週刊ミルクティー*第四巻 第四〇号 0円

M-Tea*4_40-大地震調査日記(二)今村明恒


 加藤委員ら、伊豆半島ならびに三浦半島の調査を終えて帰られた。同氏らは初島(はつしま)まで調査におもむかれ、その隆起せること五、六尺〔一五〇~一八〇センチメートル〕なることを認め得られた。そのほか湘南一帯・三浦半島の隆起は、これまで報道せられたものと大差なく、また地変としては小田原と熱海との間、ことに根府川(ねぶかわ)付近がもっともはなはだしいことなどから推測して、震源は大島と大磯(おおいそ)との間であろうかと断ぜられた。ただ、自分としては最も期待しておった土地の低下せる場所が同委員の報告にもその存在を認められなかったことを不思議とし、陸地測量部の水準測量の結果を静かに待つことにした。つまり、この測量あるいは水路部の水深測量が数か月をへて完結するまでは、起震帯(きしんたい)に関する正確なる推定はむつかしいことではあるまいか。

 待ちに待ったる油壷(あぶらつぼ)験潮儀記録の写し三角(みすみ)課長より送り越された。取る手もおそしと披見(ひけん)すると自分の期待はことごとく裏切られ、地震前には何らの地変も記しおらぬのみか、大地震開始後、幾秒間の後には時計も止まり、これと同時に陸地隆起のあったことを示すだけであった。ただ、基準点の実測から陸地の隆起一・四四四メートルすなわち四尺八寸であることを確かに証明されたのみである。なお、陸地測量部においてわが国の沿岸各地に散布された験潮儀の示す一年平均水位を比較してみると、油壷のみはこの最近二年間において、ある異状をあらわしているように見える。すなわち前の二年間においてすべての場所が水位の下降を示し、ただ、日向細島(ほそしま)のみが一昨年度においてのみ僅少(きんしょう)なる上昇を示しているのみなるに反して、油壷のみは最近二か年間は著しき上昇を示しているのである。これは見様(みよう)によっては、三浦半島がこの二年間、地盤が下がりつつあったことを意味している。なお後日の研究を要する問題である。






公開:2012.5.1
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