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感情がたかぶっていて…


いろいろありすぎて感情がたかぶって、うまく伝える自信はないけれども。。。

昨年、祖母がなくなり、ことし八月に母がなくなりました。
わたしが幼いころ、父と祖父は冬のあいだ出かせぎに行っていました。三人兄妹のめんどうを見てくれたのは母と祖母でした。母は街の小さな書店に勤め、祖母がわたしたち兄妹の手を取って雪道を幼稚園へ送り迎えしてくれました。

母の生家にはクルミの木があって、祖母はなくなる前年まで毎秋クルミの実をひろっていたらしい。小学生のころ、この木に登って枝をゆらし、祖母といっしょにクルミをひろったことがあります。今年の秋、大風の去ったのを見はからってクルミひろいをしてみました。じつに三十数年ぶりです。

母親は、ながらく体のあちこちに転移するがんとの闘病のすえの死去でした。
「大切なひとを守ることができなかった……」と父は口にしましたが、長期にわたった本人といっしょの生活と介護を想像すれば、わたしには何もいうことができませんでした。心労をかけたすえ、長く帰郷することをこばみつづけたわたしのほうこそ責められるべきで、わたしのほうこそ、最愛のひとたちを見放してしまった。

できることなら、替わってあげたかった。
いろんなものを失ったすえ、ただすぎてゆく怠惰な日々をすごしているじぶんには、生きながらえる強い意志がない。かといってじぶんから進んで命を捨てる一歩もふみだせなかった。富田さんのときもそう。富田さんが元気ならば、もっともっとやりたいことがいっぱいあったろうし、いろんなことを実現して、ぼくたちに見せてくれたことだろう。

みぞれ、シャーベット、凍結、ブリザード、圧雪、転倒……
深夜の雪道をバイクで走っているときも、気づかないうちにいろんな想いがつぎつぎに来挙する。「無心」をこころがけているにもかかわらず。。。疲労、寒さ、痛み……するとふしぎなことに、皮肉なことに、生きることへの執着が消えかかっていたはずなのに、身体は無意識のうちに危険を回避しようとする。転倒をさけようと手足がかってに動く。痛みをいやがり、極力、疲労を回避しようと無理なちからを込めなくなり、肩や腕からムダな力がスウッと抜ける。

母がなくなったのは、今年の夏、総合病院の婦人科の病室でした。
女性特有の病気。父親が母のからだの異変を見落とし、母も積極的に口にすることをためらったことが、六十代での早すぎる死去の遠因にあったのかもしれません。意識の回復しない母につきそうため、一週間ほどでしたが婦人科の病室へかよいました。おもいもよらぬ幸いは、生まれたばかりの赤ん坊たちの産声がひきもきらぬこと、見舞いの子どもたちのはしゃぎ声。

おそらく今回、母親のからだにおこったできごとは、絶対とはいえないにせよ、わたしのいもうとたちやその家族に、あるいは母親の兄妹であるおじ・おばやその家族にも出現しないとはいえない。むしろ、出現の確率は低くないと、こころがまえしていいのかもしれない。そして、今後出現するかもしれない最愛のひとたちの身の上にも。

女性特有の病気。
なかでも、末端の血行不良、冷え。ほてるように血色の良い顔色や上半身とは対照的に、意識の戻らない母親の下半身からつま先は、透きとおるように青白く、冷たかった。

最愛のひとたちを守る……方法はいろいろあるだろうけれども、北朝鮮の核兵器開発を口実に防衛費を増額することではないと思う。からだをきたえる、それも悪くはないが、むだな筋肉だけでは大切なひとを守れない。本を読んで女性のからだ特有の病気のことを知る。それも悪くないけれど、知っただけでも守れない。ならば。



2017.12.31:公開
しだひろし/PoorBook G3'99

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  • こんばんは。本当に久しぶりにお邪魔します。お元気ですか。/しださんの心の動きが私とよく似ているので、心配です。富田さんの時も、同じことを考えていました(います)。/以前入力されたテキストに最近校正希望者が付いたので色々確認しにきたところです。/「ならば」の後の道に灯がありますように。 -- Juki (2018-04-19 00:13:08)
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