M-Tea*5_49-日本周囲民族の原始宗教(五)鳥居龍蔵

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M-Tea*5_49-日本周囲民族の原始宗教(五)鳥居龍蔵

2013.6.29 第五巻 第四九号

日本周囲民族の原始宗教(五)
鳥居龍蔵

  人種考古学上より観たる鬱陵島(うつりょうとう)
   一、総説
   二、現住民の移住状態
   三、文献史上に現われたる鬱陵島
   四、考古学上に現われたる鬱陵島
    于山(ウサン)国時代の遺跡
     古墳(ケルン)
    古墳よりの発掘物
    当時の文化をしのぶべき桑・楮の野生
    新羅時代の遺跡
    石器時代の遺跡
    「于山」について




月末最終号:無料  p.137 / *99 出版
付録:別冊ミルクティー*Wikipedia(65項目)p.448
※ DRM などというやぼったいものは使っておりません。

※ 現代表記版に加えてオリジナル版を同時収録。
※ JIS X 0208・ttz 形式。第五巻 第四四号より JIS X 0213 文字を画像埋め込み形式にしています。
※ この作品は青空文庫にて入力中です。著作権保護期間を経過したパブリック・ドメイン作品につき、引用・印刷および転載・翻訳・翻案・朗読などの二次利用は自由です。
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じぇじぇじぇ、あたまに矢が三本、週刊こんとらばんどー!

(略)市街村落はおよそ十か所ばかりあるが、内地人の勢力が非常に盛んであって、鮮人の勢力というものはほとんどない。鮮人の住んでいるのは主として谷の上流、あるいは山の非常に高いところで、木を火田(かでん)に焼きつくして、そうして農をやっている。(略)ここに来ている内地人はどこの者であるかというと、みな島根県の人ばかり、出雲・隠岐の人である。元島根県の人々がここへ来るのには、小さな舟に乗ってきたものである。いったい島根県の人は、これは朝鮮へ行くとわかるが、江原道・慶尚道・咸鏡道(かんきょうどう)の沿岸は、ほとんど島根県人の勢力範囲のおよんでいるところである。古史に見える出雲と朝鮮との往来というものは、単に昔ばかりでなく、今日においてもやはりおこなわれていることが認められるのであって、ほとんどこの鬱陵島は出雲の人ばかりである。(略)
 この島の島根県人の話によると、風のよいときには小さな舟で一昼夜かかれば出雲の境港(さかいみなと)まで(三保湾であるが)行ける。また、迎日湾へ行くのにもやはり一昼夜でよい。二十年ほど以前までは、小さな船に筵(むしろ)の帆をかけて日本海を出雲から鬱陵島へ渡ってきたものであるが、今ではかえって沖船が往来するためにそれをやらないが、今ここにいるものは、汽船などに乗らなくても小船で行けるというので、主に帆前船(ほまえせん)などで往来している。そのほか日本の漁船を利用しているが、近ごろ、船が不足なために非常に困(こま)っている。そうして、ここに入っている物品は釜山(プサン)港を経過しそうなものであるが、みな境港で、取り引きもまたその境港でしている。こういう状態から考えても、この島は出雲との関係を見るによほどおもしろいところである。(「一、総説」より)

5_49.rm
(朗読:RealMedia 形式 376KB、3:01)
milk_tea_5_49.html
(html ソーステキスト版 180KB)

鳥居龍蔵 とりい りゅうぞう
1870-1953(明治3.4.4-昭和28.1.14)
人類学者・考古学者。徳島の人。東大助教授・上智大教授などを歴任。中国・シベリア・サハリンから南アメリカでも調査を行い、人類・考古・民族学の研究を進めた。晩年は燕京(えんけい)大学教授として遼文化を研究。著「有史以前の日本」「考古学上より見たる遼之文化」。

◇参照:Wikipedia 鳥居龍蔵、『広辞苑 第六版』(岩波書店、2008)。

底本

底本:『日本周圍民族の原始宗教』岡書院
   1924(大正13)年9月20日発行
   1924(大正13)年12月1日3版発行
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person1214.html

