1.

 無口で静かではあるがおとなしいわけでは決してなく
長門とキャラがかぶるような事はないという点では安心の周防

 基本友好的な奴ではあるがどうにもそれに合わせて
こちらから少し近づいてみるとなにやら痛い目を見る羽目になる橘

「あいつらと比べるとやっぱお前普通だな」
「普通という単語は基本良い意味を持った言葉ではないな」

 がちゃがちゃとスティックと三色六個のボタンを両手で操り
画面内のキャラクターを動かして戦う、周囲は多種多様な音が重なり合い
少し離れてしまえば会話も成立しないような騒音
俺と藤原は、現在ゲームセンターと呼ばれる娯楽施設にいた

「はい終了」
「ふん、やはり苦手だな」

 画面の敗北と勝利の英字
それを確認してからゲーム機から離れると、すぐに別の人間がゲームを始める
ゲーセンに来たことの無いという発言を拾っての今回の行動だったのだが
しかし格闘ゲームなんぞほとんどやったことの無い俺が勝ってしまうほどだ
たまに、本当にたまにだがこうしてる時は普通にこいつらと友達感覚になってしまう

「じゃあなにやるよ?」

 気をつけようとしても、だがしかし自分自身そういうのに慣れていないためどうにも距離が難しい

「あれだな」
「ガンシューティング…」

 そりゃ比較的得意であろう事は予想がつくが

「…まぁいいか」

 訓練が無い日、ここしばらくはこなた達は3号機4号機のことやら何やらで忙しなく働いていて
どうにも最近は俺達は暇をもてあましていて
その退屈しのぎに俺はよく柊達やこいつらと遊びに行くことが多くなった

「単純に敵に向かって撃てばいいわけだ、足元のペダルを離すと身を隠せる」
「なるほどな」

 見たことの無いもの、触ったことの無いもの、総じて知らないもの
そういったものと接するたびにこいつらは普通の高校生に見える
俺は後ろで観戦決め込み、UFOキャッチャーに寄りかかる

「あっ」
「ん?」

 声がして、あぁどこに行ったかと思った橘は以外とぬいぐるみなんか欲しいのかと
そんなことを思う間もなく制服の襟を掴まれる

「あぁ! もうちょっとで落ちたのにキョン君の所為で落ちた!」

 ついでに俺の意識も落ちそうになってる

「いや、悪かったけど流石に色々と間違ってる。もう一回やればいいじゃないか」
「お金が無い!」
「…やるから、取れるまで付き合うから」

 だから手を離してください、お願いだから
俺の提案に文字通り、手放しで喜ぶ橘。俺も自分の生還が喜ばしい
硬貨の中で最も価値あるそいつを橘に手渡して
藤原に目を向ければ、なんかどんどんスコアを上げてやがるし
今回はついてこなかった周防は確か柊に連れてかれてるらしいし

本当の立場を考えれば決してあってはいけないことなんだと思っても
俺はこの状況を非常に楽しんでいた

例えば、学校の昼食
あぁして円を作って並んで弁当を広げるなんてのはありえない
話してることはもうただの世間話にもならない事で、日下部やあやのも一緒になっても
こんな至近にいるという事実そのものが懸念すべきこと

教室で同じ時間を過ごして、授業を聞かずにメールをよこしてきたりする橘や
おきてるのか寝てるのかわからない周防や意外と成績のよろしい藤原

こうしてたまに一緒に遊んで、たまにいっしょに飯食って

だから俺はあんなことになった時、とっさに優先順位を間違えてしまったんだ

あいつらは敵で、柊と長門は仲間で、あやのや日下部は守るべきもので

そんな基本的なことすら忘却するに至ってしまったんだ

…もしかしたら、それさえもあいつらがここに来た理由の中かも知れなかったのだが

   2.

