1.

 俺が下になり、指を組んで腰を落とす
柊が比較的広いこのエレベーター内で少し助走をつけて向かってくる
そしてビーチバレーの感じで俺は柊を上に跳ね上げる

「っせい!」

 両腕を顔のまで重ねてエレベーターの上部ハッチを体当たりで開け
そのまま柊はよじ登っていく
―結局、すでに17分経過した今も復旧の兆しは無い
完全にジオフロントの内部全ての電力供給が消えてるようで電話も通じやしない

「よし、いいわよ!」
「長門」

 今度はしゃがみこむ俺、こういうとき男は若干損な役回りだ、まぁ一概にはいえんが
俺は長門を肩車してハッチから手を伸ばす柊が引っ張りあげる

「ちょっとちょっと! あんためちゃくちゃ軽いけどご飯ちゃんと食べてる!?」

 そうなのだ、長門を肩車して初めてわかった
長門は体重が異様に軽い、羽根のようだなんていう比喩がそのまま当てはまる

「…問題ない」
「問題大有りよ! もっと食べなさいよね!」

 柊が長門を引き上げる際、俺の肩に座っていた長門がさらに上に向かうため
なにやらいけない白い布が視界に入り俺はあわてて視線を逸らす

「なにやってんの?」
「俺はジェントルなのだ」
「…さいってい」

 ちゃんと見ないようにしたのに最低呼ばわりだった
いや、少し見ちゃったけどさ…

「いいからどいてくれよ、俺があがれない」

 ハッチから顔をだして侮蔑の表情で見てくる柊に耐えられなくなり
そういって視界から退いてもらい、俺も助走をつけてハッチに手を掛ける

「いたっ!」

 指を踏まれた、お前骨折したらどうするんだよ

「サッカーをやりなさい」

 どうやらずいぶんとおかんむりのようである

「…さて、なんにしてもまずは上にのぼらないといけないわけだが」

 流石にこういうこともあろうかとという奴なのか
エレベーターのシャフトにはタラップが設置してある

「あんたが一番上よ」
「わかってる」

 一気に信用ガタ落ちだった、不可抗力という言葉を柊には一度叩き込まないといけない

「しかし結構のぼるなこれは」
「いいからキリキリ昇る!」
「へいへい」

 カツン、カツン、カツンとのぼって行く音
それが三人分輪唱の様に重なる
今回が初使用になるのだろうこのタラップはしかし整備はキチンとしてあり
学校の柵のように錆付いてることは無かった
錆びてると痛いんだよな、手のひらが

「…あそこ」

 長門が指を指したかどうかは知らないが
とにかく音と音の合間に一応聞こえるように配慮したのか少し大きめの声で言った

「…ん、どこだ?」

 タラップの前方であることは確かなのだ、場所がずれてたら出ることができない
だがどう目を凝らしても俺には第一目的とするエレベータの扉を発見できなかった

「私にも見えないわよ?」
「長門は目が相当いいのか」
「…」

 こんな暗いシャフトの中長門の目を頼りにさらに昇り続けて
扉についたのはさらに5分程昇り続けた後だった

「長門、お前、凄いな」
「こんな所のみつけたの? あんた異常よ」
「あなた達が目が悪いだけ、ゲームのやりすぎ、テレビから離れてない」

 軽口を言いながら、さて扉をどうやってあけるのかと思った
長門はただこの道を指定したが、あけ方も知ってるのだろうか?

「こういった所には非常時開閉用の電池がついている
 扉の横の四角い蓋をはずして中のボタンを押せばいい」
「…これか?」

 埃をかぶり見えにくくなってる蓋、それに息を吹きかけると
四角い縁がみえる、俺はそこにつめを引っ掛けて中のボタンを押す
すると重そうに扉が緩慢な動きで開いた

「あとは行けるとこまで行って、詰ったらダクトでゴーか」
「言うは安し行なうは硬しって知ってる?」

 それは発音はあってるけど漢字が間違ってるな
言うは易し行なうは難しだ、おしいで8点あげよう

「ま、行ける所までといってもここらは流石に通りなれてるから
 どこで詰まるかは想像できるんだけどさ」

「でも上手く迂回できれば発令所前の扉まではいけそうな気もするのよね
 あまり私服で通風孔は通りたくないわ」

 わかるけど諦めろよ、クレープ買ってやるから
って、長門スタスタ先に行くなよ、お前が頼りなんだから

「…あまり時間が無い」
「時間?」

 なんのことだ? あぁ長門もクレープ食べたいのか、あの車屋台すぐ暗くなるとすぐ居なくなるからな

「………そうじゃない」

 おや、なにやら呆れられてる?

