1.


「えっと、こっちがキョンの分でこっちがかがみの分。ついでにこれが有希の分」

 こなたが三枚のフロッピーを机に置いて一枚一枚を指差しながら言う

「この間のテストって所か?」
「正解」

 やっぱりか、どうせそんなことだろうとは思ってたがな
しかし成績も点数も筒抜けか、別に隠そうと思うほどの点数じゃないしな

「かがみはやっぱり国語が苦手っぽいよね。
 あとどんな教科でも文章題になると正解率が下がってるね」
「仕方ないでしょ」

 言語の差、と言ってもここまで違和感無く日常的な日本語を使いこなしてるだけでも
十分とも言えるんだがな、俺は逆にドイツに行っても上手く喋れるかは自信が無い

「まぁ有希とキョンは問題ないよね、学年トップクラスです」
「…ん? そうなのか? 張り出されたりしないからわからんが」

 長門がトップなのはわかるけどな
それに柊だって読めれば一気に点数だってあがるだろうし
…べつに俺が凄いって訳じゃないしな
俺は、高校での授業なんて二度目みたいなものだからさ

「どしたの?」
「いや、なんでもないさ」

 ハルヒ、お前はいまどんな問題を解いてるのだろうか
きっともうお前は俺には理解できない問題と向き合ってるんだろう

「とりあえずかがみには漢字の読み書きを少しやってもらうかんね」

「まぁ、仕方ないわよね。いつかはやんなきゃいけないし
 出来るのに読めないから点数低いってのも嫌だしね」

 柊はそういってこなたから中学生用のドリルを受け取った
…中学生用の部分が読めてるのか読めてないのかはわからないが
しかしまぁ、こなたがこれを買ったのか? 本来の年齢とは逆の方向でこれを買うのかと思われたろう

「そいじゃ、お父さんはお仕事行って来るからお留守番してなさいね」
「休みじゃなかったのか?」

 確かそう聞いていたのだが、俺の間違いだっただろうか
まぁ仮に休みだとしても何かあれば簡単になくなるような休みだろうしな
偉い立場の人間は大変ですな

「ん、浅間山の観測所でね溶岩の流れの中に不審な影が発見されたとかでね
 一応調べてみることになったんだよ」

 そういえばこの間そんなも言ってた気がするな
浅間山、現在も元気に活動中の活火山だったか
だから噴火の兆候とかがすぐにわかるように観測所が立てられてるのだったが
しかしこれで本当に神人を見つけたとなったらどうするのだろう
打って出るのか?

「まぁ杞憂で終わるといいんだけど、万一に備えて自宅待機しといてくだせえ」

「あいよ」

「わかったわよ」

「かがみは勉強するんだよ?」

「わかってるわよ」

「私は物分りのいい子供を持ったねぇ…」

「はいはい」

「いいから行って来い」

「私は物分りのいい親に冷たい子供を持ったねぇ」

「はいはい」

「とっとと行け」

 パシュと扉の閉まる音

「ふぅ、静かになったな」
「ま、ね」

 ドリルをパラパラとめくる柊

「なんだいきなり始めるのか?」
「ん、まぁわざわざ買ってきてくれたんだしね」
「真面目だな」
「あんたが不真面目なのよ」

 まったくその通りだった
俺はさっそくテレビをつけてゲームの配線を行っている
さっきから完全に黙って存在が認識されない長門にも手伝わせてな

「ってかここでやらないでよ気が散るでしょ?」
「お前が自室で勉強しろよ」
「それはそれで寂しいじゃない」

 こいつは一体なにを求めてるんだろうか


―――

「今日はここまで」

 柊がそうやって机にドリルを投げるまで一時間程度
その姿は宿題を終えた学生以外の何者でもない

「そうか、なら柊も混ざれ」

 長門と一対一は正直きつい
容赦がないんだ、本当、ボロボロ

「なにやってんの?」
「桃鉄」
「あ、知らないわ」
「じゃあフィーリングで」
「無理言わないで」

 仕方ない、とりあえずここは敗北して柊が出来ないからという理由をつけて
べつのゲームに変えよう、そうしよう

「格闘系ってあったっけ?」
「ないこともないってレベルだな」

 そもそも俺とこなたが使ってるゲーム機である
俺もこなたもRPG派だ、俺がFFでこなたがドラクエ
また例外でガンダムの連ザとかのアクションもあるけどそれも最近はおざなりだ

