手にかかる強い負荷。
耐え切れず両腕は少し上方に浮上る。そして全身を揺さぶる轟音。
防音性に優れた耳あて越しに聞こえるその音を感じ、
ゴーグルの向こう、人型に空いていく穴を見ながらさらに連続で引き金をひく。

 やがて引き金が非常に軽くなり、残弾が尽きた事を知る。
硝煙の上がる銃口をみ、耳あてとゴーグルを外す。

「凄いねキョン君」

 後ろで眺めてたあやのが今にも拍手でもせんばかりにそう言った。

「って言っても、結局人間相手には撃った事は無いし、的に撃つならあやのだってそのうちできるさ」

 あやのは銃撃が苦手だ、刀剣類の扱いも苦手だし、格闘も苦手だ。
それは当人の素質云々もそうだが、あやのにはそういった物への興味が過去になかったからだとも思う。
男ならどんな形であれ戦いと言うものに憧れたりする。
銃刀剣類に限らずロボットなり変身ヒーローもそうだ、
だから目の前に現われたら多少なり興味は持つし、試したくなる気持ちはある。
俺だって戸惑いの中にもそんな気持ちは確かにあった。
でなければ受け入れることも戦いに勝って生き残ることもできなかっただろう。

 しかしあやのにはそれがない、やらなくちゃいけないからやってるだけ。
義務感や責任感の様なものでは、身に着く速度は遅い。
好き物こその上手なれはそう言う意味だ、好きな物は吸収が早い。

「どうしたのキョン君?」
「いや、なんでもないよ。あやのも少し撃つか?」
「…ううん、やめとく」
「そっか」 

白く長い廊下をあやのと二人で歩く。
足音が、やたらめったらに響く。

「キョン君…」
「ん? なんだあやの」

 喫煙所の自販機で、なにか買おうとしてるとあやのに話しかけられる。
が、先が続かない。

「怖くないの?」
「怖くないよ」

 やっと言葉を口にするあやのに即答する。
そんな事は前から自問自答した、簡単な質問だから、
だけどあやのは即座に答えられた事に少々戸惑っているようだった。

「怖いと思ってると、きっとなにもできなくなる」

 転ぶ、落ちる、叱られる、嫌われる。
 死ぬ、殺される。
人はいつも見えない恐怖に自身を抑制させながら生きている、
実際はその大半が実際起きてみれば大したことのない事なのに。
それでも人は怖がり見えない所への一歩を踏み出せないでいる。
怯え、戸惑い、疑心に駆られ、竦み、立ち止まる、
その結果として残るのはなんだ? なにも残らない。
立ち止まったところで、自身を含めたすべてが心を置いて
ずっと流れ続けてしまう。それはまるで清流の中の岩塊のように。

「俺は、怖くても、怖くても、怖くないと言い続ける」

 怖くて、怖くて、怖くて、足を止めてしまうのは間違いじゃない、悪くない。
でも決して正解ではない、良くもない。
恐怖に怯えながらも一歩を踏み出す、それを。

「人は勇気と呼ぶんだと思うよ?」
「どんなことが起きても大丈夫、って?」
「あぁ、いい続ける」
「いまこの瞬間敵がきても?」
「怖くない、倒すだけ」
「それで誰かが危機に陥っても?」
「怖くないさ、俺が助ける」
「ふぅん…」
「なんだよ?」
「じゃあ、私が死んじゃっても大丈夫なの? キョン君の前からずっと居なくなってキョン君は平気なの?」

 沈黙。

切り替えしが上手いというかずるいと言うか。
平気、と言った場合。それはもうアウトだ、色々とアウトだ。
内実がどうであれなんかアウトだ。
じゃあそれは違うと言ったら?
この状況では誠実な意思があろうと受け止められることはないだろうし。