「なんでもいいわよ、急がば回れっていうじゃない」
「言葉自体は間違ってないけど使い方が違うな」

 言い合い、一歩前の長門に任せる形で俺達は追従する

「こっち」
「…ん? こっちじゃないのか?」

 普段は使わない道、そっちはケイジの方の道なのだが
しかし長門の言う通りに歩いてれば問題ないのだろうととりあえずついて行く
すると柊が少し眉を寄せて不機嫌そうにしてるのに気がついた

「どうした?」
「別になんでもないわよ?」

 そうは見えないから聞いたのだが、しかし聞いてすんなり答えるなら
その前に自分から言うだろうとしばらくは静観する事にして
開いた長門との距離を詰める

「こっち」
「おいおい、今度は発令所から離れてるぞ?」
「…問題ない」

 いう長門の表情は少し焦りの様な物を感じる
なんだ? なんでわざわざこんなに曲がりあちこち移動する必要がある?
柊ほどじゃないがそれでも日が浅い俺にはいまいちわからない
その廊下はエレベータに続く先ほどの道に戻ってしまう

「ファーストあんた、なにから逃げてるの?」

 唐突に、柊が足を止めて長門に強い口調で質問する
いやそれはもう詰問と言える勢いで
――逃げる?

「…」

 長門の方を向くが、しかし長門は何も答えない
ただ少し困惑しているようではあったが

「長門?」
「…」

 答えない、か
だが大体の事情は察せられた、というかもっと早く気付くべきだったのだ
この停電が既に42分たってるにも関わらず復旧しない
これはもはや人為的なものが加わってるとしか考えられない
だとすれば関係者内に工作人がいるのか
はたまた侵入者がいるのかは知らないかは知らないがなんかしらの敵対人物がうろついてる可能性がある

「柊、武器とかは?」
「…持ってないわ」

 若干周囲に気を張りながら答える柊
柊もどうやらわかったようだ、決して頭の回転が遅い奴じゃない
俺は腰に手を回してそれを取り出し柊に一つ渡す

「使い方はわかるな? 安全装置は外してあるから気をつけろよ?」
「ちょ、ちょっとこれあんた!」
「静かにしろ」

「長門は?」
「…」

 またも答えず、しかし俺と同じものを腰から取り出す
俺はもう一丁反対に取り出す、昨日の橘のおかげだな
早速役に立ったじゃないか、この装備がさ
グロック17Cは比較的女子供向けの護身的用途を目的とした銃であるが
しかしそれは殺傷能力に欠けるという意味では、決して無い

「柊も次からはできるだけ持っとけよ、この間の三人組のこともあるしな」
「う、うん」

 あぁ嫌だな、白兵戦闘は苦手なんだよ
しかも神人相手じゃなくそのまま対人戦? は、人殺しか

「悪くない」

 両手で構えて腕を伸ばし三度弾と安全装置、照準等を確認する

「…長門、何も言わずに行動を起こす、無言実行が格好いいのは男だけだ
 可愛い女の子はこういうときは素直に頼ればいいんだぜ?
 少なくとも気構えができてれば誰かに遭遇して不用意に近づいて撃たれるようなことは無い」

「…ごめんなさい」

「まぁこんな所で多少訓練した程度の銃の腕前を見せるより
 早々に発令所に行った方が安全なのは確かなのでだ
 とりあえずは少々気をつけて発令所に向かう程度だなやることといえば」

「…違う」

 元来た道を戻ろうとした俺を長門は服の襟をつかんで止めた
ってかちょっとは手加減して欲しかった位の勢いで引っ張られたのだが
ここで咳き込むといきなり俺が情けないのでがまんした

「…可能性で無く、実際に侵入者と思われる人間が三名確認されている
 そっちに戻るのは非常に危険」

 ぼそぼそと、まるで唇の動きで会話を成立させんとしてるような声
しかし、逃げるという柊の表現は正しかったか
実際に長門はその極端にいい目で危険を察知して逃げていたのだ
なんでもっと早く言わなかったとかはいわない、長門なりの配慮の結果なのだろう

「なら、遠回りでもいい、行くぞ?」

 最後の単語は柊に向けて、銃を受け取ってから反応が極端に薄い
まさかこの期に及んで怖気ついたか? いつかの水中戦の様に

「…もうダメ」
「はぁ?」

 様子がおかしい
いや先ほどからおかしいとは思っていたがおかしいの方向性が違う
怯えてるだの恐怖だのからはかけ離れてる気がする

「ちょっと、ファースト…」

 長門を呼んでなにか会話をしていたが
とうとう限界のように柊は

「トイレ、トイレに行きたいの!」

 ―どうにもこいつは雰囲気とか空気を破壊するのがお好みのようだ

   2.

