0.

「あなた達のおかげ、いえこの場合はあなた達の所為ですね
 私達はあなた達の所為で人並みの幸せという知らなくていいものを知ってしまったんです」

 橘は俺の問いに指を突きつけてそういい切った


   1.

 すっかり日が落ちて、郊外であるここは街の光もなく
星明りと月光に全ての視界を頼ることになる

「あまり時間がない」

 藤原は額を手の甲でぬぐいながらまずそう切り出した
俺たちは今、据わった状態でホールドさせた初号機の上に集まっている
零号機から長門を連れ出して、三機のトライデントから連中を引き摺り下ろして
初号機の肩や腕に個々人で座るなりなんなりして、この会話が始まった

「ちょっと長い話になりますから、話し終わるまで質問はなしですよ?」
「…わかった」

 橘と藤原と周防、俺と長門と柊
この六人でやる定例会議の最終回だった

「僕達は戦略自衛隊の少年兵となっているが、しかし表向きにはこの世に存在しない人間だ」

 手の平に腰掛け、足を下に降ろして空を見上げるような体制になり
回想する様に自分達のことを話し始める
存在しない人間、つまりそれは無戸籍で、経歴や過去が白紙であり
誕生日、血液型、出生、両親、その他多種多様な書類上のデータが無いということ
それは割合珍しいものではなく、”あの最悪の災悪”以降そういった存在しない人間というものは激増した

「法律上禁止されている少年兵、しかもそれをあんな機械に乗せるというんだからな
 当然そういった人間の都合がいい、代えも利く、処分も簡単だ
 俺達は、”みんな”そうやって集められてガキの頃から人殺しの訓練を受け続けた」

 みんなというその言葉には、こいつら三人だけじゃない
もっとたくさんの人間が含まれてる気がした、それは多分間違いじゃなく
大勢の透明人間が同じように集められて、最終的にこの三人が選ばれたということなんだろう
処分、嫌な響きなんてもんじゃない、そもそも響きやしない
やわらかいゴム塊をバットで殴ったように、一瞬で消える殴音のような気分だ

「その想像通りだ、僕達がガキの頃にあそこに連れてこられた時
 総勢50人近い人数が居た、早々に消えた奴もいて半分以上は覚えていないがな
 帰るところなんてない、いるところだってあの場所しかなかった僕達は
 日に日に減っていく仲間達に戦慄を覚えながら死に物狂いで生きるために訓練に励んだ
 そして結果、僕達は今この場にいることができてるわけだ

 この間のあそこに転がってる3号機と同継機である4号機
 その移送中の襲撃、あれをやったのは僕達だ
 …いや、アメリカの第二支部の方は僕達じゃない、あれは偶然の相似だ
 まぁ、とにかく。僕達はトライデントの試作機パイロットに選ばれてから
 色んなところに連れまわされてトライデントを使った活動をしてきた」

 一拍、そこで置く
いままでで一番多く話してる場面がこんなところとはやりきれない
切ないじゃないか、そう思い俺は静かに背を預けていたウェポンラックに後頭部をぶつけてみる
疼痛と小さな音以外なにも変わることはなかった

「私達の予定表、全部あなた達に崩されちゃって
 結局、台本通りにことが進んじゃったんですよ」

 橘が初号機の腕に立ちながら、攻めるような口調で俺に言う

「あなた達に意図せずに出会っちゃったのも、そうです
 私達がなにか言うまでもなく正体に気付いてしまうのも
 こうやって私達が仲良くなってしまうのも、全部決まってたことなんです
 私達はそれを覆そうとしてたのに、結局なにも変わらず
 だから私達はあなたと剣を向け合う事になったんです」

「僕達がここで君達と戦うことは本来ありえないことで
 僕達は命令を無視し、トライデントを奪取しここで君達を待っていた
 本当はもっと別の形をとりたかったが、最終手段として僕達はこうするしかなかった
 もうじき僕達は処分される、君達の親玉に知りうる限りの、手に入る限りの情報を渡したしな
 トライデントを無断に持ってきたことと合わせて十分に足る理由になる」

