「総員第二種戦闘配備」

 こなたの声を受けて発令所は騒がしくなる。
先ほどまでの整然とした、水面下での騒がしさとは違う。
恐ろしさに突き動かされる慌しさ。恐慌ともいえる騒々しさ。
辺りにはスピーカーから流れるオペレーターズの声。
そしてモニターに浮かぶ巨大な立方体

「向こうから積極的に攻撃してくるって気配は無いわね」
「そのようだな。ただ移動してるだけに見えるな。
 真下を通る人間にも見向きもしない、のはまぁ過去の奴らにも言える共通の事か」
「で、霜払い説はどうなの?」
「いまはどうにも言えんよ」

 パターンオレンジ。
正体不明を表すパターン色。
神人でも人でも、有機物でも無機物でも生物でもない。
正体不明というかもはや意味不明の存在。
 全ての辺の長さが同一の面が六つの立体。
正六面体。
無意識だったのか、いまさら自分の胸の中心。
強烈な熱を帯びた鉄棒をねじ込まれた場所を抑えていることに気が付く。
嫌な、事件だったな。なんて。

「正体はわからない、なんていってもあれが神人以外の何者でもないことは明らか。
 そうでないにしても友好的とは思えないしね。
 なので君たちには早速出撃してもらいたいんだけど…」

 街中、ビルをよけて浮遊する立法体が映るモニターを俺は眺める。
すでにパイロットは全員この場にプラグスーツを着て立っている。
出撃自体にも文句は無いし、それが勤めだ。
だけれど、あまりにも。

「なにか異議申し立てはあるかな? …キョンは?」
「情報があまりにもない。兵装ビルなり戦車なり、なんなりでいつもどおり攻撃してみないのか?
 攻撃すれば反撃してくるかもしれないし、それでも無視するかもしれない、
 なんにせよ少しでも相手のでかたが知りたいところじゃないのか?
 まったく情報なしで飛び出るのは些か不安だが」
「私もそれには同感ね」

 柊だけでなく、長門とあやのも無言ながらに賛成票を投じている。
それを見て取ってこなたはやや困ったように頭をかいてみせた、
その表情には「やっぱり」という色も些少ながら混じっていた。

「そうしたいのも山々なんだけどね…、
 依然復旧率一桁なんだよ。市街の修復にお金も時間もかけすぎてね」
「前回の神人は侵入型だった…って」
「あれですよね? 空から落ちてきた奴…」
「そ、あやのちゃんの言うとおり。彼奴の所為で一面やられちゃったからさ。
 ジオフロントに引っ込んでる部分はいいんだけれど、表面に出てる分はどうしようもないからね」

 兵装ビルは住居ビルと違って戦闘時にこそその意味を成す。
基本的には非常事態宣言中に地下に潜る様な形式ではなく、
そのために全滅したらしいのが現状なのだという。
無人で攻撃する装備が現在のここには無い。
何時如何なるときでも金は大事大事ですか。
タイムイズマネーならば時間も金。二乗に金が浪費されているな。

「じゃあ戦略自衛隊とかはどうなのよ?」

 俺が黙る代わりに柊がでて問う。
答えは聞くまでも無いと思うのだけどね。

「いまは相手は神人ではなく正体不明の浮遊体だからね。
 元々仲が悪いのもあるけど神人相手じゃないのにわざわざ出向いてくれないんだよね~」
「どうにもお役所仕事的だな。認識されてなくても明らかにあれは神人だろ」
「ぼやいても仕方ないよ。とにかく各機の装備は遠中距離を基本にして様子見のスタンスで」
「了解」 

きりきりと、こめかみがわずかに痛む。
なんだ、これは?
痛みとは得てして人間にとって肉体的にも精神的にも
強い負荷、ストレス、フラストレーションを加えるものの筈だが、
この痛みになぜか不快感はない。