「はぁ…」

 女子トイレ前で一人待機中の俺
なんとも気まずい状況だった
緊急事態とはいえやっぱりなぁ…

「ごめん、待たせたわね」
「いや、べつにいいけどさ」

 暗いわけだ、誰も居なくて静かなわけだ、――音がね
まぁ口にはしないけど、決してしないけど

「さっさと行きましょうか」
「そうだな」

 言って廊下を進もうとする俺と柊

「…逆」

 本当にまったくだ

――

「狭いな…」
「仕方ないでしょ」
「…静かに」

 通風孔の網を一箇所ぶっ壊して
匍匐全身というよりもはや這い蹲って
携帯のライトを頼りに前進する俺達

「もっと早く気付けばよかったな」
「まったくよ」

 柊のいまだに消えない猜疑心のせいで道も方向もわからないのに先頭になった俺
後ろの長門にナビゲートしてもらいながらちまちまと進んでる

「長門、左右にTの字でダクトが分かれてる」
「…右」
「了解」

―――

「下」

 長門が先に進もうとした俺の足首をつかんでそう言った
すでに這いつくばってる状態の俺はおかげで額を叩きつけてゴンと音を響かせた

「下って…、あぁここが発令所の上って事?」
「…いって、多分そういうことだろうが…、出口なくね?」

 長門さん、確かに座標はあってますが三次元的に物を見ると少しずれてますよ?
まぁ人間にあるという体内方位磁針じゃ、方角はわかっても流石にそれ以上は無理か

「壊して下に落ちる穴を作らなくちゃ…、銃で撃ってみたら?」
「おいばかがみ、跳弾して俺達に当たるだろうが」

 それに落ちるじゃなくて降りるといってくれ、間違ってないがなんか嫌だ

「ちょっとばかがみとか言わないでくれる?」
「馬鹿」
「漢字で言わないでくれる? 意味合いが強くなるじゃない」

 なんの会話だよこれ、んなことより早くしたに降りなくちゃいかんのだが

「…」
「ぐぇ」

 長門が俺の足首をさらに引っ張る、というか引き寄せる感じ

「なんだなんだ?」
「本来通風孔は人が通るように出来ていない、一箇所に集まれば三人分の体重で壊れるかもしれない」

 なるほど、考えは理解できたけど先に言ってから行動して欲しいな
いきなり足首を引っ張らなくてもいいじゃないか
それに三人分といっても長門の体重は本当に軽微なものなので数に数えていいものか…
あぁ、柊がいるから大丈夫か、さっきはエレベーター止めてたし

「いって!」
「あんたまだそのネタ引っ張るつもり!?」
「冗談通じない奴はつまらんぞ?」
「あんたの冗談は悪質よ!」

 がしゃがしゃと狭い空間で怒鳴るもんだから響く響く
この声が下に届いて、俺達の存在に気付いてくれればいいんだけどな

「あぁ耳鳴り…」

 自分の声で耳鳴りになってるばかがみ
漢字で書くと馬鹿神、おぉ強そうな感じだ

「…黙って」

 長門に叱責されてしまった
言われて黙り、お互いの吐息の音を感じる程になったとき
ダクトの壁越しに小さな声が聞こえる

「――、接近中!―返す、神人が――在接近――」

 いまいち聞こえづらかったもののなんとか把握できた内容
それは俺達をさらにあせらすに足るものだった

「オーケイ、更なる異常事態だ」

 俺は閉まってた銃を取り出し、離れた位置に向かって撃つ
角度の関係で跳弾したところでこっちに戻ってくることは無い位置に発砲
反響する火薬の爆発音に長門と柊はしっかり耳をふさいでる中
俺は片側の手がふさがってるため直に食らい、頭をふらつかせる
正直無茶したかもしれないが、しかし四の五の言ってる場合じゃない
着弾地点に移動し貫通してないまでもへこんで穴が出来てるところに肘を何度も打ち込む

