「で、なにをしたのかにゃ?」

 開口一番そう聞かれた
ケイジにでむいてまで聞きにくるとは切羽詰ってるのだろうか
そこまでA.T.フィールドの解明にご執心らしい

「見てわからないのか?」
「意味はわかる、でも原理がわからない」

 喜緑さんがやや語気を強めて問う、これは詰問か?

「いいえ、まだ質問よ」
「…」

 いやに空気が重い、しかも気付かれないとでも思ってるのだろうか
諜報の連中がさりげなく周囲を固めてる
…まぁ、おかげで思考回路は読めた

 思想はともかく思考なら、しかも科学者の思考なんてのは読みやすい
時にロマンチズム、夢想者や理想論を浮かべる人間より面倒な思考を持つ人種ではあるが、今回は楽に読める
つまり、俺は疑われてるようだな、喜緑さんに
初搭乗からフィールドを使いこなし、さらには応用、攻撃…ふぅん、自分達の知らないできないことを平然とやってのけるから怪しいか
嫌な思考回路である、単純明快だが、不快だ

「単純に聞くけど、A.T.フィールドを攻撃に応用しようとしたのはなぜ?」
「ナイフが通用せず、他に武器がないからですよ。あのままじゃどちらにせよ潰されていたんでね」

 べつにどうしてこんなことをだとか、裏切られたとか、俺を疑うなんてとか
そういった感情は毛頭浮かびやしない、普通に妥当な行動だと思う
疑わしきは罰せずなんてのは綺麗事もいいところ、達観した物言い
実際は疑わしきものは全て火にかけて燃やすのが当然
だから別にどうというわけじゃない、すぐに元通りになる
…かといって、やはり声に不快な気分をあらわにせずにいられるほど俺も人生に見切りをつけちゃいない

「フィールドの形態だって不安定で使用者に左右される、たまたま俺は敵の形を真似て
 他の三人は俺を真似たから同じ形をしているだけで、実際は液体のように形を自在に変えられる
 ならばと思っただけです、それがなにか?」

「…そうね、事実敵はあなたのその機転で倒せたしね。ただ、やっぱり私達には固定観念として多種多様なものが存在してる
 私達にはA.T.フィールドを攻撃に使用しようなんて考える人間は一人もいなかったわ
 ――やっぱり貴方、どこか違うのね」

 最後に捨て台詞のようなことを吐かれてしまったが、それでお終い、お開き
背中越しに手をひらひらさせる喜緑さんに別れの挨拶をつげて俺達はシャワーを浴びに向かう
血の匂いが、水分が飛ぶにつれて強くなっている