「ふふっ」
「…なんだよ?」
「困ってるなぁ、って」
「…」

―――――

 過去に来た敵は九体。
俺が第三にきてから、既に九体。
約八ヶ月で、九体。これは多いのか、少ないのか、
俺には理解がいまいちできない。
比較検証の余地が無いから。
それでも、一ヶ月に一回以上のペースでやってくる未知の敵、
彼らは毎度姿を、能力を、行動圏を、なにもかもを変化させてやってきた。
同一の存在とは決して思えない、圧倒的な、絶対で絶大な差異。
一体あんなものを”神人”などとどうして一括りにできるのだろうか?
そもそもあんなものがどうして襲ってくるとわかっていたのか、
あんなものに神の名を与えたのはなぜか、
何故あいつらは第三に攻め入るのか、
少しでも思考を巡らせればでてくる疑問の束。

「それでも、降りかかる火の粉は払いのけるのが通り、か」

 自室、学校で授業に端末として使うノートパソコンを机で開いてテキストに過去の敵の外見的特徴や
発現パターンに戦闘のデータ、そして如何様に倒したか文章に書き上げる。

「…」

 現在は深夜。
時刻は2時をやや回ったところであり
部屋にはキータッチの音が小さく響くだけ。

「最初に近距離人型汎用、次に鞭の中距離、その次の光線の長距離」

 様子見の最初の神人、二足歩行、接近戦主体。
攻撃パターンは殴打、手から伸びる謎の光、そして後から知った光線。
倒した際使用した武器はナイフのみ。

「こちらの攻撃がナイフと拳とのみと見て取っての二体目」

 二体目の神人、空中遊泳、中距離攻撃がデフォルト。
攻撃パターンはナイフの届かない距離からの鞭。
倒した際に使用した武器は再度ナイフだが、
パレットライフル等中距離の攻撃も行った。

「と思ったらさらに距離を伸ばしての三体目」

 三体目、同じく空中遊泳型、長距離、超長距離からの一撃射撃。
攻撃パターンは複数威力の切替が可能な極太ビーム。
倒した際に使用した武器はポジトロンスナイパーライフル。
まぁとどめは結局直接紅球を引っこ抜いてのことだが。

「…そういやあの紅球はどうなったんだか」

 四体目、水中型、近中距離、ヒット&アウェイを基本。
攻撃パターンは音波のパルス砲と牙。
超長距離にも対応したこちらに対し限定的な環境を持ち込んだと予想。
倒した際に使用した武器は弐号機以降が装備のニードルガン。
初の水中戦闘及び、弐号機の初出撃となる。

「距離でダメならこんどは地形」

 五体目、人型分裂式、近中距離、分裂した後のシンクロ攻撃をニュートラルに使用。
攻撃パターンは特殊、初期は単一で存在しその後二体に分裂、爪や光線を用いた戦闘を行う。
距離に続き、限定的空間も打破された次の手段としての、二体同時出現。
倒した際に使用した武器は複数だが、とどめは初号機と弐号機の蹴り。
この際音楽を流し二体のリズムをコンマレベルで合致させる
ユニゾンと呼ばれる作戦を取る。

「…なるほどな」

 こうして書き上げてみると顕著。
わかりやすいというかなんというか、多種多様なパターンを模索し
再度攻撃の際には前回の相手の弱点を突く形で襲う。
簡単簡潔明快そのもので非常に効果的かつ戦略的。
もしかしたら、最初の一体をきっちり訓練されたパイロットが
種々様々な武器を使用して勝っていたら敵はさらに強くなっていたかもしれない。
となるとなるほど、俺の稚拙な戦闘は逆に相手にとって油断させる結果になったのかも知れない。
怪我の功名というかなんというか、まぁそれでも毎度精々辛勝がいいところなのだが。

「さて、次」

 六体目、地雷設置型、近距離、ヒット&アウェイを基本。
攻撃パターンにこれといった特徴なく、四体目と似通っている。
結局過去のパターンから最も手こずった海中戦を引っ張ってきて
空間をさらに特殊で地形効果の高いところを選び、
さらに過去のパターンにないこちらに攻めさせるという試行も兼ねてる。
特出すべきはその防御力、溶岩内で口腔を開くという行動、
自らを囮としてエヴァ一体のみを戦場に引きずり出す手法。
倒した際に使用した武器はA.T.フィールド。