「丈夫に作りすぎだぜ、これも侵入者対策なのか?」

 ぼやきながら数十発目の肘鉄で小さかった光が徐々に広がっていく
骨に罅とか入ってそうで非常に痛いのだが、それをおしてさらに数度殴りつける

「っし、後は広げるだけか――」
「…やぁ、何者かと思ったよ」

 やはり途中から音で気付かれていたのだろう
この状況で通風孔に人がいるという事実は流石に考慮に当たるらしく
銃を構えたこなたが引き攣った笑みを浮かべていた

「…手伝ってくれ」
「二人もそこにいるの?」
「あぁ」

 どこからか脚立を持ってきたこなたに手伝ってもらいなんとか脱出、到着することに成功した

「危うく撃つところだったよ、銃声までしたんだもんね」
「軽率だったかも知れんがしかし他に手段が無くてな」

 流石に壊れるまで二人と密着してろというのは俺には酷過ぎる

「それでこなた、敵が接近してるってどういうことよ?」

 脚立の途中から飛び降りて問う柊
こなたは腕を組んでコンソールパネルに腰をかけて答える
…ってか本当に暑いな、空調が切れるとここまで空気が淀むのか

「そのまんまだよ、神人が第三に向かって進行中、外の様子がわからないけど
 多分かなり近くまで来てるんだろうね」
「エヴァは?」

 この停電時にエヴァをどうやって起動させるというんだ?
もし起動できなければそのときは…

「大丈夫、もう起動フェイズは終了してるよ
 あとはパイロットが乗ればいつでも発信できる」

 続けて喜緑さんが普段と比べてめちゃくちゃ薄着で現れる
白衣も着てないで、いつもののびる棒もいまは団扇に変わってる
やはり彼女も暑いものは暑いのだろうか

「非常用のディーゼルを使ったのよ、バッテリーも積んでるから35分は動けるわ
 ただ武器の方がパレットライフル程度しか用意できなかったけど」

「でれるならなんとかなる」
「ナイフもあるしね、まぁ実物見るまでなんともいえないけど」

 それ以上に懸念事項として存在するのは
やっぱりこの流れだとスーツとかは…

「その格好で乗ってもらうことになっちゃうね」
「やっぱりか…」

 仕方ないとわかってても少しショックだ
今日は会議だけだったし、気に入ってる私服だったのに

「だがカタパルト無しでどうやって外に出るんだ?」
「マニュアル発進をしてもらうわ」

 マニュアルって、やったことどころか
ルートを見たこともやり方を聞いたことも無いんだが
一体どうやるというのだろうか?

   3.

『なによこれ!?』
「スケールが大きくなっただけでさっきまでと変わらんな」

 タラップを使ってがしょがしょとエヴァ三体が狭いシャフトをのぼっていく
先ほどまでの俺達と変わらない、そのまんまの情景だった
あとは横道を通れば完璧だが…

「あったよ…」
『なにが?』

 後ろにいる弐号機からの通信
どうやら見えてないらしいが、壁に刺さっているホッチキスの針みたいな梯子は終了
一旦横道にズレて外に出るそうだが…、それだけで時間が経ってしまいそうだぜ?

『本当に情けない…』
「がまんだがまん」

 四つんばいになってさらに横穴を前進すること1分
さらに縦穴にでたと思ったら―

「気持ちわる!」

 咄嗟に叫んでしまった
丸い縦穴の上部を塞ぐ様に目玉の大群がいた
地上への出口はすぐそこで、こいつが居なければ手を伸ばせばでれるのだが
なんだよこれ、気持ち悪いにも程があるぞ

『どうしたの? 神人居たわけ?』
「あぁいたともさ、柊、ちょっと場所タッチだ」

 横穴と縦穴がぶつかるこの地点
正直エヴァの視界にちらちらこいつが入る
よく状況がわかってない弐号機と位置を変えるとすぐさま

『気持ちわる!』

 大声が飛んできた


「さて、攻撃方法がわからない現状であまりうかつなことはできないな」

 穴にこもって作戦会議、なにやら馬鹿みたいである
土管に隠れてるようにも見えなくないのが余計にダサい、エヴァだし

『でも制限時間があるからね、残り24分』
『…この距離ならライフルの効果があるかも知れない』
「パレットライフルねぇ……」

 今までこのライフルで敵に対して有効打を与えたことがないんだよな
まぁ物は試しだ、と俺はライフルを構えて穴から上半身をだして至近距離の目玉を撃つ
しかし前例に違わず普通にフィールドに防がれてしまった
さらにはウラン弾が砕けて視界は一気に弾幕で塞がれ、横穴にまで侵入してくる始末

