パイロット不在の初号機。
それと、シンクロしてない状態でただプラグに乗せられた柊達の乗る零号機、弐号機、3号機は無事ジオフロント内部の地中兼地上へ射出されて待機している。

 そして俺はどうしているかと言えば。
朝比奈さん、国木田、パティのオペレーター達、
そして喜緑さんと協力して神人の対処に追われていた。
――頬に小さな紅葉を携えて、だ。

「……」

 普段は指令室の床下(?)に格納されているMAGIを構築している、中身の部分。
そこにあるメンテナンス用の空間に俺は、俺と喜緑さんはいて、
国木田達はその空間の外でサポートをこなしている。

 現在、状況は極めて劣勢であると言える。
神業的(笑えない冗談と言える程に適切な表現だ)スピードでMAGIに対しハッキングを行い
本部の掌握を計る神人に対し喜緑さんが行った行動は二つ、ロジックコードと形成係数進数の変更。

 前者により最初に神人に奪われたバルタザールからメルキオールに対するハッキングの、後者により神人本体による解析の速度を格段に落とす事ができたが、
それも時間の問題でメルキオールはすでに半分近く神人に犯されている。

 三機のMAGIが全て乗っとられれば当然自律自爆は可決され、
本部は蓋になってる地表を吹き飛ばして無くなるだろうことは明白。

 かの様な生体有機コンピューターであるとされる神人に対して喜緑さんは
ハルヒ、森さん、こなた、オペレーターズ、そして俺に対して、
変わらぬ柔らかな笑みで自らの頭脳により導きだした作戦を述べたのだった。

 曰く「逆ハックを仕掛ける」、と 逆ハックとは。
通常自らのコンピューターに不正アクセスしつきた相手に対して行う一種の報復行為であり、
ハッキングを仕掛けて来た相手のコンピューターの破壊を目的にするものだと俺は思っていた。

 まさか向こうから通れてこちらからはアクセスできない理由はない。
一方通行といくら言っていても道があれば通れる。それこそどこへでも、垣根も隔たりもなく、だ。
まぁそれは当然ルールを破るにはそれなりのツールとスキルが必要だが、
ルーツは知らないが喜緑さんにはその圧倒的なスキルが備わっている。


 いる……のだが、まさか神人に対しハッキングを行うなどと言うとは―
前述の通り、神人がこちらに対しハッキングを仕掛けてる以上そこにはネットワーク上の
通路が確実にある訳で、どうしても奴等の進行を妨げられない以上攻勢にでなければならず。

 カタカタと言うよりはカカカカッと言う感じの音が聞こえる。ドラムロール。
コードの海、踏まずに歩くには足を引きずるしかないような状況。
そこに一つ一つに番号が振ってある大量のキーボードや記号と英数のみで構成されたメモの山。MAGIカスパール内部のメンテナンス用空間。

 そこで俺は喜緑さんと長いコードでMAGI、カスパール内部の人格構成部分に繋がったキーボードを
無言でたたく作業に集中していた。

「意識を持つ、生きたコンピューターなら、プログラムを書き替えて
本部に進行すると言う意思を消してしまえばいい」

 ハッキングしただけでは問題の解決には当然ならない。のでハッキングしたその先
神人を倒す、少なくとも無力かする作業が必要な訳で、
先程の台詞は喜緑さんがやろうとしていることを乱暴に説明したもの。
つまりは逆ハッキングの先の作業だ。

「流石ね」

 なにを言われたのか、認識するまで幾許かかかり。
理解した後もその言葉の意図が把握できず、返答に詰まった。

「あなたに苦手な物ってあるのかしら?」

 キーをたたく速度を緩めずに喜緑さんは続けて言葉を発し、
俺はようやく先程の言葉の意味を正確に飲み込んだ。

「まさか喜緑さんみたいな人にそんな事を言われるとは、驚愕極まりますよ」

 同じく、と言うにはタイプ速度に違いがありすぎるが
俺も速度を落とさず、脳内を二つに分けて言葉を練る。

「MAGIの製作初期段階、第七世代としてのコンピューターに人間の人格を移植する。
涼宮さんが発案した試作的初期機の製作のほとんどをあなたが手掛けたと聞いてるわ。
初期規格のOS、人格の移植における被験者の選抜、解析及び構築。これらを行ったとね?
私はあなたに続いた人間よ、当然の感情じゃない? 流石あなただとね」