「じゃ、頼んだよ」
「ん、任せておけ」

 手の甲を軽く三回。
パシパシパシとぶつけてから、
俺はダッシュでケイジに向かった。


 もうこうしてエヴァにのって出撃するのも何度目になるのか。
小さな駆動音、全身にかかるエヴァの四肢の感覚、
LCLの匂い、液体に身を浸す感触、
溶けきらず気泡となる吐息、瞼を閉じても見える外界。

「エヴァ各機リフトオフ、目標はA-6ブロックを微速移動中」
「了解、移動を開始する」

 ハンドガンとパレットライフルを装備し、
アンビリカルケーブルを引きずりながら街を走る紫の機体。
目標を中心とした四角形となるようにエヴァを動かす。
俺は目標進行方向の左前方、
以下、零号機弐号機3号機の順で、
左後方、右前方、右後方。
 時折、思い出したかのように回転する純白の直方体。
縦に横に勢いよく。文字通り縦横無尽に回り回る。

『あの動きキモいわね…』
『なにか意味があるんでしょうか』
「さぁな、長門はどう思う?」
『…不明、しかしここは黙って出方を見るべき』
『私は攻撃してみた方がいいと思うけどね』

 ハンドガンは肩に閉まってあり、
今構えているのはパレットライフル。
射程内ではあるものの、しかし攻撃意思はまだ感じられない。

 ビルに姿を隠し、目標の姿を確認してまた進む。
非難がとっくに済み人の居なくなった街並み、
無音で移動する敵。
どうにも静か過ぎて気分が悪い。

『ひゃっ!?』

 あやのの焦ったような声、
それと後方からエヴァの聴覚で聞こえる低い接触音。
俺は突然目標が攻撃行動を始めたのかと思い、
武器を構え視界に入ってる直方体に銃口を向けた。

「大丈夫かあやの!?」
『う、うん。ケーブルの長さが足りなくなって転んだだけだから…』
『ちゃんとゲージ見ときなさいよ、驚くじゃない…』

 緊張の後の安堵。
それは弛緩。紛れも無い隙。
それが、長門を除いた三人に、一瞬蔓延した。

『パターン変異! 神人と確定!』

 一瞬だった。
緊張から弛緩して、声を受けて降ろしかけた銃口を再度直方体に向けるまで、
多分あって二秒程。
その間に、敵の姿は、俺の視界のどこからも、雲散霧消していた。
 次にそいつを発見したのは後方、3号機の方を向いたときだった。
ようやく立ち上がり、ケーブルを外そうとしている、3号機、
つまりは、ケーブルによって逆に、拘束され、動けないあやのの、直上。

「あやのっっ!」

 もはや陣形もなにもない、
全力で身動きできない3号機に向かい走る。
3号機から最も遠い場所に居た零号機が援護に射撃を行う。
パパパと軽い銃声と共に直方形の敵から離れた場所で
幾度となくA.T.フィールドにぶつかり弾ける弾丸。

『くっ、これって…』

 あやのの声。
見れば足元にある真四角の影に足首まで3号機が埋まっている。
これでケーブルの如何に問わず身動きを封じられた。
 マズいと思った。
ヤバイとも、キツイとも、思った。
あやのはこれでエヴァで実戦にでるのは二度目、
真っ先に標的にされて混乱しやしないかと、錯乱しやしないかと、思った。

『こいつっ!』

 だが、あやのは弱音を言うよりも先に、
泣き言を言うよりも早く、助けを求めるよりも急いで、
自身の所持していたソレッドニードルガンを構え引き金を引いた。
本来火薬でなく電気で弾を無音で打ち出す遠距離から
悟られないように攻撃するための銃で、
細く鋭い銀の針を幾重も打ち出す3号機。
その全てはフィールドで防がれ甲高い音と共に影に埋没する。