「やっちまったな…」

 ぼやきながら引き金から指をはずそうとしたとき
右腕の前腕部が焼けるような痛みが走った
咄嗟に体を引っ込めたが、銃はそのまま縦穴を落下していってしまう

 シュウゥゥゥと焼けるような熔けるような音
目を閉じてエヴァの目を通して見ると腕がまさしくオレンジの液体によって熔かされている
まるで発泡スチロールに油性マジックで線を描いた時の様に触れた部分だけが熔けている

「いってぇ…」
『溶解液があいての攻撃見たいね、地味だけど堅実ね』
「心配の一つもしやがれ」

 唯一の武器であったライフルも落下、ちょっち不味いぜこれ
焼ける腕の所為で注意力が散り、少し焦りがでてくる俺
痛みを堪え様と左手で抑えようものなら、今度は左手の平が熔けるという状況

『ちょっとどいてくれる?』

 握りこぶしを作って、頭を巡らせていると
柊がまるで扉をふさいで話してる同級生にかけるような軽い口ぶりで弐号機を前にだす

『こんな距離に居るんだから、ライフル無くても―』

 いいながら横穴から手をだしてトの字になって横と縦がくっついてる部分を掴んで
逆上がりの様に勢いよく敵を蹴り上げて穴から神人を引っぺがした

『こうすりゃいいのよ』
「大胆だねぇ」

 続いてなにも障害がなくなった穴をでる俺と長門
弐号機も先ほどの蹴りで両足の裏から煙がでているというのに
地面に足を擦るようにして平然と立っている
先ほどのようにダラダラ液体を垂れ流していなかったからいいものの
タイミングが悪ければ直撃だったぞ、ばかがみめ
まったく無茶をする

『男のあんたの代わりに私が無茶したのよ』
「確かにさっきのは情けなかったけどさ」

 あんま危ない真似すんなっての

『しかし、やっぱり気持ち悪いわねこいつ」

 ごそごそと蹴り飛ばされた状態から立ち上がる神人
四本の細長い足を駆使して立ち上がるその様、そして中心の溶解液を出す本体
まるで蜘蛛じゃありませんか

『…居る』

 長門がふと敵とはべつの方向を眺めてぽつりとつぶやく
なにが? と聞こうとして同じ方向をみ、聞くより早く答えがでた
今日、たった数時間前に大きなモニターで見た巨大兵器

「トライデント…か」

 偵察かなんなのか知らないがいつか俺が背中から着地してぶっ壊した山に
三機の内の一機、青い機体がこちらを棒立ちして見ている
正直長門が三人の侵入者と言ってたから、あいつらの関与を考えていたのだが
あそこには一機か、杞憂と考えていいんだろうな?

『プレッシャーかけてるつもりなんでしょ、さっさと倒しちゃいましょ』

 ナイフを構えて勇ましく言う柊
おいおい、今日の柊はやけにたくましいぞ?

 その甲殻類のような本体とは裏腹に非常に脆そうな細い四肢
正直その足を適当にポキッと折るなりなんなりしてしまえば簡単に倒せると思っていたのだが

「…変形?」

 その足を俺達が折る前に折りたたんで、しかし本体は地に付くことなく
宙に浮かぶ半球の本体に四本の短いアンテナがついてるような状態になった
そしてその元脚、現アンテナが高速で回り高度を上げていく

『あ、こら、待ちなさいよ!』

 それを追おうとする弐号機がナイフを持っていない手を伸ばしかける
俺はそれをほぼ反射で止める、敵の周囲に陽炎のようなものが見えたからだ

『え?』

 しかしその声も一瞬間に合わず、敵を中心とした一定の距離内に弐号機の左手が進入する
そして手首から先の装甲が熔けていく

『ぐぅっ…』

 すぐに手を引っ込めるもののしかし俺の右腕のように無残に熔けゆく左手

 敵の本体を中心に一定距離の球体状に広がる陽炎
その範囲内に広がる薄い溶解液、正直俺がそれを確認できたのもただの運だ

「ちくしょう、ライフルはもう無いぞ」

 兵装ビルをぶっ壊して中から武器を調達するという手もあるが…
しかし本部との連絡が取れないいま、下手な行動は取れない
ここが多分C-4か5のブロックであるのはわかるがしかし確定できない以上兵装ビルの中身もわからない
特に最近新しい武器の開発により中身が一掃されてるため覚えなおしなのだ
大量にぶっ壊すわけにはいかん

「っ! フィールド展開!」

 弐号機、零号機も入るほどの広範囲のフィールドを展開する
それと同時に高高度に居る神人からの溶解液が雨のように降り注ぐ
一般住居は全てジオフロント内に引っ込んでるが
それ以外の木造等の旧民家や兵装ビル、武装ビル、装甲ビルとうの装備は軒並み熔けていく