「買い被りも度を過ぎれば皮肉もしくは嫌味ですよ喜緑さん、
俺はあいつの設計に口出しして、言われた通りに形作っただけです。
素材を、機材を用意されて作り方を横から逐一教わりながら作っただけですよ、
まさか喜緑さんだってエヴァの装備を一人で作る上げる訳じゃないでしょう?
研究者は研究、検証、設計して、人に作らせて評価を得る。
そこには多大の、自らがそれの意味を知らずに組み上げる労働者が存在し、
コレの最初期軌道の時はハルヒが研究者であり、俺はただの労働者ですよ。
あいつもあの頃はただのガキで金なんかあるわけないですからね」

 立て板に水で喋り、想起する。四年前、それ以上になるあの頃を。
だがそれも一瞬の走馬燈、すぐに意識をボードに戻す。
まだ神人にハッキングを仕掛けるどころか、神人に送りつける゙ウィルズも完成していない。
 こちらからハッキングをかけると言う事は、現在展開されている防壁を全て開放すると言う事でその状態でカスパールが他の二機に攻撃された場合、せいぜい20秒程度しか持たずに陥落する。
つまり、ハッキングして神人を無力化させるための作業をその20秒間で完了しなくてはならない。

 これは想像以上に骨だ。
と言うか、理論上不可能だ、だから先んじてプログラムの骨組を神人の動きを抑制させてる間に作っておき、残りをその20秒で入力する。文章にすればさらに困難に思えるな…。
メルキオールがバルタザールにより完全に寝返るまではあと2時間、それまでに
この作業を終わらせて、ハッキングを開始するだけでもギリギリだと言うのに。

「確かに、あなたの名前は表にでてないですけどね」

 先程打ち切った筈の会話を続ける喜緑さんに俺は微かに苛立つ。
自分らしくないが、誰にも触れられたくない過去と言う物がある。
俺にとって生まれてからここに来るまでの全てがそこに含まれる。俺は過去を探られるのが嫌いなんだ。
だから自然、口調が荒れる。

「それがなんだって言うんですか? いまはそんな雑談に興じてる場合ではないでしょう?
あなたとの会話は俺にとって有益ですが、今回ばかりはそうは思えない。核心をのらりくらりと
外しながら外堀を埋めて、冗長ですよ喜緑さん。普段ならまだ許容できますが今の俺には無理だ、
俺は凡人だから焦るんですよ。わかりますか? いまは焦って事を進める場面です、一刻を争う場面ですよ。
あなたにはそれがわからないのですか? それとも俺の過去に、その功績の如何がこの場に
重要な意味合いを持つのですかね、ならば早急に話を進めて帰結させていただきたいものですが」

「……、ですがそうやってキーボードを叩く姿を見るとやはりあなたは確実に
MAGIの創造主の一人としてあなたは数えられるべきだと思うんですよね。
三賢者の名を借りたこの三位一体のシステム、それを作り上げたのも三人なら、
まぁ確かに語呂がよろしいのでしょうけどね。
でもそれならば何故私がそこに加わっていて、あなたが居ないのか。疑問に思うんですよ。
確かに私はことコンピューターに関しては非凡な能力を獲得してはいますが、
MAGIに関与したのは完成間際の調整や人格移植のデータ作成等だけです。
確かに完成させた者の一人は私でしょう、それは真実です。
しかしそれこそ私はあなたの言う労働者、フェロー、手伝いの追加要員です。
なのに何故あなたがカウントされず私が居るのか、涼宮さんとあなたと彼女は
幼少よりの知り合いで三人とするなら普通は最初からかかわり続けていたあなた達であるのが普通でしょう?
あなたと、涼宮さんと、さ――」