「あとは、パズル系とか…」
「シューティングは?」

 俺がいじってるソフトを入れてるケースを後ろから覗き込む柊

「俺もあいつも不得手だ」

 そういうとあからさまに肩を落とす、どうやら得意らしい
今度二つくらい買っといてやるか…

「とりあえず複数人で出来るのとなると限られるよな」

 格闘はこなたのジャンルだが仕方ない
現状で長門にやられっぱなしよりはいいか

 チャ~~♪と音が聞こえた
その瞬間からの俺達の行動は早かった
全員が全員常に持ち歩いてる色違いの同じ携帯を
俺と長門はポケットから取り出し、柊は机に置いてあったそれをすばやく手に取る

「全員か?」
「そうみたいね」
「…」

 誰かの、という特定でなく全員の携帯に連絡がある
ということは、もう考えるまでも無く事態は切迫してきていて俺達の出番だということ
杞憂で終わることなんてなかったんだ
俺が他の二人の代わりにでる、スピーカーにして聞こえるように

「もしもし?」
「あぁ、キョン? ちょっちまずいことになってね」
「浅間山…か?」
「そう、不審な影ってやっぱ敵さんっぽいんだ」
「わかった、今向かう」

 俺は鍵とヘルメットを取り一つを柊に投げ
もう一つを長門に渡す

「悪いが緊急事態だ、長門は後ろに乗ってくれ」
「わかった」

 柊も原付だがまぁ60位まではでるだろう
ギリギリまでは頑張ってもらう

「行くぞ」

 携帯をポケットに戻して靴を履いて家を出る
まったくもう少し遊ばしてくれよ

   2.

「これがこんどの神人ね…」

 床に映像が開き、胎児のような様相の敵が映る
丸くなって未完成の生々しい形が拡大された写真はどうにも長時間眺めてたいとは思えない

「そうよ。まだ蛹の状態だけどね」

 喜緑さんは白衣に眼鏡のいつもの姿で立って写真を見下ろす
しかしこれがこのままの形で浅間山の溶岩の中を漂ってるというのか
気持ち悪い想像をしてしまったじゃないか、馬鹿野郎

「で、今回の作戦はこの神人の捕獲」

 コードA-17とかさっき言ってたが、つまりはこちらからアプローチをかけると言うこと
そのアプローチのかけ方の詳細が捕獲か、…とそこで柊が手を上げる

「失敗した場合は?」
「殲滅を作戦目標に切り替えてもらうわ、他に質問は?」
「作戦担当は誰になるんですか?」

 まさか全員でもぐるわけには行かないだろう 

「弐号機とかがみに担当してもらうわ」
「わたし?」

 柊は驚いたように目を見張る
というよりまんま驚いてるようだった、溶岩にもぐるのが嫌なんだろうか

「私はなにをすればいいでしょうか?」

 続いて長門も手を上げて発言する
今回の作戦はどうにもみんなアグレッシブだった

「今回の作戦はEVAに特殊装備のDタイプをつけるんだけど
 プロトタイプの零号機は特殊装備は規格外になるんだ」
「いたのか国木田」
「まぁ、一応ね」

 しかし零号機はこの間溶けた装甲を直すついでに初号機とかと同じ標準装備の
新しい型に改修したのではなかったか? では初号機も規格外なのだろうか?

「そうだね、他の特殊装備はともかく。
 このD型装備は現状ではプロダクトモデルの弐号機にしか適合しないんだ」

 消去法、か。柊が嫌がりそうなパターンだな

「で、初号機はどうすればいいんですか?」

 浅間山は少し遠いし本部待機になるのだろうか?
しかし過去に無いこちらから打って出る、しかも捕獲作戦に弐号機一体というのも不安が残る

「今回、弐号機が浅間山に潜り、零号機、初号機の両機
 またファーストとサードの両チルドレンは浅間山ふもとで有事に備えて待機してもらいます」
「本部には待機させないんですか?」

 これはこれでギャンブル的な選択だと思う

「過去の例から神人が二体襲ってきて例は無いわ
 可能性としては考えられるけど、今回の作戦の重要度と天秤にかけた結果
 現状でだせる機体はすべて出撃させることになったの」

 なるほど、まぁすでに命令はでてるわけだし
俺みたいな素人が細々考えるようなことはもう計算済みか
ならば俺は従うだけだ

「もういいかしら?」
「はい」
「じゃあ三人ともプラグスーツに着替えて
 かがみは耐熱用の特殊スーツが用意してあるからそれを」

 そう言われて作戦会議室からでる俺達

「特殊スーツってどんなんだ?」
「さぁ? 生地が厚いんじゃないかしら?」

 耐熱構造って言ってもそもそも顔はむき出しだし
どんなもんなんだろうか? ヘルメットでもついてんのかね?