「くそ、二人とも寄ってくれ、流石に広範囲にフィールドを広げてたらこの攻撃は持たない…」

『…キョン、A.T.フィールドの張りかたを教えて』

 左手を庇いながら寄ってくる弐号機
そして必死な声で俺に問うてくる柊
…そうか俺が別に一人でやる必要がそもそも無いんだよな

「…イメージだ、自分を守る、強固な壁、形や色、目の前に存在するイメージ」

 俺は敵のフィールドを見てイメージした、そのままトレースするように
柊は、だから多分俺のを見てイメージするのだろう

『…攻撃を防ぐのは私がやる』

 初号機の後ろに膝を突いていた零号機、その中の長門が静かに言う

『イメージ、あなたの様に形を変えたり、応用は出来ないけれど
 このフィールドを維持することくらいならできる、敵は貴方達に任せる』

 任せる、長門がそういった、任せてとか守るとか自分がなにかを背負う発言をしても
そんなことを言われたことはいままでなかった

「オーケイ、これが終わったら二人にできるまで練習させるからな」

 俺は、高ぶっていく自分の高揚感を感じフィールドに注いでたエヴァの力を外す
フィールドは、消えやしなかった

「柊、一瞬で決めるぞ」
『私が? …おっけ、一発よ』

 俺は自分の周囲にだけ収束したフィールドを張りつつ
腰を落として指を組み、構える
弐号機は零号機が維持するフィールドの下で少し助走をつけてこちらに向かってくる

「ファイト!」
『一発!』

 横穴を這いつくばるのも、タラップをのぼるのも自分自身でもやったこと
なら最後の決めはこれが一番適してるだろうと
俺は組んだ手に乗った弐号機の脚を上に勢いよく跳ね上げた
溶解液の雨の中を一瞬で突破し、空中の神人の本体にクロスした両腕をぶつける
そして体勢を崩した神人に、落ち行く中で弐号機は構えていたナイフを投擲し
一際大きな目玉の中心を貫通し、殲滅した
着地に少々失敗したもののしっかり自分の足で立つ弐号機
零号機もフィールドを解除して立ち上がる
その後、試すように二度三度弱々しいながらもフィールドを自分で展開しているところを見ると
どうやら会得したのだろうと思う
この手のイメージは一度成功すればあとはそれを回想するように思い出せばいいので
もう長門は大丈夫

「ナイスガッツ柊」
『エレベーターの時もそうだったけど、あれ両腕結構痛いのよ? 特に重なってる部分』

 ボテッと落ちてくる神人を受け止めて、酸性雨の中の銅像のようになった道路に放置する
内部電源は残り3分程度、こりゃ電気復旧後の回収待ちだな

 喜緑さん曰く、無から有は生まれない
それは質量保存やエネルギー保存の法則をだすまでもない常識だ
だからA.T.フィールドをアンビリカルケーブル無しで展開するには多大な電力を消費する
単純に計算してもフィールド展開中はカウントが3倍近い速度で減っていく

「…トライデントも帰っていくようだな」

 一部始終を見届けて結局なにもせず帰っていく巨大兵器
俺は誰が入ってるのか知らんがなんとなく青いその機体に向かって初号機の親指を立ててみた
一瞬動きがとまり、そしてぎこちなく帰っていくトライデント
先ほどの戦闘を撮影して戦自に持ってくのかどうかは知らんが
まぁ勝手にしてくれ、俺達はそんな魂のこもらないただの機械にはこの場所を譲らんさ

『ねぇキョン、もう一回フィールドのだしかた教えて』
「自分を守るイメージだ、強く強固な壁のイメージ、何度も見てるものを頭の中で描けばいいさ」

 残り少ない電池でそういって、俺は回線を切りため息をつく
LCLに溶けきらない二酸化炭素が一瞬気泡となり、やがて消える

   4.