NDC 分類:163(宗教/原始宗教.宗教民族学)
http://yozora.kazumi386.org/1/6/ndc163.html
※2013.7.5 現在、リンク先のページなし。

難字、求めよ

小渓 しょうけい?
帽笠 ぼうがさ?
沖船 おきふね?
府使 ふし?
鬱陵開拓使 うつりょう かいたくし?
羅船 らせん?
幣具理 He-gu-ri
基跡 基址(きし)? 墓跡?
屋基
楮田洞
石葬 せきそう?
天井石 てんじょういし?
云ふ迄でも いうまでも? いうまででも?
包含地 ほうがんち?
誓び うけび → うけい、か
咀嚼んで かんで?
羅里山
迎日湾
沙洞
黄洞浦
光岩
昌洞
天府洞
堅達里
親不知、子不知
苧浦 MaShi-ke カラムシ浦の意。(本文)
溟洲道 〓 溟州道。のちの江陵道か。(Wikipedia)
オシマサ 出雲の八束郡御津浦の湾内。(本文)
三保湾 美保湾?
多島海
慶州南山
竹辺
李圭遠
智証王 ちしょうおう? → 智証麻立干か
白吉土豆 Pek-kil-tu-tu 于山島の人。(本文)
金柔立 〓 溟洲道監倉。(本文)
麟雨 〓 三渉の人。按撫使。(本文)
県人万戸南
浮金丸
諸鹿君 〓 慶州にいる新羅学者。(本文)
道主貴 ミチヌシムチ

むしとりホイホイ

北韓 → 北緯 【緯か】
出電 → 出雲 【雲か】
此 島 → 此の島 【の?】
多い、 → 多い。 【句点か】
船  → 船を 【を?】
手名推 → 手名椎 【椎か】
に  → には 【は?】
など  → などが  【が?】
居る、 → 居る。 【句点か】
木  → 木の 【の?】
状體 → 状態 【態か】
さうではない、 → さうではない。 【句点か】
素盞鳴尊 → 素盞嗚尊 【嗚】〓件。
神である。 → 神である、 【読点か】
中との → 中とは 【は?】
神話  → 神話に 【に】

スリーパーズ日記*

書きかえメモ。
欝陵島 → 鬱陵島
日御崎 → 日御碕
Andesite → andesite
Cairn → cairn
ケールン → ケルン
堀つて → 掘って
『于山に就て』 → 「于山」について

※ 各章題に読点をおぎなった。


 本文中、鬱陵島の面積は「九平方里ぐらい」とある。いっぽう、『コンサイス外国地名事典』第三版(三省堂、1998.4)は「72km^2」、 Wikipedia「鬱陵島」にも「72.82km^2」とある。
 一平方里は四キロメートル四方のことだから一六平方キロメートルのはず。そこで七二平方キロメートルを一六で割っても「四.五」にしかならない。仮に本文にしたがって「九平方里」を一六倍すると「一四四平方キロメートル」で、二倍もの差が生じることになる。どこか計算違いか、さもなければ……。

 おっと、ここへきて「一里≠四キロメートル」だったことに気がついた。Wikipedia「里」によれば、「現在の日本では約4km、中国では500m、朝鮮では約400mに相当する」とあるではないか。
 とゆーことは、再度やりなおし。
 朝鮮の尺貫法にしたがえば、一平方里は四〇〇メートル四方のことらしいから〇.一六平方キロメートルになる? これもなんかあやしい?
 「一平方里=四キロメートル四方」換算で面積に二倍の差が生じたってことは、本文にしたがえば「一平方里=√8キロメートル四方」???
 そもそも「九平方里」は「三里×三里」だから三里四方ってことになる。三里四方=七二平方キロメートルということは……一里=三キロメートル弱???

 ところで『世界大百科事典』(2007)では、鬱陵島は「朝鮮半島の東岸から東方40km」とある。こっちは「140km」の単純誤植だろう。平凡社のチョンボみっけ。



朝日びんびん物語。
2013.7.3 3:36 トラの不法侵入。チキン観測。
目くそ鼻くそ、しだひろし/PoorBook G3'99
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