「第二支部の消滅、また4号機の欠番?」
「そう、3号機は無事に先日本部に到着。正式に配属されたんだけどね。
 3号機と4号機は、同じアメリカ内でも第一と第二の支部で、別々に移送される筈だったんだけど…」

 3号機に比べて4号機が遅れるのは元から織り込み済みだったらしく
ぎりぎりのタイミングで新しいなにかを第二支部が4号機に詰め込めこもうとしてたらしい
しかし遅れに遅れた上に、きちんと機能しなく、結局遅ればせながら太平洋を越えて飛んでくる途中
移送中の4号機が撃墜され、また第二支部が消滅したらしい

「爆発とかじゃなくて消滅?」
「そ、衛星からの映像とかもあるけど、ありゃ確実に生存者はいないね」

 第二支部丸々と一緒に数千の人間が消えうせたということだ
まぁそれが3号機がこっちについた前日のことである

とりあえず時系列順に並べる
まずは日本の本部がアメリカの両支部に3号機4号機の徴収命令を出す
第一支部、第二支部は一応承諾し3号機は早期に準備にかかる
しかし第二支部は研究中だったなにかを4号機に乗せる実験を行っているためそれが遅れた
結局実験は失敗、4号機はそのまま日本に送られる
そして第二支部の消滅、4号機の欠番
で、3号機が本部に着く

となる

「まぁとりあえず3号機だけでも無傷で来たのはよかったよ
 もし二体ともこれなかったらどうしようも無かったもん」
「そうらしいな」

 初号機の腕が切断されたときや零号機が大破したとき等
そういった一定以上の損傷があったときに
5号機や6号機の素体を持ってきて入れ替えたりしてる
なので、もし3号機4号機の両機体がこっちに来なければ
それ以降の量産機が戦闘に耐えられるステージまで完成するのは当分先になるので
ほぼ零号機から弐号機までの三体でこれから戦い続けなくてはならなくなる

「しかし、真っ黒だな」
「真っ黒だよ、向こうはベタ塗りが好きなんだろうね」
「残りも全部そうだとするなら俺達はそうとう機体に恵まれてるな」
「あっはっは、それを喜緑さんに言って上げると喜ぶよ」

 新設のケイジ、他三体と同じく紅い液体に身を浸けている3号機

「ということでだよ、今度この3号機の起動実験を松代でするから」
「ずいぶん遠いな」
「まぁね、ちょっと神経質になってるんでしょ? 念には念をだよ」

 こいつは当然それに参加するのだろう?
ならばその万が一に巻き込まれるかもしれない訳だ…

「気をつけろよ」
「勿論だよ、まぁ最高の技術部長さんが万全を期してくれるので問題ないっしょ」

 こなたに喜緑さん、オペレータの三人組も行くのだろうし
それで万が一が起きた場合、この本部は機能するのだろうかね
まぁそうならないのが一番だ、二番なんてない唯一の結果であって欲しい

「変わったね」
「…なにがだ?」
「キョンがだよ」

 どうだろうか、わからない
他人の子は早く育ってるように思えるとうが
それは身近すぎるとゆっくりとした成長に気付かずに慣れてしまうから
そして人間がもっとも身近にあり、もっとも長く接する人間は当然自分自身で

「ほら、いうじゃない。男子三日会わざれば刮目してこれと見ゆべしって」
「さて…ね」

 へらへらと笑みを浮かべながら見つめてくるこなたから
俺は目を逸らして3号機に視線を移す、…そういえば

「パイロットは、そういやどうするんだよ」
「…あ~」

 今度はこなたが俺から目を逸らす
口をもごもご言わせて辺りをきょろきょろして、非常に挙動が不審である
夜中にやっていれば青い制服着たむかつく連中に職務質問されかねない
―この街ではありえない例えではあるのだが

