「…よぉ日下部、今日のお前はずいぶんとご機嫌に見えるが
 それはこの集まってる同級の輩や朝から度々訪れる問者に関連が?」

 昼休み、先ほどから授業間の休息の度に俺の元に訪れる
男女や学年を問わない訪問者がようやく途切れ
俺が自席で一息をついてる際に気付いた普段との違い

「…あはは、キョンの方こそ今日はずいぶんとモテモテじゃないか~」

 乾いた笑いというのだろうか、いまいち覇気が無い笑いをあげ
目を四方に送らせて俺に向けない日下部
その間にも日下部の周囲を巻いていた同級の連中は距離をとる
あからさまな反応だ、問い詰める側としては楽だが
しかしそれはそれであまり面白みがないな

「ったく、おかげで朝からうるさい連中が集ってきて仕方が無い」

 組んだ腕を解いて額を手の甲で二度、ノックするように叩く

「だって朝からそろって登校してくるから余計…」
「うるさい、というか誰から聞いた? 自分の中だけで納得したことを吹聴してるというなら許さんぞ」
「いや…柊がよぉ」

 あんにゃろうめ、病室からでていったことと合わせて
元より知っていたことは確かであろうが
しかしそれをあっさりと、よりによって日下部に口外するとは

「キョン君お弁当食べよう?」
「…あぁ」

 柊にも一言いってやろうかと思ったが、だがそれはあやのによって未然に防がれてしまった

「じゃあこれ、こうかんこね」
「ん、サンキュ」

 あやのが俺の弁当を作ってきてくれて
そして俺は柊や長門やこなたと合わせてではあるもののあやのの分も作り
それを交換、いやはやなかなか気恥ずかしい

「はいはい、もう一番暑い時間帯なんだから屋上行ってくれよ~」
「うっせぇ」

 机にうなだれた日下部は、コンビの片割れを俺に奪われた不平を述べて
変わりに柊やみなみと合流して弁当を開く
俺はそれを眺めてから肩をすくめてあやのと二人で屋上に向かった

―――――

「誤差±0.3未満、問題なし」

「A10神経接続誤作動なし」

「シンクロ、EVA起動問題ありません」

「絶対境界線まであと0.2、0.1、突破」

「エヴァンゲリオン3号機オールクリア、暴走ありません」


 いつか、長門の零号機を前に俺が慄いたあのケイジ
いまそこにあるのは黒一色で染め上げられた無骨な機体
一度は敵に乗っ取られたあの機体、数日に及ぶ審査検査調査の元
こうして再起動実験を行われた3号機
彼女には似合わないと思う

「シンクロ率は?」
「37%前後で、脳波心音ともに安定しています」

 こなたの問いかけにコンソールを高速でいじりながら
凛とした声で答えるのは朝比奈さんだった
俺は出入り口付近の壁に凭れてその様子を眺め
まさか一発で起動させてその数値を記録した彼女に感嘆の息を漏らす
だがその俺の態度を憂鬱のため息と勘違いしたのか
ともに実験に立ち会っていた柊が気遣わしげな目を俺に向ける

「まぁ自分の彼女が優秀なのを素直に喜べないのはわかるけどさ…」

 畑違いな慰めは非常に対応に困る
確かに優秀であればあるほど早期に初陣に向かうだろうが
だがしかしそれも中途なボーダー、ガラス細工に対する扱いだ
むしろ一線を越えた優秀さを見せてくれれば前線にでたほうが命の危険は下がる
本部にいるよりも、動かせるだけの頭数として援護に回るよりも
もっとも安全で確かなのは優秀であり、自らの身を自らで守り
俺はそれのフォローをすればいいという形態、一人で二人は守れない
だから柊の心配は方向性を間違えている、だというのに無下には決して出来ない
少なくとも少なくとも

「俺は箱入り娘を育てる性質じゃないさ」
「?」

 だから俺はも中途なヒントを含めた台詞を軽い調子ではいて
その会話を終わらせてケイジのモニターに集中する
軽いシンクロテスト、起動実験、単純な初期段階は終了し
ホールド状態でプラグを射出し
そのままの状態でシュミレーションの模擬体にプラグを入れ直す