―――――

 ざぁぁ、と横に並んだシャワールームから流れる水音
床のタイルにはじけ、傾斜に沿って排水溝に流れていく
髪の毛に絡んだLCLを丁寧に洗い流してく

「結局、なんだったのあれ?」

 隣のシャワールームから声が掛かる
不満と、不信と、不明と、不動と
等分に混ざった声が、広いシャワールームに嫌に響く

「さぁな」
「…淡白」

 うるさい奴だ、髪から手を離して少し湯の温度を上げる

「知らないものは知らないさ、…それに俺達はやることやった。それでいいじゃないか」
「やることやったのに文句言われるのが気に食わないのよ」

 …あれは文句とは一線を臥すものだとも思うが黙る
するとひょいと柊が隣から顔をだす、…ってか覗き込むな

「あんた、あれでいいの?」
「なにがだ?」
「色々、わだかまりが残ったままだとやりにくいんじゃない?」

 …また黙る、長門とあやのは黙って聞いているだけなので
俺が黙り会話を止めると、必然シャワーの音だけが音源となる

「ふぅ…あんたって何でもできるけど、そういうところ不器用ね」

 柊が先に折れた、ため息をついて顔を引っ込める

「でも、私はキョン君のそういうところ好きですよ」
「惚気なんか聞きたくないわよ、ねぇファースト」
「知らない」

 …でも実際どうしようかね
喜緑さんとは一度キチンと話した方がいいのかもな
あ~ぁ、結構好きだったのに喜緑さん、片思いってか

「まぁとにかくよ、作戦は成功したんだし。さっさと帰ってこなたのビーフシチューを食べるわよ!」

 豪快に宣言する柊の声はどうにも虚しくシャワールームに響いて水音にかき消された―

 髪を真っ白いタオルを拭う
途中適当に流した所為でタオルが少し紅く染まる
これは…帰ったらもう一回洗髪だな

「キョン! 準備できたわよ」

 隣の更衣室から声をかけられる

「はいはい、今行く」

 ロッカーに湿ったプラグスーツと一緒にタオルを放り込む
明日にはクリーニングされて綺麗になって入ってるはずだ
俺はシャツを着て、鍵を持って外にでる

「ほら行くぞ」

―――――

「おっかえりー! さっきはなんか悪かったねぇ!」

 俺がカードキーを読みこませて玄関の扉が空気の排出音とともに開くと
そこにはエプロンを着て、おたまを持ったこなたが元気に迎えてくれた

「…お前エプロンぶかぶか」
「キョンの借りたからね」

 デニム生地の厚いそれは少々こなたには大きく、脛の辺りまで体の前面を覆っていた
…おたまが汚れてないところを見るとわざわざ演出のために持ってきたらしい
こいつは一体なにがやりたいのだろうか

「はぁ…まぁただいま」

 言ってとりあえずこなたを押し戻して中に踏み入る
後ろの二人もそれに続く と同時に、いい匂いが漂ってくる
どうやらこなたはキチンと約束を守ってくれていたらしい

「もちっと待ってね、もう少し煮込みたいから」
「了解」

 リビングにつくとそういわれ、同時に柊は食器を出して
長門はこなたの手伝いに周りあやのはごはんを盛る
普段俺が料理してるときと同じ役割分担

「ならば」

 俺はこなたの役を交代することにして、先んじて席についてテレビをつけた
基本的に料理するのが俺かこなたのためどちらかがやってるときはもう片方は暇なのだ
リモコンを幾度か押して適当なニュースでチャンネルを固定する
最近はいまいち興味をそそる番組が無い


 カチ、カチとチャンネルを変えていく中
ふと、戦略自衛隊に関してのニュースが下帯に流れる

「…あいつら、どうしてるのやら」

 死んだのか、逃げてるのか。それとも逃げ切ることができたのか…
一番可能性が高いのは死んだことだ、あれほどの機密と機体を持ち逃げした
存在そのものが戦自にとって毒になるあいつらを易々と逃がすほど戦自は甘くない

 川口湖にN2を実験と称して投下したということが前に一度流れてきた
多分、その湖の底に機体があったのだろうと予想がつく
ならばあいつらはいま、川口湖に沈んでいるというのが最も信憑性がある

「…」
くだらない

「はいどぞー」

 綺麗に並べられる食器達
陶器の触れ合う音は、高く、どこか懐かしい耳心地のよさ

「うまそうじゃないか」
「ふふん、キョンばっか目立ってるけど私だって料理は得意さ!」

 無い胸を張るこなた、腰に当てた手といい
その手に持ったおたまといい、可愛らしいエプロンといい

「…ちびっこ料理人」
「ひどっ! キョンってなにかとひどいよね!?」

 ケラケラと笑う柊、微笑んで俺の向かい隣に腰を下ろすあやの
こなたは自分の場所を俺が使ってるので俺の場所に座る
長門は…マイペースだ

―――――

「…」

 無言がこんなにも重く鋭く感じるのは久方ぶりだな

「そう硬くならないでください」
「すいませんね、人見知りする性質でして」
「そうですか」

 反応なし、か。あからさまに茶化した嘘に突っ込まないとは…
ふん、こちらの言うことに重きを置いてないのは半強制連行を授業中に受けたときに承知の上であるが
やはりなにを考えているのかわからない人間は得がたく理解できない

「よろしければ行き先や理由を教えていただきたいんですが」
「できません」
「でしょうね」

 大体この人はどうしてこんな格好なのだろうか
明日以降学校でまたなにやら鞄で頭をフルスイングされる予感だ 車のウィンドウ越しに見える景色はゆっくりと街の外に向かっていく様子
俺にはまったく行き先が予想することができない、目隠しやなにやらをされてないことから
知られて困るような場所、つまりは目的地が一般から隠されているというわけではなさそうだが