「お前ら、ここで殺されるつもりだったのか?」

 思わず聞いてしまった、こいつらの終わりきったことの感想を吐くような言い方
気だるげな様子でつらつらと語るこいつらには何かを諦めたような
なにより、見慣れた、生きてるのに死んでるような、生気の無い雰囲気が感じられる

「…あぁ。よくある語るまでもない考え方だ
 どうせ死ぬならあんな奴らより、っていうありがちでどうしようもない思考回路だ
 だがそれも途中までだ、べつに命が惜しくなったわけじゃないが
 ただ、お前らの中で敵として、消えていくのが嫌だと思ってしまったからな
 お前が通信を無理やりあんなやり方で開いて、お前の怒り声が聞こえて
 ふん、まったく最後まで計画を粉砕してくれる」

「そんなことを、あなた達と友達のままでありたいなんて
 それもまた贅沢で我侭で、ありがちな願いです。
 でもそんな当たり前を知らなかった私達は、どうしても失いたくないと思った
 あなた達のおかげ、いえこの場合はあなた達の所為ですね
 私達はあなた達の所為で人並みの幸せという知らなくていいものを知ってしまったんです

 恨みますよキョンさん、私はここでこうやって話していて。また生への執着が未練がましくでてきてしまったじゃないですか」


   2.

「またずいぶんと面倒なことになってるらしいじゃない」

 腕を三角巾で吊り、包帯で頭を巻いて
松葉杖をつきながら、こなたはようやっとの体で俺達に苦笑を向けた

「まぁな、正直頭が痛くてしょうがない」

 あの後、損傷の少ない青と赤の機体が黄の機体を担いでどこかへ行った
残ったのは四体のエヴァ、それだけだ
主要人物が居ない、しかも松代に救援まで出してる本部の仕事はどうにも効率が悪く
俺たちの話が終わって更に15分してから回収班が到達した
と、言ってもどうやらこちらのやりとりが終わるまでハルヒの命で待ってい感がある

「3号機はしばらく凍結、フォースチルドレンは名目上は正式に着任したもののこれじゃあね」

「…そういやあやのは精神汚染の危険性は無いのか? 神人に寄生された後遺症は?」

「彼女はもう起きてるよ、大丈夫。いまから面会は無理だけど、明日かなんかに来るといいよ」

「でも、なんであやのなの? 他に居なかったわけ?」

「それは私に聞かれても困るんだよね、ハルちゃんに直接聞いて…
 と言ってもいまは門前払い食らうだろうけどね
 報告は聞いてたけどあの子達もいきなりやってきてまたすぐに居なくなっちゃったねぇ」

 肩をすくめ、そして折れた骨に響いたか顔を顰めるこなた
喜緑さんもそうだったし、他の連中もみんな大なり小なり怪我をしてるが
こなたは中でも重傷側の人間である、にも関わらず適当な処置をしてVTOL機に乗って
本部に戻ってきて、現場の指揮を取っている

「お前も休めよ、事態自体は収まったんだ。全スタッフが戻ってからでも―」

「なにか愉快な勘違いしてるみたいだから言っとくけど、私達は先行して帰ってきたわけじゃないよ
 ここに居る面子が全員、他の松代に行ったメンバーはみんな巻き込まれて死んだよ
 元からあっちの研究員だった人間は除くけどね」

「…そうか、なら余計に休むべきだな。もう深夜だ、少し横になれ
 他の連中だって戦闘後で疲れてる、明日に回せ」

 とうに日付も変わっている、家には帰れないし
今日は職員用の仮眠室を借りることにするか
起きたらあやのに会いに行って、学校は休みだな

「…でも」
「そんな状態じゃまともに何ができるよ、傷の療養が先だ
 幸い、今回の戦闘は市街じゃないしな」

 なにがそんなにこいつを動かそうとするのか
怪我をして、その日になぜこいつは働こうとするんだ
いつもだってこの時間帯、最低限の行動をした後は次の日以降に回すのが定例だ
発令所だってなんだって半数もスタッフはいないぞ