『でぇりゃぁぁぁぁ!』

 ついで柊の声。
ソニックグレイブを上段に構え振り下ろす。
遠方からの狙撃、下方からの射撃、上方からの斬撃、
しかし直方体は全てを防ぐ。


 高い、金属音。
弾ける火花。
神人がくるりと一回転、弐号機に向かって行うと、
全ての攻撃を防いでいたA.T.フィールドがソニックグレイブだけを支点にしていた
弐号機を吹き飛ばす。

『きゃぁっ!?』

 地に足がついてない状態で力を加えられた弐号機は
大きく吹っ飛んで、狙い通りなのかどうか一直線に
零号機に向かい、受け止められる。

 残ったのは、3号機と、
そしてようやくおいついた俺、初号機。 3号機の足元、真四角の陰に付き刺さる
跳ね返った銀の針。
そして沈み込む3号機の足首から下。

「あやの、大丈夫か?」
『うん、問題ない。ただフィールドが強すぎるみたい、
 近接系の武器で直接フィールドを引き剥がさないと厳しいわ』
「……そうか」

 口調がいつもと違う。
雰囲気が、普段と違う。
それでも、感覚がわかる。
エヴァに乗り、自分が変わるイメージが明瞭に。
 ここまで接近すると遠距離用の武器など無用の長物、
離れようにもどうやらこの影はかなり強力な束縛力があるらしい。

「動くのは無理か?」
『無理というか、足首から先、影に埋まってる部分の感覚がない』

 ふと、パレットライフルの弾が切れ、
マガジンを換装しようとしたとき。
神人の不明瞭で不規則で不気味な回転が途切れた。
完全な静止。
その体勢は、いつぞやのビーム砲台を思い出す。
図形、記号、立方体と八面体。

『強力なA.T.フィールドを感知! 危険です!』

 オペレーターの声。
危険なのはわかってる。
なにやら良くない雰囲気だ。
しかし、3号機はこのままじゃ動けない。 立方体が、縦に伸びていく。
周囲の光を捻じ曲げて、淡く七色に光ながら、
その黒く四角い身体をゆっくりと空に向かって伸ばしていく。
じわじわと、じりじりと、ぎりぎりと、
それを同時に、底の部分、底面の部分に対角線を結ぶように
白く、光が漏れる筋が浮かび上がる、
側面も、角にあたる部分が一番上まで白い筋が入っていく。

『アレは……キョン君、早く3号機を引き上げて逃げて!!』

 喜緑さんが叫ぶ、
呆気に取られ、ただ形状を変えていく敵を眺めていた俺は
そこで我に返る。
いまや立方体の敵は直方体となり、
そして筋に沿ってゆっくりと口のように四つの部品に分解しつつある。 中心に空間が空いたプラスのような形態に変わった神人。
俺は3号機の腕を掴んで引き上げようとして気づく。
影が、変わってない。
上空の神人が形が変わったのだから、その下の影も、
当然形が変わってなければおかしい。
そしてそうなれば、影にいたあやのは丁度中心の空間の部分にあたり、
影から開放され、俺が今度は影に捕われるはずなのだが、
あやのは以前影に足を絡め取られたままだった。

「あやの! 腕を!」

 こちらに伸ばされる腕を掴み、
一本釣りでもするようにぐいと引っ張りあげる。
3号機の重量よりもよほど大きな加重に後ろに倒れそうになるが、
どうにか3号機をそのままの勢いで神人から遠く離れた地点にまで
乱暴ではあるが移動させることに成功した。





 と、思った。 




影から抜け出させることに成功したし、
初号機の頭上を越え、俺が手を離せば、
多少はあやのにもバックがあるだろうが
確実に距離を取れると、思った。

「は?」

 バクン、と。
いつの間にかずいぶんと降下していた神人が、
俺とあやのの頭上にきちんと座標を直して、
開いた身体を元に戻すように、
開いた朝顔の花弁がするすると蕾に戻るように、
勢いよく、素早く、目にも映らぬ速度で、




 掴んでいた初号機の腕ごと、




 3号機が、まるまる、喰われた。

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最終更新:2009年07月18日 12:58