こつこつとこなたの足音が響く
金属の板が張ってあるタップダンスもこなせそうなその軍靴の音
こなたは書類を持ち足元の巨大なモニターを靴のかかとで画面を切り替えながら
淡々とした調子で言葉を続ける…が、

「素手で受け止める~!?」

 作戦指令を受け取る無意味に広く外界を見渡せる部屋
チルドレンである俺達四人と作戦指揮官であり
現時点の本部で最高権限を持つ少女の合わせて五人が一同に会す中
こなたが提案しそして実行される作戦概要を聞いた柊が絶叫した

「これが現れたのは約六時間前」

 それを意に介した様子も無く、詳細をさらに続ける
モニターに映るのは橙を基調とした気味の悪い化け物

「衛星軌道上に唐突に現れたと同時に、これ」

 合図とともにモニターが切り替わり別の衛星写真が現れる
丸く削り取られた朝鮮半島、大きく揺らぐ日本海

「神人の全長は大よそ3㎞に及ぶと推測されてる、その体の一端を切り離して投下してるようだね」

 さらに数発、試し撃ちなのかなんなのか
一発ごとに誤差を修正しながら最後の投下は15分前
ここジオフロント直上から大して離れていない位置に落下

「全身爆弾の超巨大神人か…」

 そして次に落ちてくる本体を俺達が受け止めろ…と

「そういうこと、ここを中心にして神人が落ちた際に本部が壊滅すると予測された
 半径50kmの円形に四機のエヴァを四方に配置、本部のコンピュータの予想落下地点と
 肉眼での確認を合わせて先んじて落下地点に到達、A.T.フィールドで目標を捕捉、撃破します」

「しますって…、実際に行動するのは私達よ? 成功率は?」

「…奇跡は待つものじゃなく起こすものよ」

「っさいあくよ」

 一人悪態を吐く柊であったが、黙っている俺達も概ね同じ意見である
これが初の実戦となるあやのなど、言わないのでなく言えないだけで
見ていて、正直いた堪れなくなる様である

「そう、これは作戦といえない。だから一応遺書を書くこともできるわよ」

 遺書…ね、残酷じゃあないか
そんなものを宛てる人間すら居ないのは皆々承知であろうて
そもそも、結局失敗したらなにもかも終わりなのだろう?

「そんなくだらないもの書くつもりは無いわ」

 まるで唾棄するようにかがみがそっぽを向いて言う
次に爽冷な声で平坦な調子で長門、そして俺と続く
ただ、あやのだその遺書という言葉に戸惑いを隠せないようだったが
俺達が逡巡する間もなくたたき切ったのを見て

「…私もいいです」

 そういった
 頭を掻いて俺達の言葉を受け止めるこなた
今回の作戦、つまるところ爆弾を抱いて敵と心中しろという
昔の特攻さながらの内容なのである
そんなものを俺達に命令し、実行させるこなたの心中は察するにはあまりある
まぁそれはお互い様なのだろう、かがみを見れば
こちらはこちらであからさまなその態度が余計に指し計れない

「帰ってきたら、ビーフシチュー作っといて!」
「へ?」

 顔はそっぽ向けたまま、片腕だけをこなたに向けて
人差し指をピンと伸ばして、自分の好物の名をあげる
こなたはポカンとそれを見ていたがそれに自分の指を絡ませて

「わかった、指きりね。みんな帰ってくるまでに美味しいビーフシチューを作ってあげよう」

 だからお腹を減らしとくように、と反対の指を自分の頬にあて
柔らかい笑みを浮かべるこなた

「作戦開始時刻まであまり無いから、プラグスーツに着替えてエヴァに搭乗
 各機指定箇所にエヴァを移動させ、別命あるまで待機」

 かがみに「いつまでそうやってんの!」と言われて指を払われた後
急に真面目顔を繕ってそういい、かかとを鳴らす
同時に会議室の扉が開く

「じゃ、後で」

 かがみがそう言って一番に部屋をでていき
あやのが会釈をして小走りで続き、長門は俺とこなたとの間をしばらく行ったり来たりと見ていたが
二人が見えなくなると長門も行ってしまった

「…悪いね」
「なにがだ?」

 誰もいなくなってから、こなたが呟く
その台詞がなにに対するものなにか、だがいまいちわからなくて俺は返す
こんな命令を出さなくてはいけないことか
そもそもこんなやり方しかできないことか

「正直、キツイんだ。色々…さ」

 圧縮空気が音を立て閉まる会議室の扉
誰も俺に早く来いと声をかけないあたり、俺の行動パターンはどうにもわかりやすいらしい
 俺は俯き加減のこなたにさてはてなんと声をかけようとしたのか覚えていない
口を開いたその直後に胸に飛び込んできた長く青い髪が特徴的な少女の所為で
どうにも思考がぶっ飛んでしまったからだろうと推理するが
しかし真偽のほどはわからない