「…もう決まってるのか?」

 少し、質問を変えて聞きなおす
するとこなたは肩を落として、あきらめたように答える

「えっと…、まぁそうだよ。キョンの次のパイロット、つまりはフォースチルドレンは決まってる」
「誰だ?」

 こなたは、さらに周囲を見回してから意を決したように俺をにらむ

「キョンには悪いけどそれは言えない、実験が終わって戻ってきたら、教えるよ」
「…そうか」

 こなたは俺の横をゆっくり歩いていって、ケイジからでていった
俺は、もう一度3号機を見上げ、そして続いて外に出た

――

「違うな…」

 学校の端末とは別のノートパソコンを開き
キーボードの音を響かせながらディスクの中身を読み込み
いざファイルを開こうとすると、パスワードがかかっていた

「…違う」

 俺はこなたからのヒントを合わせていくつか浮かんだそれを次々に打ち込んでいく
すれ違いざまに渡されたディスクと一枚の紙
既にこなたは家をでて、松代に出立してしまっている
ここで俺が誰がパイロットになったのか知ろうとするのはただの自己満足だ

「…日下部、みさお」

 違う、か。しかしこなたも考えたと思う、そのパイロットの名前がパスワードという設定の仕方
もし自分の周りの人間が該当しなければそれでよし
俺に知る権利を与えるのは俺の周囲の人間がパイロットとして選択された場合のみというこのやり方

 昔の知り合いから、今のクラスの連中まで
俺と同年代の奴を片端から入れていき、とうとう俺の至近の人間にまでそれが及び
そのうちの一人

「…峰岸、あやの」

 パッと現れたのはエラーの文字では無かった
峰岸あやの、生年月日から始まり血液形、家族構成等の表面上の情報
そしてDNAの配合パターン、EVAとのシンクロ率
それは紛う事なく、彼女が、峰岸あやのという人物がフォースチルドレンであることをあらわすファイルだった

「ハルヒ…」

 俺は机を蹴って椅子に乗ったまま後方に移動する
キャスターの音が耳障りだった

「この選択は故意か?」

 夕飯を終えたこの時間、俺しか居ないこの家で、俺に答える人間は当然いなかった

―――

「あやの休みだってー」

 日下部が、学校について早々の俺に近寄ってきて
無垢な笑顔を浮かべつつそう報告してくる

「…そうか」
「んだよ、テンション低いな~。あやのが休みってだけでそれか?」
「いや、そうじゃないから」

 知ってる、なんて言うこともできず
適当に応対するものの、しかし今現在彼女が実験に参加し
あやのがこちら側に足を入れてしまったという事実が俺の気分を沈降させていく

「ちょっと、扉のところでたちどまらないでよね」
「…あぁ、すまん」

 柊に言われて席に向かう、ハルヒだったらまたドロップキックを食らってたなと思いながら
そのハルヒもまた当然のように姿が見えなかった

「…ん?」

 いや、それだけじゃない
疎開で減っていくクラスメート、しかしそれにしても今日は空席が目立つ

「…日下部、タチバナーズはどうした?」
「全員休みじゃねぇの? 来てない見てない、聞いてない」

 つまりいつものメンバーのうち半数以上が欠けてることになるのか
ここに残ってるのは俺と柊と、窓際で本を読んでる長門と、目の前の日下部のみ

「今日は寂しいなぁキョン」
「…そうだな」

 多分、もうあの面子であつまる事は二度とないのだろうと言う予感がした

―――

 いつもの屋上、寝転がり曇天の空を眺めている
風はヒンヤリと冷たく、心地よいすごし易い天気
大丈夫、あやのがEVAに乗り戦うことになってもやることは同じだと
俺達が戦って勝って、あやのを守っていればいいのだと
そうすればなにも変わらずに居られると、俺は半ば本気で信じていた

「なんのようだよ委員長」

 どれだけ慎重にあけても音のする扉
控えめながらしかししっかり軋んでうるさい音を立てたその扉をあけたのはみなみだった
みなみは風に靡く髪とスカートを押さえながらこっちに歩いてくる

「…授業、サボっちゃダメです」
「でても、何もしないからいいんだよ。委員長がサボるほうが問題だぞ? もう鐘はなっただろう」
「キョンさんの所為ですから」
「じゃあ仕方ないな」