 日が沈み、しかしいまだに復旧することの無い停電は街中を暗闇に染める
結局いまだに来ぬ回収、待ちの中心をエヴァが三体彫像のように立ち
俺達は丘でやけに眩しい星や月を見上げていた

「こんなに多くの星を一度に見たのは始めてだな」

 空気が汚れ、地上が明るく、空から遠い都会に住む俺には
いままでに見たことのない星空

「でも、電気がないと寂しいわよね」

 建物とエヴァのシルエットしか見えない、平原のような丘
ぬれた服も髪も乾ききり、髪の毛が痛みそうでどことなく気になる

「神人…か」

 神の人と呼ばれ、俺達の世界を破壊しようと現れる謎の存在
一体なんであいつらと戦わなくてはいけないんだろうか

「あんたまだそんなこと言ってんの?」

 寝転がっていた柊は上体を起こして俺を睨む

「言ったじゃない、世界とか、人類とかなんてついででいいんだって」

 そうはいっても人間、知覚したものを意識しないなんてのは不可能で
ただでさえ漠然としてる戦いに持ち込まずには居られない

「学校の奴らとかさ、友達とか、なんでもいいじゃない、私達だって」

 柊はボウッと膝を抱えて眼下の街を見下ろす長門の肩を引っ張り
倒れそうになる長門と肩を組んで言う
この二人は、どうなんだろう、家族とは多少なり思ってる

「私達も友達でしょ?」

 だがそういう柊に素直に首肯することがどうにもできなかった

「なによあんた、知らないの?」

 いまいち動けない俺に柊は愉快そうに口の端をあげる

「なら教えてあげるわよ? 私達は背をあわせて戦ってるの、そういうのって戦友っていうのよ?」
「戦友…ね」

 なるほど、戦友ね
陳腐でチープではあるが、しかしなるほどいい表現だった

「私とあんたも、私とこの子も、この子とあんたも、みんな友達でいいじゃない」
「…」
「はっ、荒唐無稽だがしかしわかりやすいなお前は」

 振り回されて首の据わらない子供のようにかっくんかっくんと頭をうごかす長門
苦笑する俺と快活に笑う柊

「いいね、戦友」

 一文字変われば親友ってのは、悪くない

   5.

―――

「第三回定例会議ー」

 どこからか子供の自転車についてそうなラッパをぱふぱふ鳴らす橘
いつの間にかこの六人で飯を食うのも慣れてしまった

「停電? それは聞いていない事項だ、僕は前回の戦闘でエヴァンゲリオンの発進が遅れる可能性があるため
 万一の際は足止めをすること、またお前達の戦いを観察、報告することを命じられただけだが
 …ふん、そういうことか。小細工が好きな奴らだ」

「工作はお前らには関係ないととっていいんだな?」
「そう聞こえなかったか?」

 結局夜中に終わった復旧作業、あとに聞いた話しによると
電気を運ぶ太い配線が数箇所力技によって切断されていたらしい
一応確認してみたが、やっぱりこいつらじゃなかったかとなぜか安堵する
こいつらだとわかれば、この曖昧な状況を打破し敵対となすることができるのにだ

「しかし足止めな、こちらの手を読みたいがしかしそれで神人が暴れても困るということか」

 どうにも虫がいい話である

 現在昼休み、昨日のハプニングや現れたトライデントの話をするために
屋上で昼食をとりながらの会合中
当初はまだしも、あの橘の接触してきた一件から俺は藤原が最も話が通じると考えを変更
こいつを中心に話を進めている

「だが貴様が懸念するような映像や画像は撮っていない、それはそっちから禁止されてるのでな
 いくらこちらが敵対視していようとおいそれと破っていい事ではない」

「マスコミとかにも戦闘中の映像、神人等の存在は圧力かけてるものね」

 もぐもぐと弁当(俺製)を食べながら柊が訳知りに頷く

「まぁそういうわけだ、その場に試作機の機体を持って見物してるだけでも危ない橋だからな」
「戦自の仕業なのは、こちらもわかってるからな」
「しかし…」

 そこで俺は言葉を区切って藤原の手元をみやる、なんでこいつ

「冷やし中華食ってんだ?」
「コンビニで買った、暑いからな」

 いや、買ったの置いといたら温かくなるじゃないか
温か中華とかまずそうじゃないか

「さっき買ってきたばかりだから問題ない」
「いや、それはそれで問題あるぞ」

 なに抜け出して昼食買ってきてるんだよ
普通に高校生しやがってこいつ

「はいはい、橘京子ちゃんは手作り弁当ですよー」
「へー、女の子らしくていいねー」

 棒読み

「無視するのとどっちが酷いか悩みどころです…」
「そんな二者択一いらんから」

 やはりどうにも対応しづらい感がある
長時間真正面に向き合えん

「ま、今回はお互いの交換する情報はそんなものか」
「ふん、交換といっても俺達は今回のことはほとんど知らんからな、一方的に知ったに近い」
「なら貸しにでもしとけ」

 不機嫌で無愛想ではあるが、こいつとはもしかしたら時間をかければ仲良くなれるかもしれんと
俺は食い終わった弁当を包みなおしながら少しだけそう思ってしまった


―――――

 ヒョウッ、と風の切る音がして俺の眼前を鋭い回し蹴りが通過する、漫画のように髪の毛が
切れるような馬鹿みたいな切れ味は持たないものの、しかしこの勢いでこめかみに
つま先を入れられれば、即昏倒するであろう。それほど強力な蹴りだった。