「緊張ですか? 不安でしょうか? それとも疑心、疑惑?」
「それらいくつかを含みつつ、また別の意図も噛んでます」
「ですか」

 バックミラー越しの視線は穏やかで優しく、また儚げで哀れみすらも混じっていて
それがやけに俺の癇に障り、しかしどうにもその姿や声色には心揺さぶられるものがあり

「あぁ…ったく」
「?」

 どうして、俺は連行される羽目になったのだろう?
…副指令たる森園生さん、彼女に・・・
・・・・・・
・・・

「キョンさん、至急私にご同行していただきたいのですが」

 そう彼女が授業中(ちなみに3時間目、歴史の途中であり、俺は代わりなく惰眠をむさぼっていたのだが)に
前方のドアを大人しめに開いて静々と起きた俺にそう言ったのは遡って20分前程度

 眠っている俺は最後方の廊下側の席を頂いているのだが
前方に座ってるクラスメートの女子に起こされて
衆目の的になってる彼女にそう伝えられたのだった

「どういうことでしょうかね?」

 メイド服という奇抜なファッションで現れた彼女、その彼女と知り合いの俺
どういう関係なのかとクラスの連中が思考を回してるのがよくわかる構図である

「お願いします、なにも言わずにご同行お願いします」
「…わかりました」

 これ以上の会話は無駄と机を立ち上がった俺と、それについてまわる目…
嫌だったなあれは

「着きましたよ」

 そう声をかけられて思考を中断する
狭い駐車場にぴっちり車をバックで停めるのはメイドのスキルと関係あるのだろうか?
…ないだろう

「ここは?」
「着いてきてください」

 質問はまだ許してはくれないらしい
が、コンクリートや照明に通路の状況を見てそんなに古くはないこと
そして構造からはやはり本部との関連性を見てとれた

「どうぞ」
「…」

 少し小さめのエレベーターに入り、複数あるボタンの下
キーを差し込んで開いた隠しボタンを押して上階に上がる箱
上に参りますとは流石に言わないか… チンとお馴染みの音を立ててエレベータは停止する
止まって、停まる

「こちらへ」
「は、はい」

 動作は、きわめて優雅かつ繊細
ヘッドドレスは不安定ながら頭をさげても動くとはない
しかし彼女はハルヒからは副指令と聞いているし、前回あったときはピシッとしたスーツだった覚えがある
…なぜこんな格好をしてるのだろうか? 聞いたところで答えはないのだろうけど

「またまた久しぶりねキョン、あんたと会うたびに久しいと思うばかりよ」
「…何のようだ」

 通された部屋、無機質で硬質的な部屋に置かれた一つの業務用デスク
皮の椅子に腰を深くかけてそれに向かうハルヒは嫌らしく笑みの一つも浮かべてみる

「あらいきなりそれ? 性急過ぎるのはよくないわよ」
「…」

 書類に目を通しているようだが、その手つきは乱暴で乱雑
わざわざ本部を離れてやるほど重要な仕事というわけではない

「雑事よこんなこと、暇つぶしに持ってきただけ」

 暇つぶしね
「で?」

 俺は間髪入れずに問いかける

「まさか雑談に興じるために授業中に強制連行してきた訳じゃないだろう」
「あら? 一応任意同行の形をとってたはずよね?」

 あれを任意と呼ぶのならな
不良がいじめられっ子の肩を強く掴んで、な? って聞くのと似た響きがある
…やだなそれ、俺がいじめられっこか

「まぁあれよね、色々話すにはここは丁度いいのよ」

 そういってハルヒは俺に、わかるでしょ? と笑みを見せるむかつく笑いだった

「司令室ってね、意外と邪魔多いのよ? 内線電話は四六時中鳴るしね
 雑務は多いし、人の指示を仰がないと動けない無能さんとか逆に勝手な行動する奴も居るしね
 なんのためにゼロから立ち上げたのかわからないわよね、一枚岩目指してたのにさ
 まぁ思想や理想なんてお題目をあげてる以上それぞれズレが生じるのもしょうがないけどさ
 大体宗教と違ってなにか目に見える教主様が居るわけじゃないんだしさ、そこでの目視は大事よね

「で、話を元に戻すと私は邪魔の入らないところで多少話をしたいな~、と思ったわけよ
 さっき言ってたけど、理由としては雑談がむしろ一番近いわね
 ん? ねぇそういう嫌そうな表情やめてくれないかしら、気分悪いわね
 もしかしてなに? 幼馴染だとかクラスメートとか言うそういう立ち位置より司令とかそういう肩書きを重視するの訳?
 確かにあれよ、それも私の一面といえばそうだけど。一種のペルソナ?
 そんなのあんただってチルドレンとか常に言われたくないでしょうよ、私とあんたの間に雑談の一つや二つこなす関係性があっても悪くは無いんじゃないの?