 なにも言わず、なにも聞かず、なにもせず
みなみはただ横に座って仰向けになる俺を眺めていた
俺はその視線から逃げるように背中を丸める

「大丈夫ですよ、なにも心配することありません」
「…」

 唐突に、風にかき消されかねないような声でささやく
涼やかなその声質は耳心地よく、俺はただその声を聞いた

「なんとなくですけど、事情は察してます。峰岸さんもそうですけど、橘さん達の事とかも」
「…」

 なんとなく、といってもそれなりに根拠あるものだろう
俺は、最初あいつらと話すときにあやのや日下部を一時的に離す為にみなみに頼んだり
その立ち位置からよく頼み事をしていた、そして俺達がEVAのパイロットであることも周知の事実
どうとでも後ろ暗いものは読み取れるのだろう

「気にして、気になって、それで注意力散漫になってしまえば逆に失敗しますよ」

「……そうかもな」

正直なにがわかったとか言う訳じゃない
ただみなみにこんな風に気を使わせてしまったということに
自分に腹がたった

バイブレーション、携帯の着信
俺は起き上がりポケットから携帯を取り出し耳に当てる
―緊急収集、俺の動作にみなみはすぐに理解したようですっくと立ち上がった

「私は先に行ってますね」
「みなみ」
「はい?」
「ありがとう」
「どういたしまして」

呼び止めて、そして結局みなみを抜き去って屋上から階段を一気に降りきる
やはり連絡があったようで長門、柊とも合流し、同時に遅れながらサイレンが鳴った

   3.


 紅、幾度と無くそう俺が比喩してきた夕焼け空が
いまはただ空々しい血液の朱にしか見えない
市街地から離れ、それぞれの特性に合わせた持ち場につき早30分が立つ

 接近戦、近距離攻撃を主とする弐号機と柊。装備はソニックグレイブ
位置は敵が進行してくる経路の最前線

 気配を殺し、一撃必殺を狙い身を潜める長距離攻撃型の零号機は
俺の後方に伏せてG型装備で山に身を隠す、武器はポジトロンライフル

 そして俺と初号機はその中間、戦況に合わせて移行するMF的役割とさらに現場での指揮を担当する
ハンドガンとナイフを双方構えて柊が敵を捕らえるまで息を殺す

 現在こなたや喜緑さんなど、主だったメンバーが居ないため
今回の作戦立案、指揮は完全に俺に任された。ハルヒによってな

 そこで過去の戦いから組んだフォーメーションの各自の立ち位置を顕著にして
それぞれを分散、三箇所に配置し、敵を捕らえるということにしたのだが
しかし今回の緊急収集、非常事態宣言は普段と少々味が違った
普段の連中がいないから話がよくわからなかったが
どうやらパターン青が確認されてないらしい

『敵って言っても漠然とし過ぎてるわよね』
「そういうな、相手が敵意を持ってるならばそれは敵だ」

 プラグの中のLCL、その設定水温がいつもより若干低く、冷たく感じる
手に握っていた汗がひんやりと周囲に混ざっていく

「…ふぅ、どうにも敵を待ち構えるのってのには慣れてねぇからな」

 手を握り締めては開いて、それを繰り返す
このままだと心停止になってしまいそうだと無駄な心配をしていると
柊から音声のみの通信が入ってきて、敵の肉眼での確認を告げる
それとほぼ時を同じくして俺も夕日を背後に迎えた敵の姿を見つける

 悠然と立ち進む敵と呼称されている、俺達がいま戦う相手の姿を見つけてしまった

『あれって、この間の3号機よね?』

 こなた達がいま起動実験し、中にあやのが搭乗している筈の3号機
漆黒の機体が腕をだらしなくぶら下げて、生物的な動きで歩いていた

「ハルヒ…松代の方と連絡は?」
『ここ数時間取れないわ、話によると大規模な事故があったらしいけどね』
「…なんでそれを言わなかった」
『あんたのやることに、なにも変化がないからよ」