 もはや指は欠片も動かず、ボードの上で握り締められる。
 やめてくれ、何故それに触れる。
 あいつの名前を呼ぶな。
 俺に干渉するな。


 暗い、狭苦しい空間に喜緑さんの分のキータイプの音だけが響く。
それに、俺のの深呼吸が混ざり。別のタイプ音が再び参加する。
さっきの会話はなかった、俺は激昂しない、高翌揚しない、冷静だとアピールするために。もう、態度から情報は与えない。貴女は、ずるい。卑怯でした。


「……キョン君」
「なんでしょう喜緑さん?」
「前にあなたに一つ忠告したことを覚えているかしら?」

 ……刺されるな、だったか。

「覚えてますよ…」
「そう、頬はもう痛まないかしら?」

 ……喜緑さんは今度は言いたいのだろう、
自分に手伝える事がないかと、柊達に行かせてからこなたに
聞いて際に張られた頬の紅葉はすでに無くなっているが。
それがどうかしたのか? そろばんをやる子供のようにパチパチと音を軽く立ててから、彼女はここで始めてその手の動きを止めた。

「コーヒーでも飲みましょうか」

 連動する俺のボード、その枠の右上にある電卓程度の画面に連なる英数は、
いま行っていたプログラムの完成を意味していた。

「付き合ってくれるかしら? …息抜きに」
「……いいですよ」

心地よい痛みと軽快な音。
どうやら俺は頬を張られたらしい、この場合俺は反対の頬を差し出すべきか?
いや、反対はすでにこのたにはたかれた訳で。
ならば喜緑さんは狙ってこっちをはたいたのだろうからまぁいいか。

「…一応聞いてもいいですか?」
「なにを?」
「いま何故平手を食らったのか、ですよ」

 喜緑さんが使うデスク。
発令所の一角にあるそこで、俺は喜緑さんに突然はたかれた。
いや、前フリはあったけれども。

 そして思いっきり振りかぶって振り下ろして振り抜いた喜緑さんは、
すでに俺に背を向けてコーヒーを淹れている。
神人にこちらから攻撃を仕掛けるまで後25分と言った所か。

「私はね、自分のやったことに自信を持てない人って嫌いよ」

 そんな台詞は白い悪魔のパイロットに言ってやれ。
まぁ俺も無理矢理言えば紫の鬼神のパイロットだが、そんな二つ名は無い。
熱を持ち、長く痛む頬をさする。
…結構痛かったかな。

「砂糖とミルクは?」
「少しでいいです」
「わかったわ」

 柔和な笑みをいつも浮かべてるからと言って、感情が愉快にニュートラルしてる訳では無い。
むしろこの場合彼女の笑みは古泉の野郎と同じポーカーフェイス、感情を隠すための笑顔で、
ならば喜緑さんのいまの気持ちはどんな言葉で表すのが適当なのだろうか?
俺には計り難い。

「嫌いだからって殴られたんじゃ割に合いませんよ。それに不穏当です
あなたが個人的な好悪意で手を出すとは思えません」

 喜緑さんは、しかし反応せずに熱い珈琲が湯気をあげるマグカップの片方を俺に手渡し。離れた位置にある椅子に腰掛ける。

「親が子を叱るのは何故? 手をあげて叱るのは何故かしら?
それは子が嫌いだからではないわよね?」

 どういう事ですか?
つまりさっきの行為は愛の鞭であったと言いたい訳ですか?

「子に手を上げるのは愛する者が嫌悪するべき行為を行ったから、
個人を好いて、行為を嫌う」
「罪を憎んで人を憎まずとでも言いたいんですか?」
「でもそんな事はどうでもいいのよ、つまり私はね貴方はもう少し自分を誇った方がいいと思うのよ。
それは自意識過剰の口だけよりは謙虚な姿勢の方が好ましいけど、
貴方のは謙虚や謙遜とは違うわ。卑屈よ。何故自分を認めてあげられないのかしら?
貴方は自身を不当に過小評価されてもなにも言わずに受け入れてる。むしろそう望んでる。私にはそれが酷く醜く映るのよ。もっと胸を張りなさい」

 そこまで言って珈琲を啜る喜緑さん。
自身の価値だのなんだのを彼女に言われるとは思わなかった。
どちらかと言えばそのような台詞はこなたが発するような意味合いを含んでいる。
シャンとしろ、しっかり前を向け。と発破をかけるような物言い。