――

「俺のは普通っと、まぁ当然か」

 男子更衣室を使うのは俺だけで
こんな広い場所を貸切るのは逆に落ち着かないものがある
俺はいつもと同じように紫と緑の初号機カラーのスーツに着替えると

「キャーッ!」

 と、外から柊の高い声が聞こえてきた

「なんだなんだ!?」

 慌てて外に飛び出して、引き続いて柊の声が聞こえる
ケイジの方向に走って向かう

「…なにかあった……のかって、これは酷い」

 なにかあったってレベルじゃない、笑いの渦が俺を巻き込む
俺がたどり着いたケイジにはダンゴムシと化した弐号機と柊が居た

「ぶっひゃっひゃ、かがみんさいこー!」

 腹を抱えて笑うこなた、そこまであからさまじゃないがしかし確実に笑ってると思われる喜緑さん
球体から手足と頭を出してぎゃーぎゃー騒ぐ柊、長門、俺

「はっはっは! 叫び声が聞こえたからなにかと思ったら…はっは!」

 最初は堪えようとするもののしかし結局噴出してしまった
それに気がついて柊がこっちに詰め寄ろうとするのだが
短い足を懸命に動かして歩くさまは余計に笑いを誘ってくれる

「ちょっと! いい加減にしなさいよ!」

 俺がさらに笑っったことにさらに怒る柊、もはや悪循環である
やめてくれよ、本当。窒息しちまうよ、こなたが

「あっ!」

 そんな歩きにくい格好で走るものだから柊はつまづいた

つまづいて、転んで、そして転がって、俺とこなたが笑い死ぬ

「…邪魔」

 通路にいた長門が転がってきた球体(柊)で目の前をふさがれたため
それを両手でつきとばしどかす

ゴロゴロゴロ

「だっはっは!」
「有希、やめてぇ~あっははっは!」
「あんたら後で覚えてなさいよ!」

 転がりながら怒鳴る柊、滑稽ここに極まれりである

「お~こわ、怖いから起こすの手伝ってやんねぇ」
「あっはっは、かがみん起きれないね」

 じたばたと両手を動かすもののしかしそれは丸く膨らんだ前面が邪魔で届かない
ぐらぐらと振動でシーソーのように身体が揺れるだけである

「はっはっは! はぁーはぁー…はぁ……死ぬ」

 一周りしてなんとか笑いが収まってくる
壷にはまってしまった、こういうのは二度目三度目の波が平然とやってくるから気をつけないと
普通なら面白くなくても、このテンションのときだとなんでも爆笑になる

「もう嫌だわ…」

 誰よりも早く爆笑の渦から抜け出した喜緑さんに起き上がるのを手伝ってもらい
ようやっと立ち上がった柊はげんなりとした表情でそう呟く

「じゃあ止める?」

 ふぅーと荒く息をついて腹を抱えて目じりの涙を拭いながらこなたが問う
柊はしかしそれにすぐに真剣な顔で

「嫌よ、私にしかできない、私ならできることから逃げるなんて絶対嫌」

 そう強く言った
それはいつだったか俺が初号機に乗るきっかけとなったハルヒの台詞と被さって
俺の顔から笑みを消した

「よし、じゃあ行くか柊。俺は俺の出来ることをお前のために今回はやるさ」

 頭のスイッチを切り替えて真面目モードに変更する
目の前に敵が迫ってるわけじゃないから実感が無かったが
しかしだからといってふざけていいわけじゃない
いくら柊がダンゴムシでも……

「…ぶっ」

「ねぇ、いま吹いたでしょ?」

「なにを言ってるんだ? そんなわけないだろ、作戦実行時刻が迫ってるんだからとっとと行くぞ」

「ねぇいまさら誤魔化してもさっき爆笑した件についてはそれ相応のお返しするからね」

「……」

   3.

――

浅間山火口付近
エヴァの感覚を通じて熱気が全身に伝わってくる
白い雪だるまになった弐号機とダンゴムシになった柊が
この熱気の根源である煮え立つ溶岩の中に突入するのかと思うと
見てるだけで全身が粟立つ

「かがみ、準備はいい?」
「いつでも」

 火口の上から中心にレーザーが打ち込まれ
五本の冷却液を注ぐケーブルにつながれた弐号機がゆっくりと下降していく
その上に影が一瞬重なり、俺は視線を上に向ける
そこには見たことの無い爆撃機が巡回していた

「あれは…?」
「空軍が空中待機してるのよ」
「えっとぅ、この作戦が終わるまでなんですけど…」

 ぽつりとこぼした呟きに喜緑さんと朝比奈さんが答える
それは…、つまり後始末って事か?