 モニターの向こう、模擬体の頭部と脊髄が実験ケイジにぶら下がっているのを見て
俺はこのエヴァが巨大な人造人間であることを再度認識する
汎用ヒト型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオン
最初は完全に機械で、利便性やその名の通り汎用性を高めるために人型を模したのだと思っていた
だがその考えも早期に覆されることになった

 俺が二回目の戦闘、第四の敵と戦った際に初号機の腕をぶった切ったことがあった
激痛に埋もれる感覚の中、視界に移った切断面は紛れも無く筋肉と骨のある腕だった
そしてその後初号機の修復作業に立ち会ったときに見たもの

新しい腕を、筋肉や神経をつなぎ合わせて、傷口を縫合し、繋げる
その作業は大規模なだけの手術だった その巨人の顔、皮を剥いで不気味に筋肉をさらす顔だけの模擬体
それにカメラや器具をつけたシュミレーション
コンソールモニターの向こうでは機体が縦横無尽に3Dの街を駆ける
シンクロ率は37%と最初期の俺と同じくらいで、ハンドガンを武器に
ビルに隠れながら撃ち、そして身を躍らせて敵を殲滅する

 現在のレベルは5、レベル1を立つだけの神人に対する的撃ち
レベル7を実際の神人と同等の戦闘行動をコンピュータがAIで行う七段階設定
その五段階目、大体フルの60%程度
しかも俺が初めて戦った最初期の第三相手とはいえこの動き
真黒、漆黒の機体。3号機。…あやの

「似てるわね」
「そうだね、少し趣き違うけど」

 喜緑さんとこなたの会話がふと耳に入ってくる
お前も聞くべきだというように、急にこの会話だけが傍受できた

「最初の適正テストを考えれば決してありえない数値だよこれは」

「脳波、心音、血圧、その他諸々はすべて正常値で異常は見られない
 そんな一般の女子高校生でありなが。思考判断、反射神経、身体機能、射撃能力等
 戦闘能力に関係することだけが全て飛躍的に上昇しているわ
 戦闘中、これはシュミレーションだけど。
 そういった場面に限った、一時的なバーサク常態化ともいえるわ
 まるで長年訓練を受けた人間みたいな動きをするときがある
 なによりも目を引くのがタイムラグの修正ね
 思ったこととそれに合わせて動くエヴァの身体
 その差に人間は違和感を覚えて流暢な動きを阻害する
 なんかの実験で見たこと無い? 自分の声が遅れて聞こえる中歌えるかって奴
 あれと同じよ、脳の判断を狂わしてまともな行動が取れなくなるの
 でも彼女と彼はそれを修正して違和感を体感的になくしてるのよ」

「そんなことができるの?」

「人間というのはどんなに短くたって思考と行動の間に0.1秒の差異がある
 でもそれは生まれたときから付き合ってるもので人間は自然とその誤差を修正してるのよ」

「それと同じ…と?」

「そうじゃないかしら、どちらにしても戦闘中だけの脳の特殊な反応として見られてるわ」

「…」 

確かに戦闘で、自分が自分でなくなるような感覚はある
異様に感覚が鋭くなり、直感、第六感のようなものが強くなる
まるで自分が武器になったかのような感覚を降りてから思い返し不審に思うこともあった
長門や柊がともに戦うようになってその傾向は薄れたものの
俺とあやのはその点似ている、戦いに最初の一歩から慣れ親しんでいるようなイメージ

だが性格面だろうか、戦い方で差が一つある

 それは慎重さといえるなにかだ
あやのは大きな隙を見つけてもハンドガンを一発、多くて二発撃って隠れる
完全なヒット&アウェイの形をとっている、いわゆる削り殺しだ
俺は敵に最大のダメージを与えることに専念し
あやのは自機のダメージを最小に抑えることに専念している
戦争は臆病なくらいが一番生き残る、名将とは臆病者のことである
ならばあやのは俺よりも向いてるといえるのだろうか
俺は思考に沈みかけ自分の世界に入ろうとしたところで
終了を伝える喜緑さんの声で我に返った―――