「…オーケイ、わかったよ」

 俺の胸部に左手で正拳入れて、こなたは発令所から渋々でていった
俺も仮眠室にとっとと行きたいくらいの眠気は来ているのだが
しかしその前にやることがある、それを疎かにするほど怠け者じゃない

「喜緑さん、いいですか?」

 大きな本部の生体コンピュータ、その一体の影でコーヒーを飲む彼女に声をかける
彼女は白衣にさらに白い包帯を節々に巻いて、髪と顔以外を白で固めきっている
マグカップを持つ、手首から先をぐるぐるに巻く包帯に血がにじんでるのが痛々しい

「なんでしょうか?」

「長門が言ってたんですよ、今回の神人について
 エヴァに寄生するその形態、しかしプラグを抜いた瞬間にその存在が消滅したのを柊が見てた」

「そこから生体部分と精神体部分を分け、パイロットの精神に寄生したという仮説を有希が立てた、と」

「あやのの身体には本当に異常は見られないんですか?」

「まるであったほうがいいような言い草ね」

 空になったマグカップをコンソールに置いて
くすくすと喜緑さんは笑い俺の発言をあげる

「…どうなんですか?」
「そんな怖い顔しなくてもいいじゃない?」

 マグカップを再び手に取りサイフォンからコーヒーを注ぐ

「飲む?」
「…眠れなくなるので」
「あらそう」

 砂糖もミルクも無しのブラック、飲めないわけじゃないが嫌いだ
甘いほうがコーヒーは好きだと素直に俺は思う
無理して苦いコーヒーを飲んだところで格好いいわけじゃない、問題なのは満足感だと誰かが言っていた

「実際問題として私もその可能性を懸念していくつか検査してみたけど
 まぁそれは杞憂に終わったとみて問題ないわね。
 いまは意識もしっかりしてるし受け答えもできてるわ、ただ3号機に乗っていた間のことを抜いてね」

 真っ黒な、光と対をなす
あの3号機の存在を髣髴させる濃い液体
それを彼女はなんの衒いもなく口に含み、笑みを浮かべる
俺は専門家に確認をとったし、これ以上話すことないと礼を言って発令所を出る

「あぁ、ちょっと待ってくれるかしら?」

 呼び止められてしまった
俺は開いた扉の向こう、薄暗い廊下から今一度発令所に半歩踏み入れ
そこから彼女と向かい合う

「…なにか?」
「自分の仲のいい女の子がフォースチルドレンになったからって、変な気を回しすぎないようにね
 ただでさえ、キョン君は色々と刺されそうな位置に居るんだから」

 どういう意味の忠告なのか、いまいち理解が出来なかった
俺が刺される、とはチルドレンだからか? だがそれなら柊や長門も…
あぁ、そうかそういえば俺はチルドレンでも唯一の男か、あやのも女だしな
そういったことでの危険性のことか? だが今この場でいう意味がわからんな

「…まぁ覚えておきますよ」

 俺はそういって、発令所を今度こそでようとし、またも

「あぁキョン君」
「…今度は何です」
「コーヒー飲んでかない?」
「―貰います」

 喜緑さんは俺の返答を聞いて脈絡なく笑った

   3.

 携帯から柊の手によって入れられた最近のヒット曲が
7時のアラーム設定に従って軽快に流れ始める
結局、仮眠室ではなく、本部内に用意された部屋で寝ることになった
まぁ仮眠でなく朝まで寝るからな

「はぁ…意外としっかり寝れたな」

 新しい白い布団から手を伸ばして携帯のアラームをとめる
正直着うただかなんだかはあんまり入れる人間ではないのでいつもただのアラーム音を使っていたのだが
しかしそれだと耳障り極まりないと柊が勝手に複数曲を入れてくれやがったのだ

 八畳程度のワンルーム的な部屋、白で統一されつつも
いつぞやの病院の様に病的な(この比喩は些か不謹慎であるがしかし他に表現が見つからない)白さではない
手狭ながらもキッチンあり、冷蔵庫や洗濯乾燥機、シャワーもついているという
中々に性能のいい部屋である、これは本部に泊り込みを多くしたり
また外にでられない有事の際などに使用される部屋であり、基本誰かの部屋という訳ではないのだが

