つも三つも現われてきたりして、ついには一時に三十も四十も、たくさんの黒点が同じ太陽面に見えることがあります。
こうした黒点の数は、毎年、毎日、まったく無茶苦茶というわけではありません。だいたいにおいて十一年ごとに増したり減ったりします。
第三巻 第三号 星と空の話(三)山本一清
定価:200円
九、土星
一〇、天王星
一一、海王星
一二、小遊星
一三、彗星
一四、流星
一五、太陽系
一六、恒星と宇宙
晴れた美しい夜の空を、しばらく家の外に出てながめてごらんなさい。ときどき三分間に一つか、五分間に一つぐらい星が飛ぶように見えるものがあります。あれが流星です。流星は、平常、天に輝いている多くの星のうちの一つ二つが飛ぶのだと思っている人もありますが、そうではありません。流星はみな、今までまったく見えなかった星が、急に光り出して、そしてすぐまた消えてしまうものなのです。(略)
しかし、流星のうちには、はじめから稀(まれ)によほど形の大きいものもあります。そんなものは空気中を何百キロメートルも飛んでいるうちに、燃えつきてしまわず、熱したまま、地上まで落下してきます。これが隕石というものです。隕石のうちには、ほとんど全部が鉄のものもあります。これを隕鉄(いんてつ)といいます。(略)
流星は一年じゅう、たいていの夜に見えますが、しかし、全体からいえば、冬や春よりは、夏や秋の夜にたくさん見えます。ことに七、八月ごろや十月、十一月ごろは、一時間に百以上も流星が飛ぶことがあります。
八月十二、三日ごろの夜明け前、午前二時ごろ、多くの流星がペルセウス星座から四方八方へ放射的に飛びます。これらは、みな、ペルセウス星座の方向から、地球の方向へ、列を作ってぶっつかってくるものでありまして、これを「ペルセウス流星群」と呼びます。
十一月十四、五日ごろにも、夜明け前の二時、三時ごろ、しし星座から飛び出してくるように見える一群の流星があります。これは「しし座流星群」と呼ばれます。
この二つがもっとも有名な流星群ですが、なおこの他には、一月のはじめにカドラント流星群、四月二十日ごろに、こと座流星群、十月にはオリオン流星群などあります。
第三巻 第四号 獅子舞雑考/穀神としての牛に関する民俗 中山太郎
定価:200円
獅子舞雑考
一、枯(か)れ木も山の賑(にぎ)やかし
二、獅子舞に関する先輩の研究
三、獅子頭に角(つの)のある理由
四、獅子頭と狛犬(こまいぬ)との関係
五、鹿踊(ししおど)りと獅子舞との区別は何か
六、獅子舞は寺院から神社へ
七、仏事にもちいた獅子舞の源流
八、獅子舞について関心すべき点
九、獅子頭の鼻毛と馬の尻尾(しっぽ)
穀神としての牛に関する民俗
牛を穀神とするは世界共通の信仰
土牛(どぎゅう)を立て寒気を送る信仰と追儺(ついな)
わが国の家畜の分布と牛飼神の地位
牛をもって神をまつるは、わが国の古俗
田遊(たあそ)びの牛の役と雨乞いの牛の首
全体、わが国の獅子舞については、従来これに関する発生、目的、変遷など、かなり詳細なる研究が発表されている。(略)喜多村翁の所説は、獅子舞は西域の亀茲(きじ)国の舞楽が、支那の文化とともに、わが国に渡来したのであるという、純乎たる輸入説である。柳田先生の所論は、わが国には古く鹿舞(ししまい)というものがあって、しかもそれが広くおこなわれていたところへ、後に支那から渡来した獅子舞が、国音の相通から付会(ふかい)したものである。その証拠には、わが国の各地において、古風を伝えているものに、角(つの)のある獅子頭があり、これに加うるのに鹿を歌ったものを、獅子舞にもちいているという、いわば固有説とも見るべき考証である。さらに小寺氏の観察は、だいたいにおいて柳田先生の固有説をうけ、別にこれに対して、わが国の鹿舞の起こったのは、トーテム崇拝に由来するのであると、付け加えている。
そこで、今度は管見を記すべき順序となったが、これは私も小寺氏と同じく、柳田先生のご説をそのまま拝借する者であって、べつだんに奇説も異論も有しているわけではない。ただ、しいて言えば、わが国の鹿舞と支那からきた獅子舞とは、その目的において全然別個のものがあったという点が、相違しているのである。ことに小寺氏のトーテム説にいたっては、あれだけの研究では、にわかに左袒(さたん)することのできぬのはもちろんである。
こういうと、なんだか柳田先生のご説に、反対するように聞こえるが、角(つの)の有無をもって鹿と獅子の区別をすることは、再考の余地があるように思われる。
第三巻 第五号 鹿踊りのはじまり 宮沢賢治/奥羽地方のシシ踊りと鹿供養 喜田貞吉
月末最終号:無料
鹿踊りのはじまり 宮沢賢治
奥羽地方のシシ踊りと鹿供養 喜田貞吉
一 緒言
二 シシ踊りは鹿踊り
三 伊予宇和島地方の鹿の子踊り
四 アイヌのクマ祭りと捕獲物供養
五 付記