「そうゆうことよ」
「私達が失敗したときにN2爆雷を使って神人を熱処理するんですぅ」
「ここら一帯の土地と私達を含めてね」
「…やっぱりか」

 まぁそんなところだろうな
とりあえずはこの作戦を上手く処理できれば気にすることじゃない
作戦を失敗しなければいいんだから

「そういうことよ、私が失敗するわけないじゃない」

 キョン! と柊が俺を呼びつけ、俺が目を向けると
粘度の高い溶岩にすでに半身浴をしてる状態の弐号機が
俺に親指を立ててまるでターミネーターⅡの様に沈んでいった

「私に任せときなさい」
「おうよ」

 『D型装備、異常無し!』

『進路確保問題無し』

『深度170、沈降速度20、各部問題なし。CTモニターに切り替えします』

 スピーカーから聞こえるオペレーターと柊の声
俺と長門はいまはしばらく待機、いや最後まで待機であることが望ましいのだが…

『深度600、650』

 『900、950、1000、1020、安全深度をオーバーしました』

『――深度1300、目標予測地点です』

『かがみ、なにか見える?』

 『反応無しね、対流が早すぎるみたい』

『目標の移動速度に誤差が生じてるようですよ?』

『…再計算急いでくれる国木田君、かがみは続けて沈降よろしく』

『深度1350、1400』

『エヴァ弐号機、プログナイフ喪失』

『深度、1580。目標予測修正地点です』

『…くっ! 見つけたわ!』

『目標を映像で確認』

『捕獲準備』

『接触のチャンスは一度しかないからね、気をつけて』

『わかってるわよ』

『目標接触まで、後30』

『相対速度2.2、大丈夫ね軸線に乗ったわ』

『電磁柵も展開に問題なし、目標捕獲しました』

『これより弐号機浮上します』



「…ふぅ」

 無意識に張っていた緊張を少し緩める
浮上し始めればなんとかなる、あと少し上がってくれば俺も関与できる位置になる
敵の位置も弐号機の手の中だし、峠は越えたって所だろう

「柊大丈夫か?」
「当たり前よ、こなたがこの近くに温泉があるって言ってたからあとで行きたいわ」
「なら今日も宴会だな」
「おいしいもの食べたい」

 一気に饒舌になった柊
やはり柊も緊張が解けたようだな

「とっとと帰りやがれくそ」

 俺は空を見上げていまだに一定速度で巡回する爆撃機を睨みつける


『なにこれ!?』

 スピーカー越しに柊の叫び声
一体何があった、ここに来て起こるアクシデントってなんだ?

『まずいよ、奴さん羽化を始めたようだね!』
「羽化!? ってことは完成体になるってことか!」
『そういうこと! かがみ、キャッチャーを破棄して神人の殲滅を最優先にして!」
『了解!』

 殲滅ってナイフが無いだろうが
と、俺が思うより早く長門が零号機に標準搭載されたばかりのプログナイフを
腕を振り上げて力強く溶岩に叩き込む

『ナイフ到達まであと210』

『早く来ーい!』

 やおら騒がしくなる周囲のスタッフ達
しかしナイフを長門が投擲した今、弐号機が敵を殲滅するか
上まで引きずり出すかしないと俺達はどうしようもない

「待つのは苦手なんだよ俺は…」

万一の事があればB装備のまま溶岩に飛び込む事も考え
俺は火口に近づき下に居るはずの弐号機に集中する

 ……ィィィィイイン
周囲を巡回していた爆撃機が地上の様子を見て
さらに低空飛行に切り替え初号機の頭上を通り風を裂くエンジン音が大きく聞こえる

「…お前の出番はないってんだよ!」

 たかる蝿を追っ払うように手をふると
爆撃機は一時的に高度をあげるものの、依然先ほどよりも低い高度で巡回し続ける

「きゃあ!」

 スピーカーから続く柊の高い声

『弐号機、左脚を神人口内にとらわれました』

 回りくどい左足を食われた宣言
くそ、まだ浮上しきらないのか?

『冷却ケーブル、1番から3番まで切断されました!』

 溶岩内での活動を維持するための冷却剤を投与するケーブル
それと同時にケーブルは命綱の役割を持っている
そのケーブルが全てでなくても切断された?
しかも現在は弐号機だけじゃなく神人もぶらさがっている分の重量がかかっている

「だぁぁあ!」

 だから俺はその報告が聞こえた瞬間に火口で待機していた初号機を操作して
俺はそのまま溶岩内に身を投げ込んだ
粘度のある液体とも固体とも言えない気持ちの悪い物が全身にこびり付く感触
そして特殊装備越しでない熱が全身を襲う