 チルドレンや、こなたや喜緑さんなどの幹部クラスやその直下のオペレータ達等には
こういうように専用の個室が与えられているということを昨夜(といっても今日であるが)聞いて
さっそく使用してみたわけである、チルドレンとして長い、柊と長門は最初から仮眠室でなくここを使って居たということで
そういう便利なものは早く教えてもらいたいと憤慨するものである

「ピンポーン」
「はい、そこ口で言わないように」

 顔を洗い、同じく白いフェイスタオルで顔を拭いていると外から声が投げかけられた
この部屋、外にチャイムなんてものはなく。近づくとノックする前にドアが開くので
まぁこういった方法をするしかないのだが、しかし傍から見たら間抜けだろうと想像できる

「キョン起きてる~?」
「お前返事してるのが誰だと思ってるんだ」

 先ほどノックするほどに近づけば勝手に開いてしまうと言ったが
しかしじゃあロックはないのかというとそういう意味ではなく
個室として与えられてるこの部屋は各個人のIDカードを読ませればキチンと施錠できる

「あんたの寝癖凄いわよ」
「うるさい、起きたばかりで顔を洗っただけなんだよ」

 柊はすでに髪も落ち着いていて、起きてからそれなりに立っているのがわかる
俺より三時間くらい早く寝てるからな、それだけ早く起きたんだろう

「そうね6時には起きて、テレビを見てて。あんたの目覚ましが聞こえたから来たのよ」
「ならば寝癖の一つくらい見逃せ、わかってることだろうが」

 言いつつも、櫛を駆使して髪を整えにかかる
いくら相手が柊と言えどもこの状態でいつまでも話すのは気が引ける

「…ん? テレビとな、お前の部屋にはそんなのがついてるのか?」

 俺の個室にはないのだが、なんだその待遇の差
テレビがあるだけで外の情報が入ってくるし、退屈しのぎも容易になる
純粋にうらやましいぞこの野郎め

「なに言ってんのよ、そこの壁のボタン押せばモニターになるわよ」
「なんと、ハイテクだな。アナクロな俺には難しくてわからんよ」

 どれどれ、俺は持っていた櫛で隠れたボタンを押して見ると
果たして壁の一部か黒いモニターになり、そして普通にテレビ放送が映ったではないか
一体どういう構造になってるのかと思いながらも
いやいや充実した一人暮らしのワンルーム生活を夢想して幸福に浸ってみた

「って、そんなことどうでもいいのよ。あやのにもまだしばらく時間待たないとあえないし
 おなか減ったから食堂行こうと思ってね」
「…長門は?」
「私の部屋で待機してるわ、呼ぶだけだからすぐだと思ってね」

 ふむ、ならば談笑してる場合じゃないな
俺は柊を追い出して、一夜のうちにクリーニングされた制服を着て二人と合流した

――

「起きてからずっとニュース見てたけど
 やっぱりトライデントのことには若干情報を改竄してあるみたいよ」

 食器の擦れる小さな甲高い音
もぐもぐと麻婆豆腐を口にしながら柊が喋る
食べてるときに口を開かないという基本的なマナーも守れないのかと
指摘してやりたかったが、しかし内容に興味があるため今回は咎めない

「ニュースでは戦自が民間企業とかと作ったJ.A.の後続機で
 無人の人型兵器ってなってたわ。それの試作機が何者かに奪われたって」

 確かにパイロット式と言えば、なら誰が乗ってるのかという話になるのは自明
そこでべつの人間をパイロットにしたてあげ、なんてことをやってけば
どこかでボロがでるに決まってる、実際に操縦できるのはあいつらだけなんだから
なら最初に大嘘ついたほうが楽だということはわかる