 確かにそうだ、事故のこと自体は俺達が関与すべき事態じゃない

「だが!」
『いいから集中しなさい、弐号機が接触したわよ』
『でりゃぁぁああ!』

 ハルヒに言われて、その場から移動し対応できる場に移動する
指示を出すために零号機、弐号機ともに繋がりっぱなしの通信からは
怒声のような声が絶え間なく聞こえ、またシルエットが俊敏に動いている
あの中にあやのが乗ってるのかも知れず、また柊と向かい合っているのかと思うと
緊張というのを超え、ただ激しくなる鼓動で自分の心音が聞こえるのみだった
だが、かといっていまこの状況でそれを知らない柊に伝えるのはダメだ
あいつは、戦えなくなってしまう

『キョン、これっ――!』

 爆発音や轟音のノイズの中、音声のみの通信は通話中に電話線を抜かれたような
気味の悪い切断音をさせて消えて、3号機と思わしき機体に弐号機が馬乗りにされていた

「くそっ!」

 俺は隠れてた場所から身を翻して黒い機体に向かってハンドガンの引き金を三度引く
鉄球が大量の火薬に押し出されてまっすぐその機体に飛んでいく

 弐号機に食らいついていた敵は後ろに砂煙巻き上げて回避
腕を合わせて四足歩行状態で俺に初めて気付いた様子でこちらをにらんできた

「くそ、弐号機との回線再接続…できないか」

 柊の状態は不明だがそこまで重傷ではないだろう
いまは目の前の敵を倒すこと、そしてそうであらば中に居るあやのを助け出すこと
それに集中すべきだ

「長門、援護頼む」

 後方で構えてるはずの零号機に声をかける
が、返答はなし、聞こえてないのか?

「聞こえてるか? 長門―」

 言った瞬間に気を逸らしてしまった、返答の無い零号機を確認しようとした途端に
腹部に強い衝撃が走り、ついでタックルをされてマウントをとられたことに気付く
そして、この敵が3号機であることもまたしっかり確認する

「長門!?」

 能面のようなエヴァ3号機、しかしどこか雰囲気が違うそれが
肩を揺らして殴りかかってくるのをどうにかガードポジションを維持して防ぐ
しかしこれでは持たない、この位置なら遮蔽物もないし長門が狙い撃ちできる筈なのだが
いつまでたっても期待の援護射撃は来ない

 どうにかこうにか3号機の両腕を掴み一時的に動きをとめて
首を捻って零号機が居る筈の方に目を凝らすと、いつの間にやられたのか
叩き壊されたライフルとともに力なく横たわっている零号機が見える

「ハルヒ! 二人は大丈夫なのか!?」
『問題ないわ、いいからあんたは目の前に集中しなさい』
「だが、これは3号機で間違いないぞ! なんでこんなことになってるんだよ!?」

 大規模な事故、ならこなたや喜緑さんはどうなってるんだよ
絶対死ぬなって言ったのに、あんな事務的な適当な会話を最後にさよならは情緒が無いぜ

『いま救援も行ってる、詳しい報告はあとで来る。本気で集中しないと先にあんたが死ぬわよ』

「くそ、大体なんで長門までやられてんだよ」

 膝を曲げて3号機の腹部を蹴り飛ばして起き上がる
もし起動実験中に暴走して、それが事故として処理されてるなら
下手するとあやのは今現在進行形でシンクロしてる可能性もある
あんまり攻撃するのは憚られる

「フォーメーションも装備もあったもんじゃねぇ」

 ナイフで四肢断絶させるわけにもいかないし、拳銃でどたまをぶち抜くわけにもいかない
結局徒手空拳での戦闘に落ち着いてしまった

 背中を山に強かに打ち付けた3号機は顎部のジョイントを破壊し、紅い歯をちらつかせて
下品な笑みを浮かべて腰を沈め、次の攻撃のために入る

地面を陥没させて黒い巨人がその体躯を存分に使って特攻してくる
俺は初号機で真っ向からそれを受け止め、腕を掴み、懐に入り身体を反転させて背中から3号機を背負い投げた