奥羽地方には各地にシシ踊りと呼ばるる一種の民間舞踊がある。地方によって多少の相違はあるが、だいたいにおいて獅子頭を頭につけた青年が、数人立ちまじって古めかしい歌謡を歌いつつ、太鼓の音に和して勇壮なる舞踊を演ずるという点において一致している。したがって普通には獅子舞あるいは越後獅子などのたぐいで、獅子奮迅・踊躍の状を表象したものとして解せられているが、奇態なことにはその旧仙台領地方におこなわるるものが、その獅子頭に鹿の角(つの)を有し、他の地方のものにも、またそれぞれ短い二本の角がはえているのである。
楽舞用具の一種として獅子頭のわが国に伝わったことは、すでに奈良朝のころからであった。くだって鎌倉時代以後には、民間舞踊の一つとして獅子舞の各地におこなわれたことが少なからず文献に見えている。そしてかの越後獅子のごときは、その名残りの地方的に発達・保存されたものであろう。獅子頭はいうまでもなくライオンをあらわしたもので、本来、角があってはならぬはずである。もちろんそれが理想化し、霊獣化して、彫刻家の意匠により、ことさらにそれに角を付加するということは考えられぬでもない。武蔵南多摩郡元八王子村なる諏訪神社の獅子頭は、古来、龍頭とよばれて二本の長い角が斜めにはえているので有名である。しかしながら、仙台領において特にそれが鹿の角であるということは、これを霊獣化したとだけでは解釈されない。けだし、もと鹿供養の意味からおこった一種の田楽的舞踊で、それがシシ踊りと呼ばるることからついに獅子頭とまで転訛するに至り、しかもなお原始の鹿角を保存して、今日におよんでいるものであろう。
第三巻 第六号 魏志倭人伝/後漢書倭伝/宋書倭国伝/隋書倭国伝
定価:200円
魏志倭人伝/後漢書倭伝/宋書倭国伝/隋書倭国伝
倭人在帯方東南大海之中、依山島為国邑。旧百余国。漢時有朝見者、今使訳所通三十国。従郡至倭、循海岸水行、歴韓国、乍南乍東、到其北岸狗邪韓国七千余里。始度一海千余里、至対馬国、其大官曰卑狗、副曰卑奴母離、所居絶島、方可四百余里(略)。又南渡一海千余里、名曰瀚海、至一大国〔一支国か〕(略)。又渡一海千余里、至末盧国(略)。東南陸行五百里、到伊都国(略)。東南至奴国百里(略)。東行至不弥国百里(略)。南至投馬国水行二十日、官曰弥弥、副曰弥弥那利、可五万余戸。南至邪馬壱国〔邪馬台国〕、女王之所都、水行十日・陸行一月、官有伊支馬、次曰弥馬升、次曰弥馬獲支、次曰奴佳�、可七万余戸。(略)其国本亦以男子為王、住七八十年、倭国乱、相攻伐歴年、乃共立一女子為王、名曰卑弥呼、事鬼道、能惑衆、年已長大、無夫壻、有男弟、佐治国、自為王以来、少有見者、以婢千人自侍、唯有男子一人、給飲食、伝辞出入居処。宮室・楼観・城柵厳設、常有人持兵守衛。
第三巻 第七号 卑弥呼考(一)内藤湖南
定価:200円
一、本文の選択
二、本文の記事に関するわが邦(くに)最旧の見解
三、旧説に対する異論
『後漢書』『三国志』『晋書』『北史』などに出でたる倭国女王卑弥呼のことに関しては、従来、史家の考証はなはだ繁く、あるいはこれをもってわが神功皇后とし、あるいはもって筑紫の一女酋とし、紛々として帰一するところなきが如くなるも、近時においてはたいてい後説を取る者多きに似たり。(略)
卑弥呼の記事を載せたる支那史書のうち、『晋書』『北史』のごときは、もとより『後漢書』『三国志』に拠りたること疑いなければ、これは論を費やすことをもちいざれども、『後漢書』と『三国志』との間に存する�異(きい)の点に関しては、史家の疑惑をひく者なくばあらず。『三国志』は晋代になりて、今の范曄の『後漢書』は、劉宋の代になれる晩出の書なれども、両書が同一事を記するにあたりて、『後漢書』の取れる史料が、『三国志』の所載以外におよぶこと、東夷伝中にすら一、二にして止まらざれば、その倭国伝の記事もしかる者あるにあらずやとは、史家のどうもすれば疑惑をはさみしところなりき。この疑惑を決せんことは、すなわち本文選択の第一要件なり。
次には本文のうち、各本に字句の異同あることを考えざるべからず。『三国志』について言わんに、余はいまだ宋板本を見ざるも、元槧明修本、明南監本、乾隆殿板本、汲古閣本などを対照し、さらに『北史』『通典』『太平御覧』『冊府元亀』など、この記事を引用せる諸書を参考してその異同の少なからざるに驚きたり。その�異を決せんことは、すなわち本文選択の第二要件なり。
第三巻 第八号 卑弥呼考(二)内藤湖南
定価:200円
四、本文の考証
帯方 / 旧百余国。漢時有朝見者。今使訳所通三十国。 / 到其北岸狗邪韓国 / 対馬国、一大国、末盧国、伊都国、奴国、不弥国 / 南至投馬國。水行二十日。/ 南至邪馬壹國。水行十日。陸行一月。/ 斯馬国 / 已百支国 / 伊邪国 / 郡支国 / 弥奴国 / 好古都国 / 不呼国 / 姐奴国 / 対蘇国 / 蘇奴国 / 呼邑国 / 華奴蘇奴国 / 鬼国 / 為吾国 / 鬼奴国 / 邪馬国 / 躬臣国 / 巴利国 / 支惟国 / 烏奴国 / 奴国 / 此女王境界所盡。其南有狗奴國 / 会稽東治
南至投馬國。水行二十日。 これには数説あり、本居氏は日向国児湯郡に都万神社ありて、『続日本後紀』