ひかりの中で 見えないものが
 やみの中に うかんで見える
 まっくら森の やみの中では
 きのうはあした まっくら クライ クライ

 さからはそらに ことりは水に
 タマゴがはねて かがみがうたう
 まっくら森は ふしぎなところ
 あさからずっと まっくら クライ クライ

 みみをすませば なにもきこえず
 とけいを見れば さかさままわり
 まっくら森は こころのめいろ
 はやいはおそい まっくら クライ クライ

 どこにあるか みんなしってる
 どこにあるか だれもしらない
 まっくら森は うごきつづける
 ちかくてとおい まっくら クライ クライ

 ちかくてとおい まっくら クライ クライ


「……なにその暗い童謡みたいなの」
「まっくら森の歌」

 影、影、影。
真四角の影。
周囲を取り囲み、たくさんのライトで照らされてるにも関わらず、
確固として、闇の中でなお際立つ黒として存在してる影。

「あんたさぁ……、もう少し元気出せ、ってのは無理にしても
 そんな顔してちゃ普段できることもできないわよ?」
「……わかってる柊」
「エースパイロットがそんなんじゃ、こっちの士気にも関わるのよね。
 シャンとしてなさいよ馬鹿」
「俺はエースなんかじゃないさ……」

 3号機と、初号機の腕を喰らった黒い柱は、
それ以上に黒い、漆黒の、純黒の、究黒の、影へと潜り、
そして消えた。
残ったのは影。
照らしても消えない影。
曰く、あれ自体が、あれこそが、敵の本体で、正体で、胴体で、肉体。
どうしろっていうんだよ……。
 目の前に、あるはずの入り口。
しかし、あやのが搭乗した3号機を含んだ神人が
影の中にその身を沈ませると同時に、
ただの影のように、触れても殴ってもなにをしても、
もう物質をそこに沈ませることをしなくなった。
ただ、消えない影。
そこに見えるのに、あやのには手が届かない。

近くて遠い、まっくらな影。
そこにあるのがみんなわかってるのに、
その先に行く術を誰も知らない。


 どこにあるか みんなしってる
 どこにあるか だれもしらない
 まっくら森は うごきつづける
 ちかくてとおい まっくら クライ クライ

 ちかくてとおい まっくら クライ クライ


「ちくしょう……っ!」

 自分が傷つくのは、怖くない。
戦いだから、いい。良くは無いけど、仕方ない。
覚悟はしてた、大なり小なり。
自分が死ぬのも、まだいい、いいと思ってた。
死後の世界なんて欠片も信じてない俺は、
死んだその先を毛頭信じてない俺は、
べつに、死ぬことは怖くなかった。

 でも、いまは怖い。
死んだとは決まっていないのに、あやのが居なくなったことがこんなに怖いと知ったいまの俺は、
俺が死んだことで同じ思いをする人間がいるかもと理解したいまの俺は、
死ぬのが怖い。
自分の存在が消えるのが怖いんじゃなく、その後の残された人間に傷を残すんじゃないかと、
ただ、ひたすらに、怖い。
自惚れでも、怖い。

 俺は、戦えないかもしれない。
 そして、それで誰かが代わりに傷つくのも、怖い。
 悪循環、最悪だ。
 殴られた。
拳で、頬を、思い切り、振り上げて、振り下ろし、振りぬいた、拳。
ガツンと、力強く、圧倒的な、暴力で、殴られた。

「しっかりしろよ! 前を向けよ!
 お前はいままで初号機に乗ってどれだけの事をしてきたよ!?
 よく見ろよ! 今回が特別じゃない! いままでだって毎回誰か死にそうになったけど!
 でもみんな生きてる! 誰も死んでないでここまできたじゃんか!
 諦めんな! ふざけんな! 死んでるかもしれないけど、それって生きてるかも知れないってことだろ!?
 なんで下みてんだよ! まっすぐ立てよ! みんなが助けるために色々やってるなかで
 一番あやおの近くに居たキョンが諦めてどうすんだよ!
 最後まで信じろよ! みんながいままで信じて! 頼って! 信頼してたお前はどこだよ!?」

 柊の、熱い言葉、しかし俺は少年漫画かよ、
とか、そんな捻た感想しかでなかった。
言い返すことも、殴り返すことも、睨み返すことも、なにもせず。
闇夜の中、人工の光で照らされる街を、周囲を見渡して、立ち上がる。

「一回、信じさせたら、最後まで信じさせろよ。
 最後まで、貫いてみせろよ……」
「信じるってのは、裏切られてもいいってことだろ。
 俺は信じてくれとか言ってないし、信じてもらえるようにがんばったわけじゃない。
 ただ、がむしゃらだっただけだ」
「馬鹿!」

 駆け出して、そのまま行ってしまった。
そして俺は取り残された。
柊に、しがらみに、流れに、世界に、なにに? 自分に?