「それに修学旅行の時は比較的普通に会話してたじゃない、なによ状況による補正? 地形効果?
 そういう態度の切り替えって対応に困るのよね。…なによ、私が言うなとでも? あんたほんとむかつくわね
 私は昔からこうだったわよ、あんた忘れたとか言わないわよね? むしろそっちの方が不実よ、リアルに
 でもって…、そういえばあれね。とりあえずそこの椅子に座ってくれる? ん、そうよそれそれ

「はぁ…、じゃあどうすればいいわけ? …確かにそれはそうだけど
 学校でのコミュニティに私があんた無しのアローンで混ざれるとでも思ってるの?
 しかもその状態であんたとにこやかにしろと? 普通に学生なら出来たかもしれないわね
 でも状況は違うのよ、あんただけじゃなく部下も居るのよ? できるわけないじゃない、馬鹿?
 あぁもう、帰ろうとするな! 話は終わってないのよ、というか始まっても無いのよ
 これって私とあんたが話すための前座なわけよ? …いや長いとわかってるならもう少し妥協を知りなさいよ
 じゃああれよ、少し私と話さない?」

―――――

「…あぁ」
頭が痛い、さりとてそれは内側からくる不快なものでは無く、ひたすら沈鬱に際限無く積もるような。
疼痛に似た、一種清々しいまでの痛み。
シンクバンク
しかしそれは思考回路が許容を超え、
シックバック
思考停止を起こしたにすぎない。かように解りやすく言えば俺は激情し、激昂していたわけだ。
短気ではない俺もしかし事ほど左様に年頃で今時のガキであり。


そして、短気でないと、言うことは、決して、我慢強い訳では、――ない。

疼痛はつまり一種偏頭痛。
感情の起伏による血圧の上昇、それにともなう血管による周囲の筋肉の圧迫。
考えが纏まらないのも。そもそも。なにも。考えず。全てを。流れに。
殴ってやらないと。…誰を?
壊さないと。…なにを?

「ぐがぁぁっっ!!!」
咆哮

方向

芳香

ホウコウ?咆哮。

声、俺の喉から発せられてる獣じみたなにか

方向。
ベクトル
俺の方向は一体どこで狂ったのか、これが最良の選択肢の結果だとのたばるのか。

芳香

暖かくも生臭い、錆びた匂い芳香、
血と脳漿とその他体液のカクテルが陶酔すら感じる香水とかす。


白く、白く、白く、そして白かった部屋は、いまや唯一の調度のデスクをえげつない芸術にしたてあげ。
そして同じく部屋の中心に不気味に蠢く何かを残した。
この一瞬を刈り取って、切り取って、千切り取って、抉り取って。
額縁に『至高嗜好』とでも名をつけて部屋に飾りたいと思い。自分の描いた白い部屋の中心のそれらが
まるで日の丸のようだと哄笑した。
 水滴が蛇口から落ち、そこから薄い音を立てて波紋が広がる。
それは俺の身体にぶつかり形を変えて静まっていく、
薬湯の元を入れられて緑に染まった湯で満たされたバスタブに
肩まで浸かっている俺は、今日あった出来事を反芻しながら
天井に上がった水蒸気が水に回帰して、再び湯船に戻ろうとする様を眺めていた。

「…」

 思い起こす事の大半は当然、あの愚昧な賢者との邂逅の回孝。
薄桃色の唇から発せられた暴力的で無い暴力と言える何か、それに対する思考だった、
最もそれは考えた所で、その行為は休息と同列に語られる様な
一種愚考とも言える結果しか残しはしなかったのだが

「なぜ…」

 それでも考える。それは別の少数、大半以外の部分での思考。
余暇に孝するただの戯言、虚言、妄言、その内容はいたってシンプル。

「……なんで副指令がメイド服だったんだろう?」

 不思議だった。―――

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最終更新:2009年02月04日 13:28