「ごめん…」

 そう言った様に思ったが、残念なことに自信を持ってそういったとは言えない
とりあえず俺はなにを思ったか、頭一つ小さいこなたの頭に手を置いて
しばらくの間黙って、こなたの長い髪を手で撫でてやっていた

 幾許程そうしていたかわからんが
五分を切る程度の時間に過ぎないとは思う
まぁとにかく数分間そうしていた後、こなたは俺の服にごしごしと顔を押し付けて
俺をトンと突き飛ばして照れくさそうに笑う

「えっへへ…」
「…大丈夫か?」
「うん、ごめんね。ありがとう」

 そしてお互い黙る
俺だって照れないわけじゃない

「ほら、そろそろ行かないと…」

 俺に早く着替えろと急き立てる台詞をいい終えるかどうか
ぽろぽろとまた雫を溢れさせる

「…ごめん、こんな不甲斐無い姿見せて。ごめんね、家族とか言って縛って
 逃げられないようにしてるね私」

 止め処なく溢れる涙、俺はそれに後退して
ピーッとスピーカーから流れる時間切れの音とともに
俺は部屋から逃げるように走った
扉が開き、そしてまた閉ざされる
その時、何か殴音と紙が舞うような音がした気がした――

「遅かったわね」

 更衣室前、すでに着替えを終えた三人がベンチに退屈そうに座っていた
うち一名、かがみが先の言葉を言いつつスチール缶を投げつけてきた
咄嗟にそれを受け取ると中身入り、カフェオレと書かれたベージュの色合いの缶

「さんきゅ」
「まっ、ご苦労様ってことで。早く着替えてよね、一時間無いんだから」
「わかってる」

 缶を掲げて、その場で開け、一気に飲んでから更衣室に入る
男のチルドレンが俺オンリーのため俺の貸切である更衣室
基本的にどこを使ってもかまわないのだが、それでもずっと使い続けてる一箇所のロッカー
俺はそこからずいぶんと見慣れ、着慣れてしまった初号機カラーのプラグスーツを取り出す

 裸になり背中のジッパーをあけ、そこから足を入れていく
毎度ながらべろべろして余った部分が張り付いて着るのに時間がかかる
それを我慢して腰まで上げると今度は手を片方ずつ入れて最後にジッパーをあげる
ぶかぶかのこの状態、右手首のボタンを押して空気を排出させる
すると自分の身体のラインが思いっきりわかるくらいぴったりになる

―――――

「行くか…」
「全員所定の位置についた?」

 本部から離れた位置に電源車両に繋がれたケーブル
電波状況が悪く、神人のだすジャミングの所為で
こなたが発する指令の声が荒れて聞こえる

「…問題ない」
「大丈夫だ」
「おっけーおっけー」
「大丈夫です!」

 三者三様でなく四者四様
本部を中心としてスクエアに広がる各機
クラウティングスタートの形をとり合図の声を待つ

「あやの、大丈夫か?」

 今回が初陣、しかも成功率が当初のエヴァの起動率よりも低い作戦で
俺はあやのに一応再度声をかける

「平気だよ、私だってこの二週間ずっと練習してきたんだもの」
「……ならいいが」
『神人の高度、12,000を切りました!』

 会話に入ってくる切羽詰った国木田の声
あげた視界に入ってくるのは、雲を散らして摩擦で紅く発光する巨大な神人の姿だった

『エヴァ各機発進準備!』

 こなたの掛け声にあわせて初号機を動かす、クラウチングスタートの体制へ
両腕を肩幅よりさらに広く地面につけ、足を抱え込むように曲げつま先で強く踏みしめる
全身の体重を両手の指先に乗せ、地面がわずかに撓む
目的は地に落ち、全てを焦土に変えんとする神人の下

『用意』

 腰をあげ、さらに両腕に体重を、前に前にと重心を移動させる
前方に転ぶギリギリまで前に持っていった身体を

「スタート!」

 自分の掛声と共にバネとして地面から跳ねる
四機全てがギリギリまで引き伸ばされた弓の弦のように、そしてそこから放たれる矢のように
鋭く空を切り大地を揺らし木々を倒し、街を駆けて敵を捕まえんとする

『神人落下予想ポイント修正 D-4地区からE-7地区』

 正しくは本部の三賢者とやらの名を冠したスーパーコンピュータの声
(正確には機械の合成音)が神人が落下するにつれて追時予想ポイントを修正する

「ちっ、通り過ぎた!」

 AからHまでのy軸八段階に1から12までのx軸12段階の計96ブロック
そのどこに落ちても敵は本部を丸ごと持っていくことができるが
俺たちはその落ちてくるブロック、その一箇所に集まらなくてはいけない
初号機の足を止め、コンクリートやアスファルトの道路をかかとで削り慣性を押しとどめ
再度反対側へ踵を返すように走り抜ける、一番に目的地につく筈だったのがこれで一番遠くなってしまった