「……いてて」
「……平気?」
「ん、長門居たのか」
「……」
「ま、大丈夫だろエヴァに乗ってりゃ一時間で治る」
「そう」

 黒い空。黒い影。
そんな中、白を基調にしたプラグスーツを着ている長門は、
少し、浮いて見える。
直立不動、地に対し垂直を保つ長門の姿勢が、
それに拍車をかける。
……少し、腫れてきたかな、頬。

「大丈夫?」
「ん、今度はなにがだ?」
「……色々」
「色々…、ねぇ。大丈夫だったり、そうじゃなかったり、だな」
「そう」
「あぁ」

 悪循環の最悪。
それは取り消すつもりもなく、撤回するつもりも無いが、
しかし収穫もあった。
こなたや、喜緑さん、みんなは司令部で、こんな気持ちで居るのかと、
少し、感慨もあった。

 俺や、柊や、長門や、あやのが、
戦ってる間、ただ見守っている、自分達で戦えない
あいつらのその無力感は、きっと今の俺の比ではないのだろう。
いまのいままで、知らなかった。
自分の痛みは我慢できても、他人の痛みは我慢できないということを。
無知だった。無知は、罪らしい。

「長門、あやのは――」
「あなたが、望むのなら、帰ってこない筈が無い」
「……そっか」

 夜風が、中途に火照った身体にひんやりと心地良く感じる。
多量のライトで照らされた影を見下ろす。
あそこにあやのがいる、あの向こうであやのは一人で居る。

「絶対に、助けるから。もう少しだけ、待っててくれよ」

 正方形の影。
照らされて消えぬ影に、
独白のようにそう呟いたと同時に、地が揺れた。
大きな地響き、さらに地鳴りがし、地割れが起こった。

「……な、なんだ!?」
「あれ」

 俺達が居たビルも大きく揺れているにも関わらず、
機材が倒れ音を立ててスタッフが叫ぶ中、
長門は屹然と二本足でたち、一点を指差す。
影の、中央。黒い黒い影の中心から生える、一本の黒い黒い腕を、指差す。

 それは、見紛うことない。
巨大な、エヴァンゲリオンの腕。
あやのが搭乗しているはずのエヴァ3号機の、
俺が掴んで、守れなかった機体の腕だった。

「う、嘘だろ?」

 震源は、あそこ。
どうやっても干渉できなかった、
あの染みのような消えない影が、歪み撓み拉げて割れていく。
激しい音と揺れを起こしながら。
3号機の腕は、少しずつ姿を現して、肩口まで姿を見せる。

 しかしありえない。
飲み込まれた時点で活動限界まで二分しかなかった
3号機が動いて、残った三機のA.T.フィールドでもなんの変化も与えられなかった
あの影を、あぁも見事なまでに破砕してしまうなんて。
「どう……、なってるの?」

 唖然とした声が、後方から聞こえる。
先程去った筈の柊の声。
しかし俺はそれに答えることができない。
反対の腕も出現させ、顔も半分程でてきている。
……どうなってるのかなんて、わからない。

『ウオォォォォォ!』

 遠吠えというか、咆哮。
鈍く、普段とはかけ離れた紅い色に光る瞳をギラギラとさせて、
顔を全て影から脱出させた3号機は
野生の動物の如き大声量で吼える。
ビリビリと全身に響くその声は、空に渡って広がった。

「なんなんだよ、これ……?」
「わからない」
「ただ――」

 長門は、続ける。
独白の様に、この大きな叫び声の中。
掻き消されそうな程の声で。

「――あれは、エヴァではなく、神人というべき」

 恐怖、根源的で人間を強く動かす感情。
大いなる恐怖。
俺の、いやこの場にいる全ての人間の心に浮かび上がってるであろう、
目の前の状況、あの巨人に対する恐怖感。
これは、確かに神人だ。エヴァではない。
圧倒的な破壊神だ。

「あんなものに、私達は乗ってるの……?」

 柊の一言が、やけに俺の胸に残った。

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最終更新:2009年09月12日 12:22