 投げた右腕を極めて、3号機の機体を裏返しにする
―エントリープラグが入っている、そしてその挿入口に白い
薄紫のかかった粘液がこびり付いている

「てめぇが元凶か!」

 エントリープラグを抜きさえすれば、あとは普通に戦える
あやのを素早く助けることができると思い手を伸ばす
と、折らない程度に力を加え続けていた右腕が突然軟体動物のような感触に代わり
蛇のように逆に俺の腕を絡めとられてしまった

 獣のような、否、獣そのもののうなり声を高らかに上げて
3号機はお返しとばかりに俺を放り投げ、腹部にドロップキックを食らい吹き飛ばされた
頭が揺れ、視界が三転し。背中強打して呼吸が止まる。
エントリープラグの壁面のモニターが一瞬ちらつき衝撃の強さを物語る

 追撃に備えてふらつきながら立ち上がると、しかし3号機はその場で地面に手をついて棒立ちしていた
…いや、違う、手をついてるんじゃない。腕で地面を突いてるんだ

 俺はその場でバク転し、距離をとると
寸前まで居た場所の足場から3号機の腕が現れた
如何なる原理か質量保存に喧嘩を売ってるような長さのその両腕は地面を掘り起こして
ぶらぶらとまさしく木の枝にぶら下がる蛇のような動きで俺をねめつける

「残念だったが、俺はすでにその手の触手攻撃を食らってるんだよ」

 同じ手は二度食わんと、さらに追尾してくる腕を払いながら今度は転じて攻勢に回ろうとする
しかしそれは真正面からの衝撃で体制を崩され失敗に終わった

「がっ…!」

 3号機が地面にもぐらせていたのは腕だけじゃなかった
その脚までもが伸縮自在になり初号機の頭部をカウンター気味に蹴り飛ばしてくれた
脚は前に進もうとし、だが顔面を蹴られ後ろにとぶ初号機はそのまま後頭部を地面に打ち付け
またも3号機に押し倒される形になる

「かふっ…」

 のびる腕、それが初号機の首をキツク締め上げ
間接的に俺の首にも締まる後がつき、呼吸ができなくなる

 腕を伸ばす3号機はぎりぎりで俺の手の届かない場所から
下衆た笑みを浮かべ、咆哮をときつつ俺の首を折れる勢いで絞め続ける
もはや声もあがらず死ぬのかと、首に回されてる腕を掴みながら漠然と思い始める

 突然3号機の左腕が散った、血肉が爆散し俺は理由を考えるより先に
両腕で半分になった3号機の腕を引き剥がしにかかる

「長門…か」

 スナイパーライフルに装備を変更して
全身の装甲がぼろぼろになってる零号機がこちらに銃口を向けているのがみえ
次いで千切れ去った腕を即座に修復にかかる3号機の本体が紅い機体に横っ飛びに吹き飛ばされる

「柊も無事だったか」
『あの程度でやられないわよ! 少し気絶してただけよ!』

 それは十分やられてるだろうと思いつつ
しかしまだ戦えるということ
先ほどの攻撃で傷ついていても問題ない程度という事実は大いに俺にとってやりやすい
特に精神的な面で、メンタル面で二人が居るということは助かる

 俺は復活した回線で柊に呼びかける

「柊」
『なによ?』
「あれに乗ってるのは、あやのだ」
『…どういうこと?』

 狼狽したり動揺する様子はない、ただの事実確認だ
あとで追求されるかもしれないけれど、いまはそれだけだった

「3号機の起動実験が松代だったんだ、こなたはそれに行ってた。
 で、事故が起きて3号機は敵に乗っ取られた、エントリープラグも確認した」

 長門も、声は出さないが聞いてる気配があった
3号機はいきなり俺達が増え、囲まれたという状況に動く様子は無い
数拍まち、柊から音声だけでない映像回線が開く、意を決した様子で柊は