「あれですか」
「…なに?」
「色々とお見通しですか」
「ふふっ、そうね」

 まったく困った人だ。結局MAGI内部での会話すら全て前フリか。
珈琲を一口含んで、最後にもう一つ質問する。

「喜緑さん」
「今度はなにかしら?」
「つまり、喜緑さんは俺の事を好いてくれてるんですか?」

 喜緑さんは本物の、過去最高の笑顔で。

「そうよ」

 柔らかな微笑みでそう言った。

――――

 メルキオール、バルタザールの両機が神人の支配下に置かれてついにカスパーに侵攻してきた、
普段地上の戦場をモニタリングしている画面に写されたMAGIの簡略図は
メルキオール、バルタザールの二機が紅く塗りつぶされ、カスパーだけが青く正常であった。

 会話は無く、この場で戦う者は皆黙ってキーを叩く。
防壁を全解除し神人の内部に侵入、ロジック解析に二秒かけて作成した"ウィルス"の最終プログラムに
解析した情報を上書きする修正を加える。時間の残高は十秒を切ったか。
辺りはアラートがあちこちで紅く点滅するため、目が余計に疲れる。

「……っ」

 "ウィルス"の修正完了。
あとは神人に送り込み発動、時間は一秒あるかないか……。
『自律自爆は解除されました。通常体勢に移行します』

 カスパーの正常部をほんの気持ち残した状態で侵攻は止まり、
やがて赤かった部分は全て青く戻っていった。
そして画面に写された簡略図は消えていき、あちこちで安堵の声が聞こえる。
歓声も、聞こえる。

 模擬体を依り代としていた神人は、しばらく明滅を繰り返したのちに、
静かに暗く発光し、大人しくしている。

「お疲れ様キョン君」

 少し疲れを見せながらも変わらぬ笑みを浮かべる喜緑さん。

「終わった、と考えてもいいんですかね?」
「えぇ、大成功よ」
「でも、危険じゃないですか? 完全に消滅させずに置くなんて」

 神人は死んでいない。
自己消滅のプログラムなんてモノを組み込む事は難しくないのに、
あえて喜緑さんは神人の存在を許している。逆に支配下に置いて今尚この本部内にいる。

「そうね、でもこうしておいた方がいいのよ。後々ね」
「そうですか…」
「ねぇキョン君」
「なんでしょう?」
「珈琲飲むかしら?」
「……いただきます」

―――

 一体俺は一日に何回はたかれれば気が済むのだろう。
いや、この場合気が済まないのは俺でなく柊だったりあやのだったりする訳だ。
俺はとっくにお腹いっぱいだ、もう十分だ。
なのに俺は通算三度目と四度目の平手を連続で頂いた。

「これで少しは気が晴れたわ」

 済んではなかったらしい。

「まったく何考えてるのよあんたは! 一人で残って格好いいかも知んないけどね、
こっちは心配であやのなんか死にそうだったわよ!」

 回収されてケイジに無事戻って来たエヴァ。
俺は柊達を迎えにケイジに赴き、そこで怒鳴られている。

「キョン君、無事でよかった」

 同じく怒っていたあやのも、しかし性格の差かなんなのか。
キッと平手をしたのも束の間、ふにゃと顔を崩して涙を湛えた瞳でよかったと抱き付いてくる。

「すまん、皆」
「今度からは私達にも相談しなさい、独断専行は許さないから」
「わかった」
「……」
「長門も、すまなかった」
「いい」

 腰に手を当て怒るポーズを続ける柊も、
俺に抱き付き嗚咽をあげるあやのも、
ただ無表情にこちらを見る長門も、
心配してくれて、いまを喜んでくれてる。そのことが嬉しかった。
喜緑さんと話した事ででてきた過去の俺が薄れて、これで良いと思えた。
昔がどうあれ、この気持ちを抱えて居られれば俺は戦えると、生きて行けると思った。

 この時の俺は、それが単なる愉快な勘違いであることも、
過去から目を背けていることも、
この気持ちを与えてくれる環境が非常に危ういバランスの上に立っている事すらも、
気付いてなかった。

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最終更新:2009年03月03日 18:52