―――――

「しっかし本当に付き合ってるのって感じよねあんたたち」

 自宅の机、机の椅子がとうとう一つ足りないという事態に陥った現在
しかし新規パイロットの調整に付き合ってるこなたのおかげで
全員が席ついて食事を行っている
今日の夕食は青椒肉絲、たけのこ、ピーマン、豚肉を細く切って
出来合いのタレで炒める簡単手軽で美味しい料理だ
家庭で出来る中華はみな基本的に手順が簡単でそして美味い
よくあるクックドゥの奴を今回は使用したがしかし出来合いとあなどるなかれ
中華で必要なのは万人受けだ、素人が下手なアレンジを加えればたちまちそれは崩れる
自称上級者はなんでも貶したがったりなにかと自分で手を加えたがるから困る
閑話休題、なんの話だったか…、あぁ―そうそう

「べつに極端に態度を変えるほうが気持ち悪いだろ」

 ビッと箸の背を向かいの柊に向ける
ここ最近ですっかり自分達の場所というものが決まってしまっている
俺が玄関から入ってすぐの手前の向かって左側
その隣、奥側には普段はこなた。今日に限りあやのが黙々と箸を口と食事との間で往復させている
向かって右側の手前、俺の向かいには柊がいつもなんかしらの文句を食事時に連ねて
しかめっ面を見せていることが多々ある
…まぁ飯をかっ込んで咀嚼してる時の表情は非常に幸せそうである。まる。

「おかわり」
「…長門は相変わらずよく食べるな」

 マイペースといえば聞こえがいい能天気な長門さん
右側奥の俺の斜向かい、自分の後方2メートル程度
つまり俺からもっとも遠い場所に炊飯器はあるというのに長門は俺に向けて茶碗を差し出す
俺はそれを受け取って椅子を下げてご飯を追加してやるために移動する

「でもねぇ、あんた達はそれにしてもドライよ」

「しつこい。なら俺達が付き合ってる状態で同じ屋根の下にいるのだからと
 こなたが居ないのも利用して夜な夜なやらしー事の三つ位してれば満足か?」

「ごほっ、ちょ、ちょっとキョン君!」

 流石に無反応を決め込めなかったのか、咳き込みながら俺に注意を促すあやの
それに対し柊の対応は非常に冷ややか、俺に侮蔑と軽蔑との入り混じった目を一瞬だが向けてくる
長門は…、山盛りになった茶碗を渡してやるとまた食事に向かった
どうにも脱力系キャラになってしまっている気がする

「んだよ?」
「あんたってデリカシーに欠けるわね」
「プライバシーの欠片も無い人間に言われたくは無いな
 お前も知っての通り今日一日で何人の後輩同輩に声をかけられたと思ってるんだ?」
「私はあんた達二人の共通の友人に教えてあげただけよ、教えないほうが不実じゃない」

 言いたいことはわかるが…
俺は椅子に戻り大げさに疲れたような態度をして食事の続きを始める

「俺達と日下部やみなみ、双方が笑顔になる道はないのか」
「あんたは可愛い彼女ができて十分幸せだから±ゼロよ」
「わざわざマイナスする必要あったかよ…」

 なぜプラスのままで放っておいてくれないのだろうか
俺は不思議で仕方が無い
それともなにか、こいつは俺の幸せを自分の不幸と受け取るような人間なのだろうか
け…

「なんとやらの小さいとか言ったら容赦なく殴るからね」
「独白に介入するのはやめよう」

 器の小さい女だ、ということにしておこう
と心中それでも一応の訂正を行うと横であやのが額を机に押し付けて
肩を震わして硬直していた(冷静のように見えて若干の矛盾が感じられるあたりに動揺が見て取れる)