「くぅ、…柊! どこだ!?」

 透明度120%という視界のなか浮上寸前のはずだった弐号機を探す
まだケーブルは生きてるからその直下に居るはずだ

『キョン!? あんた、なにやってんのよ標準装備のままで!』

 弐号機の白い特殊D型装備の姿を見つけ
千切れかけてるケーブルよりも上部を掴んで
神人が未だ噛み付いてるままの弐号機の腕を引き寄せる

「ヒーローっつうのはな、自分を省みないもんなんだよ」

 全身を隈なく刺す熱は痛み以外のなにものでもなかったが
しかしそれを口には出さないようにする

『…らしくないわよ馬鹿』
「重々承知の上さ、じゃ一気に引き上げるぞ?」
『へっ?』

 ノロノロと巻き上げる速度が果てしなく遅くなったケーブル
これに任せていては時間がかかってしょうがないし、爆撃機のことも気になる
俺は上部を掴んでいた腕に力をこめ、ケーブルの切れ掛かってるところを完全に切り取る

「長門! 行くから受け取れよ!」
「了解」

 完全に引きちぎられたケーブルについた弐号機と神人
それを引き上げ、もう一度降ろして勢いをつけて

「うらっ!」

 纏めて上に投げ飛ばす、弐号機と足にしつこく噛み付く神人は
俺が投げ上げた分では火口を越えるまではいかないので
同じく火口で待機していた零号機が手を伸ばしてフォローをし、引き上げる

あとは俺が残ったケーブルに捕まったまま引き上げられて
堂々と溶岩から搭乗するこの片手でケーブル掴んで現れるところ
ここを逆再生すれば完全にターミネーターⅡのそれ

装甲やなんかから溶岩がしばらく零れ
エヴァの節々が灼熱に発光している
弐号機も、初号機も、

「…っ!」

 ケーブルから飛び降りて火口に着地すると
嫌な予感というか、虫の知らせ的なものが背筋に飛び込んだ
べつに溶岩内からでて外の空気が冷たく感じるからじゃない
もっと嫌な、冷や汗がでるような感覚

 咄嗟に上を見上げる、と自分の視界でなくエヴァ越しの視界で見えた
先ほどとは比べ物にならない点にしか見えない位置に移動した爆撃機
そしてそこから投下される

  N2爆雷

「この野郎! 長門! 柊! 二人とも伏せろ!」

 叫ぶ、絶叫に近いような自分の台詞
二人どころか俺以外だれも気がついていない

俺は初号機を火口に立たせて上空に手を向ける

「A.T.フィールド全力全方位展開」

 その動作に遅れてドーム上に広がってく俺のA.T.フィールド
長門も柊も、こなたも喜緑さんも、朝比奈さんや国木田やパティも
まだ話したことの無いスタッフたちも全員覆うような大きなフィールドを作る

 目に見えて大きくなる爆雷がフィールドにそっと触れる

閃光、爆音、地鳴り、衝撃

 地に立っていたスタッフはみな倒れ、地に伏せ
たくさんの機械やそれを運んだ車は転がり地響きに合わせて地を跳ねた

「ぐぅ…っ」

 両足が上からの衝撃に沈む
山の欠片が溶岩に幾つも落ちて小さく波紋を作る
そしてそれもやがて止み、フィールドの周りを覆っていた爆煙が失せる

 見えるのは空と自身が落とした爆雷の成果を確かめんと近づく爆撃機

爆撃機、爆撃機、俺達を皆殺しにしようとした、爆撃機

 真っ白だった、なにも見えなかった
ただあれを破壊せしめんと思った
俺はみんなを守るためのフィールドを消し、地面を強く蹴って宙に飛ぶ
爆撃機は爆雷が受け止められなんの成果も果たさなかったことに驚愕したのか
その場を旋回していた、絶好だ

 だが、まだ高さが足りない
これじゃあの爆撃機に少しばかり届かない
俺はA.T.フィールドを空中に、地面に平行になるように展開
それを踏み台にして更に上に跳ぶ

 左肩のウェポンラックからナイフを取り出し正面に見える爆撃機に振り下ろす

『キョン、ダメ! それにも人は乗ってるんだよ!?』

 こなたの声が、聞こえた

 ナイフは爆撃機のすぐ横を通り過ぎる
音速を一瞬超えるナイフに、触れてはいなくとも爆撃機は大きく機体を揺らし
慌ててその場から飛んで逃げ帰っていった

「くそっ」

『ちょっとキョン! そんなもんいいからこっち手伝ってよ!」

 地面には足を食われたままの弐号機が
神人の口にナイフをつき込んで千切られぬように奮闘していて
零号機が暴れる敵を抑えて、その身体にナイフを突き立てるのだが
どうにも弾かれてる様だった

「そんな溶岩の中で泳げて口がある頑丈さだけが取りえの神人なんかよ…」

 俺は足場としていたA.T.フィールドを解除しそのまま重力に任せて神人に向けて落下する

「長門、どいてくれ」

 急降下しながら神人に被さるようになってる邪魔な零号機をどかしてもらう
俺はナイフを手放し落下エネルギーをそのままに拳を神人のコアにたたき付けた

「身体なんか無視してコアをぶっ潰せばいいじゃねぇか」

 初号機の拳はコアをぶち抜いて地面に突き刺さり
ささやかなクレーターを作り出した

   4.