「じゃあ、まだあいつらは逃げ続けてるのか?」
「多分…」

 いつまでも逃げられるわけがない
それはわかるが、それでもできるだけあいつらには生き延びて欲しいなんて都合のいいことも考える

「…ここだったらさ、法の対応外だし戦自も手出しできないのにね」

 レンゲをつきたてて深く息をつく柊
それは一回提案し、あいつらが迷惑をかけると首を横に振ったこと
これ以上吟味する必要の無い可能性

「まぁ、縁があればどこかであえるだろうし
 お互い生きていても、もう二度と会うことのない連中だっているんだ
 深く考えすぎないようにしろよ」

 俺はそういって焼き魚をほぐして口に運ぶ
そうだ、自分の意思に関わらず、会うときは会うし
気付けば何年も会話してない奴だっていくらでもいる
今回のことだって、事態は大規模だったが
それでもありふれたといえばありふれた出会いと別れの一環に過ぎない

「あんたって淡白ね」
「そうかも知れんが、だからといって責められる謂れは無い」

 強いて冷たい口調で言葉を続ける
このままこの話題を引き伸ばせば雰囲気が淀む
変なところで感傷に入らないように、こちらが不干渉を決め込むしかないのだ
一緒に悩むのは間違いじゃないが、一緒に落ち込むのは意味のないことだ

「長門ももう食べ終わったか」
「…」

 こいつはラーメンが好きなのだろうか、今日も今日とてラーメンである
ここの食堂ではラーメンしか食ってるのを見たことが無い、ここの味が好きなのか?

「まだ時間もある、部屋で適当に時間を潰してからあやのの見舞いだな」

 なにか買ってくのが見舞いのセオリーだがなにがいいかね
メロンでも買ってくか? リボンでも結んでさ

「花のほうがいいんじゃない?」

 独白に横槍を入れてくる柊
しかしどちらにしても一旦外にでなければ買えない代物である
花屋や八百屋的な素敵な建物がこの神人迎撃用要塞都市の本部に鎮座してるはずが無い

「だが手ぶらってのもやっぱり無い話だよな」
「一回上にあがる?」
「そうするか…」

 現在時刻が8時を少し回った程度
地上に戻って買い物して、ついでに着替えるくらいの時間的猶予は十分にある
制服のままってのも、やはり見舞いには味気ないしな
結婚式や葬式じゃないんだから制服は極力避けていきたいと思う年頃だ

「…そういや携帯を個室に置きっぱなしだったな」
「私なんか財布も置きっぱなしよ、取りに行きましょ」
「…」

 方針が決まったところで最後に柊が両手を合わせて食事を終える
トレーを持って食堂のおばちゃんに一言声をかけて片付け
三人そろって個室に引き返した

   4.

 275号室、峰岸あやの
そのナンバープレートと名前を確認してから
俺は息を吐いて二度扉をノックする

「どうぞー」

 一拍おいて聞きなれたあやのの、少し間延びした声
許可を得た俺達はドアを開いて中に入る
目が痛くなるような真っ白い病室も三度目
しかし今回は自分が入ってるのではなく、あやのの見舞いとして