「…くくっ、二人ともいつもそんな会話してるの?」

 なんと涙していると一瞬思考が白濁しかけたが
しかしそこはそれ、よぉく観察してみればべつにあわてる類のものではない
たんに俺と柊のやりとりに笑っていただけだった
あやのは笑いで泣ける人間だった「羨ましいな」

 俺の心を読まれた台詞かと思ったものの
それはただあやのの素直な気持ちだということに気付き、黙った

「ここにこなたさんが一緒になって、こうやって一緒に暮らしてるんだね」
「…あぁ」

 目尻に浮かんだ水分を指で拭いながらあやのは微かに笑う
俺にはその笑みがどうにも寂しく見えた

「家族…だね、羨ましい」

 兄は? と聞きそうになって寸止めすることに成功した俺
負い目というわけじゃないがどうにも俺が聞くべきことではないと思った
けど、羨ましい。そう俺が誰かに言われるのはさりげなく初めてだった
多分あやのも言うのは初めてで、柊も長門も言われるのは初めてだろうと
視界に映る戸惑ったような反応を見てそう思い

「俺は逆にお前等が羨ましい」

 あやのだけでなく、この場にいる全員
そしてこなたにも向けた台詞を独白と同じ調子で唐突に口にしていた

「そうやって楽しそうに笑えて、戦いの場に立とうとするあやのが」

「恐怖に立ち向かってなにかを守ろうといえる柊が」

「自分というものを確固として確立させている長門が」

「そして俺やこの場にいる全員を家族だとまとめて、中心で笑うこなたが」

 途轍も無く、途方も無く、意味もなく
限りなく、果てなく、切なく
羨ましいばかりで

「でもさ、隣の芝は青いって奴なんだろうな
 隣というより、自分が立っている場所以外が全部青く見えてしまってさ
 あっち向いてもこっち向いても幸せの鳥なんて見つかりやしなかった
 肩に、自分の肩にその鳥はずっとちょこんと座ってたってたのによ
 顔を向けても周りの芝と同化して全然見えやしねぇんだもんよ」

まいっちまうよ、あっち行ってこっち行って
どこもかしこも青く見えるもんだから
歩いたその場からさっきまで自分が居た場所まで青く見えてきちまうんだもん
そうだよ、俺はちょっと前の何も知らない自分が一番羨ましかったのかもな
それでも今がよければそれでいいと思えるようになったんだ

「なら、それでいいんじゃないのかな?」

 声に色があるとするならば
それは延々と続く大空と大海のような青、彼女の髪と瞳の色
俺達に家族としての繋がりのきっかけの人物

「なに、羨ましがることなんてないよ。あやのちんはもう私達の家族だから」

 へらへらと笑う小さな家族の大黒柱
それに引っ張られるようにあやのも笑って、俺達も笑った
「じゃあ長男君早速私にもご飯をくれ!」

「はいよ…って長男君ってなんだよ?」

「早い者順の兄弟構成で!」

「え!? じゃあ私長女?」

「ふふっ、じゃあ私三女なんですね」

「はっはー、これからみんなはキョンの事をお兄さんと呼ぶようにー」

「私お兄ちゃんとラブラブですよー」

「ぐはっ! やられた…」

「近親相姦…」

「ちょっと有希! 唐突になんてこというのよ!」

「じゃあ私とキョンは同時だからお父さんとお母さんって事で!」

「え~!? キョンとこなたが夫婦ぅ?」

「姉さん女房って流行りジャン?」

「なに言ってんのよあんたは! そもそもそれじゃ兄妹よりも世間的に悪化してるから!」

「気にしない気にしない!」

「お前等な……」

「お兄ちゃん、おかわり…」

「…よーし兄ちゃんが有希に腹八分目の意味を教えてやろう」

「ちょっとキョン! ノってるんじゃないわよあんたも!」

「兄さんを呼び捨てとは感心しないぞかがみ」

「きもっ!」

「あっはっはっはっは!」

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最終更新:2009年02月04日 13:09