「ぬわっ!?」

 俺は不様な声を上げて、二歩後退する。教室の扉を開けて早々の攻撃によく反応したと
言ってやりたい物である。がんばったぞ自分。

「おいおい、今日は本当いきなりだな?」

 髪も乱れず、まるで型にはめたような綺麗な制服の着こなしを崩さずに立ってる少女、
そいつはしかしここ数日、俺になにかと唐突な力の行使を行ってくる。

「―」

 周防九曜、と言ったか。会話数はゼロ、今までに声を聞いたのも一回のみという
あの三人組最後の一人、彼女はこの間から何も語らず何も問わずにしばしば戦闘を仕掛けてくる。

「―――。」

 何も言わず、口から漏れるのは次の攻撃の為に息を吸い、貯める。
そしてこんどは正確に側頭部を狙った後ろ回し蹴りが飛んでくる、俺はそれを
ぎりぎりカバンで防いだ後、足首をふくらはぎを掴んで左足で残った一本の足を払う、
こうすれば普通は地面に落下するはずなのだが。

「っぶね」

 人に片足掴まれてる状態でさらに回転し払われた一足を俺の脳天に踵落としの形でよこした。
俺は掴んでいた足を離して距離をとり間一髪でそれを避ける。
…こいつは本当に読めねぇ、なにがやりたくて俺に喧嘩売ってくるんだよ。
周防は起き上がりこちらとの距離を測っているようで、ファイティングポーズを解かない
勘弁してくれって、クラスの連中は最初は激しく反応していたものも、いまでは諦観、静観、傍観してる奴ばかりだ。

 一拍、置いて周防はポケットからナイフを取り出す、訓練に使うラバー性のよく曲がる奴
あれ斬られても痛くないけど、うまく曲がらないように直線で刺されると痛い。

「なんなんだよ…ほんと…」
「男が泣きごと言わない」

 観戦してる柊が団扇片手に茶々を入れてくる、お前がやってみろ。俺は実践訓練とか苦手と幾度言わせる気だ

「ドッカーン!」
「ぐはっ!」

 決め手、後頭部にドロップキック。

「いって…なにすんだよ、ハルヒ」
「あんたね、朝っぱらからなに浮かれてるのかは知らないけど私の通り道塞いでるんじゃないわよ」

 あぁ、登校して直後だったからな、確かに扉の前占拠してたけどさ。
でも口頭注意後に実力行使にでるべきだ、最低限それは守るべきだと思うんだ。
いきなりドッカーンじゃねぇよ、お前はアラレちゃんか、自分の破壊力をしかと見よ。

「後頭部の頭蓋骨が陥没するかと思ったぞ」
「してるわよ? ギャグ漫画じゃなければ死んでたわね」
「ギャグでも漫画でもねぇよ!」

 なにいってやがんのこいつ? この世界にはぴぴるぴるぴるぴぴるぴーとか言う天使居ないからな。
まぁその天使が居なければそもそも死ぬことも無いという事実もあるが。

「なんだっていいけどね、先生も既に来てる中ストリートファイトしてないでよ」
「ストリートじゃないけどな」

 ってか黒井担任がすで居る? 一体どこに…

「なんで先生も観戦してるんですか、止めてくださいよ教師なんだから」
「いや、興味関心があがるかなっておもて」
「観点別評価とかはいいですから、むしろ先生の給料が下がりかねませんよ」

 まったく能天気というか暢気な連中である。
えっと…カバン、カバン。

「――」
「あぁ、サンキュ」

 なにも言わずに俺の鞄を拾い上げる周防
唐突に攻撃を所構わず仕掛けてくるが
しかし水入りになればその瞬間から普通に戻る
橘よりよっぽどわかりやすいが、しかしこいつも二面性というかそんな感じの扱いにくい人種らしい
長門よりさらに口数が少なく、休み時間等もただ椅子に座って教室に居るだけの彼女
いまだにこいつの口から言葉が発せられたのを俺は数度しか見たことが無い
橘曰く、おしゃべりさんなのだが。まったく俺には理解が追いつかない

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最終更新:2008年07月07日 12:33