「くぅぅ、沁みるぜぇ…」

 溶岩にB型装備のままで特攻した所為で
フィードバックにより全身に火傷とも言えない軽度の熱傷ができてるらしき
肩まで使った温泉がヒリヒリと沁みた

「この広い露天風呂を貸切ってんだからすげぇよな」

 浅間山付近にある温泉宿
それを完全に簡単に貸し切ってしまうのだからな
しかも俺達チルドレン三人とこなたや喜緑さん達だけの為に

「この温泉は火傷とかにもいいっぽいからゆっくり浸かりたまへ」

 とのこなたの発言をありがたくいただいて気分よく
夕焼け空の露天風呂を楽しんでいる俺だった

「うぇいうぇい、寛いでるねぇキョンやい」

 引き戸の開く音、足音、こなたの声
咄嗟に慌てて立ち上がりかけて、それを更に慌てて押しとどめる
俺は温泉にタオルをつけるような無粋な真似はしない
つまり立ち上がればテレビではモザイクが入り、外人女性のわーぉと言う声が入るものが見えてしまう

「…混浴だったか? ここ」

 男湯と書いてあった気がしたのだが…
いやそれも出入り口が別というだけで中は同じという構造なのか?
くそ、確認しとけよ俺
…いや、そもそもこうなることが想像できる人間なんて居るはずも無く
ならば確認しようとする思考にいくこともない、ならばここで後悔する必要もないはずだ
問題は俺が居るのに入ってきたあいつなんだから

「いや、男湯だけど貸し切りだし」
「おまえっ!」

 なんていう暴挙にでやがってんのこいつ?

「いやいやね、家族の親睦を深めようとだね」
「むしろ気まずくなるから! なんとも言えない溝ができるのが目に見えてるから!」

 いつもなら頭を叩いて放り出すところだが
俺の格好とこなたの格好(予想、想像ではなく予想)を考えると迂闊な行動は取れない

「あんた、慌ててすぎじゃない?」
「お前もいんのかよ!?」
「有希もいるよ~」

 柊も長門も、こいつら真性のアホだ
なにこれ、こいつら俺をのぼせさせようというのか?
マグマの次は温泉でじわじわといたぶる気ですか?

「まぁ、折角の水入らずだしさ
 今日は一泊してくから少しゆっくり話そうよ」

 そういってこなたが背中を向けてた俺の視界に入る
温泉はお湯だから水入らずとか言ったら蹴っ飛ばそうかと思ったがそこまでは言わなかった

「…まて、風呂に入るときは身体をお湯で流してタオルは湯につけるな
 話はまずそこからだ」

 俺は江戸っ子じゃないがその辺気にするタイプ
騒ぐガキには怒るタイプ

 ふと、こなたが含み笑いをしながら俺の後ろに近づいてきて

「キョン~、それはつまりタオルで隠すなと?」
「いや! そうじゃない、言葉の綾って奴だ!」
「私は気にしないけど?」
「俺が気にするんだよ!」

 後ろ向きのまま怒鳴る俺
このままでは流石に絵的にまずい、色々と

「まぁいいからいいから」

 チャポと水の音がしてこなたがすぐ隣に浸かって来る
頭にタオルをのせて、だ

「ちょちょっ! 本当にまずいって!」

「あんたは動揺しすぎ!」

 桶で思いっきり殴られた

「お前記憶喪失になったらどうする!」

「あら、あんたの頭に記憶を留めておくなんて高等技術があるの?」

「俺が入ってるのわかっててわざわざこっちに入ってくるようなエキセントリックな思考の持ち主に言われたくねぇ!」

「なんであんたが入ってるからって遠慮しないといけないのよ?」

「お前は羞恥心というものが欠けてるな!」

「あんたには平常心が欠けてるわよ」

「欠けもするわ!」

「静かにしろ!」

―――

 大きな露天風呂、俺が先ほど居た入り口側の楕円形の底辺部分に
こなた、長門、柊が寛ぎ。そして俺は右側の第一コーナー付近に外を見ながら浸かっている
夕日は既に半分以上沈み、月が自己主張を始める中
湯気に揺られて俺達は結局この陣形でこなたの言ったように訥々と会話を続けていた