 つまりそれは他の三人を危険にさらすこと
そして一番危険な一人で他の三人が来るまで持ちこたえるという任務を誰かにやらせること

「くそっ!」

 怒鳴る、形だけの操縦桿を握る手が汗ばむ
それに呼応して初号機はさらに加速し隣接する建物を薙ぎ払いながら音速を超えて走る

『キャッ!』

 声が聞こえた
 視界の端で、躓き這いつくばる黒い機体…あやの

『初号機シンクロ率上昇…120%、160%、まだあがります!』

 さらに初号機が加速した、視界が歪むほど
木々を薙ぎ、建物を払い、地面を砕いてひた走る

『ポイント修正 E-7地区からF-8地区 高度5000を切りました』
「神人肉眼で確認」

 初号機の目越しではなく自身の目でみるその奇抜な造形の敵
落下地点までの距離がさらに伸びたことと併せて焦りが強くなる
向かいから青い零号機、右側遠方からはギリギリ紅い弐号機も見える
……二人とも遠いい、俺もまだ距離はある
このままじゃ失敗する

『シンクロ率200%を超えます!』
『不味い…キョン君、それ以上は危険よ!?』

 喜緑さんの制止の声が聞こえない
見えるのは敵と自分
 空気が、初号機越しに感じる空気が重く、壁のように硬かった
時速200kmを超えると現れる空気抵抗による壁
それは初号機と神経接続のバイパスを通じて俺の身体に、脳にダイレクトに伝わってきた
頭を強制的に持ち上げられ、前傾に倒した上体がゆっくりと起こされていく

 そしてそれに比例して強くなる抵抗、細い足にかかることの少ないその抵抗が余計に上体とのバランスを崩す
慣性で足が進み空気抵抗で上体が後ろに下がる
気がついたら俺は不様に仰向けに地面にぶっ倒れて後頭部を叩きつけ、一瞬の間意識を失うという情けない有様であった

「っつうぅ…」

 起き上がろうとするもののすでに遅し、間に合わなかったと思った
だがそこはすでに神人の真下で仰向けになった俺に刻一刻と近づく巨大な敵

 他の三機はまだ追いつかない…

「A.T.フィールド全開!」

 咄嗟に俺はその状態でフィールドを展開、起き上がり片膝をついて迫る衝撃に備える
2秒、それが俺が意識を戻してから体勢を立て直しフィールドを張り、神人とぶつかり合うまでの時間だった

「くっ…」

 関節部分が衝撃に沈む、手首、肘、肩、膝、足首、すべてが軋み音を立て痛みを感じる
両腕から発せられるA.T.フィールドに自由落下で宇宙から飛来する巨体が乗っている
エヴァの視点のすぐまえ、気味の悪い緑色の目玉、出来の悪いピカソとも見紛う

「がぁっ!」

 二の腕の、過負荷に耐え切れなかった筋肉が破裂した
パシュッと音を立ててエヴァの右腕、その腕から体液が流れ出る
足場はエヴァと神人の重量に耐え切れずどんどん崩れていき、バランスを崩しつぶされるのも時間の問題と言える
圧力の所為で破けた眼球の血管が視界を紅く染めていく

『零号機フィールド全開!』
『3号機A.T.フィールド全開!』

 声がした、追いついた3号機と向かいにいた零号機が到着したらしく
その掛声の後、初号機にかかっていた重量が分散されて沈んだ関節が少し楽になる

『大丈夫キョン君!?』
「あぁ…一応」

 視界はまだ紅い 零号機と3号機、あやのと長門が着てくれたおかげで
なんとか俺は立ち上がりながら敵を空中で抑える…が

『このままじゃ出力が足りない』

 抑えるだけじゃダメだ、あいつは上に乗っかって俺たちがつぶれるのを待てばいい
一々踏みつける必要は無い、ただ、乗ってるだけ
しかし俺たちはこいつを倒さなくてはならない、完膚なきまでに
この目玉の中にある紅球を破壊しなくてはならない

 しかしそれには長門の言うように出力が足りない
一人が中和し、一人が紅球を壊す…その間耐える力が片腕を失った俺には無い
そして当然、乗れるようになったばかりのあやのにも
A.T.フィールドに関しては同じくらい浅い長門にも無理だ…