「なにしてんの?」

 カラッと戸が開いて柊が顔を出す。
眠そうな表情に軽い寝癖、
そして明らかにキャラと合わないファンシーなパジャマ。
どこをどうみても寝起きだった。
俺は一瞬、「すまん起こしちまったか」と謝罪を入れようかと思ったが、
考えてみればこいつは先日から隣の一室で長門、あやのとともに生活(基本寝る時間
以外はこちらにほぼ百パーセント常駐してるので実際の生活拠点はこちらだが)をしてる為、
俺のキータッチが壁を越えて部屋を越えて柊を起こすことなど無いのである。
そこまでうるさかったら先にこなたがやってくる。

「いや、テキスト作業だけど。お前はなんでこっちに居るんだよ?」
「小腹がすいて」

 そういうのは自分たちの部屋で済ましてほしい。
夜中に小腹が空いたからといって、
部屋をでて家を出て廊下を歩いてこっちのキッチンの中身を当てにするな。

「いや、あっちの中身空っぽだし」
「この前色々買い物してたじゃないか」
「全部こっちに入れた」

 向こうの部屋の各種電化製品や調度品が不憫でならない。
活用してあげようぜ少しくらいは、可哀想に。

「で、テキスト作業ってなによ? 日記でも書いてんの?」
「だったらもっと誤魔化すか、もしくは開き直って教えるかのどちらかだ」

 俺の場合は後者だな、あまり他人に見られて困る内容じゃないし。
そもそもほとんど衣食住をともにしてる相手だ、体験したことなどほぼ同じだ。
俺はノートパソコンをくるりと回して柊に見せる。
ノートは元々その特性上モニタフィルタリングを標準搭載しているが、
この授業用端末はカンニング防止のため普通のノートよりそれが強い。
柊から見ればPCが電源入ってるのかどうかも画面を見ただけじゃわからないほどに。

「なになに? …神人のデータ?」
「あぁ、俺なりの考察を加えたデータだ」

 パソコンを片手で支えながら、データを読んでいく柊。
興味をそそられたのかなんなのか黙々と読み進めていく、
俺はというとその間柊の瞳に映る光をなんとなしに見つめていた。
…そういや俺も少し腹減ったな。

「あんたさぁ」

 一通り読み終わったのかノートをこちらに返してくる柊、
不備がないか、矛盾はないか、何かしらの指摘をしてくるものと
俺は少々身構えていたのだが、結果柊の口から零れ出たのは一言。

「くらっ!」
「はぁっ!?」
「こんな夜中にこんな作業を一人で黙々とやってるとか根暗君じゃないのあんた?」

 なんか吐き捨てるように言われた。
確かに愉快な作業ではないが、しかし自身も関係してる大事な事ではないのか。
俺はなにやら色々とショックだぞ。おい。

「ってかなに? それをどうすんの?」
「どうするとは?」
「あんたの仮説は、つまるところ各神人の情報のリンクでしょ?」
「まぁ大雑把に言うとな」
「で、それがわかって。どうなるの?」
「次くる敵の予想ができる」
「あんたがわかっただけでどうにかなるわけ?」
「このデータはもう少し加筆修正してから喜緑さんに渡す」
「はぁん。で、あんたの見解では次はどんな奴がくると思うの?」

 嘆息をついて、あぁお腹すいた早くなんか食べたいな~。
みたいな感じで俺に聞いてくる柊。
超投槍、70mは飛んだ、間違いない。
が、しかしまぁ一応聞かれたことには答える、
俺なりの見解と考察を加えた自身の仮説を信じる限り、次の敵は。

「こちらの機体を奪う人質野郎、そしてマクロにミクロときたからな」
「あやのの時と全身爆弾にコンピュータね」
「あぁ。だからそろそろ次のパターンにでるんじゃないかと思ってる」
「次のパターン?」
「つまるところデータだけでなく侵攻も引き継ぐ」

 一体一体で攻め込み倒すことを目指すのでなく
役割分担をして後続に情報だけでなく、
もっと別の物を残すやり方。
俺は少しばかり悩む振りをして、自信ありげに柊に言う。

「つまりは露払い役、邪魔なものを排除して後続が攻め易い状況を作る奴がくると予想するね」

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最終更新:2009年05月17日 11:15