「キョンてさぁ、いつだったか知識について喜緑さんに言われたとき覚えてる?」

「…突然だな?」

「こういうときじゃないと触れられないと思ってね」

「まぁ、な」

 長門はいつものこと、柊も黙って聞いている様子だった
…見えないけどな、見てないけどな、見ないけどな

「でもさ、どうせ調べてんだろ? 俺の過去のことも全部」

 そもそも、誰あろう全ての張本人がトップの組織だ
真っ黒もいいところだろ

「まぁね、でもさぁ、家族のことだもん。本人の口から聞きたいじゃん」

 家族ね、こなたはその台詞が俺に対して非常に卑怯な言葉だと気付いてるのだろうか?
気付いていて、わざと使ってるのかと疑いつつ、そうでなければいいと希望も持つ

「俺の知識は全てハルヒの受け売りだ、全部、徹頭徹尾、欠片も漏れなく」

 喜緑さんと話した時に使った知識も、学校での成績の元も
全てあいつに教えてもらったことだけ

 俺とあいつが始めて出会ったのは小学五年だったか
始めてであった時、あいつは他の連中が掛け算とかをやってるなか
一人ノートに向かってなにを書いていたのか俺は知ってる
天才と呼ばれるのにふさわしいのは俺じゃなくあいつだと知ったあの時
あいつは俺に色々な知識を吹き込んで、植え付けて
中学二年、三年前に、始めてわからないことができたといって俺の前から消えた


 でも俺があいつのことで一番に思い出すのはやっぱりあの日
あいつが一度だけ涙を見せた日、倒れ付し痙攣する数十人の同級生と一人の教師
俺は手に持っていたモップを放り投げて頬についた血を拭って
そしてあいつと三言交わして、俺はあいつとキスをした

「…嫌な思い出って訳じゃない、でも思い出したくないことだ」

 あいつの浮かべる凄惨な笑みは未だに変わらず脳髄に刻まれて
あの日のことは全部、色あせないフィルムとして確実に存在する

「そっか、ごめんね」
「いや、お前が知ってることを俺が肯定しただけだ」

 湯で顔をニ,三度くりかえし叩く
前は毎日のように思い起こしたあの日のことを
それでも今では夢に見ることも少なくなった

「私はね、妹がいるのよ」

 静寂になりかけたとき、柊が次いで喋り始める
誰が聞いたわけでもない、多分柊が弐号機にのるわけを
ただただ話し始める、どうせ聞いたままだと平等じゃないとかいいだすのだろう

「つかさって言うんだけどさ、たった一人の肉親なのよ」

 肉親、大事なもの、大切なつながり
俺にはわからないが、しかしその”妹”を話すときの柊の顔は穏やかで

「ドジでお馬鹿な妹でさ、何も無いところでよく転んでたわ」

 微笑を浮かべて湯を見つめながら語る柊
人は、未来を思うとき空を見上げ、過去を愁いときに足元を見るという
柊はなにを思い出しなにを愁いているのだろうか?
俺にはわからない

「買い物に行かせると毎回違う関係ないものも買ってきちゃうしね」

 微笑が、崩れた気がしたが
しかし日は沈みきり月の世界となった闇の中、濃い湯気も重なって
細かい機敏が読み取れない

「でもね、私がエヴァのパイロットになるっていったら凄い反対したの」

 明日は新月だろうと思われるほど、月は細く鋭く冷たく光っていた
俺は自身が語っていたときにみながしたように
口を挟むような無粋な真似はせず、ただ耳を傾ける

「妹は一人だけど、本当は私は姉も二人居たのよ」

 死んじゃったけど、と付け加える柊
笑みが崩れた原因はこれだろうか、…いや邪推はしないほうがいいか

「でさ、妹がいうのよ”私を一人にしないで”って
 ”もしお姉ちゃんまで居なくなったら私はどうすればいいの?”って涙目で聞いてくるのよ」

 こなたは俺のことと同じように柊のことも調べてるのだろうか
このことを柊はどんな気持ちで語り、こなたはどんな気分で聞いてるのだろうか
俺達が戦ってる中本部で居る、こなたはどんな気持ちで俺達の戦闘を見てるのだろうか

「結局、私は妹を置いて日本にまで着ちゃったんだけどね」

「妹を守るため、か?」

 ここで俺はようやく口を挟む
俺がいつかハルヒに言われた台詞、そして柊が数時間前に言った台詞
『自分しかできない、自分ならできること』

「そうよ、私が弐号機に乗って戦えばあの子を守れる
 一人になるのが嫌なのは、あの子だけじゃないもの」

 だから、戦いに恐れを抱き、震えていたのに
それでも未だにこの場に立ち続けてるのか、戦う理由か

「みんな色々あるよね、誰にだっていまなにをしてるか、その理由や原因があるんだから」

 こなたが最後に締めるように一応の年長者として言う

「私達は、化け物と戦ってる
 実際に戦ってるのはキョンや有希やかがみだけどね
 それでも私達が負けたら世界がなくなるという事実の元戦ってる」

 …それだ、俺がいまいち実感できない

「俺は、見ず知らずの他人の為に戦ってるつもりは無い
 バイロンの台詞じゃないが、俺は自分の周りの人間の為に世界を失おうと
 世界の為に自分を含め、お前達を失いたくは無い」