「だぁ! 早く来い柊!」
『今行くわよ!』

 俺が肘と手首の間で不自然に曲がった腕を再度動かそうとした時
紅い、全て紅く見える中でもさらに紅い機体がやっとこ現れる

『フィールド全開!』 丘状になってる現場、そこに怒鳴りながら滑り込むように入ってくる弐号機

『零号機中和開始します』

 それを見て取って長門がプログナイフを構えA.T.フィールドの中和作業に移る
A.T.フィールドに超速で振動し発光するナイフをつきたてフィールドに一箇所穴を開けるようとする
が、長門が突き立てたナイフはフィールドにぶつかり甲高い音を立て、根元から折れた

『A.T.フィールドの密度が圧縮されて高まってるみたいね…』
「なにを暢気に!」

 平坦な口調で解説する喜緑さんについ噛み付く
持ちこたえるにしても四機であと数分と持たないであろうことは右腕に走る激痛からも明らか
残った左手も軋み撓み歪んでいる

『このままじゃ…』

 誰かの呟きが聞こえた このままじゃ…その先はなにも言わなかった
言わずもがな、という奴だ
俺が考えていたのと同じこと、この耐久戦は圧倒的に俺達の不利だ
数字的有利なんて物くその役にも立ちやしない
乗ってる側と支える側、考えるまでも無い

「長門、ナイフはまだあるだろ? 再度トライだ」
『了解』

 長門の生真面目な返事に気を落ち着かせつつ俺は思考する
多分、九分九厘の確立で失敗するだろう。一度あることは二度ある二度あることは三度ある
そんな単純思想じゃなく、実際的な問題としての不可能
だから俺は次を考える、別のパターンを考えてみる

 多種の武器はいまさら用意できやしない、受け止めるという前提を考えると武器なんてものは持っていられない
ならば現状、四機の内三機は常に支える側に回らなくてはならないため自由に動けるのは常に一機
武器はナイフのみだが、これはA.T.フィールドを貫通せしめない これもまた当然、俺達四機のA.T.フィールドを同座標に展開しているのだ
さらにこれの向こうには敵だって当然フィールドを無展開って訳じゃないだろう

 キィンと、金属音がして再びナイフが無残に砕け散る
金属片が勢いよく弾ける

『…』

 不穏な空気を感じる、それは発令所からの空気
諦観交じり、諦めの空気が混ざった嫌な空気
わかっていたこととはいえ二度の失敗は十分にモチベーションを下げさせたか…
ミスったな、他の三人も空気に感化されないといいが
そう思い通信を開こうとしたとき

『次はどうすればいい?』
『早くしなさいよ』
『えと…、わ、私はどうすれば?』

 平然と向こうからそう言われた
それは俺を露ほども疑ってなく、先ほどの行為も
そしてこれからやることも見透かしたような、明るい表情で

 まったくどうにも困った性分でしてね
はぁ、頼られるとどうにかしたくなる

「お前達は、もうしばらく支えてくれるだけでいい」

 いいながら右腕の調子を確かめる、ダメって訳じゃない
高く上がったシンクロ率のフィードバックか、自分の右腕
その手首と肘の中間位置から血が滲んでいるのが確認できたが、その程度
これからの行動になんの支障もきたしはしない

「成功率は多分五分ってところだな、失敗すればさようなら」
『失敗? そんなこと気にしてる暇あったらさっさと行動しなさいよ、正直重いのよ、辛いのよ』
「ははっ、わかったよ」

 正直五分なんてもんじゃない、もっと低い
だが…、まぁお見通しなんだろうな

「ふぅ…」

 嘆息、そして集中
大きく広がるフィールドの中の、自身が干渉してる部分を探す
そして練る、練り上げ形作る、一からそれを 煌々と光を放っていたフィールドがほんのり明度を下げる
そして一閃、操っている自分だけがわかる

「…ふぅ」

 成功した、俺が練り上げ形を変えて槍と化したA.T.フィールドは無事に敵の中心の紅球を貫いた
多分、あやのに長門、柊には俺がなにをしたのかわかってないだろう
…発令所は観測できたみたいだな、さっきまでとはべつの意味でてんやわんやしている
しかしA.T.フィールドの攻撃的運用がこうも上手く決まるとは思ってなかった

 想像しだいで形を変える、それならば最強の盾は矛になりうるのではないかと
だが、こうも型に上手く嵌ったかのように成功するなんて…
いや、発言が被ってるな、どうにも興奮冷めやらぬ的な心境らしい俺は今(この辺の文法からも動揺が見て取れる)

『キョン、色々言いたいことはあるけど…、とりあえずお疲れ様。上がっていいよ』

 こなたからの通信俺達はそれを確認して、ひとまず本部に戻ることにした
あとに残ったのは、巨大すぎる奇抜なデザインの不発弾だった

―――――

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最終更新:2009年02月04日 13:19