これは、限りある自由と希望を守るために戦った、一人の男の物語である。

玲音戦記「VSアメルダ編」玲音@になし藩国


 まこと喜ばしいことである。そもそもこの国は、ぽちあってのになし藩という調子であったし、
商店街から城下から王城まで、本来の姿を取り戻したとでも言うような活気が国中に溢れていた。
 もちろん、それだけなら何の問題もなかったのだ。
 一人の男が命をかけた戦いに赴くのには、それだけの理由が存在した。

「アメルダさん?」
 おうむ返しに呟いて、になし藩国の摂政Arebこと、セレナちゃんは顔を上げた。
執務の真っ最中のことだった。
 執務室の入り口には、一人の男が立っていた。名を玲音。説明するのが面倒なときは、
とりあえず変態の一種だと言っておけば事足りる男である。
「そうです。今こそ我々は、彼女の圧制に立ち向かう時なのではないかと、そう私愚考するのです」
 こぶしを握り締めて力説する玲音の姿は、いつになくオレンジだった。
アメルダの使う狙撃銃のペイント弾がちょうどそんな色をしていたが、どちらかといえば塗料をそのまま浴びた
ような有様である。ついでに頭のネコミミも、ご丁寧に両耳とも撃ち抜かれていた。
ジェントルラット亡命を縁に彼の頭の上に乗るようになった猫の国土産も、ついにトドメを刺されたわけだ。
「——聞いてらっしゃいますか? セレナちゃん」
 そこでようやくセレナは、話がまだ続いていたことに気付いた。いつになく力が入ってるなー、
と他人事のように考える。
「あー、うん。ほんとに愚考だと思ったよ」
「容赦のない言葉ありがとうございます。しかし、事実としてこの国に来てからのあの女の所業目に余るもの
があり。ともすれば、それを指して王女の表現するところの『びっち』と呼称することに
いくばくのためらいもなく。然るに、このままでは当国が
『びっちの、びっちによる、びっちのためのアメルダ狙撃大国』となってしまうことは必定。
ゆえにここに、私はアメルダ狙撃大国からの独立を宣言し、」
 セレナは書類を片付けながら、ふーんと相槌を打って、
「結局さ、何されてそんなになったわけ?」
「——中庭で寝ているところを狙撃されました。そ
れも、実弾を周囲に撃ち込んで脅すことでこちらの動きを封じ、止まってるところに
『ひゃっほー! 七面鳥撃ちだぜ!』とばかりにペイント弾の嵐という」
「アメルダさんがそんなこと言うかな」
「いえ、あくまで自分が想像する限りです。ペイント弾がリズム刻んでました」
「……むしろ、問答無用でそこに至るまでに、キミが何やらかしたのかが気になるよ。すごく」
 ため息をひとつ。この男の馬鹿さ加減については今更言うべきこともなかったが、
問題なのはそれが確信犯であることだった。
そしてさらに厄介なことに、馬鹿な玲音と真面目な玲音は常に両立している。
 セレナは一秒だけ迷った末に、
「ま、好きなようにやれば。アタシ忙しいし」
「うわ、いきなり見放された」
「だって今回アタシ関係ないもん。蹴って終わるならいくらでも蹴るけどさ」
「終わらせないでください。戦いはこれからです」
「そう言って終わったマンガ知ってるなー」
 そんなセレナの呟きを、玲音は聞こえないフリをした。
びしりとかかとを揃え、旧帝國参謀仕込みの敬礼をひとつ。きびすを返して執務室を出て行った。
 ありゃ帰ってこないな、とセレナは考える。
 命の覚悟をした男の目をしていたからだった。

       *

 嘆願書——
一、我らにもっと自由を
一、はてない的ノリツッコミへの理解を
一、地味な説教は短めに
一、狙撃はやめて

 アメルダにっこり微笑んだ。
 ——まあ、それを的確に表現するならば、獲物に飛び掛る前の獣の表情だったのだけれど。

 次の日、セレナがいつものように執務室のカーテンを開けると、
二つ折りになった玲音が木の上に垂れ下がっていた。ペイント塗れなのは変わらなかったが、
今回は上半身裸で、その背中に大きく的が描いてある。真ん中が100点だった。

「……生きてる?」
 死体にしか見えないそれが、ぴくりと動いた。かすれた声で、
「多分」
 セレナはそうかそうかとうなずいた。どんな形であれ、戦友の帰還は喜ばしいことだ。
「で、どうだった?」
「嘆願書破られて、信じる神に祈りを捧げろと言われました」
「キミ、神様なんて信じてたっけ?」
「いえ。ただ、何か言わないとすぐ殺されそうだったんで、その場で神様と祈りの言葉を捏造しました」
「それで?」
「十柱くらいでさすがにネタが尽きまして」
「惜しかったね」
 それだけ言って、セレナは仕事に戻った。今日は早くに切り上げて、ぽちとゲームで遊ぶのだ。
「……あの、セレナちゃん」
「何?」
「これって、オチてますよね?」
「オチてるんじゃない? 地味だけど」
 玲音うなずいた。反動で何度か揺れる。
「地味だけど、オチてますよね」
「うん」
「じゃ、寝ます」
「おやすみ」
 それきり、執務室は静かになった。
 今はただペンを走らせる音だけが響き、窓の外では二つ折りになった玲音がそよ風に揺れている。


玲音戦記「VSアメルダ編」——了




その日の洗濯係 月空@になし藩国


月空さんは汚れた服を洗濯していた。洗濯係だった。
何故執政が洗濯係してるかと言うと、月空さんの趣味だからだ。
「…玲音さん、三回は勘弁してよー…これ全然落ちないんだよー…」
等とぼやいていた。ちなみにオチていないと言いたいわけではないです(笑)




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最終更新:2008年06月01日 18:13