『助けるわよ?』
「あたりき」

 そのやり取りを開始の合図と受け取ったか
俺が柊との回線を音声のみに戻すと同時に3号機が宙を舞った
まったくの予備動作なしでエヴァの体長を超える跳躍をする3号機
奴が向かうのは弐号機、俺に正面を向けたまま後方に跳躍して
そして腹部に爆炎がはぜた

 零号機が精密な動作で銃身をずらして狙った弾は見事に3号機を不様に地に付かせ
中途半端な位置で撃墜させられた3号機は思いっきり這い蹲った状態で弐号機の攻撃範囲に入った

『でりゃぁぁ!』

 殲滅より救出を優先した柊は武器を捨て素手で3号機を押さえにかかる
だが一人では足りない、俺はすぐに弐号機の元に駆けて暴れる3号機の上半身を同時に押さえつける
振りほどこうとかざした左腕は右腕同様に零号機に狙撃されて不気味な花火を夕暮れの空に咲かせた

『キョン! プラグを!』
「わかってる!」

 プラグの周囲を囲ってる粘液を剥ぎ、塞ぐものの無くなったプラグが本部の信号によって強制排出される
プラグ自体に取り付けられたジェットの推進力によって飛んでいくプラグを空中で捕らえて
俺は3号機から即刻退避、零号機のところまで行ってプラグを長門に託す

「あとは3号機本体を再起不能に…って」

 一人で押さえてる筈の弐号機と最後の仕上げにかかろうとしたのだが
しかし弐号機は3号機から離れて山に腰掛けてもはや残滓とかした太陽を背にしていて
3号機はすでに完全に沈黙していた

「どういうことだ柊、死んだ振りするまでにこいつらは知恵を持ってるのか?」
『いや、あんたがプラグを抜いてから急におとなしくなって、その後あのネバネバが全部消えちゃったのよ』

 それはどういうことだ?
今回の奴が寄生形の神人であり、実験中の3号機が狙われたという位は想像がつく
ということは、寄生してたのはエヴァそのものでなくプラグ、そして中のあやのということか?
いやまて、しかしあのエヴァの特異な行動、身体の形状変化等は神人のそれそのものだ
ならばエヴァ本体には手付かずという訳でもなかろう―

『一つ、仮定がある』

 突然独り言に入ってくる長門の通信

『神人の体組織を3号機に寄生させ細胞に変化を与えると同時に神人の意識の部分を分けて
 パイロットのほうに取り付かせていた可能性がある』

「それじゃあやのは!?」

『わからない、あくまでも仮定であって確証は無い
 すでに本部の人間が回収し治療を受けている、それより考慮すべきものがある』

 これ以上に考えなくちゃいけないこと?

「一体なんだっていうんだ長門」
『私が3号機を捕捉した際、3号機以外のなにかから攻撃を受けた
 いまはその第三者的存在を――』

 初号機と弐号機、両機から離れた零号機の居た筈の方向から爆炎があがり
そして長門との通信が半ばで途切れた、慌ててその場に急行せんと駆ける

「次から次へと…」

 弐号機が先んじて、追って俺が山を越えて二度地に伏せる零号機の元にたどり着く
先ほどのように戦闘復帰することはできないであろう状態にまでなり節々から煙を上げる零号機

 そして赤と黄と青の三機の巨大ロボット、トライデント

『なによこれ…どういうことよ!?』
「そういうことだろうよ、いままでが互いの立場を忘れすぎてたんだ」

 零号機を囲むようにして、パレットライフルに似た銃火器を構えた三機
先ほど拾っておいたハンドガンとナイフを構えて
3号機を倒したことで消えかけていた戦闘の意識を戻す
弐号機も、それに同調するようにナイフを取り出して腰を落とす

「相手はただの機械だ、両腕両足ぶっ壊して。あいつ等を引き摺り下ろしてやるぞ」
『……わかったわ』

 いつかのユニゾンのように、タイミングを合わせて地を蹴り三機のトライデントに向かう

「零号機からとっとと離れやがれくそやろう!」

 すっかり暗くなり、藍に染まった空の下
一番色的に目立たない青い機体が前にでて肩の装備を展開する
それは薄く広がり防御壁となり突き出した拳はそれをへこますだけで終わる