 それは、酷く気障で恥ずかしく赤面ものの、しかもありがちな台詞であったが
だけど偽らざる俺の本音であることもまた事実だった

「…結果でいい」

 長門がここで始めて口を開く
言葉が足りなく、いまいち意味が伝わりにくかったが
それをフォローするように柊が続ける

「そう、自分の周りを守るついでに世界も守っちゃえばいいのよ
 世界はおまけで守ってやるつもりでいいのよ、それでも結果は同じ」

「結果的に世界を救っちゃいました、ってか?」

 ずいぶんと世界は軽く扱われてるものだと思いながら
しかしそれが真実で真理で真相なのかもしれないとも思う
環境だとか資源だとかいったところで
マスコミが嘯く世界感は非常に薄い弱い、薄弱なのだ
大きすぎて、感知できないものはどうしてもおざなりになる

「愛・自分博でいいんじゃないのってことだね」

「まぁみんな一杯一杯なのよ」

 思ってることをただ吐露するかのような会話
キャッチボールでなく同じ的に向かってボールを投げてるような
一体感と共に若干噛み合ってない感じ

「やれることをやりましょう、それでダメなら足掻きましょう、それでもダメなら黙りましょう」

 ジタバタするしか手が無いならジタバタすればいいじゃないか

「そろそろ、のぼせる前に上がろうか?」

 こなたが言って立ち上がる
慌てて俺は会話の間に向けてた視線を逸らす
正直一番長く入ってる俺はすでにのぼせかけて頭に血が行ってるのだが
しかしとりあえず全員がここをでてくれるまでは俺はまたなくちゃならん

「男だねぇキョンさんや」
「いいから行ってくれ、ここでのぼせて鼻血でもだしてみろ
 べつの意味で取られることは請け合いだ」

 それはなによりも避けなくてはならない

「まぁ、じゃあ先行ってるよ、食事も部屋にもう来てるだろうから宴会準備しとくよん」
「頼んだ」

 …ん?

「部屋って?」
「当然私達の部屋だよん」

 どうしろってんだ

   2.

「遅かったわね」

 温泉からあがり、旅館の浴衣に着替えて
聞いた番号の部屋に向かうと同じく浴衣姿の喜緑さんに迎えられた

「あれ? いつの間に…」
「ここ露天以外にも温泉いくつかあるのよ?」
「あぁそうなんですか」

 湿った髪をまとめて湯上りで桃色に少し色づいた肌が非常に色っぽい
喜緑さんは個人的に好みなんだよな…、ベスト3な感じ
細かいことはプライバシーなので言わないけど

「まぁとりあえず入ったらどう? みんな始めちゃってるわよ」
「そうしますよ」

 言葉に押され中に足を踏み入れると
ものの数分しか温泉出るタイムラグなんてなかったのに
それなのになんでこんなに部屋は宴会開始二時間後なのだろうか

「本当助かったわ、私一人じゃ相手しきれないもの」

 部屋に入ってすぐ動きを止める俺の後ろで
ため息をついて腕を組む喜緑さん
腕を組むとどこが強調されるかよく考えてみよう

「おっそーいぞぅ、キョンの助」
「だれだそれは…」

 すでに性質の悪いよっぱらいそのものの姿のこなた

「素面だとこれの相手はきついですよ喜緑さん、もう酒に飲まれましょう」
「…そうみたいよね」

 長門の周囲にはすでに空いた一升瓶が数本
俺はそれをどかしてとりあえず場所を作り
喜緑さんと座り、船盛りの刺身に手をつける

「あぁ美味いな! まったく! こなた俺にもくれ」
「なんだい、自棄酒かい未成年」
「お前も未成年だ!」

「キョン君私にもくれる?」
「どうぞどうぞ、もうガンガン行きましょう」

 長机に並ぶ瓶の数
この場に居る五名が全て10代とわかって旅館側はだしてるのだろうか?

「すったふー、もっと持ってきてくれる~?」

 こなたが口に手を当てて人を呼んで更に追加する
明日の片付けが酷く手間がかかりそうである
まぁ、宴会なんてそんなもんだろ
俺は自身をそう納得させてもうただ楽しむことに専念した


 落ち? 長門を含めた全員が二日酔いになってもう一泊していった事以外ないし
その程度はとうぜん読めてるだろう?

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最終更新:2008年07月07日 11:47