「やぁ」
「…おぅ」

 入院患者の白く薄い服、そこから覗く腕は数日前と比べて細くなってる気がした
あやのは俺達を確認して陽気な感じで手を上げて挨拶をよこす

「これ、見舞いの品だ。心して食えよ」

 結局柊は長門と花の植木鉢を買い
俺は個人で果物の盛り合わせ的なのを買ってみた
結構な値段するんだなこういうのって、知らなかったぜ

「あっは、大げさだよこんなの。ありがとう」
「気にするな」

 受け取って顔を綻ばすあやのに少し安堵しながらベット横の椅子に座る
色々話したいこともあるしな、聞きたいことも言いたいことも

「まぁでも、よかった。すぐに退院できるんだろ?」
「うん、怪我してるわけでも病気でもないからね。体は至って元気なんだよ」

 両手を曲げて元気を強調するあやのに、若干の不審と不振を感じる

「あやの、あんたこれからどうするの?」

 唐突に本題を切り出しやがった、行動が早急過ぎる
確かに聞くつもりはあったがしかし早々に直球を投げる馬鹿があるか

「えっと…」

 あやのは顔を曇らせて俯き、手元の果物のバスケットを指先で撫でる
こうなった以上、こちらからフォローはできない
あやのが口を開くのを待たなくちゃならない

「私はね、一度キョン君が戦ってるのを見て、あのプラグってのに一緒に乗ったことがあったの」

 俺がここに来て、二度目の戦闘の時の話か
これは多分知らないであろう柊、もしかしたら長門に対しても話してるのかもしれない

「だから、他の子達よりわかってるつもりだったの
 本当に簡単に死んでしまうようなことが身近に起きてるんだって、そんな中三人ともが戦ってるんだって」

 あやのはぽつりぽつりと語る
窓から入ってくる風にはためくカーテンの音と、木々の葉が擦れる音がやけに響く

「いまだから正直に言うけど、私は長門さんやかがみが羨ましかった
 私を助けてくれた、守ってくれたキョン君と同じ場に立って戦える二人が羨ましくて
 だから話が来たときもすぐに受けて、純粋に嬉しかったわ」

 戦う人間とは別の、それを待つものの辛さというもの
それはどっかの誰かに一度訥々と教えられた覚えがある
べつにそれがどうとか言うわけじゃないが、まさかあやのがそんな考え方をしてるとは思ってなかった

「でもね、私も全然知らなかったのね
 エヴァに乗って戦うって、あんなに痛いなんて知らなかった」

 …待ってくれ、その発言はまるで―
昨日の喜緑さんから聞いたこととズレてる、その言い方は

「あやの、お前もしかして3号機に乗ってたときの記憶があるのか?」
「…うん、最初はね。うっすらとだったけど、ゆっくりと記憶が鮮明になってくんだね」

「まるで自分の体が勝手に動くようで、気付いたら実験室はバラバラになってて
 私がやったんだって怖くて、怖くて、でも目を瞑っても見えなくならないの
 勝手に歩いて、ずっとずっと長い距離歩いて。気がついたらキョン君たちが居て
 えっへへ、結構痛かったですよ正直」

 ずっと意識があったのか、そして俺の思ってたとおりシンクロをし続けていたのか
それは、怖かっただろうと想像が出来てしまう
自分のいきなり乗せられて、戦わされた事を否応無く思い出す
それでも気丈に笑うことのできるあやのに羨望の念を向けるまでに

「でも、途中から。そうだねキョン君に投げられて腕が伸びた辺り
 自分の体が伸びる感覚なんて多分一生体験しないんだろうね?
 あの辺りからだんだん意識がぼやけて来て、なんか自分の体の境界線が曖昧になってくの
 そして気がついたらスタッフの人に助けられて、病院に検査入院だって」 

 神人という異形の生命体に自分の髪の毛からつま先までを
完膚なきまでに支配されてたあやの、その恐怖
初めての搭乗で敵に犯され、そして死を垣間見た彼女にかける言葉が見つからなかった
あやののいう境界線があやふやになった状況
最終的にはあやのの存在そのものが神人に喰われてた可能性だってある

「私達ちょっと外すわね、あやの」
「…」

 唐突に柊と長門が部屋をでていってしまう
扉が開いたことにより窓から入ってくる風が強くなり
あやのが靡く髪の毛を押さえて俺を見つめてくる

「キョン君が、今回も助けてくれたんでしょ?」
「…結果的にはな」

 いきなりの状況に少々戸惑いながら答える俺
なんで柊たちはでていってしまったんだよ…

「こなたさんにもね、言われたの。べつに止めてもいいんだよって
 でも私は、これからもフォースチルドレンとしてここに居るよ」

 その顔に微笑を湛えながら長い髪を押さえる手を離し
髪の毛が風に任せて跳ね踊り、舞う

「なんでだ、怖いって言ってたのに。なんでまだここに居ようとする?」
「言ったじゃない、私はキョン君と同じ場所に立てるのが嬉しいんだよ」

 自由になった手を俺に伸ばして、
柔らかいその手で俺の手を握るあやの

「俺達と同じ場所に立ってどうするって言うんだよ…」

「ばかね、私はキョン君が好きなの、ずっと一緒にいたいの
 だから待ってるだけが嫌なのよ。知らない? 最近の女の子は積極的なのよ」

 クスクスと笑みを浮かべてから、俺の頬に唇を軽く触れさせる彼女の姿に
俺はようやく喜緑さんの先日の発言の意味を悟った

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2008年07月11日 14:32