「…藤原」

 柊の声、ナイフで一閃し奴らの防壁を切断するもしかしその場に既に敵はなく
赤と黄色の二機がシンメトリーに移動しトライアングルに俺達を囲む

「くそ、あいつらの通信回線のチューニングがわからねぇ…
 広域救難信号は繋がってるか? …ダメだ、じゃあ全域の方なら――よし」

 弐号機と背を合わせて間を窺い膠着した状況
俺は決まった周波数でないチャンネルを合わせてトライデントと通信をつなぐ
ノイズが酷いが何とかなる範囲だ

「おい馬鹿ども聞こえるか? 一体なにをとち狂ってこんなふざけた真似し腐ってるんだ?」
『…ふん、お前だってわかってるだろう。これが正しい絵面だ、いままでが歪み捻れていただけだ』

 そんなことは、重々承知の筈だったさ。だが、だけど…

「くそっ」

 俺達が長距離、中距離、短距離という風に得意な場所があるように
どうやらこの三機は攻守援の三つに役割を分担させているっぽいな
青が守り、黄が撹乱し、赤が決めてくる
性能と実戦経験の差というものか、三対二でも持っているが
なかなかどうして、J.A.とは比べ物にならない代物だ

「人の周りをぐるぐる蝿みたいに…」

 だがパターン化された戦い方は、予想され対策を立てられ、崩される
弐号機と初号機、両方の死角から黄の機体がブレードを振りかざしたのを確認し
左腕と左足、半身にのみハンドガンをぶっ放す
3号機には攻撃してる途中を狙ったにもかかわらず避けられたそれは
しかし黄色のトライデントには見事に命中し
体制を崩したところを命中した腕、脚ともに弐号機のナイフで切り落とされた

 一機終了、俺は地面にくたばった黄色のトライデントを足蹴にして
続けて振り向きざまに裏拳を青の機体に入れてそのまま赤の機体に叩きつける
そして踏みつけていた奴を弐号機に任せ、青を受け止めてしまった赤の顔面を握り締め
二機合わせて地面を破壊させ、周囲に砂塵を高く巻き上げさせて埋めてやった

 その場から一時離れ起き上がる二機を眺める
レバーを操作したりしてるのかどうかは知らないが、しかしあくまでも機械
その動作はエヴァのそれを比べるまでもなく鈍重である
仰向けに転がれば即座に両手を頭の横につけて跳ね起きるような真似が出来るエヴァと
段階的に起き上がることしか出来ないこいつ等

 長門だって、不意をつかれやしなければやられることなんか無かっただろうに
しかもすでに一度やられてトライデントの存在をわかっていながら
首を締め上げられてる俺を優先して援護してくれた長門

 関節部の駆動音を響かせて立ち上がる二機
まだ戦うか、面倒だな
やっぱりナイフで両腕両足を叩き落すのが一番簡単か

 起き上がったばかりの赤の機体に足払いをかけてまた左半身を地に埋め
背後に立つ青の機体の頭部をナイフで刎ね、胴体を蹴っ飛ばす
先にどちらを戦闘不能にしてやろうかと逡巡すると

『ふん、どうしようもないな。性能、実戦経験の差からくる戦力差
 白旗をあげさせてもらおう』

 まったく変わらない口調で、途切れ途切れに通信が入り
青が諸手をあげた状態でしりもちをついていた
赤も動く様子はないし、黄色いのはいまだに弐号機の足の下だ

「…何故、と遅まきながら聞かせてもらいたいな」

 ハンドガンを両手をあげる青に、ナイフを赤に依然と向けながら
俺が語気を強めて問うと、青の機体の中心部が開いて
藤原が額から血を流しながらひょっこり現れた

『直に話がしたい』

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最終更新:2008年07月09日 13:35